天皇または親王の皇子のうち親王宣下を受けたもの。 天皇の子であっても親王宣下を受けないと王と呼ばれ、もしくは源等の姓を受けて皇族を離れることになる。 室町時代以降、天皇家の分家として世襲親王家がいくつか設けられ、終戦まで続いた。
天皇の男の嫡子(皇子)およびその男の嫡子(皇孫)。皇孫の子は王、女王。例外として王が天皇を継承した場合はその兄弟である王は親王となる。
なべて世の 哀ればかりを 問ふからに 誓ひしことを 神やいさめん by 朝顔の姫君 〜一通りのお見舞いの挨拶をするだけでも 誓ったことに背くと(賀茂の)神がお戒めになるでしょう。 【源氏物語626 第20帖 朝顔8】 なべて世の 哀ればかりを 問ふからに 誓ひしことを 神やいさめん と斎院のお歌が伝えられる。 「そんなことをおとがめになるのですか。 その時代の罪は皆 科戸《しなど》の風に追 ってもらったはずです」 源氏の愛嬌《あいきょう》はこぼれるようであった。 「この御禊《みそぎ》を神は (恋せじとみたらし川にせし 御禊《みそぎ》神は受けずもなりにけるかな) お受けになりませんそうですね」 …
「昔 中宮がお庭に雪の山をお作らせになったことがある。 だれもすることだけれど、 その場合に非常にしっくりと合ったことをなさる方だった。 どんな時にもあの方がおいでになったらと、 残念に思われることが多い。 私などに対して法《のり》を越えた御待遇はなさらなかったから、 細かなことは拝見する機会もなかったが、 さすがに尊敬している私を信用はしていてくだすった。 私は何かのことがあると歌などを差し上げたが、 文学的に見て優秀なお返事でないが、 見識があるというよさはおありになって、 お言いになることが皆深みのあるものだった。 あれほど完全な貴女《きじょ》がほかにもあるとは思われない。 柔らかに弱々…
桃園のお邸《やしき》は北側にある普通の人の出入りする門をはいるのは 自重の足りないことに見られると思って、 西の大門から人をやって案内を申し入れた。 こんな天気になったから、 先触れはあっても源氏は出かけて来ないであろうと 宮は思っておいでになったのであるから、 驚いて大門をおあけさせになるのであった。 出て来た門番の侍が寒そうな姿で、 背中がぞっとするというふうをして、 門の扉をかたかたといわせているが、 これ以外の侍はいないらしい。 「ひどく錠が錆《さ》びていてあきません」 とこぼすのを、源氏は身に沁《し》んで聞いていた。 宮のお若いころ、 自身の生まれたころを源氏が考えてみるとそれはもう…
冬の初めになって今年は神事がいっさい停止されていて寂しい。 つれづれな源氏はまた五の宮を訪ねに行こうとした。 雪もちらちらと降って艶《えん》な夕方に、 少し着て柔らかになった小袖《こそで》に なお薫物《たきもの》を多くしたり、 化粧に時間を費やしたりして 恋人を訪《と》おうとしている源氏であるから、 それを見ていて気の弱い女性は どんな心持ちがするであろうと危ぶまれた。 🪷🎼#あの日も雨 written by#yuhei komatsu 少納言のホームページ 源氏物語&古典 少納言の部屋 ぜひご覧ください🪷 https://syounagon.jimdosite.com 🪷聴く古典文学 少納言…
今になってまた若々しい恋の手紙を人に送るようなことも 似合わしくないことであると源氏は思いながらも、 昔から好意も友情もその人に持たれながら、 恋の成り立つまでにはならなかったのを思うと、 もうあとへは退《ひ》けない気になっていて、 再び情火を胸に燃やしながら心をこめた手紙を続いて送っていた。 東の対のほうに離れていて、 前斎院の宣旨を源氏は呼び寄せて相談をしていた。 女房たちのだれの誘惑にもなびいて行きそうな人々は 狂気にもなるほど源氏をほめて夢中になっているこんな家の中で、 朝顔の女王だけは冷静でおありになった。 お若い時すらも友情以上のものを この人にお持ちにならなかったのであるから、 …
御簾《みす》の中へ源氏ははいって行った。 几帳《きちょう》だけを隔てて王女御はお逢いになった。 「庭の草花は残らず咲きましたよ。 今年のような恐ろしい年でも、 秋を忘れずに咲くのが哀れです」 こう言いながら柱によりかかっている源氏は美しかった。 御息所《みやすどころ》のことを言い出して、 野の宮に行ってなかなか逢ってもらえなかった秋のことも話した。 故人を切に恋しく思うふうが源氏に見えた。 宮も 「いにしへの昔のことをいとどしくかくれば袖ぞ露けかりける」 というように、 少しお泣きになる様子が非常に可憐《かれん》で、 みじろぎの音も類のない柔らかさに聞こえた。 艶《えん》な人であるに相違ない、…
秋の除目《じもく》に源氏を太政大臣に任じようとあそばして、 内諾を得るためにお話をあそばした時に、 帝は源氏を天子にしたいかねての思召しを はじめてお洩《も》らしになった。 源氏はまぶしくも、恐ろしくも思って、 あるまじいことに思うと奏上した。 「故院はおおぜいのお子様の中で特に私をお愛しになりながら、 御位《みくらい》をお譲りになることは お考えにもならなかったのでございます。 その御意志にそむいて、 及びない地位に私がどうしてなれましょう。 故院の思召しどおりに私は一臣下として 政治に携わらせていただきまして、 今少し年を取りました時に、 静かな出家の生活にもはいろうと存じます」 と平生の…
ランキング参加中歴史 為尊親王 為尊親王 第63代の冷泉天皇の息子で 第67代の三条天皇の同母弟。 生まれ歳は三条天皇と1年くらいしか違わないが、長兄の三条天皇が立太子。 妻は、藤原伊尹の9女。 大江匡衡の兄の娘の和泉式部とも懇ろな関係にあったとか。 しかし子供に恵まれず。 伝染病が流行っていた平安京を夜歩きしたために病気が移ったのか、1001年ごろから床に臥せり、26歳で崩御。 長兄が皇太子のまま、天皇の希望すら抱くことなく生涯を終える。
身はかくて さすらへぬとも 君があたり 去らぬ鏡のかげ ははなれじ 源氏との別れに悲しむ紫の上への歌🪷 〜たとえ我が身はこのように流浪しようとも 鏡に映った私の影は あなたの元を離れずに残っていましょう 【第12帖 須磨(すま)】 昼に近いころまで源氏は寝室にいたが、 そのうちに帥《そつ》の宮がおいでになり、 三位中将も来邸した。 面会をするために源氏は着がえをするのであったが、 「私は無位の人間だから」 と言って、無地の直衣《のうし》にした。 それでかえって艶《えん》な姿になったようである。 鬢《びん》を掻《か》くために鏡台に向かった源氏は、 痩《や》せの見える顔が我ながらきれいに思われた。…
袖《そで》濡《ぬ》るる 露のゆかりと思ふにも なほうとまれぬ やまと撫子 苦しい胸の内を訴える源氏への返歌 by 藤壺の宮🌿 〜あなたの袖を濡らしている露のゆかり‥ あなたとの縁と思うにつけても やはり疎ましくなれない大和撫子(若宮)です 【第7帖 紅葉賀】 源氏は二条の院の東の対《たい》に帰って、 苦しい胸を休めてから後刻になって左大臣家へ行こうと思っていた。 前の庭の植え込みの中に何木となく、 何草となく青くなっている中に、 目だつ色を作って咲いた撫子《なでしこ》を折って、 それに添える手紙を長く王命婦《おうみょうぶ》へ書いた。 「よそへつつ 見るに心も慰まで 露けさまさる 撫子の花 花を…
自民党の安定的な皇位継承の在り方に関する所見を額賀福志郎衆院議長(左)へ手渡す麻生太郎副総裁(中央)と茂木敏充幹事長=4月26日、国会内(春名中撮影) 自民党の麻生太郎副総裁が、安定的な皇位継承に向けた党見解を額賀福志郎衆院議長と尾辻秀久参院議長に提出した。 政府有識者会議がまとめ、令和4年1月に岸田文雄首相が国会へ提示した政府報告書の内容に賛同した。 政府報告書への各党・会派の意見が出そろった。大型連休明けから衆参議長の下で与野党の代表者が皇位継承や皇族数確保の協議を始める。少なくとも今国会中に、報告書の内容を実現する合意形成を図ってもらいたい。関連法の制定まで実現すれば、国の根幹に関わる問…
スイーツさんからのコメント シチューせんべつさん、山口敬之の事件は本当は刑事起訴される筈でした。それを安倍晋三、菅義偉でもみ消したのです。 しかし、山口敬之とジャニー喜多川の件は酷似している。いや、被害者が小学生・中学生という意味ではジャニー喜多川の方がもっと罪深い。今の道場の岸端、チェブらは杉田水脈らよりアバズレです。 2024年04月21日 19:02 https://washiblogact3.seesaa.net/article/502549016.html ※スイーツさんからの情報(source不明) 陰謀論は甘い甘い蜜の味 - 脱イボナメクジ宣言 https://washioblo…
第三部スタート!
旧日本軍のスパイとして活動したとされる清朝の王女川島芳子が、10代を過ごした長野県松本市などで撮られたとみられる写真が2枚、見つかった。「男装の麗人」とも呼ばれた川島の断髪前の姿に、所有者は「激動の人生が始まる前の表情をとらえた貴重な写真だ」と話す。川島は1907年に清朝粛親王の王女として生まれ、日本人、川島浪速の養女となった後、松本市の旧制松本高等女学校に一時通った。2枚はいずれも、松本市文書館の木曽寿紀専門員(31)がインターネットオークションで入手したもので、退学して養父の秘書になった頃のものとみられる。このうち、傘を差して別の女性と写ったものは、当時の新聞記者が所有していたアルバムにあ…
加藤登紀子さんの唄に「少年は街を出る」と言う曲があります。 ある朝、夜明けに家を出て、見知らぬ国に向かう。 そのシュチエーションを思い浮かべると、心が揺さぶられます。 そして、それを成し得なかった自分の人生を思うと、忸怩たる後悔が沸き上がってきます。 もう一度、少年の頃に戻れれば、絶対に実行するのですが、それは叶いません。 時間は巻き戻すことは出来ないのです。 でも、一つだけ方法があります。今から実行する。 僕は今日(Apr.26,2024)76歳になります。60歳を引けば(笑)16歳。 幸い、1964年1月18日(この日にちの説明は後ほど機会があった時に)以降、僕の成長はストップしていて、精…
訓読 >>> 虎(とら)に乗り古屋(ふるや)を越えて青淵(あをふち)に蛟龍(みつち)捕(と)り来(こ)む剣太刀(つるぎたち)もが 要旨 >>> 虎に乗って古屋を飛び越えて、青淵に棲む蛟龍(みづち)を生け捕りできる、そんな剣太刀がほしいものよ。 鑑賞 >>> 境部王(さかいべのおおきみ)が数種の物を詠んだ歌。境部王は穂積親王の子とあります。どうやら恐ろしいものを取り合わせた歌のようですが、「虎」は日本にはいませんから、大陸伝来の絵図などから想像したのでしょう。古屋がなぜ恐ろしいのか疑問に思いますが、昔は、人が住まない古屋や廃屋には鬼が住むとして忌避され、「虎や狼より古屋の雨漏りのほうが怖い」とい…
「安倍外交知っている俺が…」“もしトラ”見据え関係構築へ 麻生氏トランプ氏と会談【報道ステーション】(2024年4月24日) (youtube.com) 大英帝国とロス茶は、日本の若者にカネと武器を与えて反乱させた。そして伊藤博文と岩倉具視に孝明天皇と睦仁親王を殺めさせ、朝鮮を支配していた志那人の李一族(李氏朝鮮一族)の男を睦仁親王に成りすまさせ、天皇に即位させた。ソイツが明治天皇。この時から大英帝国は、日本人にも世界にも分からぬよう日本を植民地にした。日銀はイルミがつくった。ずっとカネを吸い取られている。下の画像の極悪人は〇エスズ会。李一族の親族で偽物天皇の上に立ち、日本人の頭脳とカネでイル…
荒井城とも書く三浦氏累代の居城。 三浦氏は、桓武天皇から分かれた桓武平氏で、その中でも、第三皇子葛原親王の子か孫である高望王の系統という。 この系統は、平清盛を輩出して平氏の主流となったが、三浦氏は、高望の長子である国香流の清盛とは違って庶子良文の系統で、関東で栄え、三浦氏を含む坂東八平氏と呼ばれる武士団を形作った。ただし、平氏とするのは仮冒で、三浦氏自身は元は在地豪族であったとする説もある。 三浦氏は、天喜4年(1056)より本格的に始まる前九年の役や永保3年(1083)からの後三年の役で源頼義・義家父子に従うなど、源氏と関わりが深く、平治元年(1160.1)の平治の乱でも、義澄が源義朝に加…
ネタバレ含む 初夜の朝、王妃=親王の正妻に呼びつけられる玉。王妃がけばくて気の強そうな強烈ビジュで、まさに悪役って感じです。同担断固拒否、親王の相手となるオンナは自分以外、絶対に許さない! なので玉のことも罵倒しまくりです。そこへ親王登場。ヒロインが悪役に虐められているところに颯爽と登場する展開、まさに王道ストーリー。 ここで、親王が玉を「彼女」と敢えて性別のわかる呼び方するのがちょっと萌え。玉は、それなりの身分がある側室じゃなくて只の妾だし、親王は他者への優しさなんてゼロだから、普通だったら「そやつ」とか「この者」とかもっとぞんざいな呼び方しそうだけど。そこをあえて「彼女」と呼びするあたり、…
初の園遊会出席となった愛子さま。佳子さまと楽しげに談笑する様子も見られた=2024年4月23日、東京・元赤坂の赤坂御苑、松永卓也撮影(朝日新聞出版/JMPA) 天皇、皇后両陛下が主催する春の園遊会が23日、東京・元赤坂の赤坂御苑で開かれた。両陛下の長女愛子さまにとって、初めての園遊会。いとこである秋篠宮家の次女佳子さまが、さりげなく愛子さまをサポートし、おふたりが顔を見合わせて微笑む光景が、参加者をなごませていた。 【写真】「可愛い!」と招待者が思わず口にした愛子さまはこちら * * * 「なんてお可愛いのでしょう」 愛子さまと向き合った和服の女性は、思わず声が漏れたといった様子で、そう口を開…
一条真也です。静岡から小倉に戻った翌日となる24日の早朝、右手の中指の激痛で目が覚めました。見ると、深爪した部分からばい菌でも入ったのか、真っ赤に腫れあがっています。朝一番で主治医のいる合馬医院を訪れ、抗生物質と痛み止めのロキソニンを処方してもらいました。飲むと、痛みは治まりました。その後、会社に寄ってから福岡空港へ。 福岡空港の前で 福岡空港にて 今日は福岡空港からANA機に登場して、沖縄の那覇空港に飛ぶのです。元旦の能登半島地震の発生によって新年に行けなかったので、じつに久々の沖縄出張となります。25日に名護宮里紫雲閣の竣工式、26日に合同慰霊祭および海洋散骨に立ち会う予定です。 ANAラ…
あなたにこんばんは。 今日は職業訓練校の面接に行った後で、陰陽師0を観に行ってきました。 さすが平日の昼間なので、3人~5人ほどしかいませんでした。 むしろ、地元の映画館、名探偵コナン 100万ドルの五稜郭(みちしるべ)で荒稼ぎしているんじゃないかって思うんですよね。スクリーン数多いし、このやり方は、コロナ禍で鬼滅の刃 無限列車編で味をしめたんだと思います。 そんな中で、陰陽師0について、軽いネタバレ有りで感想を述べていきますよ。 今日の作業場のBGMは『クラシック音楽集』で行きますね。 それでは、ゆっくりしていってね。 『陰陽師0』観に行ってきました。 今日はやるべきことはやった。後は天に任…
5月下旬の屋久島トレッキングに向けて、友人2人を誘って、鎌倉へトレーニングを兼ねた日帰りハイキングに出掛けました。晴天に恵まれ心地いい風が吹く日曜日の4月14日は、絶好のハイキング日和になりました。東京都内や神奈川県内に仲間が住んでいたとしても、日帰りハイキングの目的地選びはなかなか難しいものです。週末「ホリデー快速おくたま」が運行されるので、ソロなら迷わず奥多摩エリアへ向かいます。ところが、グループとなると奥多摩への交通アクセスは一択ですから、横浜や川崎住まいの友人には至って不便です。その点、東京から鎌倉へはJR湘南新宿ラインやJR横須賀線が並走し(写真・上)所要時間は約1時間。首都圏全域に…
大河ドラマ「光る君へ」の登場人物、藤原彰子(見上愛)(C)NHK© iza 現在放送中のNHK大河ドラマ「光る君へ」に登場する新キャラクター、藤原彰子(見上愛)と三条天皇(木村達成)の扮装写真が23日、番組公式HPなどで公開された。 平安時代を舞台に、「源氏物語」の作者として知られる紫式部(まひろ、吉高由里子)の幼少期からの生涯と、「源氏物語」の執筆や権力者、藤原道長(柄本佑)とのかかわりを軸に描く波乱の一代記。 彰子は道長の長女で、幼いうちに一条天皇(塩野瑛久)に入内し、先に入内した従姉で中宮となった定子(高畑充希)と競う立場となる。才を見込まれた紫式部が彰子のもとに宮中女房として出仕し、そ…
寛仁親王(ヒゲの殿下) ▶ 産経や読売など右寄りのメディアだけでなく、この人のファンは多かったらしい。 ぶら下がり記者に 「皇室はストレスの塊だ」とか 「皇室を抜ける事はできんのかね君」 「...いや、殿下、それは...」 とか、国民の信認による象徴天皇制で、宮内庁が言ってる「開かれた皇室」にヒゲの殿下がどれだけ貢献したか、ちゃんと評価されているのだろうか。 小室眞子さん 女性は結婚すると抜けられるんだけどね。 宿儺とリカちゃん(呪術廻戦) 不動の人気と長寿を誇るエリザベス2世の世継ぎで「永遠の皇太子」と呼ばれた英国のチャールズ国王だって昔、 「国王なんてなりたくないよ。このままチャリティーを…