ブログトップ 記事一覧 ログイン 無料ブログ開設

みちの雑記帳

2017-02-26 映画「なりゆきな魂、」を見る

[]映画「なりゆきな魂、」を見る

なりゆきな魂、
2017年日本 配給:ワイズ出版(株) 107分
監督・脚本:瀬々敬久
原作:つげ忠男著 「成り行き」「夜桜修羅」「懐かしのメロディ」(『成り行き』所収)、「音」(『つげ忠男のシュールレアリズム』所収)
出演:京成サブ(三浦誠己)、サブの女(町田マリー)、少年(花村。佐藤優太郎)
花村(柄本明)、仙田(足立正生)、有希(山田真歩)、城ケ崎(後藤剛範)、仙田の妻(石川真希)
忠男(佐野史郎)、高野(柳俊太郎)、あつ子(中田絢千)、忠男の妻(ほたる)
國元夏海(OL。國元なつき)、阿部幸治(会社員。関 幸治)、阿部の妻(阿部栞奈)、蟹瀬瑠菜(バレリーナ。蟹瀬令奈)、安野恭太(夫。安野恭太)、安野玉緒(妻。吉村玉緒)、安野嘉世(娘。坂上嘉世)、亀岡園子(母。亀岡園子)、亀岡萌由(娘。島津萌由)、小林寧子(母。小林寧子)、小林愛美(娘。葵來沙)、木口健(愛美の婚約者。木口健太)、ウエダ(高校生。植田靖比呂)、クドウ(高校生。工藤優太)、ミヤウチ(高校生。宮内勇輝)、バス会社社員(大門嵩)、バス運転手(最初に生き残る方。増田健一)、バス運転手(あとで生き残る方。管勇毅)、小田哲也(小田哲也)、真菜美(小田の同棲相手。廣川真菜美)


★ネタばらし(内容の説明)あり!!★

ユーロスペースに見に行く。
つげ義春の弟つげ忠男の漫画4話に、映画オリジナルのバス事故の遺族の話を加えた、複数話同時進行のつくりの映画。さらにバス事故の遺族の話は、ちがう設定で同じ時間軸の話が繰り返される(事故で死んだ人が違っていたり、同じ人がバスに乗り遅れたり間に合ったりなど)。パラレルワールドというよりも、タイトルを考えれば人の運命は「なりゆき」次第で違ってくる、ということなのかと思う。
冒頭は、戦争直後のバラックで、サブという男が、アメリカ兵に喧嘩を売る話。その殴り合いの様子を見ている少年は、次の話に登場する老人花村のようである。
「なりゆき」は、釣りにでかけた二人の友人同士の老人が、男女の諍いを目撃して、暴力をふるう男から女を助けようとして、棒での殴り合いの末に殺人を犯してしまう話。
「夜桜修羅」は、満開の桜の木の下で出会った男女が、いい感じのやりとりから次第に険悪になってくんずほぐれつの壮絶な取っ組み合いになっていき、居合わせた初老の老人(つげ忠男らしい)が最初は止めようとするのだが、やがてただじっと眺めるだけになるという話。宣伝チラシやポスターの、顔を両手で覆いながらも指の隙間からこちらを覗いている男が、このときの忠男である。
これにバス事故で家族や友人や恋人を亡くした遺族の人たちと生き残った人たちの話が混じる。彼らは、会合場所で、それぞれ事故のことや今どんな心境かを語る。最初のバージョンではみんな近しい人を喪った悲しみを訴えるが、2つ目のバージョンでは、毒のある本音を暴露しだす。
金属バットや棒で人を殴るにぶい音や外れてキン、カンと物にあたる金属的な音など、こういうシーンや音をしばらくぶりに見聞きしたように思う。痛いんだけど、なんだか可笑しい。実際、暴力や殺人のシーンで、客席からは「いたっ!」「なに、どゆうこと?」といった声とともに笑いもけっこう起きていたし、それ以外でも、バス事故関連の最初のバージョンで、どっかの公民館の稽古場みたいなところで若い美女二人がいきなりバレエを踊りだすのも可笑しかった。
この稽古場の板の床がぼわぼわしていてステップを踏むたびにきしむのがなんとも言えず、裸の忠男とその妻が目の前にずらずらっと並べられた料理をひたすら貪るシーンでも、カラフルな料理がよく見るとカニ以外はそんなにゴージャスなものじゃなくてナポリタン(に見えた)や餃子を佐野史郎がむしゃむしゃ食べる様子を見ても全然うまそうじゃない。チープな感じはずっと漂っているし、流血や殺しの場面はけっこう出てくるのだが、画面は悪趣味でも貧弱でもなく、抑制が利いていると思った。シュールなんかなと思うと、バス事故関係者の人たちの生き方や人間関係についてのお悩み暴露みたいな話になったりするが、とっちらかっているようでいて、そうでもない、最後は柄本明が冒頭のシーンを思うような感じできちんと締めて終わった。不条理劇はいろいろ解釈する人もいるだろうが、私はあまりできないので、目に入ってくるものをとりあえずそのまま受け入れて見ていくしかなく、結果、後味は悪くなかった。感想の書きにくい、不思議なテイストの映画だった。
推測:2017年2月8日のユーロスペースで役者さんたちの舞台挨拶があった。この映画は、「なりゆき」と「魂」に分かれており、このときの役者さんたちは「魂」班の人たちだそうで、4年前に撮った映像のアフレコを最近やったと言っていた。4年前というと、もしかしたら2012年4月に関越道で起こった悲惨なバス事故に触発されての「魂」班の話、そこに「なりゆき」部分が加わって、「なりゆきな魂、」となったのかなと思った。

「なりゆきな魂、」HP
https://nariyukinatamashii.com/

2017-02-04 映画「マグニフィセント・セブン」を見る(感想)

[]映画「マグニフィセント・セブン」を見る(感想)

マグニフィセント・セブン The Magnificent Seven
2016年 アメリカ 133分
監督:アントワー・フークア
出演:サム・チザム(賞金稼ぎ。デンゼル・ワシントン)、ジョシュ・ファラデー(ギャンブラー。クリス・プラット)、ヴァスケス(流れ者。マヌエル・ガルシア=ルルフォ)、グッドナイト・ロビショー(スナイパー。イーサン・ホーク)、ビリー・ロックス(暗殺者。イ・ビョンホン)、ジャック・ホーン(ハンター。ビンセント・ドノフリオ)、レッドハーベスト(戦士。マーティン・センスマイヤー)、
エマ(ヘイリー・ベネット)、テディ・Q(ルーク・グライムス)、バーソロミュー・ボーグ(ピーター・サースガード

※7人のガンマンの俳優名の前にあるのは、宣伝チラシなどに載っていた肩書きだが、ちょっと違うかもと思う部分がなきにしもあらず。

★ちょっとネタばらしあり★

1879年、アメリカ、ローズ・クリークの町。
金鉱会社を経営する実業家のボーグは、事業の邪魔になる開拓民たちを町から追い出そうとして無茶な立ち退きを提案し、さらに用心棒のガンマンたちを使って教会に火をつけ、反発した住民を撃ち殺すという暴挙に出る。夫を殺されたエマは、開拓民仲間のテディQとともに、ボーグに対抗するため、すご腕のガンマンを探す旅に出る。
州をまたぐ犯罪取り締まりの委任執行官サム・チザムの仕事ぶりを見たエマは、サムに話をもちかける。サムはボーグを倒す仕事を引き受け、一緒に行く仲間を集め始める。酒好きで女好きのアイリッシュのギャンブラーで銃の腕も立つファラデー、お尋ね者のメキシコ人ヴァスケス、元南軍の狙撃手で南北戦争の英雄だったグッドナイトと、彼に付き従う東洋人の若きナイフ使いビリー、巨漢の猟師ジャック、はぐれアパッチの若者レッドハーベストらが集まる。

言わずと知れた、「七人の侍」(1954年)の西部劇版リメイク「荒野の七人」(1960年)のさらなるリメイクである。
「マグニフィセント」って一体何だと思った人は多いだろうが、「壮麗な」という意味の形容詞である。中学生のころ、「荒野の七人」の原題を調べた際に初めて知ったが、後にも先にもそこでしか見たことがない英単語である。この邦題は直訳でもない、単なる原題のカタカナ読みである。
「荒野の七人」は、昔、テレビで見て以来、とても好きな映画だ。(なぜか「流しの公務員の冒険」という本の感想でも書いたのだが、)私は子どものころテレビの洋画劇場で映画を見て育った世代である。当時、テレビでは毎晩何かしらの洋画をやっていて、西部劇も多かった。中でも、「荒野の七人」はたいそう盛り上がったものの一つである。そして、気持ちが高揚しているところに、親からオリジナルの「七人の侍」がいかに優れた映画であるか、それに比べたら「荒野の七人」はだめだめだとさんざんな言われようをされ、せっかくの気分を台無しにされるという辛い思いをしたものだが、同じ経験をした同年代の人は少なからずいるのではないだろうか。
「七人の侍」は確かに素晴らしい映画だと思うが、「荒野の七人」は、7人それぞれにしっかりとした個性と魅力があり、特に侍たちには見ることのなかった合理的で俗物的で憎めない男ハリー(ブラッド・デクスター)が7人の中に含まれている点がアメリカ映画ならでは、敵の山賊カルベラ(イーライ・ウォラック)にも彼なりの男気があるのが往年の西部劇の悪役ならでは、さらに広大でからっとした西部を反映した軽快さ・明るさなどもあって、いろいろ行き届いたよい映画だと私は思っている。

さて、56年の歳月を経てのリメイクである。7人は、オリジナルの面々に必ずしも一致はしない。
リーダーは黒人、ナイフ投げは韓国人、そして最後に加わるのは弓矢の名手のインディアンと、人種のるつぼアメリカを前面に出した人物設定である。が、しかし、それでおもしろくなっているかというとこれが特にそういう様子でもないのである。
たしかに、クリス・プラット演じるファラデーは、昨今希少な陽気で頼りになる西部男、個人的には久方ぶりのどストライクのキャラクターで大いに魅了された。また、狙撃手としてのトラウマにさいなまれるグッドナイトと彼を慕うビリーの2人組もなかなかよかった。世間的にはエマが好評のようで、夫を殺された不幸な未亡人から銃を手にして毅然とした女になっていく様子もなかなかよい。が、ヴァスケスやジャックやレッドハーベストについてはもっと人となりを見たかったし、町の人とのやりとりももっとちゃんと描いてほしかったし、なによりチザムについては、最後のネタばらしによって彼が何を思ってここまできたのか判断がつかなくなって戸惑う。また、ボーグが山賊でなく実業家なのもだいぶ残念である。ということで、物足りないところはある。
銃撃戦はかなり気合が入っていた。また、7人それぞれの銃や武器の扱い方がバラエティに富んでいて、おもしろい。(ちなみにファラデーのニ丁の銃の挿し方は、右側が通常の抜き方で抜ける向き、左側は逆向きになっているが、これはまず右手で右の銃を抜いて撃ち、弾がなくなったら左側の銃を右手で抜いて使うためだそうです。byトルネード吉田氏。)しかし、敵の数を増やせばいいというものではない(同様のことは「十三人の刺客」のリメイク版でも「ジェーン」でも思った)。多すぎる敵に対しては予め爆弾をしかけておいて出鼻にできるだけ大勢倒すという方法くらいしかない(「ジェーン」でもそうだった)。 それと、ボーグが「あれを出せ。」と言うのを聞いたときも、それまでなんの前振りもなかったが、まさかまたあれかと思ったら、やっぱりガトリング銃だった。「続・荒野の用心棒」での初登場の際はかなり強烈な存在感を放っていたが、昨今はあちこちで見かけすぎて、もういいよという感じだ。(「ジャンゴ 繋がれざる者」で出さなかったタランティーノはさすがである。)敵の顔が見える適度な人数による銃の撃ちあいが西部劇の味ではないかと思うのだ。
最後の最後でなつかしいテーマ曲が流れたのはうれしかった。ここで来るかという感じ。1人1人の顔が順々に映し出されるクレジットも、よかった。

2016-12-29 大ヒットアニメ「君の名は」を見る(感想)

[]大ヒットアニメ「君の名は」を見る(感想)

君の名は YOUR NAME
2016年 日本 公開:東宝 107分 アニメーション
監督・脚本:新海誠
声の出演:宮水三葉(上白石萌音)、一葉(市原悦子)、宮水四葉(谷花音)、宮水トシキ(てらそままさき)、宮水二葉(大原さやか)、勅使河原克彦(成田凌)、名取早耶香(悠木碧)、勅使河原の父(茶風林)
立花瀧(神木隆之介)、奥寺ミキ(長澤まさみ)、藤井司(島崎信長)、高木真太(石川界人)、瀧の父(井上和彦)


★ネタバレあります!!★

世間で評判になって大ヒットしているので見に行こうかと思っては、予告編を見てその気が萎えるという手順を何度も繰り返してきた。巨大クレーターが連想させる「世界を救う」話も、魂入れ替わりとタイムスリップという昨今のテレビドラマの2大使い古しネタにも、高校生が主役のドラマにも、もうほとほと飽いているし、アニメならではのちょっとためてからの表情描写とかふわっと風が吹く感じとか、クライマックスの掛合い的な叫び合いとか、なんかどうもノレないと思っていたのだが、ついに見にいく。
私としては若干気恥ずかしいところがあるが、危惧していた押しつけがましさや甘ったるさは感じられず、きちんとした物語を、きれいな画面で丁寧に見せてくれる良作だった。最近は何かというとすぐ安易にタイムスリップするドラマが多すぎてちょっと辟易していたのだが、時間ネタSF好きとしてよくできたものを見られたということもあると思う。映画について四の五の言うのは、ほんとに、見てからにしないといけないと反省しました。
魂の入れ替わりの描き方は抑え気味で、時間のずれについては伏線や小道具がよく利いている。組紐を作りながら一葉が語る世の中の「綾」の話、代々繰り返されてきた入れ替わりの夢の話、現代っ子ならドン引きしそうな作り方をするお神酒の口噛み酒、何度も何度も三葉の髪を束ねる組紐、二人が初めて出会う「かわたれどき(彼は誰時)」、そして「糸守」という地名など、いろいろな細部が見事に組み合わさって、まさに「綾」を成す。頻繁に出てくる引き戸の真横のカットは、アニメならではのアングルとも言えて、珍しい。(異世界への出入口などどいう解釈もあるようだが、私としては珍しいものを見たというにとどめておきます。) 
時間を隔てた恋は、マシスンの時間ネタ小説「ある日どこかで」などを思い出させるが、時間的に「ある日どこかで」ほど離れていないので、再会可能なのがよく、自分を知らない滝に会う三葉の思いもほどよく切ない。
変電所の爆破、防災無線ジャックという、高校生らによる必死の避難作戦は、せっかくなので、もうちょっと活劇的に盛り上がってほしかった気がする。いろいろ練ったのだろうが、町長に大事を告げるところで終わるのは何とももったいないように思った。

2016-12-24 映画「この世界の片隅に」を見る(感想)

[]映画「この世界の片隅に」を見る(感想)

この世界の片隅に
2016年 日本 公開:東京テアトル 126分 アニメーション
監督:片淵須直
原作:こうの史代
声の出演:北條(浦野)すず(のん)、北條周作(細谷佳正)、黒村晴美(稲葉菜月)、黒村径子(尾身美詞)、北條円太郎(牛山茂)、北條サン(新谷真弓)、水原哲(小野大輔)、浦野すみ(潘めぐみ)、白木リン(岩井七世)、澁谷天外(?)


★割とそれなりの評価です

太平洋戦争下の広島県呉市を舞台に、厳しい状況の中で、明るくひたむきに生きる若い女性すずの姿を描く。
広島市の江波で生まれ育った18歳のすずは、突然持ち上がった縁談によって、隣の呉市の北條家に嫁ぐ。のんびりした性格のすずは、与えられた環境の中で一生懸命働き、新しい家族との暮らしを営んでいく。が、戦争によって生活はどんどん苦しくなり、やがて呉は頻繁に空襲を受け、広島には原爆が投下される。
大変評判の良い作品である。良くできているし、のんの声の出演もだいぶいいと思うが、しかし、申し訳ないことに、釈然としないものが残ったというのが私の正直な感想である。

若い人たちがこれを見て戦争について知ったり考えたりするのはよいことだと思うが、逆に例えば、私のようにちょっとでも戦争の影響を受けた世代、戦時中の経験はなくても、子どものころ親にとって戦争は直近の過去であり、戦争の跡は日常の様々なところに残されていて、朝ドラにもマンガにも戦争は当然あったものとして組み込まれていた、そんな世代にとってはどうなのかと思ったのだが、知り合いの同年代の男性でこれを見た人は、だれもかれもが称賛しているのだった。
でも、わたしにとって、このほわほわした作風は口当たりがよすぎる。そしてその口当たりのよさの裏に隠されたものを読み取ろうとすると、底なし沼にはまってしまう。
例えば、すずの置かれた状況は空襲が始まる前から過酷である。見知らぬ家に嫁ぎ、義母が病気がちなため家事や農作業など一切の労働をこなさなくてはならなくなった。朝から晩まで、好きな絵を描く時間もなく、ハゲができるほどのストレスを抱えて。他人の家の台所がいかにわかりにくいものか、妊娠したと思ったら間違いだったとわかった時の義父母に対するバツの悪さがいかほどのものか。原作は読んでいないが、作者は女性なのでそうした女性目線の細部がいろいろあるような気がするが、映画ではハゲができたことや妊娠が勘違いだったことは一見笑い話にしかなっていない。当時の嫁はみんなこんなものだったし、すずはのんびり屋だからそれでも楽しくやっていけているのだということですませ、やがて起こる凄惨なできごとと対比して、「おだやかな日常」とか「つましくも心豊かな生活」的な物言いをされているのが、なんだか釈然としない。映画全体を通して、辛い状況を少しでも明るく見せるために、すずはのんびり屋だからという性格設定におもねすぎていないか。
また、周作が、水原とすずを夜二人きりにすることについて、水原に嫉妬を抱きつつもすずの気持ちを気遣って複雑な思いであのような行動に出たという見解が、レビューなどでよく見られる。原作を読んだ人は、実は、周作はリンの客で、疚しさを感じた周作があのような行動に出たという見方もあるようなのだが、映画ではそうした関わりは出てこないので、それはないものとしてみれば、周作は、すずへの気遣いだけでなく水原への気遣いもあったと思う。水原はこれから戦地へ赴く兵士である。生きて帰ってこられないかもしれない最後の夜に、家族や仲間と過ごさず、わざわざすずの嫁ぎ先を訪ねたのは、どうしてもすずに会いたかったからではないか。文官で戦地に行かない周作は、多かれ少なかれ引け目を感じ、水原のためにすずとの時間を与えたとは考えられないか。
監督は私と同い年である。子どものころは、昭和だったはずで、昭和の大人たちのがちゃがちゃした感じ、暑苦しく、デリカシーの欠片もない感じ(けなしているつもりでないし、もちろんそんな人たちばかりだったわけではない)はたぶん知っているのではないかと思うのだが、呉の北條家の人たちは、みんなおだやかで、紳士的だ。義姉の径子もきっぱりした性格ではあるが、基本的に気配りのある人だ。みんないい人すぎるというよりは、なんか記憶にある昭和の人の顔をしていない。平成生まれの若い人たちが入りやすいようにそうしたのだろうか。それとも私が知っているのは関東(茨城)の方の気質で、関西はもっとおだやかだったのだろうか。でも、昭和の顔はしていなくても、価値観は昭和初期だから、嫁が朝から晩まで働くのは当たり前だと思っているのだが、その辺りははっきりは示されない。それが却って意地悪く思えてしまう。

「火垂るの墓」がしばしば引き合いに出されているが、見たことがあれば当然思い出す映画である。戦争の酷薄さを訴え、悲惨な状況をストレートに表していて、観た後にはなんともやりきれない思いが残る。希望はあった方がいいが、しかし、言いにくいことをストレートに伝えている「火垂るの墓」の方がわたしはむしろ心が落ち着く。本作のオブラートに包んでやさしく伝えてくれるような手法には、どうも乗り切れなかった。

2016-12-03 「手紙は憶えている」を見る(感想)

[]映画「手紙は憶えている」を見る(感想)

手紙は憶えている REMEMBER
2015年 カナダ・ドイツ 95分
監督:アトム・エゴヤン
出演:ゼヴ・グットマン(クリストファー・プラマー)、ルディ・コランダー(1番目。ブルーノ・ガンツ)、ルディ・コランダー(2番目。ハインツ・リーフェン)、ジョン・コランダー(ディーン・ノリス)、ルディ・コランダー(4番目。ユルゲン・プロフノウ)、マックス・ザッカー(マーティン・ランドー

アウシュヴィッツ捕虜収容所の生き残りである老人2人が、家族を殺した収容所の区画責任者を探し、復讐を果たそうとする。
計画を立てたのは、アメリカの高齢者介護施設で暮らすマックスだが、彼は体の自由が利かず、同じ施設にいる90歳のゼブが実行役を引き受ける。しかし、ゼヴは認知症による記憶障害のため眠るたびに記憶を失ってしまう。そこでマックスは、計画の細かい内容を記した手紙を書き、ゼヴはその手紙を頼りに、施設を抜け出して復讐を果たすための旅に出る。仇の男オットー・ヴァリッシュは元ナチであることを隠し、名前をルディ・コランダーと変えて暮らしているとのことだが、同じ名の男が4人いるため、ゼヴは、彼らを一人ずつ訪ねていく。
この4人の復讐相手候補者が四人四色というか、ヴァリッシュ本人以外の3人もいろいろな立場からかつてのユダヤ人収容所に絡んでいて、ゼヴが新たな候補者を訪ね、正体のわからない相手と対峙するたびに緊迫する。
ゼヴは身の回りのことはちゃんとできるが、その旅はどうにも危なっかしい。認知症の老人の一人旅というだけではらはらさせられるが、さらに目的は復讐である。ゼヴが、「手紙を読む」と自らの手にメモするあたりで、心配は募り、マックスの指示に従って拳銃(グロック)を入手し、それを所持してカナダとの国境を越えなきゃならなくなったり、わざわざ半そでシャツを買うという伏線の後にナチスの信望者に腕に残された囚人番号を見られたりするなど、サスペンスがいろいろ散りばめられている。ぜヴはピアノを弾けるので、何度となくピアノを弾いてみせる。音楽が緊迫感を和らげ、ほっともするのだが、彼の選曲もまた伏線となっているのだった。
ラストは後味のいいものではないが、しかし、ハッピーエンドでさわやかに終われる題材でもないように思われる。アウシュヴィッツの生き残りということで言えば、こうした話が現代劇として成立するには、今がぎりぎりの時期ということなのだろう。老人の執念が果たす復讐劇を鮮やかに描いていると言えるが、結末を知ってから思い返すと、かなり痛烈なものがある。

[引用]
マックスの手紙:我々は、収容所のあの区画の最後の生き残りだ。我々の家族を殺した男の顔が分かるのは、私以外には君しかいない。
Max Rosenbaum: [in letter to Zev] We are the last living survivors from our prison block. Besides me, you are the only person who could still recognize the man who killed our families.