ノーベル平和賞 ICAN、若いメンバー核に若者の発想で - 毎日新聞(2017年10月7日)

https://mainichi.jp/articles/20171007/k00/00e/030/277000c
http://archive.is/2017.10.08-031542/https://mainichi.jp/articles/20171007/k00/00e/030/277000c

ノーベル平和賞に決まった核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)。約100カ国の団体が加盟する世界的なネットワークのICANは、各国の平和団体に所属する20〜40代の若いメンバーが中心だ。今年3月、ニューヨークの国連本部であった核兵器禁止条約の交渉会議では、若者らしい発想で各国政府に現実的な働きかけをしていた。
条約交渉の場でメンバーらは積極的に発言し、動画などでその様子をリアルタイムに世界発信。交渉に参加しない国への批判を込め、大きな折り鶴を会議の不参加国の机に置いたり、「WISH YOU HERE(あなたがここにいれば)」というボードと非参加国の旗を持った写真をSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)に掲載したりするキャンペーンも展開した。核兵器の危険性を冷静に分析し、現実的な手法で政治に働きかける姿勢も目を引いた。交渉の場で議論の中心となったアイルランドやメキシコの政府代表とも、信頼関係を築いていた。
ICANに加盟するオランダの平和団体「PAX(パックス)」は、日本と同じく「核の傘」の下にあり条約制定に消極的だったオランダ政府に、議会などを通じて強く働きかけて核依存国で唯一の会議参加を実現させた。
被爆経験のない彼らだが、活動の原点にはヒバクシャが訴え続けてきた苦しみがあった。ニューヨークでは被爆者である藤森俊希さん(73)やオーストラリアの核実験の被害者の女性を招いて話を聞き、各国政府代表に一緒に折り鶴を配った。ベアトリス・フィン事務局長(34)は「広島と長崎の経験は比類ないもの。被爆者の話を聞いた人は誰もが核兵器は非人道的だと感じるだろう」と語った。ICANのオランダ人女性メンバーは「日本が条約交渉の場にいないことは恥ずべきことだ」と日本政府を批判していた。【竹内麻子】

ICAN平和賞 核保有国は耳を傾けよ - 東京新聞(2017年10月8日)

http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK2017100802000129.html
http://archive.is/2017.10.08-131032/http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK2017100802000129.html

ノーベル平和賞を受ける国際非政府組織(NGO)の活動を支えたのは、核の悲惨さを訴える被爆者たちの証言だった。核保有国は核廃絶に向け、耳を傾けてほしい。
ノーベル平和賞が贈られることが決まった、核兵器廃絶国際キャンペーンICAN(アイキャン)は、二〇〇七年にオーストラリアで設立され、約百カ国、四百七十団体が参加している。日本からも七団体が参加している。
今年七月、国連で百二十二の国・地域が核兵器禁止条約を採択した。大量破壊兵器である核兵器を永久に非合法化する内容だった。
ICANのメンバーは、この条約採択に向け、被爆者の証言を聞く会合を開き、各国政府に直接働きかけるなど実現に貢献した。
ICANは平和団体だけではなく、環境、人権、開発問題などさまざまな分野の団体による地球規模の集まりだ。四十、五十歳代が中核となっている。スタートは「被爆者の話を聞くこと」(フィン事務局長)だったという。
軍縮の動きがなかなか進まないのに、逆に北朝鮮の核開発が急ピッチで進み、再び核の惨禍が起きるのではないかという危機感が高まっていることも、ICANの活動の背景にある。
保有国と、その核の傘に依存している国々は、核兵器によって国家の安全が図られ、平和が維持されると主張している。いわゆる「核抑止力による平和」だ。
しかし核兵器が使われた場合、いかに非人道的で、悲惨な結果をもたらすかという広島、長崎の被爆者たちの具体的な証言が、ICANの活動を通して、「核安保論」を乗り越えて世界を動かし、歴史的な核兵器禁止条約につながったといえるだろう。
ただこの条約には、核保有国や、日本をはじめとする米国の核の傘の下にいる国々は参加しておらず、賛成国の多くも、まだ署名していない。
ノーベル賞委員会は授賞理由として、北朝鮮の国名を挙げながら、「より多くの国が核兵器を手に入れようとしている」と指摘し、「核兵器は人類と地球上の全ての生物にとって持続的な脅威」と訴えた。そして、核保有国に対して「核兵器削減への真剣な交渉開始」を求めている。条約発効を後押ししたい、という切実な願いがこもっている。
これこそ、世界が求めていることだ。核兵器保有国は、率直に耳を傾け、動きだす時が来ている。

日本不参加の核兵器禁止条約 野党、政府に関与求める - 東京新聞(2017年10月8日)

http://www.tokyo-np.co.jp/article/politics/list/201710/CK2017100802000120.html
https://megalodon.jp/2017-1008-2219-29/www.tokyo-np.co.jp/article/politics/list/201710/CK2017100802000120.html

核兵器禁止条約の採択に貢献した国際非政府組織(NGO)、核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN(アイキャン))のノーベル平和賞受賞が決まったことを受け、野党から七日、核廃絶に向け日本の積極的な関わりを求める声が上がった。同条約には核兵器保有国のほか、米国の「核の傘」の下にいる日本や韓国は参加しておらず、安倍晋三首相は受賞を祝福する談話を出していない。 (横山大輔)
共産党小池晃書記局長は七日、都内で記者団に対し、受賞を歓迎するとともに「核兵器をなくそうという流れが世界の大勢だ。条約にサインする政府をつくらなければならない」と署名しない日本政府を批判した。
立憲民主党福山哲郎幹事長は「北朝鮮の核の脅威がある中で、現実的な安全保障の問題がある」と指摘しつつ、条約の関係会合への参加を政府に求めた。
各党の衆院選公約では、共産、社民両党が条約への日本の参加を明記。公明党は「採択を契機にさまざまな取り組みを進める」とした。自民党などは同条約に関する記述がない。

ヒバクシャの思い 海外に広がる共感 ICAN・川崎さんら証言会 - 東京新聞(2017年10月8日)

http://www.tokyo-np.co.jp/article/world/list/201710/CK2017100802000126.html
https://megalodon.jp/2017-1008-2220-27/www.tokyo-np.co.jp/article/world/list/201710/CK2017100802000126.html

レイキャビクアイスランド)=沢田千秋】ノーベル平和賞の授与が決まった核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN(アイキャン))の国際運営委員、川崎哲(あきら)さん(48)らピースボート(東京都新宿区)のメンバーが七日、レイキャビク市庁舎で受賞決定後初の原爆被爆者による証言会を開いた。証言会は二〇〇八年以降、世界五十カ国以上で約二百回開催し、ICANへの平和賞授与へ貢献した。 
会冒頭、レイキャビク市議会のライフ・マグロウティル議長が受賞決定への祝意を述べ、集まった市民約三十人から拍手が起きた。
「やけどをした人々の皮膚と洋服がくっつき、垂れ下がり、水を飲むと倒れた。終戦後もしばらく、長崎は人を焼くにおいが満ちていた」。長崎で被爆した木村徳子さん(82)=写真、沢田千秋撮影=の話に参加者は静かに耳を傾けた。
ICANが推進し、今年七月に国連で採択された核兵器禁止条約の前文には「ヒバクシャ」の文字がある。川崎さんは「平和賞の授賞式には必ず被爆者に出席してもらう」と力を込める。「戦後七十年、日本では被爆体験の話に飽きた感が広がるが、逆に世界は近年、ようやく真剣にまっすぐ受け止めてくれるようになった。非人道のキーワード『ヒバクシャ』は着実に広まっている」
東京都世田谷区に暮らす木村さんは「こんな遠い国まで来るのは大変だが、核兵器の恐怖をみなさんに知ってもらいたい一心」と話した。「外国で証言すると『あなたの話はよく分かるが、日本政府はどうなの?』と言われ、恥ずかしい。平和賞は私たち市民に味方した。日本も禁止条約に参加する勇気を持ってほしい」

立憲民主が公約 主要7党出そろう 3極、違い鮮明 - 東京新聞(2017年10月8日)

http://www.tokyo-np.co.jp/article/politics/list/201710/CK2017100802000125.html
https://megalodon.jp/2017-1008-1112-57/www.tokyo-np.co.jp/article/politics/list/201710/CK2017100802000125.html

衆院選 過労死根絶 各党の本気度を問う - 朝日新聞(2017年10月8日)

http://www.asahi.com/articles/DA3S13171243.html
http://archive.is/2017.10.08-122751/http://www.asahi.com/articles/DA3S13171243.html

突然の衆院解散がなければ、臨時国会での論戦は、過労死や過労自殺の根絶に向けた長時間労働の是正が大きなテーマになるはずだった。
手をこまねいてはいられない課題である。どんな規制や制度が必要なのか、各党の考えと本気度が問われている。
政府が「働き方改革」の議論を加速させるきっかけになった広告大手・電通の違法残業をめぐる裁判では、法人としての電通に有罪判決が言い渡された。
裁判官は判決で「尊い命が奪われる結果まで生じていることは看過できない」と述べ、過労自殺した新入社員の高橋まつりさん(当時24)に言及した。
社員の健康管理を軽んじ、利益を優先する体質を電通が改めるべきなのは言うまでもない。が、問われているのは電通だけではない。「過労死白書」によれば、昨年度は191人が過労死や過労自殺(未遂を含む)で労災認定されている。
企業側の取り組みと両輪で、制度面の見直しが急務である。
まずは、今は実質無制限の残業時間に上限を設けることだ。最低限、過労死の労災認定の目安を上回るような長時間の残業はなくさねばならない。
あらかじめ定められた時間だけ働いたとみなす制度の適用者など、規制の範囲内に見えて実際にはもっと長く働く例もある。すべての働く人に、労働時間の把握と、健康確保の措置を徹底することも必要だ。
安倍政権は「働く人の立場に立った改革」を強調していたが、一部の人を労働時間規制から外し、残業や深夜・休日労働をしても割増賃金を支払わない「高度プロフェッショナル制度高プロ)」の導入も進めようとした。野党が「残業代ゼロ法案」と批判し、2年間国会でたなざらしになってきた案だ。
自民、公明両党は、選挙公約に長時間労働の是正を盛り込む一方で、高プロの導入には言及していない。残業代をなくせば長時間労働が助長されるのではないか。まず残業時間規制を優先するべきではないのか。こうした疑問に答えるべきだ。
高プロ導入に反対してきた野党第1党の民進党は分裂し、多くが希望の党から立候補した。希望も長時間労働規制を掲げるが、「民間活力を引き出す規制改革」「大胆な働き方改革」もうたう。その具体的な内容とともに、労働分野の改革で何を重視するのか、立ち位置を明確にする必要がある。
働き方は、多くの人にかかわる切実な問題だ。他の党も含めて、大いに語ってほしい。

消えない「ネットカフェ難民」 日雇い暮らし 遠い政治 - 東京新聞(2017年10月8日)

http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/list/201710/CK2017100802000108.html
http://archive.is/2017.10.08-130443/http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/list/201710/CK2017100802000108.html

日雇い労働などをしながら、インターネットカフェを泊まり歩く「ネットカフェ難民」。非正規労働を巡る問題は、旧民主党政権が誕生した2009年の衆院選の争点にもなった。それから8年。ネットカフェで寝泊まりする人々は、貧困や格差の解消に有効な手を打てない政治を遠くに感じている。(藤川大樹)
東京都大田区のJR駅に近い繁華街。日雇い労働者らが寝泊まりする格安のネットカフェがある。看板には「(漫画とテレビの利用ならば)身分証明書なしで入店可能」「食べ物飲み物持ち込みOK」との宣伝文が並び、コンビニの買い物袋や大きなカバンを持った客が次々と出入りしていた。作業着姿の男性(57)に取材を申し込むと、「少しだけなら」と応じてくれた。
男性は横浜市生まれ。高校卒業後、池袋のレストランを皮切りに、銀座や六本木で勤務。長野県のリゾートホテルに勤めていた二十九歳の時、同僚の女性と結婚し、ラーメン屋台を横浜市で始めた。
人生の歯車が狂い出したのは、四十歳を過ぎてからだ。屋台が警察に摘発され、妻とも離婚。それ以降、日雇い労働をやるようになった。「建設現場や下水道管の清掃、(使用期限の切れた)消火器のシールの張り替え。ありとあらゆる仕事をやったよ」
東日本大震災後は福島県南相馬市飯舘村で約三年間、東京電力福島第一原発事故に伴う除染作業に従事してきた。今春には福島県内に住民票を置いたまま上京。ネットカフェや公園に寝泊まりしながら、無料の求人情報誌やスポーツ紙の求人欄で仕事を探す日々だ。
ネットカフェを巡っては、東京都が一〇年、店側にインターネット利用者の本人確認を義務付ける「ネットカフェ規制条例」を制定した。生活困窮者の支援に取り組むNPO法人「自立生活サポートセンター・もやい」の大西連(れん)理事長(30)は「身分証は住所がないと作れない。住所不定の生活困窮者らは、ネットカフェに泊まりにくくなった」と話す。代わりに個室ビデオ店やサウナ、二十四時間営業のファミレスなどが受け皿になり、「不安定な住まいの形態はこの十年で、把握が困難なほど細分化している」と言う。
男性は最近、都内で衆院選に立候補を予定する女性のチラシを各家庭に配った。「政治に関心は」と尋ねると、一箱二百五十円の格安のたばこをくゆらせながらこう口にした。「関心はないよ。(〇九年の)政権交代には期待したけど、何も変わらなかった。今もどんどんひどくなっている。物価が高くなっているのに賃金は上がらない。働けなくなったら、生活保護も考えるよ」

「共謀罪」審議忘れないで 新宿駅前で「コッカイオンドク!」 - 東京新聞(2017年10月8日)

http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/list/201710/CK2017100802000106.html
https://megalodon.jp/2017-1008-2222-01/www.tokyo-np.co.jp/article/national/list/201710/CK2017100802000106.html

衆院選公示を控えた三連休初日の七日、国会審議のやりとりを劇のように朗読する「コッカイオンドク!」の取り組みが東京都内などであった。新宿駅西口では弁護士の武井由起子さん(49)が主宰するグループが、「共謀罪」の趣旨を含む組織犯罪処罰法案を議論した今年の国会審議を、議員や閣僚の話し方の特徴をまねながら再現。通行人らが足を止めて耳を傾けた。
参加者のうち四人が安倍晋三首相や金田勝年法相(当時)、民進党(当時)の山尾志桜里衆院議員らにふんし、今年四月十七日の衆院決算行政監視委員会などの質疑を演じた。
共謀罪の対象に森林法などが含まれているとして、山尾氏役の女性が「保安林でキノコや溶岩のかけらを取ることもテロ対策の資金源か」と追及すると、金田氏役は「森林窃盗は相当の経済的利益を生じることもあるから、組織的犯罪集団が資金を得るために計画することが現実に想定される」と答弁。立木や竹、キノコ、岩石なども含まれると説明すると、山尾氏役は「国民の常識とあまりにかけ離れた答弁だ」と批判した。
コッカイオンドクは、共謀罪法案の審議の問題点を浮き彫りにしようと、金沢市の主婦小原美由紀さん(52)が考案し五月に始めた。衆院選で投票する参考にしてもらうため、七〜九日の日程で各地の賛同者に開催を呼び掛けている。
今回初めて参加し、山尾氏を演じた東京都文京区の主婦秋元里文(さとみ)さん(46)は、「(法相らの答弁は)国会審議中もニュースで見て変だなと思っていた。これを大まじめに言っているなら、国民をばかにしている。それを思い出して一票を入れたい」と話した。
コッカイオンドクのホームページによると、七日は新宿のほか千葉県我孫子市で実施され、八、九日も各地で開かれる。都内は八日午後一時、午後三時に新宿駅周辺で、同午後三時に調布駅前南口広場(調布市)で、同午後三時十分に巣鴨駅前(豊島区)で予定されている。(宮尾幹成)

カズオ・イシグロ氏に文学賞 日本的感性に感謝したい - 毎日新聞(2017年10月8日)

https://mainichi.jp/articles/20171008/ddm/005/070/003000c
http://archive.is/2017.10.08-132157/https://mainichi.jp/articles/20171008/ddm/005/070/003000c

日本的な感性やモノの見方と、英国の言語や文化を併せ持つ世界文学の旗手の受賞である。
長崎県出身の日系英国人で作家のカズオ・イシグロ氏にノーベル文学賞が授与されることが決まった。
スウェーデン・アカデミーは授賞理由を「偉大な感性を持った小説により、世界とつながっているという我々の幻想の下に隠された闇を明るみに出した」と説明した。イシグロ氏は受賞決定の報に「世界が不安定な状況の中で、小さな形でも平和に貢献できればうれしい」と話した。
1954年に日本人の両親の間に生まれた。海洋学者の父の仕事のため5歳で渡英し、英国籍を取った。
母がシャーロック・ホームズなどを日本語で読んでくれたのが英文学に接した最初だったという。「日本は外国だが、感情面では特別な国。もう一つの古里です」と語る。
記憶をテーマに、ノスタルジーを誘うさまざまな作風にチャレンジしてきた。作品は英語で執筆する。
長編デビュー作の「遠い山なみの光」は原爆を投下され、荒廃した長崎で結婚した女性が主人公。「浮世の画家」は、戦意高揚画を描いていた画家の回想という形式を用いる。
そこには、イシグロ氏が想像して作り上げた、小津安二郎の映画に出てくるような失われた日本が登場する。作家、谷崎潤一郎の影響もしばしば指摘される。
代表作の「日の名残り」は、大英帝国の栄光がうせた今日の英国を、温和に、優しく風刺して、英文学の最高峰ブッカー賞を受賞した。英国を舞台にしても、人間関係や陰影の深みには日本が投影されている。
丁寧に歴史をたどりながら、人々を苦しめる過去を、ユーモアを忘れずに映し出す。その執筆姿勢は一事に没入しない客観的なものである。
近作では、ユーゴスラビア紛争やルワンダ虐殺が背景になった。
その作品が広く受け入れられたのはインターナショナルな視点ゆえだろう。冷戦後、異なる言語や文化と交わった作家の活躍が目に付く。
イシグロ氏は記者会見で「モノの見方、振る舞いは日本に大きな影響を受けている」として日本への感謝を語った。むしろ私たちこそ、日本的な感性を独自の文学に結晶させてくれたイシグロ氏に感謝したい。

イシグロ氏 国を超え時代を抜けて - 朝日新聞(2017年10月8日)

http://www.asahi.com/articles/DA3S13171244.html
http://archive.is/2017.10.08-130156/http://www.asahi.com/articles/DA3S13171244.html

英国人作家カズオ・イシグロ氏(62)に、ノーベル文学賞が贈られることになった。
長崎に生まれ、5歳のとき英国に移り住んだ氏は、日本と欧州、二つの文化の中で育った。20代に谷崎潤一郎ら日本の小説と出会い、小津安二郎の映画などにも影響を受けたという。
作品世界が形成されるうえで「日本」の存在があったことを、氏も認める。初期の長編2作は故国に材をとっている。
ただ、そこに強くこだわることはなかった。自身のルーツを見つめつつ、国籍や民族による違いよりも、人間の普遍性とは何か、を探り続けてきた。
英国人執事を主人公に、国際的作家としての地位を確立した「日の名残(なご)り」は1989年の作。ベルリンの壁崩壊の年だ。その後、不条理小説やミステリー風の作品など、一作ごとに果敢に手法を変えた。映画やドラマ、舞台にもなった「わたしを離さないで」では、クローン技術や臓器移植を扱った。
そうした多彩さの中で一貫してテーマにしてきたのは、記憶をめぐる、重い問いである。
15年に発表した「忘れられた巨人」は、1500年前のイングランドを舞台に、息子を捜す老夫婦の旅を描いた。
一人ひとりの脳裏に刻み込まれた忘れがたい記憶がある。痛みも、喜びも伴って。一見、平和そうに見える風景の中に、それらを忘却の中に埋もれさせようとする力が働く――。
ファンタジーの手法で描かれているが、国家や権力者の影を思い起こさせもする作品だ。
集団として何を記憶し、何を忘れるか。その選別は、危うさをはらむ。民族の違う者同士で憎み合った過去の記憶を為政者がよみがえらせ、悲劇に至ったユーゴスラビア内戦などに着想を得て、90年代からあたためてきたという。
端正な筆致で物語の奥深く読者をいざなう作家で、政治的な発言はそれほど多くない。だが昨年は、英国のEU離脱の動きが国の分断を生むとして、批判する意見を新聞に寄せた。
イシグロ氏が注目されるようになったこの四半世紀は、グローバル化の進展を背景に、アジアやアフリカから国境を超えて活躍する作家が増えた時期に重なる。その成果は国名を冠さない「世界文学」と呼ばれる。
読者も、生まれや国籍を気にとめず、作品そのものを素直に、そして気軽に楽しんでいる。人種や宗教などをめぐる熾烈(しれつ)な対立を依然としてかかえる世界にあって、それはひとつの希望といえよう。