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一条真也の新ハートフル・ブログ

2016-09-26

『絶望読書』

絶望読書――苦悩の時期、私を救った本


一条真也です。
『絶望読書』頭木弘樹著(飛鳥新社)を読みました。
「苦悩の時期、私を救った本」というサブタイトルがついています。
著者が自分自身の13年間の絶望体験をもとに、絶望の期間をどう過ごせばいいのかについて書いた本です。

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本書の帯


本書は二部構成になっており、第一部では、絶望の期間をいったいどう過ごせばいいのかについて考えます。第二部では、絶望したときに、寄り添ってくれる本や映画やドラマなどを紹介しています。本書の帯には「悲しいときには、悲しい曲を。絶望したときには、絶望読書を」と書かれています。

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本書の帯の裏



本書の「目次」は、以下のようになっています。
はじめに「 絶望したとき、いちばん大切なこと」
第一部 絶望の「時」をどう過ごすか?
第一章 なぜ絶望の本が必要なのか?
    ──生きることは、たえずわき道にそれていくことだから
第二章 絶望したときには、まず絶望の本がいい
    ──悲しいときには悲しい曲を
第三章 すぐに立ち直ろうとするのはよくない
    ──絶望の高原を歩く
第四章 絶望は人を孤独にする
    ──それを救ってくれるのは?
第五章 絶望したときに本なんか読んでいられるのか?
    ──極限状態での本の価値
第六章 ネガティブも必要で、それは文学の中にある
    ──非日常への備えとしての物語
第二部 さまざまな絶望に、それぞれの物語を!
第二部のはじめに「絶望にも種類がある」
太宰治といっしょに「待つ」
 ──人生に何かが起きるのを待っているという絶望に(超短編小説)
カフカといっしょに「倒れたままでいる」
 ──すぐには立ち上がれない「絶望の期間」に(日記や手紙)
ドストエフスキーといっしょに「地下室にこもる」
 ──苦悩が頭の中をぐるぐる回って、どうにもならない絶望に(長編小説)
金子みすずといっしょに「さびしいとき」を過ごす
 ──自分は悲しいのに他人は笑っている孤独な絶望に(詩)
桂米朝といっしょに「地獄」をめぐる
 ──自分のダメさに絶望したときに(落語)
ばしゃ馬さんとビッグマウスといっしょに「夢をあきらめる」
 ──夢をあきらめなければならないという絶望に(映画)
マッカラーズといっしょに「愛すれど心さびしく」
 ──自分の話を人に聞いてもらえない絶望に(映画)
向田邦子といっしょに「家族熱」
 ──家族のいる絶望、家族のいない絶望に(テレビドラマ)
山田太一といっしょに「生きるかなしみ」と向き合う
 ──正体のわからない絶望にとらわれたときに(テレビドラマ)
番外・絶望しているときに読んではいけない本(短編小説)
あとがき「立ち直りをどうかあせらないでください!」



はじめに「 絶望したとき、いちばん大切なこと」では、「絶望は『瞬間』ではなく『期間』」として、著者は以下のように述べています。
「人は、楽しい時間はなるべく長く続いてほしいと願い、苦しい時間はなるべく短く終わってほしいと願います。ですから、絶望したときも、なるべく早く立ち直ろうとします。とはいえ、日常的な軽い絶望でも、一晩は寝込んだりするでしょう。周囲の人たちも、『今日はそっとしておいてやろう』と、励ましの言葉をかけるのさえひかえるでしょう。一晩ですまず、何日か、かかることもあります。さらに何週間もかかることもありますし、何カ月もかかることもあります。ときには、何年ということも。絶望した瞬間から立ち直りが始まるわけではなく、絶望したままの期間というのがあります」



また著者は、「倒れたままでどう過ごすかが大切」として述べます。
「絶望において、いちばん大切なのは、じつはこの時期の過ごし方だと私は思います。立ち直り方というのは、つまりは、倒れた状態から、いかに起き上がって、また歩き出すか、ということです。
でも、人はいったん倒れてしまうと、そうすぐには起き上がれないときもあります。その起き上がれないときを、倒れたままでいるときを、いかに過ごすか。それがけっきょくは、立ち直りにもいちばん大きく影響します。深い絶望から、無理に早く浮かび上がろうとすると、海に潜っていて、時間をかけずに海面に急浮上したときのように、かえって悪影響があります」
著者は、絶望する前に、本書を読んでほしいそうです。地震の本は、地震が起きる前に読んでおいたほうがいいように・・・・・・。



第一部「絶望の『時』をどう過ごすか?」の第一章「なぜ絶望の本が必要なのか?」では、「物語は現実を知るためのもの」として、著者は述べます。
「物語は、小さな世界ですし、現実そのものとはちがいます。でも、これもまた、現実を知るためのミニチュア、地図のようなものではないでしょうか。葉っぱの上の小さな水滴が、周囲の大きな世界を映しているように、どんな小さな物語も、大きな現実世界映し出しています。そして、現実そのものの把握は難しくても、小さな物語なら、まだしも理解できます」



また著者は、「芸術の不思議な力」として以下のように述べます。
「『4つか5つの動作や手順からなる単純な仕事さえうまくこなせない知的障害の人々が、音楽がはいると、それらを完ぺきにおこなうことができる』『彼らのぎこちない動きは、音楽や踊りになるととつぜん消えてしまう』『重度の前頭葉損傷患者と失行症患者についても、同様のことがみとめられる。まったく劇的に、といっていいほどだ』
うまく動くことができない人たちでも、音楽があれば、うまく動くことができるのです。本の場合も同じです。現実をうまく生きられない人が、物語の世界を通して現実を見ることで、ある程度、うまく生きられるようになるのです」



「誰もが物語に助けられて生きている」として、著者は精神科医のオリヴァー・サックスの『妻を帽子とまちがえた男』という本を取り上げて、以下のように述べます。
「子供は物語を聞きたがります。それはなぜでしょうか? それは、まだこの世の中のことがよくわからないからではないでしょうか。サックスはこう書いています。『ごく幼い子供たちは、物語が好きでそれを聞きたがる。一般的な概念や範例を理解する力はまだないうちから、物語として示される複雑なことがらは理解することができる。世界とはどういうものなのかを子供に教えるのは、「物語的な」あるいは「象徴的な」力なのである』」



さらに著者は、以下のような興味深い事実を紹介します。
「人類学者のポリー・ウィスナーが、アフリカの狩猟民族のジュホアン族について、その会話の内容を調べています。昼間の会話は、お金のこと、売り買いのこと、狩猟のこと、土地の権利のこと、生活の不満、他人の噂話などが主でした。ところが、夜間にたき火のそばで行われる会話は、なんとその81%までもが、物語であったそうです。物語が、生きるために欠かせないものであることがわかります。人間にとって、『物語は必要な栄養であり、現実を知らせてくれるもの』なのです」



しかし著者は、「大人になったら物語を必要としなくなる人とは?」で、以下のようにも述べています。
「自分が生きていくのに必要な物語を手に入れて、そこに根をはやし、もはや他の物語を必要としないのです。つまり、ひとつの物語に深く入り込んで、それを生きるようになっているのです。『物語の固定化』です。その物語とは、たとえば『お金を儲け、出世して、成功者となる』というような、桃太郎的な物語であったりします」



続けて、著者は以下のように述べています。
「もちろん、自分では物語を生きているとは意識しません。現実を知ったので、その現実を生きているというふうに思っています。『人類の平和』とかを追い求めていると『夢物語』という感じがしますが、お金とか社会的成功とかを追い求めている場合には、とても現実的な感じがします。でも、そういう感じがするだけであって、それもまたひとつの物語なのです」



著者は、「人生脚本」として以下のように述べています。
「それが正しいのかどうかはともかくとして、人はただ目の前の現実に反射的に対応して生きていくわけではなく、『自分の人生はこういうものであるだろう』という漠然とした見通しを持って生きていることはたしかでしょう。たとえば、愛する人と出会うと、その人と一生いっしょに生きていくという脚本が、心の中でできあがります。人間というのは、そのようにして、先のことまで思い描いて、それに沿って生きていこうとするものです。未来をまったく思い描かないなどということは、むしろ不可能です」



続けて、著者は以下のように述べています。
「そして、もし、思いがけずその人と別れることになってしまったら、『その人』を失うだけでなく、『その人といっしょに生きるはずだった人生』まで、同時に失うことになってしまいます。だから、とてもこたえてしまうのです。『本当の人生』を失って、空っぽになったような、むなしさを覚えてしまうのです」



著者は、「《転機》が人生の分かれ目」として、以下のように述べています。
「まずは、同じような境遇の人の自伝などのノンフィクションに興味がわくでしょう。『自分と同じような転機が訪れたときに、この人はいったいどうして、その結果どうなったのか?』それを知ることはとても参考になります。
でも、それだけでは不充分です。個別の事例というのは、どうしても自分とはちがうところもあります。その人はそれでうまくいっても、自分の場合はそうはいかなかったりします。個別的なことではなく、もっと大きな、世の中の法則のようなものが知りたくなります。科学で言えば公式のような。それを求めて読むのが、物語ではないでしょうか」



さらに著者は、「絶望したときこそ、絶望の書が必要に」として、ツイッターで「古典とされる名作は、なんでバッドエンドのものが多いんだよ!」という苦情がつぶやかれていたことを紹介し、以下のように述べます。
「これは決して偶然ではありません。古典というのは、時代が変わっても、ずっと読まれ続けてきたものです。つまり、人々にとって、それだけ切実に必要だったものです。人が本を最も切実に必要とするのが絶望のときであるなら、古典として残るものに、絶望的なものが多いのは、当然のことでしょう。絶望の中にあって、どうしていいかわからない人間が、絶望の物語の中に救いと答えを求めるのです」



そして、まとめ「誰もが物語を生きていて、新しい物語が必要になるときがある」として、著者は以下のように述べるのでした。
「誰でも物語の中を生きています。自分では意識はしませんが、人間とはそうやって生きていくものです。
だから、幼いときには物語を聞きたがり、厳しい狩猟生活の中でも物語を聞きたがります。そして、たくさんの本や映画やドラマやマンガがあるのです。物語があれば、うまく生きていくことができます。
しかし、その人生の物語の脚本を書き直さなければならないときがあります。とくに、絶望的な出来事によって書き直さなければならないときは、それはとても困難です。人生が混乱し、本来の人生を失った気がして、新しい人生は受け入れがたく思えます。
そういうときに、なんとか脚本を書き直して、その後の人生を生きていくためには、書き直しの参考となる、物語が必要です」



第二章「絶望したときには、まず絶望の本がいい」では、「前向きな本でかえって後ろ向きな気持ちに」として、著者は以下のように書いています。
「『ポジティブな気持ちでいれば、幸せなことしか起こらない』『強く信じれば、すべての願いはかなう』『将来なりたい自分を思い描けば、今をどう生きればいいかがわかる』
読めば読むほど、かえって気持ちが沈んでいきました。こういう励ましの言葉の光さえ届かない、どん底の闇まで落ちてしまったような気持ちになりました」



また、「病人だけでも精一杯で、立派な病人は無理」として、著者は以下のように述べています。
「闘病記もよくもらいました。これも、贈る側の気持ちはよくわかりますし、こちらも興味をひかれるのですが、読むのはつらいものがありました。病気というのは、たとえ同じ病気でさえ、病状がけっこうちがいます。自分より軽ければ、参考にならないと感じますし、自分より重ければ、それはそれで気分が暗くなってしまいます」



そして、「気持ちをわかってくれる本があるというだけで」として、著者は以下のように述べるのでした。
「では、どういう本がいいかというと、やはり絶望した気持ちに寄り添ってくれるような本なのです。つまり、絶望的な内容の本です。そういう本を入院患者のお見舞いとして渡す勇気のある人は、まずいないでしょう。激怒される可能性もありますし。そういう本をくれたのは、やはり当人も長期入院の経験のある人だけでした」



「『同質効果』と『異質への転導』」として、著者はギリシャの哲学者を持ち出して、以下のように述べています。
「ギリシャの哲学者アリストテレスは、『そのときの気分と同じ音楽を聴くことが心を癒す』という説をとなえています。つまり、悲しいときには、悲しい音楽を聴くほうがいいというのです。これは『アリストテレスの同質効果』と呼ばれています。現代の音楽療法でも『同質の原理』と呼ばれて、最も重要な考え方のひとつです。
一方、ギリシャの哲学者で数学者のピュタゴラスピュタゴラスの定理が有名)は、心がつらいときには、『悲しみを打ち消すような明るい曲を聴くほうがいい』という説をとなえています。これを『ピュタゴラスの逆療法』と言います。現代の音楽療法でも『異質への転導』と呼ばれて、最も重要な考え方のひとつです」



じつは、両方とも正しいことが現在ではわかっています。
どういうことかというと、心がつらいときには、
(1)まず最初は、悲しい音楽にひたる=アリストテレスの「同質の原理」
(2)その後で、楽しい音楽を聴く=ピュタゴラスの「異質への転導」
というふうにするのがベストなのです。そうすると、スムーズに立ち直ることができるといいます。



第三章「すぐに立ち直ろうとするのはよくない」では、著者は「遅延化された悲嘆」として、以下のように述べます。
「こういう心の動きを、『遅延化された悲嘆』と言います。悲しいことがあったときに、それをこらえて、明るく振る舞うと、そのときは大丈夫でも、1年後や2年後に、とても強い悲しみが急にあらわれることがあるのです。思いがけないときによみがえってくる悲しみだけに、当人も戸惑いますし、心にダメージを受けてしまいがちです。ひどい場合には、家にひきこもったり、心の病になってしまったり、自殺したくなってしまうこともあります」



第四章「絶望は人を孤独にする」では、「暗い道をいっしょに歩いてくれる本」として、著者は以下のように述べます。
「UCLA(カリフォルニア大学ロサンゼルス校)が行った研究によると、ストレスが高い状況にさらされたとき、『それを表現する言葉がある』と、ストレスホルモンの放出が抑制され、ストレスが静まるそうです。絶望し、孤独に陥ったとき、そういう気持ちを言葉で表してくれる本を読むことは、それだけで、絶望や孤独をいくらか癒してくれるのです。それは実感としてもたしかですし、こういう科学的な裏づけもあるのです」



そして、著者は以下のように述べるのでした。
「本というのは、誰かひとりのために書かれているものではありませんが、不思議なほど、『これは自分のことが書かれている本だ』と思えるものです。そして、本は離れていきません。立ち直りの段階に入れるまで、ずっと寄り添ってくれます。自分には誰もいないと思ったとき、それでも本はいてくれるのです」



第五章「絶望したときに本なんか読んでいられるのか?」では、著者は以下のように述べています。
「絶望した直後は、絶望していることしかできないと思います。そして、立ち直りの段階に入ったら、それもまた別の話です。本よりも、もっと別のもののほうが役に立つかもしれません。
しかし、『絶望の期間』が長く続くとき、これに耐えるのには、本が必要です。たとえば痛みに耐えるとき、激痛の瞬間は本なんか読んでいられなくなります。でも、痛みが持続して、長く耐え続けなければいけないときには、何もなしではかえってつらくなります。それと同じようなことです」



また著者は、「人生に押しつぶされそうになったとき、いったい何が支えてくれるのか?」として、以下のように述べています。
「本を読むと、頭がよくなるとか、話題が豊富になるとか、そんな言われ方もされます。でも、読書とは、余裕のある人が美食をするようなものではなく、もっと切実な栄養補給だと思います。本を読みたくなるのも、退屈なときとか、時間的な余裕ができた引退後とかだけではないはずです。生存をおびやかされ、どうしていいかわからない、精神的に追い詰められたときこそ、本を読みたくなるのだと思います。まだ名前のついていない現実をかいまみて、おびえて開くのが、本というものでしょう。文学はそういうときのためにあります」



第六章「ネガティブも必要で、それは文学の中にある」では、「物語こそが真実を伝えるということ」として、著者は以下のように述べています。
「江戸時代に、池大雅という絵師がいました。この人があるとき、龍の絵を描いたところ、その龍が絵を抜け出して、家の天井を突き破って、天に昇ったという伝説があります。もちろん、事実ではありません。事実は、龍の絵を描いたところ、大きすぎて、家から出すことができず、天井の一部を破って、そこから出したのだそうです。
しかし、この事実は、ただそれだけのことで、それ以上のことは伝えていませんね。ところが、一方の伝説のほうは、『池大雅は描いた龍が絵を抜け出したと噂されるほどの絵の名人であった』ということを伝えてくれています。絵の名人だったというのは本当のことであり、ウソの伝説のほうが、より豊かに本当を伝えているのです。
中国の歴史書『史記』を書いた司馬遷は、史実だけでなく、民間に伝わっていた伝説なども取り入れています。それは、事実とは異なる伝説であっても、より真実を伝えている面があると考えたからではないでしょうか」



また著者は、「絶望をすすめるわけではない」として述べます。
「昼間なら平気な道が、暗くなるだけで怖ろしくなるのは、なぜでしょうか? それは、見えなくなるからです。見えないことが、不安をかきたてるのです。もし、懐中電灯を持っていれば、ぜんぜんちがってきます。
絶望も同じです。正体がつかみきれないから、よけいに絶望が深くなってしまうのです。作家のトーマス・マンが「ライオンにまだ名前が与えられていなかったとき、それはもっと怖ろしい怪物だった」という意味のことを言っているそうです。正体がわからないと、それだけで恐怖は何倍にもなってしまいます。本は、暗い道を歩く連れになってくれるだけでなく、現実を照らし出してくれる懐中電灯でもあります。暗闇に光を求めるからこそ、私は絶望の物語が必要だと思うのです」



第二部では、絶望したときに必要とされるさまざまな芸術ジャンルが紹介されていますが、中でも興味深かったのは桂米朝の落語でした。
著者は、以下のように述べています。
「絶望したときには、絶望の書を読むのがいいと言っておいて、落語をおすすめするのは、矛盾していると思われるかもしれません。落語は笑える楽しいものではないかと。でも、落語は決してただ明るいだけのものではなく、じつはとても絶望的なものでもあるのです」



続けて、著者は落語について以下のように述べます。
「そもそも、ただのお笑いだとしたら、江戸時代に作られた古典落語で、今でも人が笑うでしょうか?去年には爆笑をとったギャグでさえ、今年には古いと言われてしまうのが普通なのに。何百年も前に作られた落語で、今でも人が笑うのは、それがいつの時代も変わらない、人間の『ダメさ』を描いているからです」



また、「大人にも物語の語り聞かせは必要」として、著者は述べます。
「実際的な面でも、落語はとても役に立ちました。入院中は、消灯時間後に、灯りをつけて本を読んだりしたら、他の患者さんの迷惑になります。でも、落語をイヤホンで聴く分には問題ありません。音楽のように音漏れがシャカシャカうるさいということもありません。点滴などで手が使いにくいときにも落語は聴けますし、体調が悪かったり、本を持っていられないほど体力が衰えてしまったときでも、落語なら聴けます。落語があってありがたいと、しみじみ思いました」



さらに著者は、以下のように述べています。
「これは後から知ったのですが、『人間の脳は、音声に集中すると、その他の考えが浮かびにくい特性がある』のだそうです。だとすると、いろいろ悩み事があるときには、そういう意味でも、落語を聴くのは、救いとなるかもしれません」

岸辺のアルバム DVD-BOX

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さらに本書には、向田邦子の「岸辺のアルバム」、山田太一の「ながらえば」といったテレビドラマも紹介されています。わたしは、これらの作品がグリーフケアにおいても参考になると考え、『米朝十八番』のCD、『岸辺のアルバム』のDVD−BOX、さらには『ながらえば/冬構え/今朝の秋』(作=山田太一、主演=笠智衆)のDVD―BOXをアマゾンに注文して購入しました。時間を見つけて、少しづつ楽しんでいきたいと思います。



あとがき「立ち直りをどうかあせらないでください!」では、「本書を書こうと思った2つのきっかけ――絶望したときに読む本」として、著者は述べます。
「なぜ世の中に本というものがあって、こうも長く読み続けられているのか? その理由のひとつは、人が絶望するからだと言ってもいいくらいだと、私は思っています。見知らぬ現実を突きつけられて、なんとしてもそれを理解するしかないとき、芸術は切実に必要になるのだと思います。だから、今は必要ないと言っている人も、切実に求めるときがあると思うんです」

死を乗り越える映画ガイド あなたの死生観が変わる究極の50本

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わたしは、グリーフケア・サポートにずっと取り組んでいます。
グリーフケアを必要とする人は「愛する人を亡くした人」であり、まさに絶望の淵にある人であると言えるでしょう。また、世の中には不治の病に冒されて絶望している人もいることでしょう。そんな方々のために、わたしはブログ『死が怖くなくなる読書』で紹介した本を書きました。その続編が『死を乗り越える映画ガイド』(現代書林)です。第三弾は『死を乗り越える音楽ガイド』を書きたいと思っています。本書は大変参考になる好著でした。



*よろしければ、本名ブログ「佐久間庸和の天下布礼日記」もどうぞ。



2016年9月26日 一条真也

2016-09-25

『夜を乗り越える』

夜を乗り越える(小学館よしもと新書)


一条真也です。
『夜を乗り越える』又吉直樹著(小学館よしもと新書)を読みました。
これまでブログ『火花』ブログ『第2図書係補佐』で、著者の本を紹介してきました。前者は芥川賞を受賞した小説で、後者は読書ガイドです。
著者は、1980年大阪府生まれ。吉本興業所属のお笑い芸人で、お笑いコンビ「ピース」として活動中です。「キングオブコント2010」準優勝。TV番組「ピカルの定理」出演中。お笑い界一の読書家として知られ、「本読み芸人」の異名もあるとか。本書も読書についての本です。

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本書の帯



本書の帯には気難しそうに腕組みをした著者の写真とともに、「なぜ本を読むのか?」と大書されています。続いて、「僕みたいなもんが、学生時代ぜんぜん勉強もできなかった人間が、本を読み、たくさんの言葉に出会い、今日まで生きてきました」「芥川賞受賞作『火花』はどう書かれたか」「又吉直樹初の新書」「小学館よしもと新書・創刊!」と書かれています。

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本書の帯の裏



また、カバー前そでには以下のような内容紹介があります。
「芸人で、芥川賞作家の又吉直樹が、少年期からこれまで読んできた数々の小説を通して、『なぜ本を読むのか』『文学の何がおもしろいのか』『人間とは何か』を考える。
また、大ベストセラーとなった芥川賞受賞作『火花』の創作秘話を初公開するとともに、自らの著作についてそれぞれの想いを明かしていく。『負のキャラクター』を演じ続けていた少年が、文学に出会い、助けられ、いかに様々な夜を乗り越え生きてきたかを顧みる、著者初の新書」



本書の「目次」は、以下のような構成になっています。
「はしがき」
第1章 文学との出会い
第2章 創作について――『火花』まで
第3章 なぜ本を読むのか――本の魅力
第4章 僕と太宰治
第5章 なぜ近代文学を読むのか
――答えは自分の中にしかない
第6章 なぜ現代文学を読むのか
――夜を乗り越える
「あとがき」



第2章「創作について――『火花』まで」では、著者は「25歳で死ぬと思っていた」として、以下のように述べています。
「当時の僕は、25歳で死ぬという想定で生きていました。本気で思っていました。中学の時はノストラダムスの大予言のせいで19歳で死ぬと思っていました。『どうせ死ぬんだ』と思っていたので歯医者にも通いませんでした。2000年を迎えて慌てて歯医者に行きました。でもそれが僕のやり方として定着してしまいました。人生は決して長くない。短めに寿命を設定してその限られた時間で何をやるか決める。生き延びたら、また設定し直す。ノストラダムスのせいで、僕にはそんな癖がついてしまいました。まわりからは何をそんなに急いでいるのかと言われます」



また、著者は「本を読む、ネタを書く、散歩する」として、上京した時持ってきた本は、新潮文庫の太宰と芥川を何冊かだったことを明かしています。そこには三島由紀夫の『金閣寺』と谷崎潤一郎の『痴人の愛』も混ざっていたかもしれないそうです。後は誰かから借りパクしていたシドニィ・シェルダンがありましたが、図書館などの施設から借りパクしたのではないとか。著者は以下のように述べます。
「上京してすぐの頃は、多分人生で100冊ぐらいしか本を本でいなかったから、あれも読みたいこれも読みたいと、その店でだいたい揃えました。太宰、漱石、芥川、谷崎、三島、武者小路、その辺りで読んでいないものを見つけたら買って読むという日々でした」



著者がこれまでの人生で一番本を読んだのが、上京してから5年間くらいの間だそうです。著者は、当時の様子について述べています。
「当時は劇場の楽屋でもずっと本を読んでいました。今なら、先輩がいたら本は読まずに会話しようと思います。でも、あの頃は先輩とどうしゃべっていいのかもわかりませんでした。劇場の楽屋や、裏の階段に座ってひたすら本を読んでいました。
先輩の家にお邪魔した時、先輩や他の後輩達がテレビを見ていたので、僕は持参した小説を当たり前のように読んでいました。先輩に『又吉、先輩の家で長編小説は読んだらあかんで』と注意を受けましたが僕は先輩が冗談を言っていると思い、『ハハハ』と一旦笑った後、再び本の上に視線を落とし作品の世界へ突入していきました。先輩達の会話とテレビの音が丁度いい雑音になって随分集中して読むことができました。今となっては後輩として、いや社会人として非常識な行動だったと自覚しています」



本書を読んで最も共感したのは、著者が「小説もお笑いも一緒」として本音を語った以下の部分です。
「『ガリ勉』とか『文化人』と呼ばれる人やそれに類する人を馬鹿にしていいという社会通念はなんなのでしょう。僕は創造性の高い表現にもっと触れていたいので、そういう人達が生き難い世界は嫌なんです。わざわざ馬鹿にしなくても、他の業種と同じように芸術家の日常にも苦痛は伴うはずですから。そういう幼稚な感覚は破壊したいんです」



わたしもよく、同業者から「一条さんは文化人ですからねぇ」などと言われることがありますが、そういう一言には必ず悪意を感じます。わたしは一介の冠婚葬祭業者であって、別に文化人ではありません。著者は述べます。
「芸人という呼称にこだわっているのではありません。たとえ僕の文筆活動が文化人というカテゴリーに属するとしても、『文化人』と誰かが僕を呼ぶ時、そこには僕が日常的に行っている芸人としてのライブ活動などを無効化したいという思惑が潜んでいるような気がしてならないのです。聞いている人の脳内で、『文化人』という言葉は自動的に『芸人の癖に文化人気取り』と変換されてしまいます。なぜなら、そのような文脈でしか芸人を『文化人』と呼ぶことがなかったという歴史があるからです。考えすぎでしょうか。最近、僕のことを最も『文化人』と呼んでくるのは残念ながら相方の綾部です。あかんやん」

火花

火花



第3章「なぜ本を読むのか――本の魅力」では、「共感」についての考え方が興味深かったです。著者は「感覚の確認と発見」として述べます。
「『火花』の中で『共感至上主義の奴等って気持ち悪いやん?』と書きました。本の話題になると、『私は共感できなかった』という人がけっこういます。いや、あなたの世界が完成形であって、そこからはみ出したものは全部許せないというそのスタンスってなんだろうと思うんです。あなたも僕も途上だし、未完成の人間でしょう。それをなぜ『共感できない』というキラーワードで決めつけてしまうのか。『共感できない』という言葉でその作品を規定しない方がいいと思うんです。むしろわからないことの方が、自分の幅を広げる可能性があります」



また、著者は共感至上主義者について以下のように述べます。
「人間は完全ではありません。完全でありすぎるとしんどいかもしれません。自分に自信を持つことはいいことですが、自分がわからないものを否定し遠ざけ、理解できること、好きなことだけに囲まれることは危険です。わからないものを否定して拒絶を続けるなら、その先は争いしか生まれないと思います。自分と考えの違う人間や文化をも拒絶することになってしまう。それは本当につまらないことだと思うんです。すべてに共感するのではなく、わからないことを拒絶するのではなく、わからないものを一旦受け入れて自分なりに考えてみる」



本は何のために読むのか。それについて、著者は「本はまた戻ればいい」として、以下のように述べます。
「本を読み、他人の人生や判断を知ることができるのは大きいと思います。雑誌や何かで悩み相談を読むと、その答えは誰かがもっとちゃんと書いていたなあと思うことがあります。Aが1600字で出した答えを、本を読んでいるBは800字でそれは誰々がこう適確に書いていたと言い、残りの800字でさらに自分の論を展開することができる。本を読んでいればそこからスタートできる。これはかなり大きなことだと思います」

それから・門 (文春文庫)

それから・門 (文春文庫)



当然ながら、読んでみても理解できない本もあります。
そんな本について、著者は以下のように述べています。
「読んでみたけれどわからない本があった。でも他の本を100冊読んで、もう一度わからなかった本を読んだらまったく別の本のように読めた経験が僕にはあります。夏目漱石の『それから』がまさにそうでした。僕は漱石を最初に『こころ』から読みました。それがおもしろくて、他の作品を読んでいく中で『それから』を読もうとしました。でも難しくて読めなくて、途中であきらめたんです。その後漱石の『坊っちゃん』や『吾輩は猫である』、他の近代文学をいろいろ読んだ後に改めて、そろそろ読めるかなという気持ちでもう一度『それから』を読みました。そしたら、めちゃくちゃおもしろかったんです」



本の批評についても、著者は貴重なアドバイスをしてくれます。
「将来は芸術や作品を表現することで食べていきたいと考えている人の批評には気をつけて下さい。その道中ですべてのものを批判的に見るという時期が必要な人もいるのです。批判的に見ることが新しい表現を誕生させるために有効な場合もある。いろんなパターンがあるとは思いますが、現状に満足している人間よりも、満足せず飢餓感を持っている人の方がより表現欲求が強いと思います。そんな人間にとって、自由に表現の場が与えられているやつらの存在を了承するわけにはいかないのです。そいつらと同じことをやりたいなら自分の最後の手段はなくなるわけですから。許せるわけがないんです。ただ批判的に見るというのもあくまで方便にすぎなくて、飛び抜けた才能のある人なら見るものすべてに感動しながら傑作をものにしてしまいます」

あらゆる本が面白く読める方法―万能の読書術

あらゆる本が面白く読める方法―万能の読書術



「すべての本は面白い」と断言する著者は、以下のように述べています。
「目を輝かせながら『この世におもしろくない本なんてない』と僕は過去の取材で何度も言ってきましたから。おそらく僕は地獄に墜ちるでしょう。悪意を持てば小説をつまらなくすることなんて容易です。簡単。でもそこに楽しさはなかった。その時間がおもしろくなかった。その小説もおもしろくなかったけど自分自身もおもしろくなかった。本+自分の読み方が零点だったわけです。最低な行為です」
この言葉は、『あらゆる本が面白く読める方法』(三五館)という本を書いたわたしとまったく同じ考えです。



第4章「僕と太宰治」でも、興味深いことが書かれていました。
「嘘だけど真実」として、著者は以下のように述べています。
「よく会話の中で『その場にいたらおもしろかったんだけど、説明はできない』という言葉を聞きます。作家にそんな言い訳は許されません。その場にいた感動を言葉で伝えないといけない。これをやっているのが芸人です。話を一切いじらなくとも、言い方や間のとり方や表情でおもしろくできる人もいます。しかし多くの芸人はそこで、よりおもしろくするために、効果音をつけたり、細かく説明したり、たまに数量を増やしたりと編集をほどこします。その方が体感したことに近づける。盛りすぎると嘘になってしまいます。嘘になるとおもしろくなくなります。ただ事実をありのまま話したとしても、その時の感動や興奮を伝えられないなら、それはそれで嘘なんじゃないかとも思うんです」
たしかに、その通りだと思います。芸人も作家も、表現力が命ですね。



第6章「なぜ現代文学を読むのか――夜を乗り越える」では、著者は自分がずっと抱えている一番大きなテーマが「人間とは何か」ということだと明かし、以下のように述べています。
「『なぜ生まれてきたのか』『なんのために生きているのか』みんな、思春期の頃にある程度決着をつけてきている問題ですが、僕はまだ答えが出ていません。『いつまで考えてんねん』とよく笑われますが、いまだにわからないんです。寝る前に電気を消して天井を眺めていたら『人間ってなんなんやろ?』と自然にいつもの問いが頭に浮かぶんです。同じこと何年やってんねんと自分でも思うのですが、わからないんです。だから、そのことに対する視点のバリエーションは常に募集しています」



わたしは、この一文を読んで、著者にとても親近感を抱きました。
じつは某テレビ局の番組で、いろんな仕事を紹介する就職のための番組があって、昨年、わが社の紫雲閣に取材依頼がありました。そのときに訪れるタレントが、「ピース」の2人組と「Rev.from DVL」の橋本環奈ちゃんでした。わたしは正直「ピースはどうでもいいけど(失礼!)、天使過ぎるアイドルの環奈ちゃんには会いたいなあ」と思いましたが、結局オファーをお断りしました。セレモニーホールというデリケートな職場にお笑い芸人を招いて、笑いを取られるのが嫌だったからです。でも、又吉氏ならいたずらに「死」を茶化さずに真摯に扱ってくれ、印象深いコメントを残してくれたかもしれないと、今では思います。かえすがえすも残念でした。



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2016年9月25日 一条真也

2016-09-24

維新百年記念公園

一条真也です。
昨夜は全互連の西日本ブロック会議の懇親会で痛飲しました。
一夜明けた今朝は、ブログ「中原中也記念館」で紹介した湯田温泉にあるミュージアムを訪れた後、維新百年記念公園に向かいました。

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維新百年記念公園にて
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維新百年記念公園の「沈床花壇」にて
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素晴らしいブロンズ彫刻が!
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ぎっくり腰は治りました



ここは建設省が全国で10箇所を指定した「明治百年記念森林公園」の1つで、陸上 競技場や多目的体育館、野外音楽堂などを備えていますが、文化施設も充実しています。「子供の四季」という素晴らしいブロンズ像もありました。これは、HITOSHI ITOUが昭和47年(1972年)に製作した彫刻で、二人の少女が互いに手をあげ、激しくまた軽やかに舞い、躍動美の中に子供の夢と希望があふれています。あまりに素晴らしいので、近くにいた人とともに同じポーズをしてみました。

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あ、あれは!
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もしかして松下村塾のモニュメント?



さらに、この公園には信じられないようなモニュメントがありました。 
遠くから複数の銅像が見えたので、「維新百年」をテーマとする公園であることから、最初は松下村塾で吉田松陰が弟子たちに講義をしている姿かなと思ったのですが、近づいてみると、なんと孔子の講義風景でした。
孔子杏壇講学像(こうしきょうだんこうがくぞう)、すなわち「孔子と弟子たちの像」です。いやあ、たまげたのなんのって!

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孔子杏壇講学像
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孔子先生
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子路と顔回
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冉求
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曾参
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子貢
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こんな凄いモニュメントがこの世にあったとは!



この孔子と弟子たちの像は、山口県と山東省の友好協定締結25周年を記念して、平成19年(2007年)11月に中国の山東省から寄贈されました。孔子には、72賢人をはじめ3000人の弟子がいたと伝えられています。維新百年記念公園の像は、孔子が杏壇で5人の弟子に教えを説いています。像は、向かって左から冉求、子路、顔回、孔子、曾参、子貢の順に配置されています。ブログ「孔子像」で紹介したように、わたしはこれまでも多くの孔子像を訪れてきましたが、ここは初めてです。
弟子たちの像まであって、わたしは狂喜しました。

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兄弟子とともに孔子先生の話を拝聴する
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ありがたいお話、もっと近くで聴きたい!



孔子杏壇講学像を見たわたしが、どれほど感動したか想像がつきますか?
孔子と弟子たちの像はどれも、まばゆい黄金色に輝いていました。
わたしは、思わず、弟子たちの間に座って孔子先生の教えを拝聴しました。

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孔子先生、礼についてお教え下さい!
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孔子先生、ありがとうございます!
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人類史上最も尊敬する孔子先生と



いま、わたしは小中学生向けの『はじめての論語』(仮題、三冬社)という本を書いているところなので、なおさら心に沁みました。わたしが、人類史上で最も孔子先生を尊敬していること、もちろん知っていますよね。
それにしても、なんという素晴らしい朝でしょう!
嗚呼、朝に道を聞かば夕べに死すとも可なり!

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維新百年記念公園の総合案内板
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沈床花壇
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藤棚を望む
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スペースワールドもありました



その他にも、維新百年記念公園には「沈床花壇」があり、壇を低くして花壇が作られているので、全体が見渡せます。隣には藤棚もあり、春は綺麗でしょうね。さらには、なんとスペースシャトル付きのスペースワールドまで併設されており、最高に素晴らしい公園でした。今度、サンレー北九州の社員旅行で訪れたいと思います。けっこう北九州から近いし・・・・・・。



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2016年9月24日 一条真也

中原中也記念館

一条真也です。
ブログ「西日本ブロック会議」で紹介したように、23日の夜は山口県山口市の湯田温泉にある「湯田温泉ユウベルホテル松政」で、全国冠婚葬祭互助会連盟(全互連)の西日本ブロック会議が開催され、同ホテルに宿泊しました。温泉も食事も素晴らしかったです。

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中原中也記念館の外観
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中原中也記念館の前で
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中原中也記念館の看板
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中原中也生誕之地



24日の朝、食事を済ませると、ホテルのすぐ近くに中原中也記念館ある中原中也記念館を訪れました。同館公式HPには、「中原中也について」として、以下のように書かれています。
「わが国の文学史上に大きな足跡を残した近代詩人中原中也は、明治40年(1907年)4月29日、山口市湯田温泉に生まれました。中也は30年の短い生涯を詩に捧げましたが、生前は充分な評価を得ることのないまま、志半ばにして異郷の地で没しました」

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中也通りに立つ
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中也マンホール



続けて、同館公式HPには以下のように書かれています。
「彼の優れた詩才は少年のころから現れていましたが、昭和9年(1934年)に東京で詩集『山羊の歌』が出版されるに及び、広く詩を愛する人々に認められるに至りました。さらに『ランボオ詩集』を翻訳するなど、フランスの詩人の紹介にもつとめました。
不幸にも病により、昭和12年(1937年)10月22日、鎌倉で亡くなりました。享年30歳。生前郷里に引き揚げようとしてまとめていた詩集『在りし日の歌』は、その翌年、友人小林秀雄によって出版されました」

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「太宰治と中原中也」展が開催されていました
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中原中也の詩碑



さらに、同館公式HPには以下のように書かれています。
「中也の名声は、死後になって高まり、各社から出版された詩集や全集は数十冊に及びます。また、多くの詩選に収められ、海外にも紹介されています。彼の作品は年とともに評価を高め、今や近代文学を代表する叙情詩人として揺るぎない地位を得ています」

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エントランスを望む



中原中也記念館の設計は全国公開設計競技により最優秀賞に選ばれた宮崎浩氏の作品です。平成10年には公共建築百選にも選ばれたそうです。同館HPで、宮崎市が以下のように述べています。
「この記念館では、外の風景や柔らかい光を取り入れたり、吹抜を設けることで限られた空間に拡がりと奥行を与えると共に、回遊性を持った空間構成により繰返し中也と出会うことができるように計画しています。こうした試みが、中也との出会いを一層印象的なものとし、彼の詩の世界により深く触れるきっかけとなれば幸いです。そして、中也の詩と共にすごした時間がその背景としての建築空間と共に、訪れた方々の記憶に残ることができれば大変うれしく思います」



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2016年9月24日 一条真也

井上公園

一条真也です。
9月23日、会長を務めている全国冠婚葬祭互助会連盟(全互連)の西日本ブロック会議に出席するため、山口の湯田温泉を訪れました。早めに到着したので、会議前に宿のすぐ近くにある井上公園に行ってみました。

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井上公園の入口で
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井上馨の銅像の前で



湯田温泉中心部のこの地は、明治の元勲「井上馨」の生家があった場所で、公園内には彼の銅像があります。
井上馨は、天保6年(1836年)1月16日に生まれ、大正4年(1915年)9月11日に逝去しました。
Wikipedia「井上馨」には以下のように書かれています。
「日本の武士(長州藩士)、政治家、実業家。本姓は源氏。清和源氏の一家系河内源氏の流れを汲む安芸国人毛利氏家臣・井上氏。首相・桂太郎は姻戚。同時代の政治家・井上毅や軍人・井上良馨は同姓だが血縁関係はない」

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銅像に学ぶ先人の志
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井上馨侯碑



また、Wikipedia「井上馨」には以下のようにも書かれています。
「幼名は勇吉、通称は長州藩主・毛利敬親から拝受した聞多(ぶんた)。諱は惟精(これきよ)。太政官制時代に外務卿、参議など。黒田内閣で農商務大臣を務め、第2次伊藤内閣では内務大臣など、数々の要職を歴任した。栄典は従一位大勲位侯爵、元老」

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七卿遺蹟之碑
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七卿遺蹟之碑の前で
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中原中也詩碑
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龍尾の手水鉢
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龍尾の手水鉢にて
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何遠亭にて
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何遠亭の庭園にて
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井上家邸宅跡地にて
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狐の遊具を背に
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やまぐち号でGO!



井上公園のある場所は、幕末の政変で都を追われた三条実美ら七卿の宿舎にもなっていました。公園内には中原中也の詩碑、種田山頭火の句碑、七卿の碑などもあります。井上公園で会議前のひとときを過ごしました。
かつて観た日本映画「長州ファイブ」の内容を思い出しました。




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2016年9月24日 一条真也

2016-09-23

新海誠の世界

一条真也です。
ブログ「君の名は。」で紹介したアニメ映画が大ヒットを続けています。累計動員数700万人、累計興行収入100億円突破も目前で、実現すれば宮崎駿アニメ以来の初快挙となります。今や、新海誠監督は「時の人」ですね。

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新海誠作品のDVD



彼の旧作のDVDをアマゾンに注文していたのですが、人気沸騰のためか、届くまでにかなり時間がかかりました。ようやく数日前に全作品が揃ったので、22日の「秋分の日」は自宅の書斎にこもって、一気に固めて鑑賞しました。ひとり「新海誠まつり」です!




新海誠監督は1973年、長野県南佐久郡小海町生まれ。長野県野沢北高等学校を経て、中央大学文学部在籍中にアルバイトとして日本ファルコムで働き、大学卒業後の1995年に正式に入社。同社のパソコンゲームのオープニングムービーを制作しながら、自主制作アニメーション作りに励みました。1998年に「遠い世界」でeAT'98で特別賞を、2000年に「彼女と彼女の猫」でプロジェクトチームDoGA主催の第12回CGアニメコンテストでグランプリを獲得しました。現在は日本ファルコムを退社し、コミックス・ウェーブ・フィルムに所属しています。




2002年、監督・脚本・演出・作画・美術・編集などほとんどの作業を1人で行った約25分のフルデジタルアニメーション「ほしのこえ」を発表。2004年、初の劇場長編作品となる「雲のむこう、約束の場所」を発表。2007年、連続短編アニメーション「秒速5センチメートル」を発表。
この3作品は、いずれも主人公である少年少女の2人の心の距離と、その近づく・遠ざかる速さをテーマとしています。
2011年、随所に宮崎駿作品へのオマージュが散りばめられた「星を追う子ども」を発表。これ以前の作品とはかなり異なる作風で、ファンタジー要素が強くアクションシーンも多いと賛否両論でした。
そして、2013年に「言の葉の庭」を発表しました。
彼の全作品を通して、風景描写の緻密さ・美しさが特筆されていますが、これについて本人は、「雲のむこう、約束の場所」のDVD特典インタビュー映像で、「思春期の困難な時期に、風景の美しさに自分自身を救われ、励まされてきたので、そういう感覚を映画に込められたら、という気持ちはずっと一貫して持っている」と語っています。

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まずは「ほしのこえ」(2002)です。
ヤフー映画の「解説」には以下のように書かれています。
「個人制作でありながらもクオリティの高いフルデジタルアニメーション。制作者の新海誠は本作をMacたった1台で作成したという。長峰美加子と寺尾昇は仲の良い同級生。中学3年の夏、美加子は国連宇宙軍の選抜に選ばれたことを昇に告げる。翌年、美加子は地球を後にし、昇は普通に高校へ進学。地球と宇宙に引き裂かれたふたりはメールで連絡を取り続ける。しかしメールの往復にかかる時間は次第に何年も開いていくのだった。美加子からのメールを待つことしかできない自分に、いらだちを覚える昇だったが・・・」




ほしのこえ」を観たわたしは、宇宙空間と地球上でメールを交換するというアイデアに感心しました。遠距離恋愛の極みと言えるでしょうが、「私たちは、たぶん、宇宙と地上にひきさかれる恋人の、最初の世代だ。」という映画のコピーも良かったです。ブログ「映画『聲の形』」で紹介した映画ではメールが「聲の形」の1つとして描かれていましたが、「ほしのこえ」で数光年先の宇宙から届くメールの文面はあまりにも切ないです。なお、この短いアニメ映画にはエヴァを連想させるロボットの戦闘シーンも登場します。

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次に、「雲のむこう、約束の場所」(2005)です。
ヤフー映画の「解説」には以下のように書かれています。
「フルデジタル作品『ほしのこえ』でデビューし、国内外から高い評価を得た新海誠監督が前作同様、原作・脚本・監督・撮影・美術を自らが手がけたアニメーション。日本が南北に分断され、青森が米軍の統治下に置かれるという設定で展開される青春物語。声優陣は吉岡秀隆をはじめ『冬のソナタ』でぺ・ヨンジュンの声を担当した萩原聖人など演技派ぞろい。空間の広がりを感じるアニメーションとオリジナリティあふれる設定に注目」




雲のむこう、約束の場所」を観たわたしは、新海監督のイマジネーションの豊かさに感心しました。もともと、わたしはSF作家というのは人類における想像力のチャンピオンであると思っているのですが、ジュール・ヴェルヌ、H・G・ウェルズ、アーサー・C・クラーク、小松左京らの先人たちに負けずに、新海監督のイマジネーションの翼はどこまでも羽ばたいていきます。パラレル・ワールドのことを「宇宙が見ている夢」と表現しているのもロマンがあって素敵ですね。新海監督は現代の「SF詩人」であると思いました。

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続いて、「秒速5センチメートル」(2007)です。
ヤフー映画の「解説」には以下のように書かれています。
「国内外で高い評価を受けた前作『雲のむこう、約束の場所』から2年、新海誠監督の待望の最新作。誰もが通り過ぎゆく日常を切り取った、切なくも美しいラブストーリー。一人の少年を軸に、ヒロインとの再会の日を描いた『桜花抄』、別の人物の視点から描く『コスモナウト』、そして彼らの魂のさまよいを切り取った『秒速5センチメートル』という三本の連作アニメーションからなる本作。映像の美しさに定評のある新海監督の、光や風、天や草木などの自然描写は極上」




秒速5センチメートル」を観たわたしは、何度も泣きました。これほど切ないアニメ映画を初めて観ました。愛する人と遠く離れる寂しさ、愛する人と別れる悲しさ、そして人間として生きていくことの孤独・・・それらのすべてが見事に描かれています。桜が散るシーン、雪が降るシーンも心に沁みます。この作品は、ある意味で「君の名は。」と対になる作品のように思います。ラストに流れる山崎まさよしの「One more time,One more chance」もしみじみと胸に沁みました。何度も観直したい映画です。新海監督の全作品の中で、「秒速5センチメートル」が一番好きです。

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続いて、「星を追う子ども」(2011)です。
ヤフー映画の「解説」には以下のように書かれています。
「『ほしのこえ』『秒速5センチメートル』などで熱烈なファンを獲得した新海誠監督が手掛ける、孤独な少女の冒険の旅をファンタジックに描くアニメーション。ヒロインがたどる未知の場所への冒険を通して、この世界の美しさや輝きを紡ぎ出す。音楽を担当するのは、これまでの新海作品にも印象的なメロディーで彩りを添えた天門。何げない言葉や風景が繊細に溶け合い、観る者を癒やす独特の世界観に魅了される」




じつは、「星を追う子ども」を観たのは1ヵ月近く前です。偶然、GYAO!で「星を追う子ども」を観たのです。最初の数分だけ観ようと思ったのですが、映像の美しさと物語の面白さに引き込まれて、ついつい最後まで観てしまいました。最初はてっきり、ジブリ作品かと思いました。
おそらくは、ジブリの「天空の城ラピュタ」や「もののけ姫」などから強い影響を受けているのでしょう。『古事記』の黄泉の国神話、アガルタ地下世界伝説なども登場し、物語も興味深かったです。エンディングに流れる「ハロー・グッバイ・アンド・ハロー」という歌の中に「君のいないこの世界にハロー」という歌詞が出てきますが、まさにグリーフケアの核心だと思いました。「そうか、もう君はいないのか」から「君のいないこの世界にハロー」へ・・・まさに、グリーフケア・アニメというべき内容の素晴らしい作品でした。

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続いて、「言の葉の庭」(2013)です。
ヤフー映画の「解説」には以下のように書かれています。
「『秒速5センチメートル』や『星を追う子ども』で知られる新海誠が原作と監督と脚本を手掛け、繊細なタッチで描くアニメーション。現代の東京を舞台に、男子高校生と生きることに不器用な年上の女性の淡い恋の物語を丁寧に紡いでいく。主人公の声を担当するのは、数々の作品で声を担当してきた入野自由と花澤香菜。万葉集や日本庭園などを題材に描かれる、情感豊かな映像に引き寄せられる」




言の葉の庭」は、とにかく新宿御苑をモデルにしたと思われる日本庭園の美が強く印象に残ります。特に、木々の緑の描写が素晴らしく、かつてこれほど緑を美しく描いたアニメーションはないのではないでしょうか?
東京のど真中にこれほど広大で緑豊かな庭園が存在するのは本当に素晴らしいことだと思います。新宿御苑に行きたくなりました。
しかし、ハイレベルな自然描写に比べて、登場人物の描き方はちょっと中途半端な気がしました。男子高校生にも年上の女性にもなかなか感情移入ができません。万葉集の和歌も中途半端な使い方で、「もったいないな」と感じました。「言の葉」をタイトルに冠するのならば、もう少し、和歌をうまく使うべきであったと思いました。大江千里の名曲を秦基博がカバーした主題歌「Rain」は良かったです。新海監督は、大江千里の大ファンで強い影響を受けたそうですが、彼の映画に使われる曲はどれも繊細で、作品の世界観によくマッチしていると思います。

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そして、「君の名は。」(2016)です。
ヤフー映画の「解説」には以下のように書かれています。
「『星を追う子ども』『言の葉の庭』などの新海誠が監督と脚本を務めたアニメーション。見知らぬ者同士であった田舎町で生活している少女と東京に住む少年が、奇妙な夢を通じて導かれていく姿を追う。キャラクターデザインに『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。』シリーズなどの田中将賀、作画監督に『もののけ姫』などの安藤雅司、ボイスキャストに『バクマン。』などの神木隆之介、『舞妓はレディ』などの上白石萌音が名を連ねる。ファンタスティックでスケール感に満ちあふれた物語や、緻密で繊細なビジュアルにも圧倒される」




君の名は。」は、1組の男女がめぐりあうまでの壮大な、あまりにも壮大な物語です。瀧と三葉の出逢いは「奇跡」という他はありません。しかし、わたしは思うのです。結婚相手と出逢うということそのものが奇跡にほかならないと・・・・・・。そもそも縁があって結婚するわけですが、「浜の真砂」という言葉があるように、数十万、数百万人を超える結婚可能な異性のなかからたった一人と結ばれるとは、何たる縁でしょうか!



君の名は。」を観て、わたしは「バク転神道ソングライター」こと宗教哲学者の鎌田東二先生向きの作品だと思いました。なぜなら、神社が異世界に通じるパワースポットであることをよく表現していると思いました。この映画の主人公である三葉の実家は「宮水神社」という神社であり、彼女は巫女です。妹は「四葉」です。三葉と四葉の姉妹に対して、祖母が「むすび」について語る場面があり、「『むすび』は、神と人を結び、人と人を結び、時と時を結ぶ」と言います。宮水神社の女たちは組紐を作りますが、一葉は「組紐はつながったり、ねじれたりして、時間と同じ」とも言います。
「むすび」というキーワードが登場し、わたしは非常に感激しました。わが社の社名である「サンレー」には「産霊(むすび)」という意味があります。神道の言葉ですが、結婚におけるコンセプトと言ってもよいでしょう。新郎新婦という2つの「いのち」の結びつきによって、子どもという新しい「いのち」を産むということですね。「むすび」によって生まれるものこそ、「むすこ」であり、「むすめ」です。



わたしは、Shinの名で、鎌田先生(Tonyさん)と満月の夜に「ムーンサルトレター」というWEB往復書簡を交わしています。
その第136信で「君の名は。」を取り上げ、「たいへん素晴らしい傑作でした。新海誠監督は、引退した宮崎駿監督に代わって、今や日本アニメ界を代表する存在となった感があります。神社が重要な舞台で、『産霊』がテーマです。主人公の女の子は巫女であり、もう『100%、Tonyさん向きの作品』ではないかと思います」と書きました。



しかし、鎌田先生の反応は意外なものでした。わたしの熱い勧めによって「君の名は。」を観たという鎌田先生は「残念ながら、わたしの感想は、『イマイチ。』、でした」として、レターに以下のように書いています。
「一番のネックは、見知らぬ高校生の少年少女が、彗星来訪の影響からか、夢の中で転換するのはファンタスティックで面白く、カルデラ湖の中の島の巨石聖地もそれなりによいのですが、最後の最後で再会できる時間転換のメカニズムがわかりませんでした。その不明確さによって、全体の複式夢幻能的なファンタジーが泡のごとく消滅してしまう頼りなさの中に落ち込んでいきました。この『夢幻物語アニメ』を楽しむどころか、『なんだよ〜、これは!』という腹立たしい思いで映画館を出たことは事実です」



なんと、この名画を立腹しながら映画館を後にされたとは! 
さらに、鎌田先生は続けて以下のように書いています。
「こんなことを書くと、ファンの方に叱られるかもしれないし、またその時間転換も実はこれこれのメカニズムで起っているのだという次元錯綜・接続の根拠があるのかもしれませんが、わたしには不可解で、不愉快でした。『むすび』についての説明も、『宮水神社』の伝承も、町長をしている婿養子の三葉の父親も、しぶしぶ巫女を務めている三葉と妹の四葉についても、イマイチ、ピンとは来ませんでした」



うーん、なかなか厳しいですねぇ。
でも、良かった点もあったとして、鎌田先生は述べます。
「観てよかった点は、ありえないようなカルデラ湖と町でした。このカルデラ湖は諏訪湖と諏訪市の上諏訪の湖岸通りや対岸の岡谷市などがモデルのようですが、1回観ただけでそうだとわかりました。しかし、映画のように美しいコンパクトなカルデラ湖の町はこの地上には存在しないのではないでしょうか。そんな美しい湖と町でしたね。その湖と町の造形は、素晴らしいと思います」



少し安堵しましたが、続けて鎌田先生は以下のように書いています。
「が、全体に作りに深みや幽玄が感じられず、底の浅さ感が残りました。宮崎駿監督の『となりのトトロ』や『もののけ姫』や『風の谷のナウシカ』には、ディテールの深みと幽玄と聖なる場所の説得力が感じられます。なので、『聖地感覚』という観点からすれば、『君の名は。』を物足りなく思ったことは事実です。申し訳ありません。せっかくの感動に水を差すような感想しか書けなくて」










なるほど、たしかに厳しい見方ではありますが、「君の名は。」を観てこのように感じる方もいるというのは興味深いです。なにしろ、鎌田先生といえば、最も早く宮崎駿アニメの価値を見いだし、「風の谷のナウシカ」をテキストにして神道を語っていたくらいです。アニメの見方に対する矜持というものがあるでしょうし、何よりも宮崎アニメへの深い愛情を感じます。
「いくら『「君の名は。」』が大ヒットしようが、ワシの目はごまかせんぞ!」といったところでしょうか。(苦笑)もちろん、わたしも宮崎アニメに代表されるスタジオジブリの作品は大好きですし、全作品を観ました。DVDもすべて買いました。そういえば、スタジオジブリの長編劇場用映画作品(全21作品)の人気投票「スタジオジブリ総選挙」 の投票結果が9月6日に発表されましたが、「千と千尋の神隠し」が堂々の1位に輝きましたね。




鎌田先生の言われるように、新海作品には突っ込みどころが多いです。
君の名は。」の時空転換の説明不足もそうですが、わたしは「秒速5センチメートル」に登場する中学1年生の少年少女が、栃木県の田舎の農家の納屋の中で一夜を明かしたことが気になりました。その夜は大雪だったにもかかわらず、です。でも、そんなことを言えば、宮崎作品にだって説明不足や「ファンタジーが泡のごとく消滅してしまう頼りなさ」も感じることが多々あります。それぐらい、SFやファンタジーというのは物語の整合性を保つのが困難なジャンルだと言えるでしょう。

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仲良く並んだ宮崎アニメと新海アニメのDVD



しかし、新海監督はまだ43歳の若さです。「君の名は。」の大ヒットによって、今後の製作環境は格段に良くなるでしょうし、クリエーターとしてもこれから脂が乗ってくるところ。本当に楽しみです。手塚治虫にはじまって、宮崎駿を経て、新海誠を生んだ日本アニメ。これからも、ぜひ極上のエンターテインメントを世界中に発信してほしいものです。そして、SF詩人としての新海監督には、時間を超え、空間を超え、そして死を乗り越えていくようなアニメ映画を作り続けてほしいと思います。

死を乗り越える映画ガイド あなたの死生観が変わる究極の50本

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*よろしければ、本名ブログ「佐久間庸和の天下布礼日記」もどうぞ。



2016年9月23日 一条真也

2016-09-22

「映画『聲の形』」

一条真也です。
21日の朝、会社の定期健康診断を受けました。胃のX線検査も受けたのですが、検査技師さんから「いつも、ブログを読ませていただいています」と声をかけられました。思いがけず、とても嬉しい「聲(こえ)」でした。
その夜、「映画『聲の形』」を観ました。大今良時の原作コミックは『このマンガがすごい!2015』(宝島社)の[オトコ編]で1位になったそうですが、わたしは『学べるマンガ100冊』(文藝春秋)という本で原作の存在を知りました。最近、映画化されたことを知り、「ぜひ観たい!」と思った次第です。




ヤフー映画の「解説」には以下のように書かれています。
「元ガキ大将の主人公と聴覚障害があるヒロインの切ない青春を描いた大今良時のコミックを基に、『けいおん』シリーズなどの山田尚子監督が手掛けたアニメーション。主人公の少年が転校生の少女とのある出来事を機に孤立していく小学生時代、そして高校生になった彼らの再会を映し出す。アニメーション制作を京都アニメーション、脚本を『ガールズ&パンツァー』シリーズなどの吉田玲子が担当。ボイスキャストには入野自由と早見沙織らが名を連ねる」

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また、ヤフー映画の「あらすじ」には以下のように書かれています。
「西宮硝子が転校してきたことで、小学生の石田将也は大嫌いな退屈から逃れる。しかし、硝子とのある出来事のために将也は孤立し、心を閉ざす。5年後、高校生になった将也は、硝子のもとを訪れることにし・・・・・・」




まず、この映画が聴覚障害者をめぐる物語であり、小学校でいじめに遭う話だと知って、わたしの心は正直言って重くなりました。というのも、以前、視覚障害者が悲惨な人生を歩む「ダンサー・イン・ザ・ダーク」を観て以来、身体障害をテーマにした映画がちょっとトラウマになっているのです。その上、障害者の方をいじめたり、差別したりする描写が出てきたりすると、もう心が苦しくなってたまらないのです。さらには、いまテレビ業界では「感動ポルノ」という言葉が論議を呼んでいますが、わたしも障害や難病を安易に取り上げて感動を狙うといった傾向には疑問を感じます。

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映画館で配られた『映画 聲の形 Special Book』



聴覚障害を持つ西宮硝子は普通の小学校に転入して、いじめに遭います。
不愉快な思いでそのシーンを観ながら、わたしは「この子はどうして、聴覚障害者の専門学校に入らなかったのだろう? どうして、この子の親は普通の小学校に入れたのだろう?」と疑問に思いました。その理由は、映画館の入口で配られた『映画 聲の形 Special Book』という小冊子のコミックを読んで理解することができました。




シングルマザーであった硝子の母親は、硝子を立派にするための方法として2つのことを誓ったのです。1つめは「皆と同じことをさせること」、2つめは「甘やかしは御法度。常に厳しくあれ」です。硝子の将来のために「鬼にならなければ」と自分に誓った母は、硝子が「自分は皆とは違う」と気づかなければ進歩はない、普通の子と一緒に過ごすことによって普通を目指すキッカケが増えればいいと考えたのです。
ちなみに、ブログ『ゆうきくんの海』で紹介したハートフル・ブックには、障害を持つ親の苦しさや悲しみが切々と描かれています。




子どもとは残酷な存在です。障害を持ちながらも普通の小学校に入った硝子は、母親の願いも空しく、辛い日々を過ごすのでした。彼女をいじめる先鋒に立ったのが、石田将也でした。硝子をいじめた首謀者と判明した将也は周囲から手のひらを返された形で孤立します。そして、高校生になっても人間を信じることができない彼は自死を試みるのでした。高校生になり将也と再会した硝子も自死を試みますが、彼らの心中を察すると、高校生の子を持つ1人の親として胸が痛みました。
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小学生の頃を思い出しました



この映画を観て、わたしは自分の小学生の頃を思い出しました。
わたしは北九州市立桜ヶ丘小学校に通ったのですが、公立である同校には様々な子どもがいて、中に複雑な事情を抱えた子もいました。
家が貧しい子、病弱な子、両親が離婚した子、そして世間から理不尽な差別を受けている家の子・・・・・・彼らや彼女たちの顔を思い出しながら、わたしは彼らや彼女たちを傷つけなかったかと自問し、いくつか思い当たることもあって、深い自責の念にかられました。
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転校して自己紹介する硝子



また、高学年の頃に仲の良かった友達の両親がともに聴覚障害者であったことを忽然と思い出しました。一度、彼の住む団地に遊びに行ったとき、彼の両親が手話で話しているのを見て、子ども心に衝撃を受けたことを思い出しました。今考えると、両親ともに聴覚障害のあった彼はどうして普通に会話ができたのでしょうか? 唐突に、そんなことを思ったりしました。
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将也は「あの頃の自分」でした



いずれにせよ、小学生の頃のわたしは体も大きく、家も裕福で、級友たちが一目置く「ガキ大将」でした。ガキ大将というのは本当は優しくなければいけません。でも、未熟なわたしはクラスメートたちにじゅうぶん優しくできていなかったように思います。わたしは、この映画を観ながら、「将也は自分だ」と思えて仕方がありませんでした。
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生きることは大変なこと



それにしても、将也も硝子も自死を試みたことには胸が痛みます。
青春時代に「死にたい」と思ったことのある人は多いでしょうが、生きることはなかなか大変なことです。その大変な「人生」というものは、「学校」によく似ているように思います。学校というのは、いつか卒業します。小学校の卒業式も、高校の卒業式も、よく憶えています。わたしはよく、「葬儀は人生の卒業式」と言います。なぜなら、人生そのものの卒業式だからです。人生の正体は学校のようなものだと、これまでにも多くの人々によって言われてきました。『ダギーへの手紙』E・キューブラー・ロス文、アグネス・チャン訳(佼成出版社)で紹介されている脳腫瘍の9歳の男の子に宛てられた手紙には、次のように書かれています。



人生は学校みたいなもの。
いろいろなことを まなべるの。
たとえば、まわりの人たちと
うまくやっていくこと。
自分の気持ちを 理解すること。
自分に、そして 人に 正直でいること。
そして、人に 愛を あたえたり
人から 愛を もらったりすること。
そして、こうしたテストに
ぜんぶ合格したら
(ほんとの学校みたいだね)
私たちは 卒業できるのです。

(『ダギーへの手紙』より)



学校とは、学びの場です。わたしたちは、学ぶために、わざわざ生まれてきたのだと思います。スピリチュアルな考え方では、「人生とは、自分で自分に与えた問題集である」とされています。そこでは、人間関係のトラブル、貧困、病気、障害、そして死などの、さまざまな「思い通りにならないこと」つまり、さまざまな「試練」を組み合わせて自ら問題集を作成する。そして、それを解くことこそが人生の目的なのです。いわば、自分で目標管理シートを書くようなものですね。
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「人生という問題集」を解く



その「人生という問題集」の中で、人間として最も大切なことは何でしょうか。それは、魂を成長させることです。さまざまな試練を通じ、学びを積んで魂を成長させるために、人間はこの宇宙の中に存在しているのです。
わたしたちは、なぜ生まれてくるのか。それは、生まれてこなければ経験できない貴重な学びの機会があるからこそ生まれてくるのです。その機会、つまり「貧」や「病」や「争」などの「思い通りにならないこと」を通じて学ぶことこそが、人間として生きる目的・意義・意味なのだと言えるでしょう。
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魂の成長のために生きる



わたしたちが学ぶのは、魂の成長のためであると言いました。魂の成長といっても、さまざまなステージがあり、それによって難易度が異なります。はっきり言って、何の不自由もない平穏無事な生涯を送ることは小学校レベルの問題集です。一方、「見えない、聞こえない、話せない」の三重苦で知られるヘレン・ケラーや、両手・両足を失った中村久子のような方の人生とは、大学院レベルの最も難しい問題集なのではないでしょうか。
この人たちは、超難解な問題集を途中で投げ出し、学校から逃げ出しませんでした。つまり、自死などせずに、これらの難問を見事に解いて、「この世」という学校を堂々と卒業していったのです。まさに、重い障害を抱えながらも人生を生ききった方々は、人類を代表して卒業証書を授与される資格のある偉人だと、わたしは心から思います。
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顔に「×」をつけた人びと



この映画で印象的だったのは、将也には他人の顔に「×」がついていることでした。彼が心を許した人は「×」が取れるのですが、高校のクラスメートをはじめ、世の中の多くの人々の顔は「×」だらけです。それがラストシーンですべて取れるのですが、将也は感動の涙を流します。この場面から、わたしはブログ『嫌われる勇気』ブログ『幸せになる勇気』で紹介したアドラー心理学の入門書の内容を思い出しました。わが国で心理学というとフロイトとユングが有名ですが、世界的にはアドラーを加えて三大巨頭とされています。世界的ベストセラーとして知られるデール・カーネギーの『人を動かす』や『道は開ける』、あるいはブログ『7つの習慣』で紹介したスティーブン・コヴィーの名著にはアドラーの思想が色濃く反映されています。



フロイトはトラウマ(心に負った傷)を重要視しましたが、アドラーは、トラウマを明確に否定します。過去の出来事が現在の不幸を引き起こしていると考えるのではなく、人は経験の中から目的にかなうものを見つけ出すといいます。「原因」ではなく「目的」に注目するのがアドラー心理学です。
「すべての悩みは人間関係の悩みである」「人はいま、この瞬間から幸せになることができる」「愛される人生ではなく、愛する人生を選べ」「ほんとうに試されるのは、歩み続けることの勇気だ」といった数々のアドラーの言葉が読者に勇気を与えてくれます。



ブログ「新世紀エヴァンゲリオン」でも書いたように、日本のアニメ史に残る傑作「エヴァ」はアドラー心理学のアニメ化といってもいい内容だと言えます。アドラーがよく取り上げる「承認欲求を満たしたいがために自己中心的な人間」とは、エヴァンゲリオンの初号機パイロットである碇シンジその人にほかなりません。幼い頃に目の前で母親を失い、父親と確執し続けているシンジは、他人との親密な関係を怖れます。ゆえに誰とも距離を保ち、心を開こうとしません。その一方で、彼は父親から認められ、愛されることを望みます。つねに「逃げちゃだめだ」と自分に言い聞かせながら、自分の居場所を求めるシンジの苦悩の物語、それが「エヴァ」全体を通底しています。
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A.T.フィールドの正体とは?



「エヴァ」のキーワードの1つに「A.T.フィールド(Absolute Terror FIELD)」があります。A.T.フィールドの正体は人間が持っている心の壁です。そして人類補完計画とは、全人類の持つA.T.フィールドを消失させて一体化させることだとされています。『嫌われる理由』の第四夜「世界の中心はどこにあるか」の「対人関係のゴールは『共同体感覚』」では、青年が哲人に対して「対人関係の「ゴール」はどこにあるのです?」と問い、哲人は「結論だけを答えよというのなら、『共同体感覚』です」と答えます。
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生きるって人とつながること!



共同体感覚とは何か。哲人は「他者を仲間だと見なし、そこに『自分の居場所がある』と感じられることを、共同体感覚といいます」と説明します。これはまさに「エヴァ」のめざす世界です。そして、「映画『聲の形』」のラストで将也が得たものも「共同体感覚」であったと思います。「共同体感覚」の前には、聴覚障害など無意味なのです!
将也は、あらゆる他人とつながったのです。そして、生きる目的を知った。
そう、生きるって人とつながることなのです!

生きるって人とつながることだ!

生きるって人とつながることだ!



まさに、『生きるって人とつながることだ!』福島智著(素朴社)という本があります。目も耳も不自由な「全盲ろう」の東大教授・福島智さんからの現代人へのメッセージです。1994年にテレビ番組「徹子の部屋」に出演したとき、福島さんは黒柳徹子さんの「あなたのような盲ろうの方は、日本にどのくらいいらっしゃいますか?」という質問に対して次のように答えます。
「推計2万人。でも、そのほとんどがひっそりと家に閉じこもっておられると思います。ヘレン・ケラーは有名ですが、みなさんの身近にも盲ろう者がいることを、ぜひ知っていただきたいですね」
なんと、日本に2万人もの目も耳も不自由な方々がいたとは! わたしは、まったく知りませんでした。
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人はみな孤独なのか?



しかし、福島さんほど人間関係が豊かな人はいないと思うほど、たくさんの人が周りに集まってきます。その最大の原因は、彼がユーモアに富んだ人であることでした。同書の至るところにも、ダジャレを含めて福島さんのユーモアが満ち溢れています。
そして、究極の人間関係が夫婦であるとするなら、福島さんはまことに良き伴侶を得ました。奥さんは、もともとボランティア関係の仕事をしていましたが、盲ろう者である福島さんと結婚するにあたり、心配する両親や親族を根気強く説得して、見事に愛を実らせました。
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人はひとりでは生きられない
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孤独を救うものは何か



福島さんは、奥さんに対して、「私が住むこのコンディションの悪い『ホームグラウンド』での一緒のプレー(人生)を、あなたがエンジョイしてくれていることは、いつもさりげなく伝わってきます。少なくとも私にとっては、それがどれほど嬉しいことかわかりません」という言葉を贈っています。お互いに思いやりを忘れてしまった、すべての夫婦が噛みしめたい言葉ですね。

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人は他者に支えられている



そして、東大の「学術博士」の学位を授与された論文において、「人の存在が深い孤独に根ざしながらも、同時に他者により支えられている」という認識にたどりついた福島さんは、次のように述べます。
「一方で生存に伴う根元的な孤独の深さがあり、他方でそれと同じくらい強く他者の存在を『憧れる』というダイナミックな関係性がそこにはある。そして、孤独の生を生き抜くためには、他者の存在とそれを確信するためのコミュニケーションが不可欠と結論づけた」
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自然の描写も美しかったです


もう一度言いますが、生きるって人とつながること!
福島さんは、“盲ろう”という世界をリアルにわたしたちにレポートするとともに、人間にとって他者の存在が不可欠であるという真理を教えてくれました。「映画『聲の形』」のメッセージも同じではないかと思います。この映画の製作では文科省が大いに協力したそうですが、日本中の小学生をはじめ、1人でも多くの日本人、いや世界中の人たちに観てほしいと思います。



*よろしければ、本名ブログ「佐久間庸和の天下布礼日記」もどうぞ。



2016年9月22日 一条真也