和歌山市の南西部にある歴史と文化が残る観光地。 奈良時代に行幸した聖武天皇に同行してきた万葉歌人の山部赤人が詠んだ「若の浦に 潮満ち来れば 潟を無み 葦辺をさして 鶴鳴き渡る」の歌は、万葉集に収められているなかで紀の国和歌山を代表する最も有名なものとして知られている。 風光明媚な景観を持っていたこの地には、江戸時代に紀州藩をおさめた徳川家が家康を奉るため東照宮を建立したのを始め、不老橋や観海閣の建設など、中国の庭園に模した整備を行っている。
廃墟だらけの遊歩道 「わかの浦に 潮満ちくれば 潟をなみ 芦辺をさして 鶴鳴きわたる」 万葉の時代から多くの歌人を魅了してきたとされる和歌山県にある和歌浦。絶景の宝庫として観光誘致をアピールしているのだが、元廃墟マニアの目線で見れば廃墟の宝庫でもあったりする。 観光駐車場近くにある新和歌の浦観光遊歩道路を歩きながら廃墟を眺めるのが今回の目的。有名観光地だけあって周辺の雰囲気は抜群に良い。 漁師町らしい雑多な感じと観光地としての景観が入り乱れる雰囲気はどこか非日常的。 さらなる深みを求めて新和歌の浦観光遊歩道路という長ったらしい名前の遊歩道を進みましょう。 さっそく見えてきました。 スモールな灯…
和歌山旅行は2日目に入りました。 ダイワロイネットホテル和歌山の朝食から始まります。 昔は「今日は和食かな」とか、「パンの気分かな」とか、どちらかだったのですが、 いつからか両方食べるように。。。(汗) 近くのガソリンスタンドで満タンにして、10分足らずで到着したのは、、、 和歌の浦です。初めての訪問。 こちらが案内図。色々見所があります。 まずは不老橋。 不老橋からの眺めはこんな感じ。 日本の和を感じるいい眺めです。 違う角度からもパチリ。 江戸時代のアーチ型石橋は珍しいとのこと。 続いて、こちらは三断橋。 妹背山(小島)へ渡る県内最古の石橋。 説明です。 妹背山の奥には、観海閣。昔、木造水…
今回の滞在でも、都内の庭園探訪と東京十社巡りはしたい。中一日しかないフルに観光できる日は、すっきりと晴れ上がった。麻布十番が拠点なので、メトロ南北線沿いの見どころを探すと、六義園(駒込駅)と日枝神社(溜池山王駅)があった。 最初の目的地は六義園である。元禄年間に最強の御側用人、柳沢吉保が整備したと伝えれられる回遊式庭園である。明治維新後実業家岩崎弥太郎のものになり、彼が東京市に寄付したことで現在は都立庭園(*1)となっている。 駒込駅を降りてすぐに染井門があり、季節によってはここからは入れる。通常は350mほど南の正門に回らなくてはならないが、今回は入れてもらえた。和歌を愛でながら散策する目的…
和歌の浦へ 昨日の続きです。 道を間違い時間をロスしたが、なんとか和歌の浦へ。このあたりは昔から風光明媚な場所として知られており、海岸の景観の美しさはもちろん、寺社や名所旧跡が多い。下の写真は鹽竈神社。 鹽竈神社 海岸線に沿って歩きながら、景観を楽しむ。連休の初日だが観光客はそれほどいない。こういう風光明媚な場所に人が多く集まるということはないのだろう。 片男波海岸は、砂浜で夏の間は海水浴場としてもにぎわう。ちょっと南国風に木が植えてあったりする。 海岸風景 片男波海岸を通り過ぎていくと、和歌浦漁港が見えてくる。このあたりの海辺の様子ものどかでいい。 和歌の浦漁港が見える イソヒヨドリを何羽か…
春の和歌山を歩く 今日は3連休の初日で天気もいい。海を見たい気分でもあったので、ちょっと遠出して、和歌山の方に足を運ぶことにした。JRの紀三井寺で降りて、紀三井寺に参拝。和歌の浦から雑賀崎の灯台のあたりまで歩いて、帰りは和歌山市駅から南海電車に乗るというだいたいの見通しを立てた。 6時台の大和路線に乗り、天王寺で阪和線に、和歌山できのくに線に乗り換え、紀三井寺駅に着いたのが8時40分頃。連休中だが列車は混んでいなかった。 紀三井寺駅 紀三井寺 紀三井寺は、奈良時代に、唐僧の為光上人によって開基された寺院で、真言宗山階派の寺院だったが、昭和26年に独立し現在は、救世観音宗の総本山となっている。有…
和歌山県和歌山市に位置する和歌の浦(高津子山)は、かつて「新吉野」と称された風光明媚な桜の名所です。標高約136~150メートルのハイキングコース沿いには数多くのソメイヨシノが咲き誇り、山頂の展望台からは桜越しに和歌浦湾や市街地を一望する大パノラマが広がります。自然豊かな山道を散策しながら、青い海と淡いピンクの桜が織りなす絶景を静かに堪能できるのが最大の魅力です。 和歌の浦(高津子山)の桜|基本情報 和歌の浦(高津子山)のお花見に関する基本情報を表にまとめました。お出かけ前にご確認ください。 スポット名 和歌の浦(高津子山・たかつしやま) 所在地 和歌山県和歌山市新和歌浦 桜の種類 ソメイヨシ…
さてさて、今日やって来たのは和歌山県の和歌の浦。絶景の宝庫として日本遺産にも認定されている場所。 なぜ和歌の浦に来たのかというとちょっと気になるお店があるんだな。漁港の駐車場から見えるあの建物。 バイクツーリングでよくこの道を通るんだけど・・・一風変わった人気の食堂がここにあり、気になっていたんだ。 これがこちら。わかうら食堂。少し高台にあるお店なので、お店から和歌の浦湾が一望出来るというお店。 お店の入り口はこの階段を登った先にある。 千と千尋の神隠しを彷彿とさせる赤ちょうちんが印象的。漁港の食堂にしてはかなりの大型店のようだ。 で、入り口を入る。 引き戸を開けるとすぐ店内かと思いきや。待合…
さかるゝ仲:小川霞堤 1916年(大5)贅六堂刊。前後全2巻。 作者の小川霞堤(おがわ・かてい)については以前、デビュー作と思われる『悲しき仇』(1911年・明44)渡辺霞亭と共作で読んだことがある。大阪の出版社との関係も多く、関西が活動の地盤だったようだ。この作中の舞台も大阪、神戸、堺、和歌山となっている。 絵画芸術に純粋過ぎる探究心をもって精進する薄省吾は、妻子を抱えながらも、生計のために絵画を売ることを嫌い、生活苦にあえいでいた。逆の道を歩むのが同門の画家香波であり、文展入選を繰り返して、売れる絵を多作し、放埓な生活を送っている。その香波が苦々しく思っていることは、かつて思いを寄せていた…
和歌山県は、紀伊山地の険しい山々が、ほぼ県土全体を覆い、海岸まで迫って広い平野もない。そんな中で、最北部を東から流れる紀ノ川の下流だけは比較的大きな平野が形成され、ここに県都の和歌山市がある。最盛期(1980年代)には人口40万を超え、京阪神を除く近畿圏では有数の都市である。東海道・山陽の国土軸から離れた、いわば近畿の外れに、このような大きな街ができたのは、なんといっても、徳川御三家の大城下町だったことによる。御三家の一つが和歌山に配された理由は、上方(大坂・京)への睨みと、紀伊半島の海岸線を支配(紀伊国は現在の和歌山県から三重県南部まで及んでいた。)して、江戸・上方間の海上路を押さえることだ…
前回の続きの旅日記、日がどんどん経って過去のことになっています。。。 写真が多いので適当にスルーしてくださいね 次の日も良く晴れた暖かい日で今回はお天気に恵まれました~♪ 和歌の浦には見たい場所がいくつかあって車でないと回り切れなくて 結局タクシーを頼んで行きたいところを回ってもらうことにしました ここは和歌の浦漁港 運転手さんが前岸田首相が暴漢に襲われた所と! こんなところだったんですね~ ここを通ってまずは番所庭園へ ここは地名を「番所の鼻」と言い、平坦で海に長く突き出た形になっていて 昔紀州藩が作っていた海の見張り番所の中でも和歌山城に近く 重要なところだったそうです 幕末の黒船の見張り…