Hatena::ブログ(Diary)

メモリの藻屑、記憶領域のゴミ

20161203(Sat)

[][]腐った政治は俺が正す!〜シャンカール監督映画『Nayak: The Real Hero』 腐った政治は俺が正す!〜シャンカール監督映画『Nayak: The Real Hero』を含むブックマーク 腐った政治は俺が正す!〜シャンカール監督映画『Nayak: The Real Hero』のブックマークコメント

■Nayak: The Real Hero (監督:シャンカール 2001年インド映画)

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『インドの仕置人』(1996)、『ジーンズ 世界は2人のために』(1998)とシャンカールの映画を観てきたが、「他にシャンカール映画で観ることができる作品はあるのかなあ?」と思ったのである。日本では他に『ロボット』(2010)、『ボス その男シヴァージ』(2007)のソフトが出ており、『I』(2015)も輸入盤で観たのだが、それ以外となるとタミル語版のせいかどうも入手が難しく、あっても英語字幕無しだったりするので、なかなか手が出ない。

そんな中見つけたのが2001年公開作品『Nayak: The Real Hero』。この作品はヒンディー語で製作されており、DVDも割と入手し易かったので観てみることにした。出演はアニル・カプール、ラーニー・ムカルジー、アムリーシュ・プリー、ジョニー・"ジャガイモ顔"・リーヴァル。またアヌラーグ・カシュヤプが脚本に参加している。ちなみにこの作品はシャンカールによる1999年公開のタミル語フィルム『Mudhalvan』のセルフ・リメイクとなる。

物語は悪徳政治家と正義のTVリポーターとの正面対決といった内容だ。舞台となるのはムンバイ、主人公はTV製作会社に勤めるシヴァージー・ラオ(アニル・カプール)。彼はある日、首席大臣バーラル・チョウサン(アムリーシュ・プリー)とのライブ・インタビュー番組を持つことになる。実はこのバーラル、私利私欲に走って政治を私物化し、悪政の限りを尽くしていた男なのだ。シヴァージーはバーラルに鋭い質問を投げ掛け、彼の腐敗ぶりを暴いてく。追い詰められたバーラルは「そこまで言うならお前がやってみろ!」と啖呵を切る。売り言葉に買い言葉、かくして誕生した「シヴァージー首席大臣」は次々と政策を正し、人々の尊敬を集めてゆく。しかし面白くないのはバーラル、彼は悪党たちに命じシヴァージーの抹殺指令を出すのだ。

「全ての人々が幸福に暮らせる政治を執り行おう!」映画『Nayak: The Real Hero』のメッセージは非常にストレートだ。首相となったシヴァージーは腐敗と怠慢の温床となった役人たちを問答無用で解雇し、政治の膿を次々と潰してゆく。それはまさに粛清の嵐だ。シヴァージーの思い切った政策は人々の暮らしを風通しの良いものにし、貧者は救済され、富は誠意を持って再分配される。やがて街には笑顔が溢れ、シヴァージーは人々から救世主の如く祭り上げられる。政治家でもないシヴァージーがいとも簡単に善政を敷くことができたのは、単純な腐敗構造を正しただけでも人々の生活が様変わりする、そのまさに単純なことすら行われていなかったということなのだろう。そしてまた、こんな単純なことすらできない現在の政治への、インド市民たちの鬱憤がこの映画にぶつけられているのだろう。

とはいえ、ストレート過ぎるメッセージはいささか鼻白むものであることは否めない。シャンカール監督は映画『ボス その男シヴァージ』や『インドの仕置人』でやはり政治の腐敗に鋭く切り込む内容の作品を製作してきたが、どちらの作品でも「ワルにはワルで対抗する」という、いわば正当法ではない方法でフィクションらしい含みを持たせていた。ところがこちらは大真面目である。政治を正したいという気持ちは分からないでもないが、観客は街頭演説を聞きに来たのではなくて"物語"を求めてやってきているのだ。

それを補うのが悪党バーラルが次々に繰り出す陰謀詭計であり、それと対決するシヴァージーの姿だろう。これが結構アクションたっぷりなのだ。恋人マンジャーリ(ラーニー・ムカルジー)の村に滞在するシヴァージーを暗殺部隊が強襲し、シヴァージーのボディーガードたちが迎え撃つシーンなどは派手な銃撃戦と爆発が盛り込まれ殆ど戦争状態だ。また、シヴァージーの乗る車を襲う暴漢とのカーチェイスシーンはその後肉弾戦へとなだれ込み、「なんでこんなに強いんだ!?」と思ってしまう程のダバング状態なシヴァージーの戦いが観ることができる。バーラルの執拗な攻撃は止まることを知らず、悲劇的な展開すら迎えるが、「だったらなんで政権渡したの?」と思わないでもない。

配役はどれも素晴らしい。アニル・カプールは凛として正義一徹の男を演じ、にやけた役よりもこういった役のほうが似合うような気がした。あとあんまりモハモハの体毛を露出しなかったのがよかったかもしれない。そんなアニルと絡むジョニー・"ジャガイモ顔"・リーヴァルの楽しさはもう定番だ。ラーニー・ムカルジーの演技の良さはあえて言うまでもないだろう。ただ純真な村娘といった役柄はそれほど深みが無く、ちょっと勿体ないような気もした。そしてアムリーシュ・プリー、インド映画きっての悪役を演じる彼が出てくるだけでもう嬉しくなってくる。歌と踊りのシーンもシャンカールらしい奇妙なセンスが溢れていて見所だった。

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20161202(Fri)

[][]分かち難き半身〜映画『ジーンズ 世界は2人のために』 分かち難き半身〜映画『ジーンズ 世界は2人のために』を含むブックマーク 分かち難き半身〜映画『ジーンズ 世界は2人のために』のブックマークコメント

■ジーンズ 世界は2人のために (監督:シャンカール 1998年インド/アメリカ映画)

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先日観た『インドの仕置人』が実に面白かったので、同じシャンカール監督作品『ジーンズ 世界は2人のために』を観てみることにしました。この作品は2000年に日本公開されていたらしく、日本語字幕付きDVDも出ていたんですが、なんでだかまだ観ていなかったんですよね(DVD自体は現在廃盤になっており自分は中古を購入して視聴しました)。出演はアイシュワリヤー・ラーイ、プラシャーント、センディル、ナーザル。ちなみにこの作品、インドとアメリカの合作映画で、前半部分はアメリカが舞台だったりします。

《物語》ロスアンゼルスに住むインド系アメリカ人、ヴィスとラムー(プラシャーント=二役)は瓜二つの双子兄弟。二人はある日、空港で困っているインド人一家と出会い、同郷のよしみで彼らを自宅に招待する。ヴィスはその一家の中の一人、マドゥ(アイシュワリヤー)と愛し合うようになるが、ヴィスの父は「自分も双子兄弟だったから、息子たちは双子姉妹としか結婚させない」などと理不尽なことを言い出す。しかし一緒に来ていたマドゥの祖母は一計を案じ「マドゥも双子なの!」と嘘をついてしまったからさあ大変!マドゥは一人二役で妹までまで演じ遂に結婚が決まるものの、嘘がバレるのは時間の問題だった!?

例によってインド映画お得意のダブルロールものであります。物語は双子の兄弟と一人の娘の恋の行方を描いたものではありますが、「双子兄弟が一人の娘をとりあう」といったありふれた物語では決してないんですよ。兄ヴィスとマドゥの交際を弟ラムーはとても祝福しています。しかし兄弟の父が分からず屋なばかりに、マドゥは一人で双子姉妹を演じてしまう、という部分が面白いんですね。しかしヴィスの家族は「ところでなんでマドゥ姉妹は一緒に現れないの?」というとても基本的な疑問を投げ掛けます。そりゃ不自然だわな!しかーしここで新兵器が!マドゥの兄がパソコンを駆使し妹の全身ホログラム映像を作っちゃうんです!なんだそれ!?これってSFだったのかよ!?あんまり馬鹿馬鹿し過ぎて逆に感心してしまったぐらいですよ!

しかも偽の妹に弟ラムーがすっかり惚れ込んじゃうから話はさらにややこしくなります。もともとマドゥのお婆ちゃんの思いつきだったのですが、「いるはずのない妹とラムーをどう結婚させるの?」という問いに「ヴィスとマドゥを結婚させたらその後妹は死んだ事にすりゃいいんだよ!」などというあまりに乱暴な計画!しかし、この「いるはずのない妹に恋したラムー」のエピソードが、それまでドタバタ・コメディとして進んでいた物語を切なく暗転させるのです。さらにこの物語、後半では場所をインドに移し、双子の父である父親ナーチャッパン(ナーザル)の、その双子の弟とのエピソードが展開し始めるものですから物語はさらに複雑に錯綜してゆくんですよ。だって双子x2と偽双子x1だぜ!?この複雑さを巧みに操りながらクライマックスに最良のポイントにストン!と落としこむシャンカールの演出の抜群さには舌を巻いてしまいました。レロレロ。

それとこの物語、話の展開自体は相当あり得ないものなのにもかかわらず、基本となる部分は結構しっかり作られているんですね。インド・アメリカ合作ということで両国を舞台にするという決まり事が最初にあったのだと思われますが、登場人物であるインド人たちがなぜそれぞれの国に住み、またはそれぞれの国に行く事情を持ち、そして彼らがなぜ出会ったのか、という理由がきちんと説明されているんですね。登場人物たちがそこにいることの必然性があるんですよ。「他国を舞台にしながらその国が舞台である必然性のないインド映画」って割とありますからねえ。こういったシナリオの作りがしっかりしていると思いました。ただし世界を股に掛けてロケした踊りのシーンは全く世界を股に掛ける必然性がないんだけどね!

というわけで、一見お手軽なダブルロール作品と思わせながらいろいろワザありの作品でしたね。しかしこの物語に登場する双子、特にヴィスとラムーの存在は、単に話を面白くするだけではない意味合いが隠されているように思いました。彼らは瓜二つなだけではなく全く同じ洋服を着て性格にすら差異がありません。二人は一人の人間だと言っても通じるぐらいです。しかし恋愛によって二人には差異が生じます。学生の彼らが結婚するということは一人前の大人になるということです。その為に彼らは未分化であったキャラクターから、そして被保護者であることから脱却しなければならなかった。そして彼らの恋の悩みとトラブルは、その為の通過儀式だと言えるのです。こうしてそれぞれが分かち難き半身として生きていた彼らが個別の人格を獲得する物語、映画『ジーンズ 世界は2人のために』は、実は青年たちの成長譚だったと言えるのではないでしょうか。

20161201(Thu)

[][]様々な形で張り巡らされたアンビバレンスの物語〜映画『インドの仕置人』 様々な形で張り巡らされたアンビバレンスの物語〜映画『インドの仕置人』を含むブックマーク 様々な形で張り巡らされたアンビバレンスの物語〜映画『インドの仕置人』のブックマークコメント

■インドの仕置人 (監督:シャンカール 1996年インド映画)

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のさばる悪を何とする!天の裁きは待ってはおれぬ!
この世の正義もあてにはならぬ!闇に裁いて仕置する!

わしはインドの仕置人!!

■『ロボット』監督シャンカールの放つ異色作

タイトルだけで既に胡散臭いにおいがぷんぷん漂いまくっているインド映画『インドの仕置人』でございます。タイトル通り法律が裁いてくれない社会の悪をニヒルな仕置人がばっさばっさと成敗してゆく!という内容なんですな。まあこれは日本で勝手に付けたタイトルで、実際のタイトルは『Hindustani』、"インド民族"とでも訳せばよろしいのでしょうか。なんだかぼんやりした原題ですが、いわゆる「インド人のプライド」といった意味であることが物語を観てゆくとだんだん明らかになってゆきます。

そしてこの作品、胡散臭げとはいいつつ、実はラジニカーント主演で日本でも大好評だったインド映画『ロボット』(2010)の監督、シャンカールが撮った作品なんですよ。さらに同じくラジニカーント主演の『ボス その男シヴァージ』(2007)、そして最近では大傑作『I』(2015)の監督をしており、その異能ぶりはインド映画/タミル映画で最も注目すべき監督の一人ありましょう。そんな監督が撮ってるものですから(撮るのはカメラマンなんでしょうが何故だか「監督が撮った」と言っちゃう癖のあるオレであります)、日本語タイトルは胡散臭げですが「きっと、なにかある!きっと、うまくいく!」と考えちゃうじゃないですか(ついでに書くとシャンカール監督、『きっと、うまくいく』のリメイク『Nanban』(2012)という作品も監督しています)。

■あこぎな役人と怒りの仕置人

物語は大まかに二つのパートを中心に進んでゆきます。まずは運輸省に勤めるあこぎな役人チャンドゥのパート。彼は免許申請のためゴンズイ玉の如くやってくる大勢の人々を日々切りまわしていました。ここでインドの役人の横柄振りとしみったれた役人根性が大いに描かれます。申請者なんて待たせて当たり前、たらいまわしは日常茶飯事、袖の下を渡す人間だけを優先順位に回し、金の無い奴は追い返します。コミカルに描きつつも、ここではインドにおける役所の腐敗ぶりがクローズアップされてゆきます。ここではさらにチャンドゥの女子二人との三角関係も描かれてゆくんですね。

そしてセナパティという名の謎の老人による仕置人パート。彼は庶民の弱みに付け込み賄賂を要求して私腹を肥やす政府役人たちをターゲットに、次々と殺戮を繰り返してゆきます。実は彼はかつてインド独立の志士として命を賭して戦いに身を投じていた戦士だったのですが、高邁な理想の元に独立したはずの自由インドが時代を経て汚職のまかり通る腐敗した国に成り果て、あまつさえそれにより娘を亡くしたことに怒り心頭に達しこのような恐ろしい復讐へと走ったのです。そして、このセナパティと、あこぎな役人チャンドゥは、実は親子だったのです。

この二つのパートがどう混じりあってゆくのかが本作の醍醐味なんですが、なんとこのセナパティとチャンドウを、カマル・ハーサンという一人の役者が演じてるところがもうひとつの見所となります。いや、オレ観終ってから知ったんですが、この一人二役にはびっくりさせられました。下の写真見てくださいよ。こんなに変身しちゃってるんです。

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■バラエティに富んだ物語運び

本題が「悪徳役人の仕置」にもかかわらず、この作品、インド映画らしくとってもバラエティに富んだ、見ようによっちゃなんだかとっちらかった展開を迎えます。なんといってもチャンドウを巡る、女二人の争いです。このうちの一人をマニーシャ・コイララが演じ、目の保養となってくれます。そして例によって歌ったり踊ったりと賑やかなんですね。踊りの場面はCGも多用され、実に華やかで楽しいです。コミカルに展開するチャンドウのエピソードと対比する形で描かれるのがセナパティのパートです。一人また一人と悪徳役人を屠ってゆくさまは暗く陰惨であり、十分にサスペンスフルであると同時にニヒリズム溢れるものとなっています。

そしてセナパティがなぜこのような凶状へと至ったかを説明する、インド独立前後を描く回想シーンが実に鮮烈です。度重なるイギリス兵の狼藉に怒った若き日のセナパティは叛旗を翻しますが、それの報復として多数のインド人女性が辱められ、それにより彼女らは集団自殺をしてしまうのです。その中でたった一人生き残った女性と結ばれたセナパティは、革命を決意し、戦士としてイギリス軍と戦い見事独立を勝ちえます。勝利の喜びを歌と踊りで感動的に描いたこのシーンでは、若き日のセナパティとその妻とがインドの様々な衣装に次々とモーフィングしてゆくというVFXで描かれますが、これはセナパティ夫妻だけではなくインドの多くのカップルがこの喜びを噛みしめているのだということを暗喩しており、素晴らしい効果を上げています。

◎Kappaleri Poyaachu Video

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■様々な形で張り巡らされたアンビバレンスの物語

しかし、これらのバラエティに富んだエピソードの数々は、どれも本題とは関係の無い単なる物語の賑やかしだったのでしょうか。実はこれらのエピソードを注意深く見てゆくと一つのことに気付かされます。それはこの物語が、様々な形で張り巡らされた二律背反を描くアンビバレンスの物語だということなのです。この物語は全てにおいて対立項とダブルスタンダードを孕んでいるんです。

まず仕置人セナパティ。法律を顧みず私刑を続ける彼は正義の為に悪を成すという矛盾した存在です。そしてその彼は、自由を願って戦ったインドが逆に不自由の国になってしまったことを嘆いています。次にチャンドゥ。彼は厳格な父セナパティとの対立という過去を持っています。そして幸せな生活を求めたがゆえに汚職に手を染めてしまうという過ちを犯します。さらに彼は「性格の違う二人の女性」という二者択一の狭間にいるんです。

こうして見ると、実はこの物語は、「汚れた社会に怒りをぶつける仕置人」という社会派テーマの物語と思わせながら、その底流では「アンビバレンスの中に置かれた個人の苦悩と矛盾の物語」を描こうとしているとはいえないでしょうか。これは実は、監督シャンカールのフィルモグラフィを辿ると、同傾向の作品があることから理解できます。例えば『その男シヴァージ』は、この『インドの仕置人』同様インド社会の腐敗を描いたものですが、同時に、腐敗に対抗するために自らも腐敗構造に加担するという物語でした。『ロボット』は、人間性と非人間性の狭間で苦悩する人工知能の物語でした。そして『I』は、愛と憎しみの間で引き裂かれてゆく男の物語でした。

シャンカールの作品を全ては観ていないのですが、一人の監督として、創作者として、彼の中に常に同一主題が渦巻き、それを様々な形で作品化しようとしてるのがここから見て取れないでしょうか。こうして観ると、映画『インドの仕置人』もまたシャンカールの抱えるテーマのひとつの変奏曲であり、また、そのテーマの在り方が非常に分かり易い形で描かれているといった部分で貴重な作品だという気がします。そしてそういったテーマを持ちつつ、非常に野心的な映像、練り込まれた会話、熱狂的なストーリーと、作品の質は第一級です。シャンカール、もっと他の作品も観てみたいなあ。この作品も日本で販売・レンタルがありますので気になった方は是非ご覧になってください。

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ロボット 完全豪華版ブルーレイ [Blu-ray]

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20161130(Wed)

[]『水曜どうでしょう』DVD第25弾・「深夜バス」と「試験に出る」を観た 『水曜どうでしょう』DVD第25弾・「深夜バス」と「試験に出る」を観たを含むブックマーク 『水曜どうでしょう』DVD第25弾・「深夜バス」と「試験に出る」を観たのブックマークコメント

■水曜どうでしょうDVD第25弾「5周年記念特別企画 札幌〜博多 3夜連続深夜バスだけの旅/試験に出るどうでしょう 日本史」

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水曜どうでしょうDVD第25弾は「5周年記念特別企画 札幌〜博多 3夜連続深夜バスだけの旅/試験に出るどうでしょう 日本史」である。タイトル長い。要するに「深夜バス」と「試験に出る」のカップリングということである。

最初に「深夜バス」。どうでしょうといえば深夜バスだが、今回は5周年記念ということで原点に戻って"究極の深夜バスツアー"を敢行することになった。それは札幌〜博多間を深夜バスだけで走破するという無謀な、そして全く意味の無い企画である。札幌〜博多間深夜バスなどというものは存在しないので、これは3台のバスを乗り継いで行くことになる。まず札幌〜函館。青森〜東京。最後に東京〜博多。これを金曜夜から月曜朝まで乗り続けるのだ。過酷である。あまりにも過酷である。ケツが鉄筋コンクリート化してしまうに違いない。だがそんな労苦に何一つ意味が無いのだ。無情である。悲惨である。そして深夜バスという縛りなので昼間は移動しない。ひたすら非効率だ。さらに撮影スタッフは同乗せずバスの後ろを追ってゆくだけだ。……おいおい!バスに乗る鈴木さんと今泉が全く写せないじゃないか!?……なんというでたらめな企画であろうか。しかしそのしょーもなさで笑いを取るどうでしょうメンバーはもはや神懸かりだ。何も考えて無いともいうが。このどうでもよさがどうでしょうの魅力だ。

続いて「試験に出るどうでしょう 日本史」。今回は織田信長を中心とした戦国時代を学ぶのらしい。どうでしょうメンバーは織田信長にゆかりの深い地を探索しながら戦国時代に思いを馳せるのだ。ところでかくいうこのオレ、学校では歴史関連が全くダメだった。歴史に何の興味も湧かず、何が面白いのかさっぱり分からなかったからである。誰が何をどうしたって?どうでもいいよ!と思っていたのである。さらに暗記必須という科目であることもダメだった理由だ。オレは暗記が皆目ダメなのである。暗記しようとすると拒否反応が起こり頭痛がして動悸は早くなり手足は痺れ口からは滝のように涎が流れるのである。試験の結果は推して知るべしである。しかし大人になってから歴史の大切さと面白さを知り自分で調べて覚えるようになった。何事も面白いと思わないとやらない人間なのである。そんな訳で今回の日本史編も大変興味深く眺めていた。面白かった。しかし、クライマックスに出される試験では、オレも一緒になって考えたが、結局何一つ覚えていなかった。

購入はこちらで。

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20161129(Tue)

[]今度の戦いは太陽系全域だ!〜ゲーム『コール オブ デューティ インフィニット・ウォーフェア』 今度の戦いは太陽系全域だ!〜ゲーム『コール オブ デューティ インフィニット・ウォーフェア』を含むブックマーク 今度の戦いは太陽系全域だ!〜ゲーム『コール オブ デューティ インフィニット・ウォーフェア』のブックマークコメント

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年末になると必ずやってくる寅さん映画のような(もうやってねーっつーの)ゲーム、『コール オブ デューティ』シリーズ最新作でございます。今回のタイトルは『コール オブ デューティ インフィニット・ウォーフェア』、オレは『CoD』シリーズは「とりあえず出たらやる」を繰り返してきたので一体何作目になるのかすっかり定かではありません。ちょっと調べましたが去年が『コール オブ デューティ ブラックオプス3』でその前が『コール オブ デューティ アドバンスド・ウォーフェア』でしたか。なるほど。もうストーリーなんか覚えてませんよ。とりあえず銃構えてドンパチやるだけですから。

で、今回の『CoD:IW』、なんと宇宙が舞台です。いや確かにこれまでも(多分『コール オブ デューティ ゴースト』あたり)宇宙ステーション&スペースシャトルで銃撃戦みたいのはありましたが、今作では「太陽系全域に版図を広げた人類」がドンパチおっぱじめる、というお話になります。『CoD』に限らず"近未来戦"が扱われるようになってきたミリタリーFPSですが、ここに来て遂に"近"ではない"未来戦"なんですな。もちろん宇宙を舞台としたSFタイプのFPSは『ヘイロー』をはじめこれまでも存在しましたが、これらはSFを前提として製作されておりましたけれどこの『CoD:IW』はあくまで"ミリタリー"であることに主眼が置かれております。

「どっちだっていいだろ」と言われそうなややこしい話ではありますが、『CoD:IW』は"未来戦"ではあってもSFストーリーをやろうとしているのではなくて、これまでのミリタリーFPSの舞台をそのまま宇宙に移し変えただけのものであるというのが正確です。ミリタリーFPSもいろいろ面倒臭くて、世界大戦やベトナム、アフガンなど史実を舞台にした戦争ものはあれこれ作られてきましたが、現代〜近未来を舞台にしようとすると"敵"となるものの扱いに対してデリケートになってきてるんですな。これまでも現代〜近未来の"敵"としてテロ組織や急進派軍事組織、民間軍事会社なんてのが出てきましたが、あんまり現実とリンクしすぎると政治的商業的にあれこれ面倒なのでしょう。そこでぜ〜んぶ架空の未来の戦いにしてしまえば面倒事がないというわけです。それによる今回の『CoD:IW』ではないかと思うんですけどね。

というわけで未来が舞台となる今回の『CoD:IW』、国際宇宙同盟連合(UNSA)と、反抗勢力の「Settlement Defense Front」(SetDef)の2つの陣営が戦いを繰り広げるというお話になっています。ゲームをはじめるといきなり木星の衛星エウロパでの軍事作戦が始まりびっくりさせられます。戦いはあらゆる惑星とその宙域で用意されており、白兵戦のみならずスペースシップを駆っての敵空母襲撃、また惑星に点在する敵施設の爆撃なんてのも行います。ロボットなんてのも当たり前にいて、ヒューマノイド・タイプのものから戦車級のものまで登場しちゃいます。空母なんてスペースジャンプまでしてしまいます。しかし未来戦とはいえあまり突飛な武器は登場せず、せいぜいエネルギー銃とか無重力爆弾ぐらいなものでしょうか。この辺、あくまでミリタリーFPSであることは外してないんですね。

だからといってつまらないということではなくて、「舞台は変わったがやることはこれまで通りの『CoD』」として安心してプレイできるクオリティではあるんですね。ただどうしても「ぜ〜んぶ架空の未来の戦い」になってしまうと血生臭さといいますが戦いの重みやその背景にある暗さというのが全く無くて、例えばこの間発売された『バトルフィールド1』が舞台を第一次世界大戦に移しただけで相当の血生臭さと歴史の重みを感じさせてくれたものになったことと比較すると、「ぜ〜んぶ架空」であることのしがらみのなさを払拭するのが実はシナリオの重要さということなんではないかと思いましたね。やはり同じく最近発売された『タイタンフォール2』にしても、全部架空のSFドラマではありますがシナリオや舞台設定、キャラ設定の面白さがゲームを引き立てていたと思うんですけどね。こうしてみると今回の『CoD:IW』、決して悪いゲームではないし十分楽しんでプレイしているんですけど、今後の展開はちょっと苦戦するんじゃないかな、と思えましたね。

で、この今回の『CoD:IW』、ソフトによって『コール オブ デューティ モダン・ウォーフェア リマスタード』のダウンロード・コードの付属した『CoD:IW レガシーエディション』というのが発売されているんですね。この『CoD:MW』、2007年に発売されたゲームですが、『CoD』シリーズの名作中の名作といっていいゲームなんですよ。発売当時自分はPCでプレイしてましたが、革新的なシナリオに度肝を抜かれましたね。これのHD化された『リマスタード』、やってみましたがやはり素晴らしく面白い。畳み掛けるような戦闘に次ぐ戦闘、後から後から湧きまくり時として包囲までしてくる敵、久しぶりの『CoD:MW』でしたが最初プレイしたときの緊張感と驚きがそのまま蘇ってきましたよ。あーそっかあ、『CoD:IW』に足りないのはこの「死の恐怖」なのかなあ、と同じメーカーの製品自体が反面教師になってしまっているという皮肉な部分を目にしたような思いでしたね。『CoD:IW』購入を考えてる方はちょっとお高くなりますが『レガシー・エディション』を是非購入してもらいたいですね(今回もゾンビモードがありますが手が回っていません・・・・・・悪しからず)。

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20161128(Mon)

[]大日本帝国軍アメリカ征服!巨大ロボット出撃!オタクネタ満載!〜『ユナイテッド・ステイツ・オブ・ジャパン』 大日本帝国軍アメリカ征服!巨大ロボット出撃!オタクネタ満載!〜『ユナイテッド・ステイツ・オブ・ジャパン』を含むブックマーク 大日本帝国軍アメリカ征服!巨大ロボット出撃!オタクネタ満載!〜『ユナイテッド・ステイツ・オブ・ジャパン』のブックマークコメント

■ユナイテッド・ステイツ・オブ・ジャパン / ピーター・トライアス

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第二次大戦で日独の枢軸側が勝利し、アメリカ西海岸は日本の統治下にある世界。巨大ロボット兵器「メカ」が闊歩するこの日本合衆国で、情報統制を担当する帝国陸軍検閲局勤務の石村紅功(いしむら・べにこ)大尉は、特別高等警察の槻野昭子(つきの・あきこ)の訪問を受ける。槻野は石村のかつての上官、六浦賀(むつらが)将軍を捜していた。軍事ゲーム開発の第一人者の将軍が消息を絶っているというのだ――21世紀版『高い城の男』の呼び声が高い、話題沸騰の改変歴史SF

■攻めの姿勢の早川書房!

第2次世界大戦で枢軸側が勝利し、日本がアメリカ西海岸を支配するもう一つの世界。期待の新人作家ピーター・トライアスによるSF長編作品『ユナイテッド・ステイツ・オブ・ジャパン』は、鬼才フィリップ・K・ディックが描く全く同じテーマを持つSF名作『高い城の男』に真っ向から挑戦状を叩きつけたのかと思わせる作品であり、ディック好きのオレとしては大いに盛り上がったわけである。しかも版元の早川書房では"新☆ハヤカワ・SF・シリーズ"と"ハヤカワ文庫SF"で同時発売というではないか。おおなんだか力が入っているぞ。攻めの姿勢だぞ早川。SFマガジンも隔月発売になってしまったしここは攻めて行かないとな早川。

さてSFシリーズと文庫のどっちを買おうかと思ったが、上下巻で刊行されているが両方の価格足してもSFシリーズより安い文庫のほうにした。しかし実際手にしてみるとこの文庫、値段の割に薄い……1冊1000円ぐらいするのに300ページぐらいしかない。しかも本を開くと微妙に字が大きい。う〜ん出版不況は分かるが謀ったな早川。攻めの姿勢は分かるがこんな所で攻めなくてもいいぞ早川。

■サービス満点な日本描写!

そんなことをブツクサ言いつつ読み始めたが、これが結構いい感じだ。アメリカを征服した日本の文化の描き方は流石に「勘違い日本」ぽくもあるが、そんな些末なことでガタガタ言う程オレは心が狭くない。むしろその奇矯さが楽しく感じるし、そもそも時間軸の異なった宇宙での日本文化なのだからそれが奇異に見えるのは当たり前じゃないか。しかも押える所はきちんと押さえてあって、「どうしてこんなこと知ってんの?」と思ってしまう程日本の事を細かく調べ上げているのがわかる。「伊勢神宮は20年毎に建て替えられている」とかさ。

そして読み進めていくと、最初に想像していたディック的な不条理劇とは違うアプローチで並行世界を描こうとしているのが分かってくる。なんというか、P・K・ディックというよりも、"クール・ジャパン"に侵略されたアメリカの光景をラノベ・テイストで描いた作品に思えるのだ。しかしラノベという言葉から連想する低年齢向けの作品というわけではなく、日本のアニメやコミックやゲームの膨大なディテールがサービス精神満杯で散りばめてある部分でそう感じるのだ。「これって"艦コレ"じゃないの?」と思ったり「これ”スペース・コブラ”のサイコガンだよね?」と思ってしまう場面が頻繁に登場する。

そして極めつけは巨大ロボットの登場だろう。しかも太平洋戦争において既に日本が投入していた、という唐突さで腰を抜かした。正直この巨大ロボの登場には何の必然性もないのだが、「いやだって日本と言えば巨大ロボだしロボ登場させれば間違いなく盛り上がるし」などという作者のなし崩し的な策略に、こちらとしても「よしよし乗ってやろうじゃないか」という気にさせられるというものだ。実のところロボ絡みのエピソードはそれほどないし、物語の中心的なものでもなんでもないから、ロボをメインに押し出した表紙は微妙に詐欺っぽいのだが、そこは早川の攻めの一手ということなのだろう。早川さん……おそろしい子……!!

■グロテスク描写満載!

登場人物も少々毛色が変わっている。まず主人公の一人、帝国陸軍検閲局勤務の石村紅功。物々しい勤務先だが、実は国威掲揚ゲームの製作者で、さらにコンピューターのエキスパート。だが見てくれは腹の出た中年で、出世の見込みが皆無のスーダラ軍人。一方、特別高等警察の槻野昭子は筋金入りの特高で、常に目が三角で血管ブチ切れ気味の狂犬みたいな女。ハイテク知識を生かし常にからめ手で難局を乗り越える石村と、邪魔者は四の五の言わずとりあえずぶっ殺す槻野との、あまりにかけ離れたコンビによる行動が見ものだろう。

物語はこの二人が、敵に寝返ったとみられる失踪した将軍を捜索するというもの。そこで彼らが見ることになるのは、覇権国家日本の横暴とそれに対抗するアメリカ人レジスタンスとの戦いだった。そしてこの「覇権国家日本」を現実の「派遣国家アメリカ」と読み替えるとまた違った面白さがある。”クール・ジャパン”のキッチュな文化描写とは裏腹に、主人公二人が足を踏み入れるのはどこまでも不条理で暴力的なアンダーグラウンド・ワールドだ。物語では殺戮と肉体破壊描写が徹底的に描かれ、最初のイメージとはまるで違うグロテスクさが横溢する。まあしかしこれはこれでまた面白い。作品的には名作問題作といった類のものではないが、OTAKUネタ満載の怪作として十分楽しめるだろう。

■追記

うおおお〜〜ッ!このレヴューをツイッターでリンクしておいたら作者ピーター・トライアス本人からリプ貰ったぁ〜〜ッ!!

yoyoshi yoyoshi 2016/11/28 12:29 表紙絵を見たらパシフィック・リムとかガンダムとかエヴァを思い浮かべてしまいます。でも、ちょっと違うような。主人公とヒロインの過去にシュンとしてしまい・・・。ゲームが重要な位置を占めるSF映画で「ニルヴァーナ」を思い出しました。

globalheadglobalhead 2016/11/28 21:00 主人公の一人、特高の槻野は作中ちょっとぐらい女っぽいところを見せるのかと思ったら全くでしたね。訳文のせいもあるのでしょうがずっと男みたいな女性でした。

20161125(Fri)

[]少年二人が発明した"夢の車"で冒険の旅が始まる〜映画『グッバイ、サマー』 少年二人が発明した"夢の車"で冒険の旅が始まる〜映画『グッバイ、サマー』を含むブックマーク 少年二人が発明した"夢の車"で冒険の旅が始まる〜映画『グッバイ、サマー』のブックマークコメント

■グッバイ、サマー (監督:ミシェル・ゴンドリー 2015年フランス映画)

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フランスを舞台に、14歳になる男の子二人の友情と冒険を描いた映画がこの『グッバイ、サマー』だ。これだけだと子供たちによるありふれた青春ドラマのように思えるけど、なんと監督はあのミシェル・ゴンドリーなのである。これはただで済む筈がない。

ミシェル・ゴンドリー。オモチャ箱をひっくり返したようなビジュアル・センスの監督で、結構お気に入りだ。PV集のDVDも楽しかったし『エターナル・サンシャイン』(2004)や『僕らのミライへ逆回転』(2008)も素敵な映画だったな。極めつけはボリス・ヴィアン幻想小説を映画化した『ムード・インディゴ うたかたの日々』(2013)だろう。悲痛な愛を変幻自在の映像で描いたこの作品はオレ自身の2013年日本公開作品ベスト作品にも推した(ええと、『グリーン・ホーネット』(2011)だけは勘弁して下さい……)。

そんなミシェル・ゴンドリーが描く14歳の青春とはどんなものなのだろう?そもそも"青春ストーリー"だなんてしゃらくさいし、自伝的ストーリーとは銘打っているけど、なんだか感傷的なだけだったりしないだろうか?などと若干の心配もあったが、いや全くそんなことはなかった。なんと主人公となる二人の少年、「家型の車」を作って旅に出るのである。「家型の車!?なんじゃそりゃ!?」と思われるかもしれない。いやしかし、ホントに「家型の車」なんですよ!?

物語を説明しよう。主人公の名はダニエル(アンジュ・ダルジャン)。ちょっと変わった性格の彼は、女の子みたいな容姿をしていることもあってクラスでは浮いた存在だった。家ではパンクな兄や意識の高い母親(なんとオドレイ・トトゥ!)にうんざりする毎日。そんな彼の生活が転校生テオ(テオフィル・バケ)の登場により一変する。決して周囲に溶け込もうとしないテオとダニエルはすぐに意気投合した。絵を描くことの好きなダニエルと、手先の器用なテオはまさにうってつけのコンビだったのだ。「親も学校も下らない!こんな毎日から逃げ出してやる!」そう決意した二人は、スクラップを集め「夢の車」を作って大冒険の旅に出ることを計画したのだ!

そう、そしてこの「夢の車」というのが↑のポスターに写っている「家型の車」なのである。なんで"家型"なのか?実は最初、車までは作ったのだけれど、よせばいいのに運輸局の許可を貰おうとして断られたのだ。「じゃあこうしよう。車体を家の形にするんだ。そしてもしも警察に見つかりそうになったら、道端に止めてあたかも最初から家だったかのように偽装するんだ!」子供の考えることとはいえ、いや子供の考えることだからこそ、なんとまあこの自由な発想!そもそも公道を「家型の車」が走ってたらそっちのほうが目立つに決まってんじゃん!とは思うが、田舎町だったからなのかなんなのか、二人の計略はまんまと成功し、かくして二人と「家型の車」とのロード・ムービーの始まり始まり!というわけなのだ。

この「家型の車」の登場により既にしてミシェル・ゴンドリーらしい稚気溢れる摩訶不思議さが漂っている作品だと言わざるを得ないだろう。ゴンドリーの自伝的映画とはいえ、ホントにこんな車を作ったのかどうかは定かではないが、少なくとも常にこういった自由な発想の中で遊び、そんな想像力を駆使した物作りの喜びに浸る少年時代であったろうことは、その後の活躍を見れば明らかな事だ。そしてそんなゴンドリーの少年時代に、テオのような無二の親友がおり、輝くばかりの夏を過ごしたであろうことも十分に伝わってくる。道中では様々な珍事件が起こり、それらのエピソードはどれもクスリと笑わせてくれる結末を迎え、またはしんみりとさせ、そしてそれらの体験が二人の友情をさらに篤くしてゆくのだ。そして物語ではダニエルのちょっとした恋の顛末までも描かれる。

オレは子供時代は、こんな車こそ作れなかったけど、一番近いのだと「秘密基地」だなあ。友達と集まって、木っ端やらその辺の廃物を持ち寄り、空き地の隅に「秘密基地」を作ったもんだった。そしてその「秘密基地」の中に友達と籠り、アニメや特撮ドラマの「秘密基地」を想像の中でそこに重ね合わせ、敵のスパイや怪人や宇宙人と戦う計画を練っていたのだ。空き地の隅っこだから秘密もなにもないんだけれど、そこで進行する妄想の中の出来事はなにより秘密計画で、そしてそれは友達同士の中でだけ分かち合われた"秘密"だった。ダニエルとテオが作った「家型の車」の中は、それは親や学校や乱暴なクラスメイトが決して立ち入ることの出来ない、あたかも「絶対領域」の如き心地よい世界だったに違いない。

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