http://www.wakate-forum.org/data/2001/resume3.php
自然主義とは、人間の心、行動、道徳などに関する事柄も自然現象の一部であり、基本的には自然科学的方法によって解明可能であるとする立場である。したがって、科学と哲学は連続的であり、哲学の特権性は否定されることになる。これに対して反自然主義は、人間的事象は自然現象には還元できない独自の領域であり、哲学的方法による考察が不可欠であると考える。(野家啓一)
→「自然主義の誤謬」
http://db.gakken.co.jp/jiten/sa/207720.htm
This is the Japanese translation of this site. デイヴィッド・クリンホファー 2024/2/28 16:29 インテリジェントデザインが、生命の起源 (OOL) のような問題についての主流派の科学者の考えに影響を与えていないとは誰にも言わせません。デイヴィッド・コッペッジは、世界で最も名声ある科学雑誌『Nature』に掲載されたばかりの、OOLに対する「痛烈な評価」を指摘しています。著者はニック・レーンとジョアナ・ザビエルです。後者はインペリアル・カレッジ・ロンドンの化学者です。コッペッジが記しているように、彼女はインテリジェントデザイン、特にステ…
前回の「泡鳴五部作」(その1)では1作目『發展』2作目『毒藥を飲む女』を取り上げた。今回はその続きとして3作目『放浪』4作目『斷橋』5作目『憑き物』を取り上げる。 『毒藥を飲む女』は田村義雄が上野駅を出て樺太へ向かうところで終わった。そして『放浪』は次のように始まる。〈樺太で自分の力に餘る不慣れな事業をして、その着手前に友人どもから危ぶまれた通り、まんまと失敗し、殆ど文なしの身になつて、逃げるが如くこそこそと北海道まで歸つて來た田村義雄だ〉。やっぱりね。義雄に金儲けができるはずがないのは本人以外の誰もが知っている。彼が東京を発って樺太に向ったのが明治42年6月2日。そして今8月16日。樺太で何…
岩野泡鳴といえば自然主義を代表する作家の一人。しかし、昨今では自然主義の小説を読む人は少なかろうし、泡鳴など明治文学の研究者か愛好者か、あるいはよほどの暇人でもなければ読まないのではないか。暇人である私は読んでみた。本棚を眺めていたら「泡鳴五部作」という未読の本が目にとまり、なんとなく手に取ったというだけのことであるが、結構おもしろい。 主人公は田村義雄。父が死んで下宿屋を相続したが〈實行刹那主義の哲理を主張して段々文學界に名を知られて来たのであるから、面倒臭い下宿屋などの主人になるのはいやで〉、そちらは妻に任せて、自分は勝手次第な事ができるという思いを抱き、〈自分自身の新らしい發展が自由に出…
世間をにぎわす「おっぱいお触り事件」、弁護派と非難派のSNS攻防いつまで続くんだ。曰く「お触りはダメだが被害者にも一定の責任(※1)はある。」※)語の意味内容は不明です。論者によって異なるのだと思いますが、おそらく因果律の文脈で「責任」を使ってるのかな。もしくはその責任と随伴する「善悪」のことか。これ一般論、酒類販売されるフェスにおいて【普通人の正常な性的羞恥心に反し、いたずらに性欲を興奮または刺激せしめる】と評価しうるパフォーマンスをみずから観衆へ為し、ハイタッチ等接触コミニュケーションのため対象である衆の海へみずからダイブした場合、現実に招来する事故偶発性を常人の思考力(合理的判断能力)で…
昨夜、居酒屋でソール・ライターに関する特番を見ていると、不意に悟るところがあった。彼は芸術家アーティストという意識が希薄だった。むしろ、職人クラフツマンたろうとしていたのではないか。写真家らしく、虚構フィクションを作ろうという意識は皆無だったのではないだろうか。 記者として、写真のごとき小説を書けないだろうか、と夢想する。虚構ではなく、限りなく事実に近い小説である。文学史的にはエミール・ゾラの写実主義、自然主義がそれに当たる。日本の田山花袋も含めていいと思う。ゾラは知らないが、写実主義、自然主義の小説家は新聞記者あがりか、その経験がある人が多いと思われる。最後は私と同じように『聖書』を愛読して…
身体性? 別に批判でもなんでもないですよ? 物語に必要だったから書きました。それだけです。 身体性、心身性については、文学業界じゃよく言われる文句で、 要はちょっと変形して日本に入ってきた「自然主義」とやらが、 日本の文壇ではいつまでもそれなりの力を持っているというだけです。 いわゆる私小説的なやつ。田山花袋的な、中上健次的なやつ。 それでもって僕は阿呆だからそれに影響されているだけです。 僕は阿呆だからなんでも影響されてしまうのです。 でも私小説ってそう何個も書けるものじゃないし、書ける人は逆にすごいけど。 作り込む系の小説も普通にあります。 混ざっているのもあります。 要は創作の方法論がた…
This is the Japanese translation of this site. ポール・ネルソン2023/3/31 14:10 魅力的な記事をご紹介します。アンドレア・ローリー、ヨハネス・イェーガー、スチュアート・A・カウフマンが『Frontiers in Ecology and Evolution』に書いた、「How Organisms Come to Know the World: Fundamental Limits on Artificial General Intelligence」です。
※当然のことながらネタバレを含むので、未視聴の場合には閲覧に注意されたい。 だいぶん古い(2001年)アニメだけれど。 EMOTION the Best 地球少女アルジュナ Director's Edition DVD-BOX 東山麻美 Amazon 当時リアルタイムで視聴していた頃は、それほど印象に残らなかった。なにしろ明確な「敵」と戦う物語ではなく、全体的に暗い展開のアニメであり、ヒロインがいわゆる「ヒロインっぽい」容姿やデザインでもない。そして全体を通して説教臭くて、爽快感がない。あまり名作アニメみたいな話の中で話題に上らないのもこうした理由かもしれない。 ざっくりとした展開は…主人公の…
・島村抱月の「蒲団」評 島村抱月は『「蒲団」評』で言う。 1)従来のきれい事しか言わない小説と比べれば、「芸術品らしくない」この小説はその限界を打破したものとして評価できるが、しかし同時に芸術品らしくないというまさにその点で弊害もある。 2)主人公の妻の描写が不十分であり、主人公と子を抱えた家庭の関係が色濃くは描かれていないので、主人公の倦怠と煩悶がリアリティを欠く。 3)「赤裸々の人間の大胆なる懺悔録」であり、もっぱら醜を書いた(「醜」とはいえ「已みがたい人間の野性の声」だが)というところが画期的だ。 4)人間の醜い本能を理性の光で照らしだし、そうすることで自意識過剰な現代人の性格を露骨に示…
「少女病」(1907)から「蒲団」(1907)へ。ここには作者田山花袋のロマンチシズムからリアリズムへの脱皮が見られ、作家としての成長も見受けられ、同時に恋愛のいわば進化も見られる。ここでは、そういったことについてちょっとばかり筆を滑らせてみよう。 田山花袋は、自らが中年となって(といっても三十代半ばであるが)生活上も文学者としても活力が干からびてくると、若い女との恋愛を願望し、それが同年に発表された「少女病」と「蒲団」で露骨に描かれた。少女と言えば何ら肉欲を連想しないが、蒲団とすれば少しく生々しい。どちらの作品の主人公も生活が惰性に流されるだけで、作家としては大成の見込み薄の、妻子ある中年男…
案の定昨夜は眠れなかったので、ずっと放置していた百年文庫10巻を読み始めた。 10巻のテーマは「季」。季節描写が印象的な作品が選ばれている。○白梅の女:終わってしまった恋の話。強くなったように見えたたか子の弱い部分で終わるというのが印象的だ。人はそう簡単に悲しみを乗り越えられないんだなあ。 ○仙酔島:信濃は伊那に暮らす老婆の話。始め江戸ぐらいかと思ったが、維新後の明治っぽい。夫が亡くなるまで耐えてきた人生を受け入れようとするも、船頭夫婦の姿を見て悲しみを覚える。ここを題名にとるのがすごい。 ○玉碗記:今回のマイベスト。実際にあった考古学的発見をベースにして、夫婦の関係性の物語が二重に物語られて…
遠征ではありませんが、春の金沢を走る楽しさを残しておきたいと思ったので書いてみます。明るい時間は身近にある自然や街の中を走ったり歩いたりでき、夜は静かで深く眠れる、自分にとっては都会に比べて遥かに快適な場所なのです。京都もそうですが、金沢も観光よりも住むことにより充たされる街だと思います。まあどこも同じかもしれませんね。 滞在すると、能登を応援しようという気持ちの強さが街中で感じられます。報道も多く、イベントも連日開催され、ささやかながらできることもありました。うまく言葉にできなくても、直接会えるだけでも少しは力になれると思います。そういう意味でも、GWを金沢で過ごせたのはよかったです。 金沢…
夜の人々(字幕版) C.オドネル Amazon ★★★ 刑務所で服役していたボウイ(ファーリー・グレンジャー)が仲間2人と脱獄する。彼は15歳のとき殺人罪で収監され、7年間臭い飯を食ってきた。ボウイは恩赦を求めるべく弁護士を雇いたい。その金を捻出するため仲間と銀行強盗をする。アジトでキーチ(キャシー・オドネル)と出会ったボウイは彼女と結婚するが……。 原作はエドワード・アンダーソン『Thieves Like Us』【Amazon】。 フィルム・ノワール。アメリカの自然主義文学みたいだった。 アメリカ文学者の諏訪部浩一は『ノワール文学講義』【Amazon】で次のように書いている。 多少なりとも図…
20220430@舞台芸術公園「有度」 唐十郎の『ふたりの女』は妄想の約束を受け取った責任をめぐる物語なのかもしれない。紫式部の『源氏物語』とチェーホフの「六号病棟」を本歌とするらしいこの戯曲は、ミイラ取りがミイラになるお話と言って差しつかえないだろう。精神病院に入院中の奇妙な女の言葉を受け取ってしまった医師は、その言葉に期せずして束縛されることになる。まるで神の宣託であったかのように。そして医師はますます狂気の領域に引きずられ、最後には、自ら病棟に収容されることを望むことになる。 ただ、唐十郎はそのような狂気と正気の往還を、筋書きとしてわかりやすく定式化しているわけではない。こう言ってみても…
《聖パンテレイモンの回心》(1580年頃) サン・パンタロン教会 《聖バルバラ,聖ヨハネと聖家族》(1564年頃) ウフィツィ美術館 《イサクの犠牲》(1580-1588年) ウィーン美術史美術館 《アレクサンドロス大王の前に出たダレイオスの家族》(1565-1570年) ロンドン・ナショナル・ギャラリー 《東方三博士の礼拝》(1570年代) エルミタージュ美術館 《エリサベト、幼児洗礼者ヨハネ、聖ユスティナと聖母子》(1565-1570年) ティムケン美術館 《レパントの海戦》(1572年頃) ヴェネツィア・アカデミア美術館 《ペルセウスのアンドロメダ救出》(1576-1578年頃) レンヌ…
「私の辞書に不可能という文字はない」という言葉を知っているでしょうか。 ナポレオンが言ったとされる言葉ですが、実際にはナポレオンも多くの失敗を犯しています。もちろん、この言葉には文脈がありまして、実際には部下が不可能と手紙に書いた事に対して「フランス語にはそんな言葉はない」と返信したものが変化したのだと言われています。 フランス語で不可能はimpossibleですので、実際には不可能という言葉はありますね。後世になっても語り継がれているのは、ナポレオンが言った事は変だという民衆の思いからかも知れませんね。 似た言葉に、モハメド・アリの「不可能というのは意味をなさない」という言葉、impossi…
著者:吉田 敬[よしだ・けい](1972-) 哲学。 装幀:大橋 貴良[おおはし・たから](1988-) グラフィックデザイン。 件名:社会科学 NDLC:EA1 社会・労働 >> 社会科学 NDC:300 社会科学 NDC:301 社会科学 >> 理論・方法論 備考:社会科学の「科学哲学」。 https://www.keisoshobo.co.jp/book/b588087.html 社会科学の哲学入門作者:吉田 敬勁草書房Amazon 【目次】 目次 [i-iv] 序章 社会科学の哲学を学ぶとはどういうことか 001 1. 社会科学の哲学とは何か 001 2. 社会科学の哲学が研究対象とす…
umGCです!Magic: The Gathering Arenaで『サンダー・ジャンクションの無法者』のクイック・ドラフトをプレイしました。 Plan Do ピック譜 デッキ 結果 Check Act ピック方針 プレイ方針 まとめ Plan 特になし Do ピック譜 こちら デッキ デッキ1 鎖破りの鼠1 自暴自棄の求血者1 頑固な穴掘り悪鬼1 逆毛群の歩哨1 大食の匪獣1 群れと話す者、ミリアム1 金庫の略取者1 黒鉤のノスリ1 砂嵐の回収者1 獣繋ぎの荒野無頼1 辛抱強い自然主義者2 屋上の暗殺者1 狂信的な用心棒1 サボテンチュラ1 蛇皮のヴェール1 哀悼者の驚き1 保安官を撃て2 …
札幌【占い.口コミ.当る.2024年】北大前、夢占館(ゆめせんかん)の石原聖山(いしはらせいざん)『北区の占いの父』が貴方の【2024年!!干支「甲辰(きのえ・たつ)」】を的確に占う!2024年5月4日(土) 札幌北区の占いの父ー 夢占館(ゆめせんかん)の石原聖山が貴方の 『2024年!!干支「甲辰(きのえ・たつ)」』 を的確に占う!占い歴25年、お悩み相談人生アドバイザー 『占い&お悩み相談BOX夢占館(ゆめせんかん)』 ー石原聖山の元気が出る世界の名言,格言をあなたに・・・2024年5月4日(土) 今日の名言 『人は生まれてから、死ぬまでの間におよそ3万人の人と出会うと言われています。その…
円安であったとしても、生活には何も関わりがない。そうつぶやかれている。 もしも生活が苦しいのだとしたら、それは円安のせいではない。あなたが悪い。ウェブの X(Twitter)ではそうしたつぶやきが言われている。 円安であろうとも、円高であろうとも、人々の生活には何の関わり合いもないことなのだろうか。円安で物価高になって生活が苦しいのは、自分のせいなのだろうか。 いまはかなり円安になっていて、一時的に円が一六〇円に達した。 為替で円が安くなったり高くなったりすることに、何の関心も持たなくてよいのかといえば、そうとはできそうにない。為替の円の値の動きには、つねに関心を持っていたほうが良いのである。…
合理主義 合理主義とは理性を重んずる立場を謂う。元来は、キリスト教の啓示宗教の超自然主義・超合理主義に対し、理性を重んずる立場の人々を意味している。十六世紀より十七世紀にかけてイギリス、ドイツ、オランダの合理主義者等は、キリスト教会や国家権力に対して、理性の立場を主張し、キリスト教の啓示の事実を、合理的に説明しようとしたものである。以上の通り中世の神中心主義から人間中心主義への転換を物語るものである。所謂、近代西洋の合理主義は権力体制に対する市民階級の改革思想として生まれ形成されたものである。 トマス・アクィナス 理性主義の立場と教会の超合理的立場を美事に調和せしめたのは、トマスである。彼は、…
日本は維新後、文明開化として西欧近代文明を受容していくが、漱石は、日本の開化(近代化)の進展は内発的でなく、外発的で皮相的(取ってつけたように西洋のものまねをしようとしているだけ)だと批判する。 また、漱石は、英国留学中、英文学研究の意義を突き詰める中で、西洋の威を借りる他人本位ではなく、自己本位を確立することが重要との考えに至る。さらにこの考え方をより広く個人の倫理として展開し、自己本位と自由(他人の尊重、義務を伴う自由)についても説く。 西欧の自然主義、浪漫主義ともに批判、独自の文学路線(余裕派などとも言われるようだが、主義(イズム)自体を批判している)を歩んだ漱石の思想は一貫している。 …
400.『道草』番外編(6)――長谷川如是閑『始めて聞いた漱石の講演』 漱石の事績に関して、如是閑はもう1つ回想文を書いている。 随分後年になるが昭和12年、決定版と称する4次漱石全集の月報に、『始めて聞いた漱石の講演』というのが出た。頁をざっと見渡すと、『創作家の態度』という漱石のごく最初期の演題が目に入る。スワこれがやはり如是閑が漱石を見た始めではないかと意気込むが、そうとも限らないようだ。 これまでの行きがかり上、こちらも(新仮名遣いに直して)全文引用したい。長谷川如是閑『始めて聞いた漱石の講演』(初出昭和12年10月漱石全集第19巻月報) 私が大阪朝日にいた頃のことである。社で催す講演…
悲しい曲の何が悲しいのか:音楽美学と心の哲学 作者:源河 亨 慶應義塾大学出版会 Amazon 悲しい曲で人は悲しくはならない――心の哲学を利用した美学の観点から、「音」とは何か、「聴取」とは何なのかを考察する。 美しい音楽を聴いたとき人は感動を覚える。このような美的経験は日常にあふれているが、美しい/美しくないという判断にはどのような基準があるのだろうか。そしてどれほどの客観性があるのだろうか。 本書では、美に関する経験や判断の問題を扱う美学に、心の哲学を利用してアプローチする。とりわけ「音楽聴取」に焦点をあわせ、美的判断の客観主義を擁護する立場をとりつつ、音とは何か、なぜ人は悲しい音楽を聴…
こんにちは、konです♪ 今回は、保育原理のうちの 保育の歴史人物問題の 覚え方のコツ についてご紹介します♪ 保育士試験9科目の1つ 「保育原理」 主に保育所保育指針の内容と 保育の歴史、子どもの権利や法律を 学ぶ科目です。 特に歴史や法律って なかなか覚えられませんよね... また、保育の歴史上の人物は 日本人も外国人も名前が難しい!! しかし、試験では避けて通れません。 時間をかけて暗記すれば覚えられますが、 保育原理以外にも科目は多くあり、 その他実技課題もあって多くの時間は とれませんよね。 いつまでも、覚えられなくて 時間だけが過ぎていくのは 焦りますよね💦 ましてや試験に合格でき…