「収入の少ない人ほど、松井候補に投票」:2011大阪府知事選の検証

2011年の大阪府知事選挙で、「大阪維新の会」の松井一郎候補が当選しましたが、松井候補の市町村別の得票率と平均所得は逆相関、つまり所得の低い市町村ほど松井候補の得票率が高かったことが、わかりました。

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知事選各候補の市町村毎の得票率を計算して見ていたら、ある事に気づきました。松井候補は主に南部で得票率が高く、北部で得票率が高くないように見える、ということです。どうやら、得票率と地域性に関係があるように見えます。

大阪では、「豊中箕面・吹田といった北部は所得が多く、逆に泉佐野貝塚のような南部では所得が低い」というイメージがあります。となると、松井候補の得票率と、市町村毎の平均所得との間に、関係があるかもしれません。そこで、検証してみる事にしました。

まず、松井候補の自治体別の得票率については、大阪府選挙管理委員会のHPから得られたデータに基づいて計算しました。以下で得ることができます。
http://www.senkyo.pref.osaka.jp/Tiji_Kaihyou_Syosai.htm


次に大阪府内に43ある市町村毎の平均所得ですが、この数値を得るのは容易ではありません。比較的得やすく、似通った値としては、「各自治体の課税対象所得総額を納税者数で割る」という方法があります。とは言っても、市町村毎に課税対象所得総額と納税者数を求めて計算するというのは、かなり大変な作業です。ただ幸いにも、『毎日新聞』が2007年2月14日に、この数値を報道していました(2004年の課税対象所得総額による)。そこで、この数値を、平均所得と看做して使ってみることにしました。なおデータは、以下の二つのブログでも紹介されています。
http://osakasyaho.blog81.fc2.com/blog-entry-217.html
http://www.hige-toda.com/x/c-board/c-board.cgi?cmd=one;no=1977#1977


さて、以上のようにして得られた「松井候補の得票率」と、「市町村毎の平均所得」(の近似値としての平均課税対象所得額)に基づいて、この二つをX軸とY軸にとった散布図を作ってみました。関係があるように見えるのですが、相関係数を求めると、-0.39656となりました。この値だと、相関があるとは言えない、ということになります。

ところが、データをよく見てみると、松井候補の得票率が大阪府内でダントツに低い能勢町(得票率33.5%)では、平均所得が332万円と府内でもかなり低い。しかも能勢町の投票者数は、わずか5,263人であり、大阪府内では千早赤阪村田尻町に次いで少ない。そこで、この能勢町のデータだけ除いてみると、一気に相関係数が跳ね上がり、-0.59707となりました。これは、さほど強くはないもののやはり相関があることを示唆しています。
さらに、池田市での松井候補の得票率の低さ(33.6%)も目を引きました。池田市は、今回の選挙で対立候補となった倉田薫氏が、出馬直前まで市長を務めていたところです。倉田氏は、大阪府内全体としてみれば知名度は今ひとつでしたが、地元では市長として知名度抜群でしたから、池田市民の票の多くは、倉田氏に流れました。実際、倉田候補が松井候補よりも高い得票率となったのは、この池田市と、上記の能勢町の二つだけなのです。そこで、上記の能勢町のほかに、この池田市のデータも除いてみたところ、相関係数はさらに上がって、-0.65093となりました。これは相関があると言ってよい数値だと思います。つまり、「収入の少ない人ほど、大阪維新の会の松井候補に投票した」ということになります。


おそらく、「橋下=大阪維新の会=松井」の支持者は、エスタブリッシュメントではない層です。換言すると、既存の政治経済秩序の恩恵を相対的に得られていない層です。こうした層からすると、民主・自民という既成政党のバックアップを受けた倉田氏は、旧来型の政治を継承発展しようとする既存エスタブリッシュメントの代弁者以外の何物でもない。そんな人を支持する気分には、あまりなれないでしょう。他方で、「橋下=大阪維新の会=松井」は、エスタブリッシュメント主導の秩序の守護者である行政機構を打破してくれるように映る。となると、松井候補に期待をし、彼に投票するのも当然でしょう。ちなみに言えば、保守的な傾向を示すとされる年長者の間では倉田候補の支持率が比較的高く、若年層の間では松井候補の支持率が高かったという報道機関の出口調査も、このことを裏付けています。いつの時代も、年寄りは既成秩序を守ろうとする存在であり、若造は既成秩序の反逆者なのです。

話を元に戻しましょう。以上のことからすると、「橋下=大阪維新の会=松井」に投票した大阪府民は、必ずしも大阪都構想そのものに賛同したのではなく、むしろ彼らが既成のエスタブリッシュメント主導の秩序を打破してくれるかもしれない、という期待感から投票したと考えるのが妥当でしょう。北大の山口二郎氏や、精神科医香山リカ氏や、帝塚山学院大学薬師院仁志氏のような人々は、橋下氏の政治手法を「ハシズム」と称して鋭く批判していましたが、大阪の庶民からすると、こういうインテリの言うことは、「結局、あんたらの言うことは…」ってな程度にしか受け止められていないのだと思います。

さて、このように考えてくると、既存の政治経済秩序の打破を訴えるという選挙戦略には、より傑出した先行者がいたことに気づかされるでしょう。そう、純ちゃん、こと小泉純一郎氏です。小泉氏が叫んだ「自民党をぶっ壊す」や「郵政民営化」といった威勢の良いフレーズは、「橋下=大阪維新の会=松井」においては「二重行政の解消」や「大阪市解体=大阪都実現」といったかたちで、パラフレーズされていたように見えます。ついでに言うと、既存の政治経済秩序を打破すれば経済が活性化するように言っていたのも、両者に共通しています。もっと踏み込んで言えば、2005年の総選挙で自民党に投票した人と、2011年の大阪府知事選挙で松井候補に投票した人は、かなり重なっているのではないか。わたしなどは、郵政民営化をしたからといって日本の景気が良くなりはしなかったのと同様に、大阪都構想が実現したからといって大阪の景気が良くなるとも思いませんが、「橋下=大阪維新の会=松井」に投票した大阪府民にとっては、そんなことはどうでも良く、「何かを変えてくれるかもしれない」と夢と期待を抱かせてくれたことがそれ自体として重要なのでしょう。ハシズム批判に注力するインテリは、大阪の庶民は(昔から)既存のエスタブリッシュメントが嫌いだということを、そしてもしこの傾向が強まっているとすればそれは自治やデモクラシーが大阪では形骸化していることの現われかもしれぬということを、もっと真剣に考えなくてはならないように思います。



参考までに、以下に自治体毎の松井一郎氏の得票率と平均所得を掲示しておきます。

(順に、自治体名、得票率、平均所得)
泉佐野市,64.1 ,320
八尾市,61.2 ,350
貝塚市,61.0 ,332
阪南市,60.9 ,349
泉大津市,60.5 ,340
泉南市,60.4 ,335
守口市,60.1 ,325
高石市,60.0 ,364
柏原市,59.7 ,347
四條畷市,59.3 ,349
和泉市,59.2 ,359
忠岡町,59.1 ,318
東大阪市,58.7 ,332
岬町,58.7 ,321
岸和田市,58.7 ,333
河内長野市,58.7 ,387
大東市,58.6 ,323
門真市,58.5 ,311
熊取町,58.5 ,364
松原市,57.0 ,332
大阪狭山市,56.8 ,398
摂津市,56.6 ,323
枚方市,56.4 ,373
太子町,56.0 ,384
寝屋川市,56.0 ,335
茨木市,55.6 ,380
堺市,55.6 ,359
河南町,55.3 ,369
羽曳野市,55.1 ,351
田尻町,55.0 ,332
藤井寺市,54.8 ,372
高槻市,54.6 ,358
交野市,53.6 ,389
島本町,53.0 ,373
富田林市,52.8 ,380
大阪市,52.5 ,339
吹田市,51.9 ,421
豊中市,51.9 ,420
千早赤阪村,51.3 ,356
箕面市,51.2 ,464
豊能町,49.8 ,418
池田市,35.6 ,403
能勢町,33.5 ,332