念仏は「祈り」ではなく「咳」である? 妙好人が気づいた「ふと出る声」の正体 これまで3回にわたり、親鸞聖人が説いた救いのエネルギー「本願力」と、すべてを包み込む領域「本願海」について見てきました。 これらは、十人いれば十人が、百人いれば百人が、誰ひとり漏れることなく救われていくという教えの根拠となるものです。 シリーズ最終回となる今回は、私たちの日常において、この二つの働きがどのように現れるのかを考えます。その答えは、私たちが何気なく口にする「南無阿弥陀仏」という声、そのものにありました。 1. 「ふとした念仏」は、誰の声か? 悲しいとき、苦しいとき、あるいはふとした家事の合間に、思わず「南無…