貞和3年(1347)12月7日から数日間、京都で不審火が多発しました。その内容を『大日本史料』第6編之11冊、40頁に収録されている『師守記』からまとめると次の通りです。 7日丑(午前2時頃) 錦小路堀川が焼亡。少納言阿闍梨の宿が焼失。 7日亥(午後10時頃) 二条東洞院の西頬が焼亡。綾小路重資の宿が焼亡。 8日丑(午前2時頃) 綾小路西洞院が焼亡。その他所々で火事あり。 13日夜 春日室町が焼亡。出羽左京亮の東隣が焼亡。 14日夜 大舎人の辺りで焼亡あり。 15日亥(午後10時頃) 樋口油小路焼亡、空阿弥陀堂が焼失。 16日卯(午前6時頃) 持明院北大路が焼亡。松殿忠冬の宿所が焼亡。 仙洞御…