チベット仏教に、砂曼荼羅(すなまんだら)という儀式があるらしい。 色のついた細かな砂を、気の遠くなるような時間をかけて置いていく。 息を止めるような集中の果てに、美しいひとつの宇宙が現れる。 けれど完成したあと、それは崩される。 自分たちの手で、あっさりと。 「諸行無常を体で覚えるため」と説明されることもあるけれど、 本当のところは私にはわからない。 ただ、残らないことを前提に、 あれほど丁寧に作るという事実が、頭に残っていた。 少し前に、デジタルアーカイブのことを書いていて、ふと思った。 もし今パソコンが壊れたら、私はどうするだろう。 落ち込むと思う。 できるなら復元を試みる。 でも、事故だ…