Hatena::ブログ(Diary)

メモリの藻屑 、記憶領域のゴミ このページをアンテナに追加 RSSフィード Twitter

20120525(Fri)

[][]ベルリンの伝説的クラブ【Tresor】の素顔に迫るドキュメンタリー〜『SubBerlin - The Story of Tresorベルリンの伝説的クラブ【Tresor】の素顔に迫るドキュメンタリー〜『SubBerlin - The Story of Tresor』を含むブックマーク ベルリンの伝説的クラブ【Tresor】の素顔に迫るドキュメンタリー〜『SubBerlin - The Story of Tresor』のブックマークコメント

Sub Berlin the Story of Tresor

ベルリンに存在する伝説的クラブ【Tresor(トレゾア)】。世界で最も有名なクラブの一つであり、ハードコアなテクノ・ミュージック・レーベルでもあるこのTresorは、ベルリンの壁崩壊と東西ベルリン統一直後の1991年、第2次世界大戦の廃墟がいまだ残る旧東ベルリンのヴェルトハイム銀行跡地の地下室に作られた。崩れかけた壁、空っぽのロッカーや錆だらけ鉄格子が剥きだしのまま残された、それ自体が残骸であり廃墟であるこのクラブは、殆ど暗闇のような暗い照明、低い天井から滴り落ちるクラバー達の蒸発した汗、DJでさえ酸素ボンベを持ち込む酸欠状態の中、ダークで性急なリズムを刻むテクノ・ミュージックが昼夜を徹して大音響で響き渡るというまさに異様な別世界であった。しかしだからこそ、その異空間をクラバー達は愛し、このクラブを世界でも唯一無二の特別なクラブとして認めたのだ。クラブTresorは2005年に閉鎖され、現在は別の場所で再びクラブを開催しているが、このドキュメンタリーでは、関係者とTresorでプレイした世界中の有名DJのインタビューを交えながら、旧Tresorの歴史を遡ってゆく。

テクノ・ミュージック好きの自分にとっても、Tresorは一種別格の存在だ。テクノ・ミュージックはそもそもがシカゴ・ハウスに影響を受けたアメリカ・デトロイトのアンダーグラウンドで発生したものだと受け取っていいだろうが、このデトロイト・テクノとベルリンを代表するドイツのテクノ・シーンは非常に親和性が高く、その発展においても、双方のリスペクトがあったからだと言うことが出来るだろう。なぜデトロイトとベルリンは親和性が高かったのか?それはフォーディズム崩壊後の暴動により廃墟と化し、それがそのまま貧しい黒人ゲットーとなったデトロイトの歴史と、ベルリンの壁という第2次世界大戦の遺物が残っていたベルリンの、その廃墟にも似た町並みとそこで暮らす人々の心情に、ある種の共通項があったからなのではないかと思うのだ。言ってみればテクノ・ミュージックというのは、こうした廃墟から立ち上がってくる音楽なのではないかとすら思う。剥き出しで空っぽで、全てが破壊しつくされ、そしてそれと同時に新たなものを生み出す胎芽を孕んだ場所。何も無かったからこそ、逆に彼らは新たなものを、新たな音楽を作り出せたのではないのか。

若者たちは東西ドイツ統一という社会の変化にとまどい、苛立ち、同時に統一の喜びにも酔い、それら沸き上がる感情を昇華するものを必要としていた。そしてそれがテクノ・ミュージックだった。東側の若者も、西側の若者も、分け隔てなく平等に出会える場所、お互いが集まることの出来るただひとつの場所、それがクラブTresorだった。違法クラブとして出発したTresorは瞬く間に音楽好きの若者たちの注目を浴び、大成功を果たす。そしてそれは東西ドイツ統一後の混乱が、逆にエアポケットのように生んだ自由さの賜物でもあった。統一後の混乱に掛かりきりだった警察はこの違法占拠にまるで関知しなかった。そもそもこの廃墟の大家が存在しなかった。その自由さの中で、ベルリンにおけるテクノ・ムーブメントは開花したのだ。ドキュメンタリーでは加速するムーブメントが次に【ラブ・パレード】を生み出す様も描かれる。

しかしそのラブ・パレードも様々な問題を抱え終焉、さらにTresorもその敷地を遂に立ち退く日がやってくる。この旧Tresor最後のパーティーを映し出す最終章はテクノを愛するものに非常に深い感慨を与えることだろう。涙を流すもの、晴れやかな顔のもの。そして一番最後にプレイされたあの曲。しかしこのTresorの終焉は、東西ドイツ統一が軌道に乗り安定し、保守的に機能し始めた結果なのではないだろうか。即ちTresorは時代に呼応して人気を博し、時代の変遷と共にその役割を終えたということも出来ないだろうか。そういった意味で、『SubBerlin - The Story of Tresor』はミュージック・ドキュメンタリーに留まらず、東西ドイツ統一という大きな歴史の動きの中でひとつのサブカルチャー・ジャンルがどのように発展し終息を迎えたかを描く、秀逸なドキュメンタリーだということもできるだろう。

なお、メディアは輸入版CD+DVDという形で販売されているが、輸入版DVDはリージョンと形式によっては日本のDVDプレイヤーで再生することが出来ないので購入には注意が必要だ。自分の購入したものはPAL形式のDVDであり、これは通常日本のDVDプレイヤーでは再生できないが自分はXbox360で試聴した(PAL形式が再生可能なのである)。ただし、輸入版DVDにもかかわらず日本語字幕が付いていて、これはかなり嬉しい。また、CDはアーチスト表記に間違いがあるのでこれも注意が必要(8曲目と9曲目が逆になっている。さらにiTuneに突っ込むと2曲目のアーチストが間違って表記される)。

◆Tracklist(CD)
01.Monika Kruse - Luvsucka
02.System 01 - Drugs Work
03.In niti - Game One
04.Savvas Ysatis - On The Hook
05.Pacou - Phase Transition
06.Scan 7 - Triple Darkness
07.Hiroaki lizuka - Tera
08.The Advent - The Vault
09.X-101 - Sonic Destroyer
10.James Ruskin - Detached
11.Chris Lo - Fils d'O
12.DJ T-1000 - Jetset Lovelife
13.Stewart Walker - Blisterpacks

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Sub Berlin the Story of Tresor

Sub Berlin the Story of Tresor

TRESOR RECORDS 20TH ANNIVERSARY

TRESOR RECORDS 20TH ANNIVERSARY

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20120524(Thu)

[]いまさらだけどブレードランナー的世界観が楽しいFPSゲーム『ハード リセット』 いまさらだけどブレードランナー的世界観が楽しいFPSゲーム『ハード リセット』を含むブックマーク いまさらだけどブレードランナー的世界観が楽しいFPSゲーム『ハード リセット』のブックマークコメント

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FPSがやりたい…」定期的にオレを襲うFPS病を治癒するべく今回投入されたFPSゲーム、それがこの『ハードリセット』である。このゲーム、ざっくり説明すると「ブレードランナー的未来世界を舞台に主人公戦士がロボット戦隊を撃滅する」というサイバーパンクFPSなのである。

私たちが知る世界は消滅した。人類は絶滅寸前まで追い込まれ、ベゾアールという最後の閉鎖都市に暮らしている。人類は、今では「不毛の地」と化した広大な地域を支配するマシーンに戦争を挑んでいる。マシーンは、「サンクチュアリ」と呼ばれる、何十億もの人間のデジタル化された精神を保管しているネットワークを、手中に収め吸収したがっている。主人公のフレッチャー少佐は、CLN というベゾアールを守るために設立された会社の戦闘部隊に所属する兵士である。マシーンたちは絶えずベゾアールの城壁を攻撃してくる。フレッチャーは、ベゾアールの防御バリアが破られると出動する事になる。

ハードリセット公式HP 

ブレードランナー的未来世界】。今更、という方もいらっしゃるかもしれないが、この【ブレードランナー的未来世界】ってぇヤツはなんだかんだ言って今でも心をくすぐる世界観だ。この『ハードリセット』では、その【ブレードランナー的未来世界】が臆面も無く展開する。科学が発達し、ハイテク化された光り輝くビル群がそそり立っていても、やはりその路地裏は暗く湿っていて、廃物と腐食がそこここに見え隠れする世界、都市自体が未来の廃墟のようにさえ見える世界、人と物と文化と情報が過飽和を起こし混沌となった世界。この『ハードリセット』でも、街にはホログラムの広告が踊り、日本語のアナウンスが延々とリピートされ、雨雲の垂れ込める空には機械化された鯨のような巨大な飛行体が広告をその腹に写しながらゆっくりとどこかへと飛び去ってゆく。いやもうこうこれはまさにブレードランナーではないか。ただこの『ハードリセット』では、その街並みに人間の姿は全くと言っていいほど登場しない。まあきっとゲーム本編には関係ないからだろう。このゲームにおける敵キャラは、人類を亡き者にしよう暗躍するロボット軍団である。言ってみれば「ブレードランナー」的世界観の中で「ターミネーター」の如き戦いが繰り広げられるのである。しかしこのゲームに登場するロボットはレトロフューチャーなズングリムックリな体形をしており、「ターミネーター」的というのはちょっと齟齬があるが。

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ゲームシステムは至ってシンプル。シンプルさを徹底的に追い求めたのではないかと思わせるほどにオーソドクスなFPSとなっている。いや、独特なシステムを盛り込むほど芸達者な開発陣でもなかったともいえるかもしれないが、しかし、一人のFPS好きとして言わせてもらうならば、妙なシステムを盛り込むよりも、ただひたすら撃って撃って撃ちまくる、そんなFPSであってくれたほうが好みだったりするのである。このゲームがどれほどシンプルかというと、まず”しゃがみ”が無い。リロードが無い。”ダッシュ”も回避以外に使えないほど短時間。武器は2種類のみ。ただしこの武器はXPの概念があり、ゲームを進めていくにつれグレードアップできる。それとクイックセーブが無い。殆どが短いステージの終了後のオートセーブとなる。こういった、単に仕様を瑣末にすると開発が大変だから削ぎ取ったのかどうかわからないようなシンプルさが、逆に手軽に楽しめるプレイ感覚を醸し出している。

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2種類だけの武器はアサルト・ライフルとプラズマ・ライフル。先にも述べたようにこれらはグレードアップして様々な攻撃方法を可能にしてゆくが、例えばアサルト・ライフルはショットガンやグレネードランチャーに変形が可能となる。プラズマ・ライフルはショック・ブラスター銃、レールガン、スマートガンといった形に変形可能だが、このプラズマ・ライフル、使用すると稲光のような電撃のエフェクトがバチバチと画面に踊って使うのが楽しい。そして、敵がロボットであるということから、この電撃攻撃が非常に効果的に敵を壊滅してゆくのを眺めるのがまた楽しい。さらに街並みにある様々な電子機器オブジェクトを破壊することによって電気パルスを放出させ、それが間接的に敵ロボットを倒してゆく、という仕様がユニークだ。

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こういったように、ゲーム『ハードリセット』はオーソドクスでシンプルであるがゆえに特筆すべき点の無いゲームではあり、斬新さやリアルさを求めるFPSゲーマーには不満な点の多いゲームかもしれないが、オレのようにリアル志向やハードなアクション性よりもGPUの描写する異世界の圧倒的な情景にこそ燃えるゲーマーにはうってつけのゲームだということが出来る。いわば小品ではあるが、だからこそ肩の力を抜いて出来るFPSといえるのではないか。なおゲームはPC版のみのリリースのようで、SteamでもD/L出来るが、英語のみであり、それとは別に日本語ローカライズされたパッケージ版が株式会社ズーからリリースされている。D/L版のほうがお安いのだが、自分は少々値が張るがパッケージ版を購入した。これが意外と快適で、日本語化も侮れないな、と思えた。

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ハード リセット 日本語版

ハード リセット 日本語版

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20120522(Tue)

[]大人になったエドワード・シザーハンズ〜映画『ダーク・シャドウ大人になったエドワード・シザーハンズ〜映画『ダーク・シャドウ』を含むブックマーク 大人になったエドワード・シザーハンズ〜映画『ダーク・シャドウ』のブックマークコメント

ダーク・シャドウ (監督:ティム・バートン 2012年アメリカ映画)

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ティム・バートンのダーク・ファンタジィ・コメディ『ダーク・シャドウ』です。それにしても、実の所ティム・バートン作品には『スリーピー・ホロウ』以来どうも期待を裏切られる作品が多くなってきていて、今回も「まあとりあえず観とっか」程度の期待度で観に行ったわけなんですが。そうしたらコレ、結構面白い作品じゃないですか。わたくしはとても気に入りましたよ。

お話は魔女の呪いでヴァンパイアにされ、200年間地中に埋められていた主人公バーナバス(ジョニー・デップ)が70年代に復活、すっかり落ちぶれてしまった子孫たちの家業を再建すべく怪しい技を使いながら東奔西走するというもの。しかしかつて自分を陥れた魔女は敵対する企業の経営者となって町を牛耳っており、主人公バーナバスの足を引っ張ろうと画策するんですね。

まず200年の昔から蘇ったバーナバスの時代錯誤な出で立ちや喋り方のギャップが可笑しい。そしてなんとか時代に適応しようとする彼の四苦八苦する様が可笑しい。しかしそんなハンディキャップをものともせずバーナバスはいつも堂々と立ち振る舞い、子孫の家族たちの為に奮闘するところが実に頼もしい。そしてその合間に血を吸うためにちゃんと殺戮を繰り返しているブラックさがまた楽しい!でもそんなバーナバス、ヴァンパイアになってもお色気にはかな〜り弱いというのがまたまた可笑しい!この映画でのジョニー・デップのすっかり板についた怪人演技と凝った衣装がこれまた素敵です。そもそもこの映画、衣装やセットのバカバカしいほどゴシックな重々しさとバートン映画らしい秀逸なデザインが実に美しく、こういった美術をとことん愛でるのもこの映画の楽しみ方の一つだと思います。

そして脇を固める女優陣がまた素敵だ。女手一つでコリンズ家をまとめるエリザベス(ミシェル・ファイファー)、エリザベスの娘キャロリン(クロエ・グレース・モレッツ)、バーナバスが思いを寄せる家庭教師ヴィクトリア(ベラ・ヒースコート)、バーナバスの宿敵である魔女アンジェリーク(エヴァ・グリーン)と、どの女優も美しい。あ、精神科医ジュリア(ヘレナ・ボナム=カーター)は色物だから…ま、いっか。ただ個人的には、デスマスクみたいな蒼白な美女たちの中でクロエ・グレース・モレッツだけが若々しい生気に満ちていて、ちょっとバートン世界に合ってないような気がしましたが、ここは旬の女優を使って話題性を持たせるという意味合いがあったのでしょうね。

物語は多少とっ散らかっているかもしれません。説明不足であったり余計に感じられたり唐突だったりする部分も見受けられます。70年代ポップスを散りばめた音楽は試みとして面白いけれども個人的には映画の雰囲気と合っているとは思えず、さらにクライマックスの○○○は実は○○○だった、なんて展開は聞いてないよ!とスクリーンに突っ込みそうになりました。しかしこれは逆に、元がTVドラマであったということと合わせ、ティム・バートンが映画を作っているうちにノリノリになっちゃってその挙句の脱線という気がしないでもありません。ティム・バートン、この映画をかなり伸び伸びと、そして楽しんで作っていたのではないでしょうか。

それはこの映画の楽しさと繋がっていると同時に、近作では美術こそバートン流ではあったものの、内容的にはかつてのバートンらしさをうかがわせる作品が少なかった中、この『ダーク・シャドウ』では、見事にこれぞバートン!と思わせる特色に溢れているのが感じるからなんですね。描かれる奇妙な家族愛は『ビートルジュース』に通じますし、死んだ恋人の亡霊は『コープス・ブライド』、正体を現しクネクネ動く○○○は『マーズアタック!』の宇宙人美女そのものでしたし、ゴシック趣味は『スリーピー・ホロウ』、笑えないほどブラックな殺戮劇は『スウィーニー・トッド』と、かつてのバートン作品を髣髴させる描写が多く見られました。その中でもやはり特筆すべきは、バートンの傑作映画『シザーハンズ』との強い類似性でしょう。

デスマスク顔の風変わりな麗人、時代と隔絶した異様な姿の怪人が現実の世界に適応し生きていこうと悪戦苦闘するさまは『シザーハンズ』と通じます。そして物語中盤、バーナバスがクリーチャーであることが町の住民に知れてしまい、住民たちは暴徒となってバーナバスの屋敷へと殺到します。『シザーハンズ』にも全く同じ描写が見られます。はぐれ者の悲哀と悲劇、これはかつてのバートン映画の主題でもありました。ただし、『ダーク・シャドウ』はここで『シザーハンズ』と同じ轍を踏みません。風変わりで空想癖と美意識ばかり強いナードな青年が現実に負け自分だけの世界に引きこもる物語、それが『シザーハンズ』だとすれば、『ダーク・シャドウ』の主人公バーナバスは悲哀も悲劇もものともせず、世界と、そして現実と戦おうとするのです。それも自分の為ではなく家族のために。守るものがあり、そのために戦おうとする姿は、かつてエドワード・シザーハンズのごとく変わり者のオタク青年だったティム・バートンが、監督業で名を馳せ、そして家族を持ち、公私ともに大人の男へと成長し生きてきたことと重なるものがあるのではないでしょうか。即ち『ダーク・シャドウ』は、成長し大人となり、現実に勝利しようと戦うエドワード・シザーハンズの姿を描いた物語だということができるかもしれません。

ダーク・シャドウ 予告編

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Dark Shadows

Dark Shadows

masamasamasamasa 2012/05/24 18:13 昨日観てきました。今までのティム・バートン作品の中で一番好きかも!音楽もよかったし、ストーリーもほぼ納得できるものでした。
確かにちょっと唐突な展開もありましたが、ぎりぎりせりふの説明があったからまあいいか、という感じですね。
サントラ欲しいかも。それにしても最近の米映画はモレッツに下品な言葉をしゃべらせるのがはやっているのでしょうかw

globalheadglobalhead 2012/05/24 20:43 自分もここ最近の作品の中では一番好きかも。一番よかったのは笑える要素が多かったことかな。シャレが効いてたってことでしょうか。
実は数週間ぶりに映画館で映画を観た事も手伝って、画面に現れるどのシーンも楽しくて、最初からずーっとニマニマしながら観てましたよ。
作品とは関係ないですが、こういう新鮮さっていうのも大事かな、なんて思いましたね。
楽しいのがまずあったから、枝葉末節にああだこうだ批評なんか差し挟まないで観れたのがよかったんでしょうね。
だから文章ではバランス考えてあれこれ書きましたが、実際は別にこれでいいじゃん、て思って観てましたよ。
バートン自身も肩肘張らずに作っていたように感じて、そういった「好きなことやってる感」が観るほうも構えずに観られた要因なんではないでしょうかね。

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20120521(Mon)

[]【大友克洋GENGA展】の公式図録〜『GENGA - OTOMO KATSUHIRO ORIGINAL PICTURES』 【大友克洋GENGA展】の公式図録〜『GENGA - OTOMO KATSUHIRO ORIGINAL PICTURES』を含むブックマーク 【大友克洋GENGA展】の公式図録〜『GENGA - OTOMO KATSUHIRO ORIGINAL PICTURES』のブックマークコメント

GENGA - OTOMO KATSUHIRO ORIGINAL PICTURES -

この『GENGA - OTOMO KATSUHIRO ORIGINAL PICTURES』は現在「3331 Arts Chiyoda」で行われている【大友克洋GENGA展】の公式図録です。ちなみに【大友克洋GENGA展】には行ってません。完全予約制とか入館時間は30分限定とか土日は既にSoldOutとか、なんかもういいやあって感じで。その代わりに購入したのがこの公式図録なんですが、「いやちょっと待ってよ、これまでコミックや画集『KABA』に収められていた作品が再録されているだけなんでしょ?コミックも画集も持ってるからいらないや」と思ったら大間違いなんですよ。

『GENGA - OTOMO KATSUHIRO ORIGINAL PICTURES』は1973年のデビュー作から最近のイラストレーションの仕事までを網羅しており、これらコミック・イラスト作品の代表的な一コマ一コマをコラージュ・トリミングしながら怒涛の如き分量で見せていくんです。まず版形がデカイ。36.1 x 2 x 25.7 cmある。だから収められているグラフィックも手書き原寸大で見られるものも多い。

そしてできるだけ生原稿の状態に近い画像で収録されている。ベタの塗りムラやホワイトによる修正もはっきりわかるし、原稿用紙に染みがあったり、吹き出しの中の手書きの台詞の上から活字のネームが貼られている様子まで分かるようになっている。そういった部分で、「原画」の雰囲気が手に取るように伝わってくるんですね。そうして250数ページ、大友克洋の39年に渡る軌跡が濃縮されて眼前に展開してゆく。これは迫力あります。

見所はやはり初期〜『AKIRA』までの漫画原稿でしょう。大友作品は残らず読んでいるつもりですが、こうして新たに並べられた原稿を見るにつけ、大友克洋の"凄さ"を改めて発見してしまいます。初期作品に多く見られる日本的な湿った情念、中期短編に見え隠れするメビウスへの接近、『童夢』『AKIRA』で開花する大友ワールド、それら全てに共通する驚くべき描写力、この公式図録のページをめくればめくるほどのめりこむように大友の"画"に魅入っている自分に気付かされます。逆に後期の彩色されたイラスト集は画集『KABA』を持っていたら特に収録されている必要は感じませんでした。なんにしろ、大友克洋をまるごと収めたこの『GENGA - OTOMO KATSUHIRO ORIGINAL PICTURES』、一見の価値のある画集になっていると思いますよ。

GENGA - OTOMO KATSUHIRO ORIGINAL PICTURES -

GENGA - OTOMO KATSUHIRO ORIGINAL PICTURES -

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20120518(Fri)

[]美しいグラフィックで描かれる革命の物語〜『ムチャチョ―ある少年の革命』 美しいグラフィックで描かれる革命の物語〜『ムチャチョ―ある少年の革命』を含むブックマーク 美しいグラフィックで描かれる革命の物語〜『ムチャチョ―ある少年の革命』のブックマークコメント

■ムチャチョ―ある少年の革命 / エマニュエル・ルパージュ

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バンドデシネ作品『ムチャチョ―ある少年の革命』は一人の修道士の少年が革命と関わることで世界の諸相を知ってゆくという成長物語だ。

舞台は1976年、独裁政権下の中米ニカラグア。冒頭から軍部による暴力的な検問の様子が描かれ、不安な様相を感じさせながら物語は始まる。そんな軍部による圧制にあえぐある村に、教会の壁画制作を委任され一人の若い修道士が派遣される。修道士の名はガブリエル、富裕層に生まれ育った彼は、貧しいながらも明るく逞しく、そして猥雑に生きる村人たちの生活に、最初戸惑いつつも次第に馴染んでゆき、いつしか村の人気者にさえなってゆく。しかしそんな彼の描く絵を、村の神父ルーベンは「物事の上っ面しか見ていない薄っぺらな絵だ」と吐き捨てる。ルーベン神父は言う、ものの表皮の裏に隠された美を知るのだ、と。そんなある日、ガブリエルはルーベン神父が革命軍・サンディニスタ民族解放戦線に関わっていることを知るが、捜索に来た政府軍にそのことを秘密にする。だが、熾烈な政府軍の暴虐と尋問は村全体を巻き込み、抵抗する村人たちに軍は遂に銃による殺戮を行う。ガブリエルは逮捕され暴行を受け、その後釈放されるが、しかしガブリエルの中では何かが変わりつつあった。そしてガブリエルは知ろうとする、物事の表皮の裏に隠された真実を。その中にある人々の美を。

圧倒的な筆致、息を呑むような美しいグラフィック。一人の少年の成長物語であると同時にひとつの革命の物語でもある本作は、その力強い物語性と同時に、バンドデシネ作品としての絵の美しさがなにしろ際立っている。前半部分の村の家々は背景も家の内装も事細かに描かれ、そこで暮らす人々は一人一人が丁寧に描き分けられ、本当にこんな村がありこんな人々がいたのではないのかと思わせるほどだ。そして後半、鬱蒼としたジャングルを敗走し続けるガブリエルと革命軍の望み無き行軍を描くパートでは、緑色の魔界とさえ思わせるどこまでも果てしなく続くジャングルの草木の鬼気迫る細かな描写と、陰鬱に泥水を湛える沼また沼の、読んでいるこちらまでずぶ濡れにされたようにさえ感じる水の存在感が凄まじい。描かれるどのコマも構図も彩色も完璧であり、コマ一つ一つがグラフィックとして完成されていさえするのだ。この書き込みとデッサンの巧みさもさることながら、彩色はCGやインクではなく、全てが水彩で描かれているのだという。しかし巻末の作者のインタビューを読むと、デッサンよりもむしろ彩色のほうが作者にとって簡単に行える作業である、と言っているではないか。もちろん並大抵の労力で描かれた作品ではないだろうが、だからこそ、この作品の色彩の美しさは独特の凄みを持っているのだろう。この目を奪うグラフィックの力量を眺めることが出来るだけでも、この作品は第一級の作品と言う事が出来るはずだ。

主人公であるガブリエルは、富裕層でありながら貧しい生活の人々に共感することを知り、権威の後ろ盾のある聖職者の立場を捨てて革命軍と行動を共にする。それが彼にとって物事の表皮の裏に隠された真実を知ることだったのだろう。しかし彼は革命に巻き込まれる形でその世界を知ることになる。主人公が革命戦士ではなく、最初は傍観者であり、そして物語が進行しても逃亡を続ける革命軍の足手まといな存在として、やはりどこか一歩引いた立場の視点から描かれるのがこの物語のポイントだろう。つまり彼は世界に対して圧倒的に無力であり、弱い存在なのだ。だから革命そのもののダイナミズムを描くことよりも、主人公の内面的な変移を描くことがこの物語の主題と言えるだろう。だから革命のドラマのみを期待すると物語として弱い部分はあるかもしれない。しかしその中で次第に浮き上がってくるのが主人公が同性愛者であるという事実だ。同性愛者といういわば"社会の外れ者"である主人公が、もう一度この世界の"居場所"をみつけようとすること。それこそが、この物語の"世界の真実を知ること"という主題に結びついているような気がしてならない。

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