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大嘗祭

(社会)
だいじょうさい

皇位継承儀礼を構成する儀礼の一つである、天皇が即位したのちに最初に執行する新嘗祭。「大嘗祭」の読み方には、「だいじょうさい」のほかに、「おおなめまつり」、「おおにえのまつり」、「おおんべのまつり」などもある。

天皇は、毎年11月23日に新嘗祭(にいなめさい)を執行している。これは、皇居にある神嘉殿(しんかでん)という建物に天皇が神を招き、新穀で作られた神饌や神酒を神に奉り、また自身もそれらを飲食するという祭祀である。大嘗祭も、祭祀の内容は例年の新嘗祭と同じであるが、大嘗宮と呼ばれる建物を造営して、例年の新嘗祭よりも大規模に実施される。

斎田

大嘗祭において神々に奉られる神饌を作るための稲は、「斎田(さいでん)」と呼ばれる耕地において栽培される。斎田は、「悠紀(ゆき)」と「主基(すき)」と呼ばれる二つの地方のそれぞれに位置する耕地である。悠紀と主基のそれぞれは、大嘗祭ごとに、「斎田点定(さいでんてんてい)の儀」と呼ばれる占いの儀式によって決定される。悠紀は、新潟県、長野県、静岡県を含む、それよりも東の地域から選ばれ、主基は、それよりも西の地域から選ばれる。1990年の大嘗祭では、悠紀として秋田県、主基として大分県が選ばれた。

大嘗宮

天皇は、大嘗祭における最も重要な祭祀を、「大嘗宮(だいじょうきゅう)」と呼ばれる建物群の中で執行する。大嘗宮は、大嘗祭のために造営され、大嘗祭の終了後に解体される。大嘗宮は様々な建物から構成されるが、それらのうちで最も重要なものは、悠紀殿(ゆきでん)、主基殿(すきでん)、廻立殿(かいりゅうでん)の三つである。

悠紀殿と主基殿は、東西に並べて設置される。悠紀殿が東で、主基殿が西である。そして廻立殿は、悠紀殿と主基殿の北方に設置される。

悠紀殿、主基殿、廻立殿は、いずれも切妻造の屋根を持つ建物で、入口は南側にある。悠紀殿と主基殿は妻入、廻立殿は平入である。

悠紀殿と主基殿の屋根には、千木が取り付けられ、鰹木が並べられる。千木の形状は、悠紀殿は内削、主基殿は外削である。鰹木の本数は、悠紀殿も主基殿もそれぞれ8本である。ただし、北端と南端の2本を除いた6本は、2本ずつまとめて並べられる。

大嘗祭を構成する祭祀

大嘗祭は、次のような祭祀から構成される。

斎田点定(さいでんてんてい)の儀
占いによって斎田の場所を定める儀礼。
大嘗宮地鎮祭
大嘗宮を建てる土地の神を祀る祭祀。
斎田抜穂(さいでんぬいぼ)の儀
斎田から稲穂を抜き取る儀礼。
大嘗祭前一日鎮魂(だいじょうさいぜんいちじつみたましずめ)の儀
嘗宮の儀の前日に執行される、天皇、皇后、皇太子、皇太子妃について、彼らに対する鎮魂をする祭祀。内容は、新嘗祭の前日に執行される鎮魂の儀と同じ。
大嘗宮の儀
天皇が大嘗宮において御親供と御直会をする祭祀。「大嘗祭」という言葉は、この祭祀のみを指す狭い意味で使われることもある。
大饗(だいきょう)の儀
大嘗祭に参列した人々が、新穀から作られた酒や料理を、天皇とともに飲食する儀礼。

大嘗宮の儀

例年の新嘗祭は、「夕(よい)の儀」と「暁(あかつき)の儀」と呼ばれる、同じ内容の2回の祭祀から構成される。大嘗宮の儀も同様に、「悠紀殿供饌の儀」と「主基殿供饌の儀」と呼ばれる2回の祭祀から構成される。例年の新嘗祭の場合は、夕の儀も暁の儀もともに神嘉殿で執行されるが、大嘗宮の儀の場合は、悠紀殿供饌の儀は悠紀殿、主基殿供饌の儀は主基殿というように、2回の祭祀のそれぞれは異なる建物で執行される。

廻立殿の儀

天皇は、悠紀殿供饌の儀と主基殿供饌の儀のそれぞれに先立って、廻立殿の中で、「小忌御湯(おみのおゆ)」と呼ばれる禊をする。この儀式は、「廻立殿の儀」と呼ばれる。

小忌御湯は、「天の羽衣(あめのはごろも)」と呼ばれる単の着物を着た天皇が、湯槽(ゆぶね)に満たされた湯につかり、湯の中でその着物を脱いで、そののち湯から上がる、という形態の禊である。

鎮魂の儀

例年、新嘗祭の前日には、宮中にある綾綺殿(りょうきでん)という建物の中で、「鎮魂(みたましずめ)の儀」と呼ばれる祭祀が執行される。大嘗祭の場合にもその前日に同じ祭祀が執行され、使われる建物も同じである。

鎮魂の儀は、天皇、皇后、皇太子、皇太子妃について、彼らに対する鎮魂(みたましずめ)をする祭祀である。この祭祀に奉仕するのは掌典と内掌典と楽師であり、天皇は奉仕しない。

鎮魂の儀においては、「糸結(いとむすび)の儀」と「御衣振動(おんぞしんどう)の儀」と呼ばれる儀式が執行される。

糸結の儀は、掌典が「御玉緒(おんたまのお)」と呼ばれる糸を10回結ぶという儀式である。この儀式に際しては、綾綺殿の前庭に「宇気槽(うけふね)」と呼ばれるヒノキ製の中空の箱が置かれ、鉾を手に持った内掌典がその上に昇る。掌典は、糸を一回結ぶたびに、案を打つ。すると、その合図によって、内掌典は手に持った鉾で宇気槽を衝く。内掌典のこの所作は、天照大神が天の岩屋に籠ったときに、天鈿女命(あめのうずめのみこと)がその前で踊ったという記紀神話のエピソードに由来するとされている。

御衣振動の儀は、掌典が「御衣(おんぞ)」と呼ばれる着物を10回左右にゆらゆらと振り動かすという儀式である。これは、魂の活力を振るい起こすための呪術的な儀式である。

参考文献

  • 鎌田純一『平成大礼要話:即位礼・大嘗祭』(錦正社、2011年)。
  • 田中初夫『践祚大嘗祭』(木耳社、1975年)。
  • 平野孝國『大嘗祭の構造・第二版』(ぺりかん社、1987年)。
  • 真弓常忠『大嘗祭』(国書刊行会、1988年)。
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