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こにしき(言葉、日本社会、教育) このページをアンテナに追加 RSSフィード

August 26, 2016

英語教育学会に平和を!「教育的示唆」という用語は禁止!

一行要約
教育的示唆という言葉を禁止し、代わって「実務的示唆」という言葉を使えば英語教育学会に平和が訪れる

以下の話を枕に。

私はD1博士論文研究テーマを変えてから,私の研究の多くが言語処理の研究になっていました。いわゆる基礎研究というやつです。...はっきり言って,こうした研究から直接的に導き出される教育的示唆はありません。論理を飛躍させて教育的な示唆を無理矢理ひねり出すよりは,「教育的な示唆はありません」という態度を取ることが,基礎研究をやる者としての誠実な態度であると思っていましたが,それも発表する場によるということは勉強になりました。「全国英語教育学会」という名前の学会なのに教育的な示唆がないならその研究をここで発表する意味は何かと言われたら「はいすみません」というしかありません(実際に明示的にそう言われたわけではないですけど)。


教育的な示唆はありません | 英語教育0.2


英語"教育"の学会なのに、教育的示唆がないというのは不誠実だ」。

このような「定形化された批判」がこの業界には浸透している。

この種の論難は、基礎研究と呼ばれる分野に投げかけられることが多い。上の引用にもあるとおり、教育的示唆が相対的に「ひねり出しにくい」分野だからだ。

こうした不幸は、英語教育学会でほぼ定義なしで使われている「教育的示唆」という言葉が99パーセント悪い。この言葉を禁止すれば平和が訪れると思う。


この場合「教育的」は「実務的」という意味

あなたの研究の教育的示唆は何ですか?」と(詰問気味に)問う時、そのほとんどが「教師に対する実務上の示唆は何ですか?」と聞いているのである。

一方、「英語教育学会」という言葉における「教育」は、実務だけを意味しない。教育に関する理論も含むし、教育制度を意味することもある。

したがって、「英語"教育"の学会での発表ならば、"教育"的示唆を述べるべきだ」という論難は、前段と後段とで異なる意味で「教育」を使ってしまっている。つまり、この批判のレトリックがある種の説得力を持つのは、こうしたナンセンス用法に起因しているに過ぎない。

しばしば上記の対立は、現場志向研究者と基礎研究者の深い溝のように表現されることはあるが、実態はなんてことはない、レトリックに起因する問題である。研究者としての立ち位置の違いやイデオロギー対立などではない。その証拠に、後述するとおり教育的示唆を実務的示唆で言い換えてみれば、上記の論難は意味をなさなくなる。「英語教育学会なのだから、実務的示唆を述べるべきだ」では意味がわからない。


結論としては、「教育的示唆」という言葉を使うのをやめる、あるいは禁止する、である。これによって、この不幸は簡単解決すると思う。


教育研究における3種類の示唆

「教育系の学会なんだから教育的示唆も述べるべきだ」と言う先生は、たとえば 日本教育学会の発表にも同じことを言うのだろうか?

当然ながら、日本教育学会は、日本において最も権威がある教育系学会の一つである。しかし、その学会発表では、(実務的示唆という意味での)教育的示唆が述べられることは決して多くない。

というのも、教育学には教育学固有の関心があり、その枠内できちんと議論する限り、必ずしも実務上の示唆に言及する必要はないと見なされているからである。

教育学固有の関心事を分類すれば、(1) 教育学の理論上の検討課題(および先行研究の理論的考察から導き出された検討課題)、(2) 理論的な問題ではないが教育制度・教育政策にインパクトのある検討課題、(3) 教師の実際の指導に直接関係する実務上の課題にわけられる。

したがって、日本教育学会では(実際は、別の学会だって良いのだが)以上の3つの方向性の示唆は問題なく「教育に関わるという意味での"教育的示唆"」になり得る。

しかしながら、「教育的示唆」という言葉がミスリーディングを引き起こす不幸な言葉である以上、やはり使わないほうが無難だろう。代わりに、以下の3種の「示唆」の使用お勧めしたい。つまり、理論的示唆、政策的示唆、実務的示唆である。

┌─(1) 理論的示唆
│
└─(非理論的示唆)─┬─(2) 政策的示唆
           │
           └─(3) 実務的示唆

研究に何らかの示唆は必要

ただ誤解してほしくない点は、「実務には関係ない研究だから示唆はなくてもよい」という話ではないということだ。

理論的考察もない、政策提言もない、実務的示唆もない、そのような研究発表が英語教育学会でしばしば見られるのは事実だ。たとえば、思いつきでアンケートを配って、回答者パーセンテージだけをグラフでばあっと示すだけの発表だ。

そんなときは、「この研究の示唆は何か」と問うのは正当だ。

いや、むしろ、理論的示唆・政策的示唆・実務的示唆のいずれもがない研究というのは、厳しく批判されてしかるべきだろう。


教育的示唆を「ひねり出す」ことによる害

なお、無関係な研究結果から「実務的示唆」をひねり出すことは、単に基礎研究者としての誠実性に欠ける場合があるだけでなく、実務者へ害を与える場合もある。

その点でも「教育的示唆」という言葉は罪が深い。

その点は後日。

August 22, 2016

論文が出ました(イングリッシュディバイドの計量分析)

私の論文が出版されました(オンライン先行公開)。社会が豊かになればイングリッシュディバイド(英語力獲得機会の格差)は減少するのかどうかを、日本を事例に計量分析に拠って検討しました。

結論は、残念(?)ですが、けっこう悲観的です。(つまり、豊かになってもそれだけでは英語格差は縮小しない)


Takunori Terasawa, 2016. Has socioeconomic development reduced the English divide? A statistical analysis of access to English skills in Japan. Journal Of Multilingual And Multicultural Development. Vol. ? No. ?.

http://www.tandfonline.com/doi/full/10.1080/01434632.2016.1221412

August 20, 2016

JASELE2016 寺沢の発表、質問フォーム・資料等

発表者・タイトル・日時場所

寺沢拓敬. (2016).「英語教育学における『実態調査』の批判検討」(全国英語教育学会2016年8月20日13:30-13:55. 第25室)


質問フォーム

以下のリンククリックして質問等を入力して下さい。


要旨(361文字

本発表の目的は、英語教育学で頻繁に行われている「実態調査」の問題点を検討し、より良い実態解明方法論を提案することである。なお、「実態調査」は次の3条件を満たすもの定義する。(a)対象英語指導に直接関与するアクター(例、教員および学習者)が対象。(b)一般志向特定現場を前提にした調査で、理論上の一般化は志向しない。(c)分析方針:調査データボトムアップ的に分析する(あらかじめ設定した比較的少数の問いを検証するわけではない)。本発表では、(1)先行研究の実態調査の多くがアンケート(多肢選択にせよ自由記述にせよ)によるものである点を確認し、(2)アンケートは特定の現場の実態記述には向かない点、および、(3)アンケートの「流行」の陰で、インタビューをはじめとした質的研究手法が不当に軽視されている点を論じる。


予稿集原稿pdf

以下のリンクから閲覧・ダウンロードして下さい。


当日言及する予定の文献