南北朝時代の武将。河内の悪党とされる。 1331年(元弘1)後醍醐天皇に応じて幕府へ挙兵。 篭城戦で大軍の幕府軍を翻弄。幕府の権威を失墜させるのに成功し足利高氏(後の尊氏)や新田義貞らの謀叛への遠因となる。
戦後建武政権下で河内国司と守護を兼任。和泉守護にもなった。 のち、後醍醐天皇の南朝に反抗し九州から東上する足利尊氏と戦う。 多勢に無勢であったが、天皇の命により出陣。奮戦むなしく湊川の戦いで戦死。
江戸時代より講談の主人公となる。 大楠公(だいなんこう) 1294〜1336。
2026年8月9日湊川神社に行ってきました。 兵庫城の後に行ってきたのです。 通算2回目、前の訪問記はこちら。 fools-talk-to-oneself.hatenablog.jp 3年ぶりですね~ 地下鉄のハーバーランド駅とJR神戸駅は隣接していますので、地上に出るとすぐにお社が見えて参ります。 ちょっとお天気が崩れ気味です(´・ω・`) 落ち着いた感じで、癒されます。 ふと見上げると瓦はナマズ?いえ、鯱なんです。 宝物殿は今日の公開を終えていました、がっくり_| ̄|○ この宝物殿とは、ご縁がなかなか合いません。 今日も爽やかな本殿、お参りをしたところで、にわかにゴロゴロ!! 見上げると、…
山下清 ✕ 手塚治虫 7/12【誕生日】1394/7/12 - 1441/7/12:足利義教(生没日同じ) 1730-1795:ジョサイア・ウェッジウッド 1817-1862:ヘンリー・デイヴィッド・ソロー 1854/7/12 - 1932/3/14:ジョージ・イーストマン 1880/7/12 - 1962/10/6:トッド・ブラウニング 1884/7/12 - 1920/1/24:アメデオ・モディリアーニ/1884-1957:ルイス・B・メイヤー 1886-1956:ジーン・ハーショルト 1895-1960:オスカー・ハマースタイン2世 1902-1945:西竹一(バロン西) 1904-19…
ここは皇居前広場。 丸の内のオフィスビルを背に建つ銅像は? 水戸黄門が顕彰し、幕末の志士達が崇敬した楠木正成像! 正成が馬上から見守っているのは皇居。 明治政府は忠臣大楠公として正一位を追贈! 国民教化の象徴として神格化してゆきました。 www.youtube.com この歌に登場するのは長男正行ですが・・・ 今回フォーカスするのは三男の正儀 d(^_^o) 正儀(まさのり)は兄達が討死した後楠木氏の頭領となり、やがて南朝方の総大将になりますが・・・・・(^_^;) 楠木正成像から北北東に徒歩16分! 途中東京駅を右手に見ながら大手町へと向かいます。 江戸城の正門「大手門」の前に位置するから大…
山口市吉敷にある維新百年記念公園よく行くウォーキング場所のひとつだ~♪アンズやホトケノザが咲き、まさに春~楠木正成の銅像はないが、楠木マサシのクスノキがある楠木正とは、正しく人間に見えるクスノキに自分が勝手につけた名前~(笑)お近くの方は、楠木正を探してみませんか~♪場所のヒントはこの園内マップにある~!遠方の方は、クスノキをお聴きください~♫
2026年3月6日恩智城に登ってきました。 今日は11時くらいまで用事があって、仕事を休んでしまい、午後から探索に向かってしまいました(´・ω・`) 初めてのお城です、場所はこんなトコ。 あれ?先週探索した高安城、信貴山城に近いですよ(笑) そう背後は大阪と奈良の間の生駒山、葛城山系なのです。 そのせいで私なりにですが、面白いことに気づきましたので、後で書くことにします。 もっとも皆さんご存じのことかもしれません(´・ω・`) その名も恩智駅で降ります。またもや近鉄大阪線を利用。 隣りは高安駅ですが、そこからはケーブルは出ていませんので要注意。 ケーブルが出ているのは、信貴山口駅です。 駅には…
2月15日 馬見岡綿向神社(滋賀県蒲生郡日野町) 滋賀県蒲生郡日野町で3月8日まで開催中の『日野ひなまつり紀行 2026』。旧市街地をぶらぶらしながら、馬見岡綿向(うまみおかわたむき)神社にやって来ました。 毎年、この時期だけに訪れるのが恒例となってますww 享和3年(1803年)に再建された拝殿。 日野町の霊峰 綿向山の頂上に鎮座していた綿向大神(天穂日命)を平安時代の延暦15年(796年)に現在の地に遷宮して祀ったのが始まりとされる古い神社です。 その後、この地域を支配し、城下町を築いた蒲生家が氏神として庇護し、江戸時代には近江日野商人たちから開運の神様として崇敬を受けました。 宝永7年(…
太平記によると建武3(1336)年5月、九州から大軍を率いて上ってきた足利尊氏を討つため、楠木正成(まさしげ)は、摂津湊川へ向かう途中、西国街道の桜井駅に進軍した。 公園内にある旗立松は、この地に進軍した楠木正成が、これに軍旗を立てかけ、父子が決別した場所とされている。 正成は、11歳の息子・正行(まさつら)に、「兵庫へは討死覚悟で出陣するが、汝は故郷の河内へ帰るように」と告げる。しかし正行は「年若くとも死出の旅は父上の供をしたい」と切々と願い出る。ところが正成は「私の死後は尊氏の天下となろう、その日に備え成長し、国の為に天皇に仕えよ。いつの日か必ず朝敵を滅せ。」と諭した。 「老いた母の元に帰…
前回、足利尊氏という「孤独な怪物」の実像について触れましたが、今回はそのライバルたち、楠木正成と新田義貞を巡る**「評価の怪」**について深掘りしてみたいと思います。なぜ彼らのイメージは、これほどまでに極端な「善悪」に振り分けられたのか。その裏には、日本人の価値観を根底から書き換えた巨大なパラダイムシフトがありました。 ① 泰平の世が生んだ「絶対服従」へのパラダイムシフト 私たちが50年前に教わった「絶対的な忠義」という道徳。実はこれ、中世の武士たちには存在しない価値観でした。 尊氏や正成が生きた時代の絆は、もっとドライで双方向的な**「御恩と奉公」です。「主君が土地を保証するから、部下は戦う…
鎌倉時代と室町時代のはざまに生じた「南北朝時代」というある種特異な時代に名を馳せた楠木正成。時代の変遷に応じてその評価がまさに毀誉褒貶してきた人物。 この楠木正成の謎を解くことが、早乙女修吉が襲われた事件の解明に直結するというミステリー小説。歴史ミステリー好きには楽しめると思う。 本書は単行本として 2013年4月に刊行された。2016年3月に文庫化されている。 鎌倉時代末期、後醍醐天皇の倒幕計画に楠木正成は加担する。笠置山の戦いで敗れた後醍醐天皇は隠岐に配流されるが、翌年隠岐を脱出する。足利尊氏や新田義貞も後醍醐天皇側に加わることで、鎌倉幕府は滅びる。「元弘の変」と称される。 後醍醐天皇は「…
半世紀くらい生きてくると いろいろな経験もする ふと、頭にことわざが 浮かぶことありませんか? そんなRakerakeの頭に浮かんだことわざたちは 早起きしなくちゃいけない日には 早起きは三文の徳 人のいない静かな町並みは気分も上がるぜ……🥱 すごく嫌なやつに嫌なこと言われた日には 肉を斬らせて骨を断つ 次回はないと思え……この使い方、あってますか? 仕事できない上司に嫌味言われたら 能ある鷹は爪を隠すだ! お前にはわかるまい ニヤリ あたしが輝くのはココではない 就職の面接とかで 「あなたの座右の銘はなんですか?」 とかの質問あったけど なにを計ってたのかな? 石橋を叩いて渡る 石の上にも三…