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堀尾吉晴

(社会)
ほりおよしはる

別名、堀尾茂助。帯刀。(1543年〜1611年)
戦国武将、戦国大名。三中老の一。
尾張守護代織田信安(岩倉織田氏)の臣、堀尾泰晴の子。よって、岩倉織田氏の滅亡後、浪人生活に。
その後秀吉(木下藤吉郎)に仕え活躍。高松城水攻めの際には、城主清水宗治の切腹の際の検使を務めている。本能寺の変後、佐和山城城主を経て、家康の関東移封後に浜松城城主となる。

1599年に嫡子の堀尾忠氏に家督を譲る。関ヶ原後に出雲を与えられ、早世した忠氏に代わった孫の忠晴を助けて松江城を築く。
慶長16年没。

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