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みちの雑記帳

2017-11-26 映画「ブレードランナー2049」と「ブレードランナー」(感想)

[]「ブレードランナー2049」と「ブレードランナー」(感想)


ブレードランナー2049 BLADE RUNNER 2049
2017年 アメリカ 163分
監督:ドゥニ・ヴィルヌーヴ
出演:K(ライアン・ゴズリング)、リック・デッカードハリソン・フォード)、ジョイ(アナ・デ・アルマス)、マリエット(マッケンジー・デイヴィス)、ラヴ(ウォレス社勤務のレプリカントシルヴィア・フークス)、アナ・ステリン(記憶デザイナー。カルラ・ユーリ)、ジョシ警部補/マダム(Kの上司。ロビン・ライト)、サッパー(農夫・旧型レプリカントの逃亡者。デイヴ・バウティスタ)、ニアンダー・ウォレス(ジャレッド・レトー)、フレイザ(レプリカント解放同盟リーダー。ヒアム・アッバス)、ガフ(エドワード・ジェームズ・オルモス)、レイチェル(ショーン・ヤング


★ねたばれあり!!★

35年ぶりの続編は、設定としては30年後の世界である。
主人公は、新型レプリカントのK。Kは記号で、名前はない。彼は、旧式のレプリカントを狩るブレードランナーで、LAPD(ロサンジェルス市警)の警官である。
彼が解任した(射殺した)レプリカントのサッパーの住まいから女性レプリカント(実はレイチェル)の遺骨がみつかり、彼女が妊娠・出産していたことが判明する。
本来生殖能力のないはずのレプリカントの子どもの存在は世の秩序を乱すとして、Kの上司のジョシ警部補は子どもをみつけて抹殺するようKに命じる。一方、レプリカント不足からその生殖を考えるレプリカント製造元ウォレス社の代表ウォレスは、研究のため、子どもを見つけてつれてくるよう、会社幹部の女性レプリカント、ラヴに命じる。
レプリカントは成人の状態で作られるため、子どものころの記憶は記憶デザイナーによって作られた物が移植されているのだが、Kは、子どもを捜すうち、自分の子ども時代の記憶が作り物ではなく、本当にあったできごとだったことを知る。自分がレイチェルの産んだ子どもだと思った彼は、子どもの父であるデッカードに会いに行く。デッカードは、放射能濃度が高く無人と化したラスベガスのカジノで隠遁生活を送っていた。
ネオンサインが映える、雨の止まないロサンジェルスの街の風景や、女レプリカントであるラヴの非情さと戦闘能力の高さなどが前作を思わせる。老人となったガフ(役者さんも同じ)が出てきて折り紙を見せるのもなつかしかった。
前作でデッカードはレプリカントのレイチェルと恋に落ちるが、Kは、AI搭載のフォノグラムの美女ジョイが恋人である。Kを愛するジョイは、まるでドラマに出てくる幽霊のように、生身の女性の身体に同化して、Kと交わりたいという望みを叶える。彼女とKとのやりとりは十代の恋人同士のようにぎこちなくて切ない。
設定が込み入っていて、映画を見ただけではよくわからない。前作を見ていないとわかりにくいし、検索して確認しないとあいまいなことも多い。さらに検索してもわからないことがあって困る。例えば、木でできた馬の玩具の記憶はだれがなんのためにKに植え付けたのか、結局はっきり示されない。いろいろわからない部分があるのはハードボイルドにはよくあることなのだが、この場合はなんだかまあいいやと思えず、釈然としない感じが残った。
殺伐とした世界を主人公の男が物憂げに行く様子は、前作の雰囲気が引き継がれているように感じられてよかったが、進み具合はゆっくりだ。自分の出自を求めてさまようKに共感できるかどうか。ゴズリングは悪くなかったが、当事者になってしまっているので、どうにもウェットだ。わたしは、前作は、主人公が傍観者として、関わった者たちの生きざまを目にしてやりきれない思いに浸るというチャンドラー的ハードボイルドの哀感が味わえるところがよかったので、そういう意味ではちょっと違った。コアなファンの間では、デッカードがレプリカントであるという説があるらしいが、わたしは、だから、デッカードはレプリカントでなくていいと思う方である。

ブレードランナー  BLADE RUNNER
1982年 アメリカ 117分
監督:リドリー・スコット
原作:フィリップ・K・ディック「アンドロイドは電気羊の夢を見るか?
出演:リック・デッカード(ハリソン・フォード)、レーチェル(ショーン・ヤング)、ガフ(エドワード・ジェームズ・オルモス)、ロイ・バティー(ルトガー・ハウアー)、プリス(ダリル・ハンナ)、リオン・コワルスキー(ブライオン・ジェームズ)、ゾーラ(ジョアンナ・キャシディ)、セバスチャン(ウィリアム・サンダーソン)、エルドン・タイレルジョー・ターケル)、ハンニバル・チュウ(眼球製作者。ジェームズ・ホン)、ホールデンモーガン・ポール)

1982年に、公開前に渋谷パンテオンの試写でみた。たいへん気に入ったが、当時はあまり話題にならず。
私としては、映像美とか、レプリカントのアイデンティティーとかいうことより、雰囲気のあるハードボイルドだから好きだった。雨の降り続く近未来のロサンジェルスの、けばけばしくも暗く沈んだ雰囲気、孤独で物静かなデッカード、やたら強い女レプリカントのプリス、デッカードを助け雨の中でうつむきつつ逝くロイ、折り紙を残すガフ、といったものがそれぞれよかった。ラストのデッカードのナレーションもハードボイルドならではで好きだった。1992年のディレクターズカット(116分)は見ていない。

2017-11-04 映画「霊的ボリシェヴィキ」を見る(感想)

[]映画「霊的ボリシェヴィキ」を見る(感想)

霊的ボリシェヴィキ
2017年 日本 製作:映画美学校 72分
監督・脚本:高橋洋
タイトル原作(言葉の提唱者):武田崇元(神道霊学研究家)
撮影:山田達也
録音・霊的効果音:臼井勝
音楽:長蔦寛幸
出演:由紀子(韓英恵/幼少期:本間菜穂)、安藤(由紀子の婚約者。巴山祐樹)、宮路(霊媒師。長宗我部陽子)、浅野(研究者。高城公祐)、片岡(助手。近藤笑菜)、長尾(老婦人。南谷朝子)、三田(元刑務官。伊藤洋三郎)、由紀子の母(河野知美)


公開に先駆け、試写会で見せていただきました。
高橋洋監督最新作は「霊的ボリシェヴィキ」というのだ、と聞いたときは「まさに!」と思った。しかも原作者(提唱者)が他にいるというのだから、映画のタイトルとしては実にゴージャスである。
とはいいながら、わたしは「霊的」についても「ボリシェヴィキ」についてもよく知らないのだった。試写会の翌日、会社でお昼休みに社長とごはんを食べているときに、「高橋くんが新しい映画を撮ったんだって?」と訊かれた。監督の高橋氏とは30年くらい前にともに同社で勤務していたことがあるので社長も彼のことを知っているのだ。大学時代に学生運動に打ち込んでいた社長は、「そういえば今年はロシア革命からちょうど100年なんだよね。それと何か関係あるの?」「で、映画はどのへんがボリシェヴィキなの?」とぐいぐい押してくるのだが、わたしはどう答えていいかわからず、しどろもどろに「レーニンとスターリンの写真が飾ってありました」とか「みんなでロシア語の歌を歌ってました」とか答えるのがやっとだった。あとから考えると、登場人物らが霊的な「革命」を起こそうとする一団ってことなんかなあって漠然と思ったりしたのだが。
前作「旧支配者のキャロル」は、終始陰惨な空気の中に仰々しさが渦巻いていて、その迫力がすごかったのだが、今回はそれに比べるとだいぶ端正で洗練されたつくりに思えた。
倉庫のような場所に、人の死に居合わせたことのある男女がゲストとして呼ばれる。幼いころ神隠しにあったという由紀子とその婚約者安藤、老婦人の長尾、元刑務官の三田の4人で、呼んだのは霊とかそういう研究をしているらしい学者っぽい男浅野、そして霊媒師の宮路(監督が好む、険しい顔つきをした足の悪い中高年の女性である)も同席している。なんの経過もなく、のっけからいきなり謎の会合というのは、たいへん潔い。
部屋にはたくさんの集音マイクが設置され、浅野の助手の片岡(若い女性)が彼らの話も含めそこに生じる音を録音し記録する。試写会で配られた資料には「強すぎる霊気により一切のデジタル機器が通用しないこの場所で、静かにアナログのテープが回り始める。」とあるが、映画の中ではそうした説明はないので何も知らずに映画に臨むと、なぜか旧式な録音機材で録音しているなあ、その方が何かものものしくてかっこいいからかなあ、などと思いながら観ることになる。
冒頭の三田の死刑囚の話にはぐいぐいと引き込まれる。コティングレー妖精事件を引き合いに出すあたりも程よく気持ちがざわつく。写真が偽物だったことは説明されるが、その事実を超えてあの写真には不思議な吸引力があると、あれを目にした者なら大概そう感じるのではないか。霊気が高まっていることを示すのに、よくある星とか波とかが書かれたESPカードを使わずトランプを用いたのはエレガントだ。
全員が話し終わってそうして何が起こるのか、どきどき感が高まる中、霊媒師の宮路が「あの世云々(うんぬん)〜!」と発言するにあたって、状況は混乱を増していく。
映画「恐怖」のときも感じたが、見えないものを見せないことで、観る者の中にただならぬ恐怖を呼び込もうという姿勢は、揺るがない。
と、ここに来て思った、呼び込もうとしているのはもっと桁外れのものなのではないか。映像は一方的に観るものだけでなく、映像の中の者も観る側に働きかけてくるというのは、高橋洋によって繰り返し示されてきたイメージではなかったか。彼によればこれはライブ型エンターテインメント、すなわち、霊体験を「楽しむ」、畏れ知らずの映画なのだ。

★2018年2月10日、澁谷のユーロスペースにて公開予定
「霊的ボリシェヴィキ」HP
https://spiritualbolshevik.wixsite.com/bolsheviki
予告編
https://www.youtube.com/watch?v=T5Re5N1rC1k

2017-10-28 映画「ドリーム」を見る(感想) このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント

*[映画・TV]映画「ドリーム」を見る(感想)
ドリーム HIDDEN FIGURES
2016年 アメリカ27分
監督:セオドア・メルフィ
出演:キャサリン・G・ジョンソン(タラジ・P・ヘンソン)、ドロシー・ヴォーン(オクタヴィア・スペンサー)、メアリ―・ジャクソン(ジャネール・モネイ)、アル・ハリソン本部長(ケヴィン・コスナー)、ヴィヴィアン・ミッチェル(キルステン・ダンスト)、ポール・スタフォード(ジム・パーソンズ)、ジム・ジョソン大佐(マハーシャラ・アリ)、レヴィ・ジャクソン(オルディス・ホッジ)、ジョン・グレン(グレン・パウエル)、ルース(キンバリー・クイン)、カール・ゼリンスキーZielinski(オレク・クルパ)

1960年初頭。冷戦下、アメリカとソ連の両国は宇宙開発を競っていた。ソ連がガガーリンを乗せた初の有人宇宙飛行を達成、遅れをとったNASAの開発陣営にとって有人宇宙飛行の成功は急務となった。
NASAのラングレー研究所の西計算グループに所属する3人の黒人女性たち、天才的な計算能力を持つキャサリン、西計算グループのまとめ役のドロシー、黒人女性初のNASAの技師を目指すメアリーが、人種差別と女性差別という二重の差別を受けながらも、卓越した理系の能力と機転のよさで、道を切り開いていく。
人種差別を扱っているとはいえ、宇宙開発という夢のある目標を掲げて、ソフトで軽快な描き方をしているので、楽しく小気味よく見られる。口当たりがよすぎるくらいだ。
ちかごろ「スカッとジャパン」というテレビ番組があって人気らしいのだが、私はあれは好きではない。「スカッと」を得るためにわざわざ周囲を貶めているようで大変志が低く思えてしまうのだ。この映画も後半は「スカッと」の連打であるが、にもかかわらず、わかっちゃいるにも関わらず、やったね!と気持ちよく思わされてしまう。
計算能力が買われて白人しかいない宇宙特別研究本部に配属になったキャサリンは、「非白人用トイレ」のある別棟まで片道800mの道のりを毎日その都度往復しなければならない。計算書類のファイルを抱え、ハイヒールで小走りにトイレへ向かう彼女の様子が何度も繰り返し示される。(それもちょっとコミカルに描かれているのだが、これはちょっとやりすぎな気がした。なんでずっとハイヒールなのか、走らなきゃならないことはわかっているんだからスニーカーとかヒールの低い靴とかに変えればいいのに、と見ていていらっとしないでもなかった。それともハイヒールは大事なステイタスだったりするのか。)
しかしそんな彼女の苦労も知らず、ハリソン本部長は仕事場を抜け出してさぼってばかりいると彼女をなじり、なじられたキャサリンはついに堪忍袋の緒を切らす。
仕事一筋、有人飛行達成のために必要な優秀な人材なら人種差別などしていられない、とハンマーで「白人用トイレ」の看板をぶっこわすハリソンはやはりわかっちゃいるけど、よい役どころ。このたいへんな儲け役を渋くさりげなくこなすとはおそらく名のある俳優に違いないと思っていたら、ケビン・コスナーだった。さすがだ。
映画の内容は、1983年の有名映画「ライトスタッフ」につながる。エド・ハリスが演じた宇宙飛行士ジョン・グレンを演じるのはこちらではグレン・パウエル。渋かったエド・ハリスのグレンとはちょっと違って、終始さわやかで偏見を持たないナイスガイとして描かれている。NASAの職員が飛行機で降り立った宇宙飛行士たちを歓迎するシーン、グレンは、歓迎隊の列の一番端にひっそりと並ぶキャサリンたちの前にもやってきて気さくに声をかける。周囲の白人たちも驚くし、声をかけられたキャサリンたちも驚く。しかし、グレンはいたって無邪気だ。(この感じ、どこかで見たことがあると思っていろいろ記憶をたどると、ジョン・フォードの西部劇「駅馬車」の中継所のシーン、駅馬車の乗客から人間扱いされずにいた娼婦のダラスに無邪気なリンゴ・キッドのジョン・ウェインが声をかけるところに思い至ったのだった。)また、グレンは、いよいよロケット打上げというときにトラブルが発生した際、コクピットの中からハリソンに「あの女性(girl)にチェックさせろ。彼女が計算してOKと言ったら、僕は飛ぶ。」と要請する。こうしたグレンの言動にも、わかっちゃいるけど、スカッとしてしまうのだった。
ただ、彼ら白人男性の脇役に比べて、2人の黒人男性脇役、キャサリンの恋人となるジムとメアリーの夫レヴィは、男前だけどただ出てくるだけでどんな人なのかあまりちゃんと描かれておらず、魅力が感じられなかったのが残念だった。それって不公平(差別とまではいわないが)なんじゃないかと思ったりもした。

2017-10-21 映画「散歩する侵略者」を見る このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント

*1508556474*[映画・TV]映画「散歩する侵略者」を見る
散歩する侵略者
2017年 日本 公開松竹=日活129分
監督:黒沢清
原作:前川知大「散歩する侵略者」(劇団イキウメの舞台劇)
出演:加瀬鳴海(長澤まさみ)、加瀬真治(松田龍平)、天野(高杉真宙)、立花あきら(恒松祐里)、桜井(長谷川博己)、明日美(前田敦子)、丸尾(満島真之介)、車田刑事(児島一哉)、鈴木社長(光石研)、品川(笹野高史)、牧師(東出昌大)、医者(小泉今日子


★ネタバレあります!★

蠱毒 ミートボールマシン」の後で見たこともあり、なんて知的で落ち着いた宇宙人地球侵略ものなんだろうと思った。
「僕は実は地球を侵略しにきた宇宙人なんだ」という言葉を不意に隣にいる人に言われたら。という絶望的に目新しくないネタを、まっとうに、淡々と、低予算でやっていて、それでもって、おもしろい。
偵察のため派遣された「彼ら」は3人いる。それぞれ女子高校生あきらと青年天野と会社員真治の身体を乗っ取っている。真治の妻鳴海は、行方不明だった夫を迎え入れるが、その豹変ぶりに戸惑う。
彼らは簡単に地球人を殺せるのだが、とりあえず地球人を知るため概念を盗む。盗まれた地球人の頭からはその概念が抜け落ちてしまう。真治は会社を辞め、近所を散歩しながら人々の概念を盗んで回る。「家族」を盗まれた鳴海の妹明日美はいささか険しい表情となるが、「自由」を盗まれた主婦はおだやかな表情となり、「所有」を盗まれた引きこもりの青年は生き生きとし、「仕事」を盗まれた中小企業の社長は喜々として楽しそうである。
ジャーナリストの桜井は、自分は宇宙人だという天野を当然最初は全く信じなかったが、やがてそれが本当であると認め、「ガイド」として彼と行動を共にし、あきらと合流する。鳴海と真治は、厚労省の官僚だと名乗る男笹野が率いるチームから追われ、桜井と天野とあきらは逃げる二人を探す。この地球人のガイドと宇宙人の混合チーム2組の様子が交互に描かれ、やがて彼らは出会う。警戒する鳴海に桜井が「ガイド」という言葉を告げるだけで鳴海が状況を理解するのは極めて効率的だったが、そのあとは、あきら・天野と真治がごく短い間向き合っただけで別れ、で、また会ってでもまたすぐ別れ、といったもたもたした展開となる。あんなに優位そうだったあきらと天野が倒れ、桜井は天野から地球襲撃のための情報の発信という無茶な任務を託される。それからの彼の中身は天野なのか、桜井本人なのか。宇宙人が、特に天野があまりにその辺の青年然としているせいか、この一連の成り行きには、なんとも奇妙で独特の味わいが漂っている。こういうのをオフビートというのか、でも、軽すぎるでなく、重すぎもせず、バランスがすごく微妙だ。
ラスト、宇宙人の侵略が始まる中、鳴海の心は夫への「愛」でいっぱいになり、「愛」を盗んだ「真治」はあまりの衝撃によろけ、しばらくして鳴海の中身は空洞となる。
結局愛が世界を救うというこれまた死ぬほどありがちな話なのだが、それも至ってそっけなく、さらりと描いていて、ハードボイルドだ。

2017-09-21 映画「蠱毒 ミートボールマシン」を見る(感想)

[]映画「蠱毒 ミートボールマシン」を見る(感想)

蠱毒 ミートボールマシン
2017年 日本  100分
監督:西村喜廣
出演:野田勇次(田中要次)、三田カヲル(百合沙)、マミ(鳥居みゆき。ぼったくりバーの女。)、田ノ上(川瀬陽太。取り立て会社の社長)、長谷(村杉蝉之介。古本屋店長。)、酒井(三元雅芸。バイク野郎)、警官隊(島津健太郎、山中アラタ、屋敷紘子、栄島智、)、白線女(しいなえいひ)、CMの宇宙人(斉藤工

田中要次初主演映画ということで見に行く。
宇宙人地球侵略ものバイオレンス・スプラッタ・どたばたコメディSFという感じかしら。
「蠱毒」とは、古代中国において行われた虫を使った呪術らしい。ウィキペディアによると、蛇、百足、蛙、ゲジゲジなど複数の生き物を器にいれて共食いをさせ、生き残ったものが神霊となり、その毒を恨む相手に飲ませると死に至るという。
本作では、宇宙人によってある町の一部がフラスコ状の空間に閉じ込められ、中にいた人間は謎の寄生生物にとりつかれて次々に内蔵っぽいデザインと色をした異形の戦闘マシン(「ネクロボーグ」というらしい)と化し、殺し合いを始める。首や腕や内臓が飛び、血の雨が降りまくる。
田中要次演じる野田勇次は借金の取り立て屋だが、気がやさしすぎて仕事ができず、社長に怒鳴られてばかりの日々を過ごしていた。そんな彼もネクロボーグと化すのだが、取り立て対象者の一人である美女カヲルに心惹かれていた彼は人としての魂を失うことなく、カヲルの救出に向かうのだった。
前半は勇次の切ない日常と宇宙人たちによって進められる侵略の様子が描かれ、後半は、ネクロボーグたちによる殺戮とカヲルを追う勇次の戦いが、騒々しく漫然と続く。
映画の中盤、ネクロボーグ化し始めた人々に勇次も観客も戸惑うが、物陰からネクロボーグの戦いの様子を見た勇次が、「怪物同士で殺し合うのか」とか「得意な道具を殺しの武器に使えるのか」とかいろいろ説明してくれるので助かった。
勇次はだんだんヒーローらしくなっていき、演じる田中の容貌もあってシュワルツェネッガーっぽく、かっこいいカットがあった。
ネクロボーグに立ち向かう武道家警官チームがなかなかよかった。
関連映画:「MEATBALL MACHINE -ミートボールマシン-」(2005年。監督:山口雄大山本淳一、主演:高橋一生)
「ミートボールマシン」(1999年。監督:山本淳一、出演:渡辺稔久)