Владивосток〔露〕 「ウラジオストック(ウラジ・オストック)」とも。 ロシア極東部最大の都市。沿海地方の州都である。市の名前の由来は、「東方を支配せよ」という意味。海岸線からゆるやかな丘陵地帯にかけて異国情緒あふれた美しい街並みが広がり、約63万人が暮らす。 ロシア沿海州の港町であり、ロシア極東地域における唯一の不凍港として戦略的価値が昔から高く、ロシア太平洋艦隊の基地でもある。 日本からは新潟、富山からウラジオストク航空の直行便にて所要約1時間30分から2時間30分。
2026.04.02-03 お題「海外旅行で経験したトラブル」 ロシアに2回、 ほぼフリーで行ったときが面白かったなあ 最初っからトラブル続き。 ハバロフスクのホテルに泊まって フロントでシベリア鉄道のチケットを受け取って、 鉄道のチケットをホテルで受けとる、 これ自体が読者さんにはカルチャーショックと思いますが、 しっかりと旅行代理店からの説明と 旅行ガイドブックにはこの制度の説明はあります。 シティハンターの海坊主みたいな 筋肉ムキムキのオジサンに 5階の部屋まで荷物を運んでもらって、 荷物を整理してパブロに 「ホテルに着いたよ。」とTEL入れたら 「今何時だと思ってるんだ」 あれ5時では…
はじめて旅するウラジオストク 表紙 はじめて旅するウラジオストク 矢巻美穂 著 辰巳出版 発行 2020年2月15日 初版第1刷発行 前に1989年のウラジオストク訪問の本を紹介しましたが、こちらは2020年頃のウラジオストクを扱っています。 5、6年前とはいえども、現時点とはまた異なるとこもあるのでしょうね。 カラー写真も豊富で、綺麗な本です。 ピロシキ カレーパンのような揚げパンの中に、ひき肉というイメージだが、本場には3種類のビロシキがある。 ・硬めのパンの中にお惣菜を入れたもの ・伝統的な揚げパンタイプ ・パイ生地の高級路線 中身の具材はひき肉だけじゃなく、ポテトやキャベツ、ジャムなど…
裏表紙裏のウラジオストク案内図 “熱烈歓迎”の入港 訪問者のうち「富山県日ソ友好視察団」は主に新湊市関係者で構成された。 「新潟代表団」は県を挙げてという意気込みがうかがえた。 新潟市は定期航路復活への期待を込めて、姉妹港締結を提案し、新湊市は文化・スポーツ面での交流について具体案を用意していた。 1922年の総引き揚げ以来、これだけ多数(250名)の日本人の訪問は初めてのこと。市民の歓迎ぶりは予想外で、ツアーの成功を予感させた風景だった。 ルパーシカは昔はロシアの普段着だったが、今は民族舞踊の時しか見ることはできない。 地名を「ウラジオ」という「インツーリスト」の人 もともと「ウラジオ」とい…
ウラジオストクの旅 海の向こうにあった日本人町 表紙 ウラジオストクの旅 海の向こうにあった日本人町 杉山公子 著 地久館 発行 原書房 発売 1989年12月15日 発行 1989年の5月、新潟港からウラジオストク(ウラジオストック)に客船で旅行した著者の紀行文です。 この時が日本とウラジオストクの直行便が再開した第一便でした。 著者の方は、 昔の日本人の跡はどれくらい残っているのか。それに、生まれ故郷ハルビンの面影も窺えるのかではないか。 この2つを確かめるのが、この旅に参加した目的だったそうです ウラジオに行ける 近年、私は自分のふるさとハルビンの歴史を元に、北の地に生きた明治大正記の日…
シベリア鉄道完乗記(全7話) ▶ 全話まとめはこちら▶ 前回の記事▶ 次回の記事 ※本記事は2007年頃の旅行記です。現在とは状況が異なる可能性があります。 3.出発、ウラジオストクへ。 4.ウラジオストク市内で 5.ウラジオストク駅 3.出発、ウラジオストクへ。 出発は、新潟空港からでした。 当時、ウラジオストク行きの便を運航していたのはウラジオストク航空。機材は古いツポレフでした。機内の内装や空気感も、テーブルのロックがないなど古い機材らしさが日本の航空会社と違っていた記憶があります。(加速と同時にテーブルがぱたんと手前に倒れてロシア人も含めて全員大笑い) 搭乗機。新潟空港にて。 数時間で…
ロシア極東・シベリアを知るための70章 表紙 ロシア極東・シベリアを知るための70章 服部倫卓 吉田睦 編著 明石書店 発行 2024年5月31日 初版第1刷発行 Ⅰ シベリア・極東の地理と自然 日本では極東もひっくるめて「シベリア」と呼ぶことが多い。しかし現代のロシアではシベリアと極東は区別され、ウラジオストクやハバロフスクあたりをさしてシベリアと呼ぶことはまずない。 バイカル湖は東シベリア南部に位置する世界最古、最大、最深の淡水湖であり、行政上はイルクーツク州とブリヤート共和国に属する。 ロシア人は言う「冬には極東のアナディリからモスクワまで車で走れる」 冬なら凍った川の上を車で走れるが、…
道、果てるまで 表紙 道、果てるまで ユーラシア横断3万キロの日々 + 4大陸10万キロの記憶 戸井十月 著 新潮社 発行 2011年4月15日 発行 2009年7月から11月まで120日間、バイクとサポートカーで、ポルトガルのロカ岬からロシアのウラジオストクまで走破した記録です。 文中に過去の4大陸走破の時の逸話も挟み込んでいます。 第一章 鰯と向日葵 シェリーは、樽の中にあっても少しずつ木に吸われ、そして蒸発していく。 熟成してる間に蒸発してなくなる分のことを「天使の分け前」と呼ぶのだそうだ。 第二章 バルカンの俠気 クロアチアのドブロヴニクを後に40キロほど南下するとボスニア・ヘルツェゴ…
領土を奪い取る戦略をバラした王毅 #中国共産党 #ロシア
ウラジオ 静かなさざめき ロシア体験・バフチン・文化の深み 表紙 ウラジオ 静かなさざめき ロシア体験・バフチン・文化の深み 北嵯嶽 著 三一書房 発行 2005年4月15日 第一版 第一刷発行 はじめに 1981年秋、シベリア鉄道を乗り継いでソ連各地と東西ベルリン、ワルシャワを回る 2002年、夏休みの一か月を利用してロシア文学の都サンクト・ペテルブルクでホームステイ留学 2003年5月から半年間、ウラジオストクに留学 プロローグ 二十一年後のペテルブルグに 午前零時に日が暮れる街 なぜソ連を選んだか ・ドフトエフスキーの小説の持つ、高く突き抜けた次元での世界感覚に目をくらまされていた。 ・…
ロシア国境記者 北辺の大地を駆けた日々 表紙 ロシア国境記者 北辺の大地を駆けた日々 那須弘之 著 中西出版 発行 2005年3月16日 第1刷 第1章 町は一瞬にして壊滅した サハリンを襲った巨大地震 フルシチョフカ 1950年代後半のフルシチョフ首相の時代に、ソビエト連邦全土で建設された共同住宅の建設方法 国民は粗製濫造時代の「粗悪な住宅」という軽蔑の意味も込めて、そう呼んでいる。 第2章 最北の地で 吹雪と格闘した駆け出しの時代 第3章 見えない国境線 冷戦のフロントライン 第4章 奇跡の生還 流氷の海 生と死のドラマ 第5章 海峡の向こう側 戦争が終わらない北辺の島 第6章 開かれた国…