1555年7月に朝倉勢の加賀侵入から始まった戦役は、翌56年4月にひとまず休戦という形で収まり、加越国境は静かになった――ここしばらくの間は。 1559年12月、正親町天皇の綸旨により本願寺は「門跡寺院」になる。門跡とは皇族・公家が住職を務める寺院のことを指し、寺格としては最上位のものである。顕如は得度する直前に摂関家である九条家の猶子になっているので、十分にその資格はあるのだ。 なお比叡山の名門・青蓮院は名高い門跡寺院のひとつであり、本願寺はその青蓮院の末寺なのである。つまり末寺であった本願寺が、青蓮院と同格の門跡寺院として認められたということになる。 門跡となったことで、本願寺に連なる者た…