神を否定も肯定もしない 神がいるかどうかについて、ここでは結論を出さない。*1 神の存在を肯定するために、宗教体験を証拠として持ち出すこともしない。反対に、神の存在が確認できないという理由で、啓示や祈りや神秘体験を、ただの錯覚として片づけることもしない。*2 分からないものは、分からないまま置く。*3 ただし、分からないからといって、何も考えられないわけではない。*4 人が受難を経験するとき、何が起きているのか。啓示を受けたと感じるとき、感情や概念はどのように立ち上がるのか。神が顕れた、何かが降りてきた、声を受け取ったと語るとき、その人の境界では、どのような通信と変換が起きているのか。*5 神…