わたしは長い間、ニルヴァーナ(涅槃)を「ブラフマン」「真我」「純粋意識」と同じものだと思っていました。つまり根源的実在のことだと考えていたのです。しかし探求を続けていくうちに、それは崩れていきました。 釈迦は本当に「実在」を立てていなかったのかもしれないと見え始めたのです。釈迦がなにも「実在」を立てなかったのは知っていましたが、以前のわたしには「ニルヴァーナ」と「ブラフマン」は言葉の違いにしか見えませんでした。「すべてはブラフマン」と表現するか、「なにも独立して存在しない」と表現するかは、どこに足場を置いて説明しているかの違いに過ぎないと思っていたのです。けれど、実際は違いました。探求を続けて…