山田和樹の西方見聞録 2011-12シーズン 2011年 9月24・25日 ドレスデン・フィルハーモニー管弦楽団 

いわゆる旧東のオーケストラは概して愛想が良いとは言えない。少なくともラテン系のオーケストラのように、お互いが
ウィンクしていたら上手くいく、なんてことはない。
ドレスデンはヨーロッパ随一といってもいい美しい街。オペラハウスの荘厳な佇まいを目にするとまるでタイムスリップ
したよう。ここで数々の名作オペラが初演されてきた。旧東の雰囲気を感じるのか、そのタイムスリップ感からか、僕の
印象で言うと「気持ちが引き締まる街」であり、オーケストラにもそのような空気が絶えず流れていた。
信頼し合うのに時間が必要なのかも知れない。日ごとにコミュニケーションを深くしていくことが出来て、最後の演奏会
は素晴らしいものになった。
武満徹の「3つの映画音楽」、プーランクのピアノ協奏曲、リムスキー=コルサコフの「シェヘラザード」。

山田和樹の西方見聞録2011-12シーズン  2011年 9月29日〜10月2日ラ・フォル・ジュルネ音楽祭inワルシャワ 

ラ・フォル・ジュルネ音楽祭の動きはいつも急展開だ。プロデューサーのルネ・マルタン氏のインスピレーションによって
運営されているといっても過言ではない。このワルシャワへの出演も急遽決まった。急遽決まった割には、出演回数が
4回と多く、オープニングとクロージングのコンサートという大役を任された。
オーケストラはシンフォニア・ヴァルソヴィア。若い人が多いこれからが楽しみなオーケストラだ。最初からコミュニ
ケーションは抜群にうまくいった。音楽祭のテーマが「タイタンたち」で、ブラームスやリストなどの重量級作曲家を
取り上げていたのだが、僕なりの重くない音楽のイメージにオーケストラはよく付けてくれたと思う。面白かったのは
リストのピアノ協奏曲第2番。期間中にプラメナ・マンゴーヴァさんとデジュー・ラーンキさんの二人のピアニストと共演した
のだが、全く対照的な音楽観で興味深く、オーケストラもその違いを十分に楽しんでいたようだった。

山田和樹の西方見聞録2011-12シーズン 2011年 11月3日スイス・ロマンド管弦楽団 

2010年6月に代役で初共演して、2012年9月から「首席客演指揮者」に就任することが決まっていたのだが、就任前に何とか1回は演奏会をしておきたいという僕とオーケストラ双方の希望の中、実現したコンサート。前半はガーシュイン、後半はラヴェル、という大変オシャレなプログラム。ピアニストにはファジル・サイさんを迎えた。ファジル・サイさんの才能はなんといったらいいのだろう、奇才とでも言うのだろうか。作曲もすれば指揮もする、即興演奏もお手のもの、そして独特の世界観。「ラプソディー・イン・ブルー」を共演したのだが、さぞかし自由奔放なスタイルかと思ったら、ここではオーケストラはこう、と実に細かい注文が随所にあって、念入りなリハーサルとなった。最初から演奏の設計図がちゃんと出来ているタイプのソリストで、とてもエキサイティングな共演だった。
ラヴェルはこのオーケストラの十八番。最初の共演の時にも増して、何とも幸福な時間が訪れる。またもや、指揮台の上で自分の体重がなくなる体験をした!

山田和樹の西方見聞録2011-12シーズン  2011年 11月7・8日ローザンヌ室内管弦楽団 

ジュネーヴで演奏会をした翌日には、もうローザンヌでリハーサル開始という強行スケジュール。距離が近くて助かった。
レマン湖畔に行けば、まったく時が止まったかのようなローザンヌジュネーヴとは雰囲気も人の気質も違ってくる。
まず、オーケストラが実に折り目正しいことに驚いた。鋭敏なアンサンブル力を備えたオーケストラだった。室内オーケストラというと、全世界的にノン・ヴィブラート寄りのピリオド奏法が主体になりがちであるが、ローザンヌ室内はそうではなく、昔ながらのヴィブラートたっぷりな演奏が僕にはまた心地よかった。
チャイコフスキーの「ロココの主題による変奏曲」で迎えたチェリストジャン・ギアン・ケラスさん。素晴らしい音楽家だった。横で指揮している僕は、リハーサルからずっと鳥肌が立っていた。人柄も温かく、気配りも細やかだ。すぐにまた共演したいソリストの一人である。
メインはシューベルト交響曲第5番。僕は久しぶりに取り上げた曲。交響曲でありながら、そのスタイルはとても
室内楽的。モーツァルトにも負けない天才ぶりを再認識した。

山田和樹の西方見聞録2011-12シーズン 2011年 11月17・18日ストラスブール・フィルハーモニー管弦楽団 

フランスとドイツの国境にある街。昔から交通と貿易の要所であり、ドイツ領になったりフランス領になったり歴史的に翻弄されてきた街でもある。両国の文化が混在していて、街を歩くだけで面白い。宮崎アニメ「ハウルの動く城」のモデルになったとされる家もあった。
チャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲と、ショスタコーヴィチの第5交響曲「革命」。「革命」は実は初挑戦。ショスタコーヴィチの代名詞とも言われる大作だけに、どことなく敬遠してきたのだが、今回はオーケストラの提案を受け入れて、挑戦することにした。リハーサルを3日間たっぷりもらうことができて、じっくりと試行錯誤、煮詰めることが出来たのが良かった。僕のフランス・マネージャーは実はロシア人なのだが、普段はとても厳しい目を持っている彼女に「非の打ち所の無いショスタコーヴィチだった」と言われた時は心底嬉しかった。

山田和樹の西方見聞録2011-12  2011年 12月2日フランクフルト放送交響楽団 


ドイツの中で高層ビルが立ち並ぶ、といったらここフランクフルトくらいだろう。巨大空港の機能と共にドイツビジネスの中心地である。
オーケストラは名門中の名門。かつてエリアフ・インバルさんが音楽監督で、マーラーブルックナーを取り上げていた黄金期は今でも語りぐさである。今回の演奏会はその名も「デビュー」というシリーズで、僕のような若手指揮者や若手ソリストを迎えてくれる願ってもない企画であり、この「デビュー」演奏会から、グスターヴォ・デュダメルさん(僕と誕生日が一緒!)など多彩な才能が登場している。サン=サーンスの第3交響曲「オルガン付き」。何度も演奏してきた僕の大事なレパートリーであるが、フランクフルト放送響との共演はまた特別な感慨があるものだった。
最初はフランスものということで、音楽との間に距離がある感じだったが、リハーサルが進むにつれて馴染んでもらえたようだ。
併せて、チャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番を、新人ピアニスト・アルグマニャンさんと。日本では頻繁に演奏されるこの有名曲、何とフランクフルト放送響では30年ぶり!考えてみると、ドイツではチャイコフスキーの演奏頻度は日本よりずっと低いかも知れない。国が変わると、趣向も変わって面白い。

山田和樹の西方見聞録2011-12シーズン 2012年 2月26・27日ワイマール歌劇場管弦楽団 

ドイツのオーケストラの前に立つと、自分のドイツ語の未熟さを痛感するのが常なのだが、ここワイマールでは違った。
言葉の壁を感じない。何でこんなに皆にこやかなんだろう。ドイツのオーケストラではないような、、そんな錯覚を感じさせる明るい雰囲気。気付けば、ここはオペラハウスのオーケストラなのだ。
日々、ドラマティックな音楽を演奏しているからこそ、雰囲気も華やぐのではないかと思った。
練習開始から本番終了まで始終お互いにニコニコしていただろう。曲目は決して簡単ではなかった。アメリカンプログラムで、バーンスタインのキャンディード組曲(序曲ではない!)、コルンゴルトのヴァイオリン協奏曲、コープランド交響曲第3番。難曲揃いだったのに、オーケストラはよく健闘してくれて、本番も本当に楽しめた。
ヴァイオリンのソリストは、バイバ・スクリーデ。
彼女にも本当に天賦の才能があると思う。音楽をしているときの眼は... 吸込まれてしまいそうで. . . 。

山田和樹の西方見聞録2011-12シーズン 2012年 3月4日サンクトペテルブルグ・フィルハーモニー交響楽団 

サンクトペテルブルグ交響楽団と言うと、2つオーケストラがある。
ドミトリーエフさん率いる「アカデミー」と付けて呼ばれるオケと、以前はムラヴィンスキー、今はテミルカーノフさん指揮するこのフィルハーモニーオケだ。ロシアではこのように、ほとんど同じ名前なのに別団体ということが多々あり、外部のものからすると非常にややこしい。
何はともあれ超一流の集団だった。リハーサル初日からほとんど「完璧」なのである。これには驚いた。
ホールの響きももちろん素晴らしい。
ここにムラヴィンスキーをはじめ、数多くの巨匠が立ってきた、と思うと武者震いするような感覚。今どき珍しく、メンバー全員がロシア人であり、そのことがサウンドに与える影響は大きいだろう。
もう一つサウンドの秘密が。
パート譜を覗き込むと、まるで編曲されたようになっているのに驚いた。細かく音量の指示が追加されていたり、音自体の追加も!往年の指揮者の指示なのか、とにかくロシアだけで流通してる譜面は多いらしい。
プログラムは、ベートーヴェン第3交響曲「英雄」とR.シュトラウス英雄の生涯」という超重量級のものだったが、ロシア人の体力からすれば何のその、朝飯前という風情だった。
ちなみにこの「英雄」プログラム、2014年2月に日本で読売日本交響楽団とご一緒することになっている。

山田和樹の西方見聞録2011-12シーズン 2012年 3月7・8日マルメ交響楽団 

ロシアからそのままマルメへ。ハードなスケジュールが続くのは大変だが、素晴らしい音楽が出来ることは何よりも幸せなことだ。
マルメはスウェーデン第3の都市。もう少し華やかな街並みを想像していたのだが、割とドイツ風な様相だった。
しかし、川沿いの夜景はキレイだった!
サンクトペテルブルグに引き続き、ベートーヴェン第3交響曲「英雄」だったのだが、緻密なアンサンブルが行き届い
ていた。
ブラームスのヴァイオリン協奏曲には諏訪内晶子さんを迎えて。日本人の指揮者とソリストが一緒になることは、そうそうない機会なのでとても嬉しかった。理性的で知的、それでいて情緒豊か、という素晴らしいブラームスを堪能させていただいた。

山田和樹の西方見聞録2011-12シーズン 2012年 4月6日〜14日イル・ド・フランス国立管弦楽団パリ近郊ツアー 

ベートーヴェン第1交響曲モーツァルト「レクイエム」を7公演!
4月6日の初日が始まってしまうと、直しのリハーサルが取れないスケジュールだったので、僕はパート譜書き込み作戦を実行。毎日本番前に早く会場入りして、全部のパート譜にバランスなどの書き込みをしていく。この作戦が功を奏して、日ごとに演奏の内容は充実、最終日のパリの教会では、モーツァルトのお母さんが眠っている場所であることもあり、特別な感動を伴った演奏をすることが出来たと思う。合唱団はアマチュアだったので、仕事の都合で、毎日人数が増減していたりで難しい側面もあったのだが、よくやってくれたと思う。

山田和樹の西方見聞録2011-12シーズン   2012年 4月19日〜21日ザールブリュッケン・カイザースラウテルン・ドイツ放送交響楽団

何とも長い名前のオーケストラである。近い2つの街のオーケストラが合併して、このような名前になった。
ザールブリュッケン放送響といえば、何度も来日していて、ミスターSの名で親しまれている巨匠・スクロヴァチェフスキさんとのコンビの印象が強い。
ところが、音楽監督の写真が並んでいるところに、そのスクロヴァチェフスキさんの姿がないのだ。
聞いてみると、彼は音楽監督に就任したことはなく、ずっと首席客演指揮者という立場だそうだ。それはそれでとても素敵な関係だな、と思った。
オーケストラは素晴らしいアンサンブルを持っていた。サウンドはそこまでドイツ味ではなく、ニュートラルな澄んだ音の印象。アメリカンプログラムで、ガーシュイン「パリのアメリカ人」とピアノ協奏曲、アイヴズの交響曲第2番。
ピアニストは、ベンヤミン・ヌスさんという若者だったが、この名前を是非覚えていて欲しいと思う。素晴らしい才能で、すぐに世界を席巻すること間違いなし。

山田和樹の西方見聞録2011-12シーズン  2012年 5月9・10日バーミンガム市交響楽団 

現在のベルリン・フィル音楽監督サイモン・ラトル氏が、一躍脚光を浴びる舞台になったバーミンガム。それまでよく知られていなかったオーケストラを鍛え上げて一流レベルにした、という栄光のストーリー。
現在の音楽監督は、これまた破竹の勢いのアンドリス・ネルソンスさん。
さすがに素晴らしいオーケストラだった。
イギリスのオーケストラのリハーサルは一日だけ、というのは有名な話だろうか。お国柄か、効率性を重視した結果なのか、音楽家の賃金がとても安いのでオーケストラ以外の仕事もできるようにという配慮なのか、おそらくいずれも正解だろう。
たった一日!と思われるかも知れないが、それで演奏に支障があるかどうかと言われれば、答えは No。
岩城宏之先生のお言葉。「オーケストラは練習すればするほど下手になる。一番できない人に合わせる方向にいってしまうから。練習は短いほうがオーケストラは上手くなる」

ラヴェルマ・メール・ロワ」、プロコフィエフのヴァイオリン協奏曲第1番を
ジェームス・エーネスと、リムスキー=コルサコフ「シェヘラザード」。

山田和樹の西方見聞録2011-12シーズン  2012年 6月13・14日プラハ交響楽団

街並みが世界遺産に登録されている美しい都市・プラハモルダウ河に、旧市街に、路面電車に、どこかノスタルジーを感じさせる街でもある。
有名なホールは2つ。チェコ・フィルの本拠地のドヴォルジャーク・ホールと、プラハ交響楽団の本拠地のスメタナ・ホール。
スメタナ・ホールは外見も内部も本当に美しい。
オーケストラは、プラハの風情そのままの、伸びやかな雰囲気だった。ジュライ・フィラスさんというチェコの作曲家のトロンボーン協奏曲をやったのだが、現代音楽よりのこの曲を、オーケストラは難なく演奏していたのが印象的だった。
チェコ・フィルもそうかも知れないが、才能や技巧をどんどん表に出していくというよりは、内面に充満させていくような面がある気がする。能ある鷹は爪を隠す、というか。
ドビュッシー「牧神の午後への前奏曲」、リムスキー=コルサコフ「シェヘラザード」。充実の演奏会になったと思う。

山田和樹の西方見聞録2011-12シーズン  2012年 7月2・4日スイス国際音楽アカデミー 

小澤征爾さんが主宰しているアカデミー。世界コンクール優勝者などの強者を集めて弦楽四重奏曲(カルテット)を勉強する、という大変ユニークなもの。本当にすごいレヴェルの若者が結集する。小澤さんが来られないため代役で。といってももう3年目。
自分自身の勉強になるからと、指揮をするしないに関わらず参加させてもらっている。
講師陣が素晴らしく、今井信子さん、原田禎夫さん、パメラ・フランクさんの3人。2週間の合宿生活を通して、カルテットを合奏曲を仕上げて行く。今年の合奏曲は、ベートーヴェン弦楽四重奏曲「セリオーソ」を。以前に1回指揮をしたことがあったのだが、やはりベートーヴェンは難しいと思った。
ジュネーヴ・パリの両公演を通して、自分にとって本当に勉強になったアカデミーだった。

山田和樹の西方見聞録2011-12シーズン  2012年 8月2・3日ラ・ロック・ダンテロン国際ピアノ音楽祭 

今回は初共演のパリ室内管弦楽団と参加。モーツァルト交響曲35番と38番のほか、僕の大好きな二人のピアニストと
一緒できることになった。ジャン=クロードゥ・ぺヌティエさんはフランスを代表するベテランピアニスト。
昨年もモーツァルトでご一緒して感激、自分のほうから再共演を申し出た。もう一人は、フランチェスコピエモンテージさん。
若手ながら、自分で主催する音楽祭も持っている逸材だ。彼の感性は本当に素晴らしい。シューマンのピアノ協奏曲の冒頭からして、彼の世界に満たされていった。
ラ・ロック・ダンテロン音楽祭のメイン会場は野外なのだが、これがまた独特の素晴らしい雰囲気。お客さんの集中力が凄まじく客席は静寂なのだが、周りの木々に止まっている虫々の鳴き声がずっとしている。不思議とその鳴き声が騒音にはならず、逆に音楽と同化してるような感覚になるのだ。自然に囲まれたステージを中心に、人も動物も植物も、しばし音楽に耳を傾ける宵の一時。

山田和樹の西方見聞録 9月20・21日 トゥルク・フィルハーモニー管弦楽団

フィンランドー森と湖の国。ムーミンとサンタクロースの故郷としても知られている。作曲家ではシベリウスを輩出した国だ。
トゥルクは、そのフィンランドの第3の都市にあたる。首都ヘルシンキから西に電車で約2時間の場所にある。
実は僕がここを訪れるのは2回目。もう10年も前に、ヨーロッパを転々と一人旅行していた時期があって、ここトゥルクにも立ち寄った。主な目的はシベリウス博物館を訪ねることだったのだが、足を伸ばして「ムーミンワールド」にも行ってきた。「ムーミンワールド」はトゥルクからさらにバスで30分少し、ナーンタリという街の入江に浮かぶ島にある。あのアニメに出てくるムーミンの家があって、もちろんキャラクター達も勢揃いで、とても楽しいテーマパークなのだが、周りはもちろん家族連れだらけ、大の男一人だけというのが少々恥ずかしかった(笑)
いつものように練習初日の前日に現地入り。
今回は大阪フィルの定期演奏会を終えて、日本からの移動だったのだが、トゥルクに着いてその気温差に唖然。秋を通りこして「冬」という感じで、コートが必要だった。

トゥルク・フィルハーモニー管弦楽団定期演奏会
武満徹/3つの映画音楽
ジョン・ウィリアムズ/The Five Sacred Trees(ファゴット独奏:ミッコ・ペッカ)
グラズノフ交響曲第5番

トゥルク・フィルの音楽監督は、日本でもお馴染みのレイフ・セーゲルスタムさん。その容姿からサンタクロースを彷彿とさせるようなマエストロなのだが、ご本人は「ブラームスに似ている」と仰るそうである。セーゲルスタムさんは作曲家でもあり、交響曲はなんと250曲以上!
ちなみに、僕の前の週の客演指揮者は、ピエタリ・インキネンさん(日本フィル首席客演指揮者)だった。縁を感じる。
さて、グラズノフから練習開始。
その序奏からもう感動してしまうほどの豊穣な音楽が流れる。舞台上の響きも素晴らしく、身体全体が音で包まれるようだ。ここのオーケストラの音色を口で説明するのは難しい。すごく澄んでいてピュアな音なのだが、それでいて迫力があるという、、。特に弦楽器のサウンドは僕がこれまで耳にしたことのないものだった。最初からコミュニケーションもうまくいき、作品への共感も同じように持てた感触
だったので一安心。無事に初日のリハーサルを終える。
次の日からは、ジョン・ウィリアムズファゴット協奏曲の練習も。ジョン・ウィリアムズといえば、「スター・ウォーズ」「ハリー・ポッター」などポピュラーな映画音楽の印象が強い。しかしながら、今回のファゴット協奏曲は、どちらかというと現代音楽寄りの難しい音楽。練習もさぞかし大変だろうと思ったのだが、オーケストラは難なく演奏してしまう。音楽監督のセーゲルスタムさんの影響だろうか、このオーケストラは現代音楽にも慣れているようで、機敏なアンサンブルを見せてくれた。
ソリストのミッコ・ペッカさんは現在、ヘルシンキ・フィルの首席奏者。ファゴットでこんなことも出来るんだと、その超絶技巧には息を呑んだ。学生時代、トゥルクで音楽の勉強をしていたそうで、先生はもちろんトゥルク・フィルのメンバー。
師弟の共演、さぞかし嬉しかったことと思う。
武満さんの曲も順調に練習が進む。曲自体は、アメリカン・ジャズ風だったり、ドイツ・ワルツ風だったりするのだが、オーケストラからしてみれば、日本人作曲家の作品を日本人指揮者と演奏するとあって、練習中から敬意が溢れていた。
そして演奏会。二晩行われる。
リハーサルからフルパワーかと思ったのだが、それ以上に素晴らしい音楽が流れる。
特に交響曲で、初日の3楽章の高揚感と、二日目の4楽章最後の一体感は忘れられない。
全てが一体となっている時、自分が透明になっているような印象を感じる。ひょっとしたら、指揮者というのは自分の存在をなくすために努力する、そんな側面があるのかも知れないと思った。
演奏会を終えて、ベテランのフルート奏者が、「演奏しながら、アケオ・ワタナベを思い出した」と言いに来てくれた。
フィンランドとゆかりの深い渡邊暁雄先生、聞けばトゥルク・フィルにも客演されていたらしい。師匠の師匠である渡邊暁雄先生と何か通じるものがあったのだろうか。指揮者の系譜において受け継がれる血、DNAのようなものを感じるエピソードで心底嬉しかった。
また、首席チェロ奏者も両手を広げて来てくれて、抱擁。
「素晴らしかった。またすぐ来てくれ。でもその時に僕はいないけど」と満面の笑みで言うのだ。(定年制度だろう、リタイアの時を迎えようとしているのだ)
僕は嬉しさと切なさがごっちゃになった気持ちだった。
お客様との出会いが一期一会なように、考えてみればオーケストラも、そのメンバーで一緒に演奏することは一生に一度しかないのではないだろうか。
一日一日を大事に、一回一回の本番をもっともっと頑張らなくてはと想いを新たにした。

〜トゥルク・グルメ情報〜
☆「やすこの台所」
その名の通り、「やすこ」さんがやっている日本食屋さん。トゥルクの日本食屋さんはここだけ!日本人コミュニティの中心になっている店でもある。
僕も毎日お世話になった。おふくろの味が、体にも心にも優しい。
☆ヘスバーガー
フィンランドハンバーガーのチェーン店。ここトゥルク発祥で、1号店も現存しているとか。旅先に来てまでファストフードなんてと思い、しばらく食べなくて損をした。とにかく美味しい(感想には個人差があります)。ソースに秘密がありそうだ。

2013年11月12日のツイート