私家版マスメディア〜logo26のシニアの生き方/老婆の念仏

何が出てくるやら、柳は風にお任せ日誌、偶然必然探求エッセイ

赤いさざんかとともに 2012年となる

2012年
三月より持ち直した母なり
山茶花の巻

         

「あらたまの力」

あらたまの空に光はみちみちて溶け入るごとく重心揺らす ==太極拳

冷気すら快きまで息熱く太極拳に自他を去りゆく

烏らが車道を低く飛ぶ背なの漲るパワー翼龍として

落日の富士の稜線オレンジのタワーも照らす赤き満月

跳ね返せそんな先輩無視しろと鬱の息子に言うじっと心に ==以前にある時




「いたわり」

故知らず吾(あ)より生まれしその縁し天より来しごと 早や戻りしも

唐突に幼きころの表情の明かりの如く甲斐無く浮かぶ

「あれこれの君の仕草」と詠みかけて歌とならねど消せぬ言の葉

この雲は定めか否かはらからにかかるもせめて君が手添へよ

吾(あ)をも見き 秀づるゆえの当然の優しき視線他をいたはりて




「白川の源泉」

白川の源泉といふ深き水あるとも見えぬほどに透きたる

からたちの棘と思ひて白秋を歌ひをりしに柚子の木なると

ひとときを母と過ごせる帰るさの暮るる坂道「父さん」と呼ぶ

手のかかる母となれども正月を物忘れして笑ひ合ひて過ぐ

母の手になる花瓶にはすすき穂のさやさや流るいつも窓辺に




「エネルギー」

小さくも辛夷よ拳握りしめ沈丁花には負けぬとばかり

馬の瞳に空の映りて脊な震ふ 二本脚らの心を読むらし ==題詠「馬」

跳ね回る仔やぎ仔うしの喜びの末は知らねど「遊べよ仔馬」

天馬でも天女でもよし運びてよ海の藻くずと身はなるとても

塗る程にたるみし肌の手に負へずせめて笑へと強ひるもをかし




大寒の雨」

元旦の震度4より癖となり古家を揺する風も疑ふ

地の揺れか雨の雫かみしみしと鳴るその次を畏み侍る

歯医者にて泣き叫びいる幼子よ小さき喜びあれよ明日は

つひに降る 凍月(いてつき)巡る間乾きしが大寒の土静かにも濡る

大寒をまたぎ氷雨の濡らす枝ヒヨの宿りも川面に傾ぐ

淋し気にふと空を見る清けき眸愛しくも見ゆ鄙の若人
   



「隣人の恵み」

購ひし枯れ木の如きつる薔薇に語りては剪る赤き芽の上

我が窓に赤き柄の葉のかかり来はかのゆずり葉と隣人に聞く

ヤーコンはアンデス産の不思議の実 外は里芋 梨のさくさく

抜き立てを「ほら」と賜ひし根深葱1枚剥けば香りてま白

香り立つ深葱どつと鍋にいれ卵落として一人の昼餉
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山茶花姉妹とともに 2012年生き延びている

我より23年いつも年上
おしゃべり山茶花の巻

       

「悪妻」

苦虫のやうなる夫の背を掻けばわれの手求め熊と蠢く

夫とわれ占星術の獅子と獅子譲るができぬ三十年戦争

真似事に手相占ふ もし夫に先立つとせば憤死なるべし

二十年死を傍らに生くる夫脅し文句の「明日やも知れぬ」

老医師の唸りつつ視る心電図つひにわれもと秘か喜ぶ




「この概念」

尊厳死さふみなすべき汝が最期 意に染まぬ生肯んじえぬと

つひにこの概念に遭ふ 部屋うちへ西日しみじみポトスを照らす

負けならず さうかさうかと誇らしくわが頷きて合点するけふ

揺り椅子に一日読書に音楽に時におなかに語りかけてし

あの夏はカッターシャツの君なりき七年ぶりの白き邂逅




苧環の露」

苧環のくるくる巻きの葉の中にたっぷりと露 みどりの薔薇よ

ほのかなる街灯受けて苧環の若葉に夜も乗れる白珠

さめざめと優しき雨の止みてなほ苧環ひと葉にひとつの光り

家々の影の黒きに春めける矩形の窓の童話の黄色



「2012年の立春

立春と思へば軽きスニーカー梅は見えねど笑みのほころぶ

らふばいと知らざりし枝(え)の黄の照りを傘閉じ仰ぐ花と雫と

春や春 山たたずみてさ緑の傾(なだ)るる先のせせらぎの音

雪の朝扉ひとつの先にある白き野に出づ仔犬の如く

凍り付きわが眼疑ふ画面いくつ祈り足らぬか平成の日々



「世にまたとなき」

子の職は実験音楽家 空(くう)揺する波に楽器は 要らぬと書きて

つひに立つ孤高の響き 伝へ合ふ波のうねりは無音でもよし

究めたき世にまたとなき超絶音 ギターと声の駆けのぼるまま

綿雪にふり積もられて白鷺の永久の眠りを知るは月のみ

漆黒の真中に月のあけし穴洩れくるごとく雪は放射す




「弥生の祈り」

仏の座氷雨にもあれ恵みとしひとふし延ばす弥生咲かむと

霧晴れてその名ゆかしき仏の座ひとつ紅咲く触るれば散りぬ

十五分の車中に遊び書きすればかすかに雨の育む春あり

菜種梅雨傘のマークと十一度天水貰へよ鉢花を出す

弥生の忌手を合はすれどふさわしき言葉のあるや頬濡るるのみ




「稀にはあらむ」

ぐずぐずと細かい歌は止めにして大風呂敷を広げたき野辺

今夜こそ大満潮なる繊月の笑みの上下に並ぶ惑星

薄やみの川に潮の盛り上がる雲の上なる満月の圧

少ししか無いのかまたは二十年の残余であらばじつくりいけるが

なにゆえか悲しき生の束の間に楽しき刻の稀にはあらむ

房総のひねもす唸る風の日に明日は我が身の弥生の噂



「春雨」

土砂降りの朝の駅には冴え冴えと本物の傘花と溢るる

濡れ縁に腰を下ろして春の陽にたださらされてけふは猫なり

雨止めば雀とヒヨが豌豆とブロッコリーの畝分け合ひて食む

薮椿いまだ在らずも日だまりに空の色せる花の群れ居る ==オオイヌノフグリ
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庭梅の実とともに 2012年春から夏へ

少女のような老母に会いたい
庭梅の実の巻

        

「過敏」

黒き眼に口笛軽く吹きやるに淋しきひとを犬も無視する

白足袋の揃ひて待てり琴爪の幽かに立つる春の波音 ==箏曲「春の海」

まだみつきしか経たぬのにはや倦みて暦破るも物憂き鼓動

弥生尽 風に抗して樹も我も斜めに構へカフカの線描 ==フランツ カフカの自画像?




「春たけなわ」

春を名乗るおおいぬふぐり 大小の白き花らも目覚めし野辺に

突風の揺する闇にも春の香は満ちてあるらむ挽歌直すに

大樹なる紅しだれ梅 古き家に笠をふはりとかざしいるかの

枝垂れ梅その花籠に捉へられチツチキ啼かむ目白となりて

花の屋根十二単の絨毯を息(こ)の墓詣で卒寿の母の




「大震災遭遇」

去年弥生十日の夜に引っ越せる千葉の煙突明々として

引っ越しの荷の揺るるまま逃げ出してコスモ石油の爆風を受く

絶望の極みに笑ふ渋滞にいまだ知らずも死の物質を

舌下錠を常備する夫 頑固者のせめてその日の安らかなるを

命生み是非無く奪ふ自然かと弥生に知れば涙も出ず




「庭の野草」

かく小さき名も知らぬ草 白や青うす紫の花を秘めをり

カタバミも命の限り咲くものを黄の色思ひ指を差し止む

雑草を引かむと土にしゃがむ時微小の花の濃紫映ゆ

苧環の種ほど小さき葉の横に一ミリほどの白き花 ==苧環の新葉は本当に小さい




「見る間に緑」

花のあといづこも光あは緑 木下の人の何か美し

遅かりし花も緑へ変はりくを珍らかとみる 季(とき)を流れて

鳴子百合しげる廃屋たが植えし葉陰に白き鈴あまた下ぐ

水田は鏡と光り梨棚の花は揃ひて白く平らか




「新しい歌会へ」

特急券無しに済ますは可能かと貧の危ふさ鈍なる知恵に

東京へアナウンスの声何語なる「も一度プリーズ」地団駄をふむ

一巡り東京湾のふちをゆく往路はビル街帰路は羽田へ

海底へチーターしなるごと迷い無きバスにわが運ばれて行く ==句またがり

ふわと浮くリムジンバスのクッションは駆けゆく虎の背なもかくやと





「Tokyo」

高速より世界のTokyo眺めゆく皇居の堀も後ろを覗く

群れとして働き蟻の連係に作りし都市は夢の実現

奥底の隅田川より幾重にもスカイタワーまで富の集積

高速の高さに新緑湧き出でてビルの窓なる小さき人影

ビル群は身震ひするやに際立ちて銀杏の新芽街路を飾る




「あの頃」

外は雨ややこでありし子のそばに大人の思ひ充たせし春夜

いまさらに性愛の意味諾えり愛する人に贈る歓び

あの頃の血を吐く歌を夜の雨と推敲したりわが生き延びて

塚本と聞けば泣きたし喪ひし子と楽しき日過ごしたる街

布引きの滝の飛沫を浴びし日の手もつながねど緑滴る

豆粒の点になるまで慕ふ影愛の証の無かりしを泣く
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山ぶどうとともに 2012年喜びもあり

母の姿は末路の我なり
山葡萄の巻

           

「閑暇」

ひとつずつ夏の花種思案中今年どうやらひまわり蒔ける

クローバーのふと匂ひきて遥けくもタイムスリップ野遊びひと日

山陰の汽車の旅こそ眠られぬ窓に果てなく荒波歌ふ

かけ声と出車(だし)の眦(まなじり)忘れ得ぬ昭和三十年のねぷた祭りに

海上を蒼風(あおかぜ)わたる 充ち満ちて無窮の声のあるかのごとし

人の輪を君も求めし ドラマにも親しき仲間共に働く



「老婆心」

初老われミスドのコーヒー飲みをればおかはり黙ってもってきてくれる ==ミスタードーナッツ

華麗にも若き歌人の詠む痛みわれらは過去にとうに慣れたる

老ひ人はいささか痛み知るなれど明日はまた未知をののき歌ふ

散乱の夢とむくろを踏みしだき軌道はずれず行くやら日本




「金色の大満月

日は陰り南の庭にすず風の流るる頃合ひ西日は黄金

夕七時高く孤独に満月の星を隠してただ澄みし空

斜めなる月の軌道がかろうじて満月見する絶妙楕円

ETの大満月に向かふ影 最終便の光点滅 ==映画「ET」の名場面



「新樹」

さらさらと傘に音する小糠雨 薄き白布を新樹にかけて

紫と赤の花よりもたらされ薄みどりなるこのさや豌豆

万緑と言ふべき柿の若葉陰きらり幼きかなへび動く

早緑(さみどり)に洗い立てなる草も木も凄まじきまで大地の化学

きらきらとヘデラの繁みに花咲くは新樹のしたのこもれびなりし

母の日のブラウス持ちて青葉道 曲がりし背なの隠るるやうに

鉄塔はいづこのものぞ新緑の波わたりいく高電圧線

豊かなる川面に新樹の映ゆるさま早苗もそろひ輝き渡る




「孫歌」

婆ちゃんの長寿と愛に意味ありと学者の説けば孫歌詠まむ

「オバアタン」出会ひて笑ふ二歳児の別れのときは眼呆然と

孫歌に障りはあらめさはあれど愛の歌には変わりはあらじ

この赤き髪はたれ似と問はるるに心秘かに吾なりと思ふ




「月と日」

まどろめる伏月仰ぐ早出にて卯の花零しに追ひかけらるる

二十四年水無月とおか朝八時下弦の半月ひとりし仰ぐ

雨の夜を豊かに濡れし庭のもの朝日子ありてすべて為されし

陽のリングあの新月も嘘のごと望月白く空木に照れり ==世紀の金環食

台風の靡かす雲のなお残る青と新緑強く塗りたし ==早くも台風




「世を眺めて」

犯罪は社会の罪と思ふわれ困惑しいる言ひ募る人に

技術はや日進月歩といふなれど必然のごと失業増やす

白骨のひとつだに無し黒髪の一束恋ふる声三陸

足元の砂崩れゆくもがくほど支へ失ふ間一髪の浜 ==溺れた記憶

満州を逃るる崖を落ちて往く愛馬の声を父は忘れず



「親と子」

親よ 子としばしの遊び童心にもどり楽しみ分かち合ふべし

携帯を手放さぬ親 ゲームとふ気晴らし得るまで子とは淋しき

忙しさに父母邪険なるときあらめバアバはキミの遊び友達

暖かき二歳のからだわが胸と膝にぴつたり収まるを抱く
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花柘榴とともに 2012年 暑き日々なり

14年間そばに暮らし、もう4年間離れている
母の花柘榴の巻

         

モンステラの意気」

モンステラ出たとこ勝負の葉の形やぶれかぶれの自由の夢か

文才も美貌もなくば何をして三十年をわが満たさむや

我が歌はよほど地味らし共感を呼ぶさえなくて振り捨てらるる

ともかくも日々懸命に自を責めて限界までをねじれ咲くまで

もぢずりのきつと小庭に生えくるをねじねじと待つ忍ぶ心に



「人付き合い」

流産せし友黙々と腕回しプールについに遠泳二キロ

有明の月なほ高く南西のドイツの空に八時間の差

旅不安 二度と会ひたくない人とニアミスとなる一度ならずに

日曜日隣りに笑う声あればお節介にてわがほつと笑む

電話口めんだう気なる息の後ろ さへづり止まぬ孫とふ雲雀



「野のもの」

潔(いさぎよ)き赤の花もて道野辺に見回すごとくふいに立葵

露草の花びらほどの翅をして青蜆蝶ひとり去りゆく

死の顔は雀も人も遠きこともどれぬ道をまぶた落として

砂浴びの雀らのうち一羽のみいびりだされて野垂死にまで

なべて葉は斑入りや良しと会ひたきは半夏生かな野道のいづこ

野良猫の一生(ひとよ)も登り下りあり「猫坂」とふを書き残しやる



「どんな人」

うちのボスこまつたなあが口癖で部下がそのうち原因排除

出しやばらずお喋りをせず性(せい)なるか母の教えかなほ縛らるる

月も見ず五感使はずパソコンに憑かれし女こそこそ生きる

花束と呼ばんか鉢に大輪の後生の花の七つの歓喜

仏桑華(ぶっそうげ)風が落とせる一花の初々しきを髪に挿すべし

サイエンスへ文学少女目覚ませし不思議粘菌南方熊楠(みなかたくまぐす)



大暑を待つ」

何の木か諸説ある棘 梅雨さなか白き花もつ柚子か金柑

墓掃除しつつ謝る優しかりし父の怒れる最期の眼差し

お互ひに罠にかかりしなにの罠 夢見し心地のはるけき昏(くら)さ

大暑まえめうに涼しく小雨のみ無くした帽子いくつか浮かぶ
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ざくろの花とともに 2012年しだいに慣れる

しだいに施設に慣れた老母
ざくろの花の巻

           

「ひまわり1」

よき夢を 土のお布団そつと押し松葉牡丹のひげ根を寝かす

卯月より卯の花咲くまで抜かず置くキラン草似のほたるなんとやら ==トキワハゼとのちにわかる

かたばみと謎の藤色雑草に盾となるべしひまはりの群れ ==向日葵の生垣計画

ひまはりの抜き捨ててありいづこより悪意はくるやわが咎なるか



「ひまわり2 ラプソディ」

階段を駆け上がりゆく紅顔の子の後ろ影永別の駅

逝き果ててやつと向日葵どつと植ゆ稀代未聞(きたいみもん)の垣根六尺

向日葵はわれらが標(しるべ)あてどなき母もつ少年じつと見上げし

隣人には今年も変人ヤブカラシ露草ドクダミひまはり茂る

常の風台風にも耐へわが与ふ少しの水を待つひぐるまの

向日葵の茎をゆつたり巻く蔓にピンクの朝顔日々ひとつ咲く

はなびらのやうなる月を恋ふのやら秘かにも立つ夜の向日葵


「ひまわり3 生首」

ひまはりの下向く花芯熟れし実を地に落とすため食べられぬため

かく重き花首かかげまた曲ぐる向日葵の茎一握り以上

ひぐるまの黄色縮みてさも重きまろき花芯を下より見上ぐ

花首の俯くを切るその茎の意思ある剛さこの向日葵は

花鋏の切り残す茎数本の繊維に下がるサンフラワーの顔

敵将の生首取りてぶら下ぐる滴る重さ向日葵の頭(ず)の

花の顔みっつ馬穴をうっちゃりぬ無駄に曲がりし茎にはあらぬと




「真夏の空を」

文月から葉月へ炎暑続く日も刻よ余りに疾く去るなかれ

空中の蒸気冷ゆれば夜露あり小さき草々今朝も増えゆく

公園の炎と化したる樹のところ独りを歌ふ初蝉弱し

数分の通り雨過ぎ人も葉もはぐらかされてわづかの雫

まだ咲かぬ青き朝顔まだ生れぬ雲の嶺恋ふ梅雨明けすぎて

空の青見上ぐるたびに癒さるるとふ子の言葉わが青を着る ==twitterに読む

遠く住む子は夏空の紺碧をひとり折々うつとり見上ぐと

後ろよりもしもしの声振り向けば知らぬ顔する携帯会話

舟を陸に上げたる黒き波の山 異様の刻印まざまざとあり ==テレビの映像




「不二なる旧盆」

よその人をときに母より頼りたる君の心をお盆に知らさる

忌日にてひとりか不二かデニーズのざはつきの中桃ゼリー食む

竹取の媼は今も宝子と不二なる日々を笑ふて詠ふ

高きより撃つ熱風に乗り魂(たま)は身に近々と屋内吹き抜く

悔ゆるとも濯(すす)げぬ罪の重さゆえ浄らなる人嘆くも妬(と)もし

後ろよりひしと抱きつき離れざる愛深かりし大き父の背




「子ども」

汽車で行く昭和三十年青森へ鹿児島からは二泊の煤なる

ガタンゴトン電車をそう呼ぶ二歳児の世界は素敵に充ちている

幼らに試してご覧とわが言ふは失敗織り込みはげまさむとて

母の尾にじゃれる仔猫は叱られてほどなく捨て子となるを知らざる





「八月末」

喉元の違和感憂さのゆえならずけふ診断はドライマウス

予報では三十一度まだましとバスで涼みて銀行その他

雨雲の不意打ち白き雨脚に道の黒々濡れてまた晴れ

天津風秋立つとやや思はせて驟雨の一閃こころ横切る

八月の終りの満月日に近し涼風こおろぎ空腹の我



「ひまわり 4終焉」

ひまはりの葉の上にある緑色めうな形はつがふカメムシ

風止みて向日葵めうに静まりて油汗して我は団扇手

この一本が宇宙ならむ虫身をゆすり蠢く 白き紙魚(しみ)のごときが

花球の奥にひつしり黒き眼のいたづらめきて弧をなす種は

モンスターの枯れし下葉は小言好き誰か居るかにざははとそよぐ

速やかに葉月も流れカハラヒワのみんな逆立ちひまはりつつく

カハラヒワの太き嘴ややピンクちゅるると嬉しひまはりの宴

河原鶸ひまはりの種子残しゆくたらふく食べてあとは眠れよ
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栗の毬とともに 2012年夏過ぎる

哀れ 母の老いたること
栗のイガの巻

       

「夕涼」

夕まぐれ畳に伏して灯も点けぬ孤独も良きか月と虫の音

涼風にブラインド揺れ白々と透ける月影 こはどこの国 

どの部屋に行きても窓にこおろぎの囁く夜となる宇宙ノイズと

満月を見上げその位置描きみるけふ球面に溢るる日光 ==月が近い夜



「三世代」

二歳児もエノコログサの穂の柔さ感じたるらしふたつ引き抜く

オリンピック見たるゆうくんかけっこ好き腕を泳がしどこでも全速

「ゆうくんは男の子だから」たどたどとしかつめらしく二歳児の口

「お袋」というでもなくて唐突にあんたと呼びくる末っ子二十歳

二年生の通知表に書かれたる「無口無関心争ひ好まず」如何なる我か




「秋彼岸に思い出す」

盂蘭盆会みな仏ゆえ恨みなく集へる笑顔火影まはりに

思ひ出づる少女雑誌の感傷の朝(あした)のはまべ黄のフリージア

朝顔の凋むはかなさこの赤の色を限りと種を残さず

両の手の幸水梨に噛み付けばおもおも張れる甘露の袋

去年遇ひし水引草の咲きたるは十月なりしか花茎は紅(べに)



「違和感」

梅雨に咲く小さき白花アゲハ来てほほづき大の緑の球生る ==のちに金柑とわかる

ベランダの花は外向き天窓の真下に咲かば空を見上ぐや

半分の空占むる赤 予兆めく巨大鉄床(かなとこ)せみくじら雲

泣き暮らし涙も涸るるこの日頃ドライマウスにドライアイとは




「夏の名残り」

向日葵の幹に足添へへし折れば海綿のごと芯は濡れいて

鯖雲のあまねくだんだら仰ぐ目に空白くして雲青く見ゆ

律儀さを歌に詠むにも名の無くば報はれざりて牡丹色なり ==ミニマツバボタンとのちにわかる

一本の芽立ちも惜しみ残す庭にやがて緑の絨毯敷かる

露草も抜きて夜寒の時雨月あした晴るれば横様に咲く

戯れにひねる俳句に季重ねといふ壁ありてうたの自由や



「秋の朝顔

咲かぬまま茂る朝顔みどりなす葉の投ぐる影白秋の頃 ==夜の街灯のせいらしい

諦めて切り置きし蔓の初花の色忘れまじヘヴンリイブルー ==heavenlyblue

露草と不思議に同色はつ花を十月咲かす朝顔のあり

十月の赤に黄の斑の蕾立つ祖父のカンナは本気に咲くらし

酷暑過ぎ息吹き返すばらの葉に虫のたかりてぱらぱらと落つ

木犀の風巻きおこる線路沿ひ泡立草の花穂は尖りて




「涼音」

左手も弦にふれつつ琴爪を構える今しひと声を待つ ==「ヨオイ」のひと声が合図

ひんやりと風のふとあり草引けば耳の後ろに百舌鳥の高らか

小童(こわらわ)の声やはやはと澄み透る公園に請ふ慈悲ぞあれかし

風と雨の拭ひて秋空さうさうと濯ぐがごとしこの乱し世を ==台風のあと

庭に出て雨戸ひくときガラス戸に映り込む月間近に眺む

くきやかに槌音冴えて雲もなし新築の家冬へと急ぐ
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金木犀とともに 2012年秋をゆく

母娘というより戦友のように
金木犀の巻

         

「不祥事」

海底のトンネルなれば仰ぎみる ありうるなれどまさかと打ち消す

沖縄に後生の花と名付けられ現世の庭に血の色の美し ==ハイビスカスの異称

負の遺産そのままにして政争の泥沼どしゃ降り猫バスも来ず
 
知らぬ犬よ叫び絶え果て爪痕はドアの表に抉られ残る

哀れ友よ女ひとりに与へらるる宿世の行方受け止めかねつ 



「追憶サイト」

限りなく思へしメモリわづかなり追憶サイトの写真取りやむ

秋の夕 薄雲に紅刷かれいて優しき指の存在(ひと)ぞあるべし

函館のまちの輝き独り観てかへりし青年十三年前

二千八年挽歌以外をおろおろと歌ひ始めぬわが老ひづきて




「青き朝顔

珍しくなにか嬉しきことのあるそれが嬉しき秋の朝顔

五つ目の「大洋の青」小さく咲く 冬中育ち生垣となれ ==oceanblue

天の青ただ爽やかと思ふうち悲しうなりぬ秋風の中 ==heavenlyblue

名にし負ふ天上の青 霜月の寂しき色と横より眺む

冬立つも窓の向こふに淡青のヘヴンリィブルー咲けばたのもし ==立冬

百舌の声降る庭のすみ点々とスノーポールの芽立ちさみどり

夏蒔きし何かの花の細き葉がひそかに並ぶ立冬の庭




「晩秋の樹々」

混植の生垣に春香りたる卯の花の実はこの赤か黒か

ほの黒きネズミモチの実花札に見たる時より風情好まし ==花札にあるか?

槙の葉に丸き深紅のふと見えて番のごとき緑の玉つく

腕太きさくらもみぢの一本が道に火灯すやるき無さげに

駅前のさらしな通り閑散といちやうの黄にもなほ緑あり

時雨きて光る車道にカラカラと桜紅葉の落ちて色冴ゆ




「喪ったもの」

失ひし二千四年の歌を探す電子の海に浮きつ沈みつ

悲哀より零(こぼ)れたる歌また掬(すく)ひ紐に結わえて指の冷たし

いかばかり砕けたるかと旧友のことばますぐに津波のごとし ==長男を知る旧友

玄関に毛玉のやうなる仔猫いてその日の嫌悪すべて許しつ ==次男のツィート

ヤブ医者に中耳炎の子を強ひし我 愚かなりしを遠く謝る ==次男のこと




「落としもの」

潮流のまなかの島よ災ひのひとつひとつに路の尽きゆく

遠流にて果てたる高貴の才覚の遺せし野望定家へつなぐ

平安の絹の衣をかづきつつ望月ひとり忍びて雲間

「雨は雪に変わる」切なきメロディの呼び覚ますわがイヴのお話





「拾いもの」

老年の夢みる未来まづ古家買ひて友垣媼ら棲まむ

新宿の母とふ人か吾(あ)を見付け良き気あるとて嘘とも思へず

何を待ち時の流れをわが生きる本もニュースも過ぎ去る翌日

不可解のこの世のさまざま耐えきしは今ぞ涅槃に安らはむがため

重き鉄は地球の芯にて磁場の元 なれど呼吸は錆をもたらす

白々と砂粒に似る星たちとクオークとの差異ゼロいくつつく
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烏瓜とともに 2012年首都をい往く

改めて母がその生を愛おしんで生きたこと
カラスウリの巻

        

東京湾アクアライン

国道をバスは飛ぶがに白富士の右に左に遠く佇ちつつ

無謀にも東京湾を跨ぐ橋 風に煽られバスの耐へゆく

海をみて可愛い青い色なりと呟く己が心いぶかし

南風(はえ)にあれど未だ冷たし窓外に鴎の一羽飛びて進まず

底浅き東京湾に小舟止め潮の引く間を人ら働く

事故の報ヘリコプターは蚊のごとく淡く紅さす富士を横切る

幾たびも通ひたりしに思はざる富士は常にぞ我に添ひたる

樹海越え懐深く倭の国を見渡しやまぬ峰と思ひぬ




アクアライン海底トンネル」

虎のごとうねりてバスは海底に地震を怖るる毛穴の縮む

渋滞のトンネルをゆく車の列 日本列島に身を委ね居て

海底に閉ぢ込めらるる定めかと迷妄勝るにふと日の中に

川崎の工場の煙盛んなるを吉とするべし富士は消えたり




「都心の眺め」

ビル群ははるひに光り三角のいちやうの芽吹き幾何学の街

こんもりと緑濃くする神田川ボートハウスのペンキや床し

潮満ちて風の絵筆は白線を無数に描き川の溢れつ

暮らす窓 働ける窓 走る灯の反照わづかに神田川淀む

都会とは他所行きの顔 卑小なるねぐらに躱(かわ)すその美と速さ




「宵の新宿都心」

長月の十三夜ころ絵巻物めきて光の塔の群れ立つ

星見えぬまで摩天楼 玲瓏と光の元をいづこより得る

鮮らけき都心のビルの夢見時 滅びの前のマンハッタンの




「帰路」

京葉道東京ベイを巡りゆき帰路は羽田へ 歌会(かかい)の旅路

新旧のタワーの漸次窓に立ち湾の埋め立て矩形連なる

まどろみて東京遠望二つながらタワー並べて木更津は暮る

名月を待つ七時すぎバス内を映す鏡となれる窓かな

山の影落ちる十六号線日の暮れて眩しくスーパー全容示す

文明の器とシステムに運ばれて吾は呆然と対価を払ふ

五井駅更級日記の頃はもや文月四日の望の月の出

月の出をネオンの中に見つけたる眼ほどに携帯写してくれず

宵闇を金色燦然昇りゆく月速きこそわれらが自転
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ヒヨドリジョウゴとともに 2012年 歌の旅だった

母は施設でも描く、わずかの天然を
ヒヨドリジョウゴの巻

        

「日本」

白き薄き花弁に紅さす山茶花を口ずさみつつ垣根を曲がる

書に倦めば夏は畳にどつたりと冬は炬燵にもぐる日本

女学生弓引く日々の黒袴ぴたり畳みて寝圧しの準備

ふるさとと言ふには淡き七輪の炭の香 畳屋 新茶を煎る香
  
山ふかき兵庫に行きて関東の人驚きぬ吾は逆にして




「銀杏の頃」

冷え込みし冬空の下振り返る黄色に温(ぬく)き輝く公園

この季(とき)ぞ五井駅広場こがらしに万朶と黄の鳥賑はひ立てり

黄金の五井駅前となりしかな風といちやうの切りなき乱舞

空色の川の巡りの野の上に風強ければ機影静止す




「血縁」

待て待てと追ひかけゆけば転ぶまで逃げて幼児の鈴ふる笑ひ

諦めし物理の夢の誇らしく理科の友とふ名を子に与ふ ==孫の命名

やつと一つ釣れし小魚焼きたてを親子で分けし白き河原に

物差しを失ひし親敗戦の子の自由あり終戦生まれ

生垣の中に小鳥のひそやかに団欒らしきご馳走は何




「老いる日々」

待ちぼうけ海路の日和ざわざわとをつとかつまか生き残り賭く

老眼に許してをりし隅々の塵灰色に西日の射角

新しき命は生るれ 去るわれら長寿百年めざせどいつか

瞼閉ぢなほしずしずと湧きこぼる冬涙雨金柑に降る




「百円バス」

考へは休むに似たりバス降りて光なき空おろおろ歩む ==cf. 馬鹿の考え休むに似たり

電線の警告空が発しいて見回してみる霜寒の朝

蔦の葉の紅の図案をつい眺め信号赤にわがバス逃す

生温(なまぬる)き凩激し人絶えて乗り合ひバスを待つ月忌日




「世間」

政権の右傾化支ふる若き声ネットの中の居場所しか無き

カラオケの箱根の山に轟ける唄声の快わがはまるやも

雪と雨のあはひのミスド小女子の小声の会話嗚咽へと変はる ==ミスタードーナッツ

天空の鏡面ビルに映るバスの窓にわが顔あり見詰め合ふ ==ビルの谷の首都高速
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