栗山英樹

(スポーツ)
くりやまひでき

野球評論家・指導者、スポーツ解説者、元プロ野球選手(ヤクルトスワローズ外野手)、タレント(オフィスマリーン所属)
白鴎大学経営学部教授、東京学芸大学講師を務め、学術面での実績もある。私財を投じて、北海道栗山町に「栗の樹ファーム」を設立し、オーナーに就任。

「細かすぎて伝わりにくいものまね選手権」で、テレビ出演時の特徴をものまねされていたが、2011年の北海道日本ハムファイターズ3代目監督就任でものまねしている側も注目された。

2012年開幕から、中田翔を四番に据えるというオーダーで批判的な報道も相次いだが、辛抱強く待ち続けた結果、中田自身の復調をはじめ、稲葉篤紀の2000本安打等の記録達成、吉川光夫や陽岱鋼、鵜久森敦志、杉谷拳士ら若手選手の活躍などでチームはAクラスを維持し、交流戦後も1位をキープできた。その甲斐あって、レギュラーシーズン1位でクライマックスシリーズを制し、チームを日本シリーズ出場に導いた。

2013年の日本シリーズ第4戦で、多田野数人の加藤健への危険球退場というジャッジについて、柳田球審に猛烈に抗議する一面も見せた。結局指揮官と選手の奮闘むなしく、読売ジャイアンツが日本一の座に輝いた。

当時の投手コーチ・吉井理人との考え方の相違などから、対立もあったのではないかという報道もあり、吉井の今シーズンの退任と共に、梨田体制を支えた真喜志打撃コーチなども退任している。

就任一年目から、不安視する報道をよそに、チームをリーグ優勝に導いたことで、栗山英樹への注目度は高まってきている。

生い立ち・エピソード等

1961年4月26日生まれ、東京都小平市出身、東京学芸大学卒

  • 大学3回生まで教員を志し教育実習に参加、小・中・高校の教員免許を保有している(保健体育)
  • キャスターの佐々木信也氏の勧めで、プロ野球の入団テストを受けた
  • 右投げ両打ち。打者では、バッターボックスに踵を掛けてまで打とうとする執念と頭脳プレイを見せたことも。
  • ネットでは栗山の栗を取って「マロン監督」と呼ばれることも。
  • 栗の樹ファームのある栗山町に住居を構え、住民とも交流を深めている。
  • 栗山監督の応援団として栗山町住民が優勝パレード見物にきた際には、テレビでも注目された。
  • 大谷翔平の交渉に自らも参加し、栗山監督の座右の銘「夢は正夢」をあしらったオリジナルTシャツを大谷にプレゼントした。
  • ファイターズ優勝の際は、さだまさしに2013年の本拠地開幕戦で「北の国から」を熱唱することを約束してもらった。このエピソードもあって、さだまさしが当日着ていたレプリカユニフォームは栗山英樹と同じ背番号の80番が付いていた。

略歴

  • 1984年、ヤクルトスワローズにドラフト外入団。背番号46
  • 1989年、中堅手としてゴールデングラブ賞を受賞
  • 1990年、シーズン終了後、メニエール病を理由に現役を引退
    • プロ通算7年。(成績:494試合、1204打数336安打、7本塁打、67打点、23盗塁)
  • 1992年、さだまさしの作詞・作曲でCDデビュー

好敵手

好敵手

  • 2012年、北海道日本ハムファイターズの監督に就任
  • 2012年12月、栗山町で彼自身による優勝パレードを開催

著書

はるかなる甲子園

はるかなる甲子園

栗山英樹のベースボールアカデミー

栗山英樹のベースボールアカデミー

栗の樹ファーム物語―栗山英樹、野球場をつくる

栗の樹ファーム物語―栗山英樹、野球場をつくる

スポーツのうそ・ほんと (栗山英樹のスポーツおもしろランド)

スポーツのうそ・ほんと (栗山英樹のスポーツおもしろランド)

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