写真家。リアリズム写真を確立した巨匠。 1909年(明治43年)10月25日、山形県酒田市に生まれる。 24歳の時に初めてカメラを持ち、写真撮影を始める。 そして、「筑豊のこどもたち」「古寺巡礼」など数々の傑作を世に送りだす。 1979年に3度目の脳出血に倒れ、意識不明のまま11年後の1990年9月15日に、80歳で亡くなった。 関連語 リスト::写真家
もう数十年も昔のこと。大学の一般教養の生物の時間に教師が本展のポスターにあしらわれている一枚を提示し「この写真について述べよ」との問題を出した。 自分は『土門拳』の〔法隆寺遠望〕との知識はあったのでその旨を書いたところ、「黄色い花はセイタカアワダチソウで帰化植物。日本の原風景の寺社の景色とはそぐわない気がする」これが正解、と。ただ一人、その解答があったらしい。 ある意味ズルい出題ながら、この写真を観る度に、その時のことを思い出す。 おっと、閑話休題。 『土門拳』の自選作品集からのピックアップとのことで、風景・自然の木々・寺社の庭・仏像とカラー・モノクロ合わせ六十点近くが並ぶ。 中ではやはり古仏…
こちらは、おおむね穏やかな天気のGWとなっています。 ガーデニング初心者、裏の空き地のジャングルを除草しつつ、キウイの棚作りの道半ばでバタバタしています。 プランターのキウイや他の果樹、野菜は順調に育っていて、先日サラダほうれん草とアスパラ2本を初めて収穫しました。 花も、かわいいのが少しずつ咲いていますが、まだまだこれからですので、お見せできるものもなく… GWの残りも、たくさんやることがありそうです。 草取りひとつにしても、グランドカバーに使う花にしても、調べたり、教えて頂いたり、新しい発見がたくさんあって、驚きと刺激があります。 一つ一つ、書けばそれなりに長くなります。 しばらく地道な作…
酒田(山形県)を満喫する 20240315(Fri) 坂田駅前にバスで早朝に到着。荷物を「月のホテル」にあずけて、出かけました。まだ朝早くで、活動するにはだいぶ早いです。ホテルの近くにモーニングを提供する喫茶店があり、向かいました。小さな民宿の朝食を提供するお店でもあり、午前7時から営業していて、バスで到着する人には嬉しい対応です。 モーニング @木戸銭 酒田駅近く 土門拳記念館へ この旅の目的は土門拳記念館訪問です。酒田駅から土門拳記念館まで歩いて1時間ちょっとありました。それで、酒田駅から自転車で行ける距離で、レンタサイクルを借りようと思ったら、レンタサイクルだけ冬季休業中でした。アイスバ…
「輝きは時代を超えて」との副題。 1964年からの二年間、「婦人公論」の企画で女優さんたちと文化財を組み合わせ写真を撮り、それに『土門拳』が文を添え掲載する、との。 それにしても改めて驚かされるのは昭和の女優さんたちの煌めくような美しさ。 『加賀まりこ』『岡田茉莉子』『吉永小百合』といった。 もう一つは、おおらかな時代だったのだろう、国宝クラスの仏像に、近接して撮るだけではなく女優さんが(手袋をしているとは言え)手を添えている一枚の驚き。 イマイマだったら、問題になること間違いなし(笑)。 会期は1月15日(月)~3月22日(金)。
土門拳記念館 美術館・記念館系は閉館時間間際がなかなかいい。 人もまばらでゆっくり観られるという事もあるが、館内の空気感が少しゆるくなってくるのがいい。 受付の係の人が入場料などを数える頃になると、展示作品たちの肩の荷も下りるらしく、やわらかな感じに見え始めるから不思議だ。 そんな時間に訪ねるのもおススメ。
土門拳記念館
土門拳記念館にて 土門拳と言えば言わずと知れた山形県酒田市出身の硬派な写真家だ。 自分のような軟派な写真愛好家が出入りするような場所ではないのだが、閉館時間間際にこっそりと訪ねた。 大伸ばしのフィルムプリントの立体感はさすがだなと思いつつ、管内の撮影はOK(条件付き)とのことだったので、そちらに夢中になってしまう。 やはり、軟派な写真愛好家的写真である。
▶サッポロビールが恵比寿にあった旧工場跡地を再開発するのではないかとの話が出たのは、随分前のことだったような気がする。あれはバブルの頃だったか・・。それから30年以上経った5月10日、東京に出たついでに、再開発された「恵比寿ガーデンプレイス」に行った。特段、再開発された街に興味があった訳ではない。たまたまガーデンプレイス内にある東京都写真美術館で「土門拳の古寺巡礼」の写真展が開催されており、会期が5月14日までなので、かねてより何とか一度は覗いてみたいと思っていたからである。 ▶写真に興味がある人なら、写真家・土門拳(どもんけん)の名前を知らない人はいないだろう。ただ彼は既に30年以上前に亡く…
生老病死は苦であるはお釈迦様の教え。 苦は苦しいという意味ではなく思い通りにならないことという意味です。 いつまで生きられるか?いつまで若々しくいられるか?どんな病気に襲われるか?そして死ぬことも、いつどこでどのように命がなくなるか?これらすべてが思い通りにならない。 自分の死を予想し、その通りに召されることを可能にした聖人がおられる。 イエス・キリスト、お釈迦様、ヨガナンダ、空海、山岡鉄舟。 写真家土門拳は「人間は死ぬ。どうじたばたしても、しょせんいつかは絶対に死ぬ」と死ぬことと生きることで書いている。 最後の土門拳はどのような死にざまを見せたのだろう。 死は人間として生きてきた集大成。晴れ…
以前、山形に行った時に「土門拳記念館」によりました。 「どうする?行ってみる?」 「行きましょう」 という軽い気持ちで行きました。 有名な写真家さんですね。
昨日のブログで、昔はリヤカーに水槽などを積み、金魚売のオジサンが来ていた事を書いた。すると、小僧のブログの数少ない若い読者の方から「リヤカーで金魚売が来ていたのですか?」とコメントを頂いた。 確かに、最近は見かけない。七十年ほど前の小僧が幼少期の頃と今では、街の風景も随分変わったと思う。 (adsbygoogle = window.adsbygoogle || []).push({}); 小僧は子供の頃、渋谷区のはずれ、新宿区や中野区と接する地域に住んでいた。小学校に上がる前は毎日、近所の通りで夕暮れまで近所の子たちと遊んでいた。家と家の間の幅五メートルほどの通りで車も通らない。 そこに初夏に…
道の駅米沢。245にトイレ。一回寝たけど、腹痛により再びトイレ。起床は6時。今日は最終日。今晩は遅くなること確実だから、もっと寝ておきたかった。朝食後、昨日のブログの修正。髭剃り、虫取り、眼鏡の掃除。 720、出発。須賀川の円谷英二ミュージアムを目指した。山形のラジオを聴きながら車の運転。米沢ICから東北中央道、栗子トンネルに入るとラジオが途切れた。トンネルを出た後も復活しなかった。バンドを変えたら福島のラジオが引っ掛かった。東北道に入り、須賀川IC下車。 目の前に体育館のような建物が現れた。建物の壁には大きなウルトラマンの看板があった。また壁には円谷幸吉メモリアルアリーナと書かれていた。ここ…
GWはどこへ行ってもウンザリするくらい混雑の東京。こちらも混んでいる事を予想していたものの、思っているよりは遥かに静かで助かりました。 「没後50年 木村伊兵衛 写真に生きる」 東京都写真美術館で3月から開催されている木村伊兵衛の写真展です。 日本写真史において、土門拳と並び二大巨匠とされる木村伊兵衛。没後50年としてその作品の回顧展となっています。 写真はあまり詳しくないものの、その名前と戦前・戦後の日本の情景を切り取った写真を記憶していましたが、本展示では日本だけでなく、中国やヨーロッパを写した作品が並んでいました。 殆どが白黒で、「芸術作品」というよりも「記録写真」の色合いが濃い印象。戦…
昨日、池袋の新文芸坐で小栗康平監督の「眠る男」と 「伽倻子のために」の デジタル4Kレストア版を観る前に、銀座に立ち寄って、写真界の芥川賞などとメディアが煽る木村伊兵衛賞の受賞展を観てきた。 そして、会場に入るなり、その空疎な内容に呆然。ポスターのような無機質な写真が掲示されていて、モニターに会場内を映しているような動画が流されていたから、ここは展示の入り口のようなもので、部屋の向こうに、展示会場があるのかと本気で思った。 世間の注目度はわからないが、写真表現の関係者なら木村伊兵衛賞のことを気にかけている人はけっこういるので、その受賞展ということで会場に来た人が他にも大勢いると思うが、私のよう…
4月24日に訪問した東京写真美術館「木村伊兵衛 写真に生きる」展。 木村 伊兵衛(きむら いへい、1901年12月12日 - 1974年5月31日)は、20世紀に活動した日本の写真家。戦前・戦後を通じて活動した日本を代表する著名な写真家の一人。 女性の写真で人気があったが親友の写真評論家から「アルチザン(職人)」と酷評されたこと、そして有名な写真家・ブレッソンの作品から衝撃を受けて、報道写真家の道を歩むことになる。 どこに行くにも、同時代の土門拳にようにテーマを決め打ちすることなく、そこで暮らす人間とその生活を撮る。それが木村伊兵衛のやり方だった。 「夢の島ー沖縄」:沖縄文化を紹介した写真は世…
山梨県にある清春芸術村へ行ってきました。清春芸術村とは、清春小学校の廃校跡地に建てられてた文化複合施設です。 緑豊かな敷地内には、谷口吉生氏、安藤忠雄氏、藤森照信氏、吉田五十八氏など、日本を代表する名だたる建築家が設計した建築物が、建ち並んでいます。入場料は、1,500円。ネット上のクチコミを読むと、高い!という意見が見受けられますが、建築を見るのが好きな人にとっては、安すぎる入場料と感じることでしょう。どの建築物も素晴らしく、心動かされる至福の空間です。 まずは、藤森照信さん設計の茶室「徹」。 有名なツリーハウスのような茶室。写真を見たことがある人は多いかと思いますが、どこにあるかは、あまり…
道の駅月山あさひ博物村。夜中は時折車の音がうるさかった。それに少し山側に入ったからか寒かった。おかけでぐっすり寝たとは言えなかった。起床は5時。朝食後、昨日のブログを書いた。内容は盛りだくさんだった。朝9時まで施設が開かないので書く時間はたっぷりとあった。虫取りして髭剃り。 道の駅には近くの観光名所が示されていた。その中に横綱柏戸記念館を見つけた。これは行かねば。他にも即身仏のある寺が3つもあった。凄くひかれたが、これでは本来の秋田までたどり着くことができないw。即身仏は前に酒田で見たのでスルーすることにした。 825、出発。845、鶴岡市櫛引スポーツセンター。横綱柏戸記念館はスポーツセンター…
道の駅天童温泉。2時に一回トイレに起きた。どうやら明らかに膀胱がもたなくなってきている。そっから寝直したけど、今日はあんまり眠れなかった。ずっと少し寒かった。北に来たからだろうか?起きたのは515。やはりここでも車は多かった。朝食、昨日のブログの修正、髭剃り、虫取り。 今日は羽黒山に行くことにした。ここには出羽三山神社があった。その中には国宝の五重塔も。本当は出羽三山(月山、湯殿山、羽黒山)をすべて回りたかったのだが、月山神社は山頂にあり、本格的な登山になる上に、まだ雪が積もってるらしかった。行くなら夏だな。因みに98年夏のやすをとの東北旅行で出羽三山をそれぞれ回ったような気がするが、ほんとは…
写大ギャラリーで掲題の写真展を見たので感想をメモ。
那須高原SA。一度415にトイレに起きた。寝床の中が温かくてとても気持ちがよくて二度寝した。起床は615。SAにはとても車中泊が多かった。もしかすると、増えてるのかもしれない。朝食後、髭剃り、虫取り。 650、出発。東北道から東北中央道へ。東北中央道は奥羽線でいうところの板谷峠。それなのに対面通行で重いトラックが道を塞いでいたorz。栗子トンネルは8972m。無料で通れるトンネルでは最長。8時半、南陽PAで戦略を練った。かみのやま温泉IC下車。 845、セブンイレブン上山金生店。近くのスカイタワー41の写真を撮りたかった。スカイタワー41は山形の田園地帯に突如現れる高層マンション。乗り鉄の頃か…
3月24日。大雨に降られました。アイルランドでは体験できない大粒の雨。傘をさしていてもびしょぬれになるような雨です。 まず駅ビルのうまやという店で南蛮定食。バスに乗って宮崎県立美術館へ。バスを早くおりすぎてしまってちょっと歩く。濡れました。 美術館のコレクションを見た後、管内のピアあーとというカフェでウィンナー・コーヒーとチーズケーキを食べる。館内に美術関係の図書館があったので、雨が止むのを祈りながらそこで時間を過ごすことにします。 ちくま文庫の木村伊兵衛の「昭和を写す」。それから岩波書店の日本の写真家全集 (全40巻)もあったので、桑原甲子雄や土門拳の写真を鑑賞。感染対策が厳しくて、読んだ本…
「土門拳とともに20世紀の日本を代表する写真家」という植田正治氏のことを初めて知ったのは8年前。娘の大会応援と観光旅行を兼ねて 島根・鳥取に行った時、何か所か訪れた中に『植田正治写真美術館』があったことで知った。大山山麓の自然いっぱいの地に建つ美術館は、建物も魅力的だったし、写真も私の感覚にとても響くものだったので、機会があったら また訪れたい場所の一つになっていた。写真の中に独特の世界が広がる植田正治氏と 対照的な作風に思われる土門拳氏に親交があったと書かれていて意外に思ったことを覚えているのだけど・・・土門拳記念館で 両氏の写真の展示されるとはなんてラッキーなんだろう。
35mmの画角というのは、なんとなく風景を眺めているときの見えている範囲を写す画角のように僕は感じます。力を抜いて散歩しているときに「なんかいいな」と感じたふと見た風景。35mmの画角はそんな風景を撮るのに向いているように思います。 今回はそんな画角のオールドレンズ、SMC TAKUMAR 35mm F2で洲埼灯台と野島埼灯台をスナップ撮影してきました。 PENTAX K-1 MarkⅡ + SMC TAKUMAR 35mm F2ISO200 , 1/2500s , f/-- , RAW <目次> 親しみある洲埼灯台。 35mmレンズのこと。 八角形の白い灯台、野島埼灯台。 周辺をのんびりスナ…