法然は、平安時代末期から鎌倉時代初期にかけて活躍した僧である。齢13にして比叡山に登り、その優秀さから将来を嘱望されていたが、18歳の時に比叡山黒谷別所に居を移してしまう。 叡山内には隠者的生活を営むコミュニティがいくつかあり(かつて源信がいた横川もそうである)、この黒谷もそうした性質を持つ場所であった。つまり山内の出世レースから下りて、真摯に求道を志すことにしたのである。この時点で彼は、叡山の主流の考え方であった天台本覚思想と決別していることが分かる。 以来、法然はひたすら学問に励む。万巻の経典を読んで、読んで、読みまくった。そして43歳のときに「観無量寿経」を読み、これまで蓄えた知見を基礎…