Hatena::ブログ(Diary)

メモリの藻屑、記憶領域のゴミ

20160926(Mon)

[]殺戮兵器ジェイソン・ステイサムが素手で殺しナイフで殺し銃で殺し爆薬で殺す痛快アクション映画『メカニック:ワールドミッション 』 殺戮兵器ジェイソン・ステイサムが素手で殺しナイフで殺し銃で殺し爆薬で殺す痛快アクション映画『メカニック:ワールドミッション 』を含むブックマーク 殺戮兵器ジェイソン・ステイサムが素手で殺しナイフで殺し銃で殺し爆薬で殺す痛快アクション映画『メカニック:ワールドミッション 』のブックマークコメント

■メカニック:ワールドミッション (監督:デニス・ガンゼル 2016年アメリカ映画)

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なにかこう、スカッしたアクション映画が観たくなったのである。最近、どうも身辺がザワザワギスギスしているせいかもしれない。こういう時はやっぱりアクション映画だ。それも、金の掛かった大作や練り込まれたシナリオの技アリ作品ではなく、まるで頭を使わなくてよく、とりあえず派手にドンパチやってて、劇場のドアから出たとたんすっかり忘れているようなザックリした映画がいい。

そんなオレの欲求にぴったりの映画が公開された。ステイサム映画『メカニック:ワールドミッション』である。2011年に公開された『メカニック』の続編だ。最凶の殺し屋を描くアクション映画である。まあしかしあの1作目ってそんなに面白かったっけ?とは思うが、どのみちステイサム映画はどれも最凶の殺し屋が主人公みたいな映画ばかりだから、実の所何の続編であるかとかまるで関係が無いのである。ステイサムが素手で殺しナイフで殺し銃で殺し爆薬で殺す映画であればそれでいいのだ。要するにステイサムが殺して殺して殺しまくる映画、そこが重要なのである。もう予告編からいい。なんだあの「殺してくれ」と言わんばかりの空中スケスケプールは。頭ワリイなあ。

ところで余談になるが1作目『メカニック』は、1972年公開のチャールズ・ブロンソン主演映画『メカニック』のリメイク作でもある。オレは実はこの作品、劇場で観たのを覚えている。計算するとどうやらオレが10歳の時、小学4年生頃に観ていたようだ。ブロンソンの殺し屋映画を一人で映画館に観に行く小学生……その後のオレの人生を物語るような心温まる逸話である。

さてそんな『メカニック』の続編『メカニック:ワールドミッション』である。なんだか邦題が『ワイルド・スピード:スカイミッション』のバッタもん臭いのがちょっといただけないが、実際映画ではステイサムが世界を股にかけ殺しまくっているのである。ステイサムが素手で殺しナイフで殺し銃で殺し爆薬で殺すのだ。お話はふとしたことから知り合った女を悪の親玉に人質にとられ、3つの殺しを強制される、というものだ。「非情の殺し屋である筈のステイサムが女の為に自らを危険にさらすなんてクールじゃない」とあなたは思うかもしれない。しかしだ。その女というのはあのジェシカ・アルバたん(ハァハァ)なのである。

実はこのオレ、ジェシカ・アルバたん(ハァハァ)のことが大変なお気に入りなのである。試しにGoogleで「ジェシカ・アルバたん(ハァハァ)」と検索してみるがよい。オレのブログがトップに出る筈だから。いいよなあジェシカ・アルバたん(ハァハァ)!『マチェーテ』も『シン・シティ』もサイコーだったよな!まあそれ以外には結構しょーもない映画ばかり出演していて、ゴールデンラズベリー賞の常連になっていたりするが、なんたってアナタ、今年35歳2児の母であの美貌ですよ!?おまけに1000億円企業を生んだ実業家ですよ!?でもフォーブスの表紙飾ってもステイサム映画に出演なさってくださるのですよ!?もうサイコーじゃないですか!?

まあ実際のところこの『メカニック:ワールドミッション』、穴だらけの稚拙なシナリオと一本調子の演出は幾らでも批判可能だが、ステイサム映画の主眼となるのはシナリオだの演出だのではなく殺戮兵器ジェイソン・ステイサムが苦み走った軍曹ヅラを陰気に歪めながら素手で殺しナイフで殺し銃で殺し爆薬で殺すシーンをどれだけ盛り込めるかであり、例えどれだけお話が破綻していようと殺して殺して殺しまくるその愉快痛快奇々怪々さを堪能できればそれで十分機能を果たしているのである。しかも今作ではジェシカ・アルバたん(ハァハァ)ハァハァな肢体が存分に拝めるという時点で一挙両得一石二鳥棚から牡丹餅濡れ手に粟ではないか。といった理由から必然的に『メカニック:ワールドミッション』は観るべき映画の一つとなるのである。

……とはいえ、本国版のこの(↓)ポスター、どう見てもステイサムが女湯を覗きに来た変質者にしか見えないのだが……。

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メカニック [Blu-ray]

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20160923(Fri)

[][]インドのファンタジー映画『アラジン 不思議なランプと魔人リングマスター』はインド映画に馴染の無い方こそ楽しめる作品かもしれない インドのファンタジー映画『アラジン 不思議なランプと魔人リングマスター』はインド映画に馴染の無い方こそ楽しめる作品かもしれないを含むブックマーク インドのファンタジー映画『アラジン 不思議なランプと魔人リングマスター』はインド映画に馴染の無い方こそ楽しめる作品かもしれないのブックマークコメント

■アラジン 不思議なランプと魔人リングマスター (監督:スジョイ・ゴーシュ 2009年インド映画)

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■インド産のファンタジー・アドベンチャー映画

日本でもDVD販売されていて観ることのできるインド映画の1作、『アラジン 不思議なランプと魔人リングマスター』をやっと観ました。自分は最初、タイトルがタイトルだし、「子供向けっぽいなー」と思ってスルーしたまますっかり忘れていたんですよ。

ところがこの間、この作品の出演者がかなり豪華なインド俳優陣で占められていることを知り、あわてて観てみることにしたんです(ちゃんと調べろよオレ)。いやアナタ、なんとアミターブ・バッチャンとサンジャイ・ダットで、リテーシュ・デーシュムクでジャクリーン・フェルナンデスですよ。

しかもお話のほうも、想像以上に楽しく作られたファンタジー・ドラマで、大人(の筈)のオレが観ても遜色のない出来でした。確かにファミリームービー的な無難さはあるにせよ、これを「子供向け」と言ってしまったら、ハリウッドで作られているような見栄えのいいCGでキラキラしたファンタジー作品も全部「子供向け」になっちゃうでしょう。

この作品で使われているVFXがどの程度のレベルなのか語る知識は自分にはありませんが、少なくとも物語をきちんと見せる道具として十分機能していたし、また、決して「見栄えのいいCGだけの作品」には陥っていないと感じました。それはとても物語が充実していたからということなんですよ。だからこの作品はインド映画がどうとか言う以前に、ハリウッド製のVFX映画、ファンタジー映画に慣れ親しんだ方にこそ観て欲しい作品だと感じました。

■物語

時代は現代、舞台となるのはインド北部の架空の街カーヒシュ。ここに、両親に「アラジン」と名付けられたばかりに子供の頃から苛められ続けてきた青年(リテーシュ・デーシュムク)がいました。実は彼の両親は「アラジンのランプ」が実在することを突き止め、調査に出掛けた氷河地帯で謎の死を遂げていたのです。

孤児となったアラジンは大学生となった今でも孤独な生活を送っていましたが、ある日アメリカからやってきた留学生ジャスミン(ジャクリーン・フェルナンデス)に恋をします。しかし滅法シャイな彼はジャスミンに声を掛けられません。そんなある日彼は運命か偶然か、あの「アラジンのランプ」を手に入れることになり、そのランプから魔人ジーニアス(アミターブ・バッチャン)が現れて「3つの願いを聞き届けてやる」と言い放ちます。

一方、カーヒシュの街にサーカス団に成り済ました不気味な一団が近づいていました。首領であるリングマスター(サンジャイ・ダット)は「アラジンのランプ」を追い求め、その力で世界の征服を企んでいました。彼はこの街にランプがあることを突き止め、青年アラジンを亡き者にしたあとランプを手に入れるつもりだったのです。そしてこのリングマスターこそが、アラジンの両親の死の原因ともなった男だったのです。

■交差する幾つかのエピソード

物語は幾つかのエピソード要素が平行しつつ混じりあいながら語られてゆきます。

1.アラジンの両親の死の秘密

2.苛められっ子アラジンの日常

3.ジーニアスとの出会い、そして"3つの願い"

4.ジャスミンとの恋

5.暗躍するリングマスターとの戦い

この中で前半部分を占める「ジーニアスとの出会い、そして"3つの願い"」はコメディ要素満載でなにしろ出色でしょう。アラジンとジーニアスの「ボケとツッコミ」みたいな掛け合いがとても楽しいんですよ。

さらになんでも思い通りになるはずの"3つの願い"を「ジャスミンとの恋」で使いたいのに、アラジンは全然きちんと願うことができなくてこれまた笑いを誘います。そしてジーニアスとコンビを組むことで「苛められっ子アラジンの日常」がどう変わってゆくのかも見所です。

それに対し後半の「暗躍するリングマスターとの戦い」では物語がどんどんダークサイドに向かいます。ジーニアスとリングマスターとの過去の因縁もここで語られるんですね。こういった、恋、笑い、謎、アクションが混じりあいながら進行してゆくストーリーがとても楽しいんですよ。

■素晴らしい配役とキャラクター造形

そしてこの物語を面白くしているのは、登場人物たちのキャラ造形にあるでしょう。最初に主人公アラジン。彼は子供の頃から苛められっ子で、青年となった今でも悪ガキどもに苛められ、せっかく恋したジャスミンすら横取りされかけています。要するに情けないダメ男クンなんですね。同時に彼は幼い頃に両親を亡くした孤独な青年でもあります。こんなアラジンを「インド映画界で情けない男を演じたら右に出る者のいない」と思われるリテーシュ・デーシュムクが演じております。

彼が恋するジャスミンを演じるジャクリーン・フェルナンデスはインド女優の名に違わずたいへんな美人ちゃんです。この作品がデビュー作ですが、その後の彼女の大活躍ぶりを見るとなかなかに感慨深いです。

一方魔人ジーニアスは、現代が舞台とあってか実にお洒落で派手なジャケット・スタイルで登場します。「ランプの精」から想像されるインドインドした格好じゃなく、クールで実にカッコいい。性格は鷹揚で威厳に満ち、同時に妙なユーモア・センスを持っています。こんな魔人をインド映画の帝王アミターブ・バッチャンが演じるのですからはまり役以外の何物でもないでしょう。

「魔法のランプ」を手に入れ世界征服を企む男リングマスターは、ヘラヘラと笑いおどけた調子で残虐行為を行うというバットマンの悪役・ジョーカーのような男です。彼は『スーサイド・スクワッド』みたいな邪悪なルックスの悪党集団を引き連れ、邪な悪行を成そうと暗躍します。さらに彼は太古の不思議な道具を操り、ジーニアスの弱点すら把握しているのです。ね、敵役として申し分ないでしょ?こんなリングマスターをボリウッド界で悪党をやらせたらピカイチのサンジャイ・ダットが演じているんですね。

■インド映画にあまり興味の無い方にこそ観て欲しい作品

こんな具合に、この作品は単なるファンタジーというよりはどことなくハリウッドのアメコミ映画に通じる部分があるんですよ。まあ昨今のアメコミ映画は相当シリアスな領域に足を踏み入れているので、コメディ部分も強いこの『アラジン』をアメコミ映画と同等などと言うつもりもないんですが、超常能力を使う人外なヒーローが登場し勧善懲悪を行う荒唐無稽で稀有壮大な物語、といった点では共通したセンスを感じるんですよ。そういった部分でまずアメコミ映画好きなファンに行けそうな気がします。

さらに「インド映画を観てみたいけど何から観ればいいのかわからない」といった方にも、インド映画としては若干ライトなこの作品はイケルんじゃないかな。だって上映時間2時間ぐらいなんですよ。「日本で観られるインド映画お勧め」というと『きっと、うまくいく』や『恋する輪廻 オーム・シャンティ・オーム』なんかが挙げられるかと思いますが、方や人間ドラマ、方やロマンスがメイン、おまけに両方とも上映時間がとても長いもんですから、「興味ついでにちょっと観る」には敷居が高い方もいるでしょう。

そしてファンタジー作品として老若男女誰でも楽しめる事請け合いでしょう。もちろん家族揃ってみんなで観ても全然問題ありません。というわけで、「ちょっとインド映画を観てみたい」アナタ、この『アラジン 不思議なランプと魔人リングマスター』などはいかがでしょうか。

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20160922(Thu)

[][]カシミール地方を舞台にしたテロ攻防戦〜映画『アルターフ 復讐の名のもとに』 カシミール地方を舞台にしたテロ攻防戦〜映画『アルターフ 復讐の名のもとに』を含むブックマーク カシミール地方を舞台にしたテロ攻防戦〜映画『アルターフ 復讐の名のもとに』のブックマークコメント

■アルターフ 復讐の名のもとに (監督:ヴィドゥ・ヴィノード・チョープラー 2000年インド映画)

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■インド映画日本語字幕付きDVD

たいがいのインド映画は輸入盤DVDなりBlu-rayを購入し英語字幕で観ているのだが、実のところ、オレは英語はあまり得意じゃない。あまりというか全然ダメである(それでよく知ったかぶった感想文書いてるもんだが・・・)。本当は日本で劇場公開されるのが一番なのだが、それも殆ど期待できないのが現状だ。だから日本語字幕の付いたソフトは大変重宝するし貴重な存在だ。まあたいがいのインド映画日本語字幕付きソフトは廃盤になっていて、これもレンタルで探すしかないのだが、見つけたら観るようにはしている。

そんなこんなで大体の日本発売&レンタルされているインド映画は観ているつもりだったが(全部と言うわけではない)、ある日この日本語字幕付きDVD『アルターフ 復讐の名のもとに』の存在を知った。原題は『Mission Kashmir』、2000年公開作で、なんとリティク・ローシャン主演である。なんで今まで見落としていたんだ?と啞然としてしまった。IMDbでもそこそこ評価が高い。見つけたときはAmazonでも発売されていて、この原稿を書いている段階ではレンタル落ちでなんと1円である。ツタヤのレンタルでも置いてあったのでこれで観ることにしてみた。

■『アルターフ 復讐の名のもとに』

『アルターフ 復讐の名のもとに』はヴィドゥー・ヴィノード・チョープラーが製作・脚本・監督を手掛けた作品だ。『Mission Kashmir』という原題にあるように、カシミール地方を舞台に、テロを題材とした作品として作られている。ご存知の方も多いとは思うが、カシミール地方はインド、中国、パキスタンの3カ国が領有権を主張し、地域紛争が絶えない場所なのだ。こうした背景を元にしたインド映画も多く作られている。チョープラー監督はこのカシミールの出身であるらしく、そういったカシミールへの思いが作品の中にも反映されているのだろう。主演はリティク・ローシャンをはじめ、サンジャイ・ダット、ジャッキー・シュロフ、プリティー・ズィンターと実に充実した配役となっている。

物語にまず登場するのは地元カシミールの警察官イナヤート・カーン(サンジャイ)。彼はテロリストに怖れられる敏腕警官だったが、プライベートでは妻ニーリマー(ソーナーリー・クルカルニー)と息子イルファーンと幸せに暮らしていた。しかしある日イルファーンが大怪我をする。病院に行くもテロリストに脅されている医者たちは手を施すことができず、イルファーンは死んでしまう。怒り心頭に達したイナヤートはテロリストのアジトを急襲し皆殺しにするが、その時地元民も殺してしまう。イナヤートはこの時生き残ったアルターフを引き取るが、アルターフはこの襲撃事件で父を殺した謎の男(実はイナヤート)に憎悪をたぎらせていた。そして10年後、アルターフ(リティク)はテロリストの一員となって復讐を開始する。

■「憎しみの連鎖」を終わらすための物語

この物語、リティク・ローシャンが主演として大きく名前を取り上げられているが、実際観てみると、実は父親であり警官役のサンジャイ・ダットが中心となって物語られる作品だった。そしてこのサンジャイ・ダットが思いのほか素晴らしいのだ。サンジャイ作品というとオレの今まで観た作品の中ではとっても凶悪な顔をした犯罪者役が多くて、好き嫌いは別としても「なんだかおっかない俳優だなあ」という印象だった。しかしこの作品では、そんなサンジャイ・ダットが悩み苦しみ、様々な事に引き裂かれてゆく様子をとても繊細に演じていてびっくりしたのだ。

この物語に登場する人物たちは誰もがみな心を引き裂かれている。サンジャイ演じるイヤナートはテロリストによって幼い子の命を亡くしたこと、そして引き取った子アルターフがテロリストになったこと、そんなアルターフを警察官として逮捕しなければならないということ。イヤナートの妻ニーリマーもまた同様のことで苦しみ、そしてアルターフは自らの養父が実父の仇であることで心を引き裂かれる。アルターフの恋人ソフィア(プリティー)は、愛する者がテロリストであったことを知り苦しみの中に放り込まれる。この物語ではサンジャイだけでなく、妻役のソーナーリー、恋人役のプリティー、そしてリティクも、誰もが素晴らしい演技を見せていて見応え十分だ。

そんな中テロリスト首謀者ヒラール(ジャッキー)だけが人格の存在しない抽象的な描かれ方をしているが、この抽象性は具体的な誰か、あるには何がしかの国家に責任を問うのではなく、「憎しみの連鎖」をどう終わらすのかがこの物語の究極的なテーマであったからなのだろうと思う。描かれるテロリストたちの残虐さやそれを追う捜査陣の情け容赦なさは十分にシリアスであり、クライマックスのアクションも非常に熾烈なものとなっている。だがこの物語は単にテロの生む悲惨と重さのみを扱うのではなく、その中で展開する親子の情愛、そして男女の愛こそに重点を置いている。インド映画お得意の心躍らす歌と踊りも盛り込まれるが、それが美しければ美しいほど、引き裂かれる者の愛の悲劇が浮き彫りにされてゆく作品なのだ。

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20160921(Wed)

[]映画『キング・オブ・エジプト』はSFだった!?(と勝手に思いこんで観てみた) 映画『キング・オブ・エジプト』はSFだった!?(と勝手に思いこんで観てみた)を含むブックマーク 映画『キング・オブ・エジプト』はSFだった!?(と勝手に思いこんで観てみた)のブックマークコメント

■キング・オブ・エジプト (監督:アレックス・プロヤス 2016年アメリカ映画)

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古代エジプト時代、神々と人間は共生し、オシリス神によって平和に統治されていたが、オシリスの弟セトの謀反により暗黒時代へと突入した。恋人を失った盗賊ベックとオシリス神の息子ホルスはセトを倒すために冒険の旅に出る……というファンタジーアクション映画『キング・オブ・エジプト』でございます。

最初「神殿も神様も悪趣味な田舎富豪みたいにキンキラキンだしデカいだけで愚鈍そうなモンスターが暴れてるし主人公役のブレントン・スウェイツがディズニーアニメみたいな顔してるし拭っても拭っても拭いきれないB級臭がすかしっ屁のように漂っているしどうしたもんだろ」と思ってましたが、観てみると意外としっかり作ってあり、舞台もエジプトだけではなく〇〇や〇の世界なんかが登場して飽きさせない!CG大盤振る舞いの作品ではありますがドラマもきちんと成り立っていましたね。

おまけにホルス役は『ゲーム・オブ・スローンズ』シリーズのジェイミー・ラニスター役ニコライ・コスター=ワルドウだし、悪役演じるのが『300』のジェラルド・バトラーだし、ベックの恋人役が『マッドマックス 怒りのデス・ロード』のコートニー・イートンだし、そんなこんなでなかなか楽しんで観ることができました。アイテムを求めて冒険し途中ちょっとづつ仲間が増えてゆくところなんかはロールプレイングゲームみたいでしたね。

最初この映画のビジュアルを見た時はフランスのSF映画『ゴッド・ディーバ』を思い出しましたが、あれって未来世界が舞台ですがピラミッド状の構造物があったり「鷹の頭にヒトの体を持つ神ホルス」なんてぇのが登場してちょっとエジプトしてたんですね。この『キング・オブ・エジプト』は世界観が相当荒唐無稽ではありますが一応古代エジプトということになっていて「まあファンタジーだからこんなもんだろ」と思って観ていたんですが、とあるシーンから「ちょまてこれSFなんじゃないのか?」と思えてしまい、そこからずっとこの物語はSFだ!と勝手に思いこんで観ていました。

とあるシーンというのは最上神ラーの登場シーンなんですが、ラーの見下ろすエジプトは実は……というあのシーンですよ。いやあれはびっくらこいた。こういう宇宙観をそのまま視覚化しちゃって、しかも物語の本筋にはあんまり関係ないっていうのも凄いですが、じゃあここはどういう世界なんだ?ということなんですよ。ファンタジーではなくこれをSFと考えると、この世界に住むのは遠未来に宇宙のどこかに植民した地球人たちの末裔ということが考えらえれる。神というのはハイテクノロジーにより超人化・長命化した植民第1世代で、彼らがテクノロジーを独占化し後代の植民者たちを支配している、というのがこの世界なんじゃないのかな、と思ったんですよ。神々が流す金色の血、ってアレ実はナノマシンだったんじゃないのかとかね。

で、こういうストーリーのSF小説が実際にあるんですね。ロジャー・ゼラズニイの『光の王』という小説がそうなんですが、この物語、なんとインド神話を題材に借りて世界を形作ってるんです。『キング・オブ・エジプト』がエジプト神話を題材にしているのとよく似ていますね。『光の王』は主人公がなんとお釈迦さまで、それにヴィシュヌやシヴァやカーリーといったヒンドゥー神がかからんでくるのですよ。そしてそこで神々同士の戦いが繰り広げられるんですね。とはいえ彼らはもちろん本物の神様ではなくて、神の名を借りた超人類なんですけどね。

神々と人間の登場するSFというとダン・シモンズの『イリアム』『オリュンポス』という長編小説もあります。こちらはギリシャ神話を題材に採ってるんですね。テラフォーミングされた火星に超常的な力を操るギリシャ神話の神々が住み、さらにナノテクノロジーによって甦らされたトロイア戦争の勇者達が登場する、というやはりとんでもなく荒唐無稽なお話なんですよ。その他調べたところ、日本神話を題材にした荻原規子ファンタジー「勾玉三部作」や北欧神話を題材にした高千穂遥のファンタジー「美獣-神々の戦士」なんていうのもあるようですね。『キング・オブ・エジプト』を観て楽しめた方はこれらの小説を読んでみるのもいかがでしょう。

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ゴッド・ディーバBlu-ray

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光の王 (ハヤカワ文庫SF)

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20160920(Tue)

[]バレエ『マシュー・ボーンの眠れる森の美女』を観に行った バレエ『マシュー・ボーンの眠れる森の美女』を観に行ったを含むブックマーク バレエ『マシュー・ボーンの眠れる森の美女』を観に行ったのブックマークコメント

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この間の日曜日は相方さんと二人、渋谷シアター・オーブで上演されている『マシュー・ボーンの眠れる森の美女』を観に行きました。映画じゃないです。バレエです。実は以前、相方さんにねだられマシュー・ボーン演出による『白鳥の湖』を観に行ったことがあるんですが、これが実に素晴らしく、長く記憶に残ってたんです。まあ、舞台だのバレエだのにはまるで縁の無い生活をしているオレではありますが、この時の素晴らしさが忘れ難くて、今回またマシュー・ボーン演出作が上演されると知り、早速チケットを予約して楽しみにしていたんですよ。

なにしろバレエその他舞踏芸術については何も知りませんし、ダンサーたちがどれだけ高いスキルを持っているのか、またマシュー・ボーンがどれだけ高い演出力をもっているのか、といったことは何も語る言葉を持ってはいませんが、それでも今回も楽しませ、驚かされる作品であったことは確かです。

『眠れる森の美女』といえばヨーロッパの有名な民話・童話として誰もが知っているタイトルで、ディズニー・アニメなどを観たことがある方も多いでしょう。この物語はバレエ作品となり、ロシアの作曲家チャイコフスキーが音楽を作曲し、1890年に初演されたのが今回の演目となります。お話はというともちろん、悪い魔女に呪いをかけられ長きに渡る眠りについてしまった王女を真実の愛を持つ者が救いに来て……というものではありますが、実は今回のマシュー・ボーン演出作品、アウトラインこそ同じでも、舞台設定を変えることにより全く別物の「眠りの森の美女」になっていることに驚かされました(ここからはネタバレ含むので自分で観てびっくりされたい方は読まないでください!)

まずなにしろ最初に物語が始まるのが1980年のイギリス貴族の邸宅なんですよ。そして主人にメイドや執事が仕えているんですよ。中世ヨーロッパのどこかの王国の、ふわふわした衣装を着た人たちが出て来るわけでは決して無いんです。ここで生まれたばかりでまだ赤ん坊の貴族の娘が、パペットを使って演じられていたのがまず楽しかった!時代が19世紀末とはいえきちんと魔女や妖精が出てきて妖しくもまた美しいダンスを披露すするところがいいんですね。

そして21年後、成人した貴族の娘が登場し、ある青年と出会います。しかしそれは王子さまではなく、しかも貴族でもなく、なんと屋敷の使用人である一人の青年なんです。この辺の階級制度の在り方が実にイギリス人演出家っぽいですね!しかもこの使用人の青年、貴族の娘が呪いの眠りにつく前に恋仲になっており、彼女が眠りにつくと同時にこの青年も妖精によって滅びない肉体に変身させられるんです。そして幕間となり、次の時代は100年後……つまり21世紀になっちゃうんですよ!

そしてこの物語、貴族の娘と青年との愛だけではなく、それを邪魔する魔女の息子というのが登場します。しかしこの魔女の息子というのがやはり貴族の娘に恋してしまい、これにより娘を奪い合うドラマが持ち込まれるんですね。そこはかとなく漂うシニカルな香りは実に英国流と思わせますし、要所要所で笑いの箇所があることにもびっくりさせられました。貴族の豪邸の美術セットもシンプルではありますが美しかった。

ただしこのバレエ作品、結構長いんです。前半1時間半、後半は1時間弱ぐらいでしたでしょうか。調べるともともとのチャイコフスキー作品も3時間に及ぶ大作らしく、その楽曲をほぼ再現する形で演じられたのでしょう。チャイコフスキーの『眠りの森の森の美女』を殆どフルで聴く、というのも人生でそうそう無い体験だったような気もします。この時間の中にバレエがみっちり詰め込まれ、緊張感あふれるダンサーたちの踊りをずっと追ってゆくのは実は相当集中力を要求されました。要するに慣れていないので少々疲れた。もちろんこれは自分の体力不足のせいですが、逆にこの物凄い緊張感こそが舞台の面白さなのだな、と思わされました。

◎こちらは映画版の予告編映像ですが、舞台もまさにこんな感じでした。

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20160919(Mon)

[]暗黒皇帝のお誕生日会 暗黒皇帝のお誕生日会を含むブックマーク 暗黒皇帝のお誕生日会のブックマークコメント

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暗黒皇帝である。苦しゅうない。先日9月9日に1万54歳の誕生日を迎えたわしは暗黒皇后と二人、つつましい誕生日会を開いたのである。今回はベルギー料理の店にすることにした。なぜならわしはベルギービールが好きだからである。店の名は「ベルギー料理店 シャンドゥソレイユ」、"歴史ある下町、東京神田の真ん中にある、景観にまったくマッチしない妙に小洒落たレストラン(店長ブログより)"である。

神田駅前の賑やかな飲食店街を抜けると、一変して静かな場所にその店はあったのじゃ。中に入るとなかなかに落ち着いた店で、大変に居心地が良い。

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席に着きまずはビールだ!わしの誕生日会だ!デカいビールを持ってくるがよい!そしてテーブルに置かれたそれは……。

ドーン。

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わはは!デカいぞ!これはデカい!偉大なるわしにぴったりの大きさじゃ!ビールはベルギー産樽生ビール、デ・コーニングじゃ!よし飲むぞ!飲んでやる!ぐはぁウメエ!

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続いて料理じゃ!とりあえずオードブルじゃ!サバのアレしたやつやクリームチーズをソレしたやつ、生ハムが何かをくるんだ何かがあるのじゃ!

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そして馬肉のタルタルステーキ「馬肉のフィレアメリカン」じゃ!スパイスやハーブを効かせ全くクセの無い上品な馬肉じゃったわい!

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ベルギーといえばベルジャン・フリッツ!要するに揚げイモじゃ!これはビールが進むわい!単なる揚げイモにもかかわらずベルギー料理店店長の手に掛かると揚げ色お味ととても上品じゃ!添えられた手作りマヨネーズまで美味!

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ここで二杯目のビールを投入じゃ!ビールの名は「ラ・コルヌ トリプル」、角型のグラスがわしそのもののように雄々しいではないか!

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飲むぞ!角笛を吹くが如く飲むぞ(位置は逆じゃが)!うおおこりゃまたウメエ!

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さらに料理の追撃は止まらない!「ベルギー風スペアリブ ドゥシャス・デ・ブルゴーニュ風味」じゃ!肉がほろほろと骨から外れてスペアリブの概念を変えるが如き絶品の美味さじゃ!

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そして変わり種「アンデュイエット」、なんと豚モツのソーセージなのじゃ!塩辛くてビール飲みまくりじゃ!

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ぐふう……余は満足じゃ!ベルギー料理店 シャンドゥソレイユ、ビールの種類も多く料理もなかなかに珍しいものが揃い、今回だけでは食べきれなかったのでまたいつか来ることにしよう。こうして御馳走してくれた暗黒皇后に礼を言い、お店を後にすることにしたのじゃ。

しかしまあ、全体的に絶妙なバランスの上品さじゃったので、ちょっと濃い味のものが欲しくなったのじゃ。というわけでベルギー料理店の帰り、わしこと暗黒皇帝と暗黒皇后は、ラーメンで〆たのじゃ。

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ベルギー料理店 シャン・ドゥ・ソレイユ

〒101-0047 東京都千代田区内神田1-10-6

TEL:03-5281-0333

お店HP http://champdesoleil.com/

グルナビ http://r.gnavi.co.jp/g304600/

20160916(Fri)

[][]新しい自意識の芽生えと自己実現〜サタジット・レイ作品『チャルラータ』 新しい自意識の芽生えと自己実現〜サタジット・レイ作品『チャルラータ』を含むブックマーク 新しい自意識の芽生えと自己実現〜サタジット・レイ作品『チャルラータ』のブックマークコメント

■チャルラータ (監督:サタジット・レイ 1964年インド映画)

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1880年のカルカッタ。若く美しい妻チャルラータは、新聞社の編集長であり社長でもあるブポティを夫にもち、何ひとつ不自由ない生活を送っていた。しかし、年中多忙な夫は、ほとんど妻の相手をしようとしない。仕方なく、日がな刺繍をしたり小説を読んだりして寂しい毎日を送っていた。

そんな中、大学の休暇で夫の従弟であるアマルが訪ねて来る。詩を口ずさみ、文学に詳しいアマルの出現は、チャルラータにとって生きる喜びだった。また、アマルもチャルラータが並々ならぬ文才をもつことに気づき、ほのかな想いを抱き始める。しかし、ある日、新聞社の経理が社の金を持ち逃げしたことを契機に、3人の関係に大きな変化が訪れる… (公式HPより

『ビッグ・シティ』(1973)に続きサタジット・レイが監督した映画『チャルラータ』は、『ビッグ・シティ』より時代を遡り、イギリス統治末期である1880年のカルカッタを舞台にしている。物語は有閑階級にある一人の婦人の孤独と渇望を描いたものとなる。原作はノーベル文学賞受賞作家タゴールの小説「破れた巣」。サタジット・レイはここでも『ビッグ・シティ』同様脚色・監督・音楽を一人で兼ねている。

社長夫人チャルラータ(マドビ・ムカージー)は豪華な屋敷で何不自由なく暮らす女性だったが、しかしそれは屋敷から出ない籠の鳥のような生活でもあった。夫ブポティ(ショイレン・ムカージー)は仕事に忙殺され相手にしてくれず、使用人と会話する以外は外の世界との接触が皆無だった。しかしそこに夫の従弟であるアマル(ショーミットロ・チャタージ)がやってきたことで彼女の生活が一新されるのである。

ここで夫ブポティと従弟アマルは対称的な性格として登場する。ブパティは夢想家であり理想主義者だ。政治的にはリベラルでありながら実生活は保守的であり権威主義者でもある。一方アマルは現実的であると同時に楽観主義者であり、亭楽を愛し直観的に行動する。その分どこかお気楽野郎のように見えてしまう。共通点は主人公チャルラータも含め、知性が高く理性的でありモラリストである部分だ。そして知的で理性的であることが映画において彼らを魅力的に見せ、同時にそれが彼らの陥穽となる。

チャルラータはアマルに夫ブポティにはないあけすけな自由さを感じ、それにより彼女は次第に明るく開放的になってゆく。人妻チャルラータがアマルに恋慕の念を抱くのは時間の問題だった。しかしそれは情愛だけのものではなかったように思う。厳めしい豪邸の閉め切った部屋の中で籠の鳥となっていた彼女にとって、アマルは外の世界の空気を運んでくる風であり光であり、そして匂いだった。彼女とアマルとが庭で語らいブランコを漕ぐ美しいシーンの解放感は、それは彼女の心象そのものだったのだろう。そこで彼女はやっと生き生きと生きることがどういうことなのかを知るのだ。

この物語で出色だと思ったのはアマルの書いた小説が雑誌に載った時のチャルラータのリアクションだ。ここでチャルラータは喜ぶでも褒めるのでもなく、悔しさに号泣するのである。チャルラータもアマルに小説を書くことを勧められていたが彼女は断っていた。しかしアマルの雑誌掲載により、彼女は一念発起して小説を書きあげ、自らも見事雑誌掲載される。ここでの鼻高々な彼女から垣間見えるのは情愛とは全く別の対抗意識であり、勝利感である。では彼女はなぜ悔し涙を流し、そして何と対抗し、何に勝利したのか。

文学を愛するチャルラータに、小説を書くことなど造作ないことだったはずだ。しかし最初それを断ったのは、「決して出しゃばらない家庭の主婦」という隷属意識からだったのではないか。しかしその雑誌掲載の栄誉を、目の前の男が易々とさらってしまう。自分が「決して出しゃばらない家庭の主婦」にこだわってしまったばかりに。だからこその涙だったのだ。そして彼女はそれまで自分を縛っていた意識を捨て去り、それにより自らも雑誌掲載の栄誉を得る。彼女が戦い、そして勝ったのは、それまでの自分自身だったのではないか。この映画では、こういった複雑な感情の機微をさりげなく描く部分が白眉だと思えた。

こうして映画『チャルラータ』は、サタジット・レイの前作『ビッグ・シティ』同様、女性の新しい自意識の芽生えと自己実現の在り方を描いたものとして展開してゆく。表面上この映画は有閑夫人のほのかな恋を描いたものなのかもしれない。しかしその本質にあるのは、自分がどう生き、どう変わっていこうとしているのかを模索する者の物語なのだ。そしてそれらは様々な波乱を含みつつ、余韻の残るラストへと収束してゆくのである。

こういった物語のみにとどまらず、カメラワーク、カット割り、照明等その映画技術は流麗かつ端正を極め、そしてその映像ははっとさせられるほど美しく、当時からインド映画がどれだけ高い水準で製作されていたのかをうかがわせる。1964年公開という古さを全く感じさせない、ベンガル映画の文学性の高さを再確認させる傑作であった。1965年ベルリン国際映画祭銀熊賞受賞/1965年アカプルコ国際映画祭最優秀賞受賞/1964年インド国際映画祭最優秀賞受賞。

チャルラータ Blu-ray

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