「……そなた、下野国の御厨にいたことはないか」 「いいえ」 「御厨ノ牧にいたことも」 「ありません」 「では、生国は」 「越前とだけ聞かされておりますが」 「越前」 と、息をひいて。 「じゃあ違っていたか。 余りにも、そなたが牧長の娘とよう似ていたゆえに。 ……いや、それが悪いっ。藤夜叉、それも、おまえのせいだ」 いきなり彼は藤夜叉を仆して下におし伏せた。 悲鳴にちかい驚きと本能的な手むかいが 高氏をなお火にさせたことは争えない。 しかし彼女の爪が、彼の頬を血に染まさせたとは見えなかった。 ただ朧な中の本能の狂いを、一瞬《いっとき》、 梅が散り騒いだだけであった。 虚脱したものみたいである。 …