ダーウィニズム心理学 − 言語、感情、意識の謎を解明する

2011-09-20 語り得るものはすべて語り尽くさねばならない

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Darwinism Psychology
(2001年出版書籍の全面改訂版、現在、英語へ書き換え中)

心の謎にすべて答える

 この本は、心理学で扱われるテーマ、愛、勇気、性格、思考、記憶などさまざまな心の謎のすべてに、明解な解答を提示します。それは何なのかという根源的な問いに答える本です。
 この本で列挙された問いのほとんどは、科学的な結論が出ていないものです。それどころか科学的な議論の対象にならず、哲学で議論されているだけのものもあります。そうした最先端の研究テーマを、ダーウィニズム、すなわち生物進化の観点から考察すると、どのような解答が得られるか提示した本が、この『ダーウィニズム心理学』です。
 もちろん、ただ心理学と生物学を研究を紹介するだけでは、心の謎のすべてに答えることはできません。
 そこで登場するのが、ダーウィニズムの観点から生まれた三つの理論です。
 
1.感情のロジック・ツリー理論(系統発達の原理)
2.意識のトポロジカル・ループ理論(四段階の幾何学的構造)
3.言語の意味の身体運動感覚説
 
 感情のロジック・ツリー理論は、この本の最も重要な理論です。
 ヒトが持つさまざまな感情は混沌した曖昧なものではなく、それぞれが進化、発達して分岐し、感情全体としては樹形図の構造を持つという考えです。生物進化、個人発達のどちらでも同じなのはこれは論理関係だからです。すなわち感情の論理構造を提示する理論です。著者独自の考えであり、この考えを発表して十五年になりますが、未だあまり知られていないのが残念なところです。
 意識のトポロジカル・ループ理論は、意識のしくみを機械的な構造で説明する理論です。
 この本では、無生物回路、生物回路、知覚意識回路、思考意識回路という分類を提示します。古代においてアリストテレスや荀子が4段階の違いを主張したものの、それがどういう原理に基づくのかについての考察はありませんでした。この理論もこの本独自の考えであるといえるでしょう。
 言語の意味の身体運動感覚説は、1と2の考えの根本にあるべきものです。
 私は1の感情の系統発達の原理を分析したときに、感情を身体行為という観点から整理できることに気づきました。そして、それがあらゆる語彙にも可能ではないかと考え調べると、すでに多数の研究者たちにより類似の指摘がありました。生物学者ユクスキュルの意味のトーン、心理学者ギブソンのアフォーダンス、哲学者廣松渉の用在論、論理学者フレーゲの意義などです。言語学における記号論にも類似する考えがあります。

この本の目的について

 この本の目的は、前に述べた3つの理論を主張することにあります。そしてその方法は、アブダクションと呼ばれる、仮説推論の方式を用いています。
 論理思考には大きく3つの方法があるとされます。演繹推論、帰納推論、仮説推論です。
 演繹推論とは、確実な論理を積み重ねて推論する方法です。
 AならBである。BならCである。故にAならCである。
(例)よく勉強すれば成績がよい。成績がよければ大学に受かる。故によく勉強すれば大学に受かる。
 帰納推論とは、広く一般の出来事を集めてそこから共通する点を取り出して法則化するものです。
 CのときAはBだった。DのときAはBだった。EのときもAはBだった。故にAはBであるに違いない。
(例)数学で彼は成績がよかった。英語でも彼は成績がよかった。物理でも彼は成績がよかった。彼はどの科目も成績がよいに違いない。
 仮説推論とは、最初に仮説を置いて説明する方法で、科学的発見の推論法と考えられています。
 AならばBはCである。AならばDはEである。AならばFはGである。事実BはCだったし、DはEだったし、FはGだった。故にAは正しいに違いない。
(例)彼が賢ければ数学の成績がよいだろう。彼が賢ければ英語の成績がよいだろう。彼が賢ければ物理の成績がよいだろう。事実、彼は数学、英語、物理の成績がよかった。彼は賢いに違いない。
 仮説推論では、説明すべき範囲において、事実に合致することが多ければ多いほど信頼性が増します。
 この本で示される上記3つの仮説は、心全体に関わる理論です。ですからこの本は、その信頼性を主張するために心のすべてを扱います。「語り得るものはすべて語り尽くさねばならない」のです。

本の構成

 図1は、脳の各部分のつながり方を示した図です。脳とは配線のかたまりで、この図ではだいたい時計回りに信号が流れています。
 図2は、感情が分岐、成長する手順を示した図です。縦に線が長いものほど古い感情で、上から下に時間が進んでいます。
 第1部では、記憶、言語、論理の種類としくみについて述べます。記憶のしくみを知ることで、記憶の効率化についてのヒントを得ることができます。また、言語のしくみを知ることは、外国語学習に役立つでしょう。論理のしくみを知ることは、物事を正しく理解し、真実を見抜く技術を得ることができます。
 第2部では、感情のしくみとその進化発達、性格などについて述べます。人間の行動について理解することができます。
 第3部では、意識と心、生や死など根源的な問題について述べます。哲学的問題に解答するだけでなく、最もスケールの大きな思索が繰り広げられます。
 学問の種類で分類すると、Q1からQ10は、神経科学、認知科学、Q10からQ28は、分析哲学、認知言語学、科学哲学、論理学、Q29からQ78は、進化心理学、発達心理学、社会心理学、Q79からQ81は、性格心理学、Q82は性格心理学、臨床心理学、精神医学、Q83からQ85は、生物学、進化論、神経科学、Q86からQ99は、神経心理学、認知哲学、Q100とQ101は、物理学、認知哲学で研究されているテーマです。
 この本は、ダーウィニズムを基礎とした論理的な推論を展開し、それぞれの研究に対して数多くの新しい考えを提唱しています。しかし、科学的研究に不可欠である証明実験はなく不完全なものです。今後、研究者による科学的な検証が行われることを期待しています。

この本の由来

 この本は、1998年フーコー研究論文コンテスト最優秀作『7つの記憶、7つの感情』の出版作である、2001年の『ココロを動かす技術、ココロを読み解く科学』の最新改訂版になります。
 前著は広範な内容を扱っていたため、何が言いたいのかわかりにくいという意見が多くありました。そこでこの本では、主張をわかりやすくするためにQ&Aの形式にしてあります。個々のページで言いたいことは、Q&Aの内容そのものです。本全体で言いたいことや、この本はなぜ書かれたのかなども、誤解が生じないようにここに述べておきました。
 大事なことなので二度言いますと、1.感情のロジック・ツリー理論、2.意識のトポロジカル・ループ理論、3.言語の意味の身体運動感覚説、この三つを提唱するのがこの本を執筆した目的です。
 またこの本では、心に関する基本的な部分についてのみ答えることとしました。個人が集まった社会の問題、例えば、芸術、差別、神、いじめ、犯罪、国家、戦争、経済なども心に関する重大な問題ではありますが、この本の内容から解いていくことができる派生的な問題なので、割愛してあります。

 **Preface. Whereof one can speak, thereof one must speak completely.

Diagram 1. The circuit diagram of the brain

Diagram 2. The Family Tree of Emotions

Chapter 1. Memory

 Q1. What is the brain?
 Q2. What is happening in the brain?
 Q3. What is a key to the mystery of the brain?
 Q4. What kinds of memories are there?
 Q5. What is temporary memory?
 Q6. What is episodic memory?
 Q7. What is semantic memory?
 Q8. What is motor learning?
 Q9. What is priming effect?

Chapter 2. Language

 Q10. How does language work in the brain?
 Q11. What does language composed of?
 Q12. What is the minimum unit of thinking?
 Q13. What is the meaning of words?
 Q14. What is understanding?
 Q15. What is thinking?
 Q16. What kind of thing is the meaning of words
 Q17. What is name?
 Q18. What decide the meaning of words?
 Q19. What is the sound of language?
 Q20. What does the meaning of words develop?
 

Chapter 3. Logic

 Q21. What is working memory?
 Q22. What is happen in the brain when reasonig?
 Q23. What is the logical reasoning?
 Q24. Where is the problem in the spacetime?
 Q25. What method do you use to obtain the precise information?
 Q26. What is "why"?
 Q27. What is science?
 Q28. What is cause and effect?
 

Chapter 4. Emotion for action

 Q29. What sort of things are included in emotion?
 Q30. What role in evolution do emotions play?
 Q31. What is the relationship between emotions and a brain?
 Q32. What is emotional memory?
 Q33. How do emotions develop?
 Q34. What is interest?
 Q35. What is fun?
 Q36. What is boredom?
 Q37. What is humor?
 Q38. What is the essence of humor?
 Q39. What is infatuation?
 Q40. What is repulsion?
 Q41. What is beauty or ugly?
 Q42. What is depression?
 Q43. What is discrimination?
 Q44. What is art?

Chapter 5. Emotion for defense

 Q45. What is surprise?
 Q46. What is confusion?
 Q47. What is anger?
 Q48. What is shame?
 Q49. What is contempt?
 Q50. What is dissatisfaction?
 Q51. What is indignation?
 Q52. What is resentment?
 Q53. What is frustration?
 Q54. What is impatience?
 Q55. What is fear?
 Q56. What is relief?
 Q57. What is anxiety?
 Q58. What is awe?
 Q59. What is courage?
 

Chapter 6 Emotion for humanity

 Q60. What is love?
 Q61. What is happiness?
 Q62. What is honor?
 Q63. What is sorrow?
 Q64. What is loneliness?
 Q65. What is jealousy?
 Q66. What is hatred?
 Q67. What is pity?
 Q68. What is guilt?
 Q69. What is hope?
 Q70. What is disappointment?
 Q71. What is envy?
 Q72. What is self-confidence?
 Q73. What is helplessness?
 Q74. What is regret?
 Q75. What is joy?
 Q76. What is gratitude?
 Q77. What is abashment?
 Q78. What is God?

Chapter 7. Character

 Q79. What things you need to understand the other's mind?
 Q80. What is disposition?
 Q81. What is the difference between 4 characters?
 Q82. What is an acquired characteristic?

Chapter 8. Consciousness

 Q83. Why is there the brain?
 Q84. How did the concentration of mind emerged?
 Q85. What is memory?
 Q86. Is the brain exchangeable?
 Q87. What is mind?
 Q88. What is the relation between the brain and mind?
 Q89. What is the mind of plant or animals?
 Q90. What kinds of mind are there?
 Q91. What is the difference between the brain and computer?
 Q92. What is death?
 Q93. How many mind do you have?
 Q94. What is identity?
 Q95. What shape is mind?
 Q96. Where is mind?
 Q97. What is freewill?
 Q98. What is color?
 Q99. What is subjective world?
 Q100. What is matter?
 Q101. What is the universe?

references

2011-09-19 脳の回路図

脳の回路図



                       ┌──────感覚連合野───────┐     
                       │    ┌────側頭連合野───┐│
       ┏━━━━┓ ┏━━━━━━┓ │┏━━━━━┓          ││     
    ┌─→┃ 目  ┃→┃ 視覚野  ┃─→┃視覚連合野┃          ││     
    │  ┣━━━━┫│┣━━━━━━┫ │┗━━━━━┛ ┏━━━━━━━┓││───┐ 
    ├─→┃ 耳  ┃→┃ 聴覚野  ┃─────────→┃聴覚連合野  ┃││──┐│ 
環境情報┤  ┣━━━━┫│┣━━━━━━┫ │    └──┐┃ウェルニッケ野┃││  ↓↓ 
 ↑  ├─→┃皮膚・舌┃→┃体性感覚野 ┃┐│┏━━━━━┓│┃       ┃││←┏━━━┓
 │  │  ┣━━━━┫│┣━━━━━━┫└→┃頭頂連合野┃│┗━━━━━━━┛││←┃海馬 ┃
 │  └─→┃ 鼻  ┃→┃ 嗅覚野  ┃ │┗━━━━━┛└─────────┘│ ┗━━━┛
 │     ┗━━━━┛│┗━━━━━━┛ └──────────────────┘  │↑
 │           └┐     │ ┌┘       ↑↑ ↓↓       ││ 
 │            ↓     └─↓───────→┏━━━━┓←──┐  ││ 
 │          ┏━━━━┓┏━━━━━┓      ┃扁桃体 ┃   │  ││ 
 │          ┃ 小脳 ┃┃大脳基底核┃     └┐┗━━━━┛   │  ↓│ 
 │          ┗━━━━┛┃     ┃│思考のループ│  │ └──→┏━━━━┓ 
 │   行為のループ  │    ┗━━━━━┛└───┐    │  ┌──┃視床下部┃ 
 │   (無意識)   │   ┌─┘  ↓          ↓  │┌→┗━━━━┛ 
 │           ↓   ↓ ┏━━━━━━┓ ┏━━━━━━━┓ ││   ↑↓   
 │    ┏━━┓  ┏━━━━┓ ┃ 運動連合野┃→┃       ┃←┘│┏━━━━━┓ 
 環境←──┃筋肉┃← ┃運動野 ┃←┃  前運動野┃ ┃ 前頭前野  ┃──┘┃自律神経系┃ 
      ┃  ┃  ┃    ┃ ┃ ブローカ野┃←┃       ┃   ┃ 内分泌系┃ 
      ┗━━┛  ┗━━━━┛ ┗━━━━━━┛ ┗━━━━━━━┛   ┗━━━━━┛ 


 私が提唱する第一の理論が「多重ループ理論」である。 

 心を、情報のループ回路(再入力回路、閉回路)の束として解き明かすのである。
 心においては、情報こそが本質であり、物質は副次的なもので、原理的には物質を交換することさえできるものである。※もちろん、現代の技術では不可能。 

 人間には、脳を中心として図に描かれるようなループ回路の集合体があり、そしてそこに流れる情報こそが精神−心なのである。
 脳は、ある部分がある機能を持つのではなく、ある部分とある部分のループ回路が機能を持つのである。従って、ある部分の破壊損傷の影響は、そこへのルートを持つループのすべてに及んでしまい、特定することはできない。 

 心を構成するループ回路は主に7種類に分類できる。 

一時記憶
 記憶した後、数ヶ月で失われるもの。主に海馬と側頭葉とのループ。
意味記憶
 言葉の記憶。主に側頭葉内部におけるループ。
エピソード記憶
 出来事の記憶。主に扁桃体と側頭葉のループ。
プライミング効果
 意識しない情報による記憶。感覚連合野での配線変化。
運動性記憶
 運動技術の記憶。小脳や大脳基底核での配線変化。
ワーキングメモリ
 作業記憶ともいう。前頭葉と感覚連合野とのループ。
感情記憶
 感情そのもの。扁桃体から前頭葉での配線変化。 

 記憶回路には、脳の内部でループとなるものと、環境との相互作用でのみループとなるものがある。この脳の内部のループこそ意識であり、環境とのループが無意識である。
 意識は脳内部の循環するループ回路の束であるから、その中心軸を仮定することができる。これが個人である。空間における中心軸こそが個人を決定するといえる。 

 ワーキングメモリは、コンピュータのメモリーと機能が似ている。一時記憶はハードディスク、エピソード記憶は外部メディアといえるだろう。
 このワーキングメモリで行われる作業が思考である。 

2011-09-18 The Family Tree of Emotions

The Family Tree of Emotions


                                    urge/reaction/attitude/feeling                        
                             ┌────────────────── happiness                                      
                             │   ┌────────────── honor                                     
maternal instinct (kin selection)━━━━━┳━━┳━━━┷━━━┷━━━━━━━━━ love(love as in agape、friendship、fellowship、brotherhood、△respect、△worship、△attachment)          
                      ┃  ┃  ┌─────────────────── loneliness                                     
                      ┃  ┃  │ ┏━━━━━━━━━━━━ hate                                        
                      ┃  ┃  │ ┃ ┏━━━━━━━━━━ jealousy                                
                      ┃  ┗━━┷━┻━┻┳┳━ sadness (sorrow、grief、lament、mourn、distress                             
                      ┃          ┃┗━━━━━━━━ pity(compassion、miserable)                            
                      ┃          ┗━━━━━━━━━ guilt                         
survival instinct(natural selection)   ┃           ┏━ humor(funny)                                      
 ━┳━┳━┳━┳━━━━━━━━━━┳━━┻━━┳━━━━━━━━┻━━━━━━━━ interest(interesting、curious、attention、△beauty)  
  ┃ ┃ ┃ ┃          ┃     ┣━━┳━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ fun(enjoyment、pleasant、merry、cheerful)
  ┃ ┃ ┃ ┃          ┃     ┃  ┗━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ boredom(dull)                                 
  ┃ ┃ ┃ ┃sex instinct(sexual selection)━┻━━━━━━━━━━━━━━━━━ infatuation(love as in eros)    
  ┃ ┃ ┃ ┣━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┳━━━━━━━ surprise(amaze、wonder、astonish)   
  ┃ ┃ ┃ ┃                      ┗━━━━━━━ confusion(perplex, bafflement)                                       
  ┃ ┃ ┃ ┃            ┌────────────────────────── frustration(impatient、irritate、annoying、discontent、dissatisafactionm) 
  ┃ ┃ ┗━━━━━━━━━━━━━━┷━━━━┳━┯━┯━┳━┳━ anger(rage、fury、△obsession、△persistence、△stubborn、△obstinate)   
  ┃ ┃   ┃                 ┃ │ │ ┃ ┗━━━━━━━━ contempt(scorn、disdain、slighting)
  ┃ ┃   ┃                 ┃ │ │ ┗━━━━━━ shame(embarrass、△pride、△boast)
  ┃ ┃   ┃                 ┃ │ └───── indignation(justice、resent)
  ┃ ┃   ┃                 ┃ └────────────── resentment(grudge)                                         
  ┃ ┃   ┃                 ┗━━━━┯━━━━━━━ frustration(mortification)
  ┃ ┃   ┃                      └──────────────── irritation(impatience)
  ┃ ┃   ┃            ┏━━━━━━━━━━━━━━━━━ relief  
  ┃ ┗━━━┻━━━━━━━━━━━━┻━━━┯━━━━━━━━━┳━━━ fear(afraid、terrify、frightened、dread、horror、scare、△courage、△brave)                     
  ┃                      │         ┗━━━ awe(revere)
  ┃                      └────────────────────── anxiety(apprehension)
  ┗━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┯━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ repulsion(disgust、aversion、dislike、△ugliness)
                       └──────────────────────── depression、(gloomy)     
                                ┏━━━ embarrassment(shy、bashful、△modest、△humility)
                        ┏━━━━━┳━┻━━━ delight(glad、joy、ecstasy、rapture、exultation、rejoice、△nostalgic)                                    
                        ┃     ┗━━━━━━━━━━━━ gratitude(appreciation)                
           intellect─────┬───┸─────┬──┬────────────── hope(wish、△ambition、△aspiration、△yearn、△longing、△will)
                    │         │  └───────── envy
                    │         └───────────────── confidence(△sense of superiority、△insult、△indignity)                            
                    │           ┌─────────────── helplessness(despair、hopeless、△sense of inferiority、△regret)
                    └───────────┴────── disappointment(dismay、depress、discourage)                                   


2011-09-17 感情の一覧表

感情の一覧表
















































感情名分岐形式発生状況誘引される行動表情(意味)状態 体  脳
a.愛
母性本能赤ん坊、自己と類似利他的行為笑顔(余裕)快感・弛緩・沈静
幸福評価愛の充足注意の解除笑顔(余裕)快感・弛緩・興奮
誇り評価集団への愛の認識行動の安定、加速笑顔(余裕)快感・緊張・興奮
淋しさ評価愛の不足行動の減速悲愴(救援)不快・弛緩・沈静
悲しみ喪失愛の対象の喪失喪失のアピール悲愴(救援)不快・弛緩・興奮
憎しみ状況他者による愛の対象の剥奪愛を奪った者への攻撃険悪(威嚇)不快・緊張・興奮
嫉妬予測他者が原因の愛の喪失の予測愛の対象への偽攻撃険悪(威嚇)不快・弛緩・興奮
哀れみ共感他者の悲しみの共感援助のアピール笑顔(余裕)−−・弛緩・興奮
罪悪感予測自己が原因の愛の喪失の予測償い行動悲愴(救援)不快・弛緩・沈静
b.興味
興味生存本能捕食技術に関連するもの近接と探索興奮(注目)快感・緊張・興奮
可笑しさ評価偽攻撃の傍観者の認識許容のアピール笑顔(余裕)快感・弛緩・興奮
楽しさ評価興味、恋の充足許容のアピール笑顔(余裕)快感・弛緩・興奮
倦怠感評価興味の不足行動の減速悲愴(救援)不快・弛緩・沈静
生殖本能幼児期の感情記憶近接と探索興奮(注目)快感・緊張・興奮
c.驚き
驚き状況運動、思考の瞬間的阻止防衛、探索興奮(注目)−−・緊張・興奮
当惑状況行動の必要な驚き思考悲愴(救援)不快・弛緩・興奮
d.怒り
怒り状況運動、思考の継続的阻止攻撃のアピール険悪(威嚇)不快・緊張・興奮
不平不満予測怒りの予測攻撃準備険悪(威嚇)不快・緊張・興奮
状況注意指摘の予測恥の回避赤面(葛藤)不快・緊張・興奮
軽蔑状況攻撃に値しない同胞への怒り偽の許容のアピール笑顔(余裕)不快・弛緩・沈静
憤り共感他者の怒りの共感攻撃の協力アピール険悪(威嚇)不快・緊張・興奮
恨み予測怒りの予測攻撃のアピール険悪(威嚇)不快・緊張・興奮
悔しさ状況自分自身への怒り対象以外への攻撃険悪(威嚇)不快・緊張・興奮
焦燥感予測悔しさの行動の加速険阻(拒絶)不快・緊張・興奮
e.恐怖
恐怖状況身の危険の認識逃走、防御、援助、混乱悲愴(救援)不快・緊張・興奮
安心喪失恐怖からの解放休息笑顔(余裕)快感・弛緩・沈静
畏怖状況逃避、抵抗不能な恐怖萎縮悲愴(救援)不快・弛緩・興奮
不安予測恐怖の予測注意の強化悲愴(救援)不快・緊張・興奮
f.嫌悪
嫌悪生存本能不潔、毒など忌避険阻(拒絶)不快・弛緩・興奮
憂鬱予測嫌悪の予測行動の減速悲愴(救援)不快・弛緩・沈静
g.希望
希望知性肯定的な予測行動の加速興奮(注目)快感・緊張・興奮
喜び状況希望達成能力のアピール笑顔(余裕)快感・緊張・興奮
感謝状況他者を経由した希望達成次回援助のアピール笑顔(余裕)快感・弛緩・興奮
照れ状況過剰な称賛能力の小ささアピール赤面(葛藤)快感・緊張・興奮
自信評価自己能力の高さの認識注意の解除笑顔(余裕)快感・弛緩・興奮
無力感評価自己能力の低さの認識行動の減速悲愴(救援)不快・弛緩・沈静
羨望共感他者の喜びの共感援助の要求興奮(注目)−−・弛緩・沈静
失望喪失希望の喪失反省悲愴(救援)不快・弛緩・沈静

 

a.衝動(瞬間的で相手に向かうもの)
 悲しみ・可笑しさ・怒り(▽侮辱)・憤り・照れ(▽謙遜)・喜び(▽懐かしさ)
b.反応(瞬間的で自分に向かうもの)
 驚き・恥・悔しさ・安心・当惑・恐怖・畏怖・失望
c.態度(持続的で相手に向かうもの)
 愛(▽尊敬・▽崇拝・▽愛着・▽責任感・▽勇気)・憎しみ・嫉妬・哀れみ・罪悪感・興味(▽美しさ・▽ユーモア・▽憧れ)・恋・軽蔑・恨み・嫌悪(▽醜さ)・感謝・羨望
d.気分(持続的で自分に向かうもの)
 幸福・誇り・淋しさ・楽しさ・倦怠感・不平不満(▽執着、▽頑固、▽意地っ張り)・焦燥感・憂鬱・不安・希望(▽勇気・▽野心・▽意志)・自信(▽優越感)・無力感(▽劣等感・▽せつなさ・▽後悔)

2011-08-30 Q1.脳とはどんなものか?

脳は大きなあみだくじ

 現在、脳=心とする本もあります。脳が心のカギを握っているのは間違いありません。そこで、脳がどのようなものなのかを簡単に説明しましょう。
 脳のしくみを単純にイメージするなら、あみだくじのようなものだと思ってください。ずいぶん乱暴な意見だと思うかもしれませんが、基本的にはそう考えて十分なのです。もちろん、あみだくじよりずっと複雑です。脳とは、枝分かれしたり、合流したり、ぐるぐる回転して同じ所を通ったり、線の書き換えが起こる、ちょっと変わったルールをもったあみだくじの一種なのです。特大あみだくじなのです。
 一般に脳をコンピュータにたとえることが多いのですが、これはあまり適切ではありません。鳥を飛行機にたとえて理解しようするようなものなのです。ボーイング747を分解しても、スズメがなぜ飛べるかはわからないのです。
 あみだくじと脳には共通点が多くあります。
 
・あみだくじの線は一方通行で逆行できないが、脳の線であるニューロン(脳の神経細胞)もやはり一方通行である。
・あみだくじには、スタートとゴールがあるが、脳ではスタートが環境で、ゴールが行動となる。ただし、脳は複数の位置からスタートして、ゴールもその組み合わせで決められる。
・あみだくじではスタートが同じならゴールも同じになるが、脳もスタート位置の組み合わせが同じならゴールの位置の組み合わせも同じとなる。すなわち、環境と脳が同じときは、行動も同じになる。
 
 これが、脳を情報処理器官とする心理学の考え方です。ここで大事なことは、脳には必ず入力が必要であるということです。
 脳は入力された信号を処理して運動プログラムへと変換する、言い換えると、状況判断して行動するための装置なのです。
 また、その複雑さからイメージすると、パチンコにも似ています。パチンコ玉を打つのが五感からの入力で、大当たりが体を動かすこと、中のクギによる複雑な玉の動きやスロットの回転が脳の活動だと思うのもよいでしょう。

2011-08-29 Q2.脳で何が起こっているか?

脳には信号が流れている

 現代は、脳の中の血流量の変化や電磁波をとらえる機械により、脳のはたらきかたがかなりわかっています。それらを少し見てみましょう。
 それは脳の内部でどのように信号が流れるのかということです。(図1、2参照)
 母親に「部屋を掃除しなさい」といわれ、あわてて部屋を掃除する子供の脳を想像してみましょう。
 母親の声が耳に入ります。その後、聴覚野→聴覚連合野→扁桃体→前頭前野→運動連合野→運動野と信号が流れます。
 このとき、聴覚野では音声が一定の長さに区切られて分析されます。聴覚連合野では意味に変化します。このとき音声を知覚します。扁桃体では感情──怖いというような感覚が起こります。前頭前野では掃除のためのだんどりが生まれます。運動連合野では掃除の動きが構成されます。運動野では筋肉への命令が作られ、筋肉が掃除をするという動きをすることになります。
 おなかがすいたので、冷蔵庫をあけて食べ物を探すという場合はどうでしょう。
 空腹感は血液の糖分の減少により始まります。内分泌系で、ここから視床下部へと入ります。視床下部→扁桃体→前頭前野→運動連合野→運動野のコースを信号が流れます。
 視床下部で空腹感が認知されます。扁桃体で食欲になります。前頭前野で冷蔵庫を探そうし、運動連合野で冷蔵庫の扉を開く動きのプログラムが組まれ、運動野から筋肉に伝えられて冷蔵庫をあけることになります。
 テストで問題を解こうとする場合はどうでしょう。難しい漢字「鮪」に読み仮名をふる問題です。
 テストはふつう紙に問題が書いてありますので、目から視覚野へと信号が入力されます。視覚野→視覚連合野→聴覚連合野→前頭前野→聴覚連合野→前頭前野……繰り返し……前頭前野→運動連合野→運動野→筋肉のコースを信号が流れます。
 視覚連合野で漢字が認識されます。聴覚連合野で読みの音に変換されます。前頭前野を通って聴覚連合野に戻ると、音がまた新しいものに変わります。ここで何回も循環します。これは、読みが難しいのでいろいろな読みを考えている様子を示しています。「ゆう?」「あり?」「ふな?」というようにです。最後に、聴覚連合野で「まぐろ」と考えると、前頭前野が決定し、運動連合野がそのひらかなを書く動きのプログラムを組みます。最後に、運動野から筋肉に伝えられ、テストに「まぐろ」という文字が書き込まれることになります。
 われわれの思考は多く言葉です。頭の中でみずからの声を聞きながら考えるのがふつうです。
 ですから、先ほど鮪(まぐろ)の読みを考えたときと同じことが起こります。言葉でものを考えるとは、聴覚連合野⇔前頭前野というコースを信号を往復することです。
 信号を送るニューロンは一方通行ですから、往復するには、行きと帰りのコースが別々に必要となります。ですから、聴覚連合野と前頭前野にはループがあって信号を循環させていることになります。
 そのループは一本のループではありません。束だと思ってください。たくさんの輪ゴムの束のようなものと思うとよいでしょう。ただし、枝分かれなどがあるところが少し違います。
 この本では、これ以降もループという表現が出て来ますが、それらもすべて一本ではなく束のループですので注意してください。
 このループに、視聴覚などの新たな信号を追加して、循環させながら信号を変化させることが考えるということなのです。
 また、空間的に考えるというのもあります。先天的に聴覚が完全に障害されている人の場合、手話による映像イメージで考えることになります。空間の認識は聴覚連合野のやや上にあたる頭頂連合野で行われるので、頭頂連合野⇔前頭前野であると考えられます。
 もちろん、目の見える人も空間で考えることがあります。映像を思い浮かべるというのが、空間思考です。頭の中で展開する映画のようなものといえます。頭頂連合野がスクリーンで、前頭前野が映写機だと思うとよいでしょう。
 ヘレン・ケラーは視覚と聴覚がともに障害されていました。いったい、どのようにしてものを考えることができたのでしょう。
 彼女は目は見えませんでしたが、空間思考することができました。というのも、人間の体の筋肉から、体の位置の感覚が送られてきて、自分の体がどのような姿勢なのかを知ることができるからです。これを使うと、ものをよく触ることにより空間をイメージすることができるのです。
 わたしたちもこれはできます。目をつぶっていても、手を細かく動かしてその輪郭をたどることにより形がわかるのです。
 こうした、脳の各部分による情報の循環が考えるということなのです。

2011-08-28 Q3.脳を解く重要ポイントは?

コンピュータとの違いこそ鍵

 脳がどのように記憶するかを考えてみましょう。
 記憶はとても大切なものです。もしも子供のころの思い出がなければ人生は寂しいものですし、学校の勉強では記憶する難しさをたっぷりと感じさせられます。どうすれば、よく記憶できるのか?これを理解するには、もちろん記憶とは何かを知る必要があります。
 記憶には不思議なところがあります。コンピュータではとてもありえそうにない特性があるのです。そこで、コンピュータのメモリではありえない、記憶の特性について考えてみましょう。
 思い出せそうなのに思い出せず、答えを教えてもらうと思い出すことができることがあります。このとき、三択にして答えを提示すれば、ほぼ確実に答えられます。三択の方が回答率のよいコンピュータというのはなさそうです。見れば思い出すコンピュータなどもなさそうです。
 覚えやすいことと覚えにくいことがあります。コンピュータならどれでも同じでしょう。
 忘れようとして忘れることができません。コンピュータは消去したらもう取り出せないし、消去できないということもありません。また、いつの間にか忘れてしまうということもありません。
 人間の記憶のシステムは、フロッピーディスクやメモとはまったく異なっているのです。そして、その違いの中にこそ記憶の正体があるのです。

2011-08-27 Q4.記憶は何種類あるか?

回路の種類で記憶は7つに分かれる

 記憶というと、すぐに思い浮かぶのは英単語の暗記のようなものです。しかし、実は記憶の種類は一つではなく複数あるのです。そして、一つ一つが異なる方法で、異なる脳の部分により記憶されています。
 記憶の分類は研究者により異なり、呼び方もまた異なっています。ここでは、記憶を脳の回路別に分類することで、七つに分類して考えます。それは、一時記憶、エピソード記憶、意味記憶、運動性記憶、プライミング効果、ワーキングメモリ、感情記憶です。
 これら記憶は、それぞれ脳の異なる場所で行われています。記憶すべき対象の特性にあわせていろいろなシステムを発達させたのです。
 すべての記憶システムは、同時に活動します。情報を選別して各記憶システムへ送るのではなく、すべての記憶システムがそれぞれに記憶しようとするのです。どの記憶システムも記憶しようとするのですが、それぞれ得意とする記憶内容があるため、結果として異なる内容が記憶されるようになっています。
 これら記憶システムは脳にあります。脳のしくみは、入力された情報を変換して出力することですから、記憶とは何らかの情報を他の情報へ変換するパターンの記録のことになります。入力と出力の変換を記録することです。
 しかし言葉の記憶、たとえば英語の勉強でbookが本であると覚えるような記憶は、二つの事柄の結びつきを保存することです。そしてそのとき、逆の変換、本がbookであることも覚えます。二つの事柄の結びつきが双方向であるということです。
 脳の配線であるニューロンは一方通行です。決まった方向にしか信号を送りません。ですから、双方向に記憶するにはループを作ることになります。言葉を記憶するには、脳細胞で信号の循環するループを作り出すということになるのです。
 7つの記憶システムも、入力から出力への変換を記録する線の記憶と、ループを作る二つの結び付きによる記憶に分けられます。
 運動性記憶、プライミング効果、感情記憶は線の記憶で、一時記憶、エピソード記憶、意味記憶、ワーキングメモリはループの記憶です。
 次に、それぞれ記憶について順番に解説していきます。ただしワーキングメモリは第3章で、感情記憶は第4章で扱います。

2011-08-26 Q5.一時記憶とは何か?

【一時記憶】海馬を通るループ回路の記憶

 記憶において最も重要と考えられる器官に、海馬(図1、2を参照)があります。脳内出血などで左右の海馬の機能が失われると、新しいことが記憶できなくなるのです。
 海馬を左右ともに障害された患者に会うとします。患者に異常は感じられず、会話もふつうです。しかし、いったん部屋を出てから再び会うと、相手はもはやあなたのことを覚えていません。あいさつからすべてを繰り返すことになるのです。
 海馬を損傷すると記憶できなくなるだけではなく、最近の記憶も失われます。その範囲は数年分ぐらいですが一定ではありません。
 しかし、古い記憶はそのまま残ります。子供のころのことや日常生活に必要な記憶などは残っているのです。すなわち、古い記憶は海馬にはないのです。
 どんな記憶でも最初は最近の記憶ですから、海馬に一度蓄えられた記憶がその他の場所へと移動するということになります。
 この本では、こうした長期記憶へと移行する前の海馬に蓄えられている記憶を、一時記憶と呼ぶこととします。
 海馬は、感覚連合野から信号を受け取り、前頭前野や感覚連合野へと信号を返しています。海馬の記憶作用とはその信号の通過パターンの保存です。
 海馬は、信号が通ると、通ったところが流れやすくなることがわかっています。すなわち、何度も反復されて使われたルートは、信号が流れやすくなります。これが一時記憶と考えられます。
 これがどうして二つの事柄の結び付きになるのか、「ほん」と「book」が同じ意味であることを覚えるときの変化を説明しましょう。
 まず一つの信号「ほん」が入力されます。その信号は感覚連合野から海馬を通って感覚連合野に帰ってきて、「ほん」と再入力されます。
 次に二つ目の信号「book」が、感覚連合野から海馬を通って感覚連合野に帰って来ます。このとき、海馬の中で「book」も「ほん」のコースの近くを通ります。そして、一度通ったコースは流れやすくなっていますから、「book」の信号の一部は「ほん」のコースに入ってしまい、「ほん」と再入力されます。ただし、ほとんどは、そのまま「book」と再入力されます。
 次に、「ほん」と入力すると、同じように「book」となるものと「ほん」となるものができます。
 これを時間を空けずに繰り返すと、海馬の中で混線が大きくなり固定されます。その結果、「ほん」から「ほん」に帰らずに「book」になってしまい、「book」と入力したものが「ほん」に帰ってしまいます。そして、「ほん」は「book」で、「book」は「ほん」という情報変換のパターンが定着することになるのです。
 記憶のループは一周するのに二回海馬を通ります。これは一つの輪ゴムを二重にした状態に似ています。8の字を真ん中で折り畳んだような形になりますが、輪ゴムは一つですから、一つのループになるわけです。これが基本的な記憶を作る方法なのです。
 三者択一すると答えやすくなったり、答えを見れば思い出せたりする理由は、これで説明できます。ループの一部が欠けていたり弱ったりするためなのです。思い出せそうと感じるのは、思い出そうとする変換の逆コースが健在なため、変換できないものの反応だけは可能なためです。ですから、その欠けた部分をおぎなうことのできる情報を得ると思い出せるのです。三者択一にすると思い出せるのは、その情報によってループが完成するからなのです。
 たとえば、ある人が「book」=「ほん」と覚えたとします。そして「book」→「ほん」のコースが弱っているとします。このとき「book」を知覚しても「ほん」になりません。しかし、「book」→「book」のパターンが残っているので、「bookという言葉は聞いたことがある」と感じます。このとき、三者択一にし「ほん」「かみ」「き」から選ばせると、「ほん」のとき、「ほん」→「book」が反応し、思い出すのです。
 日本人ならば、漢字の記憶でループの特徴がよく現れます。漢字は読めても書けないことがしばしばあります。知ってるはずなのに書けないということが珍しくありません。これは、漢字の記憶のループのうち、読むという視覚から音声への変換コースが容易なのに、書くという音声から視覚へのコースが記憶しにくいからなのです。

2011-08-25 Q6.【エピソード記憶】とは何か?

エピソード記憶】大脳皮質の連鎖ループの記憶

 海馬の一時記憶は、その後、各連合野に移動し、半永久的な記憶になります。その半永久的な記憶は、エピソード記憶と意味記憶に分類されます。
 エピソード記憶は、過去の出来事の記憶です。個人的な経験として意識的に思い出すことができるもので、思い出の記憶ともいえるでしょう。修学旅行の思い出、初恋の思い出などがエピソード記憶です。
 エピソード記憶は、扁桃体が関与しています。扁桃体は、海馬と似たはたらきもしています。ただ、海馬と異なるのは、感情を生むような情報にたいしてのみはたらくことです。扁桃体は海馬より覚える力は弱いのですが、一度覚えると海馬より強く残ります。もちろん、その場合でも海馬もはたらいており、それを扁桃体が補助しているのです。
 エピソード記憶は、個体認識のために発達した記憶と考えられます。人間は感情の思うままにふるまうと、集団生活が成り立ちません。エピソード記憶は、かつて感情的にふるまったときのことを思い出すことにより、行動を制御するのです。主に人間同士の関係を記憶するのです。
 そのため、エピソード記憶は匂いと直結しています。哺乳動物は匂いをつけることによりテリトリーを示し自分の存在をアピールしていましたが、その名残があるのです。
 たとえば、田舎の匂い──森や線香の匂いなどを嗅ぐと田舎の思い出がよみがえります。嗅覚野は直接、扁桃体につながっているのです。(図2)
 エピソード記憶は、感情に直結しているため、おもしろい現象があります。音楽を聞くとその音楽をよく聞いたころの思い出がよみがえるのです。若いころに聴いた懐かしい音楽は、青春の懐かしい思い出をよみがえらせるのです。

2011-08-24 Q7.意味記憶とは何か?

【意味記憶】大脳皮質の単ループの記憶

 長期記憶のもう一つが意味記憶です。
 意味記憶とは、物とその名称などの組み合わせの記憶です。最も記憶らしい記憶といえるでしょう。いつ覚えたのか思い出せないが、知識として知っているものです。
 この意味記憶こそ、多くの人がもっと強くしたいと願うものでしょう。効率よく意味記憶できれば、勉強や仕事がどれほどはかどることでしょうか。ここからは、その重要なテーマに関連したことが続きますからお見逃しなきよう。
 どんな意味記憶も、最初はエピソード記憶として始まります。新しい英単語を覚えたときも、覚えた五分後ではまだエピソード記憶として、どんなふうに暗記したか思い出せるでしょう。その後、これらは反復することにより記憶が強化されます。
 弱いエピソード記憶が、その一部分を反復することにより共通性のない部分が失われ、意味記憶へと変化するのです。
 ですから、エピソード記憶と意味記憶ははっきりと区別できるものではなく、その中間的なものも存在します。この他、感情記憶とエピソード記憶、一時記憶とエピソード記憶、一時記憶と意味記憶などの間には明快な境界線はありません。それは、次に述べる長期記憶の形成のしくみに理由があります。
 こうしたエピソード記憶や意味記憶はどのようにして、海馬から連合野へと移動するのでしょうか。
 それには、記憶を失うとどうなるのかがヒントをくれます。
 記憶喪失になると、数年前から現在までの記憶が失われることがあります。そのときにより幅があります。一年のときもあれば三年のときもあるし、一週間のこともあるようです。いずれも事故の時点から逆上って記憶を失うのであって、むかしの記憶だけ忘れたとか、最近と子供時分は覚えているが四〜六年前の記憶だけ失うとか、そういうようなことは起こりません。
 そして、回復するときも、記憶は古いものから順に回復する傾向があります。これは不思議なことです。人の記憶の全体平均を考えれば、新しいものの方が強いはずなのです。古くて弱った記憶が、新しくて強い記憶より先に回復するのです。
 また、老人になると、むかしのことはよく覚えているのに最近のことは忘れるようになります。
 これらのことは、記憶にはなんらかの形で時間が識別できるようになっていることを示しています。
 記憶をメモのようなものと考えましょう。机の上に乱雑に積み上げられたメモ。そのメモを書いたのがいつかわかるように整理するには、どんな方法があるでしょうか。
 それは、二つ考えられます。メモの中に日付を記録しておくか、メモを時間別に並べて保存するかです。
 日付を記録する方法だと、記憶喪失のとき、そのほとんどが時間に関係なくでたらめに失われるはずで事実と合致しません。
 記憶の時間勾配については、新しい記憶は結合が弱く、時間とともに強くなっていくと考える説があります。古い記憶は強くなっているので、失われると考えるわけです。しかしこれだと、「古くて弱い記憶」と「新しくて印象的な記憶」の区別ができません。また、ニューロン結合の強化に数年もかかるというのはかなり不自然です。後に述べる、同じく大脳皮質の記憶であるプライミングは、一瞬で記憶が成立し、期間は数年に及ぶのですから。
 すなわち、脳にはそもそも強度とは別に時間がコードされていなくてはおかしいのです。
 方法はひとつしかありません。時間別に並べられていると考えるよりないのです。脳の中で、最近の記憶の隣にそれより少し前の記憶があり、その隣にはそれ以前のものが、一番遠くには最も古いものがあるとしなければなりません。
 一時記憶は海馬にあることがわかっています。子供のころの古い記憶などは大脳新皮質にあります。時間別に並べられているのなら、その途中のものはその間の部分にあると考えられます。一つの記憶は時間とともに古いものになっていきます。海馬から大脳新皮質へと少しずつ移動していくのです。海馬は脳の奥にあり、大脳新皮質は脳の外側ですから、古い記憶は外側──脳の表面に、新しい記憶は中心部奥深くにあることになります。
 どのようにすれば、このように記憶を並べることができるでしょうか。
 海馬が他の部分とどのように結び付いているかを見てみましょう。図2を参照してください。感覚連合野と海馬にはループがあって循環しています。そして、海馬のニューロンは、一度信号が流れると、シナプスの信号を送り出す効率がよくなり、信号が強くなります。
 そこで考えられるのが次のようなシステムです。海馬へ信号を送るニューロンは、その信号の流れやすさを軸索(ニューロンが信号を送り出す触手のようなもの)先に延ばしてコースを短縮して、構造的な流れやすさに変換するということです。それは、ニューロンが、信号を送る次のニューロンの体をつたって伸びていくのです。ただし、軸索ではなく樹状突起(軸索の反対側で、軸索がひっつく所)の方が伸びるか、あるいはその両方の可能性もあります。
 ニューロンは、細胞体から遠い部分からの入力の影響が弱く、細胞体に近ければそれだけ影響が強くなっています。最も強いのは軸索の先端です。簡単にいうと、信号の出口に近いほど信号も強くなるのです。だから、手さぐりするようにつたって行けば、自然に信号の流れやすさに変換できるのです。
 このようにして、化学的な信号の流れやすさを、配線による信号の流れやすさに変換する。結果として、コースが少しずつショートカットされていき、ついには、海馬抜きで感覚連合野同士の連結になるまで移動していく。海馬−感覚連合野の大きなループが、感覚連合野−感覚連合野の小さなループへと縮むわけです。
 当然、記憶するたびに海馬へ結びつくニューロンが減ってしまいます。しかし、海馬には細胞分裂ができる神経幹細胞があり、ニューロンが補充されます。また、移動に失敗すると軸索をひっこめて元の位置に戻るものもあり、それが忘れるということです。
 連合野のニューロンは、なぜ次のニューロンをとばして、その次のニューロンに触手をのばそうとするのでしょう。
 連合野のニューロンは、信号が一周して戻ってくるように結ばれています。次のニューロンをとばして結びつくと輪が小さくなるので、信号がすぐに自分に戻ってくるようになります。ニューロンは信号を受け取ったり送ったりすることにより栄養を得ていますので、輪を小さくすると次のニューロンの栄養分を横取りすることになります。この栄養の独占行為が、長期記憶、意味記憶をつくるのです。ニューロン同士が自然淘汰のような原理で競争しているのです。ニューロンの闘いが記憶を作るのです。
 大事なことは、ニューロンの軸索は枝分かれしているので、一つのニューロンと一つのニューロンの間にも多数のコースがあるということです。自然淘汰の原理で、最も使用されないコースは除去され、その枝部分は別な部分を探してコースを作る。すると、ニューロンの情報伝達は出力に近いほど強いのですから、自然にループを縮小するように構造を変化させることとなります。
 数年もかけて海馬から皮質へと移動するのですから、極めてゆっくりとした変化です。脳の発達は植物を育てているようなものといえるでしょう。水や栄養に相当するのが信号といえるのです。
 このため、一時記憶が長期記憶に変化するのに必要な時間は脳の大きさで異なります。海馬の障害による逆向性健忘――すなわち記憶喪失の期間は、ラットで二週間、サルで一カ月、人類では半年から数年と、脳が大きくなるほど長くなるのです。

2011-08-23 Q8.運動性記憶とは何か?

【運動性記憶】エラー消去方式の線の記憶

 運動性記憶は、ピアノを弾く、自転車に乗る、ワープロを打つなど、体を動かし方を覚えることです。反射的な、いわゆる体で覚えるというものに相当します。
 運動性記憶は、試行錯誤により作られる訓練の記憶といえます。
 脳の変化を説明しましょう。感覚器官からの入力にたいして、とりあえず何らかの反応を示します。もし、それが正しければ──その行動によって快感が生まれれば、そのルートが強化されて流れやすくなり、間違い──不快を感じると弱められて流れにくくなります。このようにして正しい動きを身につけるようになります。
 こうしたルートは小脳、運動連合野、大脳基底核にあります。小脳には、他の部分とは少し異なるシステムがあります。失敗したとき、使われたルートを逆上り、間違ったルートを弱めるための細胞があるのです。
 そのため、運動性記憶はなんども繰り返す必要があります。しかも、間違うことが必要です。間違ったことに恥ずかしさなどを感じて、その失敗を一つ一つつぶしていかなければなりません。体育会系のクラブが、かつてスパルタ式が多かったのは、この運動性記憶の原理に近いからでしょう。
 運動性記憶の特徴は、一度覚えるとその後はほとんど忘れることはないことです。あらゆる記憶の中で最も忘却されにくいのです。自転車に乗れるようになった人が、乗り方を忘れることなどはないわけです。
 運動性記憶は、脳の中ではループでなく、線の変換として存在します。そして、実際に記憶を引き出すべき環境に当てはまると、環境と組合わさったループが完成し、記憶がよみがえるようにできています。だから、自転車の乗り方を言葉で表現できなくとも、自転車に乗れば思い出すことができるし、ピアノの弾き方もピアノを前にすれば思い出すことができるのです。
 漢字の筆記も運動性記憶が含まれています。そのため、頭の中で思い出すことのできない漢字が、鉛筆をもってみると書くことができる場合があります。
 小脳は、実際の運動だけでなく、運動のイメージだけでも活動します。運動のメンタルトレーニングなどは小脳なのです。
 また、言語にも活躍します。複雑な文法や動詞などをイメージすると小脳が活動するのです。
 このことは、文法というのは正しい言い方を覚えるというより間違った言い方を消去すること、を意味します。
 思い浮かべてください。日常の会話で、誰かが変な言い方をするとすぐに気が付きますが、正しい言い方のときは何も感じません。間違った言い方を間違っていると感じるから、間違いを回避できるのです。
 外国語の学習では、よく間違うこと自体が必要なのです。日本人は、よく考えて間違わないように外国語を話そうとしますが、これでは上達しません。何も考えずに思いつくまま話して訂正されることが必要なのです。
 逆説的ですが、どうすれば効率良くたくさん間違えることのできる環境を作ることができるかが上達の条件となります。
 実際、授業で問題が出たとき、絶対の自信の解答を提出したり発言するより、自信のない間違っているような気がすることを出す方がよい考えです。
 なぜなら、絶対に自信のある答えを出して正解だったとしても自分の知識に付け加えられるものはありません。しかし、自信のない答えを出して不正解なら、訂正されることにより新しい知識が得られるのです。正解でも、それが間違いない正解であると確定させることができます。

2011-08-22 Q9.プライミング効果とは何か?

【直感=プライミング効果】大脳皮質の組み合わせの線の記憶

 プライミング効果とは聞きなれない言葉と思います。プライミング効果とは、意識させずに情報を提示することにより、次の作業の判断が速くなったり遅くなったり、あるいは正確になったり不正確になったりする作用のことです。
 意識させないとは、意識できないほど非常に短い時間だけ映像を見せたり、それ覚える以外の作業するように命じて情報を与えたりするのです。それは、順番に単語を見せて、好きか嫌いかを判定してもらった後、単語を思い出してもらうといったことです。
 海馬に比べると非常に弱いものですが、一度流れたルートが強化される性質は感覚連合野にもあります。Aという入力に続いてBを入力すると、Bの一部がAに変換されます。これがプライミング効果となります。
 プライミング効果の典型例が、野球の配球です。ツーストライク・ノーボールのカウントでは、高めのストレートのボール球を投げることが定跡です。そして、決め球はボールになるフォークか、外へ逃げるスライダーとなります。これがわかりきっているにもかかわらず空振り三振することが多いのです。
 これは、プライミング効果がストレートのボールの軌道を記憶してしまうためです。そのため、変化球と予想していてもボールの動きがストレートに見えてしまうのです。
 プライミング効果も、運動性記憶と同じく脳ではループではなく線であり、実際に記憶を引き出すべき環境に当てはまると、環境と組合わさった輪が完成し、記憶がよみがえります。そのため、変化球につられないようになるには、何回も実際に見て慣れる以外にありません。
 日常生活にもプライミング効果はあります。人はときに、なぜだかわからないがそのような気がして、実際にその通りになることがあります。そして、聞かれると直感、霊感がはたらいたからと説明します。これもおそらくはプライミング効果と考えられます。日常生活のプライミング効果では、いつどのように記憶したか覚えていないのです。また、プライミング効果は、ループではないからどのようにして判断したかを思い出すことはできません。ただ、その同じか似た状況においてのみ再現されます。そうしたことは、直感として感じられるのです。

2011-07-30 Q10.言葉は脳でどのようにはたらいているか?

A.言葉は思考のループを循環する

 わたしたちは、意味記憶として獲得した言葉を使って、頭の中で考えを巡らすことができます。
 この言葉で考えるときの脳のはたらきを述べましょう。これも思考ですから、既に述べたように、前頭前野と聴覚連合野での信号の循環のことです。そこで問題となるのは、どのように循環するかです。
 近年の脳科学の発達により、かなり細かくわかるようになりました。
 たとえば「心を知ると得をする」という言葉を話すとどうなるでしょうか。
 まず、「心」に対応するニューロンの発火パターンが聴覚連合野に現れます。それが前頭前野に伝わり「心、知る」のパターンを生みます。その「心、知る」は二手に分かれます。一つは聴覚連合野に帰ります。もう一つは、運動連合野で「を」と「と」が追加されて、「心を知ると」と発音することになります。
 聴覚連合野に帰ってきた「心、知る」は、「得」のパターンに変化します。「得」は、前頭前野に行き「得、する」となり、運動連合野で「を」が追加され、「得をする」と発音することになるのです。
 この文なら、脳で信号が一周半することになります。言葉で考えるときには、およそ動詞の数−〇.五周だけ循環するのです。
 次の文を見てください。
 1.警官が、血まみれになって逃げる犯人を追いかけた。
 2.警官が血まみれになって、逃げる犯人を追いかけた。
 この二つの文章は読点の位置が違うだけですが、意味が違います。そして、脳での作用も違うのです。
 1の文章はループを半周しています。たくさんの情報を聴覚連合野を並べて、前頭葉へ送っています。それにたいし2は、「警官が血まみれになって」「逃げる犯人を追いかけた」の一周半なのです。
 これらは、その言葉にどの程度習熟しているかにも左右されますので、個人個人で微妙な差があります。言い慣れている言葉、あいさつなどは、そのまま一つの動詞化することがあります。
 脳における言語システムで注意すべきなのは、単語から単語には変換されていないということです。単語よりも大きな単位で変換が行われているのです。

2011-07-29 Q11.言葉は何で構成されているか?

A.言葉は5種類のフレーズの組み合わせで構成される

 言葉は脳の思考のループ回路で循環しています。このループの一周に対応する構造が言葉にあります。それがフレーズです。
 フレーズは、文よりも小さく単語よりは大きいもので、文を構成する要素です。その内容により、主題フレーズ、述語フレーズ、語説明フレーズ、句説明フレーズ、文説明フレーズの5種類があります。
 
主題フレーズ
 話題となる対象を示し、その多くは主語に相当します。冠詞もしくは名詞から始まります。日本語:〜はの部分です。英語:固有名詞、The 〜、 強声の代名詞などが典型例です。
 
述語フレーズ
 話題対象の変化や状態について述べています。使われる動詞が他動詞としてはたらいている場合は、動詞、助動詞、副詞から始まります。自動詞としてはたらいている場合は冠詞もしくは名詞から始まります。主語と自動詞、他動詞と目的語はセットになります。他動詞+目的語、代名詞+自動詞、代名詞+他動詞+目的語などが典型例です。
 
語説明フレーズ
 ある一つの単語を述語を使って補足説明するフレーズです。日本語では文をそのまま直前に置きます。英語は関係詞で導き直前に置きます。音の切れ目は少な目で、間を空けても息を切らないで続けて話します。
 
句説明フレーズ
 ある一つの句=フレーズを説明するフレーズです。話題の舞台である場所や時間を示します。日本語:〜のために、〜へ、〜で、など。英語:前置詞から始まります。to不定詞や、前置詞+場所が典型例です。説明する句に隣接していなくても構いません。
 
文説明フレーズ
 ある一つの文を説明するフレーズです。文全体を説明する場所や時間、話者の意図や意見を示し、言葉の流れをスムーズにするものです。日本語:ところで、しかし、〜では、〜において、など。英語:but, and, の他、I think, don't you know などコメント節も文説明フレーズに入ります。
 
 例を挙げましょう。
 
 In many business district, / there are a lot of vacant lots / which have been for sale for years.
  文説 / 述語 / 語説
 多くの商業地区では / 数年間売りに出されている / 空き地がたくさんある。
  文説 / 語説 / 述語
 
 For years / the press / overlooked the problem. / But now, / if anything, / they are making too much of it.
 文説 / 主題 / 述語 / 文説 / 文説 / 述語
 過去数年間 / 報道機関は / その問題を見過ごしてきた / しかしいま / むしろ / そのことを重視し過ぎている。
 文説 / 主題 / 述語 / 文説 / 文説 / 述語

2011-07-28 Q12.思考の最小単位は何か?

A.フレーズが思考の最小単位に対応する

 5つのフレーズの内の、述語、主題、句説明の3つのフレーズの組み合わせにより、構文のパターンが決まります。残りの語説明、文説明のフレーズがありますが、これはこの4文型のバリエーションとして考えます。フレーズの切れ目に / を入れた文で考えてみましょう。
 
 1.述語文
 鳥が飛ぶ。
 A bird flies.
 
 2.主題−述語文
 象は / 鼻が長い。
 The elephant / has a long trunk.
 
 3.句説−述語文
 東京で / 買い物をした。
 3e.述語−句説文(英語)
 I did some shopping / in Tokyo.
 
 4.主題−句説−述語文
 山田は / 大学で / 心理学を専攻した。
 4e.主題−述語−句説文(英語)
 Mr.Yamada / majored in psychology / at the university.
 
 この四文型は日本語、韓国語、中国語に共通ですが、英語では句説明フレーズの配置が違うため3e.4e.のようになります。また、英語の代名詞は強く発音しない限り主題になりません。
 ここに語説明フレーズや文説明フレーズが追加されることがあります。
 語説明フレーズは、ある単語を詳しく説明したい場合に使われます。日本語と韓国語の場合は説明する言葉の直前に、英語の場合は直後に、中国語では基本的に前に置きますが後ろに置くケースもあります。
 文説明フレーズは、言葉の流れを良くするために文と文のつなぎとして使われます。日本語では文末か文頭に、英語と中国語では文頭に置かれます。
 英語の文説明フレーズには、全く同形のままその句説明フレーズとしても使えるものがあり、その場合はコンマで区切って使用します。

英語の代名詞は単独ではフレーズを構成しない
 英語のフレーズ構成で、日本人に理解しにくいのが代名詞と主題フレーズの使われ方です。英語は、文の中の位置で言葉の意味関係を決める言葉なので、そこに置く言葉がない場合も、何かを置いて穴埋めしないと文になりません。そのときに代名詞や副詞などが使われるのですが、この穴埋め用法の代名詞はほとんど意味を持たないため、フレーズを形成しません。
 
 There is a cup / on the desk.
   述語      句説
 
 机の上に / コップがある。
  句説   述語
 
 これは主題のない文です。英語でも日本語でも主題はありません。ただ、日本語では状況が先に提示されます。ふと、机の方を見たらコップがあるのに気がついたわけです。意図的に発話されたものではなく、その情報により引き起こされた言葉の多くには主題フレーズがありません。
 
 The cup / is on the desk.
  主題   述語
 
 コップは / 机の上にある。
  主題   述語
 
 こちらには主題フレーズがあります。誰かがコップを探していたので、コップについて述べたのです。話者はまさにコップについて話したかったので、主題としてコップが提示されているのです。
 ただし、代名詞で混乱を招きやすいことは、声を強くすることで主題化するという方法があることです。
 
 He is a student.
  述語
 
 学生だよ。
  述語
 
 He / is the criminal.
  主題   述語
 
 彼が / 犯人だ。
 主題   述語
 
 この強声による代名詞の主題化と同じ現象が、日本語の強声による“が”の主題化です。日本語では、主題フレーズを作る方法として、“は”を使う方法と強声の方法があり、英語では代名詞の強声と、それ以外を主語におく方法があります。
 このとき、強くいうだけでなく、その直後に間があるのが特徴です。代名詞+助動詞やbe動詞の短縮形があるのは、主題化のための間との対比をつけるためでもあります。英語の代名詞には、指示用法と穴埋め用法があるわけです。
 英語話者といえど、I love you.(愛してるよ)というとき、I, Love, You, の3項目を意識しているわけではありません。日本語話者も英語話者も「愛してる」という一つの思考単位なのです。しばしば、日本語は主語がない曖昧で論理的でない言語と言われますが、むしろ英語の方が実際の思考内容と対応しない冗長な言語なのです。

フレーズは思考を示す
 フレーズというのは、話者がどんな思考をしたかを示しおり、文そのものによって決定されるわけではありません。
 
 Equality / is guaranteed by the Constitution.
 平等は / 憲法で保証されている
 
 これは標準的な分割パターンです。しかし、平等は何によって保証されているか、との質問に答える場合なら、
 
 Equality is guaranteed / by the Constitution.
 
 となりますし、平等というのは何か根拠があるか、との質問に答えるなら、
 
 Equality is / guaranteed by the Constitution.
 
 となるでしょう。
 
 また、言語は上達することで、複数のフレーズを1つにまとめて認識するようになります。
 ことわざの「一石二鳥」
 to kill two birds with one stone
 
 は、その内部を見ると、to kill two birds / with one stone ですが、実際には1フレーズとして認識し発音します。すなわち「効率良く」という感じに使うと1フレーズですし、「1つの石で2羽の鳥を殺す」なら2フレーズなのです。こうした感じで、もともと複数のフレーズだったものが1フレーズにまとめられることがあります。
 一見、フレーズ分割というのは、恣意的であるように見えるかもしれません。しかし、それは話し手にとって恣意的なのであり、既に発話されたなら、それは恣意的ではなくなります。聞き手にとって恣意性はまったくありません。

2011-07-27 Q13.言葉の意味とは何か?

A.意味とは行為のこと

 脳では、言葉はフレーズの大きさではたらいています。では、フレーズの中にある単語とは何でしょうか。単語の持つ意味とは何なのか考えてみましょう。
 言葉の意味と言われると、どんなことを答えるでしょうか。一般的には、「猫」の意味は何かと問われれば、実物の猫を指さして見せたりするでしょう。すなわち、実際に存在する物体を指して見せるわけです。
 しかし、これだと答えられないものはたくさんあります。たとえば、「愛」の意味と問われて何かを指さす人はいないでしょう。指し示す対象は意味ではないのです。
 対象は意味ではない。これは大事な区別です。
 では意味とは何でしょうか。これは、「意味」という言葉をどのように使っているか考えるとすぐにわかります。たとえば、
「そんなことをして何の意味があるのか?」
 と、聞かれた場合、そのことをした後にどんなことができるか述べるでしょう。
「英語を勉強することに何の意味があるのか?」
 と、聞かれれば、
「外国人と会話することができる。世界中の人々と知り合いになれる」
 などとそこから生まれる行為を答えます。意味=行為なのです。
 それにたいし、
「俺はバカだから、英語なんて習得できない。英語の勉強なんて無意味だ」
 と、答えるかもしれません。この人にとっては、何ら行為が生み出されない、すなわち、意味が生まれないので無意味なわけです。すなわち、「英語の勉強」ということでも、意味は一人一人違うわけです。
 しかし、この人に「英語の勉強」の意味を問えば、「単語や文法を暗記すること」と答えることができるでしょう。すなわち、「英語の勉強」の意味は知っているわけです。
 この場合の「単語や文法を暗記すること」はこの人から見た「英語の勉強」の普遍的な意味であり、無意味というのは個人的な意味なわけです。
 しかし、では「猫」の意味とは何でしょうか。「猫」という生き物そのものは意味ではなく対象です。「猫」の意味とは、猫に関連したときに生まれる行為のことです。撫でたり飼ったりするのが意味なのです。もしも、猫でも犬でもどんなペットでも同じように接する人がいたなら、その人にとっては猫や犬という言葉には特別な意味はありません。「ペット」の意味しかないわけです。
 この人に猫のすばらしさを訴えても通じないでしょう。すなわち、この人には猫特有の意味は通じないわけです。意味は一人一人が生み出す行為であり、それは一人一人違っていて共通する部分もあるが共通しない部分もあることがわかります。

2011-07-26 Q14.理解とは何か?

A.自分の行動可能性を見いだすこと

 普遍的な意味を知るということは、そのことを理解するということでもあります。何かを理解するということは、その何かに関連する行為を知るということで、完全に理解したならばその関連する行為をすべて知り尽くしたということです。
 たとえば、Aということを理解したなら、ある状況においてAを適用すると何が起こるかわかります。
 友人のAさんをよく理解しているなら、どんな場所や状況でどう振る舞うかわかります。数学の公式Aを理解しているなら、Aにどんな数字を入力しても答えを出すことができるということです。
 もし、その事柄をいかなる状況に当てはめてもわかるなら、100%理解しているといえます。ある状況だけでしかわからないなら、少し理解できたといえます。こうした結びつきの多さが、理解の浅さ深さといえ、それは0〜100%と表現できます。
 何が起こるかわかるということは、そのとき自分が何をすべきかわかるということです。「わかる」というのは、自己の行動可能性の分岐、すなわち何かについて行動を決定できるようになることなのです。

2011-07-25 Q15.思考とは何か?

A.思考は未来の自分への命令

 そもそも人間はなぜ言語を話すのでしょうか。動物にも言語に似たものはあります。いろいろな信号を出して仲間に感情を伝達したり、情報を伝達したりしています。また、チンパンジー、イルカ、オウム、ボノボなど知能の高い動物には、人間の言語に近いものが習得できる可能性が指摘されています。
 進化の歴史では、淘汰により生存に有利な能力が発達します。言語もまたその生物にとって有利であったから生まれたわけです。では言語の利点とは何でしょうか。
 それは、言語を使うことにより他の同胞の個体を操作し行動を変えることができるということです。何か指示を出したりお願いしたりすることで、仲間の個体はそれに応じて行動してくれます。それまでの動物たちの鳴き声やディスプレイよりもはるかに精密に行動を調整することができます。これにより効率的な集団行動することができるから有利なわけです。
 言語による行動調整作用は、他個体だけとは限りません。自分自身にすら向けられます。それが独り言です。あるいは、計算するときに数字を読み上げたりすることです。言語を使うことで、未来の自分の行動を変えているのです。
 そして、独り言として未来の自分の行動を調整するためなら、実際に発音する必要はありません。思考の言語として内語となるわけです。思考は未来の自分への命令であるということができます。

2011-07-24 Q16.語の意味とはどんなものか?

A.意味の完全性−不完全性スペクトルがある

 言葉を構成する要素に単語があります。言語を行動調整作用と考えたとき、単語の品詞によってその力が違うことがわかります。
 たとえば、「逃げろ!」という言葉は相手の行動を強く変化させますが、「逃避」ではよくわかりません。動詞は単独で言語として機能することがあるのに対し、名詞には言語として機能しないわけです。名詞では行為が生まれない、すなわち、名詞そのものには意味がほとんどないということです。これは、動詞は単独でも文を構成することができるが、名詞は単独では文たり得ないということでもあります。
 言語はその起源的には、他の個体を操作する信号です。ですからこれを最も理解しやすい方法は命令形を考えることです。
 文法を考えるとき、文の完結性の問題があります。命令形の文の場合、自動詞は動詞単独で文を構成できますが、他動詞なら目的語と動詞で構成されます。もし他動詞に目的語が欠けていると、意味のはっきりしない文となります。
 
「走れ!」「 Run!」
 これは走るのだなと理解できます。
 
「投げろ!」「 Throw!」
 投げろって、何を? と困惑させられてしまいます。すなわち、意味が不完全なのです。もちろん、
 
「石を!」「 Stone!」
 でも困ってしまいます。石をどうしろっての? というわけです。やはり、
 
「石を投げろ!」「 Throw a stone!」
 と、言ってもらわないと困るわけです。

 これで名詞が意味を持たない理由がわかるでしょう。名詞は完全な意味を持つ文の破片であり、一部分にすぎないのです。意味を構成する要素の一部なのです。そのため、名詞は意味が不完全なのです。
 どのような文が完全な意味を持つか考えますと、
 
 自動詞
 目的語名詞+他動詞
 副詞+自動詞
 目的語名詞+副詞+他動詞
 形容詞+目的語名詞+他動詞
 形容詞+目的語名詞副詞+他動詞
 ‥‥‥
 もちろん、これはいくらでも長くすることができます。

2011-07-23 Q17.モノの名前とは何か?

A.モノの名前とは行動のための分類

 こうした組み合わせになってはじめて明解な意味を持つことがわかります。自動詞以外は、完全な意味を持つ文の破片であり、不完全な意味しか持たないということ、単語には意味の完全性の度合いがあることがわかるわけです。
 こうした品詞の構造には脳の構造との対応があります。脳というのは、環境情報を分類して行動へと変化させる装置です。その経路における作用と品詞には対応があるのです。
 脳の信号の基本ルートの一つに、感覚野⇒感覚連合野⇒扁桃体⇒前頭前野⇒運動連合野⇒運動野があります。そして、それにたいして、名詞⇒形容詞⇒感情動詞⇒副詞⇒行為動詞の組み合わせを考えます。すると、名詞は感覚連合野に、形容詞も感覚連合野だが扁桃体近くに、感情動詞は扁桃体に、副詞は大脳基底核に、行為動詞は前頭前野と対応すると考えられるのです。
 他にも、神経心理学の研究から日本語の助詞や英語の前置詞はブローカ野に関係することがわかっています。
 名詞が感覚連合野と関連することについては、失語症や健忘症の研究から明白です。感覚連合野は、モノの弁別などにも関係します。
 脳は、まず環境情報を分類し行動へと変化させるわけですが、その分類の部分と名詞に対応があります。名詞が示す対象とは、行動のための分類のことなのです。
 そのため、語彙の分類の細かさは、その言語世界における必要性に応じて異なります。日本語では魚扁の漢字がたくさんあることでわかるように、魚の種類がたくさん分類されています。これは、それぞれに違った捕り方や調理法があるからです。フランス語などでは、肉の部分の名前が細かく分かれています。イヌイットがたくさんの雪の種類を示す言葉を持っていることは有名です。これらはすべて、その言語の使われる世界では、それらを違った行動へと結びつける必要があるために細かく名詞が分かれているのです。対象といっても具体的に何かを指すのではなく、あくまでも分類と区別の体系であること、これが名詞の特徴なのです。
 意味について考察したものを読むと、その多くは名詞が単純であるという誤解に基づいているようです。しかし、名詞よりもより本質的なのが動詞、特に自動詞です。
 たとえば、「鋏」という言葉について考えます。これを定義するのに対象を指し示すだけではだめです。見た目が同じ形をしていても動かない構造をしていては「鋏」ではありません。切る動きができなければ、
「こんなの鋏じゃない!」
 と、それを投げ捨ててしまうでしょう。「鋏」を定義するには「切る」という言葉を使わなくてはならないのです。となると、「鋏」は既に「切る」という意味の上に積み上げられたものであることがわかります。名詞は動詞よりも情報量が大きいのです。名詞の示す対象は分類であって、それ自体ではないのです。
 一般に生まれやすい勘違いが、固有名詞が最も単純で、次に名詞、そして動詞はもっと複雑という考えです。実際には、一番簡単なのは動詞、特に自動詞で、次に名詞、固有名詞と全く逆の順序です。
 固有名詞、例えば「アインシュタイン」について考えると、本人を指しているのだから簡単というのは浅はかです。「アインシュタイン」には、その本人にまつわるあらゆる情報が含まれています。生没年から、20世紀を代表する天才、あの舌を出したポーズなどなど、アインシュタインに関連する行為は限りなくあり、そうした行為の集合体としてアインシュタインという言葉の意味があります。ある人を「平成のアインシュタイン」と呼べば驚異的天才の意味で使うわけです。固有名詞が数え切れないほど多数の行為による複雑な構成概念であることがわかります。
 行為と対応するのは命令形にすることが可能な文だけです。一語文が可能な自動詞を除いて、単語にはそれ自体と対応するものはなく、その行為へと導く分類のみがあります。

2011-07-22 Q18.語の意味はどのように決められているか?

A.語の意味は身体行為を基準とした系統分類

 かつてクジラは魚だとされていました。あるいはコウモリは鳥だとされていました。その見た目から分類すると、魚や鳥に思われるわけです。
 もちろん、見た目といっても形だけではありません。模型の鳥や魚は鳥ではありません。行為が基準になっています。動かないものに対しては、言葉を使う人間の行為のみが基準となりますが、動物の場合は、その動物の行為自体も分類基準となります。人類にはミラーニューロンという、自己の行為と、その行為と同じものを見たときに共通に反応する細胞があります。行為することと行為を観察することを同じとして理解できるのです。
 魚という分類は、その魚の全身を使った泳ぎ方という行為によって分類されています。鳥もまたその羽ばたき方という行為により分類されています。そのため、滑降するだけのムササビは鳥と見なされず、タコやクラゲは魚と見なされませんでした。
 しかしその行為分類の結果、クジラは魚に、コウモリは鳥になってしまったわけです。
 しかし、現在ではクジラもコウモリも哺乳類です。呼吸の仕方などさらに細かい行為の分類を導入した結果です。これはその進化の歴史をたどり、一つの共通先祖から進化した生物を一つのまとまりと考えて分類することでもあります。
 この二つの考え方、行為を基準にすること、共通先祖を考えること、これは単語の意味を考えるにも有効な方法です。
 単語の共通先祖とは何か?
 それは、意味の完結した文章のことです。単語とは、完全意味文から取り出された断片ですから、それを復元することで意味を特定できるのです。
 失語症の研究により、脳には独特のカテゴリーがあることが知られています。文字、身体部位、家屋部位、屋内物品、色、道具、生物、動作、数詞、動物、果実、野菜などのカテゴリーがあり、そのカテゴリーの言葉だけを失う失語症があるのです。
 一見、どういう分類なのか無規則にすら思えます。しかしそれは、私たちが名詞基準の見た目の分類を見ているためです。意味の完全性という観点から考えると、これらはすべて行為の類似性で分類されていることがわかります。
 
 文字:書く
 身体部位:直接動かす
 家屋部位:そこへ自分が行く
 屋内物品:置く
 色:見分ける
 道具:手で動かす
 生物:見守る
 動作:動く
 数詞:数える
 動物:捕まえる
 果実:直接食べる
 野菜:調理する

 行為というのは身体的なものです。言葉の基礎的な分類は身体が基準になっているといえるでしょう。また、こうした分類になっているのは身体への運動信号を送る脳の運動野が、身体部位ごとに分かれているためでしょう。

2011-07-21 Q19.言語の音は聞き取ることができるか?

A.音声ではなく口の動きを感じ取る

 運動イメージ――体の動く感じをとらえることは、単語の意味を正しく理解するだけにとどまりません。リスニングにも大きく影響します。
 英語の発音でよく言われるのが、実際の発音はテープやCDにあるようなものとは違うという指摘です。発音記号などから推測される音と違うわけです。教材のようにゆっくり話すと発音記号通りの音が聞こえますが、日常の会話では違うわけです。そこで、古いカタカナ語の発音の方が近いと主張する人もいます。
 しかし、ここには重大な勘違いが含まれています。これは正しく発音できないから違うように聞こえるだけのことなのです。
 日常速度の発音と教材の丁寧ゆっくりな発音は、確かに音声としては異なります。しかし発音は同じなのです。私たち日本人が日常で会話するときと、丁寧に文章を読み上げるとき、違う発音をしているという意識はないでしょう。それは英語圏の人でも同じことです。速く話すとき、発音の仕方についての意識はそのままでスピードを速くします。
 これはどういうことでしょうか。それは、私たちは音そのものを聞き分けているのではないということです。音ではなく、発音の仕方を聞き分けているのです。音を聞いたとき、その音を出すためののどや口の動きを感じ取って聞き分けているのです。母国語の話者がゆっくりでも日常速度でも同じと感じるのは、音としては違っても発音としては同じだからです。
 音を聞き分けるというのは、いろいろな音を分類するということです。日本人が“あ”と発音する場合でも、個人差がありますし、そのときどきで微妙に異なった音になっています。こうした音を似ているもの同士をまとめて分類するわけです。
 しかし、そもそも音を分類するのに音を基準するのは困難です。“あいうえお”という5つの音を3つの音で表現する言語があったとした場合、どれとどれが似ているとまとめるのでしょうか?
 ネイティヴスピーカーは、これを発音の仕方、口やのどの動きの類似性で分類しているのです。自分の運動感覚と音を結びつけて分類しているわけです。音の違いより動きの違いの方がはっきりとしているからです。
 これを実際に示した実験もあります。
 心理学者のレオンチェフは、中国語のような声調言語の聞き分けをどうすればできるようになるかの実験を行いました。どうしても中国語の声調を区別できない被験者にいろいろな方法を試したのです。その結果わかったことは、聞いた音に合わせて発音する経験を与えると聞き分けられることでした。発音すれば聞き分けられるようになったのです。
 Michaelという人が、日本人に“マイケル”と呼びかけられても、自分のことだと気づかないといいます。英語の“Michael”は、1音節なのに、日本語“マイケル”は4音節もあります。同じ音を聞いてもこういう違いが出てしまう。これは、英語の発声法で分類するか日本語の発声法で分類するかの違いなのです。
 自分で発音できない音を聞いても、そこから発音の動きを感じ取ることはできません。英語の音を聞くことはできても、英語の発音は聞き分けることができないわけです。音を聞き分けるためのモノサシがないのです。正しく発音できないと、英語を正しく聞き分けるための英語のモノサシを持つことができないのです。
 知覚心理学者のギブソンは、我々の感じ取るものは対象ではなく自分自身の行為であると考え、それをアフォーダンスと呼びました。LとRを区別できる人は、Lを聞いたときはLの発音のアフォーダンスを感じ取り、Rを聞いたときはRの発音のアフォーダンスを感じているのです。それに対して英語発音のできない日本人はラ行のアフォーダンスを感じているわけです。
 ではどのようにして、ネイティブはアフォーダンスを獲得してるのでしょうか。
 それは試行錯誤によります。聞いた音を真似ようとしていろいろな発音を偶然的に試し、類似する音が出たときの運動感覚――アフォーダンスを覚えるのです。
 英語では、速く話すことで音が連結して変わることがあります。リエゾンといいます。しかし、そのとき話している本人には別の発音をしているという意識はありません。これも運動としては同じだからです。韓国語のリエゾンも強力ですが、音が変化しますが、これも同じ理由で、当人にとっては違う音という意識はありません。
 日本語の場合もあります。案内(アンナイ)の“ン”と案外(アンガイ)と“ン”は、音声を調べると全く異なる音ですが、私たちは同じ音だと認識しています。実際に口の形を意識すると、案内は舌が上に着いているのに対し、案外は舌が離れていて、全く別の音なのに気づきます。しかしその二つを“ン”という一種類の動きと認識しているため同じに聞こえるのです。
 では、外国語の音を聞き分けるにはどうすればよいか?
 たとえば、日本人の苦手なLのRの二つの音を聞き分けるとします。これも連続して聞けば、誰でも違うことがわかります。ところが、単独でLだけ、Rだけを聞くと、それがLかRか判断するのが難しくなります。音の判断には比較するものが必要だからです。LかRか判断できるようになるには、LとRを心の中で発音できなければなりません。英語音のモノサシが必要なわけです。
 頭の中でLとRを直接比較できればよいのですが、それはうまくいきません。というのも、記憶は2つの事柄の結びつきだからです。もし、Lの音とLの文字、Rの音とRの文字を組み合わせようとすると、それは聴覚連合野と視覚連合野との組み合わせとなります。これは脳の入力と入力を組み合わせようとすることになります。ところが、脳は本来、入力を出力に変換するシステムで、それに出力から入力への逆行ルートを付け加えたものです。入力から入力へのルートは、入力を出力に変換してそれから入力へ返すルートが短縮されることによって作られるものです。すなわち、入力と入力の組み合わせを直接作り出すのは困難なのです。
 また、思考は前頭葉と感覚連合野との循環です。音を聞き文字を見るだけでは、前頭葉に届かないため思考が循環せず、脳がはたらかないのです。言えない音は聞こえにくいという原則があるのです。
 脳の活動を計測した結果でも、英語の子音を聞き分けようとするとブローカ野が反応するという実験結果が出ています。ブローカ野は、発声器官の運動プログラムを作る部分なのです。これは音の聞き分けに運動イメージを使っていることを示しています。
 そのため日常会話の音は聞き取ることができず、教材のきれいな発音は本物とは違うといった勘違いが生まれることになります。そして、それを違う音として理解しても、そもそも違う音に聞こえること自体が間違いですから役には立たないでしょう。
 本物のリスニング力には、正しく発音する能力が不可欠なのです。

2011-07-20 Q20.言葉の意味はどのように広がるか?

A.身体運動感覚にメタファー・シネクドキー・メトニミーにより広がりを作る

 言葉の意味は、身体運動感覚のコアがあります。そしてそれだけでなく、そこから3つの法則を使って意味が広がりを見せます。
 その法則がメタファー、シネクドキー、メトニミーです。
 メタファーは、隠喩ともいい、類似する関係による表現です。"月見うどん"はうどんであって月は入っていません。卵を月に見立てているわけです。似たものに呼び替えるのがメタファーによる意味の広がり方です。
 メトニミーは、換喩ともいいます。隣接関係による表現です。"父は黒帯だ"というとき、父は人間ですから、帯ではありません。帯は父にくっついている存在です。すぐとなりにくっついているもので呼び替えるのが、シネクドキーによる意味の広がり方です。
 シネクドキーは、提喩ともいいます。包含関係による表現です。"友人に顔を見せに行く"というとき、実際にドアをちょっと開けて顔だけ見せて帰ってしまうわけではありません。会って話し全身を見せるのが普通です。全体の中の一部を取り上げて呼び替えるのがメトニミーによる意味の広がり方です。
 コアになる身体運動感覚から、3つの法則により意味が広がることで、その言葉の意味の範囲が決まります。
 例えば、"ここ・そこ・あそこ"の意味のコアは、それぞれ、話し手の手の範囲、聞き手の手の範囲、そのどちらからも外にある範囲です。
 そしてこれがメタファーにより、想像の世界にも広がります。実際の手の範囲から、自分の影響力で操作できる範囲へと広がるのです。話し手の影響下が"ここ"、聞き手の影響下が"そこ"、二人の影響の外が"あそこ"となります。
 このとき、あくまでもその身体運動感覚は維持されます。"父は黒帯だ"というとき、黒帯の持つ身体運動感覚がイメージしている父とズレがあるとこの言葉は使えません。
 シネクドキーは、モノの包含関係だけでなく、言葉の包含関係にも登場します。日本語の別れの挨拶は「さようなら」ですが、これは「左様ならば拙者、これにてお暇仕る」の全文の冒頭部分を取り出したものです。あるいは、略語などもシネクドキーの一種といえるでしょう。
 ある言葉について辞書を引くと、これらの派生的な意味もすべて網羅しているのが普通です。それらを一つ一つ覚えるのは、とても大変です。そこで、それら複数の意味を比較して、派生の元になる意味をとらえて、それを確実に理解することが大切です。
 この意味はあの意味のメタファーだからコアではない、この意味は別のあの意味のシネクドキーだからコアではない……このようにたくさんある意味をしらみつぶしにすればコアが浮き出てきるわけです。
 コアの意味をとらえることで、新しく創造的な表現を生み出すこともできます。普通ネイティヴはそう言わないけれども、言われてみるとぴったりだという表現ができるのです。詩という芸術は、新しく新鮮な言葉の組み合わせを生み出しますが、そのときもこの原理を利用して作られているのです。

2011-06-30 Q21.【ワーキングメモリ】とは何か?

A.ニューロンの発火状態の維持と操作

 記憶システムの6つ目がワーキングメモリです。
 ワーキングメモリは、三〇秒程度で失われる短時間の記憶です。たとえば、人に電話番号を教えられてその番号に電話するとき、かけるまで数字を覚えていなければなりません。この短い記憶がワーキングメモリです。暗唱したりすることにより時間を延ばすことができます。
 脳の情報の基本ルートは、感覚器官⇒感覚野⇒感覚連合野⇒前頭前野⇒運動連合野⇒運動野⇒運動器官です。このうち、前頭前野から感覚連合野、運動連合野から前頭前野へは逆行するルートがあります。この逆行ルートのニューロンの興奮を維持することにより、感覚を再入力し続けることがワーキングメモリなのです。
 ふつうニューロンには、オート・レセプター──過剰な発火が続くことを抑えるしくみがあります。ワーキングメモリのルートである前頭前野、側頭連合野には、オートレセプターがないニューロンがあり、興奮状態が長時間維持できるのです。
 ワーキングメモリとエピソード記憶、意味記憶との関係は、ちょうどコンピュータのハードディスクとメモリの関係に似ています。電源を切ってもハードディスクの情報はそのままですが、メモリの情報は失われます。人間のワーキングメモリも注意を解放すると失われるものです。
 ワーキングメモリを損傷すると、注意力が失われ、性格が気まぐれになり、統一のある行動ができなくなります。そのため、ワーキングメモリ(作業記憶)でなく、作業注意であるということもできます。ワーキングメモリは、正しくは記憶ではないというべきであり、この言葉の提唱者も不適切さを認めています。
 すなわち、記憶ではなく、情報の一時保留装置であるというのが正しいのです。この本では、他の記憶との差を表現するため、カタカナでワーキングメモリと呼ぶことにしました。
 動物の知能の測定の実験に、空中につるされたバナナをサルが取ることができるかというものがあります。バナナは手を伸ばすだけでは取ることはできない高さにありますが、箱をもってきてその上に乗ると手が届きます。類人猿(オランウータン、ゴリラ、チンパンジー、ボノボ、人類などで、尻尾のない大きな猿)ではこうしたことが可能ですが、その他の動物ではできません。
 それは、バナナを取る、箱に乗るという二つの事柄を保留できなければ、バナナを取ることはできないからです。これこそワーキングメモリの強さの差なのです。ワーキングメモリは知能そのものといえます。
 人類のワーキングメモリは4前後です。すなわちループを4つ同時に維持できるのです。それに対し類人猿のワーキングメモリは2つぐらいと考えられます。
 その他の動物は、ワーキングメモリは1つあるかないかです。そのために、犬や猫をしつける場合には、その場ですぐ叱ったり褒めたりしなければならないのです。間を置くとワーキングメモリが書き換えられてしまい、なぜほめられたのかしかられたのか理解できないのです。
 人類は、他の動物と前頭前野の大きさが異なり、それが人類と他の動物の差であると考えられています。ということは、ワーキングメモリの容量の差が、人類と他の動物の違いの重要な要素といえます。
 ワーキングメモリの容量は4前後といいましたが、かつては7前後であるといわれていました。ワーキングメモリの回路には、音や視覚があり右脳や左脳に分かれていますので、それらの組み合わせ次第で数が増えるのです。そのため、音楽を聞きながら勉強したり、おしゃべりしながら車の運転をすることができるのです。

2011-06-29 Q22.推論するとき脳で何が起こっているか?

A.脳の類推・演繹・帰納推論の回路

 何を考えるかが決まれば、次はそれを考える作業です。それは思考ループで情報を変換することです。
 思考ループに入った情報は、変換されるか、そのまま保留されます。保留した情報が複数あれば、その情報をつなげたり、共通する部分を残したりできます。それらの組み合わせが、類推、演繹、帰納などに相当します。

類推と演繹
 ある事柄の変化法則を、他の事柄に当てはめることによります。
 たとえば──猫は哺乳類である。哺乳類は子供を生む。猫は子供を生む。
 これは、次のように表現できます。AはBである。BはCである。AはCである。
 脳の作用は次のようになります。A→Bの変換が思考ループで維持されます。B→Cも同様に維持されます。二つが同時に維持されるとA→B→Cの二重の変換が成立します。この真ん中を省略することにより、A→Cとなり類推は完了します。
 認知心理学の実験により、記憶には初頭末尾効果があることが知られています。一連の事柄を覚えると、最初と最後が強く記憶に残るのです。類推でも自然に最初と最後が残り、途中は省略されるのです。
 演繹推論は、これにカテゴリーのエラーなど、検証を加えたものに相当します。
 ペンギンは鳥である。鳥は空を飛ぶ。ペンギンは空を飛ぶ。
 ペンギンは空を飛びませんから、矛盾です。ペンギン→飛ばないという知識がありますから、ペンギン→飛ぶと矛盾し、否定されます。
 
帰納推論
 たとえば──からすは鳥であり翼がある。鶏は鳥であり翼がある。鳥には翼がある。
 これは次のように表現できます。AはBに含まれCをもつ。DはBに含まれCをもつ。BはCをもつ。
 これらはそれぞれ、A→B→C、D→B→Cの変換が思考ループで維持されます。次に、入力の多かったループ部分を検出します。A→B→C、D→B→Cの共通部分のニューロンB→Cは、より発火量が多くなります。全体のニューロンの活動を低下させれば、B→Cだけが残ります。
 これを検証することにより帰納推論となります。検証は、既に記憶にある他の変換を引き出して、矛盾がないかを調べることです。
 馬は哺乳類で足が四本ある。牛は哺乳類で足が四本ある。哺乳類は足が四本ある。しかし、人間は哺乳類で足が二本ある。
 二本と四本は異なりますから、これは誤りとなります。
 類推も帰納も記憶が重要です。既に獲得されている記憶が多ければ帰納推論は正確になりますし、類推も豊富になるのです。頭の良さには、記憶の多さも必要なのです。

2011-06-28 Q23.論理的な推論とはどんなものか?

A.論理的推論−調査・帰納・演繹・反証の弁証法サイクル

 人間の脳には帰納、類推、演繹といった論理回路が組み込まれているわけですが、それにしては世の中に非論理的な人が多すぎると感じるのではないしょうか。
 みんなが論理回路を持っているのに論理的な人が少ないのは、その使い方を知らない人が多いからです。せっかく論理回路が脳にあっても、使い方が正しくないと論理的に推論することはできないのです。ここでは、論理の基本的な使い方、適切な手順を述べることにしましょう。
 その手順は、調査、帰納、演繹、反証の4つからなります。
 
1.調査(データの収集)
 帰納推論にしろ類推にしろ、その正確さ豊富さは記憶量に依存しています。従って、正確な情報を多く集めることがすべての推論の基礎になります。インターネットや図書館での書籍収集、フィールドワーク、科学実験などのことです。
 ここにはどんな視点から情報を集めるかの問題があります。視点には、空間軸で2つ、時間軸で2つ、そしてそれ自体の計5つの種類の視点があります。
 空間軸の2つとは、同じカテゴリーの対象を比べる a.比較の視点と、問題の内部構造を探る b.構造の視点です。
 時間軸の2つとは、その問題にいたる時間変遷を追う c.歴史の視点と、いろいろな対応策による効果を推定する d.実行の視点です。
 それ自体とは、それ自身の立場に立ってみる e.体感の視点です。
 たとえば、日本の犯罪の増加が主題だとします。
 この場合、a.は世界の犯罪状況、b.は犯罪が起こるメカニズムの分析、c.は日本の犯罪についての歴史、d.は対策が実行された場合の結果研究、e.フィールドワークとなります。こうした資料を集めることで、法則性を見いだすためのデータを得ることができます。
 これらの内、d. と e. は他と位置づけが違います。e.は問題そのものを問い直す役目を持ちます。d.は結論として最終的な力があります。d.の視点がないと定義論争になりやすいものです。
 一般に、学問は集めるデータの種類で縦割りになっているため、他の学問のデータを使うことを排斥する傾向があります。そのために4種のデータの内の1種しか使わない不確実な分析になりやすいので注意が必要です。それぞれの範囲の内容を考えると、a.社会学、b.心理学、c.歴史学、d.法学、e.人類学と学問が別々になっていることに問題があります。学問は手法で分類されるべきではなく、問題で分類されるべきなのですが。

2.帰納(帰納と仮説形成)
 データを種類や内容で分類し、その共通項から帰納推論し、仮説を形成します。
 直観的にデータもなく突然に仮説思い浮かぶ“ひらめき”も、帰納推論に相当します。データ数の非常に少ない確実性のない帰納推論や、その帰納されるデータが意識されない場合を“ひらめき”と呼ぶのです。
 ここで大事なことは仮説を複数立てることです。仮説を一つしか立てないと、その仮説に固執して盲進する研究になりやすいのです。特に、データが不完全な場合は、一つではなくあり得る仮説を徹底列挙し、それを検証によって消去する仮説列挙−消去法が必要です。
 シャーロック・ホームズの言葉、「不可能を全て消去した後に残るものこそ、それがどんなにありえないように見えることであろうとも、真実である」は論理思考においても有効です。ただし、実際に不可能をすべて消去することは不可能なので、強力な仮説を生み出す手法として価値があります。
 
3.演繹(仮説から予測を生み出す)
 仮説を実際の各種事象に適用して、検証可能な予測を生み出します。数学的計算が要求される部分。アインシュタインが相対性理論を考えたときのようなイメージによる思考――すなわち、将棋で指し手を読むときの駒の動きの思考や、ソロバン暗算でソロバンイメージを動かして考えるようなもの――もここで用います。
 ここで大事なことは、予測を生み出すことです。未だ知られていない新しい事実を予測するわけです。というのも予測がなければ、その仮説が正しいのかどうか検証することができないからです。逆に何ら予測が生まれないなら、その仮説には何の価値もないということです。
 
4.反証(予測結果を実験検証−反証検索する)
 検証においては可能な限り反証例を探さなくてはなりません。仮説の理論にかみ合わない部分、間違っている部分を探すのです。というのも、正しい理論というのは常に間違いがないということであって、ある一つの例だけ正しいというのでは駄目だからです。
 さて、検証の結果、反証例があった場合はどうするべきでしょうか。
 まず現存する他の仮説と比較します。もしより有力な仮説があるならば、その仮説は放棄すべきということです。
 しかし反証例を考慮してもなおその仮説が現存する最有力理論であるなら、仮説を放棄せずに1つ目の情報収集作業へ戻って繰り返すのがよいのです。反証例によって、よりテーマをしぼって調査することができ、より強力な仮説が生まれるのです。これこそ弁証法でいう対立と矛盾から止揚するということでしょう。反証例を探すのは、その仮説の検証のためだけではなく、その仮説のさらなる精緻化のためにも有効なのです。
 ここで注意しなくてはならないこととして、
 
1.仮説の肯定データ    ⇒ 仮説を支持するデータ
2.対立仮説の肯定データ  ⇒ 1.と相容れない仮説を支持するデータ
3.仮説の肯定データの否定 ⇒ 仮説を支持するデータを弱めるデータ
 
 この3つがまったく違う効果を持つことを認識しなくてはなりません。
 ある仮説が立てられたとします。このときの確証度を0とすると、
 1.は+1、+2など数値をプラスの方へと確証度を高める効果を持つ。
 2.は−1、−2など数値をマイナスの方へ確証度を下げる効果を持つ。
 3.は÷2、÷3など数値の絶対値を下げる効果を持つ。
 
 議論や思考において問題となるのは、「対立仮説の肯定データ」と「仮説の肯定データの否定」を混同しやすいことです。3がいくら多くても、仮説の否定そのものにはならないのです。3が大量に見いだされてもなお、2が1より小さければ1がまだ最有力説なのです。進化論などがこれに相当します。多くの反進化論者は、2と3が区別できていません。
 混乱を避けるためにもバランスシートを作って比較するのがよいでしょう。

2011-06-27 Q24.問題は宇宙のどこにあるか?

A.学問の時空間に問題の位置がある

 調査の段階で調べる領域を図示すると次のようになります。







内 ⇒ 空間軸 ⇒ 外
過去

時間軸

未来
歴史
構造
体感
比較
実行


 これらはただ情報の種類というだけでなく、研究法の違いにもなります。情報の処理の仕方が違うのです。
【 体感 】
 現在のその出来事を描写し、感情を喚起し不当性を主張する方法。それ自体の問題性を問うことができます。問題の再確認にもなります。
【 歴史 】
 過去の出来事から一貫性を主張する方法。問題に至るまでの変化を追います。未来への予測を立てることができます。
【 比較 】
 類似する例から平等性を主張する方法。
【 構造 】
 内部の構造から必然的な因果性を主張する方法。
【 実行 】
 未来を推定しその状況の妥当性を主張する方法。

 こうした研究による5種類のデータは、何かを主張するときの根拠になります。
 あなたの夫が煙草を吸っているが、禁煙して欲しい。このとき何と主張すればよいか?
【 体感 】部屋が汚れて汚いし、一緒に居て煙たい。
【 歴史 】スポーツジムに通ったり朝にランニングたり健康管理しているのに煙草は無駄。
【 比較 】友人のAが禁煙した。世界は禁煙の趨勢がある。
【 構造 】肺を破壊するメカニズムを説明する。子どもの健康にもよくない。
【 実行 】煙草を吸わなければその分お金が貯まる。健康になる。食べ物も美味しくなる。

 問題を解くための情報には種類があり、得られるものも異なります。それらを組み合わせることがより優れた分析方法ですが、この5つは同じテーマを扱うにもかかわらず、学問は違うものになっているところが注意点です。
 この5つの領域の考え方を学問全体に当てはめることで、問題がこの宇宙のどこにあるかを考えることができます。
 宇宙とはどんな意味でしょうか。
 "宇"とは空間のこと、"宙"とは時間のこと。宇宙とは時空間のことです。宇宙全体を網羅して、問題を解くのに必要な情報を逃さないために、空間のサイズを横軸に取り、時間の方向を縦軸に取り、時空間のマトリックスを作ります。そこに学問の種類を割り当てていきます。すると、宇宙における問題の位置を見いだすことができます。







小 ⇒ (空間軸) ⇒ 大
過去

(時間軸)

未来
哲学
天文学
進化論
行動科学
文学
文化史
経済学
歴史
論理学
変化
物理学
物質
遺伝子
細胞
脳科学
身体
人類学
個人
社会学
組織
政治学
国家
国際政治
人類
数学
工学
生命科学
医学
教育
社会心理
法学
思想


 これはあくまでも見安ですが、学問の宇宙の構造はわかると思います。
 ある一つの主題について調べるときの視点が比較の場合、マスは2列目になります。比較の視点の一つ左側が構造の視点であり、一つ上が歴史、一つ下が実行になります。
 ある問題に正確に答えるためには宇宙のすべてを知る必要はありません。ラプラスの悪魔になる必要はないのです。ある学問を中心に時間と空間のスケールで隣接した学問の知見を調べればよいのです。学問の図の中で問題のありかを特定できたならば、ただその学問について調べるのではなく、その周辺に位置する学問についても調べることでより高度な分析をすることができるのです。

2011-06-26 Q25.正確な情報を得るためにはどうすればよいか?

A.著者の知識の焦点をとらえる

 資料の正確さを知るには、著者の知識の焦点をとらえることが大切です。
 『新しい歴史教科書』は、その社会政治的な問題だけでなく内容に誤りが多いことも問題になりましたが、それもそのはず、主著者の西尾幹二はドイツ文学の研究者でした。
 専門、専攻でないと正しいものが書けないのはおかしいと思うでしょうか。ろくに研究していない研究者よりよいものが書けるかもしれないと。
 しかし、どんなジャンルでもしっかりと研究している研究者が必ずいます。そうした人たちと比べれて考えてみれば、人生のほとんどを日本史の研究に費やした人と、仮に半分を費やした人ではその内容に差があるのは当然のことといえるでしょう。
 人間が平等だと考えるからこそ専門家が正しいのです。アインシュタインはかつてこう述べています。私は賢いわけではなく、ただ一つのことについて他の人よりもずっと長く考えていただけだ、と。人間の能力には大きな差がないからこそ、長く一つのことについて研究していた専門家が正しくなるのです。
 知識の焦点は、必ずしも専攻とは一致しません。
 例えば、精神科医の和田秀樹は精神医学より受験勉強研究のほうに焦点がありますし、経済学者の野口悠紀夫は経済学より社会人向けの学習法に焦点があり、そちらの著書の方が価値があります。
 もちろん、焦点からはずれている本に価値がないというわけではありません。絶対的な意味では価値があります。読んで無意味だったということはないでしょう。
 しかし、本の価値は相対的なものです。他に良い本があれば、質の落ちる本には価値がないのです。現代のように数え切れない数の本が出版される情報過多の時代には、良い本にのみ価値があります。
 考えてみましょう。
 現代は膨大な数の本が出版され、一生を費やしても読み切ることはできません。私たちは一生の間に、世の中に存在する本のごく一部を読むわけです。
 本を読むという行為は、時間を捨てて知識を得るということです。ある本を読むということは、ある別の本を読まないということです。つまらない本を読むということは、その時間があれば読めた優れた本を読まないということでもあるのです。
 相対的により良い本があればそちらを読むべきなのです。研究の世界では、二兎を追ってもやっぱり一兎を獲るのみ、というのが現実といえるでしょう。
 では、そうした著者の知識の焦点をとらえるにはどうすればよいでしょうか。
 それは著者の略歴を確認し、ネット上の書店や図書館などのサーチを利用してどんな本を出しているかを調べることです。専攻に関係ない本を大量に出している著者は、専攻よりも出している本のテーマに焦点があると考えた方が正解です。
 学問の細分された現在、経済学、心理学といった専門はありません。経済学ならばマクロ経済学、ミクロ経済学、金融論、数理経済学、財政学、労働経済学、環境経済学など、心理学ならば、認知心理学、発達心理学、神経心理学、精神分析、臨床心理学などがあります。
 特に注意すべきなのは二人の専門家の意見が対立しているときです。本当の専門家の意見がはっきり対立することはほとんどありません。たいていは片方が偽の専門家なのです。本物の専門家を知ることが資料を読むときには不可欠です。

2011-06-25 Q26.「なぜ」とは何か?

A.「なぜ」とは原因、構造、理由、目的を問うこと

 人はいろいろなことに疑問に感じます。そのときに使う言葉が「なぜ」です。
 なぜそうなるのか知りたい。なぜそんなことになったのか知りたい。飛行機はなぜ空を飛ぶことができるか。地震はなぜなぜ起きるのか。太陽はなぜ毎日東から昇るのか。彼女はなぜ僕を好きにならないのか。そう思うわけです。
 ところがここで大きな問題があります。そもそもあなたは「なぜ」という言葉の意味を知っているのかということです。「なぜ」の意味を知らずして、なぜの答えを得ることはできないのです。
 何か言葉の意味を考えるときの技法は言葉を置き換えることです。なぜそうなるのか知りたい、この言葉で知りたいことを考えるにはまず、
 
1.なぜそうなるのか○○を知りたい。
2.なぜそうするのか○○を知りたい。
 
 この○○に入ることのできる言葉を考えるのです。すると、ここに入れられる言葉としては、1なら原因、構造が挙げられます。2なら目的、理由などが挙げられるでしょう。
 すなわち、「なぜ」で知ろうとする内容は一つではなく、原因、構造、目的、理由の4つがあるのです。では原因、理由、目的、構造とは何でしょうか。

【 目的 】
 人間など意志のある存在が、Aという行為を行ったとします。このAによってBを成し遂げようしていた場合、BをAの目的と呼びます。自然現象には目的はなく、自然科学では目的は問わないことになっています。

【 構造 】
 構造は日常の言葉と同じ使い方です。AがB、C、Dで構成されているならば、B、C、Dとその配列が構造です。

【 原因 】
 ある出来事Aが起こったときに、それより過去における出来事Bがもし起こらなければAも起こらなかったと考えられる場合、BはAの原因であるといいます。
 原因には、直接的なものと間接的なものがあります。ブレーキの故障した自動車がそのために事故を起こした場合、ブレーキの異常を原因というのが普通ですが、自動車を購入したことが原因と呼ぶことも可能です。あるいは運転手の不注意であったり、運転手の技術の低さというのも考えられます。もしも本人が天性に不注意な人間であり、必ず整備など忘れることが予想されるような人である場合、ブレーキ異常より自動車購入を原因と呼ぶことが多いわけです。
 あらゆる出来事には原因となる要素が多数ありますが、原因排除時における出来事の回避率と原因の排除可能性により、その直接性と間接性の度合いが決定されます。容易に排除できるはずの出来事Bがあり、それを排除すれば確実に出来事Aが起こらないなら、BはAの直接原因であるといえます。
 原因はすべて出来事であり、物や状態ではあり得ません。“自閉症やADHDの原因は脳の異常である”とは、表現できません。脳の異常は自閉症の構造だからです。
 脳に変化を生み出した何らかの出来事がその原因になります。脳の形成時における何らかの異常、ホルモンや遺伝子の損傷などがADHDの原因なのです。あるいは、“自閉症における言語習得の困難の原因が、脳の異常のため”ということはできるし、“自閉症とは脳の異常である”ということはできます。

【 理由 】
 ある特定の出来事の“なぜ”が原因であるのに対し、普遍性のある対象の繰り返しあらわれる“なぜ”が理由です。「あの虹ができたのはなぜ?」は原因を、「虹ができるのはなぜ?」は理由を問うています。
 彼女が彼をふった“原因”は彼が優しくないことを知ったからであり、彼女が彼をふった“理由”は彼女が優しくない男を好きでなかったためです。
 ある結果Aを生み出す法則Bがあるとき、BをAの理由と呼ぶわけです。
 理由はその構造を知ることで、理解できることが多いものです。
 ダイヤモンドが硬い理由は、その炭素原子間の共有結合の多さです。硬いとは、外からの力によっても構造が破壊されないことですから、共有結合の多さが硬さの理由となるのは理解できるでしょう。

 こうした原因、理由、目的、構造は混同されることが多いので注意が必要です。

2011-06-24 Q27.科学とは何か?

A.一段階の還元と検証可能性こそが科学

 科学の思考法には大きく二つの特徴があります。それが還元主義と検証可能性です。
 還元主義とは、その構造を求める方法です。科学では対象の中の構造がどうなっているのかを重視するのです。物理学が分子、原子、素粒子とより小さなものを求めて研究を進めていくことで発展しました。構造を知ることで、その法則を知り未来を予測できるからです。
 還元主義というと、時に批判的な言葉として使われるようです。しかし、生物学者にして科学史家であるスティーブン・ジェイ・グルードは、自ら誇りをもって還元主義者であると宣言しています。自然科学者たちは反論しないものの、還元主義は当然のことであると考えています。
 医学の歴史を見てみましょう。医学の発展は、解剖学とともに発展しました。解剖学的知識なしの医学はほとんど無力でした。解剖する、すなわち還元主義こそが医学を発展させたのです。
 どうやら還元主義批判には、誤解があるようです。批判されているのは、学問の縦割り状態のことが一つ、もう一つは段階をとばした還元のことです。
 学問の高度化、専門化とともに、学者は自分の学問以外のことがまるでわからなくなり、またその学問内部でしか通用しない言葉が多くなってしまいました。そのため、他の学問との関連が見えず、総合的に見ることができなくなっているのです。
 もう一つが、還元の段階の問題です。学問は扱う対象の細かさで分けることができます。分析するとき、一段階だけ小さく還元することができます。すなわち、物理学・化学は、論理学と数学により説明され、生物学と医学は物理学と化学で説明され、心理学と言語学は生物学と医学で説明され、経済学は心理学と言語学により説明され、歴史学は社会学により説明されます。
 もちろん、それぞれの研究者たちには、学問の自立性を述べ還元などする必要がないという人もいます。しかし、それでは真の意味の検証ができません。反証のできる理論を構成するには還元が不可欠なのです。
 社会学である理論が仮説されたとします。社会学の研究としてデータを取り、それが帰納的統計的に証明されたとしましょう。しかしそれだけでは、その理論がなぜ生じるのかを説明することができません。その理論が正しいことを証明できても、ただそれだけです。帰納的統計的な証明は、いまそのとき正しいというだけで、状況や環境が変わっても正しいという証明にはなりません。理論の適応範囲を設定できないのです。適応範囲を知るには、ただひたすらしらみつぶしに証明していくだけになってしまいます。
 その不毛さを回避するには、一段階の還元を行い、その理論の構造をとらえるしかないのです。
 ここで問題なのが、還元は一段階しか通用しないということです。脳科学者が社会問題を論じるとき、社会問題を脳――すなわち生物学レベルで説明することがあります。この場合、中間にある心理学段階がとばされています。これが問題となります。あるいは、生物学者が社会問題を論じるときにも同じ誤りを犯しているものがあります。
 最近では、脳科学によって社会現象を説明することがあります。しかし脳科学は心理学を構成しますが、社会学を直接構成することはできません。脳科学で理論を構成したものは心理学を予測でき、心理学により検証できますが、社会学には結びつきません。そのため、心理学レベルで既に否定されていることを平気で述べたりするわけです。
 近年、行動経済学というジャンルが有名になりつつあります。経済学にその構造となる心理学の知見を組み込んだ学問として有望視されています。行動経済学では一段階の還元の威力がはっきりわかります。
 科学思考でもう一つ不可欠なのが検証可能性です。それが本当に正しいのか確認できることです。正しさが確認できなければ、論理思考のサイクルを機能させることができず、そこで思考が止まってしまい、科学の持つ発展性が失われます。
 間違っている可能性があり、常に更新されるのが科学なのです。
 どんなに優れた思想でもそれが絶対に正しくて変更できなければ科学ではありません。宗教は教祖の言葉が絶対ですから、科学と相い入れる余地はありません。
 科学は仮説設定と検証のサイクルを持ち、歴史の蓄積とともに発達していきます。哲学や宗教では人名がつくことがあります。キリスト教、カントの哲学など。それに対して科学はただ科学であり、ニュートンの科学やアインシュタインの科学というものはありません。科学は人類全体の知恵なのです。
 民主主義と科学と相性がよいのもそのためです。民主主義の国ほど科学発展に有利なのです。民主主義ではない国においては、先行理論が権威化して、訂正が困難になることがしばしばあります。旧ソ連におけるルイセンコの遺伝理論などはその実例で科学の進展を大いに妨げました。また現在の中国の理系最高の大学である精華大学においても、大学院に進んだ学生の9割はアメリカに出てしまっています。中国では十分な科学研究ができないと感じているからです。

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