覚え書:「くらしの明日 私の社会保障論 高齢者がん手術慎重に=本田宏」、『毎日新聞』2014年10月01日(水)付。

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くらしの明日
私の社会保障
高齢者がん手術慎重に
既往歴や生活習慣で高まるリスク
本田宏 埼玉県済生会栗橋病院院長補佐

 厚生労働省によると、2013年の日本人の平均寿命は、男性が80・21歳、女性が86・61歳となり、男性の平均寿命が初めて80歳を超えた。私が医師になった1979年当時は、男性が73・46歳、女性が78・89歳だったから、34年間で男性は6・75歳、女性が8・72歳も寿命が延びたことになる。
 私が医師として駆け出しだったころ、80歳以上の高齢者の手術はまれだった。最近は高齢者に対する検診や内視鏡検査も普及し、胃がんや大腸がんなどと診断され、外科の外来へ紹介される高齢の患者は増加の一途をたどっている。
 高齢者が手術を受けるリスクは、それまでにかかった病気や喫煙などの生活習慣によって大きく影響される。過去に患者が心筋梗塞脳梗塞を起こした場合、一般に血を固まりにくくする抗凝固薬を服用しているため、手術の影響で血液透析が必要となることもありうる。良かれと思って手術をしても、手術後にせん妄を起こして転倒骨折したり、食事を誤嚥して肺炎を起こしたりするなど、さまざまな合併症を起こして術前より食事など日常生活の活動能力が低下し、最悪の場合は生命を失って手術を後悔するような事態も生じうるのだ。
 もちろん、私は長年の経験から、症状やがんの進行度に応じて手術の長所と短所、さらにリスクを十分説明し、手術をするかどうかを本人や家族と慎重に相談している。しかし、がんは生命に直結する病気という不安から、手術のリスクを軽視して、「一刻も早く手術でがんを取り除いてほしい」と希望する患者家族は少なくない。
 手術を受けて日常生活の活動能力やQOL(生活の質)が低下したとしても、そのを乗り切れれば次に生命を脅かす他の病気になるまで、生命の延長を期待できる。一方、高齢者は、若年者と違い手術の侵襲を乗り切る体力が衰え、次の致死的な病気になりやすいという面もある。やっとの思いで手術を乗り切っても、半年から1年以内で脳卒中心筋梗塞で亡くやった患者を何人も経験してきた。
 がんで3人に1人が亡くなる日本で、がん研究会がん研究所の北川知行・名誉所長は、超高齢者のがんを「天寿がん」と名付けた。「男性83歳以上、女性90歳以上」と定義した超高齢者になって死亡するのは「自然な死に方」と考えたからだ。焦って治療するのを選ぶのは賢明ではない。そろそろメスを置く年齢となった外科医として、自分の既往歴や体力を慎重に担当医と相談し、後悔しない治療と人生を選択してほしいと願わずにはいられない。
高齢者の健康状態 高齢社会白書によると、65歳以上の高齢者で、何らかの自覚症状を訴えている割合は、人口1000人当たり471・1人(2010年)に達する。そのうち半数近くにあたる同209人(同)は、仕事や家事などの日常性k多雨に影響があるという。
     ――「くらしの明日 私の社会保障論 高齢者がん手術慎重に=本田宏」、『毎日新聞』2014年10月01日(水)付。

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覚え書:「書評:縄文人からの伝言 岡村 道雄 著」、『東京新聞』2014年09月28日(日)付。

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縄文人からの伝言 岡村 道雄 著

2014年9月28日


◆生き方、精神を掘り下げる
[評者]辻誠一郎=東京大教授
 縄文人の遺言でも聞いたかの感を与える書名だ。だが中身は縄文人の生活文化を検証するように語られ、環境問題など多くの問題を抱える現代社会を見直し改めるには、そうした人々の生活文化に学ぶべきだと論じている。
 生活文化とは土器や石器といった造作物やその技術ではなく、生活の仕方あるいは生きざまだという。その探索のために、物質文化と背中合わせにある精神文化に思いっきり踏み込んでいる。さらに、これまで触れられることが稀(まれ)だった女性の生きざまも深く掘り下げられる。縄文人なんて大昔のその日暮らしの原始的な生活を送っていた人々と思い込んでいる読者は多いかもしれない。この本を読めば、その歪(ゆが)められてきた常識はみごとに崩れ、急激に近代化を遂げた昭和三十年代までは、縄文人の生活文化が生き続けてきたことを思い知らされるはずである。
 間違いなく著者は考古学者だが、にもかかわらずこれまでの考古学の枠にはおさまらない世界を開拓してきた。それは環境とのかかわり方、植物や動物とのかかわり方、地形や地質とのかかわり方、そういった生活文化が余すことなく語られることで、読者はその世界の大きさを知ることができる。それは生態学者・植物学者・地質学者・民俗学者など、考古学をとりまく分野の研究者との日常の絶え間ない議論の蓄積があったからなのだろう。
 各章の見出しが本書の世界を見事に示している。「数百年から千年以上も続いた縄文集落」「海・山の幸と自然物の利用」「定住を支えた手作り生産と物の流通」「縄文人の心と祈り」「墓・埋葬とゴミ捨て場・『送り場』」といった具合だ。そして最終章「縄文的生活文化の終わり」で現代社会の問題点を焙(あぶ)りだし、今後の方向性が示される。
 「はじめに」と「おわりに」をまず読んで欲しい。「旅する杉並の縄文人」と自称する著者の、本書への意気込みを感じ取ることができる。考古学書のみならず哲学書としても薦めたい。
 (集英社新書・778円)
 おかむら・みちお 1948年生まれ。縄文研究者。著書『縄文の生活誌』など。
◆もう1冊
 佐原真・小林達雄著『世界史のなかの縄文』(新書館)。列島に一万年続いた独特な縄文文化を、世界史のなかに位置付けた対話集。
    −−「書評:縄文人からの伝言 岡村 道雄 著」、『東京新聞』2014年09月28日(日)付。

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http://www.tokyo-np.co.jp/article/book/shohyo/list/CK2014092802000185.html






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覚え書:「書評:満蒙 日露中の「最前線」 麻田 雅文 著」、『東京新聞』2014年09月28日(日)付。

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満蒙 日露中の「最前線」 麻田 雅文 著

2014年9月28日


◆鉄道の権益めぐる三国志
[評者]佐江衆一=作家
 本書のタイトル「満蒙(まんもう)」という言葉を、一九八〇年生まれの著者と同世代か戦後生まれの読者は、どのようにイメージするのだろう。戦前生まれの私は「満蒙は日本の生命線」という言葉をよく耳にしたし、満蒙開拓団や満蒙青少年義友軍で旧満州中国東北部)に渡った人々を知っており、その取材で、シベリア鉄道に接続して中国の満州里から綏芬河(すいふんが)、そしてロシアのウラジオストクへ東西にのびる中東鉄道のハルビン・牡丹江間を乗車した。
 本書は、日清・日露戦争から第二次大戦終戦までの、日本も植民地拡張時代の半世紀、満蒙を走る中東鉄道の権益の歴史をロシア、中国、日本の政治家の側から特にロシアの資料を駆使して記述しており、私には多くの発見があった。第一章は小村寿太郎とウィッテ。ウィッテは私にはなじみの薄い人物だが、帝政ロシアの蔵相、後に首相。彼はバンクーバーから太平洋航路で不凍港ウラジオストク、そして中東鉄道とシベリア鉄道でヨーロッパを結ぶ物流を構想していたというから驚く。
 第二章以降、伊藤博文ハルビン駅で暗殺した安重根満州事変をおこした関東軍参謀石原莞爾も登場するが、孫文張作霖、張学良、トロツキーとロシア人のさらなる登場で、中東鉄道の利権をめぐる二十世紀の満蒙三国志の感がある。そして、昭和天皇、〓介石とスターリンの終章で、今日に直結する歴史が展開する。中でもスターリンは、大戦終結の夏に「日本は殲滅(せんめつ)されたあと二〇年かそれくらいで」「復活するのだろう」と予想し、四十年先の極東の安全保障を考えていたというから、これまた驚く。
 『昭和天皇実録』が完成し、本書に新事実が加わるかもしれないが、歴史認識が近隣諸国でさわがしい昨今、若い読者、とくに学生諸君に本書をすすめたい。間もなく戦後七十年だが、満蒙の悲劇を知る私には、ソ連軍の進攻で我が子を自決させつつ中東鉄道の鉄路を逃れた同胞の姿が目に浮かぶ。
 (講談社選書メチエ・1998円)
 あさだ・まさふみ 1980年生まれ。近現代史研究家、専門はロシアと東アジア。
◆もう1冊
 井出孫六著『中国残留邦人』(岩波新書)。国策によって旧満州に送り出され、敗戦によって置き去りにされた人々のその後をたどる。
※〓は草かんむり下に將
    −−「書評:満蒙 日露中の「最前線」 麻田 雅文 著」、『東京新聞』2014年09月28日(日)付。

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http://www.tokyo-np.co.jp/article/book/shohyo/list/CK2014092802000184.html






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覚え書:「書評:伊那の放浪俳人 井月現る 今泉 恂之介 著」、『東京新聞』2014年09月28日(日)付。

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伊那の放浪俳人 井月現る 今泉 恂之介 著

2014年9月28日
 
◆行脚の実態を鮮明に
[評者]復本一郎=国文学者
 幕末から明治にかけて信州伊那谷を中心に行脚の生涯を過ごした北越長岡の俳人・井上井月(せいげつ)に全身で体当たりした快著。その方法は、インターネットを検索するかと思えば、現地踏査を実施したり、かと思えば図書館に出掛けて原本に当たったりと、元ジャーナリストの面目躍如。
 本書の特色は、井月の四部の編著『まし水』(文久二年)、『越後獅子』(文久三年)、『家づと集』(元治元年)、『余波(なごり)の水くき』(明治十八年)に注目し、そこに井月の滞留地である伊那出身の俳人で、文久元(一八六一)年に京で宗匠となった北野五律(ごりつ)をキーパーソンとして配し、井月の行脚の実態を解明したところにある。その手際、実に鮮やか。
 京住の五律のことは当時、十分に周知されていなかったか、文久二年刊の『俳諧画像集』では「信州人」とのみ記されている。対して著者は、『越後獅子』『家づと集』では、それぞれ五律が「洛」(京)の俳人として遇されていることに着目。そこから井月の関西、東海、関東、東北への二千キロ、二カ月余の行脚が行われたのは、文久二年であろうとの説得力のある仮説を提出している。
 瑕瑾(かきん)一つ。『越後獅子』中の江戸の春湖の句は<木曽川の水ゆり屈(まげ)る霞(かすみ)かな>が正しく、春霞によって、木曽川の水が揺(ゆら)いでいる様子を詠んだもの。文献の正確な読みが卓説を生もう。
 (同人社・1728円)
 いまいずみ・じゅんのすけ 元日本経済新聞論説委員
◆もう1冊
 村上護著『種田山頭火』(ミネルヴァ書房)。井月に私淑した自由律俳人山頭火の漂泊行乞(ひょうはくぎょうこつ)の生涯を描いた評伝。
    −−「書評:伊那の放浪俳人 井月現る 今泉 恂之介 著」、『東京新聞』2014年09月28日(日)付。

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http://www.tokyo-np.co.jp/article/book/shohyo/list/CK2014092802000183.html





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伊那の放浪俳人 井月現る
今泉 恂之介
同人社
売り上げランキング: 97,008

覚え書:「声:憲法9条の条文がない教科書」、『朝日新聞』2014年09月29日(月)付。

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憲法9条の条文がない教科書
牧師(千葉県 50)

 小学6年生の息子が使っている社会か教科書を見て、はっとさせられた。憲法を学ぶ単元の中に、「9条」の文字と条文が見あたらないのだ。
 「条文では、外国との争いごとを武力で解決しない、そのための戦力をもたないと定めています」という記述があり、非核三原則憲法前文の要旨などは紹介している。だが、私には9条そのものをぼやかそうとしているように感じる。
 憲法の平和主義は、いつから単なる平和への願いになったのか。それは戦争の放棄という厳格な規定であり、国の決意ではなかったのか。
 ここに来て、憲法解釈や改正が議論の的になっている。安倍晋三首相は自民党総裁だった2012年12月の総選挙にあたって「みっともない憲法」と形容したという。しかし、憲法は国のあり方を規定する最高法規だ。もし改正を議論するにしても、子どもたちも含めて憲法をよく学び、国民的な議論をする必要があるのではないか。
 かつて、わが国は教育勅語による教育を受けた世代が国を担ったとき、戦争への道を突き進んでいったとも言われる。息子が学ぶ教科書で教育された今の子どもたちが、将来、どんな国をつくっていくのか不安でならない。
 私が子どもの頃、尊敬する先生が世界に希有の平和憲法として、憲法9条を熱く教えてくれたことを思い出す。現場の良識ある先生方に期待するとともに、我が家でも教科書が取り上げない憲法の条文を子どもたちと読み、話し合っていこうと思う。
    −−「声:憲法9条の条文がない教科書」、『朝日新聞』2014年09月29日(月)付。

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