ブログトップ 記事一覧 ログイン 無料ブログ開設

みちの雑記帳

2017-08-12 横浜にあるミニ映画館シネマノヴェチェントで封切の映画「カントリー

[]横浜にあるミニ映画館シネマノヴェチェントで封切の映画「カントリー・サンデー」を見る(感想)


カントリー・サンデー 皆殺しの讃美歌 SUNDAY IN THE COUNTRY
1974年 アメリカ・カナダ  日本公開2017年 シネマノヴェチェント 90分
監督:ジョン・トレント
出演:アダム・スミス(アーネスト・ボーグナイン)、ルーシー(ホリス・マクラレン)、リロイ(マイケル・J・ポラード)、ディネリ(ルイス・ゾーリッチ)、アッカーマン(セック・リンダ―)、ルーク(ウラジミール・ヴァレンタ)、エディ(ティム・ヘンリー)、トム巡査部長(アル・ワックスマン)

★ちょっとネタばれあり! 注意!★
f:id:michi-rh:20170812174206j:image:w360:right
横浜、戸部のミニシアター、シネマノヴェチェントにより本邦初公開された1974年のアクション映画(テレビ放映はされたことがあるらしい。そのときのタイトルは「カントリ・サンデー/恐怖の日曜日」)。
アメリカの田舎町。農場を営むアダムは、大学の休暇で訪れている孫娘のルーシーと2人で穏やかな日々を過ごしていた。ある日曜日、隣町で銀行を襲撃した犯人3人組が逃亡してくる。3人は、近所に住む若いカップルを殺し、アダムの家の電話線を切って押し入ろうとする。が、異変を察したアダムは銃を手に犯人らを待ち受け、リロイとディネリの2人を拘束する。警察に通報しようというルーシーの提案をよそに、アダムは2人を監禁する。ルーシーは、犯人たちを恐れつつも、祖父の異常な行動に戸惑うのだった。
犯罪者が暴れ、孫娘をひどい目にあわされた初老の男が、ショットガンを手に立ち上がる! という映画かと思いきや、意外な展開が。
信仰心の厚い老農夫が次第に異様さを増していく様子をボーグナインがはまり役で好演している。犯人3人組の中で、もっともやばそうな小悪党リロイを演じるポラードが特異な容貌とあいまって実に憎々しげだ。
ルーシーのボーイフレンド、エディが何かものを修理する家業の手伝いをさせられていることは前もって知らされるのだが、途方にくれるルーシーのもとに通じないはずの電話が鳴って、彼の声が聞こえてくる。あまり目立たない脇役の彼氏が、彼女の危機を助けようという気もないまま、電話線を直し終えて電話してくるだけなのだが、それがまさに彼女にとっては天の助け、電柱に登って電話している彼のショットがヒーロー登場っぽく映されるのが、地味に可笑しかった。
日曜のまっ昼間に商店街の小さな劇場で見るにふさわしい、珍味の利いた70年代アメリカ田舎犯罪アクションだった。
1年くらい上映しているようなので、こうゆうの好きな方は、ぜひ見に行かれたし。

f:id:michi-rh:20170812174241j:image:w360:left
シネマノヴェチェント
http://cinema1900.wixsite.com/home

2017-08-08 「狂うひと―『死の棘』の妻・島尾ミホ」を読む(感想)

[]「狂うひと――『死の棘』の妻・島尾ミホ」を読む(感想)

「狂うひと――『死の棘』の妻・島尾ミホ」
梯久美子(かけはしくみこ)著(2016年)
新潮社


島尾敏雄作の有名な小説「死の棘」(1977年・昭和52年新潮社より刊行)は、夫の浮気を知って狂気に走る妻と、誓いにより以後は妻に付き従う夫の姿を描いた夫婦の愛憎劇らしい。本書は、その妻島尾ミホに焦点を当て、夫との関わりを中心にその人となりを探っていく、彼女の評伝である。ミホの小説(彼女も小説を書いている)も紹介している。
主にミステリや冒険小説など娯楽活劇を好んで読む私としては、「死の棘」は最も遠いところにある類の小説のひとつなのだが、この何年か、勤め先の会社で奄美群島の世界遺産登録に関わる業務を受託していて、奄美大島や加計呂麻島(奄美大島の南にある島)の情報がいろいろ入ってくるようになった。奄美でミホと出会い、彼女の発病後に奄美に戻ってともに暮らした島尾敏雄に興味を抱いたうちの社長が本書を読み、おもしろかったと言ってわたしにも勧めてきた。こんな機会でもなければ決して読むことのないジャンルだと思い、挑戦してみた。どうせなら、本書を読む前に「死の棘」を読もうと思ったのだが、これがわたしにとってはかなりの難物で、夫を責め続ける妻と、妻を冷めたような目で見て描写する夫と、そんな夫婦のやりとりが行変えなしで延々と続いていて、最初の3ページくらいで挫けてしまった。これはもう完全に個人的な好みというか、相性というか、わたしの性分の問題であって、小説の良しあしとは無縁だと思われる。後ろの方のページも覗いてみたのだが、どうしても全編を読む気になれず、結局、「死の棘」自体を読むのは断念して、巻末にある「死の棘」のあらすじに目を通してから、本書を読むことにした。
というわけで、私は「死の棘」のファンどころか、読者ですらない。にも関わらず、そして本書の分厚さにも関わらず、筆者の熱意に圧倒され、また奄美大島に派遣されてきた特攻隊長と島に住む女性教員の戦時下の恋がすこぶる強烈なものに感じられ、その後の二人についても知りたいという興味がどんどんわいてきて、思いのほかとすらすら読み進んでいけたのだった。
「死の棘」は、夫側から夫婦間のことを描いたものである。ミホも「『死の棘』の妻の場合」という本を書こうとしたのだが、書かずじまいだったという。本書は、ミホが書かなかった妻側からの「死の棘」でもある。
著者は、太平洋戦争中の奄美大島と加計呂麻島でのミホと島尾との出会いと恋愛、神戸と東京での結婚生活、島尾の浮気をきっかけとするミホの発病、療養、奄美への帰郷、敏雄の死とその後と、時系列に沿ってミホの人生をたどっていく。その際、島尾敏雄の小説、草稿、日記、ノート、メモ、さらにミホの小説、草稿、日記、ノート、メモなどの膨大な資料と、ミホ及び他の関係者へのインタビュー記録などを材料に、気の遠くなるような整理と分析を行っている。
たとえば「死の棘」の重要なシーン。ミホが、自宅を訪ねてきた夫の浮気相手の女性に家の前で暴力をふるう。夫はその様子をじっと見ている。ミホに地面に組み伏せられ首を絞められながら女性は「Sさんがこうしたのよ。よく見てちょうだい。あなたは二人の女を見殺しにするつもりなのね」と敏雄に訴える。著者は、このシーンを、「死の棘」本文と、「『死の棘』から逃れて」というミホの手記から引用して、照合する。
同様に、終戦間際、特攻艇「震洋」部隊の隊長だった島尾の出撃が決まり、その前夜に海岸であいびきをした二人の様子について、島尾の小説「出孤島記」と、ミホの小説「その夜」の描写を比べてもいる。
ミホは「書かれる人」であるとともに「書く人」でもあったが、著者は「書かれる人」だった時代を、書かれることが喜びであった時期、書かれることに耐えねばならなかった時期、さらに書かれることによって夫を支配した時期の三つに分類していて、興味深い。
また、彼女がノロ(沖縄・奄美地方でかつて祭祀をつかさどった巫女)の血を引く名家の出の娘であることから、島尾と親しかった奥野建夫や吉本隆明らが、ミホを「南島の巫女」という神秘的な存在としてとらえており、その見方が多くの評論家や研究者の間でもずっと続いていることに対して、著者は違和感を覚える。ノロの血を引いていることはたしからしいが、ミホは東京の女学校で教育を受けた当時としてはインテリに属する女性であり、また幼児洗礼を受けたクリスチャンであった。さらに「島の少女」という吉本の表現も、彼女が島尾と出会ったときはすでに25歳で、少女という年齢ではなかったという。こうした検証は、男性の女性崇拝、少女崇拝の幻想をぶった斬るようで、なかなか爽快だった。
小説ではほとんど人間扱いされていない浮気相手の女性についても、実際にはどんな人物だったのか、筆者は追及を試みている。膨大な資料から彼女を知ってそうな人を見つけ、つてをたどってそれらの人たちに会っていき、彼女がどのような人であったのか探っていくのだが、そのさまは、さながら、人探しハードボイルドミステリの様相を呈している。
夫婦のやりとりはとにかく壮絶である。小説を書くためなら、私生活などいくらでも売り渡すという夫の尋常ならざる覚悟とともに、妻もまた精神を病み夫を責め続けながらも限りなく夫の仕事に協働するように映って、すさまじいの一言、さらにその経緯を丹念に追う筆者の執念に圧倒された。読んだことのない、これからもおそらく読むことのない小説の分厚い解説本に、ぐいぐい引き込まれたのだった。

関連映画:
「死の棘」(1990)監督:小栗康平、出演:松坂慶子、岸部一徳
「海辺の生と死」(2017)監督:越川道夫、出演:満島ひかり、永山絢人、原作:「海辺の生と死」島尾ミホ、「島の果て」島尾敏雄


狂うひと ──「死の棘」の妻・島尾ミホ

狂うひと ──「死の棘」の妻・島尾ミホ

死の棘 (新潮文庫)

死の棘 (新潮文庫)

2017-08-04 映画「22年目の告白−私が殺人犯です−」を見る(感想)

[]映画「22年目の告白−私が殺人犯です−」を見る(感想)

22年目の告白−私が殺人犯です−
2017年 日本 公開ワーナー 117分
監督:入江悠
出演:曽根崎雅人(殺人犯。藤原竜也)、牧村航(刑事。伊藤英明)、岸美晴(書店員。夏帆)、橘大祐(やくざ。岩城滉一)、戸田丈(橘組構成員。早乙女太一)、山縣明寛(医師。岩松了)、滝幸宏(牧村の上司。平田満)、牧村里香(牧村の妹。石崎杏奈)、小野寺拓巳(里香の恋人。野村周平)、春日部信司(刑事。竜星涼)、川北未南子(編集者。松本まりか)、仙堂俊雄(中村トオル)


★ちょっとネタバレあります!★

1995年、東京で5件の連続殺人事件が発生。被害者とその近親者を拘束し、被害者が絞殺される様子を近親者に目撃させるという残虐な犯行に世間は騒然とした。被害者と目撃者は、定食屋の主人と妻、会社員と妻(二人の娘が美晴)、ホステスとヤクザ(橘)、医師夫人と医師(山縣)、事件担当の刑事(滝)とその部下の刑事(牧村)だった。
それから22年後、時効を廃止する法案ができるが、この事件はその法案が施行される前に時効となるため、新法は適用されず時効が成立、それを盾に犯人が名乗りを上げる。曽根崎雅人と称するその男は事件の全貌を記した著書を出版する。当時事件を担当し上司を殺された牧村はじめ、被害者の遺族たちのやりきれない思いをよそに、曽根崎はそのイケいけてる容貌もあって女性ファンもでき、巷を騒がせる。サイン会にファンが殺到し、その会場で橘の組の構成員戸田が曽根崎を襲撃しようとしたのを牧村らが制止する。正義派ニュースキャスターの仙堂は、曽根崎と牧村を生放送のスタジオに呼ぶ。が、そこには二人の他にもゲストがいた。それは、真犯人しか撮れないはずの動画を投稿してきた男だった。
過去に起こった陰惨な事件のスピーディな説明と22年後の新展開が煽情的に描かれて、前半はぐいぐいと引っぱられるように見てしまう。藤原竜也のふてぶてしいイケメン犯人ぶりは、やっぱりこうかと思いつつも安定して楽しめる。中村トオルの登場により後半の展開がなんとなく予想できてしまい、別荘での真相解明の段になると、いささか緊張感が薄れてしまったように感じた。
5人の被害者といいながら4人の被害者の遺族しか出てこず、最初の定食屋の主人とその遺族にはほとんど触れないので見ている間中それがひっかかって、後から5人目の遺族が出てくるのかと勘繰ったりもしたのだが、これは単に出てこないだけだった。

2017-06-27 映画「ローガン」を見る(感想)

[]映画「ローガン」を見る(感想)

LOGAN/ローガン LOGAN
2017年 アメリカ 138分
監督:ジェームズ・マンゴールド
出演:ローガン/ウルヴァリン/X-24/ジェームズ・ハウレット(ヒュー・ジャックマン)、チャールズ・エグゼビア/プロフェッサーX(パトリック・スチュワート)、ローラ(ダフネ・キーン)、ドナルド・ピアース(ボイド・ホルブルック)、ドクター・ザンダー・ライス(リチャード・E・グラント)、キャリバン(スティーヴン・マーチャント)、ガブリエラ(エリザベス・ロドリゲス)、ウィル・マンソン(エリック・ラ・サール)、キャスリン・マンソン(エリゼ・ニール)、ネイト・マンソン(クインシー・ファウ) 


★ネタバレあります!!★

「X−MEN」シリーズの人気キャラクター、ウルヴァリンの最後の戦いを描く。
2029年、ウルヴァリンことローガンは、リムジンの運転手をして糊口をしのぎながら、90歳を超えて要介護状態にあるチャールズ(プロフェッサーX)の面倒を見ていた。太陽光を浴びると死んでしまう体質のミュータント、キャリバンも加え、3人で荒野に立つ廃倉庫でひっそりと暮らしていた。不死身のローガンも、アダマンチウム合金の爪の付け根が膿み始めるなど、老いてかつての治癒力が低下しつつあった。
そんな彼らの前に、ウルヴァリンと同様の能力を持つミュータントの少女ローラが現れる。彼女は、政府の極秘計画によって殺人兵器として人口受精で生み出されたミュータントの子どもたちの1人だったが、失敗作として抹殺されるところを逃れてきたのだった。
ローガンは、武装集団に追われる彼女を助け、チャールズも連れて、アメリカ大陸縦断の旅に出る。散り散りに逃げた子どもたちは、ノースダコタのある場所を目指していたのだった。赤茶けた中西部の荒野を舞台に3人の逃避行が描かれる。
西部劇の名作「シェーン」から多くの引用がなされている。登場人物たちがテレビで古い映画を見ることはよくあり、ワンシーンがぱっと映されて、後からあれは「○○(映画のタイトル)」だとマニアたちの間で話題になったりするものだが、本作の「シェーン」の引用は、これでもかというくらいの大サービスである。流れ者のガンマンシェーンは、開拓民のスターレット一家に身を寄せるが、その仲間の一人で元南軍のトーリーが殺し屋ウィルソンに打ち殺されるシーン、トーリーの葬式のシーン、クライマックスのシェーンとウィルソンの決闘シーン、そして決闘の後シェーンが少年ジョーイと別れの言葉を交わすシーンが、安モーテルの一室のテレビであるにも関わらず、大画面のきれいな映像でたっぷりと映し出される。
それらのシーンにじっと見入るローラ。施設で育って外の世界を知らないローラは、おそらくこの時、初めて埋葬と追悼を知ったのである。
彼ら3人が途上で出会って一宿一飯の世話になるマシスン一家が、スターレット一家とおなじ家族構成である。彼らは牧場を経営しているが、水の供給をめぐって地元の実業家から嫌がらせを受けているという状況まで、「シェーン」ぽい。が、「シェーン」と違って、彼らはむごい最後を迎えることになる。
「人を殺したものは後には戻れない、それはずっと自分について回る」といったシェーンの言葉は、ローラがローガンと交わした言葉と重なる。それがあるがゆえに、ローラがラストに暗唱するシェーンのセリフは、追悼の言葉であるとともに彼女自身への言葉でもある。
かつての万能ぶりを失いつつ戦うローガン、味わいのある高齢者となったミスターX、クールな少女ローラ、3人が3様によかった。

<ローガンとシェーンの言葉>Imdbより(訳はうろ覚えです)
●ローガンとローラ
Laura: I've hurt people too.
Logan: You're gonna have to learn how to live with that.
Laura: They were bad people.
Logan: All the same...
(ローラ:わたしも人を傷つけた。
ローガン:おまえはそれを背負って生きるすべを身につけなければならない。
ローラ:みんな悪い人たちだった。
ローガン:同じことだ。)
●シェーンとジョーイ
Shane: A man has to be what he is, Joey. Can't break the mould. I tried it and it didn't work for me.
Joey: We want you, Shane.
Shane: Joey, there's no living with... with a killing. There's no going back from one. Right or wrong, it's a brand. A brand sticks. There's no going back. Now you run on home to your mother, and tell her... tell her everything's all right. And there aren't any more guns in the valley.
(シェーン:人は変えられないんだ、ジョーイ。型は破れない。やってみようとしたが、だめだった。
ジョーイ:行かないで、シェーン。
シェーン:ジョーイ、人を殺す者にまっとうな暮らしはできない。戻る道はない。正しかろうが、間違っていようが、それは烙印となって、ついて回るんだ。家に帰っておかあさんに、もう大丈夫だと伝えてくれ。この谷から銃はなくなったと。)

2017-06-18 映画「ある決闘 セントヘレナの掟」を見る(感想)

[]映画「ある決闘 セントヘレナの掟」を見る(感想)

ある決闘 セントヘレナの掟 THE DUEL  元のタイトル:BY WAY OF HELENA
2016年 アメリカ 110分
監督:キーラン・ダーシー=スミス
出演:エイブラハム・ブラント(ウディ・ハレルソン)、デヴィッド・キングストン(リアム・ヘムズワース)、マリソル(アリシー・ブラガ)、アイザック(エモリー・コーエン)、ナオミ(フェリシティ・プライス)、ロス知事(ウィリアム・サドラー)、モリス医師(ラファエル・スバージ)、マリア(キンバリー・ヒダルゴ)、カルデロン将軍(ホセ・ズニーガ)


★ネタバレあります★

「悪党に粛清を」に続くウェスタン・ノワール第二弾とか、「地獄の黙示録」西部版と聞いて、またも暗い西部劇かと思いつつも、せっかくの新作なので見に行った。
1886年、メキシコとアメリカの国境を流れるリオ・グランデ川に連日メキシコ人の遺体が流れ着く。州知事は、テキサス・レンジャーのデヴィッドに、上流の町マウント・ハーモンへの潜入捜査を命じる。町の有力者である説教師のエイブラハム・ブラントは、南北戦争中に名を知られた南軍兵士であったが、デヴィッドとはさらに深い因縁のある男だった。幼少のころ、ヘレナという町で、諍いからブラントに決闘を挑んだ父が彼に敗れて死んだのだった。その決闘はヘレナ式と呼ばれ、お互いの左手を縛った状態で小ぶりのナイフで攻撃するという過酷なものだった。(西部史に詳しい都築哲児氏によれば、これは実際にヘレナという町でこういう形式の決闘があったという記録が残っているらしい。)
デヴィッドは、いっしょに行きたいと言い張るメキシコ人の妻マリソルを伴ってマウント・ハーモンを訪れ、ブラントの勧めで新任保安官となる。説教師であるとともに資産家であるブラントは町に君臨していた。彼は美人のマリソルが気に入り、信仰を説いて彼女を取り込もうとする。町は閉鎖的で自ら訪れる旅行者はめったにいなかったが、ブラントが呼ぶ「客」は頻繁にやってきた。密偵を続けるデヴィッドは、ブラントとその一味が行っている残忍な「商売」を目撃する。
白い衣装に身をつつんだスキンヘッドのハレルソンが、派手で怖い説教師を不気味に演じて逆に爽快な感じさえする。対するヘムズワースも食われる主役に甘んじてはいない。腕の立つガンマンで、復讐心のみに捕らわれずブラントに対するのがよい。
ブラントの息子アイザックは、大物を父親にもつバカ息子で、かつての西部劇にもよく見られた役回り。だめな奴だが、父に認めてもらおうと悲壮な決意をしてデヴィッドにヘレナ式決闘を挑むものの、やはりあっさり敗れてしまって、ちょっと憐れを誘う。
最後の岩場でのデヴィッドとブラントの撃ち合いはたいへん見応えがある。血がやたら出るし、ブラントの動きに気づかないデヴィッドはいささか間抜け、それを女性に助けられるというのも定番すぎてなんだかなという感じだが、最近はとにかく多勢に無勢、敵が多けりゃ多いほど盛り上がるだろうといった設定のものが多くて(「マグニフィセント・セブン」も「グレート・ウォール」も然り)ちょっとうんざりしていたので、1対1の対決を丁寧に描いてくれたのが、よかった。