【新城事件】 明治29年(1896年)12月23日、花蓮港守備隊新城監視哨の将校以下多数軍人が太魯閣族によって殺害された事件を新城事件と言います。 殺害された理由について2つの説があります。 一つは、太魯閣族の文化を尊重しなかった事への報復という説ですが、これは、台湾総督府の民政部が発行した「太魯閣蕃事情」の文字資料として残されている理由です。 もう一つは、太魯閣族自身の供述として残されている理由です。その内容は、Agiun(阿吉勇)、漢人名 李阿隆は清朝時代に宜蘭から移住して太魯閣族の女性と結婚。太魯閣語にも通じ、太魯閣族から鹿茸を買い取り、その見返りとして塩や銃弾を提供するなどして良好な関…