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こにしき(言葉、日本社会、教育) このページをアンテナに追加 RSSフィード

January 15, 2017

備忘録:ファイル復旧ソフト比較

スマホ内のSDカードのファイルが壊れたので、ファイル復旧ソフトのトライエラーをやるはめになった。文字通りトライ&エラーだった。

その1 Recuva

以前使用したことがあったフリーソフトPCの中に入っていたので使った。

SDカードとの相性、あるいはSDカード内の破損ファイルとの相性が悪かったせいか、SDカードをスキャンさせると途中で動かなくなった。(Cドライブなどであれば問題ない)

その2 Wondershare データリカバリー

復旧されたサムネイルが吐き出された。

ただし、数百メガバイトまでしかリカバリーできず、あとは有料。5900円なり。

値段にちょっとびびった。

その3 EaseUS Data Recovery Wizard Free

上に同じ。復旧成功。だが、試用版の使える範囲は狭い。アップグレードの値段がさらに高い。


その4 Zero Assumption Recovery

どうもフリーソフトらしいのでいいかなと思ったが、インストール後に起動しようとしたところウイルスソフトに弾かれる。(しかも「危険度:高」と出ている。

ウイルスソフトを解除して実行するほどの度胸はないので見送る。


その5 DiskDigger

復旧成功。

ファイルリカバリもちまちまひとつづつクリックするなら無料

しかし、一括リカバリみたいなことをしたい場合、金を払わなくてはいけない。

値段を見ると、15ドルだったので、まあいいかと払ってしまう。


以上。

January 01, 2017

2016年にしたこと

2016年の振り返りを、2017年元日に書くシリーズ


アカデミックな業績は以下参照。

寺沢拓敬 - 研究者 - researchmap


査読付き系の業績

国際誌一本、国内誌一本。いずれも、2015年以前に勉強した「貯金」をもとにした論文なので、2016年の成果というとちょっと違う。


英語教育時評

大修館『英語教育』の英語教育時評(要はコラム)でリレー連載を持った。これも2015年以前の貯金ベース


講演

講演にも呼んでもらった(上記のリサーチマップ参照)。エビデンスベースト関連の話なので、これも2015年の貯金。


メソドロジーワークショップ講師も依頼された。

LET2016 ワークショップ 「外国語学習・教育・授業の 研究「方法論」入門 ―量的研究と非量的研究―」

正直、各メソッドの細かいハウツーの話にはあまり興味はないのだが、メソドロジー(methods の認識論的/実務的使い分け)の話は大好きなので、楽しめた。夏休み前半はこの準備のためにいろいろメソドロジーの本を読んで、勉強にはなったんだが、逃避のためにメソ本を読んでる感もなくはなかった(上述の国際誌論文の修正投稿期限が目前に迫っていたので)


インプット

2016年のアウトプットはほとんどが2014年までの業績中心。2016年に何か新しいことを生み出したかというとそんなことはなかった。まあ、専任一年目なので仕方ないとしよう。

インプットを大量にしたかというとそんなことはなくて、本をむさぼり読んだというわけでもない。ただ、なんとなく今後の方向性みたいなのは決まり始めた。

単著1冊目が「歴史的アプローチによる経験研究」、2冊めが「計量的アプローチによる経験的研究」なので、次あたりは理論研究を考えている。アクセシブルなデータももあんまりないしね。

方向性としては、要は「北米の応用言語学の"最先端"の後追い」的なことを考えている。英語教育と政治経済 (political economy) あたりが取り急ぎのテーマ。北米に留学したこともない私がなぜ北米の「輸入」をやっているかってのはよく意味がわからない。

日本人英語社会学英訳

ありがたいことに平成28年科学研究費補助金研究成果公開促進費)をもらえて、拙著『日本人と英語の社会学』の英訳版が、Trans Pacific Press から出版予定。

https://www.jsps.go.jp/j-grantsinaid/13_seika/data/seika_saitaku/h28_seika_saitaku.pdf

書名は、Rethinking English-language Education in Japan. (仮題ではなくてこれで確定です。出版助成に応募するにあたって書名は確定版を出すことになっているので)

現在、絶賛校正中(校正開始したばかり)。2017年末か来年初頭には出る予定です。


ヤフーニュース個人)が本格的に復活

ヤフーニュース(個人)での執筆を2015年春からはじめていたんだけれど、長い間放置していた。なんとなく夏頃に再開した。意外にもなかなか良いプラットフォームだと思った。

英語教育関連を中心に書いていた関係で「誰がこんなニュース注目するんだよ」と半信半疑だった。実際、ほとんど話題にならず、ページビューは並み居るオーサーのなかで最低クラスだと思う。

ただ、ある記事きっかけで東京FM電話出演に呼んでもらったりもして(以下)、ヤフーニュース単体では影響力はなくても、ポジティブフィードバック効果も起きたりするんだなあということを実感した。

小学校英語教科化をめぐって、日本人と英語にまつわる誤解(寺沢拓敬) - 個人 - Yahoo!ニュース

ウェブメディアではページビュー優先の若干(あるいはだいぶ)誇張した記事を書く人もけっこういる。ページビューと広告収入は比例するわけでフリーライターだと確かにそっちのほうが合理的な場も多そうだが、私はフリーランスではないので、マニアックなテーマを正確に書いていきたい。

なお、ここでの「正確性」は悪意を込めずに淡々と書くという意味ではない。

「正確な記事=悪意のない記事」みたいな等式で考える人がたまにいる。(そして、これが大修館『英語教育』の各記事がつまらなくなる原因のひとつであるしかし、正確性と悪意は必ずしも対立するものではない。自分場合、悪意(というか憤り)みたいなのはが文章を書く原動力なのでそこを省くのはちょっと考えられない。

「悪意があると、内容がよくても拒否反応を示す人がいるからやめたほうが・・・」と忠告してくれる人もいる。「悪意のにじみ出る文章のほうが好きな人がいる」という事実認識しているのだろうか。長期的に見たら、どっちが損か得かというのは一概にいえないように思う。もちろん、「悪意に基づく不正確な記事」が長期的に損になることはまあ間違いないだろう。

December 27, 2016

8章. 彼女たちのネイティブライクな発音はなぜ日本人発音に変わったのか

以下の続き。

Katayama, A. 2015. Two Classes, Two Pronunciations: A Postmodern Understanding of Power in EFL Students’ Classroom Performance. Horiguchi et al. (Eds.) Foreign Language Education in Japan, 119-132. Sense Publishers.

http://link.springer.com/chapter/10.1007/978-94-6300-325-4_8


8.1. Introduction

8.2. Michel Foucault's concept of power and discourse

・"how of power" question: "Foucault attempted to generally explicate how power was internalized by individuals"

・power formation のなかで集団を秩序付けるのが discourses

・discourse は「話すべきひと」「話されるべきこと」を authorizeし、特定のひと/ことを排除する


8.3. Study

8.4. Site

西日本短大英文科。27人の生徒。4Bクラスから「4Bers」と呼ぶ。

Phonetics Class と Discussion Class がある。

8.5. Participants and their one-year trajectory

調査をしていくなかで発音の問題が salient になったからより深く調査した」という記述あり。


8.6. Two courses, two discourses, two pronunciations

Phonetics コース:同校の伝統的なクラスで、IPAを使ってネイティブライクの発音指導をLanguage Labで叩き込むコース。4Bersは、語彙や文法知識を増やしたいということは殆ど言わなかったが、一方「きれいな発音」習得には情熱を示した。


8.7. Discussion course

ディスカッションコースになると、Phonetics コースでは見られた 4Bersのネイティブ志向の発音がなりをひそめ、典型的な日本人発音に変わった。


8.8. Discussion

・【雰囲気という言説】通常のクラスルームではとてもアクティブ学生が、なぜグループワークでは発話が減ったのか。"Because the fun-iki of the class is already fun-iki of not speaking English" "The ambiguous term, fun-iki, "atmosphere" well reflects the Foucauldian notion of discourses. "

日本という教育慣習が power として働く】「Discussion クラスでは積極的にならず、Phonetics クラスでは積極的になる」というpractice には、"Japanese-medium, teacher-centered, drill-based classes in which perseverance and repetition are required" が深く根ざしている。


8.9. Conclusion

研究は、「なぜ英語教育改革施策現場に導入すると失敗するのか」を明らかにするヒントがあるかもしれない。失敗に how of power が絡んでいるか