俊成(しゅんぜい)が選びし和歌は朝敵の詠み人知らず忠度(ただのり)無念 木曾義仲の軍勢が都へ迫り、平家一門は西国へ落ち延びていく。その中で、薩摩守忠度(ただのり:清盛の弟)は途中で引き返し、歌道の師であった藤原俊成(しゅんぜい)の邸に立ち寄る。平家の落人が来たというので邸は騒然となったが、俊成は門を開けさせて対面した。忠度は、茲許、訪問が稀になっていたことを侘び、そして勅撰集が選定されると聞いたので、自分の一生の名誉に一首なりとも入れてほしいと、日ごろから詠みおいた自作の歌を俊成に託す。のちに俊成は、残された歌の中から、次の歌を勅撰集の『千載和歌集』に載せた。 さざなみや志賀の都はあれにしをむ…