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こにしき(言葉、日本社会、教育) このページをアンテナに追加 RSSフィード

December 07, 2017

寺沢ゼミ、12月は『はじめての英語教育研究』を読んでいます。


12月の計4回の授業で、同書の3章・4章・5章・6章をそれぞれ読んでいます。

ゼミ生は夏休みレポートとして、ミニリサーチをしました。研究法について学ばないまま、ぶっつけ本番でのリサーチだったので、多々、課題にぶつかりました。その時の疑問を解消できればよいなと思います。



3章(2017年12月1日

ディスカッショントピック

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寺沢のコメント
p.39 図書の下位分類
図書の下位分類として和書洋書論文集という分け方をしていて、出版プロセスに関する区別としてはわかるが、図書の守備範囲想定読者の点からさらに次の点は区別したほうが良いように思う:(a) 教科書、(b) 学術書、(c) 大衆向け読みもの。さらに、人文社会系だと (d) 知的一般書(b と c の中間)という区別もあり得る。(a) と (c) は基本的勉強としては良いだろうが(また「文献データ」として扱うなら問題ないだろうが)、卒論を書く上での先行研究として使うのはけっこう難しいだろう。

p.39 学術書の下位分類
学術書を初学者が扱うのは実はけっこうややこしそうだ。最低でも次のものはかなり性格が異なる:モノグラフ(各章は厳密に連携している)、論文集(各章のつながりはゆるやか)、単著化された学位論文。さらに言うと、論文集は、特定テーマに基づいた論文集という「王道」の一方で、「◯◯先生退官記念論文集」みたいなほとんど中心的テーマがないものもある。紀要を含めてこの辺の日本的(?)特殊事情はどの段階で理解すべきだろうか。

pp.39-40
図書・学術誌・論文・その他という分類をもとに論じているが、前三者は議論のレベルが違うのではないだろうか→ 論文⊂(図書|学術誌)

p.42
インターネット書店説明なので「日本の古本屋」にはカッコが必要。(少なくともゼミ生の一人はこの部分を誤解)


4章(2017年12月8日



ディスカッショントピック

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寺沢のコメント
p.68 PICO/PECOの原則因果モデルが前提
PICO/PECOの話は研究デザインを反省するのに便利だが、因果モデルを前提にしている点に注記があったほうが親切に感じた(ま、好みの問題かも)。一般的フィールドワーク研究や歴史研究でPICOに則ることにはあまり意味がない(意味がないからこそ、パッケージ化が難しいのだが)
pp.71f
事例研究、調査研究、実験研究というユニークな三分法は意欲的な分類と言えるが、疑問も残った。以下に述べる。
p.71 事例研究の定義
「(ある事例を取り上げ)観察したり聞き取りを行ったりする」という定義の仕方では、後の議論で登場する「調査研究」との区別が難しいだろう。事例研究の例として示されている千田 (2014) の研究も、調査研究に含んでも問題がなさそうに思える。一方、上記の定義の仕方では、特定の国の英語教育政策分析や特定の学校コースカリキュラムに関する分析という、政治学教育学経営学等での王道的な事例研究は除外されてしまう(とくに史資料を用いる事例研究は上記の定義では確実にこぼれ落ちる)。もちろん本書独自の定義を採用することもあり得るが、以上のような無用の混乱を避けるため、先行研究に従っておいたほうが無難に思える。たとえばアレキサンダーベネット社会科学ケーススタディ』(勁草書房)のように、たとえば「研究者理論的に選択した事例(=境界が理論的に明確に区切れる単一出来事事象)を総合的に理解する研究」程度であれば上記のような齟齬が生じないと思う。

pp.71-3 調査研究・実験研究の定義
いずれも30字程度のごく簡潔な定義である点が心もとない。定義の直後に「例えば、…」とすぐ例示が来るが、この例示では各研究の外延を示すことは難しいだろう。たとえば、「調査研究」の項目で例示されているものは質問紙調査を前提にしたものだが、フィールドワークも調査研究に含むが普通ではないだろうか。

p.78 フィールドノーツ
これは本書の評価とはまったく関係ない独り言。「英語教育の分野ではあまり見られませんが、日本語教育や保育の分野では、フィールド・ノーツの記録をデータとして収集し、分析している研究があります」の部分。定義上、フィールド・ノーツに依拠しないフィールドワークはあり得ないわけで、これは英語教育研究でフィールドワークがいかに行われていないかということだろう。英語教育研究で質的研究が増えているとしばしば言われているが、実際にフィールドに入る研究は(日本大学院では)ほとんどなされておらず、お手軽なインタビュー研究が大多数を占めるという現状。なかなか気が重い。参考→https://www.jstage.jst.go.jp/article/esjkyoiku/11/0/11_133/_article/-char/en

p.80 自由記述型の質問紙
自由記述型の質問紙は、かなり限定的な状況でしか意義が発揮できないように思う。参考→http://d.hatena.ne.jp/TerasawaT/20151211/1449828836

p.81 構造化インタビュー
構造化インタビューは、(半構造化/非構造化インタビューと異なり)量的な社会調査で主に用いられる手法だと思う。したがって、図4.8のようにマッピングするのはミスリーディングだろう。

文献 p.207下から3行目
誤『実践研究のすすめ』→正『実践的研究のすすめ』

  

5章(2017年12月15日


ディスカッショントピック

寺沢のコメント


6章(2017年12月22日


ディスカッショントピック

寺沢のコメント



December 05, 2017

週刊女性からくだらない取材が来た

最初は真面目な取材かと思ったので丁寧に答えたら、言質がほしいだけだったようだ。僕が返答する前に当該記事をアップしていたからだ。せっかく丁寧に答えたのに損した。その損を少しでも取り返すためにここにアップする。

なお、以下の引用中のリンクは、僕が挿入した。

9月29日15:28 先方→寺沢

寺沢 様

メールで失礼いたします。

週刊女性の●●●と申します。

ご存知かと思いますが、弊誌には週刊女性prime』というWEB版の雑誌がありまして、今回、先日放送された『林先生が驚く初耳学!』の中で紗栄子さんが自身英語教育方法否定されたことに関して、林先生の言っていたことは正しいのか、紗栄子は本当に間違っているのか、という紗栄子さん擁護の記事を書こうと思っていましたところ、寺沢先生が書かれたYahoo!ニュースの記事発見いたしました。読ませていただいたところ、まさにその通りだと思い、記事の引用をいたしたいと思っているのですが、1つお伺いしたいのは、結論として英語が上達するためには、小さいころから習うか大人になってから習うかそれほど関係はないと言ってしまっていいのか、あるいは本当は小さいころから習ったほうがいいのか、どちらなのか、教えていただけますでしょうか


お忙しいとは存じますがなにとぞよろしくお願いいたします。


*********


株式会社 主婦と生活社

『週刊女性』編集部

●●● ●●



9月29日18:11 寺沢→先方

●●●様、

ご連絡ありがとうございます

早速ご質問への回答です。


> 結論として英語が上達するためには、

> 小さいころから習うか大人になってから習うか

> それほど関係はないと言ってしまっていいのか、

> あるいは本当は小さいころから習ったほうがいい

> のか、どちらなのか、教えていただけますでしょうか


これは、「英語が上達する」「習ったほうがいい」の定義次第です。

学者ありがちな曖昧な言い方に聞こえるでしょうがが、これは本当に定義次第で答はイエスにもなるしノーにもなる問いなのです。

例えるなら、「いじめ犯罪か?」という問いのようなもので、「いじめ」の定義次第では答はイエスにもノーにもなるわけです。

どういう定義を採用したうえで記事を書くのか教えていただければ回答できるかもしれません。


寺沢



9月29日18:43 先方→私

寺沢様

お忙しいところ、返信ありがとうございました。

それでは、結論は書かないでおきますが、仮に「習ったほうがいい」が定義の場合どうでしょうか。


この返答を見て脱力し、脊髄反射gmailの「アーカイブボタンを押した。


それはさておき、「ご存知かと思いますが、弊誌には週刊女性prime』というWEB版の雑誌がありまして」とか、この自信がどこから湧いてくるのか知りたい。俺はこう見えても中年男性なんだけど。

November 29, 2017

『言語政策リサーチメソッド・実践ガイド』Chapter 2 (by Nancy H. Hornberger)

Hornberger, N. H. (2015) Selecting Appropriate Research Methods in LPP Research: Methodological Rich Points, in Research Methods in Language Policy and Planning: A Practical Guide (eds F. M. Hult and D. C. Johnson), John Wiley & Sons, Inc, Hoboken, NJ. doi: 10.1002/9781118340349.ch2

著者であるホーンバーガーは、Michael Agar の "rich points" という概念方法論の議論拡張し、methodological rich points と名付ける。その上で、言語政策/計画にかかわる現象における methodological rich points の可能性を考察している。

ここでの rich points とは、大雑把に言えば、多様な概念・現象が接触/衝突するため、既存の枠組みでは説明解釈できず、だからこそリサーチ・理論前進させる推進力を持つもの、という意味のようだ。

その重要性はわかるんだが、自分発明した methodological rich points という用語愛着が強すぎるのか、「で、何?」という読後感。この概念を採用すると世界はどうよくなりますか(プラグマティズム)?

タイトルは「適切なメソッドの選び方」なわけで、methodological not-rich points と比較しないと、何が適切で何が適切ではないのかわからないと思うんだけど・・・

また、リサーチメソッドの選び方という概論にあたる章にもかかわらず(実際、1章では概論的な話はない)、「私信によれば、ジョシュアフィッシュマンは "LPPビッグフォーの一人" と目されていた」とかどうでもいい情報がある一方で、リサーチの全体像が示されていないのも気になる。引かれている事例が著者の専門分野であるエスノグラフィーだけという構成ちょっとどうなんだろうか。


  • Introduction
  • LPP as an evolving theoretical and methodological terrain
  • Methodological rich points
    • Who researches whom in LPP?
    • What do LPP researchers study?
    • Where do LPP researchers carry out their research?
    • How do LPP researchers collect analyze and interpret data?
    • Why do LPP research?
  • Conclusion