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一条真也の新ハートフル・ブログ

2017-01-22

SMAPファンからのメール

一条真也です。
ブログ「有終の美を飾らないということ」で紹介した現在発売中の「サンデー毎日」掲載コラムが大きな反響を呼んでいます。わたしは、「有終の美を飾らなかった」SMAPの姿は「葬式は、要らない」という考え方に通じており、つまるところ「愛のない時代」を象徴していると述べました。ブログ「焼肉を食べながら、SMAPについて考えた」には大量のアクセスがありました。
解散後も、まだまだSMAPは国民的関心事のようです。

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SMAP解散に関連して刊行された新書本



SMAP解散に関連して膨大な数の書籍が刊行されました。
そのほとんどは、いわゆる「便乗本」と呼ばれる内容ですが、SMAPが「愛のない時代」のシンボルであると考えるわたしは、そのすべてに目を通してみました。すると、新書本の中にはいろいろと興味深い内容が書かれていることを発見しました。これから当ブログで紹介していきたいと思います。



21日、わたしのオフィシャル・サイト「ハートフルムーン」に1通の匿名メールが届きました。ご当人も、このメッセージが拡散することを願っていることと推察しますので、以下に全文を紹介いたします。
Yahoo!でSMAPの『有終の美を飾らないということ』の記事を読みました。私は20年もSMAPのファンです。コンサートも毎回行きます。
一条さんの記事は、マスコミから伝えられていたものを、そのまま感想を記事にしただけでした。SMAP本人達は一言も解散したいなんて言っていません。これまで色んな事があるたびに、(吾郎ちゃんや剛君の事含めて)五人の言葉でファンに説明や謝罪をしてくれました。ファンが37万の署名活動や朝日新聞に広告出したのも、本人達が解散をしたいというなら、ファンは納得したでしょう。どうしてもそうには思えず、ジャニーズ事務所がSMAPを解散させてしまったとしか思えないから、ファンは解散阻止に動いたのです。SMAPの解散は不仲が原因とされていますが、1月の謝罪会見から、スマスマでは本人達同士での会話は中居君だけ。本人の口から、SMAPと言うのも言えなかったくらいです。自分たちの曲も1月以来、最終回の『世界に一つだけ』しか歌わせてもらえませんでした。そんな規制の中でジャニーズ事務所が紅白に出させる訳がないのです。
SMAPの解散が、なぜオリンピックの最中に発表されたのでしょうか?
SMAPはパラリンピックの応援をして来ました。その事も今回の解散には関わっています。上手く言えないので、『SMAPごっそり』を検索して読んで色々調べて下さい。今回の解散は闇だらけです。長々すみません。
でも、本人達の人権が歪められた昨年の報道が辛いのです。SMAPは、解散という事をあの準備され、署名のない読まされた文章意外言っていません。あえて言わない事でそれがSMAPが、解散したくないという答えだと私達は思っています。どうか真実を見てください」




じつは、くだんのコラムを書いたときから、このようなメールが届くことを予想していました。デジャブのように「あ、やっぱり来たか」という感じでした。
わたしは、このメールを読み、愛する人を亡くした人からの手紙のように思えました。わたしは死別の悲嘆を軽くするグリーフケアの普及を目指していますが、ずっと応援してきたアイドル・グループが解散するというのも死別に近い喪失感や悲しみを感じると思います。そして、この方をはじめとする多くのSMAPファンの辛い心情を想うと、やりきれない気分になります。
この方は、メールの冒頭に「一条さんの記事は、マスコミから伝えられていたものを、そのまま感想を記事にしただけでした」と書かれています。記事ではなくコラムですが、マスコミの報道をもとに感想を綴ったという意味ではその通りです。わたしは芸能記者でも何でもありません。マスコミ報道をベースにコラムを執筆するのは当然ではないでしょうか。もちろん、マスコミが報道しない、あるいは報道できない情報もあるかもしれませんが、それはわかりません。ネットの情報などは鵜呑みにできません。コラムにも「わたしは、解散の真相など知らない」と明記しています。




もし、SMAP解散の真相がこの方の言う通りならば、これは明らかな人権侵害です。デーブ・スペクターが「SMAP解散の真相にテレビ・メディアが迫らないのはおかしい」と正論を述べていましたが(初めて、デーブ・スペクターを尊敬しました)、週刊誌やスポーツ紙だけがこの問題を追うのは本当はおかしいです。メディアの王者である新聞(全国紙)がSMAPメンバーやジャニーズ事務所を直撃すればいいのです。ジャニーズ帝国の威力の前に及び腰のテレビと違って、新聞なら遠慮なく真相に斬り込めるはずです。1万3000人ものSMAPファンからの多額の広告料を集めた朝日がそれをやるべきでしょう。朝日にはその義務があります。企業の横暴、人権侵害、マスコミの偏向報道・・・・・・どれも、朝日が得意なテーマではないですか!
SMAPの解散撤回に署名した37万人のファンは、今度は「朝日新聞」に向かって「解散真相」の連載記事を書くための署名をされてはいかがでしょうか? または、「世界に一つだけの花」を300万枚というグレートCDにしたSMAPファンの購買パワーを今度は「朝日新聞」の購買運動につなげてみてはいかがでしょうか? きっと効果があると思いますよ。



わたしもSMAP解散には多くの謎と闇があると思っています。
そもそも、「週刊文春」の取材で副社長が堂々と「SMAPを連れて出ていきなさい!」とマネージャーに言い放っておきながら、その後の事務所の対応はあまりにも矛盾しています。一介の経営者として、わたしが思うことは、「メリー喜多川副社長には経営者としての資格はない」ということです。くだんの文春の取材では、「SMAPは踊れないじゃないですか」などと言い放っていますが、自社のタレントの欠点を明言するなど、芸能事務所のトップとして完全に失格です。どうも弟のジャニー喜多川社長の考えは違うようですが、社長が副社長をコントロールできないようでは、企業としてのガバナンスが失敗しています。一連のSMAP本の書評を書いたので、これから当ブログで紹介していきますが、最後に読んだ『SMAPはなぜ解散したのか』松谷創一郎著(SB新書)の内容は、解散の真実にかなり迫っているという印象を持ちました。これから同書のブログ書評を書きます。



最後に、一言。テレビ界ではジャニーズ事務所批判はタブーとなっているようですが、かつて広告業界の雄である電通の批判などマスコミでは一切不可能でした。その電通が現在、空前の苦境に立っている事実を前にすれば、永遠のタブーなど存在しないことに気づきます。
「ブラック企業」などという今風の言葉を使う気などありませんが、「社員を大事にしない会社に未来はない」ということです。このわが信条を改めて気づかせていただいたSMAPファンに感謝いたします。



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2017年1月22日 一条真也

2017-01-21

「週刊読書人」に『儀式論』の書評が掲載されました

一条真也です。
日本を代表する書評新聞として知られる「週刊読書人」の1月20日号に『儀式論』(弘文堂)の書評が掲載されました。評者は「京都の美学者」こと秋丸知貴(あきまる・ともき=滋賀医科大学非常勤講師)さんです。

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週刊読書人」2017年1月20日号



書評は「なぜ儀式は必要なのか? 博引旁証による人類学的考察」のタイトルで以下のように書かれています。
「現在、日本では冠婚葬祭を中心に伝統的な儀式が軽視される傾向がある。例えば、入籍しても結婚式を挙げない『ナシ婚』が増加し、身内だけの『家族葬』や、通夜・告別式なしで火葬場に直行する『直葬』や、遺骨を火葬場で処分する『ゼロ葬』までもが登場している。もちろん価値観の多様化は時代の趨勢であり、長引く不況は生活のあらゆる面でコスト削減を迫る。しかし、本当に儀式はこのまま失われても良いのだろうか。著者は、儀式の意義を多様な角度から根本的に問い直すことでこの実生活に根差した緊急の社会問題に応答しようとする。
本書は、全部で十四章からなる。それぞれの章題は『儀礼と儀式』『神話と儀式』『祭祀と儀式』『呪術と儀式』『宗教と儀式』『芸術と儀式』『芸能と儀式』『時間と儀式』『空間と儀式』『日本と儀式』『世界と儀式』『社会と儀式』『家族と儀式』『人間と儀式』である。著者は、哲学、心理学、宗教学、社会学、民俗学、文化人類学等の厖大な古今東西の先行研究を辿り、議論を公正かつ普遍的な水準に高めつつ問題の核心に接近していく。
儀式はやはり必要である、と著者は結論付ける。なぜならば、困難に満ちた人生を健全に生きていくためには心に道筋を与える具体的な『かたち』が必要だからである。
著者によれば、人生は不安の連続である。成人するにしても、結婚するにしても、老いていくにしても、未知の生活は常に人を不安にさせる。中でも最大の精神的危機は、親しい人の死である。死別は、否応なく人を心神喪失状態のまま愛する人の欠けた世界に放り込む。悲哀と執着は、容易に人の心を破壊してしまう。しかし、『心が動揺し、不安や矛盾を抱えているときの心には、儀式のようなまとまった「かたち」を与えてあげることで不安が癒されることがある』。葬儀は、定められた為すべき手順を粛々と行わせることで心の拠り所となり、現実感のない死者との離別を可視的にドラマ化することで事実を現実として受け入れるのを助ける。
また、葬儀は人と人の心を結び付ける。悲哀を共有する参列者の存在が、遺族の孤独を和らげ、社会復帰の糸口となる。葬儀には、死別により欠損した世界との関係を連続性を持って再構築し安定させる機能があるのである。人類が死別の悲哀による自殺や引籠りの連鎖で滅亡するのを防いできたのは、実は葬儀という文化装置の働きが大きい。『葬儀をするヒト(ホモ・フューネラル)』こそ、人間の定義である。
こうした儀式の重要性は、冠婚葬祭全般についていえる。七五三、成人式、結婚式、長寿祝い、年忌法要等は全て、未知への不安やストレスに対する心の安寧をもたらすと共に人間関係を強固にする。その働きは手間暇がかかるほど強化され、人は一度きりの人生の有難みや周囲からの愛情を実感できる。儀式は人間が真に充実して生きるために存在するのであり、その意味で儀式の重要性は永遠に不滅である。
ただし、問題は儀式が心を伴わずに形骸化することである。これを防ぐために、著者は古語の結合による『慈礼』という新しいコンセプトを提出する。つまり、『慈しみに基づく人間尊重の心』を大切にすることで時代に相応しい心のこもった儀式の復興を目指すのである。
年中行事や人生儀礼等の儀式は、民族的伝統に培われたアイデンティティの拠り所としても心を豊かにする。また祭礼により賦活される『聖なるもの』への敬虔さは、生きる意味が見失われ、物欲に捉われ、人間関係が疲弊し、自然環境が損壊されている現代社会に豊かな滋養と調和を供給するものでもある。正に、儀式の本質を『魂のコントロール術』と説く本書は時代の希求するアクチュアルな啓蒙書と言えるだろう」

儀式論

儀式論



気鋭の美学者による達意の文章には感激しました。
残念なのは、「週刊読書人」のレイアウトに「美」が感じられなかったことです。特に、章題の紹介の部分の「宗教と儀式」以降が不揃いなのが気になります。編集者が「呪術と儀式」と「宗教の儀式」の間に「、」を入れてくれるか、あるいは『「儀礼と儀式」にはじまり』といったふうに文章表現に工夫をしてくれれば綺麗に収まったのではないかと思います。
細かいようですが、わたしはこういうところに非常にこだわります。
儀式という「かたち」は、当然ながら「美」にも直結しています。評者の秋丸さんが美学者ならではの豊かな感性で『儀式論』を読んで下さったのが嬉しく、心より感謝しております。秋丸さん、本当にありがとうございました!



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2017年1月21日 一条真也

2017-01-20

ゴールにたどり着けない人 

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目的とするゴールにたどり着きたいなら、
まずは良い先生を見つけることだ。
自分一人だけの力で目的地を目指しても、
嫌がる牛を無理やり引っ張るように、
なかなかゴールに到達できないだろう。
(『性霊集』)




一条真也です。
空海は、日本宗教史上最大の超天才です。
昨年2015年は、高野山金剛峯寺開創1200年記念イヤーでした。
高野山では4月2日から5月21日まで50日の間、弘法大師空海が残した大いなる遺産への感謝を込めて、絢爛壮麗な大法会が執り行われました。この記念として、わたしは『超訳 空海の言葉』(KKベストセラーズ)を監訳しました。現代人の心にも響く珠玉の言葉を超訳で紹介しています。



空海は「お大師さま」あるいは「お大師さん」として親しまれ、多くの人々の信仰の対象ともなっています。「日本のレオナルド・ダ・ヴィンチ」の異名が示すように、空海は宗教家や能書家にとどまらず、教育・医学・薬学・鉱業・土木・建築・天文学・地質学の知識から書や詩などの文芸に至るまで、実に多才な人物でした。このことも、数多くの伝説を残した一因でしょう。「一言で言いえないくらい非常に豊かな才能を持っており、才能の現れ方が非常に多面的。10人分の一生をまとめて生きた人のような天才である」
これは、ノーベル物理学賞を日本人として初めて受賞した湯川秀樹博士の言葉ですが、空海のマルチ人間ぶりを実に見事に表現しています。

超訳空海の言葉

超訳空海の言葉



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2017年1月19日 一条真也

2017-01-19

焼肉を食べながら、SMAPについて考えた

一条真也です。
東京に来ています。18日の夜、今年初めて焼肉を食べました。
訪れたのは、六本木にある「炭火焼肉 An」という店です。
そうです、昨年の大晦日の夜に木村拓哉(キムタク)を除く元SMAPのメンバー5人が、「解散式」としての忘年会を行ったことで有名な店です。

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炭火焼肉 An
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堺正章氏がプロデュースしています



この店は、堺正章氏がプロデュースした店で、沖縄県産黒毛和牛の「もとぶ牛」を一頭買いすることで知られています。六本木ミッドタウンのすぐ近くです。わたしは、以前一度だけ来たことがありますが、大晦日の出来事を知って、「そうだ、Anに行こう!」と思ったのです。マスコミ業界の友人と一緒に訪れました。おそらくは元SMAPのメンバーも食したであろう「プレミアム・コース」を注文。さすがに美味しいです!

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キムチの盛り合わせ
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この肉を見よ!
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炭火焼肉いいね!



もとぶ牛は赤身が多く、ヘルシーです。ホルモンやミノも柔らかくて美味。
シメの冷麺もちょうど良いサイズで、お腹一杯になりました。
さすがは、芸能人が毎日のように訪れる人気店だけのことはあります。

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肩ロースをいただく
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もー、うめー!!
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ホルモンもたまらん!



草食系のわたしではありますが(笑)、東京の焼肉店では「游玄亭 赤坂」を愛用しているのですが、ここも芸能人が多いことで知られます。サラダやキムチや冷麺などのサイドメニューでは「游玄亭 赤坂」に軍配が上がりますが、肉そのものの旨さは「炭火焼肉 An」のほうが上かもしれません。

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シメの冷麺はちょうど良いサイズ



ブログ「有終の美を飾らないということ」でも紹介したように、現在発売中の「サンデー毎日」2017年1月29日号にSMAPの解散についてのコラムを書きました。SMAPは「スマスマ」最終回および「紅白」で、5人揃って出演し、最後にはファンに別れを告げ、「有終の美」を飾るべきであったと思います。有終の美を飾らないと、次のステージには絶対に進めません。じつは、「有終の美を飾らない」は「葬式は、要らない」に通じています。
この2つの言葉はともに「愛のない時代」を象徴するキーワードであると言えます。解散撤回を願う署名を大量に集めたファンはSMAPに限りない「愛」を示しました。でも、彼らにファンへの「愛」はあったのでしょうか。メンバー間の確執よりも、ファンの心情を優先すべきではなかったでしょうか。いま、SMAPの解散を惜しむファンたちが連日、「炭火焼肉 An」を聖地巡礼として訪れ、記念に写真撮影をしているそうです。

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この入口から元SMAPメンバーが・・・



実際に現地を訪れてみて、大晦日に元SMAPのメンバーがあれほど見事なショットを週刊誌に撮影されたのは偶然などではないと確信しました。事前に彼らの訪問を知っていたカメラマンが三脚などの準備をしなければ絶対に撮影できないショットです。入口のすぐ前には外壁があり、道路からは見れない構造になっているからです。中居サイドからのリークとしか考えられませんが、今年移籍が噂されている大手芸能事務所の影もちらつきます。「国民的アイドル」と呼ばれた彼らが、自分たちの行動がどのような波紋を呼ぶのかを理解していない点が残念でなりません。テレビでの「生謝罪」などをさせた事務所を恨む気持ち、その事務所への残留を決めたキムタクを「裏切り者」として憎む気持ちはあるのでしょうが、そんなことよりもファンの心情を最優先すべきでした。

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ミッドタウンのすぐ横です



とにかく、キムタクを除く元SMAPメンバーは最後まで子どもであり、幼稚でした。40過ぎのオッサンは、もっと大人にならなければいけません。28年間も苦楽を共にしてきた仲間をあからさまに無視し、1人だけ声を掛けないとは、あまりにも非常識な話。これなもう完全な「いじめ」です。この事実を知った日本の子どもたちは、どう思うでしょうか? すでに「キムハブ」という言葉さえ流行し始めています。

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ごちそうさまでした!



孤独、孤立、無関心、無視、阻害、村八分といった体験によって、生きていられなくなり、自死する人もこの社会にはたくさん存在するのです。メンバー間の不仲を多くのファンに悟られ、ずっと心配され、さんざん悲しませてきたのに、最後の最後まで悲しい思いをさせたのが残念でなりません。
それはともかく、焼肉をお腹いっぱい食べて、風邪気味だったわたしも少し元気になりました。焼肉パワーでハードな毎日を乗り越えたいと思います。



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2017年1月18日 一条真也

2017-01-18

『反オカルト論』

反オカルト論 (光文社新書)


一条真也です。
『反オカルト論』高橋昌一郎著(光文社新書)を読みました。
著者は1959年大分県生まれ。國學院大學教授。専門は論理学・哲学。ウエスタンミシガン大学数学科および哲学科卒業後、ミシガン大学大学院哲学研究科修了。著書に『理性の限界』『知性の限界』『感性の限界』『ゲーデルの哲学』(以上、講談社現代新書)、『東大生の論理』(ちくま新書)、『小林秀雄の哲学』(朝日新書)などがあります。また、著者は超常現象やエセ科学を究明するJAPAN SKEPTICS副会長だそうです。

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本書の帯



本書の帯には「STAP事件は現代のオカルト!」と大書され、続いて「霊感セミナー、血液型診断、江戸しぐさ」「現代も生き続ける“トンデモ”を科学的思考でメッタ斬り!」と書かれています。
また、カバー前そでには以下のような内容紹介があります。
「19世紀アメリカの少女の単なるイタズラから始まったとされるスピリチュアリズム。これほどまで科学の発達した21世紀の現代でもなお、『オカルト』は生き続けている。日常的には血液型占いや六曜のような迷信、祈祷治療や霊感商法、さらに『死後の世界』を煽る医師やSTAP研究不正の社会問題まで、様々に姿を変えて存在する。その『罠』に、庶民のみならず大学生やエリート、学問に携わる専門家さえも陥るのはなぜか? 現代社会にはびこる『欺瞞』に囚われないための科学的思考法を、分かりやすい対話形式で身につける」



本書の「目次」は以下のようになっています。
はじめに――「学」と「欺瞞」の関係
第一章 なぜ騙されるのか
第二章 なぜ妄信するのか
第三章 なぜ不正を行うのか
第四章 なぜ自己欺瞞に陥るのか
第五章 なぜ嘘をつくのか
第六章 なぜ因習に拘るのか
第七章 なぜ運に任せるのか
第八章 なぜ迷信に縛られるのか
おわりに
参考文献



「はじめに――『学』と『欺瞞』の関係」の冒頭には、「『反オカルト論』の目的」として以下のように書かれています。
「本書は、2014年12月から2016年4月にかけて『週刊新潮』に連載したコラム『反オカルト論』(全66回)に加筆修正を行い、テーマ別に8章に再構成したものである。各章末に『解説』を加えて、各々のテーマに対する多彩なアプローチを紹介し、さらに『課題』を設定して、その解答を読者自身に考えていただく形式になっている。
コラム『反オカルト論』の目的は、現代社会に数多く存在する『非論理・反科学・無責任』な事象にメスを入れ、『論理的・科学的・倫理的』に考察することにあった」



著者は、「現代の大学生の『オカルト』傾向」を危惧しており、以下のように具体的に8項目にまとめて紹介しています。
1.いとも簡単に騙される。
2.非現実的な話を妄信する。
3.罪悪感なく不正を行う。
4.自己正当化して自己欺瞞に陥る。
5.明白にバレる嘘をつく。
6.非論理的な因習に拘る。
7.自力でなく運に任せる。
8.非科学的な迷信に縛られる。




第一章「なぜ騙されるのか」では、「コナン・ドイルとハリー・フーディーニ」という項が興味深かったです。『シャーロック・ホームズ』の作者として知られるコナン・ドイルは晩年に心霊主義に傾倒し、著作によって得た膨大な収入を惜しげもなくスピリチュアル運動に注ぎ込みました。これについて著者は以下のように書いています。
「1914年に第1次大戦が始まって間もなく、彼の妻の弟が戦死した。その後、妹の夫と2人の甥が続けて亡くなり、1918年には26歳の長男が戦場で病死した。この年にドイルは、『我々の愛する人々が死後の世界に存在することを確信している』と断言した『新たなる啓示』という本を発表した」




また、ドイルとフーディーニの関係について以下のように述べます。
「当時、『脱出王』の異名で知られていたのが奇術師ハリー・フーディーニだ。彼は、手錠を掛けてロープでグルグル巻きに縛られ、鍵をかけたトランクに入れられて、海に投げ込まれた状態から平気で脱出してみせた。さらに彼は、刑務所の独房からも脱出することができた。
ドイルは、フーディーニがどこからでも脱出できるのは、自分を『非物質化』して鍵穴から通り抜けるからに違いないと信じていた。フーディーニが『トリック』だと何度言って聞かせても、ドイルは、それは嘘だと主張した。この頃ドイルがフーディーニに送った手紙には、『非物質化の秘密を隠して、安っぽいショーの見世物にする行為は、世界に対する損失だ』と書いてある」




さらに本書には、以下のようなエピソードが紹介されています。
「ある日、ドイルは、母を亡くしたフーディーニが彼女と交信できるようにと、霊媒師のところへ彼を連れて行った。霊媒師はトランス状態に入り、それから声をふりしぼってフーディーニに話しかけた。その様子にドイルは感銘を受けたが、フーディーニは笑い転げていた。ドイルが怒って詰問すると、フーディーニは次のように答えた。『僕の母が英語で話しかけてくるはずがない。母は、イディッシュ語しか喋れないんですよ』」




本書は週刊誌の連載スタイルを踏襲して、教授と助手の問答という形で進行していきます。「それにしても、なぜスピリチュアリズムは大流行したのでしょうか?」という助手の問いかけに対して、教授は答えます。
「やはり戦争の影響が大きいだろう。16世紀以降の犠牲者数を見ると、ギロチン処刑が大量に行われたフランス革命からナポレオン戦争に至る死者すべてを合わせても480万人だったのに対して、第1次大戦では2600万人、第2次大戦ではその倍の5300万人以上と桁違いに跳ね上がってしまった。人々は、一瞬の爆撃で大切な家族を失い、しかもその大多数は臨終に立ち会うこともできなかった。せめて一言でいいから、もう一度死者と言葉を交わしたいと願った人々の数は、計り知れないだろう」
それを聞いた助手は「そこで『死者の霊と交流できる』という『霊媒師』が登場するわけですね」と語り、教授も「だから、この問題は、一種の社会現象として捉え直すべきかもしれない」と述べています。




「なぜ科学者は霊媒師に騙されたのか」では、教授が述べます。
「ドイルの創作した名探偵ホームズは、『他のあらゆる可能性が成立しないとき、それがいかにありそうにないことでも、残ったものが真実だ』という有名な言葉を残している。ところが、クルックスもドイルも、『あらゆる可能性』を十分に検討していないのに、結論に飛びついてしまっている点に間題があるんだよ。たとえばドイルは、奇術師フーディーニが刑務所から脱出した事実を見て、彼が自分を『非物質化』して鍵穴から出たに違いないと結論付けているが、もちろんこれは間違っている」
ちなみに、ドイルは、「コティングリー妖精事件」にも深く関わっています。彼は心霊のみならず妖精の実在も信じていたのです。



教授は数多くの優秀な科学者もオカルト現象に騙されてきたことを紹介しますが、「解説――知識人こそ騙されやすい!」として、「そもそも科学者の思考は合理的なはずであり、彼らが非合理な信念を持つはずがないと思われるかもしれない。ところが、科学者の信念が正しくなかった事例は、過去、無数に存在するのである」と述べます。



その具体例を、教授は以下のように紹介しています。
「たとえば、熱力学の第2法則を発見し、古典物理学のあらゆる分野に600以上の論文を書いた物理学者ウィリアム・トムソン(爵位名『ケルビィン卿』としても知られる)は、19世紀末に地球各地の地質を綿密に調査して、球体の冷却速度の法則から地球の年齢を四億年未満と推定した。同時に彼は、太陽の熱が重力の収縮によって生じる速度を計算したところ、その年齢も5億年未満という結果だった。つまりトムソンは、地球と太陽という2つの異なる対象に、『冷却速度』と『収縮速度』という2つの異なる物理法則を適用したところ、どちらも4億〜5億年という結果だったため、『太陽系の年齢はどう考えても5億年未満』だと『自信たっぷり』に断定したわけである」



このトムソンの断定について、以下のように述べられています。
「生物学者リチャード・ドーキンスによれば、そこで生じた大問題は、19世紀の科学界に大きな影響力を持つトムソンが、進化が生じるためには『地球は若すぎる』ことを『証明』したと信じ込んで、ダーウィンの進化論に対して猛攻撃を開始したことだった。
さらにトムソンは、レントゲン撮影は『トリック』であり、電波通信に未来はなく、空気より重い人工物体が飛行することは不可能だと信じていた」




さらに、信じられないような実話が紹介されています。
「トムソンと同じ時期にアメリカで活躍した天文学者サイモン・ニューカムは、『現在までに知られている物質、力学、物理力をどのように組み合わせても、人間が空中を長距離飛行するような機械を作ることは不可能である。この論証は、他のすべての物理学的事実の論証と同等に明らかである』と述べている。しかも、彼は、ライト兄弟が1903年に人類史上初めて飛行機で空を飛ぶ少し前に、このように発言してしまったのである」




ライト兄弟が偉業を成し遂げた後、ハーバード大学天文台長のエドワード・ピッカリングは、飛行機の可能性は認めざるを得なかったものの、今度は、それが実用化されるようなことはないと断言しました。教授は以下のように述べます。
「ピッカリングは、『専門家』としての緻密な計算を行った結果、飛行機は、空気抵抗の影響により、彼の時代の『特急電車のスピード』さえも超えられないことを『証明』している。各々の分野では偉大な科学者として知られる彼らが、これほど誤った信念を抱くようになったのも、彼らが自分の専門分野での成功から『過信』に陥った結果に他ならない」



第二章「なぜ妄信するのか」では、ハリー・フーディーニと対決したミナ・クランドンという霊媒女性の人生が興味深く描かれていますが、二度にわたってノーベル化学賞を受賞した「キュリー夫人」ことマリー・キュリーの偉大な人生について以下のように述べられています。
「マリーの生涯には貧困が付き纏ったが、それでも彼女は自分の利益を求めず、科学の発展に尽くしたのが偉大な点だ。24歳でパリ大学に留学したが、授業料を支払うのに精一杯で、冬には暖炉の石炭も買えなかった。コップの水が凍るような屋根裏部屋で、持っている衣服全部に包まって勉強した。栄養失調で倒れたこともあったが、成績は誰にも負けなかった」




続いて、マリー・キュリーの生涯が以下のように紹介されます。
「研究一途のピエール・キュリーと結婚後は、2人で『物置小屋』のような研究室で夜中まで膨大な鉱石を精製する作業を続け、ついにラジウムを発見した。その抽出法を特許にすれば莫大な特許料が入るが、夫妻は『金儲けは科学精神に反する』と言って、研究成果すべてを論文に公開した」
「夫妻は、ラジウムが放射線治療に役立つと知って、何よりも研究を推進することが人類のために重要だと考えたんだ。マリーは、女性初のノーベル賞を含めて生涯2度のノーベル賞を受賞したが、賞金はほぼ全額、ワルシャワの貧困者救済病院と放射線研究所設立のために寄付した。彼女は、服一着を新調することもなく、着古した服のまま研究室に通った。生涯抱き続けた信念は、『科学は人類を幸福にしなければならない』だった!」




著者は、「解説――見ることと信じること」として、以下のように述べます。
「統計的な偶然性を排除するためには、大量のサンプルが必要だが、ESP現象に限っては、被験者の『集中力』の度合いによって実験結果が変化するという。ESP現象に肯定的な被験者であるほど実験結果は肯定的になり、否定的な被験者からは否定的な実験結果しか得られないというのである。この傾向は、実験者にも見られるという報告もある。つまり、被験者と実験者がESP現象に肯定的か否定的かに応じて、実験結果も変化するわけである。このような現象は『目撃抑制』とか『恥ずかしがり効果』と呼ばれる。この『効果』によれば、ESP現象そのものに実験や目撃を避ける傾向があり、カメラや測定装置を『恥ずかしがる』性質がある。したがって、日常生活ではESP現象が頻繁に観察されるにもかかわらず、いざ実験となると、結果が表れないのは当然だという理屈になる。要するに、ESP現象は、実験室で『検証』できないからこそ『真実』だという奇妙な論法である」




さて、ここまでは大変面白かったのですが、本書の第三章以降はちょっと「?」という内容が多かったです。第三章の「なぜ不正を行うのか」では、一連のSTAP騒動の主役であった小保方晴子氏を批判していますが、科学的手法で彼女の論文を批判するというよりも人格批判に終始しています。
また、本書にはわたしもよく知っている個人も登場しますが、本書で書かれている彼らの正体は実態とあまりにもかけ離れています。ろくな取材もせずに個人攻撃をするのは罪なことです。著者には立派な内容の著作もあるのですが、週刊誌の連載コラムということで、必要以上にスキャンダラスに書いた印象があります。



アマゾンに、「晴兎」さんという方の「あまりにも科学とオカルトの本質がわかっていないようだ」というタイトルの本書のレビューがアップされています。なかなか秀逸なコメントですが、以下のように書かれています。
「科学とは、未解明の事物を人間的認識領域内において究明していく体系です。オカルトとは、今のところ解明されていない又は解明されるかわからない未知の概念たちです。両者は対立しあうものではなく、ある時代にはオカルト扱いだったものが現在では科学的常識になっているという変化も珍しくありません。マッチを擦って火がつくのも、空に謎の光が飛んでいるのも、同じく『現象』です。この二つの違いは、科学という体系で解明されているかいないかだけ。そもそも厳密には科学は『100%』を持たない、仮説の集積です」



「晴兎」さんは、レビューの最後で「現在の科学を根拠にして未解明の事物(オカルト)を馬鹿にするというのは、あまりにも科学とオカルトの本質をわかっていない。科学的常識という目先にある普遍性を盲目的に受動して思考停止しているに過ぎません。動物のように」と述べます。卓見ですね。
最近、行きつけのスナックで「今世紀最強の霊媒」を名乗る女性に会いました。明らかに「胡散臭い」のですが、それでも本物の能力者である可能性は0ではありません。最初から色メガネで見ずに、また騙されずに、何事も「ありのままに」見る姿勢を貫きたいと思います。



*よろしければ、本名ブログ「佐久間庸和の天下布礼日記」もどうぞ。



2017年1月18日 一条真也