前に古典教育に対する懐疑論を書いた時、橋本治の著作を引いて原文(古文)のリズム感を味わうことの重要性を解いた見解を反論として提示されたが、私はその意見に対し全く説得力を感じなかった。それこそ、橋本治の著作にわざわざ当たってみる必要性すら認めなかったほどである。 とはいえ、短歌や俳句のリズムというものが現代の日本語に全く影響関係がない、などというつもりはない。ではなぜ、このような見解に全く価値を感じられなかったのだろうか? そのような疑問は、次のような動画群を見たことで解消することになった。 前に『更級日記』を昭和アイドル歌謡風に歌った動画を紹介し、「文法偏重主義の古典教育がクソである理由」を述…