ちょっと面白い一節を見出した。 一度授戒に就き、仏戒を受けたる上は、以後の世渉り、日暮しは、皆な仏法の法ならしむと謂ふが、本宗の要旨なり。 水野道秀『授戒の心得』其中堂書店・明治28年、22頁 わざわざ「本宗の要旨」といっているのだから、この見解は宗派内で周知の内容だったということになるだろう。 問題は、戒を受けた後、どうして「以後の世渉り、日暮しは、皆な仏法の法ならしむ」といえるのだろうか?『授戒の心得』では少し分かりにくいのだが、『修証義』を参照するとヒントがあるかもしれない。 諸仏の常に此中に住持たる、各各の方面に知覚を遺さず、群生の長えに此中に使用する、各各の知覚に方面露れず、是時十方…