1960年3月25日、東京生まれ。
在学中に漫画専門誌「ぱふ」を編集、その後メーカー勤務を経て文芸春秋に入社。Numberなどでの取材活動を経て2003年からフリーに。
処女単行本
1976年のアントニオ猪木
を2007年に出版した。
創世記の柔道や、女子プロレスの歴史にも造詣が深い。 kamiproの携帯電話サイトではインタビュー集「1993年の女子プロレス」を連載。 2011年、単行本となって刊行された。
1993年の女子プロレス
リスト::格闘技関係者
一条真也です。『増補版 日本レスリングの物語』柳澤健著(岩波現代文庫)を読みました。著者は1960年東京都生まれ。ノンフィクションライター。慶應義塾大学法学部卒業後、空調機メーカーを経て株式会社文藝春秋に入社。花田紀凱編集長体制の『週刊文春』や設楽敦生編集長体制の『スポーツ・グラフィック ナンバー』編集部などに在籍し、2003年に独立。著書に、ブログ『完本 1976年のアントニオ猪木』、ブログ『1964年のジャイアント馬場』、ブログ『1984年のUWF』、ブログ『1985年のクラッシュ・ギャルズ』、ブログ『2000年の桜庭和志』、ブログ『2011年の棚橋弘至と中邑真輔』で紹介した一連のプロレス…
一条真也です。『2011年の棚橋弘至と中邑真輔』柳澤健著(文春文庫)を読みました。著者は1960年東京都生まれ。ノンフィクションライター。慶應義塾大学法学部卒業後、空調機メーカーを経て株式会社文藝春秋に入社。花田紀凱編集長体制の『週刊文春』や設楽敦生編集長体制の『スポーツ・グラフィック ナンバー』編集部などに在籍し、2003年に独立。著書に、ブログ『完本 1976年のアントニオ猪木』、ブログ『1964年のジャイアント馬場』、ブログ『1984年のUWF』、ブログ『1985年のクラッシュ・ギャルズ』、ブログ『2000年の桜庭和志』で紹介した一連のプロレス・ノンフィクションがあります。 本書の帯 カ…
一条真也です。25日の朝、北九州の気温は13度で晴れでした。わたしは、コートとマフラー着用で北九州空港に向かいました。スターフライヤーに乗って、東京に出張するのです。 北九州空港の前で 本日の北九州空港のようすいつも見送り、ありがとう💛 それでは、行ってきます💛 今回の東京出張には、父の死亡叙勲を授与されるために観光庁を訪問するという大事な任務があります。また、社外監査役を務める互助会保証株式会社の監査役会および取締役会への参加、理事長を務める一般財団法人冠婚葬祭文化振興財団のグリーフケア委員会の会議、経営会議・委員会報告への参加も予定されています。さらには、年末出版予定の『冠婚葬祭文化論』(…
一条真也です。12日の朝、北九州の気温は19度でした。わたしは、迎えの車に乗って北九州空港に向かいました。スターフライヤーに乗って、久しぶりに東京に出張するのです。 北九州空港の前で 本日の北九州空港で いつも見送り、ありがとう💛 それでは、行ってきます💛 今回の出張は、年末出版の『冠婚葬祭文化論』(産経新聞出版社)の打ち合わせ、宗教学者の島薗進先生との対談本『今ここにある宗教~現代日本人の死生観を問う』(仮題、弘文堂)に関する打ち合わせ、芥川賞作家で僧侶の玄侑宗久先生との対談本『仏陀と冠婚葬祭~日本人と仏教』(仮題、現代書林)に関する打ち合わせ、また、発売されたばかりの拙著『愛する人を亡くし…
一条真也です。『1993年の女子プロレス』柳澤健(双葉文庫)を読みました。ブログ『1985年のクラッシュ・ギャルズ』で紹介した本の続編となるノンフィクションかと思いきや、女子プロレスラーのインタビュー集でした。2009年3月から11年3つきまでのおよそ2年間にわたって雑誌「kamipro」と「kamipro Special」と携帯サイト「kamipro Move」に掲載されたものをまとめた内容となっています。 本書のカバー裏表紙には、以下の内容紹介があります。「1993年4月2日、全日本女子プロレス、JWP、LLPW、FMWの4団体が横浜アリーナに集結し、史上初めてオールスター戦が開催された。…
一条真也です。『1985年のクラッシュ・ギャルズ』柳澤健著(光文社未来ライブラリー)を読みました。著者は1960年東京都生まれ。ノンフィクションライター。慶應義塾大学法学部卒業後、空調機メーカーを経て株式会社文藝春秋に入社。花田紀凱編集長体制の『週刊文春』や設楽敦生編集長体制の『スポーツ・グラフィック ナンバー』編集部などに在籍し、2003年に独立。著書に、ブログ『完本 1976年のアントニオ猪木』、ブログ『1964年のジャイアント馬場』、ブログ『1984年のUWF』、ブログ『2000年の桜庭和志』で紹介した一連のプロレス・ノンフィクション、ブログ『2016年の週刊文春』で紹介した古巣のノンフ…
一条真也です。6日の日曜日の朝、迎えの車に乗って、JR小倉駅へ向かいました。この日は、名古屋に出張するのです。父が逝去してから初めての出張ですが、以前から出演を約束していた映画「男神」の撮影に参加するためです。 JR小倉駅の前で JR小倉駅のホームで 映画「男神」は、普遍的な家族愛を描くファンタジーホラーです。わたしが演じる役ですが、当初の神主から商工会議所の会頭に変更されました。喪中なので、さすがに神主になるのはまずいと思ったからです。JR小倉駅から11時52分発の東海道新幹線のぞみ26号に乗車しました。 のぞみ26号の車内で 車内ではマスクを着けました 昼食にいただいた「秋のかさね箱」 「…
著者:柳澤健発行元:双葉社 1993年の女子プロレスのまとめ 1993年の女子プロレスを読んだ理由 1993年の女子プロレスで仕事に活かせるポイント 1993年の女子プロレスの目次 1993年の女子プロレスの感想 1993年の女子プロレスのまとめ 1993年の女子プロレスといえば団体対抗戦がピークを迎え、北斗晶と神取忍が日本プロレス史に残る戦いをした年ですね。ビューティーペアの時代とも、クラッシュ・ギャルズの時代とも違った1990年代の女子プロレス。ビューティーペアに憧れた人と、ダンプ松本を超えたかった人と、クラッシュに憧れた人と、クラッシュになりたかった人のインタビューを集めた一冊。 199…
著者:柳澤健発行元:双葉社 1964年のジャイアント馬場のまとめ 1964年のジャイアント馬場を読んだ理由 1964年のジャイアント馬場で仕事に活かせるポイント 1964年のジャイアント馬場の目次 1964年のジャイアント馬場の感想 1964年のジャイアント馬場のまとめ 日本におけるプロレスの父は、力道山。日本にアメリカから本物のプロレスを輸入してきたのはジャイアント馬場。そして、日本でプロレスを新世代のエンターテイメントに昇華させたのがアントニオ猪木。おなじ力道山を師匠に持ちながら、それぞれ独自の道を歩んでいった猪木と馬場。日本プロレスを取り巻く様々な思惑、様々な大人の状況によって、二人はそ…
今回は現在読んでいる『1964年のジャイアント馬場』を紹介します。 作者は『1976年のアントニオ猪木』や『1984年のUWF』などプロレス・ドキュメンタリーでお馴染みの柳澤健。 70年代、80年代ジャイアント馬場、ジャンボ鶴田が元気だった頃、本当にプロレスが好きでした。 一番のお気に入りはもちろんジャイアント馬場。ジャイアント馬場のアメリカ修行時代は色々と読んでいたので、歴史的な事実や骨組みは全て知っているつもりでした。しかし新しい発見は沢山あります。 とはいえ、文庫本で780頁というボリューム。 読みやすい本ですけれど、流石に全部読むのは時間がかかります😅 これはプロレスを本当に理解した若…