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みちの雑記帳

2017-10-21 映画「散歩する侵略者」を見る このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント

*1508556474*[映画・TV]映画「散歩する侵略者」を見る
散歩する侵略者
2017年 日本 公開松竹=日活129分
監督:黒沢清
原作:前川知大「散歩する侵略者」(劇団イキウメの舞台劇)
出演:加瀬鳴海(長澤まさみ)、加瀬真治(松田龍平)、天野(高杉真宙)、立花あきら(恒松祐里)、桜井(長谷川博己)、明日美(前田敦子)、丸尾(満島真之介)、車田刑事(児島一哉)、鈴木社長(光石研)、品川(笹野高史)、牧師(東出昌大)、医者(小泉今日子


★ネタバレあります!★

蠱毒 ミートボールマシン」の後で見たこともあり、なんて知的で落ち着いた宇宙人地球侵略ものなんだろうと思った。
「僕は実は地球を侵略しにきた宇宙人なんだ」という言葉を不意に隣にいる人に言われたら。という絶望的に目新しくないネタを、まっとうに、淡々と、低予算でやっていて、それでもって、おもしろい。
偵察のため派遣された「彼ら」は3人いる。それぞれ女子高校生あきらと青年天野と会社員真治の身体を乗っ取っている。真治の妻鳴海は、行方不明だった夫を迎え入れるが、その豹変ぶりに戸惑う。
彼らは簡単に地球人を殺せるのだが、とりあえず地球人を知るため概念を盗む。盗まれた地球人の頭からはその概念が抜け落ちてしまう。真治は会社を辞め、近所を散歩しながら人々の概念を盗んで回る。「家族」を盗まれた鳴海の妹明日美はいささか険しい表情となるが、「自由」を盗まれた主婦はおだやかな表情となり、「所有」を盗まれた引きこもりの青年は生き生きとし、「仕事」を盗まれた中小企業の社長は喜々として楽しそうである。
ジャーナリストの桜井は、自分は宇宙人だという天野を当然最初は全く信じなかったが、やがてそれが本当であると認め、「ガイド」として彼と行動を共にし、あきらと合流する。鳴海と真治は、厚労省の官僚だと名乗る男笹野が率いるチームから追われ、桜井と天野とあきらは逃げる二人を探す。この地球人のガイドと宇宙人の混合チーム2組の様子が交互に描かれ、やがて彼らは出会う。警戒する鳴海に桜井が「ガイド」という言葉を告げるだけで鳴海が状況を理解するのは極めて効率的だったが、そのあとは、あきら・天野と真治がごく短い間向き合っただけで別れ、で、また会ってでもまたすぐ別れ、といったもたもたした展開となる。あんなに優位そうだったあきらと天野が倒れ、桜井は天野から地球襲撃のための情報の発信という無茶な任務を託される。それからの彼の中身は天野なのか、桜井本人なのか。宇宙人が、特に天野があまりにその辺の青年然としているせいか、この一連の成り行きには、なんとも奇妙で独特の味わいが漂っている。こういうのをオフビートというのか、でも、軽すぎるでなく、重すぎもせず、バランスがすごく微妙だ。
ラスト、宇宙人の侵略が始まる中、鳴海の心は夫への「愛」でいっぱいになり、「愛」を盗んだ「真治」はあまりの衝撃によろけ、しばらくして鳴海の中身は空洞となる。
結局愛が世界を救うというこれまた死ぬほどありがちな話なのだが、それも至ってそっけなく、さらりと描いていて、ハードボイルドだ。

2017-09-21 映画「蠱毒 ミートボールマシン」を見る(感想)

[]映画「蠱毒 ミートボールマシン」を見る(感想)

蠱毒 ミートボールマシン
2017年 日本  100分
監督:西村喜廣
出演:野田勇次(田中要次)、三田カヲル(百合沙)、マミ(鳥居みゆき。ぼったくりバーの女。)、田ノ上(川瀬陽太。取り立て会社の社長)、長谷(村杉蝉之介。古本屋店長。)、酒井(三元雅芸。バイク野郎)、警官隊(島津健太郎、山中アラタ、屋敷紘子、栄島智、)、白線女(しいなえいひ)、CMの宇宙人(斉藤工

田中要次初主演映画ということで見に行く。
宇宙人地球侵略ものバイオレンス・スプラッタ・どたばたコメディSFという感じかしら。
「蠱毒」とは、古代中国において行われた虫を使った呪術らしい。ウィキペディアによると、蛇、百足、蛙、ゲジゲジなど複数の生き物を器にいれて共食いをさせ、生き残ったものが神霊となり、その毒を恨む相手に飲ませると死に至るという。
本作では、宇宙人によってある町の一部がフラスコ状の空間に閉じ込められ、中にいた人間は謎の寄生生物にとりつかれて次々に内蔵っぽいデザインと色をした異形の戦闘マシン(「ネクロボーグ」というらしい)と化し、殺し合いを始める。首や腕や内臓が飛び、血の雨が降りまくる。
田中要次演じる野田勇次は借金の取り立て屋だが、気がやさしすぎて仕事ができず、社長に怒鳴られてばかりの日々を過ごしていた。そんな彼もネクロボーグと化すのだが、取り立て対象者の一人である美女カヲルに心惹かれていた彼は人としての魂を失うことなく、カヲルの救出に向かうのだった。
前半は勇次の切ない日常と宇宙人たちによって進められる侵略の様子が描かれ、後半は、ネクロボーグたちによる殺戮とカヲルを追う勇次の戦いが、騒々しく漫然と続く。
映画の中盤、ネクロボーグ化し始めた人々に勇次も観客も戸惑うが、物陰からネクロボーグの戦いの様子を見た勇次が、「怪物同士で殺し合うのか」とか「得意な道具を殺しの武器に使えるのか」とかいろいろ説明してくれるので助かった。
勇次はだんだんヒーローらしくなっていき、演じる田中の容貌もあってシュワルツェネッガーっぽく、かっこいいカットがあった。
ネクロボーグに立ち向かう武道家警官チームがなかなかよかった。
関連映画:「MEATBALL MACHINE -ミートボールマシン-」(2005年。監督:山口雄大山本淳一、主演:高橋一生)
「ミートボールマシン」(1999年。監督:山本淳一、出演:渡辺稔久)

2017-08-12 横浜にあるミニ映画館シネマノヴェチェントで封切の映画「カントリー

[]横浜にあるミニ映画館シネマノヴェチェントで封切の映画「カントリー・サンデー」を見る(感想)


カントリー・サンデー 皆殺しの讃美歌 SUNDAY IN THE COUNTRY
1974年 アメリカ・カナダ  日本公開2017年 シネマノヴェチェント 90分
監督:ジョン・トレント
出演:アダム・スミス(アーネスト・ボーグナイン)、ルーシー(ホリス・マクラレン)、リロイ(マイケル・J・ポラード)、ディネリ(ルイス・ゾーリッチ)、アッカーマン(セック・リンダ―)、ルーク(ウラジミール・ヴァレンタ)、エディ(ティム・ヘンリー)、トム巡査部長(アル・ワックスマン)

★ちょっとネタばれあり! 注意!★
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横浜、戸部のミニシアター、シネマノヴェチェントにより本邦初公開された1974年のアクション映画(テレビ放映はされたことがあるらしい。そのときのタイトルは「カントリ・サンデー/恐怖の日曜日」)。
アメリカの田舎町。農場を営むアダムは、大学の休暇で訪れている孫娘のルーシーと2人で穏やかな日々を過ごしていた。ある日曜日、隣町で銀行を襲撃した犯人3人組が逃亡してくる。3人は、近所に住む若いカップルを殺し、アダムの家の電話線を切って押し入ろうとする。が、異変を察したアダムは銃を手に犯人らを待ち受け、リロイとディネリの2人を拘束する。警察に通報しようというルーシーの提案をよそに、アダムは2人を監禁する。ルーシーは、犯人たちを恐れつつも、祖父の異常な行動に戸惑うのだった。
犯罪者が暴れ、孫娘をひどい目にあわされた初老の男が、ショットガンを手に立ち上がる! という映画かと思いきや、意外な展開が。
信仰心の厚い老農夫が次第に異様さを増していく様子をボーグナインがはまり役で好演している。犯人3人組の中で、もっともやばそうな小悪党リロイを演じるポラードが特異な容貌とあいまって実に憎々しげだ。
ルーシーのボーイフレンド、エディが何かものを修理する家業の手伝いをさせられていることは前もって知らされるのだが、途方にくれるルーシーのもとに通じないはずの電話が鳴って、彼の声が聞こえてくる。あまり目立たない脇役の彼氏が、彼女の危機を助けようという気もないまま、電話線を直し終えて電話してくるだけなのだが、それがまさに彼女にとっては天の助け、電柱に登って電話している彼のショットがヒーロー登場っぽく映されるのが、地味に可笑しかった。
日曜のまっ昼間に商店街の小さな劇場で見るにふさわしい、珍味の利いた70年代アメリカ田舎犯罪アクションだった。
1年くらい上映しているようなので、こうゆうの好きな方は、ぜひ見に行かれたし。

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シネマノヴェチェント
http://cinema1900.wixsite.com/home

2017-08-08 「狂うひと―『死の棘』の妻・島尾ミホ」を読む(感想)

[]「狂うひと――『死の棘』の妻・島尾ミホ」を読む(感想)

「狂うひと――『死の棘』の妻・島尾ミホ」
梯久美子(かけはしくみこ)著(2016年)
新潮社

(※敬称略)
島尾敏雄作の有名な小説「死の棘」(1977年・昭和52年新潮社より刊行)は、夫の浮気を知って狂気に走る妻と、誓いにより以後は妻に付き従う夫の姿を描いた夫婦の愛憎劇らしい。本書は、その妻島尾ミホに焦点を当て、夫との関わりを中心にその人となりを探っていく、彼女の評伝である。ミホの小説(彼女も小説を書いている)も紹介している。
主にミステリや冒険小説など娯楽活劇を好んで読む私としては、「死の棘」は最も遠いところにある類の小説のひとつなのだが、この何年か、勤め先の会社で奄美群島の世界遺産登録に関わる業務を受託していて、奄美大島や加計呂麻島(奄美大島の南にある島)の情報がいろいろ入ってくるようになった。奄美でミホと出会い、彼女の発病後に奄美に戻ってともに暮らした島尾敏雄に興味を抱いたうちの社長が本書を読み、おもしろかったと言ってわたしにも勧めてきた。こんな機会でもなければ決して読むことのないジャンルだと思い、挑戦してみた。どうせなら、本書を読む前に「死の棘」を読もうと思ったのだが、これがわたしにとってはかなりの難物で、夫を責め続ける妻と、妻を冷めたような目で見て描写する夫と、そんな夫婦のやりとりが行変えなしで延々と続いていて、最初の3ページくらいで挫けてしまった。これはもう完全に個人的な好みというか、相性というか、わたしの性分の問題であって、小説の良しあしとは無縁だと思われる。後ろの方のページも覗いてみたのだが、どうしても全編を読む気になれず、結局、「死の棘」自体を読むのは断念して、巻末にある「死の棘」のあらすじに目を通してから、本書を読むことにした。
というわけで、私は「死の棘」のファンどころか、読者ですらない。にも関わらず、そして本書の分厚さにも関わらず、筆者の熱意に圧倒され、また奄美大島に派遣されてきた特攻隊長と島に住む女性教員の戦時下の恋がすこぶる強烈なものに感じられ、その後の二人についても知りたいという興味がどんどんわいてきて、思いのほかとすらすら読み進んでいけたのだった。
「死の棘」は、夫側から夫婦間のことを描いたものである。ミホも「『死の棘』の妻の場合」という本を書こうとしたのだが、書かずじまいだったという。本書は、ミホが書かなかった妻側からの「死の棘」でもある。
著者は、太平洋戦争中の奄美大島と加計呂麻島でのミホと島尾との出会いと恋愛、神戸と東京での結婚生活、島尾の浮気をきっかけとするミホの発病、療養、奄美への帰郷、敏雄の死とその後と、時系列に沿ってミホの人生をたどっていく。その際、島尾敏雄の小説、草稿、日記、ノート、メモ、さらにミホの小説、草稿、日記、ノート、メモなどの膨大な資料と、ミホ及び他の関係者へのインタビュー記録などを材料に、気の遠くなるような整理と分析を行っている。
たとえば「死の棘」の重要なシーン。ミホが、自宅を訪ねてきた夫の浮気相手の女性に家の前で暴力をふるう。夫はその様子をじっと見ている。ミホに地面に組み伏せられ首を絞められながら女性は「Sさんがこうしたのよ。よく見てちょうだい。あなたは二人の女を見殺しにするつもりなのね」と敏雄に訴える。著者は、このシーンを、「死の棘」本文と、「『死の棘』から逃れて」というミホの手記から引用して、照合する。
同様に、終戦間際、特攻艇「震洋」部隊の隊長だった島尾の出撃が決まり、その前夜に海岸であいびきをした二人の様子について、島尾の小説「出孤島記」と、ミホの小説「その夜」の描写を比べてもいる。
ミホは「書かれる人」であるとともに「書く人」でもあったが、著者は「書かれる人」だった時代を、書かれることが喜びであった時期、書かれることに耐えねばならなかった時期、さらに書かれることによって夫を支配した時期の三つに分類していて、興味深い。
また、彼女がノロ(沖縄・奄美地方でかつて祭祀をつかさどった巫女)の血を引く名家の出の娘であることから、島尾と親しかった奥野建夫や吉本隆明らが、ミホを「南島の巫女」という神秘的な存在としてとらえており、その見方が多くの評論家や研究者の間でもずっと続いていることに対して、著者は違和感を覚える。ノロの血を引いていることはたしからしいが、ミホは東京の女学校で教育を受けた当時としてはインテリに属する女性であり、また幼児洗礼を受けたクリスチャンであった。さらに「島の少女」という吉本の表現も、彼女が島尾と出会ったときはすでに25歳で、少女という年齢ではなかったという。こうした検証は、男性の女性崇拝、少女崇拝の幻想をぶった斬るようで、なかなか爽快だった。
小説ではほとんど人間扱いされていない浮気相手の女性についても、実際にはどんな人物だったのか、筆者は追及を試みている。膨大な資料から彼女を知ってそうな人を見つけ、つてをたどってそれらの人たちに会っていき、彼女がどのような人であったのか探っていくのだが、そのさまは、さながら、人探しハードボイルドミステリの様相を呈している。
夫婦のやりとりはとにかく壮絶である。小説を書くためなら、私生活などいくらでも売り渡すという夫の尋常ならざる覚悟とともに、妻もまた精神を病み夫を責め続けながらも限りなく夫の仕事に協働する様が、すさまじいの一言、さらにその経緯を丹念に追う筆者の姿勢がまた徹底している。読んだことのない、これからもおそらく読むことのない小説の分厚い解説本に、ぐいぐい引き込まれたのだった。

関連映画:
「死の棘」(1990)監督:小栗康平、出演:松坂慶子、岸部一徳
「海辺の生と死」(2017)監督:越川道夫、出演:満島ひかり、永山絢人、原作:「海辺の生と死」島尾ミホ、「島の果て」島尾敏雄


狂うひと ──「死の棘」の妻・島尾ミホ

狂うひと ──「死の棘」の妻・島尾ミホ

死の棘 (新潮文庫)

死の棘 (新潮文庫)

2017-08-04 映画「22年目の告白−私が殺人犯です−」を見る(感想)

[]映画「22年目の告白−私が殺人犯です−」を見る(感想)

22年目の告白−私が殺人犯です−
2017年 日本 公開ワーナー 117分
監督:入江悠
出演:曽根崎雅人(殺人犯。藤原竜也)、牧村航(刑事。伊藤英明)、岸美晴(書店員。夏帆)、橘大祐(やくざ。岩城滉一)、戸田丈(橘組構成員。早乙女太一)、山縣明寛(医師。岩松了)、滝幸宏(牧村の上司。平田満)、牧村里香(牧村の妹。石崎杏奈)、小野寺拓巳(里香の恋人。野村周平)、春日部信司(刑事。竜星涼)、川北未南子(編集者。松本まりか)、仙堂俊雄(中村トオル)


★ちょっとネタバレあります!★

1995年、東京で5件の連続殺人事件が発生。被害者とその近親者を拘束し、被害者が絞殺される様子を近親者に目撃させるという残虐な犯行に世間は騒然とした。被害者と目撃者は、定食屋の主人と妻、会社員と妻(二人の娘が美晴)、ホステスとヤクザ(橘)、医師夫人と医師(山縣)、事件担当の刑事(滝)とその部下の刑事(牧村)だった。
それから22年後、時効を廃止する法案ができるが、この事件はその法案が施行される前に時効となるため、新法は適用されず時効が成立、それを盾に犯人が名乗りを上げる。曽根崎雅人と称するその男は事件の全貌を記した著書を出版する。当時事件を担当し上司を殺された牧村はじめ、被害者の遺族たちのやりきれない思いをよそに、曽根崎はそのいけてる容貌もあって女性ファンもでき、巷を騒がせる。サイン会にファンが殺到し、その会場で橘の組の構成員戸田が曽根崎を襲撃しようとしたのを牧村らが制止する。正義派ニュースキャスターの仙堂は、曽根崎と牧村を生放送のスタジオに呼ぶ。が、そこには二人の他にもゲストがいた。それは、真犯人しか撮れないはずの動画を投稿してきた男だった。
過去に起こった陰惨な事件のスピーディな説明と22年後の新展開が煽情的に描かれて、前半はぐいぐいと引っぱられるように見てしまう。藤原竜也のふてぶてしいイケメン犯人ぶりは、やっぱりこうかと思いつつも安定して楽しめる。中村トオルの登場により後半の展開がなんとなく予想できてしまい、別荘での真相解明の段になると、いささか緊張感が薄れてしまったように感じた。
5人の被害者といいながら4人の被害者の遺族しか出てこず、最初の定食屋の主人とその遺族にはほとんど触れないので見ている間中それがひっかかって、後から5人目の遺族が出てくるのかと勘繰ったりもしたのだが、これは単に出てこないだけだった。