覚え書:「日本会議 正体を暴く! 日本会議は何をやろうとしているのか? 青木理×山崎雅弘」、『サンデー毎日』毎日新聞出版、2016年7月5日号。

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日本会議
正体を暴く! 日本会議は何をやろうとしているのか? 青木理×山崎雅弘

2016年7月5日

 サンデー毎日

サンデー毎日
改憲、愛国教育、選択的夫婦別姓反対、女系天皇反対、そして戦前回帰…
▼宗教とナショナリズムが結合した全体主義

▼安倍政権は日本会議に牛耳られているのか?

日本会議の戦前志向は、天皇のお言葉に反している

 日本会議とは何か? 安倍政権の強力な支持基盤なのか? それとも右傾化する社会の徒花でしかないのか? その実態はいまだつかみきれていない。綿密な取材をもとに『日本会議の正体』(平凡社新書)を上梓する青木理氏と、戦史研究の面から『日本会議 戦前回帰への情念』(集英社新書)をまもなく刊行する山崎雅弘氏が、日本会議の実像を徹底的に暴く。(敬称略)

青木 日本会議という右派運動体の存在がクローズアップされています。山崎さんも、僕も、それぞれ別の角度から日本会議の正体に迫る本を出すわけですが、この集団を現代社会において、あるいは歴史的に、どう位置づけるか。

山崎 僕はずっと、近現代史を研究する立場から、憲法と戦争の関係について疑問がありました。日本は明治から昭和にかけて、大日本帝国憲法という同じ憲法下で五つの戦争を行いました。しかし日清戦争日露戦争第一次世界大戦と、日中戦争・太平洋戦争では、日本軍の戦い方は根本的に異なる。最大の相違点は人の命の重さです。太平洋戦争では兵士の命を大変に軽んじた。精神論に傾き過ぎたからだとよく言われますが、僕はそれだけでは納得できずにいました。でも日本会議やその背景にある国家神道を調べるうちに、ヒントを得た気がしたんです。日本会議に象徴される今の政治的潮流の方向性は、戦前の価値観に近い。

青木 宗教とナショナリズムが結びついたとき、冷静な思考や知性が失われ、「神の国」「神風が吹く」といった似非(えせ)科学的な言説が大手を振ってまかり通ってしまう。個の命が著しくないがしろにされる全体主義が現出してしまう。まさに戦前戦中の日本がそうだったわけですが、その構造に近いものが日本会議を通じて見えてくるということでしょう。

 日本会議をいたずらに誇大視するのは間違いだと僕は思いますが、なかなか深層が見えにくい部分がある。それは運動を担っている人々があまり表に出てこないからですが、核心にいるのは宗教団体「生長の家」に出自をもつ生学連(生長の家学生会全国総連合)の元活動家たちです。彼らは運動の実務や理論構築などを担っていますが、しかし決して大きな動員力や資金力を持っているわけではない。その部分を支えている最大の組織が神社本庁を筆頭とする神社界であり、他の右派系の新興宗教団体(神道系、仏教系、キリスト教系など)が下支えしている。

戦前を志向する“統一戦線”
山崎 中枢に椛島(かばしま)有三をはじめ生長の家出身者が数多くいるにもかかわらず、日本会議の主張は谷口雅春生長の家創始者)の教義そのままではない。最近目立つのは「国柄」で、1930年代の国体思想の言葉や概念に頼っている。さまざまな人間や組織が、戦前戦中の国家神道という同じゴールに向かう形で進んでいるという印象があります。

青木 日本会議の中枢にいる事務総長の椛島、政策委員の百地(ももち)章(法学者)、高橋史朗(教育学者)、伊藤哲夫(政治評論家)、そして参院議員で首相補佐官衛藤晟一といった面々はすべて生学連出身者で、いわば谷口信奉者だけれど、明治憲法の「復元」を説いた谷口の教えに従えば、現行憲法の「改正」などは許し難いもののはずです。しかし、彼らはそういう「教理問答=カテキズム」を排し、小異を捨てて大同に就くのだと訴えて日本会議の結成に成功した。

 振り返ってみれば、戦後右派は基本的に「反共」こそが最大の結節点でした。ところが90年に前後して冷戦体制が崩壊し、日本国内では左派系の政党や市民運動なども打撃を受けたけれど、右派系の運動団体なども一種の目的喪失の状態に陥った。「日本を守る会」と「日本を守る国民会議」という2大右派団体が合併する形で「日本会議」を立ち上げたのが97年だったのは意味深いと思います。

 そして生学連の出身で、運動のノウハウを身につけた元活動家らが中枢を担い、しかし彼らは出自を表に出すと運動体の求心力がなくなることも痛切に学んでいたから裏に回り、表には著名な右派文化人や学者、財界人らを立てて権威づけをした。これを神社本庁や右派系の宗教団体が支える。日本会議の本質は、戦前の体制に郷愁を抱く宗教右派の“統一戦線”ですから、国家神道的な方向へと運動が吸い寄せられていく。

山崎 国家神道は宗教ではなく、固有の文化であり社会の土台と見なされるので、批判対象にしてはならないという空気がある。天皇崇敬にしてもそうです。積極的なシンパシーがなくても、それを否定する論理と意思を持っていなければ、声の大きい側の威圧的な主張に取り込まれてしまう。

 戦後の日本は、軍国主義が悪かったという反省の仕方をした。軍事的なものは否定したが、その根源にある思想までは責任追及をしてこなかった。だから根源が日本の土壌に残ってしまい、それが今、芽を吹いて枝を伸ばしている。

青木 その究極が天皇制でしょう。ここをきちんと掘り返し、追及しなかったから、戦後70年を経て歴史を逆回ししようとする勢力が噴き出してきてしまう。椛島の言説を見ると、政教分離は西洋の妥協の産物であって、それを祭政一致の日本に持ち込むことは国柄を破壊するだとか、日本は天皇中心の国であって国民主権は馴染(なじ)まないだとか、平気でそんなことを言い放っています。

山崎 彼らは、日本国憲法の「国民主権・平和主義・人権の尊重」は18世紀の西欧啓蒙(けいもう)思想だから日本の国体に合わないとも言っています。同じ趣旨の文言が戦前の『国体の本義』にもある。彼らの頭の中の時計は戦中で止まっている。だから彼らにとっては回帰でなく、継承という意識かもしれない。戦前戦中の国家神道は世界観として非常に精巧に作り込まれているので、45年8月の破滅さえ見なければ、その中で万事が整然と完結するような幻想が出来上がる。

青木 日本会議の運動を担う人々のモチベーションが宗教心であるところも気にかかります。もちろん、どんな信仰を持とうと自由だけれど、宗教とナショナリズムが結びつく危険性に加え、宗教心が背後にあるがゆえに近代合理主義や近代民主主義の原則、いわば人類がたどりついた普遍の大原則を平気で踏みにじってしまう。

存在感が急速に増した理由
山崎 35年の天皇機関説事件の後、天皇憲法から切り離され、糸が切れた凧(たこ)のように高みに上がった。30年代の経済不況、31年の満州事変、33年の国際連盟脱退。一等国としての自信を失いかけた国民は、天皇に拠(よ)りどころを求めた。万世一系天皇を戴(いただ)く日本は世界で類を見ないほど素晴らしい、と。3・11以降の日本もそれに似ている。かつてはアジアでナンバー1の地位だという共通認識があったが、中国の経済的発展や原発事故などを受けて自信喪失と焦燥感にもがいている。そこに日本会議が現れると、魅力を感じる人もいるでしょう。

青木 社会が停滞期に入ったり不安定になったりすると、宗教やナショナリズムに人は惹(ひ)きつけられがちになります。

 宗教学者島薗進に教えてもらったんですが、久野収(哲学者)が戦前の体制をこう評している。エリート層は「密教」として近代立憲君主国をつくろうとし、民衆向けの「顕教」として、天皇という神のもとに一つにまとまるのだと説いた。つまり二重構造をつくった。ところが狂信的な右派軍部と民衆が結びつき、密教の部分が駆動しなくなってしまった。天皇機関説事件や国体明徴運動はまさにそうだったでしょう。

 現在はどうかといえば、それでもまだ日本会議的な主張に違和感を覚えているのが多数派だと思います。だけどここにきて決定的に違うのは安倍政権の存在です。事務総長の椛島は、安倍政権の誕生によって日本会議が「阻止・反対の運動をする段階」から「価値・方向性を提案する段階」に変化したとまで断言しています。少し前までなら「ずいぶん変わった考えの連中だね」と一蹴されていたような運動が、同じ方向性をもつ政権を戴いて存在感を急速に増している。

山崎 安倍晋三は第2次森喜朗内閣で官房副長官を務めるなど、政治的な立ち位置としては戦後右派の系譜に属する人ではある。それゆえ日本会議は安倍に期待を寄せた。第1次安倍政権が終わって安倍が下野している間、日本会議は安倍応援団のグループをつくり、第2次安倍政権の実現に尽力した。むしろ安倍は日本会議に白羽の矢を立てられた面がある。

青木 神戸製鋼時代の上司に取材した際、安倍を振り返ってこう言ったんです。「彼と政治談議をしたことなんて一度もない」「まるで子犬みたいだった。子犬が狼(おおかみ)の群れにまぎれているうち、ああなってしまったのではないか」と。たしかに衛藤晟一伊藤哲夫といった面々が早くから安倍に目をつけ、いまや政権のブレーン的な役割を担っている。そうした観点からみれば、外国メディアが報じたような「日本会議が安倍政権を牛耳っている」「安倍内閣日本会議内閣だ」といった分析もあながち間違いではない。

 一方、宗教とナショナリズムにすがる風潮は世界中に蔓延(まんえん)しています。アメリカのティー・パーティーやキリスト教原理主義の動き、ヨーロッパの極右による移民排斥。イスラム圏でもそうです。共通しているのは排他、不寛容の風潮であり、行き過ぎれば全体主義に結びつく。しかも日本には国家神道が国を破滅に導いた前歴がある。それを省みず、日本会議のような右派組織が勢いを持っているのはきわめて不健全です。日本会議の正体とは、現下日本社会が孕(はら)んでいるさまざまな病の噴出だともいえるでしょう。

山崎 僕はそれを「大日本病」という言葉で批判しました。宗教とナショナリズムは単独でも基本的に批判を許さないものですから、それが合体するとある種の無敵さが出てきます。

青木 先ほど戦前的なものの「継承」と言われたけれども、現実には国家神道は戦後、神道指令などによって命脈を断たれた。つまり、戦前と戦後の間には明らかな分断がある。しかし、それをつなぐ役割を生長の家が果たした面もある。そうして息を吹き返した戦後右派の運動について、アメリカの天皇制研究者ケネス・ルオフは、元号法制化と建国記念日の創設が最初の「成功体験」だったと指摘しています。いずれも日本会議が創立される前段の出来事ですが、ここで右派運動が学んだことは大きかった。以降、同じような運動手段でさまざまな活動をつづけ、女系天皇や選択的夫婦別姓の阻止、外国人地方参政権の阻止、そして第1次安倍政権では教育基本法の改正などを成し遂げる力の一つにもなってきました。

民主主義に合致する「愛国心」とは?
山崎 靖国神社に代わる追悼施設案も阻止しましたよね。天皇の在り方という問題について、戦前の大日本帝国憲法と戦後の日本国憲法では、戦後のほうが日本の伝統に沿うものだと、今上天皇ははっきり言われている(*)。安倍政権が、現行憲法は日本の伝統に合わないと主張するのは、天皇のお言葉を足蹴(あしげ)にすることです。戦中にも軍人が天皇に正確な情報を伝えないことがあった。軍部に天皇を内心、馬鹿にする一面があった証拠です。

 安倍政権が国民の自由と権利を制限する根源には、日本会議的な国体思想がある。神社本庁の出版物を見ると、彼らにとって日本国憲法は、神道指令の永続化を意図する策謀であり、戦前の体制に戻せなくする封印なんです。自民党憲法改正草案はその封印を一つ一つ消していくかたちになっている。

青木 彼らは戦後体制そのものに憎悪と嫌悪を抱いている。その象徴であり、究極的なターゲットが現行憲法なのは間違いない。だからこれまで培ってきた運動の手段と組織の総力を挙げて改憲運動に取り組んでいます。「キャラバン隊」と称するオルグ部隊を全国各地に送り、地方議会に決議や意見書を可決させ、大掛かりな署名活動を行う。

 一方で中央に「国民の会」のような組織を立ち上げ、著名人を広告塔に据え、宗教団体が動員して大規模な集会を波状的に開き、世論を盛り上げ、政界を突き上げていく。今回は各地の神社でまでも署名を集めています。彼らはこれが改憲の最大チャンスだと捉えている。つまり改憲をめぐるせめぎ合いは、今後の日本社会がどの方向に向かうのかをめぐる巨大な分水嶺(ぶんすいれい)です。押し返せるのか、屈してしまうのか。参院選の結果次第では、国会での発議も可能になります。

山崎 僕があらためて考えたいのは愛国心です。戦後、愛国心軍国主義につながるものだと否定され、空白になっていた。そこに日本会議がつけ込んでいる。国体ありきの愛国という固定観念を排し、民主主義に合致する愛国心を模索する必要があります。まだ間に合うと思います。

青木 僕はむしろ、戦後の日本に本当の意味での近代民主主義を根づかせるほうが優先だと思います。明治の近代化も、戦後の民主主義も、結局のところ日本はすべて上から与えられた。民衆が自分の力で勝ち取ったものではない。その脆弱(ぜいじやく)さの隙間(すきま)に日本会議のような宗教右派が入り込み、増殖してしまっているのですから。

 *2009年4月8日「天皇皇后両陛下御結婚満50年に際して」記者会見(宮内庁ホームページで閲覧可能)

日本会議とは
 1997年、「日本を守る会」と「日本を守る国民会議」が統合して創設された右派運動体。改憲を中心にさまざまな政治運動を展開。全国都道府県に本部を持ち、会員数は約3万8000人といわれている

 ■人物略歴

やまざき・まさひろ
 1967年生まれ。戦史・紛争史研究家。著書に、『戦前回帰 「大日本病」の再発』『侵略か、解放か!? 世界は「太平洋戦争」とどう向き合ったか』(ともに学研マーケティング)ほか多数。

 ■人物略歴

あおき・おさむ
 1966年生まれ。ジャーナリスト。ノンフィクション作家。著書に『抵抗の拠点から 朝日新聞慰安婦報道」の核心』(講談社)、『ルポ 国家権力』(トランスビュー)ほか多数。

サンデー毎日2016年7月17日号から)
    −−「日本会議 正体を暴く! 日本会議は何をやろうとしているのか? 青木理×山崎雅弘」、『サンデー毎日毎日新聞出版、2016年7月5日号。

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http://mainichi.jp/sunday/articles/20160704/org/00m/010/004000d






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