Hatena::ブログ(Diary)

一条真也の新ハートフル・ブログ

2016-08-30

『「ウルトラQ」の誕生』

「ウルトラQ」の誕生


一条真也です。
『「ウルトラQ」の誕生』白石雅彦著(双葉社)を読みました。
著者は映画研究家、脚本家、映画監督で、1961年秋田県生まれ。なんと、大仁田厚の電流爆破デスマッチのスタッフでもあるそうです。



本書の表紙カバーには南極怪獣ペギラの写真が使われ、帯には「放送開始50年! なぜ名作は生まれたのか?」「定説に挑む決定的ドキュメンタリー」「綿密な取材で歴史的事実に限界まで迫る!!」と書かれています。



また、帯の裏には「関係者の証言と資料を徹底検証し『特撮』に留まらぬ視点から全体像を描き出す」「『WoO』はなぜ実現しなかったのか?」「映画界とテレビ界の当時の状況は?」「なぜ『怪獣路線』に変わったのか?」「企画室長・金城哲夫の苦闘」と書かれています。




さらにカバー前そでには、以下のような内容紹介があります。
「ちょうど50年前、1966年1月2日、第1話『ゴメスを倒せ!』の放送から始まった『ウルトラQ』は、テレビ史を変える画期的なシリーズだった。だが、名作誕生までの道のりは決して平坦でなかった。スタッフは前代未聞の番組を作るため、文字通り暗中模索であった。そして、番組成立の背景には、テレビの隆盛と映画の衰退という二つの歴史的潮流があった・・・。
テレビ草創期を活写した2冊(『円谷一 ウルトラQと“テレビ映画"の時代』『飯島敏宏 「ウルトラマン」から「金曜日の妻たちへ」』)の著者が、『特撮』に留まらぬ広い視点から描く画期的ドキュメンタリー」

f:id:shins2m:20120505142421j:image
「ウルトラQ」のある自宅のDVDコーナー



「ウルトラQ」は、アメリカのテレビドラマである「アウターリミッツ」や「トワイライトゾーン」を意識して作られた和製SFドラマでした。主人公は万城目淳(星川航空パイロット)、戸川一平(パイロット助手)、江戸川由利子(毎日新報報道カメラマン)の3人で、毎回彼らが遭遇する不可思議な事件が描かれます。全部で28話が放送されましたが、中でも、わたしは第25話の「悪魔ッ子」、第28話の「あけてくれ!」が大好きでした。ビデオ、DVDをあわせて何回繰り返し観たことか。わが家のリビングルームの隅にあるDVDコーナーには、「ウルトラQ」をはじめ、円谷プロの関連作品である「アンバランス」「怪奇大作戦」、さらには「ウルトラ」の名を世界に轟かせた「ウルトラマン」「ウルトラセブン」などがDVDで揃っています。




本書の「目次」は、以下のような構成になっています。
「まえがき」
第一部 テレビ映画の勃興と幻の企画『WoO』
第二部 『UNBALANCE』と『ウルトラQ』の間に
第三部 大怪獣日本を蹂躙す
「あとがき〜『ウルトラQ』の個人史〜」



「まえがき」の冒頭を、著者は以下のように書き出しています。
「本書は1966(昭和41)年1月2日から放送され、日本中を巻き込むこととなった怪獣ブームの火付け役、『ウルトラQ』という番組が、いかに誕生し、いかに発展していったかを描くものだ」
また著者は、以下のようにも書いています。
「2016年は『ウルトラQ』の本放送から50年の節目に当たる。正直、50年前といえば半世紀、もはや歴史の一部であると考えていいだろう。つまり本書の目的は、伝説の番組といわれる『ウルトラQ』を、当時の視点から見つめ直し、その歴史的意義をつまびらかにすることにある」



第一部「テレビ映画の勃興と幻の企画『WoO』」では、「胎動〜テレビ映画の時代へ〜」として、我が国におけるテレビの本放送の歴史が紹介されます。1953(昭和28)年2月1日、NHKに始まる。そして8月28日、日本テレビが、55年4月1日にはラジオ東京テレビ(KRT、現・TBS)が本放送を開始。57年11月1日に日本教育テレビ(NET、現・テレビ朝日)、同月18日に富士テレビジョン(現・フジテレビ)が設立されています(本放送開始はそれぞれ59年2月1日と同年3月1日)。




日本テレビ初代社長・正力松太郎のアイデアで生まれた街頭テレビは大変な人気を呼びました。著者は以下のように述べています。
「人気の中心は大相撲、ボクシングといったスポーツ中継だったが、視聴者を虜にしたのは、当時流行を始めたばかりの格闘技・プロレスだった。伝家の宝刀・空手チョップで、アメリカのシャープ兄弟を追い詰める力道山の姿は、敗戦にうちひしがれた日本国民に根付いていた反米感情を多いに刺激し、プロレスは国民的な人気を得たのである。そうした正力の施策によって、開局当初は採算に合わないだろう、と言われていた日本テレビは、わずか7ヶ月で黒字を計上するのである。見たこともない情景(例えばプロレス中継)が、新たに誕生したメディアからリアルタイムで流される。これこそがテレビの真骨頂であり、本質であった」



テレビが朝から夜までの、いわゆる全日放送となったのは、テレビ受信契約者数が1000万人を突破した62年のことで、NHK総合が初めて導入しました。著者は以下のように述べます。
「当然、生放送ですべての時間帯を埋めるのは不可能で、それに代わるソフトの必要性が増す。ただ本放送開始直後、松竹、東宝、大映、東映、新東宝の邦画5社は、テレビに対し門戸を閉ざしていた。そのため、教育・文化関係、PR映画などの短編、ならびに独立プロの作品が、編成の穴埋め的に放送されていたのである。5社の映画が電波に乗ったのは、55年になってからで、東映の『風雪二十年』(51年、監督・佐分利信)がNHKで放送された。一方、日本テレビも正力が邦画5社長会議で『(劇映画のテレビ放送に対し)一応協力しよう』という線を導き出し、また、54年の製作再開を目指していた日活が、資金調達の一環として戦前戦中の旧作30本の放映権を日本テレビに売却、これにより邦画6社の劇映画がお茶の間に流れることになった」



続けて、著者は以下のように述べています。
「だが、56年9月末日、5社は早くも劇映画のテレビ供給を停止してしまう。翌57年には、経営が安定してきた日活が映画協定に加盟、これにより5社協定は6社協定となった。日本テレビが日活と交わした契約は58年8月で切れる。つまり以後、邦画6社の劇映画はブラウン管から消えることになる。そればかりか58年5月27日、外国映画輸入協会の臨時総会は、テレビへの映画供給を全面的に中止することを確認、9月から洋画までも姿を消すことになった」




劇映画が抜けた穴埋めを、スタジオドラマで埋めるのは事実上不可能でした。そこで急浮上したのが、いわゆる外国テレビ映画(ほぼ米国産であるが)だったのです。テレビ映画とはフィルムで制作されたテレビドラマのことで、我が国に輸入された最初のテレビ映画は『カウボーイGメン』で、KRTが56年4月28日から放送しました。著者は以下のように述べています。
「こうして上陸した外国テレビ映画だったが、当初、思ったほどの人気は出なかった。だが56年11月、テレビ史上のエポックである作品がKRTに登場する。『弾丸よりも速く、力は機関車よりも強く、高いビルもひとっ飛び!』というオープニングナレーションで知られるヒーローものの元祖『スーパーマン』である。主演はジョージ・リーブス。日本語版で彼の声を吹き替えたのは大平透で、低音の渋い声が人気を博した。以降、外国テレビ映画は続々ブラウン管に登場し、ブームの頂点とされる61年には、実に72本のシリーズが放送されたという」




さらに日本のテレビ界は変わりました。著者は述べます。
「59年1月10日、NHK東京教育テレビジョン開局、2月1日NET、3月1日、フジテレビが本放送を開始、在京ステーション5局という体制に入ると、外国テレビ映画を巡る事情に重大な変化が訪れる。民放2社の新規参入で、外国テレビ映画に対する競争が激化、結果、単価は高騰した。そこで注目されたのが国産テレビ映画である。KRTは手始めに子会社の東京テレビ映画第1回作品として、月曜から土曜、10分間の帯ドラマ『ぽんぽこ物語』(57年11月11日〜58年2月22日)を放送するが、赤字のため制作中止となった。だがここで広告代理店・宣弘社の社長、小林利雄が声を上げる。『10分物1本を、15万円で作って見せる』と。こうして誕生したのが『月光仮面』(58年2月24日〜59年7月5日)である。我が国初のテレビヒーローだった『月光仮面』は大ヒット、タケダアワー第1作としても、テレビ史に名を残した」




ここまでは単なる日本テレビ史のような内容ですが、ここから「特撮の神様」と呼ばれた円谷英二が登場します。著者は述べます。
「英二の公職追放が解除されたのは52年、51歳のときだ。しかし社員ではなく専属契約である。そして54年、『ゴジラ』(監督・本多猪四郎)の大ヒットで、円谷英二の名はようやく世間の認知するところとなり、やがて特撮の神様と呼ばれるようになる」




独立プロダクションとしての円谷プロ最初の映画は、『太平洋ひとりぼっち』(63年、監督・市川崑)でした。日活の大スター・石原裕次郎が、従来の映画会社にはできない作品を作るという理想のもと設立した石原プロモーション製作の作品で、円谷プロは特撮部分を請け負いました。


1963(昭和38)年は、わたしが誕生した年ですが、円谷プロ設立の年でもあります。著者は、以下のように述べています。
「『太平洋ひとりぼっち』の特撮は好評をもって受け入れられた。そしてこの年、その後の運命を決めるプロジェクトが始動する。すなわち特撮テレビ映画の制作である。ここで注目すべきは、フジテレビとTBSの2局から、円谷英二にテレビ映画制作の打診があったことだ。フジは『WoO』として企画が成立し、TBSは『UNBALANCE』というタイトルで特撮テレビ映画の制作が開始される」

S-Fマガジン 1960年02月号 創刊号 (通巻1号)

S-Fマガジン 1960年02月号 創刊号 (通巻1号)



この企画には日本SF作家クラブが参加しました。著者は述べます。
「日本SF作家クラブとは、『SFマガジン』(早川書房刊)の編集長だった福島正実を初代会長とする同人で、発足は63年3月5日。発足当時の会員は、福島他、小松左京半村良星新一、光瀬龍、矢野徹、石川喬司、川村哲郎、斎藤守弘、斎藤伯好、森優の11人。のちに円谷プロと深い関わりを持つことになる大伴昌司はやや遅れて参加し、同会の2代目事務局長を務めた。このメンバーのうち数人は、『WoO』と『UNBALANCE』の原案として番組企画に名を残している」

ウルトラQ コレクターズBOX (初回限定生産) [DVD]

ウルトラQ コレクターズBOX (初回限定生産) [DVD]



全28話からなる「ウルトラQ」の中で、わたしが最も魅了されたエピソードは北沢杏子が脚本を書いた「悪魔ッ子」、小山内美江子が脚本を書いた「あけてくれ!」でした。ともに見事な怪奇幻想の世界を描いていました。
著者は、以下のように述べています。
「北沢が書いた『悪魔ッ子』『変身』、そして小山内が書いた『あけてくれ!』は、『UNBALANCE』〜『ウルトラQ』の作品群の中で、ベストに入る名作と言われている。この2人の作品で特徴的なのは、不条理な世界に取り込まれてしまうという人間達を描いていることだ。『悪魔ッ子』では、催眠術によって肉体と精神のバランスを崩してしまう少女リリー、「変身」では、モルフォ蝶の鱗粉により巨人になってしまう市井の青年、『あけてくれ!』は、現実逃避を望んでいた初老のサラリーマンが異次元の世界を垣間見る、といった具合にだ」

f:id:shins2m:20160806202915j:image
「ウルトラQ」放送リスト



第三部「大怪獣日本を蹂躙す」では、放送リストについて述べています。
「7月10日まで全話放送となっているが、実際は7月3日までで、『あけてくれ!』をオクラ入り(未放送)にして番組を終えている。この背景には、日本初の巨大ヒーローカラー特撮番組『マグマ大使』(フジテレビ、66年7月4日〜67年9月25日)の存在があったと推測する。というのも日曜夜7時、フジテレビでは手塚治虫原作の『W3』(65年6月6日〜66年6月27日)を放送していたが、『ウルトラQ』が始まるや視聴率は急落してしまう。当時、同番組の担当は円谷皐で、視聴率が1ケタ台に落ち込んで驚いたという」






「その結果、『W3』は、2月7日の第36回から、月曜夜7時半に移行する事態に陥ってしまったのだ。フジはTBSに対抗するための番組作りを『W3』の代理店だった東急エージェンシーに依頼。それがピー・プロダクション製作のカラー特撮番組『マグマ大使』となる。同番組の放送開始は7月4日、対する『ウルトラQ』の後番組『ウルトラマン』は、7月17日からの放送予定で、同じカラー特撮番組として出遅れた感が否めない事態となった」
「マグマ大使」がわたしの出身会社である東急エージェンシーの製作であることは知っていましたが、それが「ウルトラQ」と深い因縁をもち、ましてや大好きな「あけてくれ!」を一度はオクラ入りにしていたなんて、まったく知りませんでした。まさに「縁は異なもの」ですね。



*よろしければ、本名ブログ「佐久間庸和の天下布礼日記」もどうぞ。



2016年8月30日 一条真也

2016-08-29

『ゴジラとエヴァンゲリオン』

ゴジラとエヴァンゲリオン (新潮新書)


一条真也です。
ブログ「シン・ゴジラ」で紹介した映画はちょうど1ヵ月前の7月29日に公開されました。わたしは初日に観ましたが、多大なインパクトを受けました。
新世紀エヴァンゲリオン」シリーズの庵野秀明氏が総監督を務めていますが、エヴァ的世界観で描かれた「ゴジラ」が大反響を呼んでいます。
『ゴジラとエヴァンゲリオン長山靖生著(新潮新書)を読みました。
特撮の「ゴジラ」シリーズとアニメの「エヴァンゲリオン」の歴史を丁寧に解説した一冊です。著者は1962年茨城県生まれの著述家で、歯学博士。2010年に『日本SF精神史』で日本SF大賞を受賞しています。

f:id:shins2m:20160822221559j:image
本書の帯



本書の帯には以下のように書かれています。
「ゴジラは、なぜ皇居を迂回したのか?
エヴァは、何度世界を破滅させるのか?
『日本SF大賞』受賞者による最高の謎解き!」



またカバー前そでには、以下のような内容紹介があります。
「戦後日本における『特撮』と『アニメ』の最高峰――それが『ゴジラ』と『エヴァンゲリオン』だ。異形の怪物はどのように誕生したのか。なぜ大衆の心をつかんだのか。製作者たちの過酷な『戦争体験』は作品にどのように反映されたのか。庵野秀明監督と『ゴジラ』をつなぐ線とは何なのか。なぜオタクたちは、『エヴァンゲリオン』に熱狂するのか・・・・・・」

f:id:shins2m:20160822221828j:image
本書の帯の裏



本書の「目次」は、以下のような構成になっています。
はじめに「ゴジラとエヴァは私たちに何をもたらしたのか」
第一章 ゴジラ 核と敗戦の怪獣
第二章 増殖する怪獣 スター化するゴジラ
第三章 エヴァンゲリオン ロボット・人造人間・オタクの物語
第四章 再構築されるエヴァ 錬金術・終末論・庵野秀明の作家性
第五章 ゴジラとエヴァ その反復と再生
おわりに「シンであるほうへ 甦る怪獣と無罪原点」




はじめに「ゴジラとエヴァは私たちに何をもたらしたのか」の冒頭を、著者は以下のように書き始めています。
「『ゴジラ』と『エヴァンゲリオン』(以下『エヴァ』と略記)は、戦後日本が生み出した数多くの映像コンテンツのなかでも、もっとも有名な作品だと私は思っている。それぞれ特撮怪獣モノとアニメの代表作として、海外でも人気が高い。それどころか『ゴジラ』はアメリカで2度もリメイクされ、『エヴァ』も実写版映画が計画された。
手塚治虫や宮崎駿の作品も人気が高いが、『ゴジラ』と『エヴァ』は作品世界が現実世界に滲み出す類の喚起力を備えている。手塚作品や宮崎作品が私たちを勇気づけ、希望と癒しを与えてくれるとすれば、『ゴジラ』と『エヴァ』はある種の痛みをもたらす」




また、著者は両作品について以下のように述べています。
「『ゴジラ』と『エヴァ』は、非実在の怪物でありながら、観る者たちのアイデンティティーを揺り動かす。過剰な自己投影を誘うこれらの作品が『オタク的』な受容形態と深く関わっているのはそのためだ。『ゴジラ』は、その第1作から日本SFのコミュニティの発展にかかわり、『おたく』の誕生に影響を与えた。そして、『エヴァ』はオタクを『ヲタク』と呼ばれる層へと変化させた。そのヲタク文化は、今や特殊な一部の人々の趣味ではなく、日本文化やコンテンツ産業にまたがる基礎教養となっている」




第一章「ゴジラ 核と敗戦の怪獣」では、ファンの間でゴジラが東京を襲う際に「ある地点」を大きく迂回したと信じられていることが紹介されています。
「怪獣映画では何度も東京が襲われるのに、その一点だけは侵されることがなかった。ある一点とは、皇居である。この謎について民俗学者の赤坂憲雄は、『ゴジラ』は海で死んだ兵士への鎮魂歌ではないかとする川本三郎の説を引き取る形で、『ゴジラは、なぜ皇居を踏めないか?』と問うた。私としては、もしゴジラに戦死した日本兵を重ねるなら、皇居はさておき、靖国神社の境内に足を踏み入れた場合、どうなったかに興味がある。皇居のお堀に沿って平河町から麴町、一番町、三番町と進めば九段北の靖国神社だ。空を衝くような大鳥居は1943年に失われていたものの、代わりに檜製の仮鳥居が立っていた。きっとゴジラの眼にも入っただろう」



また「ゴジラに刻まれた戦争の記憶」として、著者は述べています。
「ゴジラは南方からやってくる。南方は太平洋戦争で多くの日本兵が亡くなった土地であり、未だに帰らぬ遺骨が野に山に、そして海に沈んでいる。同時に南方は母なる海、遠い祖先が流れ寄せてきた遠き島々の在り処であり、伝説上の民族起源地でもあった。ゴジラは南方で死んだ兵隊たちの亡霊であるという説は今日でも多くの書き手によって前提的に扱われている。それどころか、後年のゴジラ作品の中には、劇中人物がゴジラは南方で亡くなった日本人の霊が乗り移っているとの説を語ったものさえある。そうでなくとも『南方』も『大陸』も『シベリア』も、当時の日本人にとっては、その名を口にした途端に戦争を思い出さずにはいられない地域だった」




さらに「戦災の再現としてのゴジラ」で、著者は述べています。
「ゴジラは死んだ男たちの亡霊であり、父権的な怪物だという説話論的解説は、1980年代に広まり、今ではほぼ定説化している。それどころか、ミレニアムシリーズの『ゴジラ・モスラ・キングギドラ 大怪獣総攻撃』(2001)では、こうした説が登場人物によってはっきりと語られもした。しかし、それは『ゴジラ』第1作では言明されてはいない。明示されているのは、あくまで「水爆の怪獣」であり、原爆の怪獣ですらない。つまりゴジラは、表面上は水爆実験という戦後冷戦体制下での大国のエゴを契機として出現した存在であり、日本に罪はない。しかしそれでも、ゴジラは日本を襲ってくる。その姿は、戦争末期に連日のように東京を、そして日本中を襲い、人々を震撼させた米軍の空襲や艦砲射撃を彷彿とさせた」




第二章「増殖する怪獣 スター化するゴジラ」では、東宝が生んだ多くの怪獣たちの中でも特に人気の高いモスラについて述べられています。
「ゴジラがスサノオノミコトを思わせる父権的な怪獣だとすれば、モスラは母性的な怪獣だった。モスラの名称はmoth(蛾)に由来している(英語のモスを怪獣名に使う発想は、福永夫人によると武彦が療養中の病院で愛用していた蚊除剤『モスキートン』が元ネタ)が、motherも重ねられているだろう。またモスラの幼虫や繭はカイコのそれに酷似している。養蚕は女性の仕事だった。天照大御神も機織をしていたとされ、近代以降の宮中でも、天皇が田植えをし、皇后がカイコを飼っていたように、象徴的な意味を持つものだった」




著者は「擬人化され、スター化するゴジラ」として、大ヒットした「キングコング対ゴジラ」(1962年)を取り上げ、以下のように述べています。
「この映画では、キングコングの権利を持つ米RKOは東宝に5年間の名義使用権として8000万円を要求、またキングコングが勝つことを求めた。キングコングの着ぐるみは、最初に作ったものは愛嬌がありすぎて、作り直したという。キングコングとゴジラという巨大なもの同士の戦いはプロレス風で、人類は傍観者(観客)にすぎなくなった。プロレスでは観客はヒーローに感情移入し、悪役を倒すことを望んで熱狂する。この作品ではキングコングのほうが人間の味方というべき立場に立っていた。本物のサルに見えるよう心掛けたという動きはコミカルで、また人間たちのドラマもコメディタッチだった。この作品は、前2作とは違って、明るい作品が目指された。それが受けたのか、それともキングコングの知名度のせいか、観客動員数は驚異の1255万人を記録した」



著者は「外敵から地球を守る在来の怪獣たち」として、宇宙怪獣キングギドラを迎え撃つゴジラやモスラの戦いを描いた「三大怪獣 地球最大の決戦」(64年)を取り上げ、以下のように述べています。
「地球怪獣対キングギドラ(宇宙怪獣)という図式は、大東亜共栄圏対西洋という大東亜戦争の大義名分、あるいは薩長から奥羽越列藩までを含めた挙国一致体制での西洋列強排撃という明治維新の理想をなぞるものだ。金髪を振り乱して襲ってくる三ツ頭の龍(三位一体の怪獣)は、西洋の表象にほかならない。キングギドラが登場すると、ふだんは争っている地球在来の怪獣たちは力を合わせてこれを撃退するのだ。キングギドラはプロレスの悪役外人レスラーみたいな役回りだった」




著者は、シリーズが進むたびにスター化するゴジラについて述べます。
「日本文化は、ある主題を何度も作り変え、そのたびに新たな工夫とずらしによって、同じ登場人物に別のドラマを与えることを得意とする。和歌の本歌取りや歌舞伎の見立てなどがその典型だが、ゴジラもシリーズ化されて子ども向けの正義の味方化が進むにつれ、大いなるマンネリのなか、折々の流行や見立てを取り入れたドラマが作られるようになっていく。『怪獣大戦争』でゴジラはシェーをし、『南海の大決闘』では加山雄三のように鼻を擦って『幸せだなあ』のポーズを取り、話題になった。後者は若大将シリーズも撮っている福田監督の発案だと思ったら、中島春雄によればどちらも円谷の提案だったという」




著者は、ゴジラのスター化と並行して、テレビで人気を呼んでいた特撮怪獣ドラマについて以下のように述べます。
「1966年にテレビで『ウルトラQ』が放映され、その大成功の後、引き続いて放送された『ウルトラマン』(66〜67)や他局の『マグマ大使』(66〜67)が子どもたちに大人気となり、怪獣はすっかりポピュラーになっていた。それだけに、怪獣を見る子どもの目が肥えてきて、ゴジラのレア感は失われつつあった。『子ども向け』を具体的に言えば、恐怖を排除したプロレス化とファンタジー化であり、『時代性』『社会性』といっても『ゴジラ』第1作のように無意識に訴えかけるそれではく、明示された教育性・教訓性の形を取る。それは子どもたちの求めるものとはズレていた」






第三章「エヴァンゲリオン ロボット・人造人間・オタクの物語」の冒頭、著者は以下のように書き出しています。
「特撮怪獣モノと並んで、子どもの夢を育んだジャンルにロボット・アニメがある。1963年に相次いでTV放送された『鉄腕アトム』、『鉄人28号』、『エイトマン』で日本のロボット・アニメははじまった。その後、『マジンガーZ』(72〜74)を経て、『宇宙戦艦ヤマト』(74〜75)、『機動戦士ガンダム』(79〜80)、『伝説巨神イデオン』(79)、『超時空要塞マクロス』(82〜83)など、大人にも鑑賞される作品も生まれた。これは特撮怪獣モノが、大人向け作品だった『ゴジラ』第1作にはじまり、次第に子ども向けジャンルとなっていったのとは逆向きの進化だった。その極点に位置するのが『新世紀エヴァンゲリオン』だ」



著者は、「オタク文化の集大成としての『エヴァ』」として述べます。
「1995年10月4日から翌96年3月27日にかけてテレビ東京系列で放送(テレビ愛知は8日遅れで放送)された『エヴァ』は、開始前はごく普通のロボット戦闘アニメのひとつと思われていた。アニメ専門誌には『歴史を変える』と書かれていたが、宣伝文句はいつもそんな調子だし、放送時間は水曜日の午後6時半から30分間と子ども向けの時間帯で、特に注目を誘うシグナルは出ていなかった」




「歴史を変える」大きな転換点となった「エヴァ」の第壱話について、著者は以下のように解説しています。
「シンジはジオフロントと呼ばれる地下空間の要塞都市に導かれる。そこは『世界再建の要、人類の砦となるところ』であり、さらにシンジとは深い確執を持った父との再会が待つ場所だった。迷路のような地下要塞をさまよった挙句、彼はいきなり不気味なロボットらしきものの頭部に遭遇する・・・・・・。
第壱話冒頭の数分間だけで、作品世界の特異性が予見される。しかもこの間に、国連直属非公開組織ネルフ、人類を守る大切な仕事、セントラルドグマ(生物学用語とは別)、E計画、マルドゥックの報告書、サードチルドレンなど聞きなれない意味深な言葉が、何の説明もなく投げ込まれている。巨大ロボットは『人が創り出した究極の汎用人型決戦兵器人造人間エヴァンゲリオン』と説明される(以下、この『人造人間』はEVAと略記)。それは『われわれ人類の最後の切り札』なのだと」






また、「エヴァ」のルーツについて、著者は以下のように述べています。
「東宝特撮映画には『フランケンシュタイン対地底怪獣』(1965)と『フランケンシュタインの怪獣 サンダ対ガイラ』(66)があった。実際、後に庵野監督自身が、特に後者から大きな影響を受けたと述べている。
またEVAの形態には『ウルトラマン』のジャミラも見え隠れする。宇宙空間で放射線を浴びて変容した元宇宙飛行士の怪獣だ。さらにEVAとゴジラは、放射能の火を吹く人型兵器・巨神兵を挟んで、つながっている。宮崎駿監督の『風の谷のナウシカ』(84)で巨神兵のシーンを担当したのは庵野秀明だった」




著者は、「エヴァ」が初めて放送された年について述べています。
「『エヴァ』初放送の1995年は、戦後50周年である一方、1月17日には阪神淡路大震災、3月20日にはオウム真理教による地下鉄サリン事件が起きている。バブル経済崩壊後の不況は常態化し、社会の閉塞感がいよいよ濃くなってきた時期だった。だから『あえて、楽観的な気分を排除した舞台から、物語をスタートさせました』という庵野の姿勢は、閉塞感と無力感に苛まれていた時代の空気に向き合うものでもあった」




「エヴァ」の主人公であるシンジもレイも14歳ですが、著者は述べます。
「14歳の中学生による連続児童殺傷事件(酒鬼薔薇事件)が起きるのは1997年。思春期特有の自己愛的誇大表現を揶揄する中二病(中二=14歳に対してよりも、そうした感性を引きずり続ける年長者に向けられることが多い)という造語が、伊集院光によって発せられたのは99年1月のラジオ番組でのこと。いずれも『エヴァ』以降だ。ただし、この年齢の不安定さは心理学でも社会実感としても以前から知られており、楳図かずおも漫画『14歳』を90年から5年にかけて雑誌連載していた。この作品にも岬タロウという『選ばれた子供』が登場する」



著者はまた、「お約束の記号性と余剰な記号性」として述べます。
「特撮映画とアニメの演出作法は、それぞれ文楽や歌舞伎のそれによく似ている。怪獣は人形浄瑠璃の人形のように生き生きと動くが、語ることはない。だからドラマは脇の人間たちが進める。一方、多くのアニメの人気は、キャラクターの人気に支えられているが、それは歌舞伎役者の人気に酷似している」




著者は「親子の物語としての『エヴァ』」として、「エヴァ」の物語に登場する人間たちの世界観は父権的色彩が強い一方で、「子どもたちを乗せるEVA自体は母性的である」と指摘し、以下のように述べています。
「そもそもEVAには碇シンジの母・ユイの魂が溶け込んでいる。『エヴァンゲリオン』という名称は『福音(エウアンゲリオン)』に由来するが、同時に最初の女『エヴァ(イヴ)』であり、TV版でも赤木博士(リツコの母)は『アダムより人の造りしもの』と説明している(第弐拾壱話)。むろん『聖書』のエヴァは、アダムの肋骨より神の創りし者で、この説明は瀆神的で傲慢な台詞だ。しかも冬月コウゾウは『神のプロトタイプか』と呟く」





著者は、「大きくなり続ける物語、落ちる画質」として述べます。
「この物語は2015年という近未来の第3新東京市を主たる舞台にしているが、セカンドインパクトで東京の広い地域が水没した後、首都機能は長野県松本市の第2新東京市に移されている。第3新東京市建設は次期首都の名目で予算を獲得して建設されているが、実体は使徒を招きよせて戦うための迎撃要塞都市であり、首都機能は実質的には第2新東京市(旧松本市)に置かれたままと思われる」



続けて著者は、以下のように述べています。
「ここで興味深いのは第2新東京市の位置だ。企画初期には、それは長野県長野市松代町と記されていた。なぜ町名まで記されているのかといえば、太平洋戦争の記憶に由来しているだろう。長野県松代は、戦争末期に本土決戦が現実のものとなった事態に備えて、皇居ならびに大本営を遷す予定のあった土地だ。いわゆる松代大本営である。つまり『エヴァ』も『ゴジラ』同様、戦争の記憶を引きずった『遅れて来た本土決戦』の話なのだった」



著者は「EVAはなぜ『機械ロボット』ではなく『人造人間』なのか」として、以下のようにも述べています。
「『エヴァ』も世界観はユダヤ・キリスト教的な神秘思想を取り込んでおり、その文脈あらも、ゴーレム、フランケンシュタインという『神』への不遜としての人造人間イメージを背負っている。なおゴーレムという名はヘブライ語の『胎児』に由来し、これも『エヴァ』で示された『アダム』の胎児化による世界の終焉/再生願望と重なる。錬金術的操作で魂を吹き込む点も、ゴーレムとEVAは通底している。死者を継ぎ接ぎし、錬金術的な疑似科学によって『魂(この場合は14歳の少年少女そのもの)』を吹き込んだ怪物という意味で、EVAはフランケンシュタインの怪物にも酷似している。それはまた身体の成長と心の成熟の不協和の表象でもあるだろう」



著者は「巨大ロボットと『心』の問題」として、以下のように述べます。
「『ロボットに善悪の判断ができるか』は、ロボットものの重要なテーマだった。アトムは善悪を見分ける電子頭脳を持っている設定になっていた。一方、特撮ドラマ『人造人間キカイダー』(72〜73)は、不完全な良心回路のために苦悩する姿が印象的だった。
多くの日本のロボットものでは、心を持たないはずのロボットが、操縦者と心を通わせるようにして意思的に『善なる自己犠牲』を選び取る(時には操縦者に逆らってでも)ように『成長』していく。横山光輝原作の実写ドラマ『ジャイアントロボ』(67〜68)では、単独操縦者登録された草間大作少年とロボのあいだに心の交流が生まれる。そして特攻的な自己犠牲を示すラスト・シーンに、当時子供だった私はポロポロ泣いた」




著者は、「少年少女と一体化する巨大ロボット」として述べます。
「現実の兵器では、自軍の人的損害を抑えるために、無人戦闘機や遠隔操作可能なカメラ搭載ミサイルなどが生み出されたが、戦闘ロボットものの世界では、逆にリモコン操作から操縦者搭乗型へと主流が移っていった。その画期をなしたのは、永井豪原作の『マジンガーZ』(72〜74)だった。この作品はいろいろな意味で『エヴァ』の源流だ」




第四章「再構築されるエヴァ 錬金術・終末論・庵野秀明の作家性」では、著者は「作り手の状況を晒け出した最終二話」として述べます。
「作り手が何を言いたいのかは、分かりそうで分からない。でも必死に何かを伝えようとしていることだけは伝わってくる。では、その『何か』とは何だ?このモヤモヤが『エヴァ』の謎解きブームの牽引力だった。なお庵野監督自身は、宗教的な創造力も取り込んだ『エヴァ』の壮大さの源泉として、光瀬龍『百億の昼と千億の夜』をあげている。だがTV版の結末は、テリー・ギリアム監督のSF映画『未来世紀ブラジル』(85)を彷彿とさせる」




「エヴァ」の創造主である庵野秀明とはいかなる人物か。
著者は「オタクだった庵野秀明」として、以下のように述べます。
庵野秀明は1960年生まれで、幼少期から特撮やアニメを大量に見て育った。この世代は団塊の世代と団塊ジュニアに挟まれて人口は少ないのに、SFファンの人数は異常に多く、“SF団塊の世代”と呼ばれている。最初の『ゴジラ』をスクリーンで見たのは高校生の頃、リバイバル上映によってだが、60年代、70年代の昭和『ゴジラ』シリーズの頃、リアル・タイムに見ている。『ウルトラ』シリーズや『マグマ大使』も、『仮面ライダー』『人造人間キカイダー』『超人バロム・1』『ルパン三世』なども。アニメの『鉄腕アトム』『エイトマン』『サイボーグ009』から『宇宙戦艦ヤマト』や『機動戦士ガンダム』のアニメは言うまでもない。『サンダーバード』『キャプテン・スカーレット』『謎の円盤UFO』など海外作品の影響も大きかった。
庵野はそれらを血肉にして育った。したがって初代『ゴジラ』を作り出した人々の苦労が「いまだ存在しないもの」を考え出す苦しみだったのに対して、庵野の苦悩は「何をやっても先行作品のパロディになってしまう」ところにあった。その感覚は、同世代の私にもよく分かる。実際『エヴァ』の随所に先行作品へのオマージュが見てとれる」




また著者は「精神世界のコピーとしてのセカイ系」として述べます。
「EVAは前章で述べたようにフランケンシュタイン/ゴーレムの系譜に連なる『人造人間』で、その作中世界観にもフランケンシュタイン/ゴーレムを生み出した神秘主義的想像力を大幅に取り入れている。具体的にはグノーシス主義、バカラの叡智、神秘主義思想、錬金術などの異端科学、そしてフリーメイソンなどの神秘主義的秘密結社と秘儀的技術・・・・・・などだ。庵野監督はそれらを自由に解釈し、任意に組み合わせて使用した」



さらに著者は、「セカイ系」について以下のように述べています。
「2000年代に入るとセカイ系という言葉が流行する。人間個人のありようが世界全体の運命とシンクロするような物語のことだが、これは別に新しい概念ではなく、そもそも西洋の宗教的宇宙観にはマクロコスモス(大宇宙)とミクロコスモス(人間)の照応という考え方があり、錬金術が最終的に目指したのは魂を操作して神と一体化することだった。高等錬金術の標語は「わが術の欲するところは全き人間」であり、作中の『人類補完計画』はこれに相当する。『エヴァは現代のアニメ的想像力に、錬金術的な世界操作というロマン派の思想を再導入したのだった』」




「エヴァ」の第二拾六話、TV版の最終回について、著者は述べます。
「ようするにこの結末は、終末後の世界に、シンジとアスカが新たなアダムとエヴァとして残り、それが人類(親世代)の『希望』ということになる。これはチャペックの『R.U.R.』の結末にも似ており、ビジュアル的には、永井豪『デビルマン』や諸星大二郎『暗黒神話』のラストをも彷彿とさせる。庵野自身、『ラストは「デビルマン」になるしかないんですよ』と語っていた」
ということは、「エヴァ」は「マジンガ―Z」と「デビルマン」という永井豪の二大作品に多大な影響を受けたことになりますね。偉大なり、永井豪!




続けて著者は、以下のように述べています。
「ちなみに『エヴァ劇場版』が公開された1997年には、酒鬼薔薇事件が起きている。また日産生命、北海道拓殖銀行、山一證券などの破綻やアジア通貨危機もあり、不況は出口が見えない状況だった。別に誰も本気で信じているわけではないが、何となく気になるノストラダムスの『1999年』は、あと2年後に迫っていた。そしてようやく社会的に公認されるようになったオタク文化も、既に新たなものの創出より、かつて生み出されたコンテンツの再利用が増えていた」




第五章「ゴジラとエヴァ その反復と再生」では、「繰り返しと『希望』の新劇場版」として、著者は以下のように述べています。
「庵野は2006年にガイナックスを離れ、映像製作会社カラーを設立。『エヴァ』の著作権を同社に移し、思い通りの『エヴァ』を作ることになった(費用面の制約はあるが)。再構築版は全4部作とされ、当初は『前編・中編・後編・完結編』と称されたが、2007年4月に能の演劇作法である序破急に因む『序』『破』『急+?』に改められた。また、これら新シリーズを『新劇場版』と称し、以前の『劇場版』は『旧劇場版』とすること、実際に21世紀になったのでタイトルから『新世紀』を取ることも示された。さらにその後、『急』は『Q』に変更されて製作、公開された。この4部作は当初から『繰り返し物語』と規定されていた。滅亡しても何度でも世界をやり直す、死んでも何度でもやり直して挑戦するその『やり直し』は、希望と苦悩に満ちている」




おわりに「シンであるほうへ 甦る怪獣と無罪原点」で、著者は述べます。
「物語に死者が召還される理由はひとつしかない。生者の未練だ。ただし再臨の理由は大きく分けて2つある。復讐と赦しだ。『ハムレット』の亡き父王や『オトラント城綺譚』の亡霊は復讐をせがみ、キリストはすべての人間を赦すために復活し、『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。』のめんまは仲間たちを癒しに現れる。
ではゴジラとEVAはどうだろう。ゴジラは怨念と未練を抱いて復讐の劫火を吹くが、皇居を迂回して海へと帰り、シリーズ化につれて復讐は隠蔽されていく。EVAは人類の希望であり福音である筈だが、関わる人々はみな傷つき、病んでいく。もしかすると、繰り返すたびに状況はかえって悪くなっている」

f:id:shins2m:20160725231456j:image



また、著者は庵野秀明監督について以下のように述べます。
「現実の庵野監督も、エヴァ/ヱヴァを作るたびに鬱に陥っている。近年も『ヱヴァQの公開後、僕は壊れました』と述べている。視聴者の感覚では、シリーズものやリメイク(まして自作のリメイクであればなおのこと)は、一から作品を作るより楽な気がする。だが、庵野監督のリビルド(再構築)は血みどろだ。継承と破壊(超克)の両立は、単なる超克をめざすのより大変なのかもしれない。『シン・ゴジラ』も全力投球なら、公開後は鬱になるのではないか、と心配だ」

f:id:shins2m:20160822210825j:image
ゴジラvsエヴァンゲリオン



そして「あとがき」の最後に、著者は以下のように述べるのでした。
「『ゴジラ』と『エヴァ』。このふたつの物語は、いまだに私たちが乗り越えられずにいる戦いないしは現実逃避を描いてきた。『ゴジラ』と『エヴァ』は、輪廻の業に囚われてやり直しを強いられる人間の(人類の、ひときわ日本人の)ドラマだ」



わたしは「ゴジラ」(54年)をはじめとした東宝の怪獣映画はほとんど観ていますが、「エヴァ」はまったく観ていませんでした。しかし、本書を読んで興味を抱き、DVD−BOXをアマゾンで購入して、いま全26作を固めて観ているところです。「ルパン3世」の峰不二子を連想させるセクシーな葛城ミサトを気に入りました。(笑)たしかに斬新な作品で、20年前に作られたといっても、古さを感じさせません。もっとも、時代設定は2015年〜16年なのに、ケータイはすべてガラケー、ウォークマンにカセット・テープ、フィルムカメラが大活躍しているのは御愛嬌ですが。改めて、この20年でさまざまな生活関連のテクノロジーが進化したことを痛感しますね。
さて、「バク転神道ソングライター」こと宗教哲学者の鎌田東二先生は、大のエヴァ・ファンです。11月13日(日)、NPO法人東京自由大学と上智大学グリーフケア研究所の共催で、<エヴァンゲリオン大シンポジウム>を行うそうです。以下のような内容です。


エヴァンゲリオン20周年+α 大シンポジウム
エヴァンゲリオン―喪失と補完と生命の樹」
日時:11月13日(日) 13:00〜18:00
登壇者:島薗進大澤真幸・他、司会:鎌田東二+辻信行
会場:上智大学四ツ谷キャンパス3号館521教室(定員350名)
参加費:一般2500円、会員2000円、学生1000円
主催:NPO法人東京自由大学 共催:上智大学グリーフケア研究所



上智大学グリーフケア研究所の所長である宗教学者の島薗進先生も大のエヴァ・ファンだとか。プロの宗教学者を次々に夢中にさせるとは「エヴァ」もすごいですね。鎌田先生は庵野監督にシンポジウム出演を依頼する手紙も出されており、わたしも読ませていただきました。熱い手紙でした。庵野監督が出演され、シンポジウムが大成功されることを願っています。
なお、「ゴジラ」については、来月16日に発売される『死を乗り越える映画ガイド』(現代書林)に詳しく書きました。どうぞお楽しみに!

死を乗り越える映画ガイド あなたの死生観が変わる究極の50本

死を乗り越える映画ガイド あなたの死生観が変わる究極の50本



*よろしければ、本名ブログ「佐久間庸和の天下布礼日記」もどうぞ。



2016年8月29日 一条真也

2016-08-28

分岐点  

f:id:shins2m:20160725162249j:image


人生に近道はなく、進んでみなければ、
どの道が正しかったのかもわからない。
誰だって人生の分岐点に立ったときは迷い、悩むものだ。
また、自分の選んだ道を、後悔することもあるだろう。
だがそれでも、歩き続けなければならない。
(『性霊集』)



一条真也です。
空海は、日本宗教史上最大の超天才です。
昨年2015年は、高野山金剛峯寺開創1200年記念イヤーでした。
高野山では4月2日から5月21日まで50日の間、弘法大師空海が残した大いなる遺産への感謝を込めて、絢爛壮麗な大法会が執り行われました。この記念として、わたしは『超訳 空海の言葉』(KKベストセラーズ)を監訳しました。現代人の心にも響く珠玉の言葉を超訳で紹介しています。



空海は「お大師さま」あるいは「お大師さん」として親しまれ、多くの人々の信仰の対象ともなっています。「日本のレオナルド・ダ・ヴィンチ」の異名が示すように、空海は宗教家や能書家にとどまらず、教育・医学・薬学・鉱業・土木・建築・天文学・地質学の知識から書や詩などの文芸に至るまで、実に多才な人物でした。このことも、数多くの伝説を残した一因でしょう。「一言で言いえないくらい非常に豊かな才能を持っており、才能の現れ方が非常に多面的。10人分の一生をまとめて生きた人のような天才である」
これは、ノーベル物理学賞を日本人として初めて受賞した湯川秀樹博士の言葉ですが、空海のマルチ人間ぶりを実に見事に表現しています。

超訳空海の言葉

超訳空海の言葉



*よろしければ、本名ブログ「佐久間庸和の天下布礼日記」もどうぞ。



2016年8月28日 一条真也

2016-08-27

『映画で読み解く「都市伝説」』

映画で読み解く「都市伝説」 (映画秘宝COLLECTION)


一条真也です。
『映画で読み解く「都市伝説」』ASIOS著(洋泉社)を読みました。数々の超常現象や怪奇現象などの謎を解明してきたASIOS(超常現象の懐疑的調査のための会)が映画に挑んだ興味深い本です。映画の題材となった「UFO」「宇宙人」「超常現象」「陰謀論」の謎と真相が次々に紹介されます。

f:id:shins2m:20160731105438j:image
本書の帯



本書のカバー表紙にはホラー映画の最高傑作「エクソシスト」のワンシーンが使われ、帯には「『悪魔祓い事件』『超能力』『アポロ計画の陰謀』『爬虫類人』『UFO』『宇宙人』『超古代文明』」「あの有名映画に登場する数々の都市伝説――その真相を知れば、もっと映画が楽しくなる!」とあります。

f:id:shins2m:20160731105500j:image
本書の帯の裏



本書の「目次」は、以下のような構成になっています。
はじめに「映画と超常現象の意外な関係」
第1章 本当にあった「怖い事件」
『ディアトロフ・インシデント』
悪魔の棲む家
『エクソシスト』
コラム「EVP」
コラム・「『キリスト教』の多大なる影響下にあるアメリカ社会」
第2章 「超能力」と「古代文明」
『ヤギと男と男と壁と』
『リング』
『エリア0』
『ノア 約束の舟』
『ピラミッド 5000年の嘘』
第3章 「呪い」と「心霊現象」
出演者やスタッフたちに襲いかかる呪い
『スーパーマン』
『ポルターガイスト1・2・3』
プロフェシー
『アトゥック』
場面に映りこんだ心霊現象
『the EYE』
『青木ヶ原』
『感染』
『着信アリ』
『サスペリア』
第4章 妖しき「陰謀」の世界
エージェント・ウルトラ
ジェイコブス・ラダー
『カプリコン・1』
『アポロ18』
ダ・ヴィンチ・コード
『人類資金』
コラム「空を見ろ! アリだ! カマキリだ!!」
第5章 「UFO」と「宇宙人」
インデペンデンス・デイ
『V』
アイアン・スカイ
『MIB』
『コンタクト』
フォース・カインド
『2001年宇宙の旅』
コラム「宇宙人“グレイ”がついに脱ぐまで」
第6章 遥かなる宇宙
ディープ・インパクト
アルマゲドン
『ゼロ・グラビティ』
『オデッセイ』
「執筆者紹介」




超常現象の懐疑的調査の専門家たちが書いただけあって、本書全体が「世界はこうしてダマされた!」的な内容になっています。
第1章「本当にあった『怖い事件』」では、世界で最も有名なホラー映画である「エクソシスト」が取り上げられ、疑似科学ウオッチャーの皆神龍太郎氏が「実話」とされた事件は、実際に起きた事件とは違っていたことを明らかにします。




一般に言われていた「エクソシスト」の実話とは、以下のような話です。
1949年1月、メリーランド州マウントレイニア・バンカーヒルロード3210番地に住んでいたロビー・マンハイムという少年に悪魔がとり憑き、神父らの手で悪魔祓いが行われた。悪魔は映画のように少女にとり憑いたのではなく、実際には13歳の少年を狙ったわけです。原作者のブラッティが、モデルとなった少年のプライバシー保護のために、主人公を少年から少女に書き換えていたのです。日本でも、1998年8月にバラエティ番組「アンビリーバボー」が、「エクソシストの真実」として、この説を紹介しています。

In Grip of Evil [VHS] [Import]

In Grip of Evil [VHS] [Import]



しかし、奇現象研究家のマーク・オプザスニックの追跡調査によって、この「3210番地」にはもともと老夫婦しか住んでおらず、13歳の少年などいなかったことが判明しました。この家がエクソシストの家とされた理由とは、見かけが「お化け屋敷」みたいに不気味であったからというのです。この家の様子は、「エクソシスト」にまつわる都市伝説を題材にして作られたドキュメンタリー「In The Grip of Evil」のVIDEO&DVDに登場します。

D

「エクソシスト」の真実について、皆神氏は以下のように書いています。
「オプザスニックは、助手として悪魔祓いに参加していた神父にも電話インタビューを試み、その結果、本当は口から汚物を吐くといった怪奇現象など起きていなかったことを確かめた。起きたのは、少年がラテン語を真似たような言葉を話してみせたということくらいで、悪魔のような低い声に変わるということもなかった。少年の体に文字が浮かび上がったとも言われているが、神父によればそれは『口紅で書いたかのように見えた』ということだった」




続いて、皆神氏は以下のように述べています。
「『悪魔憑き』現象が起きる直前、この少年は、唯一の理解者であった叔母を亡くしていた。その叔母はオカルティズムの深い信奉者で、少年に対して占いのウィジャ盤の使い方などを教えこんでいたという。もともと孤独癖のあった少年が、最愛の叔母の死をきっかけにして心因性の人格変換を起こした、というのが、映画『エクソシスト』のモデルの真実と思われる」




世界で最も有名なホラー映画が「エクソシスト」なら、日本で最も有名なホラー映画といえば「リング」でしょう。本書の第2章「『超能力』と『古代文明』」では、「リング」にまつわるエピソードが披露されます。ASIOS発起人である本城達也氏が述べます。
「『リング』は1998年公開の人気映画である。原作は同名小説の『リング』(角川書店、1991年)。作者の鈴木光司氏のインタビューによれば、もともとはホラーを書くつもりではなかったという。
最初は『4人の男女が同じ時間に違う場所で死んだらどうだろう?』と考え、そこから『4人に共通なものが必要』→『1週間前に貸別荘で過ごしたことにする』→『共通の体験が必要』と考えが進み、その共通体験のアイテムを考えていたときに、たまたま横にビデオテープが置いてあったのを見て、『そうだ、ビデオ見たってことにしよう』と思いついたのだという」




続けて、本城氏は以下のように述べています。
「そのビデオには、ぶつ切りのシーンが入っていることにした。そんなビデオはどうして出来たのか? 『念写みたいなものにするしかない』
こうして物語の重要なアイテムとなるビデオに、念写という要素が新たに加わった。念写ができるのは超能力者である。鈴木氏は図書館で本を探し、そこで見つけたのが『福来友吉の生涯』なる本だったという。この本には東京帝国大学(現・東京大学)の福来友吉博士と、超能力者で『千里眼』と呼ばれた御船千鶴子、さらには彼女が参加した東京での透視実験の様子が書かれていた」




ブログ「ノア 約束の舟」で紹介した映画も取り上げられ、皆神龍太郎氏がノアの箱舟についてよくある反論の「その1」として、「あんなバカでかい船を、ノアの家族ら数人だけで造れたわけがない」ということに言及し、以下のように述べています。
「旧約聖書に拠れば、ノアの箱舟の大きさは、『長さ300キュビット、幅50キュビット、高さ30キュビット』とされている。1キュビットは約45センチなので、長さ130メートルを超える巨大木造船であったはずだ。確かに木で造るには大きすぎるし、とても数人の家族だけで造れるような大きさではない。この点について映画では、巨大な体を持つ堕天使たちが何人も手伝ってくれた、とうまく説明していた。天使が何人も手伝ってくれたのなら、それはもう百人力だろう」




また、よくある反論「その2」は、「世界中の動物を箱舟に載せられたとしても、その世話はどうしてたの? 特に餌とかどうしてたの?」ということがあります。これについては、皆神氏は以下のように述べています。
「箱舟には、1種類の動物につき雄雌ひとつがいずつしか載せていないので、もしどれか小動物を肉食獣の餌にでもしたら、その場で『ハイ、絶滅種決定』ということになってしまう。だから、半年から1年続いたとされる箱舟生活で動物の餌の確保ができたわけはないのだ。この克服しがたい難問は、箱舟に乗り込んだ動物たちは麻酔がかかったような状態で深い眠りについていた、として回避していた。人間が遠くの星へ向うとき、人工的な冬眠状態『コールドスリープ』に入るのと同じようなことを箱舟内で行っていた、というのだ。これならば餌はいらないし、糞の片づけといった世話もまったく無しで済む。『世界中の動物を載せるには箱舟は小さすぎる』とも言われるが、動物は寝ているので動き回る空間は必要なく、折り重なって眠る空間だけがあれば『OK』ということで、箱舟の大きさ問題もクリアしてみせていた」




第4章「妖しき『陰謀』の世界」では、アポロはじつは月に行っていなかったという陰謀をテーマにした映画「カプリコン1」が取り上げられ、宇宙開発事業団出身で現在は会津大学准教授である寺薗淳也氏が「宇宙開発はすぐに陰謀論と結びつきやすい。なぜなら、宇宙開発には巨額の費用が必要で、巨額の費用を捻出できる組織は国しかないからだ(今はそうでもない、という点は後述しよう。)つまり、国家がその資金と権力を盾に宇宙開発を推し進めるということは十分にあり得るという考え方である」と述べます。




また、寺薗氏は以下のようにも述べています。
「宇宙はごく限られた人間のみが到達できるきわめて限られた場所である。たとえば、火星表面で何をやっているのかを知ることは、探査機を打ち上げている国家機関やそこに属する科学者だけが知り得るものであり、秘密を隠しやすい。もちろん、宇宙そのものの性質もある。たとえば、月は私たちに表面だけをみせており、月の裏側を見ることはできない。それは『そのようになっている』からであり、けっして陰謀でもなんでもないのだが、それは『月の裏側でどこかの国が何かやっていてもおかしくない』という話に結びついてしまう」




戦後の日本経済を漂流した怪伝説「M資金」をめぐる謎を描いた『人類資金』も取り上げられていますが、歴史・サブカルチャー研究家の原田実氏が以下のように述べています。
「1947年8月13日、当時の大蔵大臣・石橋湛山は衆議院で、GHQが旧日本軍から押収したのち、日本政府に返還した資産のうち、当時の物価で数百億円分の行方が記録に残っていないのでその行き先を早急に突き止めたいと、と答弁した。GHQの占領下で消えた旧日本軍や日本政府の資産はどこに消えたのか。それをめぐって1960年代からささやかれはじめた噂がM資金なるものである」




続けて、原田氏は「M資金」について以下のように述べます。
「M資金の『M』はGHQの経済科学局長として接収した資産を管理していた陸軍中将ウィリアム・フレデリック・マーカット(William Frederic Marquat 1894〜1960)の頭文字をとったものとされるが、アメリカの隠し資産『メリケン・ファンド』の意味であるという説、背後にある管理団体が実はマルタ騎士団であることからマルタ(Malta)のMをとったという説、などもある。要は、旧日本軍や日本政府から接収された隠匿資産でのちに政府に返納されなかった分は日本の戦後復興の秘密予算として日米共同で設立した極秘機関で管理された、それがM資金だというわけである。さらにM資金の運用は今も続いており、その管理機関に選ばれた企業などに出資されているという」




第6章「遥かなる宇宙」では、ブログ「オデッセイ」で紹介した映画が取り上げられ、舞台となった火星について、寺薗氏が以下のように述べます。
「19世紀のイタリアの天文学者、スキアパレッリの観測で火星に筋模様が発見されて以来、火星には生物、それも高等な生物がいるという話は科学者でさえ信じるくらいであった。近年の探査船の写真が、砂漠のような赤茶けた大地を映し出すばかりであっても、そこには水が流れた跡があり、かつて河原だったような地形があり、湖のようなところで堆積した地層が見えたりする」




続けて、寺薗氏は以下のように述べます。
「火星には、ひょっとしたら何かがいるかもしれない、そして私たちもそこに住めるかもしれない、と思わせる要素がいっぱいなのである。それでいて月が『たった』38万キロしか離れていないのに対し、火星は最も地球に近づいたときでも6000万キロ弱も離れている。遠くてなかなかたどり着けない、それでいて私たちの地球に少しであっても似た要素がある天体は、想像力を駆り立てると同時に、クリエイターたちの能力を存分に発揮させる新天地になっているといってもいいだろう」




さて、わたしは『死を乗り越える映画ガイド』(現代書林)を9月16日に上梓する予定ですが、その中には「SF映画について」というコラムが収録されています。わたしはSF映画を「哲学映画」として捉えているのですが、その最大のテーマは「宇宙とは何か」です。このテーマでは、なんといっても「2001年宇宙の旅」(1968年)が最高傑作であると思います。その他、「惑星ソラリス」(1972年)、「コンタクト」(1997年)、「ゼロ・グラビティ」(2013年)、「インターステラ―」(2014年)が強い印象とインスピレーションを与えてくれました。



 
ブログ「ゼロ・グラビティ」ブログ「インターステラ―」で紹介した最近の宇宙SF大作を観た際にもつくづく感じたのですが、宇宙は人間の世界を超越しています。「宇宙の果て」について説明できないことも、その理由の1つではないでしょうか。まさに宇宙とはサムシング・グレートそのもの、人間は「畏敬」の念を覚えずにはいられません。
「映画で死を乗り越える」という本書のテーマからすれば、わたしは宇宙を舞台にしたSF映画が最もふさわしいと思います。なぜなら、スクリーン上に宇宙空間という圧倒的な絶景が展開されるからです。




「死の恐怖」を和らげるためには、「圧倒的な自然の絶景に触れる」という方法があります。どこまでも青い海、巨大な滝、深紅の夕日、月の砂漠、氷河、オーロラ、ダイヤモンドダスト・・・・・・人間は大自然の絶景に触れると、視野が極大化し、自らの存在が小さく見えてきます。そして、「死とは自然に還ることにすぎない」と実感できるのです。さらには、大宇宙の摂理のようなものを悟り、死ぬことが怖くなくなるように思えます。その際、視覚的に最も凄いシーンとは宇宙空間を置いて他にありません。はるか地球を離れた宇宙空間を再現したCGを眺めているうちに、死ぬことへの不安がどんどん小さくなっていくのではないでしょうか。宇宙ほどスケールの大きなものはないのですから。『死を乗り越える映画ガイド』をどうぞお楽しみに!

死を乗り越える映画ガイド あなたの死生観が変わる究極の50本

死を乗り越える映画ガイド あなたの死生観が変わる究極の50本



*よろしければ、本名ブログ「佐久間庸和の天下布礼日記」もどうぞ。



2016年8月27日 一条真也

2016-08-26

「トランボ ハリウッドに最も嫌われた男」

一条真也です。東京に来ています。
25日の昼、次回作である『死を乗り越える映画ガイド』(現代書林)の校了を終えました。わたしは、「これで当分、映画を観なくて済む」と思いました。スケジュールをやりくりして映画鑑賞するのは結構大変なのです。というのはウソで、根っからの映画好きゆえに、校了を終えると無性に映画が観たくなりました。それで、その夜はレイトショーで映画「トランボ ハリウッドに最も嫌われた男」を観ました。この映画、北九州では上映されていません。




ヤフー映画の「解説」には以下のように書かれています。
「『ローマの休日』『ジョニーは戦場へ行った』などの名作を手掛けてきた脚本家ダルトン・トランボの半生を描く伝記映画。東西冷戦下のアメリカで起きた赤狩りにより映画界から追放されながらも偽名で執筆を続けたトランボを、テレビドラマ『ブレイキング・バッド』シリーズなどのブライアン・クランストンが演じる。共演は『運命の女』などのダイアン・レイン、『SOMEWHERE』などのエル・ファニング、オスカー女優ヘレン・ミレンら。監督を、『ミート・ザ・ペアレンツ』シリーズなどのジェイ・ローチが務める」

f:id:shins2m:20160823081018j:image



また、ヤフー映画の「あらすじ」には以下のように書かれています。
「『恋愛手帖』で第13回アカデミー賞脚色賞にノミネートされ、着実にキャリアを積んできたダルトン・トランボ(ブライアン・クランストン)。しかし、第2次世界大戦後の冷戦下に起きた赤狩りの標的となり、下院非米活動委員会への協力を拒否したことで投獄されてしまう。釈放後、彼は偽名で執筆を続け、『ローマの休日』をはじめ数々の傑作を世に送り出す」











わたしの大好きな映画である「ローマの休日」や「ジョニーは戦場に行った」をはじめ、トランボが偽名で脚本を書いた「黒い牡牛」や「スパルタカス」といった名作映画の製作秘話を知ることができて興味深かったです。わたしは共産主義には共感できませんが、イデオロギーの問題は別として、自らの信念を貫いたトランボの生き方は立派であると思いました。





f:id:shins2m:20160823081052j:image
仕事するトランボ
f:id:shins2m:20160823081356j:image
家族に励まされる
f:id:shins2m:20160823081444j:image
家族で逃亡する
f:id:shins2m:20160823081227j:image
家族の絆を強める



脚本家は書く仕事です。偽名での活動とはいえ、家族の生活がかかっているトランボは書いて書いて書きまくりました。風呂場でも仕事をする姿を見て、書く仕事の端くれを務めているわたしは「ああ、自分はまだまだだな・・・」と感じました。トランボが仕事に打ち込むあまりに娘の心が離れてしまうシーンには涙が出ました。そして、ラストで本物のトランボが「オスカー像は娘に与えたい」とコメントした映像にも感動しました。

死を乗り越える映画ガイド あなたの死生観が変わる究極の50本

死を乗り越える映画ガイド あなたの死生観が変わる究極の50本



*よろしければ、本名ブログ「佐久間庸和の天下布礼日記」もどうぞ。



2016年8月26日 一条真也