nanoプロジェクト
文献整理:
DH 相互作用について、いくつか。
あと、また別の系統の DNA model に出会う……。
「アカデミックな変人待望論」@nttpub
2 3 4. 「2008/04/17 林望 茂木健一郎 対談」@kenmogiから。
引用:(林)あの人が自分の論文を読んでくれたら、天にも昇る気持ちになれる。 若い人がいくら頑張っても、絶対に追いつけない何か隔絶したものを持った学者がいて、 そういう人はいちいち教えないの。
(林)狭い了見にとらわれて、ちまちま教えるだけでは、 例えばA教授の弟子ならその人は小A教授。その下は小小A教授みたいになってしまう。 そんな縮小再生産していくアカデミズムでは、 やがてタクラマカン砂漠に消えゆくホータン河みたいなものですよ。
(林)そうではなくて、最初は盃(さかずき)一杯の水から始まっても、 行く末は大黄河へと連なっていくようなアカデミズム。 そのためには、本物の隔絶した大英知というものを発見し育てていかなければならないんですね。
……中略……
(茂木)もちろん日本のアカデミズムにも変人奇人はいますけど、ちょっと質が違うからな。 あるレベル以上のクオリティの中での「変わり者ごっこ」といいますか、 本当はカモンセンスも持ち合わせているけど、 ある一方向に突出してのめりこんでいるという感じ。
……中略……
(林)イギリスは「リアリズムの国」だと思うんです。 学問でも、リアルな考え方をしないと相手にされない。 だから実証主義というのが大きな力を持っていて、なお面白いことには、 そういう実証主義者たちが寄り集まってさえ実証できないような斬新な仮説を打ち立ててくる。 アカデミズムの世界で、今まで誰も思いつかなかった途轍もない考え方をする人たちは、 実は青バエを食っていた人の末裔だったりするんです(笑い)。
……中略……
(茂木)イギリス人は、相手の肩書きなんか見ないで、人物そのものを見ていると思いませんか。 というか、神経症的なまでに肩書きで人を見るっのて、日本だけかも。
(林)同感ですね。その人がどういう人物で、どういう研究をし、 どういう実力があるかを見定めるまでは、容易に心を許さないところがあります。
……中略……
(林)ですから、昔からイギリス通だったなんてことは全然なくて、 すべて最初に滞在した1年間で吸収したことなんです。そんな僕に、 イギリス留学を控えた若い人たちが「先生の本を読みました」とよく言ってくるけれど、 「そんなものは読まずに行きなさい」と(笑い)。 人の本で読んで、「ああ、これはあそこに書いてあった」なんて追認体験をしたって 仕様がないんだから。
基本的に茂木さんはイギリス・ヨイショの傾向が強いなと思ってるけど (現実的にアメリカ文化圏な日本では、そこに weight を置くのは必然なのかもしれないけど)、 それでもこの辺りの話はおもしろかった。
「変人」の話。自分のまわりに居た人たちのことを思い出しても確かに、 見かけばっかり「変人」を指向している人(「変人気取り」とでも言うのかな) は居た気もするが、普通の人(常識をきちんと持ったの意)の土台の上に、 個人の嗜好を突き詰めるというタイプの人は、またそれをきちんと表明する人は、 あんまり居なかったように思う。 突き詰める人は常識が欠け、普通の人は本当に普通の人に見えた、の意。 如才ない人は隠れてコソコソ突き詰めてるんだろうか? ここで言われている「変人」は「天才」と置き換えてもよいコトバだろう。
私は自分のことは平凡過ぎるほど普通の人間だと思っている。 というか、むしろそこに軸足を置いて、これまで(研究者人生を)やってきたと思ってるので、 「なるほど、あとはきちんと突き詰めればいいのだな」と思いながら読んだ。 あと足りないのは、きちんと責任を持って表明すること、だな。 というか「リアリズム」が根本的に欠けているか?
「第千二百三十四夜 2008年4月14日 オルハン・パムク わたしの名は紅」@senya
先日、目を通して以来、引っかかっていたもの。 もう第千二百三十五夜が出てるので、忘れないうちに記録。
引用:本格派なのである。なんたる手腕、なんたる用意周到。なんたる圧倒力。久々の文学の出現だ。
ちょっと横顔を書いておくと、オルハン・パムクは1952年にイスタンブルに生まれた。 まだ55歳。イスタンブル工科大学で建築を学ぶのだが、 あるとき自分は一生部屋にこもって読書をしつづけたいと思い (まさに白川静の発願意志のようだ)……
パムクには『イスタンブル』という自伝ふうの小品も、 『父のトランク』という、なかなか含蓄のあるノーベル賞講演 (大江健三郎の講演とはずいぶんちがう)や何編かのインタビュー集もあって、 だいたいはどんなことを考え、どんなふうに生きてきたかはわかる。 それで憶測するに、一言でいえば、徹底したプロの作家だと言っていい。 ようするに文学に本気なのである。
まったく現代文学の新しい扉を告げるのには、寸分狂いのない趣味だと見える。 そうなのではあるが、ところがこれを読んできたのがトルコ人のパムクで、 そのパムクがトルコの歴史と現在を描いているということが、いっさいの予想を覆すのだ。
加えてぼくを共感させたのは、『イスタンブル』や『父のトランク』で パムクが「一人が到達する文学は30年から50年はかかります」と言っていること、 そのためには自分自身が「毎日でも“一服の文学”を服用しつつけなければならなのです」 と言っていることだった。この作家、どう見ても只者じゃない。
ちなみに訳者の和久井路子さん(アンカラ在住)が トルコ・イスラムの用語や細密画用語に訳注を入れようとしたところ、 オルハン・パムクは「注をつけるとエスニックとかエキゾチックになってしまうんです」 と言って断ったらしい。これ、エスニックの好きな日本人への見逃せない注告なのである。
ファッション(おしゃれ)でやってるのではない、という部分が、一番、響いた。 (上の「変人気取り」に対する気分と同調する。) もちろん作家つながり、本気つながりで 「男子一生の仕事」の藤谷治さんのことも思い出している (9/26/2007)。 まあ、個人的にこういうのに弱いというだけのことなんだけど。
読んでみたいと思わせる「父のトランク」を見つけた。
Orhan Pamuk The Nobel Prize in Literature 2006 in English: "My Father's Suitcase"@nobelprize
ついでに、大江健三郎 "Japan, The Ambiguous, and Myself"@nobelprize、 いわゆる「あいまいな日本の私」って奴。
8/7/2010: Hiroshima and the Art of Outrage by Kenzaburo Oe@nytimes
ついでに2、川端康成 「美しい日本の私」@nobelprize
トルコという国、最近見た人身売買のテレビ (ウクライナから女性が性的奴隷のような形でやりとりされる話)の影響から、 何というか、ちょっといかがわしさを持った危険な国という印象を最近勝手に持っている。 (それ以前は、中東とヨーロッパを結ぶ、進歩的な国というイメージだった。)
ノーベル賞からみで村上春樹とくらべると、 「まったく現代文学の新しい扉を告げるのには、寸分狂いのない趣味だと見える。…… そのパムクがトルコの歴史と現在を描いているということが、いっさいの予想を覆すのだ。」 という辺りが、また 「「注をつけるとエスニックとかエキゾチックになってしまうんです」と言って断ったらしい」 という辺りが、何か決定的に違うみたいだな。まあ懸けているものが違うだけなんだろうけど。 村上春樹も「男子一生の仕事」として生きていらっしゃると思うし、 個人的に一番好きな作家だけど。
ちょっと脱線。
以前(2/28/2007) 「Five(ish) Things I Don't Know About You」の中の質問の一つ、If you could take a class/workshop/apprentice from anyone
を考えたとき、誰がいるかなと思った筆頭が松岡さんだったな、と思い出した。 でも(質問にあるような)何かを具体的に教えてほしいとか学びたいというものはないし、 話したいと言っても何も話すこともないな、と思ったり。
in the world living or dead,
who would it be and what would you hope to learn?
その時も、本格的で本気な人に会いたいと思ってたのだろう。 その意味では今回のオルハン・パムクや藤谷さんとかも結構同列なのかな。
ああ、分かった。遊学や 千夜千冊から思うに、 松岡さんはむしろ、彼の方がそういう本格的で本気な人にこれまで沢山会ってきた人なんだ。 それで漠然と松岡さんが頭に登ってきたのか。では、 そういう人脈は、どう涵養すればいいのだろう?(cf.3/3/2008) (日本語、正しい?)
(これも松岡さん経由の) 岡潔の言葉(人生の定理)人と人のつながりなど、 最初につながりがあると思ったら、 そのままどこまでも進むべきなのだ。
は、なかなか実践するのは難しいよな。 以前、かおと色々と深く話した時にも、人に頼るのが下手な私に対して 「一体あなたには今この世の中に一人でも会いたい人って居るの」 と言われたこともある。その時も松岡さんだったことを思い出した。
件の質問、その他の弟子入り先候補に思いつく人たち: 時計職人ならやっぱ george daniels かな、 音楽家はギタリストなら kurt rosenwinkel か、 ピアニストなら brad mehldau だよな。 みんな一様に本格的で本気を感じる(ファッションでやってるのではない)人たちだ。 プログラマー、物理屋、科学者には、これと言って具体的な人は思いつかないな。 (あ、質問は現存する人に限っていないのか。 でもそっちは考えてもしょうがないからな。)
6/24/2008: 松岡さんのコネクション。
10/23/2011: 訃報: george daniels
「大学はビジネスなのか?」@tatsuru
例のニュースになってた入学後の学生の移籍に関する話。 ウチダさんの主張は別にどうでもいいのだが (教員でもなければビジネス指向な人間でもないので)、 このニュースを見た後もしばらく気になっていたのは、何でこのことがニュースになるのか、 ということ。というか、ニュースでの取り上げられ方 (と言っても、件のニュースは on-line からは既に消えているみたいだけど)。
記憶の中の論調は、当該学部の学生が、そこよりも入るのが難しかった学部に転籍できるのは ずるいじゃないか、というもの。 ずるいと思うのは、きっとその難関学部に苦労して入った学生とか、その親なんだろう (無論、記事を書いているのは記者だけど)。 そんなこと言っている人間はスケールが小さいというか、みっともないと思った、という話 (しみったれって奴。そういえば最近、落語聞いてないな)。 そんな文句言わんでもいいじゃないか、と。
別に入学した大学や学部にずっと居る必要なんかないわけだし。 自分の時も、理学部の物理だったけど、入学後に数学から移った人とか居たし (理学部一括で入試で、学部は希望を出したのだったか詳細は忘れたが、 物理の方が難しかった)、院でトンペイから東大に移った人間もいっぱい居たし。 もちろん、無条件に移れる訳なんかなくて、きちんと qualify されなければいけないけど。 文句を言ってる人(が本当に居るのか、メディアが煽ってるだけなのか知らないが)は、 そういうことを知らないのか? 本人が本当にやりたいことをやらせてあげればいいじゃないか、 どうせもう子供も少なくなるんだし。
久しぶりに広島の実家に電話する。
とりとめもない話の中、 私が保育園(県立だったかな)に行っていた時の 担任の保母さん(当時、新任だったんだそうだ)が、 数年前に転勤でその保育園に園長として戻ってきたという話を聞いていたが、 この3月で早期退職されたのだそうだ。そう聞いて、何か感慨深いものを感じる。 今年私は40才になる訳で、その先生は当時新任ということは20そこそこ。 あれから今日までの日々、彼女は保母人生をまっとうし、 方や私は異国の地でフラフラと暮らしている。 その当時の私たちは、きっとこんなことになるとは思いもしなかったよな、と。
その先生、園長に戻ってきた頃、家の親と喋った時に私のことを覚えていたのだそうだ。 はははは、なにやら思い当たることが……(内緒)。