前編では、靖国神社が古来日本の「怨親平等・御霊信仰」を断ち切り、明治政府が国民を戦争へ動員するために作った「権力への忠誠を称える装置」であることを解き明かした。私たちが抱く「家族や郷土のために命を捧げた名もなき個人の『誠』を悼みたい」という純粋な祈りと、靖国の持つ「国家神道的な顕彰」の間には、埋めがたい構造的乖離が存在している。 では、右派への政治的忖度や不毛なイデオロギー闘争を排し、日本が国家として持つべき「真にスッキリする戦没者追悼の形」とはどのようなものか。その具体的な処方箋を提示したい。 1. 靖国神社は「一宗教法人」として信仰の自由に委ねる まず前提として、ナチス賛美や全体主義の象徴…