正徳5年11月25日。渡辺新左衛門が京へ結納の使いとして尾張を出発する。200両を拝借する。御供番は魚住半右衛門も出かける。直参衆は評定所へ出向くようにとの手紙が一昨日御目付からある。御目付が直接触れる衆だけが出向く。御馬廻・御書院番などは出向かず。大寄合から下の者には周防守(織田貞幹)が申し渡され、奥田仙右衛門が書付を読む。早朝から何れも出向き、未(午後1時)過ぎまでかかる。殊の外大勢で混乱すると。天和の時は主税殿の屋敷へ朝からと昼からの2つに分けたとのこと。その時は寄合以下は昼から出向いたと。瑞祥院様(徳川吉通正室)の飯米は必要なだけであったが、来る申年からは300石ずつに、金は6000両…