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Deep Purple

音楽

Deep Purple

でぃーぷぱーぷる

概要

1968年。ジョン・ロードとニック・シンパーを中心にリッチー・ブラックモアイアン・ペイスとロッド・エヴァンスを加え「ディープ・パープル」を名乗る。当初はヴァニラ・ファッジ等の影響を強く受けた「アート・ロック」バンドとして"Hush"でデビュー。主導権はエヴァンスとロードが握っていた。

しかしブラックモアはこの路線に満足しておらず、ハードロックバンドへ転向するための足枷とも言えたエヴァンスとシンパーを解雇、新たにイアン・ギランを迎えベースにはプロデューサーとして招いたロジャー・グローバーがそのまま収まることになる。これが黄金期と言われ、ロード主導でオーケストラとの共演アルバムを出した後、ブラックモアとギランを中心にハードロック化、名盤と言われるIn Rock, Machine Head等のアルバムを次々とヒットさせる。

しかしMachine Headの頃からブラックモアとギランの確執が表面化、結果として追い出されるような形でギランが、続いてバンドに居場所を失ったグローバーが相次いで脱退することになってしまう。しかしバンドは活動を続け、ベース兼ヴォーカルとしてグレン・ヒューズが加入。

更にリードヴォーカルとして無名のデイヴィッド・カヴァーデイルが加入し、第3期が始まる。この時期にはアルバムBurnをヒットさせるもブラックモアとソウル/ファンク路線を取り入れようとするカヴァーデイル/ヒューズの間に溝が出来る。結局ブラックモアは脱退し後にレインボウを結成させる。ペイスとロードは解散を決意するが、他の二人は活動を望み、後任としてゼファー等で活動していたトミー・ボーリンを迎える。

Come Taste The Bandを発表するが、ボーリンとヒューズのドラッグ問題や、ヴォーカルの比重でカヴァーデイルとヒューズが必要以上に張り合い始めるなど、バンドは崩壊に向い。このラインナップではアルバム1枚のみで解散することになってしまう。

80年代に入ってから第2期のラインナップで再結成されるが、ギランとブラックモアは相変わらず折り合いが悪く、激しい人事異動を繰り返す。結局スティーヴ・モーズを加えてそれなりに安定した活動を始めるも今度は遂にジョン・ロードが脱退。後釜はドン・エイリー。一応現在もバンドは存続しているが、抜け殻といって良い程度の活動である。

主なアルバム

  • Shades of Deep Purple
  • The Book of Taryesin
  • Deep Purple
  • In Live Concert At The Royal Albert Hall "Concerto For Group and Orchestra" Composed by Jon Lord
  • In Rock
  • Fireball
  • Machine Head
  • Live in Japan
  • Who Do We Think We Are
  • BURN
  • Stormbringer
  • Come Taste The Band

*1ハードロックバンドとして有名だが、その初期においてはジョン・ロードのオルガンを中心としたサイケ色の強い所謂「アート・ロック」であった。長らく無視されてきたが、近年ではこの時代の再評価が進んでいる。