FUKUDA2; Fatally Ununified, Karmic, and Uncertain Diary Architecture 2nd version

タイトルに意味はありません。ただの語呂合わせです。
意味があるように感じられたりするときもあるかもしれませんがあしからず。

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2007年08月25日(土)

[] SF初心者に捧げるSF小説n冊

 IRCにて、まうきち先生から「お勧めのSF小説教えてください」とのお達しがあったので、よーし頑張って布教しちゃうぞ!という勢いでSF初心者にお勧めの本をまとめてみました(本日記を読んでいらっしゃる方のうち、どれくらいが非SF者なのかは考えないことにしましょう。うん)。

 はっきりいってSFはマイナージャンルな上に、最近は書籍の生鮮食料品化が進んでいるので、ちょっと古い本などはすぐに入手不可能になったりします。なので、以下は「できるだけ新刊・近刊・もしくは古本などで入手可能性の高そうな本」をもとに「SFというジャンル内の大まかな傾向を把握できそうなもの」、というポリシーに基づき、独断と偏見でジャンル内傾向の説明と該当カテゴリ内でのおすすめ作品をまとめてみました。

SFの原型──古き良き宇宙SF

 SFの根源にある衝動の一つが「宇宙に行きたい!宇宙をこの目で見たい!」という願望であることは明らかでしょう。やや強引ながら、SFというと連想されるのが「スター・ウォーズ」や「2001年宇宙の旅」といった宇宙SF映画であることからも理解していただけると思います。

 宇宙と人間との接触をストレートに描いたものをここでは「正統派宇宙SF」と勝手に呼ばせてもらうことにします。人間の宇宙への渇望、人間から見た宇宙の姿の美しさ、宇宙で生活する人間の喜怒哀楽……といったテーマを扱っているのが特徴です。

 さて、このカテゴリでのお勧め作品は以下の通り。

  • アーサー・C・クラーク「楽園の泉」(ハヤカワ文庫SF)
  • アーサー・C・クラーク「天の向こう側」(ハヤカワ文庫SF)
  • アーサー・C・クラーク「遙かなる地球の歌」(ハヤカワ文庫SF、絶版だが復刊の可能性もあるかも?)
  • 谷甲州「星は、昴」(ハヤカワ文庫JA)

 SFが勃興した1950年代〜1960年代にその基礎を固め、SFを世に知らしめた俗に「御三家」と呼ばれる三人の作家がいます。ユーモアに富んだ「オチのある話」を得意とし、サイエンス・ライターとしても名を知られたアイザック・アシモフ、WW2で従軍を経験し、青年的な若々しさと性に対する寛容さを特徴とするロバート・A・ハインライン、そしてアーサー・C・クラークの三名ですが、私が特に好きなのは最後のクラークです。

 詩情たっぷりに、時にはユーモアを効かせて「技術に支えられた世界のあり方」を描ける作家として、クラークの右に出る人はなかなかいないでしょう。「楽園の泉」は彼の最高傑作の一つで、スリランカをモデルとした「タプロバニー」という島を起点とする軌道エレベーター建設のプロジェクトを描いたものですが、エンジニアの視点からだけではなく、プロジェクトをとりまく政治的な駆け引きやタプロバニーの歴史、現地の仏教寺院との交渉をそこに絡めることで物語を盛り上げ、サスペンスや冒険小説、歴史小説が好きな人にもお勧めできる優れたエンターテインメント作品に仕立てています。

 「天の向こう側」は同じ著者の短編集。機知の効いた筆致で地球軌道を巡る宇宙ステーションや太陽系を越えた外宇宙の観測に従事する人々の生活を描いています。「一見すると派手さはないが、思わずニヤリとさせられる小話」が好きな方にはお勧め。

 「遙かなる地球の歌」はこれも同じ著者の長編(短編のバージョンもありますが)。クラークは海洋SFの書き手でもあり、本作では遠未来の世界でとあるささやかな海洋惑星に入植した人々の生活を実に楽しげに描いています。海の楽しさ、自然の魅力、胸に詰まる人情話といった要素が詰まっており、同じ著者の「海底牧場」と並び、海洋小説好きの人には特にお勧めできる作品です。本作は「楽園の泉」と並ぶクラーク屈指の名作なのですが、惜しいのは現在絶版でおそらくは古本屋でしか拝めないこと。早川書房では最近クラークの名作の復刊が相次いでおり、本作も復刊されることを強く願ってやみません。

 谷甲州は現在、日本SF界でトップクラスの実力を持つ現役作家の一人。土木技術者として青年海外協力隊に参加、ネパールやチベットで支援活動に取り組むかたわら登山にも勤しんだという異色の経歴を持ち、技術や理論を作品世界の中核に据えるいわゆる「ハードSF」の書き手としても、登山小説の書き手としても知られています。特に宇宙や山岳といった極限の世界や、著者独特の情報宇宙論といった「未知の、あるいは難解な」テーマを取り立てて説明台詞なしに読みやすく、わかりやすく面白く読ませる筆力には目を見張らせるものがあります。「一見地味だが読んでみると面白い」本を書ける人でしょう。

 「星は、昴」はそんな著者の持ち味を遺憾なく発揮した短編集。情報宇宙論や文明論を背景にした話、宇宙論やオーバーテクノロジーを背景にしたホラ話のような人を食った話、遠宇宙の観測に従事する研究者どうしの距離と時間を隔てた交流といった話が詰まっており、歴史好き、文明論好き、宇宙論好きの人には間違いなくお勧めできる一冊に仕上がっています。

SFの華──宇宙での冒険活劇(スペースオペラ)

  • ジョージ・R・R・マーティン「タフの方舟(1)・(2)」(ハヤカワ文庫SF)
  • ジョン・スコルジー「老人と宇宙」(ハヤカワ文庫SF)
  • ダン・シモンズ「ハイペリオン(上)・(下)」「ハイペリオンの没落(上)・(下)」(ハヤカワ文庫SF)
  • ダン・シモンズ「エンディミオン(上)・(下)」「エンディミオンの覚醒(上)・(下)」(ハヤカワ文庫SF)

 宇宙を舞台にした冒険活劇ものを総じてスペースオペラと称します。この分野にも色々と名作・佳作はあるのですが、気楽に読めてかつ最近出たものというと「タフの方舟」と「老人と宇宙」の二作でしょう。もちろん両作とも一定の水準を満たしていることは言うまでもありません。

 「タフの方舟」では宇宙を股にかける商売人にして自称「環境コンサルタント」の主人公が様々な惑星の政府や取引相手とある時は丁々発止、ある時はのらりくらりとしたやりとりを見せてくれます。ジェフリー・アーチャーの書くようなコン・ゲームが好きな方、あるいは環境システムそのものに興味がある方にお勧め。筆致も軽妙で、なかなか楽しく読ませてくれます。

 「老人と宇宙」はこれが第一作めの新進作家の作品。実年齢75歳以上の(地球上における)先進国出身者しか採用されない宇宙における人類の入植地を守る軍隊「コロニー防衛軍」に入隊した主人公の戦いを描くミリタリーもの。老獪さと独特のユーモア感覚を持った主人公の雰囲気に加え、テンポの良いストーリーテリングや人類と競合する異星種族の描写には新人離れしたものがあります。アクションもの、軍隊ものや、(佐藤大輔のような)ある種の諧謔が好きな方には文句なくお勧めできる良作。

 「ハイペリオン」「エンディミオン」の両シリーズは90年代SFを代表する名作の一つといえるでしょう。惑星ハイペリオンを訪れた七人の巡礼が代わる代わるその身の上を語っていく序盤も、未来において広く宇宙に広がった人類社会の多彩さを写していて面白いのですが、その後の人類社会全体の危機までを「ハイペリオン」シリーズで描き、「エンディミオン」シリーズではその数百年後の変わり果てた人類社会の姿(なんとカトリック教会が世界を統べる権威として復活している!)と、危機の真相およびその決着が描かれます。

 長大なボリュームにもかかわらずダレないストーリーテリングの巧みさ、SFに盛り込める様々な要素をこれでもかと盛り込みつつ大風呂敷を広げ、最後には(一部漏れているところはあるものの)きれいにまとめている手際には読んでいて惚れ惚れするものがあります。「物語として面白い小説」を求める人にお勧め。

未来史もの──人類史に思いを馳せるひととき

  • ディヴィッド・ブリン「『知性化(Uplift)』シリーズ」(以下ハヤカワ文庫SF)
    • 「スタータイド・ライジング(上)・(下)」
    • 「サンダイバー」
    • 「知性化戦争(上)・(下)」
    • 「戦乱の大地(上)・(下)」
    • 「変革への序章(上)・(下)」
    • 「星界の楽園(上)・(下)」
  • 谷甲州「『航空宇宙軍史』シリーズ」(以下ハヤカワ文庫JA)
    • 「惑星CB-8越冬隊」
    • 「仮想巡洋艦バシリスク」
    • 「星の墓標」
    • 「カリスト──開戦前夜──」
    • 「火星鉄道一九」
    • 「エリヌス──戒厳令──」
    • 「タナトス戦闘団」
    • 「巡洋艦サラマンダー」
    • 「最後の戦闘航海」
    • 「終わりなき索敵(上)・(下)」

 SFには「未来史もの」というジャンルがあり、これは一人の作家が継続的にシリーズ物としてその作家独特の「未来の人類社会の歴史」を書いていく、というスタイルの作品を指します。米英における未来史ものの代表作としてブリンの「知性化」シリーズ、日本における代表作としては「航空宇宙軍史」シリーズが挙げられるでしょう。

 ブリンの「知性化」シリーズは、「知性種族が文明を発展させるにつれて、その居住地の資源を食い潰したり内輪もめをしたりしたあげく自滅する」ことをどう防ぐか、ということを念頭においた銀河文明圏というシステムが存在することが特徴です。銀河文明圏では先進種族が有望な後進種族に知性を与え(『知性化』)しそれを保護しながら教え導く一方、知性化された種族(類属)は自らを知性化した種族(主属)に奉仕してのち独り立ちする、というサイクルを何億年も繰り返してきたのですが、その中に(非常に異例ながら)独力で知性化を果たし、類属(チンパンジー、イルカ)もいるという地球人類が突然放り込まれて……というお話。

 なにせ新参者の後ろ盾のいない存在(いわゆる『孤児種族』)なので、銀河文明圏のパワーゲームの中でいいように扱われるその人類のボロカスっぷりと生き残りを賭けた駆け引きもさることながら、銀河系の列強種族たちの生態とその文明の描写も緻密で、非常に高いリアリティを感じさせます。

 しっかりとした世界構築の上に波瀾万丈のストーリーを展開させているその手腕には瞠目すべきものがあり、歴史好き、文明論好き、生態システム好きには文句なしにお勧めできるシリーズ。ただし、入手が比較的容易なのは「知性化戦争」以降の作品で、それ以前のものは古本屋で探すしかないかもしれません。

 谷甲州の「航空宇宙軍史」シリーズは、人類の活動範囲が土星圏内までの太陽系開拓から太陽系外の外宇宙にまで広がっていき、その後人類文明の影響を受けた異星種族の連合体(汎銀河連合)に敗北して地球が廃墟になるまでの歴史を地球-月連合の宇宙軍である航空宇宙軍の戦いを主軸にして描いています。

 強引に太陽系を統一し、外宇宙に進出して膨張していったあげくに敵戦力を過小評価して滅びる、というほろ苦い一連の過程や、人類の抱えざるをえない業のようなものをリアリティの高い緻密な技術描写の上に淡々と描いていく本シリーズは歴史好きにはたまらない一品でしょう。もちろん軍事好きの方にもお勧めできます。「現行技術の延長線上にある太陽系内の地味な戦闘なんてつまんなーい」というそこのあなたにも手に汗握る地味な宇宙戦闘の醍醐味をお届けいたします。

 外宇宙に進出していく過程でどのように超光速航行を実現するか?という問題にも、著者独特の情報宇宙論に基づく超光速航法という解決策を出していますので、宇宙論好きにもお勧めできるシリーズかもしれません。

 問題は「終わりなき索敵」を除く全ての作品が古いということ。全て揃えるには大手書店を漁るか、古本屋で地味に探していくしかないかもしれません。

 両シリーズともに共通しているのは、「人類だけが繁栄している宇宙」でもなく、「他種族に比べて人類の優勢な宇宙」でもなく、「人類がギリギリの生き残りを模索し、あるいは自己の力を過信して破れていく」宇宙を描いている点でしょう。この宇宙で人類は一人ぼっちではないかもしれない、しかしだからといって強者であるとも限らない──というあたりのほろ苦さがたまらないという方には全力でお勧めできるシリーズです。

サイバーパンクの残り火──出色の三編

  • 柾悟郎「ヴィーナス・シティ」(ハヤカワ文庫JA・絶版)
  • 谷甲州「ヴァレリア・ファイル」(C☆NOVELS)
  • エイミー・トムスン「ヴァーチャル・ガール」(ハヤカワ文庫SF)

 1980年代にウィリアム・ギブスン(代表作は『ニューロマンサー』ハヤカワ文庫SF)、ブルース・スターリング(代表作は『スキズマトリックス』、『蝉の女王』いずれもハヤカワ文庫SF)らが先導したサイバーパンク運動ですが、その特徴をあえて独断にもとづき、乱暴にまとめてみると次のようになります。

  • コンピュータとネットワークの発達・普及を背景にした人間とテクノロジー(情報通信、バイオ、ナノテク、メカトロニクスなど)の一体化。人間と機械が協調し、あるいは物理的に融合して一個のシステムとして機能するという新しい人間存在のあり方を描く。
  • テクノロジーの高度な発達とは裏腹に、社会観は退廃的。資本主義の進展による大企業コングロマリットの勢力伸長(主権国家なみの規模と影響力をもつ大企業群の登場など)、あるいは南北格差や貧富の差の拡大によって社会がそれぞれ独自の利害と思惑を持つ集団に細分化されていき、それらの間での抗争を描くという展開が多い。

 こういった人間観・世界観の魅力から、サイバーパンク運動は燎原の火のように広がっていきました。80年代〜90年代にかけて、サイバーパンク的な要素がマンガ・アニメ(『攻殻機動隊』など)・ゲーム(TRPGでいえば『シャドウラン』など)、映画(『マトリックス』が代表的)など他ジャンルにも吸収されていき、また現実社会における情報化・ネットワークの普及が進む中で「サイバーパンク」という各個とした実体は消えてなくなり、むしろ「(人々が考える)なにかSF的なもの」の中に広く包摂されるようになっていったといえるでしょう。

 それでもサイバーパンクの独特の魅力を凝縮した作品群は存在します。今回取り上げた作品はいずれも正統派サイバーパンクとは言いがたいもので、ある意味変化球的なセレクションですが、様々な視点からサイバーパンクの魅力と熱気の片鱗を感じ取っていただけるのではないかと思います。

 「ヴィーナス・シティ」は、富士通ハビタット(今風に言えばセカンドライフ(笑)でしょうか)やROなどのMMORPGに近い仮想空間「ヴィーナス・シティ」の中で、男性キャラとして振る舞う女性が異形のキャラクターとして虐待に遭っている人物と遭遇し、恋に落ちるうちに「ヴィーナス・シティ」自体を揺るがす事件に巻き込まれ……という仮想空間と現実世界が交錯したミステリー仕立ての作品です。

 S-Fマガジンで連載され、1995年に出版された本書ですが、仮想空間の描写や仮想空間の内外での登場人物の言動と心情描写は現代のMMORPGのプレイヤーのそれと比べても違和感なく、「95年という時点でよくこれだけのものを書けたな」と唸らされます。通信インフラがTCP/IPベースのインターネットではなくHB(HyperBroad)-ISDNであるというあたりなどは書かれた時代を感じさせたりもしますが、それはご愛敬。

 経済大国でありオタク文化大国でもある日本に憧れてやってきたはいいものの、自らの不安定な位置に悩む白人中間管理職のおじさんなどという絶妙なキャラクターも出ており、なかなか魅力的な世界描写・心理描写を楽しめます。ネットワークに興味のある人やMMORPG好きの人はついニヤニヤしながら読み進めていけるのではないでしょうか。ミステリー好きの人にもお勧めできるかもしれません。

 「ヴァレリア・ファイル」は当初、この著者にしては珍しく角川スニーカー文庫(!)で1987年から90年にかけて5分冊のシリーズとして出され、その後99年に中央公論新社からC☆NOVELSのレーベルで上下二分冊に分けて復刊されました。しかもC☆NOVELS版の表紙・挿絵はあの士郎正宗です。中公の担当者GJと言わざるを得ない。

 さて、肝心の内容ですが、これも地味な作品を得意とする著者には珍しく(笑)、かなり派手めにエンターテインメント性を意識した作りになっています。寂れた情報都市アストリアで学生兼情報屋をやっている主人公が、ひょんなことから軍関係の情報鉱脈にある「ヴァレリア」という女性に関する秘密研究の情報というヤバいネタを掴んでしまい、追われる身となった彼の前に当のヴァレリアを名乗る女性が現れ、自らの救出を依頼する……という内容ですが、個々のキャラクターが「立っている」上にテンポの良いストーリー展開でぐいぐい読ませていきます。特に魅力的なキャラが主人公の仲間であるフィリピン系ハッカーのレティシア・ロドリゲスという女性で、とにかく猪突猛進して周囲を混乱の渦に巻き込む自走地雷みたいなお嬢さんです。暴走娘大好き!という方にはたまらないキャラクターといえます。

 もちろん世界描写もしっかりしており、現代の視点から見ても通信インフラやネットワーク周りの描写に古さが感じられない上(このあたりはエンジニア出身の著者の真骨頂でしょう)、軍が差し向けた「ハンティング・ファルコン」という自律戦闘機械に主人公たちが追い回されるシーンは昨今の米軍の無人航空機運用などを考えると妙にリアリティがあります。ネットワークに興味のある人やドタバタコメディとサスペンスが入り交じって展開するノリが好きな人にはお勧め。士郎正宗ファンの方ならまずジャケ買いして、しかる後に作家と漫画家の間の電脳世界の描写のし方を比較してみる、という楽しみ方もあるでしょう。総合的にエンターテインメント作品としての完成度が高い本作ですが、中公版も入手困難なのが難しいところ。

 サイバーパンクの特徴として、人間が機械の側に歩み寄るという傾向がありますが、「ヴァーチャル・ガール」は機械の側から人間に歩み寄るという方向性で、カテゴリとしてはむしろ人工知能ものといえます。なのでサイバーパンクのカテゴリに押し込めるのはやや乱暴なのですが、あえてここで紹介することにします。

 いわゆる「ナード(アメリカ版オタク)」ではありますが実家が大金持ち、自身もコンピュータとメカトロニクスの天才という青年が生み出した少女型アンドロイドの「マギー」。作られてからしばらくの時期は周囲の世界を徐々に理解しながら製作者の青年と幸せに暮らしますが、人工知能の開発が禁じられている本書の世界のアメリカでは彼女の存在自体が御法度。かくして二人は放浪の身となり、ホームレスに身をやつしてアメリカを巡る旅に出る……。というのが本書のおおまかなあらすじ。

 一見すると男性側の一方的なファンタジーを仮託した「萌え美少女」の話かよ、と思われそうですが、マギーが「造られてゆき」、そして世界を「認識しだす」過程はメカトロニクス、人工知能、認知科学の観点から見てもしっかりと描写されており、この分野に興味のある人には楽しめるでしょう。

 また、ホームレスの世界というアメリカ社会の底辺を描いていながら、そこに生きる人々の喜怒哀楽と優しさ、そして彼らに囲まれて成長していくマギーの姿は成長物語(ビルドゥングス・ロマン)として一級の価値があります。アメリカ社会に興味のある人や、人工知能と人間の関係というテーマに惹かれる方、ロボット/アンドロイドものが好きな方には文句なくお勧めできる秀作。

サイバーパンクの後継者──絶望と希望の狭間で

  • 冲方丁「マルドゥック・スクランブル」全三巻(ハヤカワ文庫JA)
  • 冲方丁「マルドゥック・ヴェロシティ」全三巻(ハヤカワ文庫JA)

 上の節で取り上げた三作は、いずれも厳密なサイバーパンクとしては「傍流」といえ、正統派とはいいがたい面もあります。では、サイバーパンクの特徴とはなんでしょうか?

  • コンピュータとネットワークの発達・普及を背景にした人間とテクノロジー(情報通信、バイオ、ナノテク、メカトロニクスなど)の一体化。人間と機械が協調し、あるいは物理的に融合して一個のシステムとして機能するという新しい人間存在のあり方を描く。
  • テクノロジーの高度な発達とは裏腹に、社会観は退廃的。資本主義の進展による大企業コングロマリットの勢力伸長(主権国家なみの規模と影響力をもつ大企業群の登場など)、あるいは南北格差や貧富の差の拡大によって社会がそれぞれ独自の利害と思惑を持つ集団に細分化されていき、それらの間での抗争を描くという展開が多い。

 以上の特徴を濃厚に受け継ぎつつ、独特の疾走感を持った第一級のエンターテインメント小説として書かれたのが本作「マルドゥック・シティ」シリーズです。しかし、本シリーズは意図的に「サイバーパンク」として書かれた作品ではありません。「サイバーパンク」という各個とした実体が消えてなくなり、むしろ「(人々が考える)なにかSF的なもの」の中に広く包摂されていった結果の一つといえるのが本シリーズでしょう。

 「マルドゥック・スクランブル」も、「マルドゥック・ヴェロシティ」も、近未来に大規模な武力紛争を経験(おそらく相手はロシアか中国の正規軍でしょう)したアメリカとおぼしき国の一港湾都市、「マルドゥック・シティ」を舞台に展開されます。正規軍同士の大規模な戦闘という非常事態を背景に、ナノテクや重力制御などオーバーテクノロジーともいえる種々の軍事技術が開発されていったのですが、「戦後」を迎えて問題になったのが各種の手術やトレーニングを受けてそれらを自己の身体に組み込んだ帰還兵たちの扱い。ある者は世間と隔離されて研究の被験体になることを選び、ある者はいわゆる「事件屋」として治安維持のために社会の中でその技能を活かす道を探り、ある者は犯罪組織や戦後復興を担う大企業群の尖兵として働く……。

 これが「マルドゥック・シティ」シリーズの大まかな世界観ですが、「マルドゥック・スクランブル」はカジノのディーラーに事故と見せかけて爆殺されかけた少女娼婦バロットが「事件屋」のウフコックとドクターの二人組に命を助けられ、電磁気デバイスに「干渉」する能力を与えられて「復活」した後に事件屋となる道を選び、自身が殺害された背景に迫るなかで成長していく物語。

 一方で、「マルドゥック・ヴェロシティ」は終戦直後を舞台にした「マルドゥック・スクランブル」の前日譚で、「マルドゥック・スクランブル」でバロットの敵役として終始立ちふさがる男ディムズディル=ボイルドが主人公。身体に各種の軍事テクノロジーを仕込まれた戦争の帰還兵たちをどう扱うか(生かしておくか、あるいは存在しなかったものとして抹殺するか)という点においてすったもんだの議論や闘争が交わされたのち、帰還兵たちによって組織される「事件屋」のシステムが成立し、「事件屋」の最初のチームの一員として働くことになるボイルドだが、マルドゥック・シティの重鎮であるオクトーバー一族をめぐる事件の中で仲間を次々と失い、自らも希望を失っていく──。

 「マルドゥック・スクランブル」は少女の再生と彼女が希望を得るまでの過程を描いた成長物語、「マルドゥック・ヴェロシティ」は戦争帰りの男がいったんは希望を得、そしてオクトーバー一族との戦いの中でその希望を失っていく失意の物語、と言えるでしょう。両作とも独特の韻を踏んだスピーディな文体、諧謔に富んだキャラクター間のやりとり、映画「マトリックス」に勝るとも劣らぬアクション描写、いずれもくせ者ぞろいの脇役たち、といった魅力的な要素に加え、ピカレスク・ロマンやフィルム・ノワールを思わせる迫力と哀愁が漂っており、現代日本におけるエンターテインメント小説の一つの頂点といっても過言ではない傑作に仕上がっています。

 SFというよりはハードボイルドに近い「マルドゥック・シティ」シリーズですが、ハードボイルド好き、アクション好きのみならずエンターテインメント小説が好きな全ての方にお勧めできる作品です。特に「マルドゥック・スクランブル」終盤のカジノでの勝負のシーンは渋いディーラーたちがバロットたちと息を呑むような駆け引きを展開しつつ、独自の人生論をも身をもって語る屈指の好シーンですので、興味を持たれた方は是非ともお読みになることをお勧めします。

「SFだからこそ」書ける物語──異色作品集

  • ロバート・J・ソウヤー「イリーガル・エイリアン」(創元SF文庫)
  • マイク・レズニック「キリンヤガ」(ハヤカワ文庫SF)
  • テッド・チャン「あなたの人生の物語」(ハヤカワ文庫SF)

 このカテゴリでは、SFというジャンルならではの発想と視点、そして読後感を味わえる長編と連作短編集、および短編集を取り上げます。他ジャンルとはひと味違う、SFならではの楽しさや一種荒唐無稽ともいえるバカバカしさ、あるいはほろ苦い読後感や視点の転換を味わっていただけるものを選びました。

 まずは「イリーガル・エイリアン」から。ついに人類はファースト・コンタクトに成功、人類より進んだ文明と魁偉な容貌をもつ種族、トソク族の使節が現代アメリカのとある町を訪れます。しかしなんとそこで殺人事件が起こり、トソク族が殺人事件の被告として連邦法に基づいて裁判を受ける羽目になり……というのがおおまかな内容。ご存じのようにアメリカは陪審制をとっており、裁判の行方を描く法廷劇としての側面もさることながら、殺人事件の顛末にかかわるミステリとしての側面、そして一見ナンセンスなコメディの裏に現代社会への揶揄的な視線も潜み、なかなか多彩な要素を含んでいます。トソク族の生態や文化の描写もしっかりとしており、人類とトソク族の間のカルチャーギャップも楽しめるという美味しさもあります。

 キワモノっぽく見えますが、法廷もの好き、ミステリ好き、コメディ好き、ファースト・コンタクトに興味のある方、宇宙人に興味のある方、あるいはちょっとひねくれたユーモアが好きな方へと色々な方にお勧めできる、意外と間口の広い(かもしれない)作品です。小ネタが随所に盛り込まれており、肩肘はらずにニヤニヤ笑いながら読み進めていけるでしょう。最後のオチもコミカルな中に思わず「誰もが思い当たるフシのある」笑うに笑いきれない要素をはらんでおり、なかなか秀逸です。

 「キリンヤガ」のサブタイトルは“A FABLE OF UTOPIA(ユートピアについての寓話)”。舞台は22世紀、熱帯気候へのテラフォーミングが施された小惑星コロニー。そこでケニアの農耕民族、キクユ族の末裔であるコリバが同志たちや弟子の少年ンデミとともに、失われたキクユ族本来の伝承と生活、文化を取り戻そうと苦闘する過程を描く一連の連作短編集です。コリバは本来は欧米で教育を受けた「近代的な」ケニア人なのですが、ヨーロッパ人の作り出した文明と都市に背を向け、小さいコロニーであくまでもキクユ族のムンドゥムグ(祈祷師・呪術師・長老・語り部)として人々を教え導こうとします。しかしことはそう簡単に運ぶものではなく、ムンドゥムグと彼を取り巻く人々との軋轢や苦悩、あるいは悲劇がコリバの伝えるケニアの神話伝承や寓話を織り交ぜて語られます。

 この作品自体も寓話的なのですが、特に印象に残るのは読み書きが男性のムンドゥムグや酋長たちにのみ許されているキクユ族の社会の中で、独学で読み書きを覚え、自分独自の言語までを編み出した少女カマリの悲劇を描いた「空にふれた少女」、なまじ勇敢で聡明なためにキクユ族しかいない社会の矛盾に気づき、人生の意味に悩んであるいは自殺し、あるいは追放の憂き目にあう若者たちを描いた「ロートスと槍」あたりでしょう。そして最後にはコリバ自身がンデミとも決別し、自らの挫折に直面することになります。

 「近代化」すなわち世界の「ヨーロッパ化」という波に呑まれた非ヨーロッパ人のアイデンティティのあり方を考える上で、本作は非常に興味深い視点を提供してくれます。寓話や神話伝承が好きな方、歴史が好きな方、「近代化」というキーワードにピンとくる方には文句なしにお勧めできる作品です。SFには馴染みのない文学好きの方にも「こういう話もありますよ」とお勧めしたい一品。

 「あなたの人生の物語」は新鋭作家テッド・チャンの短編集。人を食ったような雰囲気の古代バビロンの塔建設の話(『バビロンの塔』)から、錬金術と神秘主義と熱力学、胚の前生説が現実に有効な理論として機能し、名前によって各種の機能を付加されたオートマトンが動く19世紀イングランドを舞台とした話(『七十二文字』)、人間の脳がもつ顔の美醜の認識能力を人為的に停止させる処置が開発された世界で様々な立場の人にインタビューを行うという筋立ての話(『顔の美醜について──ドキュメンタリー』)など、SFならではの奇想とロジックを併せ持った印象的かつ幅広い短編が収録されています。

 ただし、本書を読んで「ああ、元ネタはこれか」という風にニヤニヤしながら楽しむには歴史や科学、科学史など幅広いバックグラウンドの素養が必要とされる、いわゆる「ハードSF」に近い作品集です。歴史や科学、科学史が好きな人には文句なく楽しめるでしょうが、そういった背景知識がない場合「なんで面白いのかいまいち分からない」状態になってしまい、「SFファンって難解でもったいぶったネタが好きな連中なんだな」という印象を与えてしまいかねない諸刃の剣でもあります。科学書(ポピュラー・サイエンス)が好きな人、とくにスティーヴン・ジェイ・グールドやリチャード・ドーキンスの科学エッセイ、山本義隆の科学史が好きな人には文句なくお勧めできるのですが、そうではない人にはお勧めいたしかねます。そういう意味で、本書は良くも悪くもSFらしいSFといえます。

貴様ら、火星へ行きたいか!?──火星を舞台にした二編

  • ジェフリー・A・ランディス「火星縦断」(ハヤカワ文庫SF)
  • キム・スタンリー・ロビンスン「レッド・マーズ(上)・(下)」(創元SF文庫)
  • キム・スタンリー・ロビンスン「グリーン・マーズ(上)・(下)」(創元SF文庫)

 SFには火星を舞台とした作品もいくつかあり(イアン・マクドナルド『火星夜想曲』ハヤカワ文庫SFなど)、いわば「火星もの」と命名してもいいサブカテゴリがあります。そのうち、特に面白いと思った近作二編を紹介します。

 ジェフリー・A・ランディスはNASAで火星探査に携わる現役研究者であり、立場的には谷甲州に近いといえるでしょう。作風も谷甲州に近く、「手堅く地味だが面白い」といえます。さて、本書の舞台は2028年の火星。第一次・第二次の有人火星探査計画がことごとく失敗し、後のない状態で送り込まれた第三次火星探検隊6名ですが、火星着陸の成功(着陸地点は火星の赤道の南)に沸く冒頭から一気に話は暗転、探検隊に先立って送りこまれた燃料製造プラント兼帰還船が隊員一人を死亡させる事故を起こして使用不能になってしまいます。この探検隊は火星に入植するための探検隊ではなく、あくまでも火星探査が目的。火星で生き続けることはできない以上、火星から地球へ帰還する唯一の方法は第一次火星探査計画によって火星の北極に送り込まれた未使用の帰還船を利用すること……。こうして火星の北半球を縦断する約6000キロのサバイバルが始まります。

 迫力に満ちた火星環境とサバイバルの描写もさることながら、なぜ生き残った5名が火星飛行を志願したのか?という隊員各自の生い立ちと動機も旅の合間合間に語られ、単なる冒険劇ではなく群像劇としても非常に優れた出来になっています。谷甲州は「内面的な」人間ドラマにはあまり重きをおかない作風なので、この点は両作家の対照的な部分といえるでしょう。ストーリーの転機もことごとくがハードウェアのトラブルに起因する事故、というあたりも火星環境の過酷さと物語のリアリティを強調しています。

 リアリティのみならず物語としての出来もよいので幅広い方にお勧めしたい秀作ですが、特に宇宙開発ものが好きな方、情け容赦のないサバイバル・ストーリーが好きな方、群像劇が好きな方には一押しです。過酷な宇宙(と人間社会)の描写や群像劇という点では、現代に近い近未来における月面開拓を描いた太田垣康男「MOONLIGHT MILE」(小学館ビッグコミックス)にも共通する要素があり、こちらもお勧め。

 キム・スタンリー・ロビンスンの「レッド・マーズ」「グリーン・マーズ」は「火星縦断」とは対照的に、近未来における火星開拓(テラフォーミングや軌道エレベーターの建設など)の過程を描いた火星開拓史ものです。話は「最初の百人」と言われる国際合同の火星基地建設部隊の選出・出発から始まり、基地建設、火星テラフォーミングの開始、軌道エレベーター建設、そして火星独立派と地球支持派との間の闘争へと進んでいきます。

 ナチュラリストらしい繊細で美しい火星環境の描写もさることながら、随所で交わされる侃々諤々の議論──火星環境を保存すべきか、それとも地球化を進めるべきか、火星独自の発展を目指すべきか、あくまで地球に従属すべきなのか、などなど──とそれに基づく「最初の百人」たちの主導権争い、その子供たちの世代による火星独立の動き、スーフィズムの流れをくむ神秘主義的なイスラム教徒たちが入植する一方、「火星浄福(アレオフィニィ)」を唱える自然信仰的な隠遁者たちの勢力が存在するなど、多種多様な背景を持った人々がそれぞれの思惑を抱えて複雑にうごめく様を描写するロビンスンの筆致は見事としかいいようがありません。登場人物が多く、とにかくあちこちで議論がなされていて話の流れも複雑ですが、それについていけるならば議論好きな方、歴史好きや宇宙開発好きの方は読んで損をすることはないでしょう。

 魅力的な筆致でダイナミックな火星開拓史を描いてのける本シリーズですが、実は大きな欠点が一つあります。本シリーズは本来三部作で、第三作「ブルー・マーズ」で完結することになっているのですが、これは原書で既に出ていながら邦訳が未だに出ていません。これほどの傑作を未完に終わらせるのは惜しいので、東京創元社にはぜひとも邦訳の刊行を望みたいところです(出たら絶対買いますのでひとつよろしくお願いします(笑))。また、登場人物も論点もとにかく多く、話が錯綜気味になっているのでややもすると話が見えなくなってしまいがちなところも欠点といえるかもしれません。

 なので、「内容的には面白そうだが読んでみるのはちょっとためらう」という方には、なぜか講談社文庫から刊行されている同じ著者の「南極大陸(上・下)」をまず読んでみることをお勧めします。これは随所に南極探検史とそれにまつわる議論を絡めながら近未来の南極開発の様相を描く一方、環境保護派による破壊活動のためにサバイバルを強いられる男女の物語でもあります。火星と比べると舞台も小さく、登場人物も少ないので「マーズ」シリーズよりもコンパクトで整理された構成になっていながらも、美しい自然描写と多様な視点からの(時にはやかましい)議論というロビンスン節を堪能できるロビンスン入門としては恰好の一冊。「ナショナル・ジオグラフィック」のような自然にまつわる雑誌や本が好きな方、議論好きな方、冒険談好きな方、極環境好きな方には特にお勧めです。

読書ガイド──「で、結局初心者はどれから読めばいいわけぇ?」

 ……と、つらつらと大まかなカテゴリ分けと、その中でのお勧め作品を書いてきましたが、ただ作品を列挙していくだけでは「どれからどういう風に読んだらええねん」とお思いになる方もいらっしゃるでしょう。

 そこで、試しにイタリア料理店のコースメニュー風に「お勧めの読み方」を書いてみました。

  • 前菜: ジョージ・R・R・マーティン「タフの方舟」 もしくは ジョン・スコルジー「老人と宇宙」
  • プリモ: アーサー・C・クラーク「楽園の泉」 もしくは 「遙かなる地球の歌」
  • セコンド: ダン・シモンズ「ハイペリオン」「ハイペリオンの没落」「エンディミオン」「エンディミオンの覚醒」 もしくは 冲方丁「マルドゥック・スクランブル」「マルドゥック・ヴェロシティ」
  • 食後酒: マイク・レズニック「キリンヤガ」 もしくは ジェフリー・A・ランディス「火星縦断」
  • ドルチェ: ロバート・J・ソウヤー「イリーガル・エイリアン」 もしくは エイミー・トムスン「ヴァーチャル・ガール」

 まず、前菜としては肩肘はらずに小ネタと軽妙な語り口を楽しめる上記二作のいずれかを。それでSFを楽しむスイッチが入ったところで、プリモとして不朽の名作「楽園の泉」か「遙かなる地球の歌」を。セコンドには、物語としてよく練られており、怒濤の展開が楽しめる「ハイペリオン」シリーズか「マルドゥック・シティ」シリーズをお勧めします。

 口休めの食後酒としてはやや苦めの余韻が残る「キリンヤガ」か「火星縦断」を。最後のドルチェには笑える話が好きな方には一種ナンセンスなドタバタと現代社会への揶揄めいた視線を楽しめる「イリーガル・エイリアン」、成長譚と人情話が好きな方には「ヴァーチャル・ガール」がよろしいかと思います。

 未来史ものの代表作として挙げた「知性化」シリーズ、「航空宇宙軍史」シリーズが入っていませんが、こういう長編シリーズはいわばそれ自体が独立した鍋料理のようなボリュームと味わいを持っているので、上のように読んでいって「SFが面白くなってきたかな」と思ったあたりで手を出すのがよいでしょう。「知性化」シリーズはSFの面白いところをより抜いたごった煮、「航空宇宙軍史」シリーズは一見地味ながらグイグイと読ませる日本SFの金字塔的作品なので、いずれもいつかは読んでみることをお勧めします。

 なお、今回は早川書房から出ている作品が多く取り上げられていますが、大手書店やネット書店を探し回っても見つからない場合、早川書房が運営している「ハヤカワ・オンライン」から直接出版社に注文してしまうのが手っ取り早いでしょう(申し訳ありませんが、希に『ハヤカワ・オンライン』でも取り扱っていない作品もあります……)。あ、決して早川書房の回し者じゃありませんよ。うん。ファンだけどね(何)。

SFファンな方へのいいわけ

 古手のSFファンとかラノベも読む人からは「えー、このセレクション偏りすぎー。小松左京とか筒井康隆(どちらも大御所)とか秋山端人(ラノベで『猫の地球儀』などいいものを書いている)はどうした」とツッコミを受けるかもしれませんが、あえて甘受します。だって読書傾向偏っているんだもーん(胸を張って言うことか)。

 この日記の中の人は「今日の早川さん」で言えば早川さんのような青背っ子なのでそのへんは勘弁してやってください。「あ、ホーガン漏れてるやんけ」という向きにはホーガン好きの方に布教をお任せします(笑)。

kito_yurianusukito_yurianusu 2010/12/05 10:26 すごく参考になりました!!!感謝。他ジャンルにも手を出そうと思って「SF オススメ」などで調べたのですが、こういうカテゴリわけ(SFの全体像)を交えながら書かれているページが無かったので。
ただ、1つ質問なのですが、SFの面白さをずばり言うと、どういったものになるのでしょうか。自分の勝手なSF先入観だと、多様な設定が可能なので、作者自身の世界観や思想(社会風刺)をより表現できるところかなと思っていたのですが、どうなのでしょうか。
読む人によって多種多様で、いろいろ読みながら各自で感じるものだとは思いますが、試しに手を出そうということ自体が、失敗に思えてきてるのでお聞きします。
本文を読む限り、科学技術や科学的なものへの関心が第一のように感じてしまいました。アンドロイド携帯新発売!!→すげーととにかく感じるような。あるいは、ほしのこえ(SFかわからないのですが・・・)のような、SF的な設定を生かすことで、(別れや切なさなどを)より表現できるというような面白さなのかなとも想像しました。後者の作品なら読みたい作品がありそうですが、前者だと、敷居が高いなぁと感じます。

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