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ka-guの日記

2017-05-23

バラが咲いた!と、新茶?と、【このように混乱が仕分けされるにつれて、対象同士の役割や関係の概念化が、内的にも外的にも発達し、それとともに、仕事と遊び、公と私の認識が発達した。】

21:34

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 うたたねのバラが咲きました!

こんなに普通に咲くのは、久し振りな感じがしますが、忙しさに感けて見ていなかっただけでしょうか?

このバラを見ていると、うたたねが始まる前に、花壇を壊していたのを思い出しました。少しでも安く工事が出来るのかな?と考えながら自分が出来る事をしておこうと思っていました。結局はそんなに力になれなかったのですが、初心に帰れ!とバラの花に言われている感じもして、少し引き締まりました。

 今日は、ケース会議もあったり、決算書ができたので、監事さんに見て頂き、印鑑をいただくことを親分が先走りしたので、時間までに出来なかったら、ケース会議に出れなくなるところでした(笑)

何とか書類に反映でき、大事には至りませんでした。

 会議では、色々あり(笑)おっちゃんが出過ぎなどの批判もありましたが、悔しかったら(笑)勝てば(勉強して)良いだけのことだと思われます。

 お金を頂くのなら、それなりの知識も必要だし、自分は全くできていないと思っているので、本を読んでいます。勿論、本の内容がそのままスライドできるほど、現場は甘くはありませんし、常に進行形なので、今ここでのことが、次の瞬間に見事に通用しないことも、いくらでもあります。本当に勉強し、考えながら現場で働いている方の言葉は重く心に響き渡ります。周囲にそんな方はいないので(まあ、自分がそこまで至っていないので、周囲にそんな方々がいないだけですがw)取り敢えずは、そんな方々の本を参考にするしかないと言うのも事実です。

 まあ、自分は本当にダメな人間なので、毎日コツコツと本を読み、ギターも腕が落ちないように弾き続けるしかありません.....。自分の場合は、ダメな自分を見たくないのがモチベーション(しょうもないw)なのかも知れませんね......。

 

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 会議が終わって、今日は早番と遅番の中ぬけ業務だったので、洗濯ものを取り入れた後、隣のファミマにお茶を買いに行きました。新茶の文字につられてこちらを選んでしまいました(笑)結構おいしかったです。

 ショートさんも男性ばかりだったので、入浴介助をさせて頂きながら、飲み干しました(笑)

滞りなく、仕事が進んだので、皆さんとホタルを見に行きました。時間的な制限があるので、19時30分に出ましたが、少し早かった様で、帰り際にあちこちに光が見えて来ました。今年は少ないと、地元の職員が言っていました。自分は毎晩ひーひー王子との散歩で通っていますが、今日は少しすくなかったですね.....。

 見に来られている方も何組かいました。


 今日も早く起きてファミマコーヒーを飲みながら、本を読んでいました。

色んな用事はありますが、忙しい振りだけはしたくないので、なるべく涼しい顔(笑)しています。

 アップは昨日読んだ箇所からです。

下記を読んで、ウィニコットを思い出すのは、自分だけでしょうか?


第2期

要約

〜本章の事例提示のやり方は、読者がこの長い不確実さの経験を共有できるようにという意図を持って行われている。〜

どのように自分と対象との間の区別を概念化する能力を持つようになり、さらに対象の性質を物理的な観点で、そして心的地理観点で認識することができはじめたを示すことであった。そして、このことは内的空間と外的空間、対象同士の間の距離と対象内部における対象間の距離が生じることを可能にしたのである。

 このように混乱が仕分けされるにつれて、対象同士の役割や関係の概念化が、内的にも外的にも発達し、それとともに、仕事と遊び、公と私の認識が発達した。 

 ひとたびこれが達成すれば、バリーはいまや内的空間を保有するようになり、ゆえにそこで刻々と変化する地理的配置とそれに関連した空想や不安を転移と手段を通じて推測することが可能となったと言える。一定の確信をもって、彼が部分対象の中にいるのか、全体対象の中にいるのかどうかを識別できるようになった。対象の内側から外を見ているのか、対象の外側から内側を見ているのか、乳房にて授乳されているのか、おまるの上で排泄しているのか、床の上でお母さんのお尻を盗み見ているのか、などである。

2017-05-22

夕方の散歩と、わらび餅と、【このセッションは、とても心動かされるものであった。私の逆転移は強烈な情動を伴っており、バリーのおかれている状況に強く心を動かされていた。】

21:30

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 夕方の散歩の写真が送られて来たので、アップさせて頂きました。

ご家庭で、夕方の散歩が日課の方は、うたたねでもなるべく職員を配置し、散歩ができるようにさせて頂いています。送迎者も行くことがあるのですが、お年を召されている方の方が健脚ですね!

 おっちゃんは、通勤は歩きか自転車なので、健脚になってしまっています(笑)でも痩せない....。


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 今日は、早番で6時前に家を出て、6時30分までいつもの如く(笑)うたたね横のファミマさんでコーヒーを頂きながら本を読んでいました。下記はその箇所のアップです。

 皆さんを送り出してから、会計事務所から決算書が来たので、総会の資料に反映しましたが、完全にはできませんでしたが、夕方皆さんが帰宅(ホームの方々とショートの方々)する前に現場に戻り、男子ばかりでしたので、入浴介助が必要な方たちを入れて、洗濯も干して帰宅しました。

ばたばたしてしまったので、パワーズさんでわらび餅を買って来て、お薄を点てて頂いてから事務仕事を再開しました。(だから痩せんのか?w)

 頭が悪いので、あちこち掛け持ちすると、数字が余計に頭に入って来ません.....。

しかも、明日はうたたねのケース会議で、新たな案件が出て来たので、それも反映していました。

 明日も早番で、日中の作業所までの送迎があります。豊橋までの送迎は楽しみです!

 

 下記は、現場でよく出会ったり、ご家庭での様子をアセスメントさせて頂いたときに、よく見たり聞いたりすることのようにも感じられました。

『このセッションは、とても心動かされるものであった。私の逆転移は強烈な情動を伴っており、バリーのおかれている状況に強く心を動かされていた。』

 は、前後の文脈がなくても真剣に現場で働いている方々には何を言おうとしているのか、理解出来る筈だと思われます。重度の方の支援は、逆転移を上手く利用することにかかっているな、と思う時が多いです。




第1期(9ヵ月)

 略歴

話はしなかったが自らの要求をきわめて明確に知らせることができた。しかしながら彼はどのような種類の欲求不満にも耐えがたく、明らかに他の子どもを無視していた。 バリーの両親は、彼に話すことを教えるために多大な努力をおこない、6歳までに彼を耳の聞こえない子どものように扱うことで、限られたものではあるが一定の成功を収めたようだった。彼はスウェーデン人のオーペア女性からごくわずかな単語を学んだが、全体的に教育不可能だとみなされていた。

 その時点で、彼は短期間、ハムステッド・クリニックにて精神分析治療を受けた。振り返ってみると、この治療によって、実際の自閉症は治癒されたのであるが、その後に多彩な精神病的性格発達が続くことになった。

 バリーは12歳の時、ふたたび治療のために紹介された。この時点で彼は学校に行くことができず、情緒が不安定になると、家庭では事実上、手に負えなくなった。起きている時間のほとんどをテレビの前で過ごし、そこで食事を摂り、ごく稀に両親に話しかけた。彼は明らかに、父親が毅然とした態度をとればそれに反応し、母親との間では親密な、依存的な関係を持っており、そこでは、非常に支配的であるものの恋人のようであった。母親はしばしば自分が父親の仕事のため、しぶしぶ平穏を維持するために、彼のゆすりや脅しの上で数分以上我慢することがまったくできないため、何の治療もおこなうことができなかった。〜

セッション2

このセッションは、とても心動かされるものであった。私の逆転移は強烈な情動を伴っており、バリーのおかれている状況に強く心を動かされていた。



コメント

 〜初めて会った時、待合室で私の腹部を見つめた時から、バリーの目は重要であった。それは深く見つめてくる目であった。逆転移において私はその凝視によって非常に侵入されていると感じた。最初のセッションでは、目は、貫通し口唇サディズムを表現する主要器官であるように見えた。それは、私の体と心の中に入り込み略奪するのであった。後になって、バリーの目が如何にひどく独立して機能しているかが理解されるようになってきた。拷問の道具になれば鏡にもなり、前に向かったり後ろに向かったり、上に向いたり下に向いたりした。対象の内部は、目が彼の一部として生き、探索し、移動して回る空間になっているようであった。彼は対象に対して、このような貫通に何の制限もせず、あらゆることを見て、どこにでも行くことができることを許容するようになっているようであった。分析の後の方で、治療室の壁がまるで流血したように赤いチョークで塗られた時、こうした侵入する目によって対象への暴行がなされたことは明白であった。さらに後には彼はロンドン地下鉄を執拗に探索した。しかしそれは非情な所有欲からというよりも知識への渇望に動かされてのことであった。バリーがテレビを見ることもまた、私の生活を監視しコントロールするやり方として理解されるようになってきた。もっともこれは、分析が始まる前には、両親を彼の世話から解放してやり、いくらかの休息と時間を与えてあげる機能を持っていたようであった。〜

2017-05-21

草間彌生展と、【有用な投影同一化のために利用可能な対象は、侵入性の投影同一化とその部分の対象内部への寄生的隠棲に対抗するだけの十分な強さと柔軟性を備えた対象でなければならない】

21:38

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 草間彌生さんの展示で、撮影OKだった部屋の写真のアップです。

自分が知っている作品群でしたが(自分の中のイメージという意味で)、十日町で見るのと、美術館の中で見るのとはイメージが非常に異なり、びっくりしました。

 高齢になられても凄いエネルギーですね!



 今日は、シフトでは休みでしたが(笑)皆さんとお昼を食べに、豊川まで行きました。

急な事だったので?写真を写すのを忘れてしまいました....。

 夏用の靴を買われたり、ショッピングも楽しまれていました。

 午前中は自宅で明後日の会議の資料を作っていたり、本を読んでいたりで、帰宅してからは、思いっきりギターを弾きました。

 本は、本当に難しいです.....。メルツァーの本をもっと読まないと理解が難しいのかも知れませんね。

下記は( )を外してみました。

『苦しんでいる[自己]部分を受け止めてその苦しみを軽減し、統合のために自己へと戻す、有用投影同一化のために利用可能な対象は、侵入性の投影同一化とその部分の対象内部への寄生隠棲に対抗するだけの十分な強さと柔軟性を備えた対象でなければならない。』 

 少しは読み易くなった気がしますが.......。

下記のように時期に分けてきちんと整理していくのも大事だと気付かされました。

症例が順調に前進したからできたことでしょうか?投影同一化から摂取同一化と順調に進んでいるように思いました。



第5章 自閉症における障害された生活空間の地理学

――バリー――

リーン・ウェッデル

 自閉状態から抜け出た後に生じた、重篤な精神病性格を持つ思春期少年の精神分析的治療。そこにおいて明らかにされた、摂取同一化を通じた内的な良い対象を戻って内的世界の過程。


 苦しんでいる[自己]部分を受け止めてその苦しみを軽減し、統合のために自己へと戻す、有用な(helpful)投影同一化のために利用可能な対象(ビオン)は、侵入性の投影同一化(ビッグ)とその部分の対象内部への寄生隠棲(ensconcement)(メルツァー)に対抗するだけの十分な強さと柔軟性を備えた対象でなければならない。この考えを例証する素材は、教育不可能で、学校に行くことが出来ず、まったく社会化が望めないために12歳の時に治療に紹介された青年の分析から得ることができる。情緒的に不安定になると、彼は過程では事実上、手に負えなくなった。幼少期、彼は自閉的であったが、それはハムステッド・クリニックでの治療の後で6歳時には解消されたように思えた。それに続いて、著しい精神病的性格構造が顕れ始めたようだった。バリーの分析は9年後、彼が21歳の時に自らの意思で中断された。この分析の初期の段階からの素材が、どのように空想の発達を許容する機能と役割を持った対照を包容した内的世界をこの子どもが確立することができ始めたかを例証してくれることを期待する。この土台の上に立って、彼は究極的には摂取同一化を通してより健康になることができた。

 これから述べる分析過程は以下のように各時期に分けられる。


 第1期(9ヵ月):攻撃性と怪物のようであること

 クリニック、治療室、分析家は攻撃性の焦点であり、バリーは自らを耐えがたい怪物として提示した。この時期は、バリーが分析家を、毅然とすることができるが、傷つきやすく損傷を受ける可能性はあるものの治療しうる皮膚を持つ(ビッグ)対象として認識したように思えた時に終わりを迎えた。



第2期(10ヵ月〜2年半):侵入性の、暴力的投影同一化

 治療室の床、壁、家具は患者の内的な心の状態の受け手となった。この状況はバリーが、内的な家族と言えるような対象を包容した内的世界を心に抱き、その絵を描くことができた時に変化し始めた。このような対象は、適切に機能するための空間とプライバシーを必要としていた。



 第3期(2年半〜3年半):役に立つ投影同一化

 この時期において、バリーは分析家を心的痛みと死ぬことの恐怖を和らげうる対象として認識し始めた。攻撃性から愛情への変化があり、協働作業と言語化が増大していった。バリーが母親に向かって「もう何で僕が醜いのか分かるよ」と叫んだ後で、怪物のように振舞うことが少なくなっていった。



第4期(3年半〜5年):夢と摂取同一化

 患者が初めて学校に行くようになった時に、夢を通じて、分析過程でどのようなことが起こってきたか、明確になった。障害された眠りと健康な眠りがどのような意味を持つか明らかになり、健康な摂取同一化が始まっていることの証拠があった。

2017-05-20 千疋屋のお菓子と、【授乳されている時に母親を見上げその目に入り、

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 写真は銀座にあった、ヤマハのビルです。蒔絵のように見えました。

次回は、草間彌生さんの作品を紹介させて頂きます。

 今日で見にくいブログは終われそうです(笑)PCで操作できるようになりました。


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 今日は夜勤明けで、お昼から大事な方とお会いするので、本を読みながら待機していました。( ̄0 ̄)/

 まずは、東京で食べた残りの千疋やのお菓子で一服頂きました。(* ̄ー ̄)
 お薄に良く合いました。

( ̄0 ̄)/



 一気に第4章を難しいですか読み終え、第5章に入りました。
 アップは第4章からです。





対象の不在に際しての絶望とそれが心的発達の停止に対して持つ関係

 母性的な対象を、引き裂いたり、引き抜いたり、ずかずかと踏み入ったりすることで、独占的な支配や所有を得ようとする持続的で残忍な闘いは、欠陥のある対象を生み出すことになった。彼は対象が傷付き易い赤ん坊-ジョンを包容し保持することを不可能にした。彼による侵入や乗っ取られることで、汚染されることのない対象を内在化することができなかった。「女の人、いなくなっちゃった」という絶望が押し寄せ、それに曝されていることは、外的対象不在の拠り所となる確固とした内的な支持的状況を持っていないことから生じている。そして今度は、十分に力強い内的対象の不在は、自分自身を丸ごともう一度対象の中に投げ込むという欲求を恒常的に再強化しているのであり、このようにしてこのサイクルは続いていくのである。(ママが乳首-守衛のパパを一時的に受け入れている場合)同一化が起こりうる時は、損なわれたり、制限されたりしている対象への同一化のように思える。たとえば「口の中の蓋」は、間違った組合せ、つまり、侵入者に対しては充分に閉じられてはいるものの、ものを言わせなくしてしまうようなことを許容する対象との同一化を表していたのかもしれない。
 怯え苦しんでいる部分をしっかり抱き止めることができる内的な母親を得ることができていないので、ジョンは心配と不安に対して無防備なままである。彼の世界全体は、容易に崩壊し、絶望の襲来に曝される。彼は、自分の性質の中の破壊的な部分を統合することもできない。そのために彼は以下の心的状態のようなものの間で絶望的に移り変わるのである。残忍な諸部分への屈服、状態-テディベアという否定主義と暴力の組合せ。これがあまりに行き過ぎてしまってお母さんを泣かしてしまうように感じられると、もともとの優しさが再び強く現れ、ジョンは、慰められることのない悲嘆と躁的な償いとの間を交代するようになることが観察される。抑うつ的な葛藤を取り扱う別の方法は、破壊的な部分と傷つき易い部分を一緒に閉じ込めることであるように思える。そうすると彼は身動きが取れない。彼はママの乳房に負担をかけないように食欲を減退させるかもしれないし、心を空っぽにして無思考状態になりお母さんの心に負担をかけないようにするかもしれない。もしくは最終的には、絶望に圧倒された時、ジョンは中核的自閉状態に戻ってしまうだろう。痛みも愛をも経験する能力を事実上、放り出してしまうのである。








結論
 心的な発達のその最初の一歩は中核母親の乳首-乳房-注意という、赤ん坊の心をまとめる命綱(ライフライン)を失う恐怖を克服することであるということをジョンは私たちに教えてくれたと言えるだろう。乳児が自分と現存する母親との間の空間に耐えられるようになるということが、分離した同一性の発達における最も重要な一歩であるように思われる。授乳されている時に母親を見上げその目に入り、乳首が口から離れ去った後に母親に微笑むことができる赤ん坊は、この程度の分離性を既に達成している。これは、自己自身の身/心の境界の内面にいることができるという長い発達の道筋の最初の一歩である。それは、この一時的な分離性の経験から、一人でいることができ、自立できることを経て、最終的には、わずかな人たちしか到達していないあの段階、身体的にも心的にも遠く離れていても愛情対象との内的な繋がりを保ちつつ未知なる領域への探索の道を歩むことのできる能力へ達するのである。

2017-05-19

街角探検?と、【しかしそれにはひどい代償が支払われた。】

14:13

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 川口東京の街角で、沢山写真を撮りました。( ̄0 ̄)/
 

草間彌生さんの展示も、一番新しい作品の部屋は、撮影OK でしたので、皆さん撮りまくっていました。      ( ̄▽ ̄;)
 

一部だけアップさせて頂きます。

 今日も4時過ぎに覚醒し、二度寝出来そうになかったので、本を読んだり、ギターを弾いたりしてました。単にジジイになっただけですね。f(^_^;


 

まめに弾くとギターもよく響いてくれ、より良い音になるので、ついつい触りたくなります。

 

 人間も見られないと、存在がなくなると言われるので、支援の基本は、見る、見させて頂いてなんぼだと思います。
 しかし、皆さんが一番できていないことですか…|(-_-)|


 携帯で3日アップしたら、PCでアップできなくなってしまっているので(笑)暫くは、読みづらいですが携帯でのアップになりそうです....。

遊んでばかりではないのですが(笑)(今日も朝一に市役所に見せる書類を整えて、市役所にも行っています)、昔から遊び人のように思われて、風邪をひいて医者に行っても、遊び過ぎで病気になったので、遊びすぎには注意するようにって(笑)何度も言われました.....。京都時代なんか、正月しか実質的には休めませんでしたが.....。

 時間は作れば沢山あるのもです。忙しい振りをしても自分の実力が上がるわけでもないし、一時間でも1分でも大事に使いたいし、使うようにしています。

  下記も、母親と支援者を置き換えて(母親がわりにはなれませんが、支援方法を考えるため)色々思い巡らせて見ました。
 

 やはり、けじめをつけることが出来ない支援者は、なぜきちんとした支援が出来ないのか?その理由が書かれているように感じました。

 


もう少ししたら、夜勤に行きます。( ̄0 ̄)/
 

 明日は、明けで人と会うので、ボケたことを言わないように、気をつけます。ヽ(´ー`)ノ








 ジョンの関係の性質に関する考察
占有(occupation)と没頭(pre-occupation )   

 〜この「ママ」は自分の境界が侵されることに屈服してしまうので、彼は、彼女の中へ入る穴を引き裂き、クッションカバーと同じように中の詰め物を引き抜くか、植物にしたように彼女の皮膚をひき剥がし、面接室の中に走って出入りする子どもたちに、抜け殻か骨組みしか残さないようにするのである。この母性対象の構造的な枠組みを成す、空っぽで空間を支える柱は、鉛筆が奪われた後の輪ゴムのようにグニャグニャなものであり、対象は望ましい形に押し込めることができるものであった。しかしそれにはひどい代償が支払われた。

侵入から自身を保護しない、この形のない母親は、赤ん坊を抱くことも守ることもできないからである。この母性対象は安定した境界によって守られた内的空間を持たない。そのためライバルから隠れる場所も提供しない。また彼女には、ジョンをしっかりとつかみ、包むための皮膜がなく、彼の心的経験の断片をつかみ、抱えることもできない。そして彼女は、つながりを作り、空間が成長し発達するための、経験の持続性や記憶を支える構造の基盤となる基礎を提供しないのである。
 どんな経験がそうした母親の概念に導いたのだろうか?ジョンの最初のセッション、私の膝の上に無理やり乗ってくることについて思い返した時、私は、この子は母親が何か他のものに没頭しているように感じる経験を実際にしたのではないかと思った。ジョンの両親は、彼に献身的であり、彼に十分に注意を向け手厚い世話をしていた。しかし母親が病気であったり、抑うつ状態にあったりして、自分自身の考えや問題に気を取られていたとすれば、赤ん坊に対して、暖かい注意を向けているという印象を伝えることができたのだろうか?こうした母親は生き生きとした反応をすることができないし、穴をあけて中に入ってこようとすることに抵抗をまったく示さないかもしれない。

彼女が脆弱であることからジョンは自分の強力な攻撃から彼女を守ろうとする一方で、官能的に愛情に満ちた赤ん坊であったので、彼女が彼を寄せ付けないから、自分に与えてくれない内容物を得るために彼女の中に無理やり入っていこうとするようになったのではないだろうか?

 そして両親が旅行に出かけ、実際に彼をあとに残した時、彼は両親の心からすっかり追い出されない忘れられ、落とされたように感じたのだろうか?彼が引きこもり打ち捨てられたように粘土遊びをしている姿は、両親が休暇から戻ってきた後少ししばしば彼が引きこもった真っ暗な部屋の経験の反復なのだろうと私は感じた。これらは単なる疑問や推測にすぎない。私が経験に基づいて確信しているのは、ジョンが私の心の状態に非常に敏感であること、そして彼がどのような注意の喪失、どのような病気、身体的な倦怠感や沈黙に対してもまるで私が彼を拒絶したかのように、反応したということである。この時彼は引きこもるか、非常に多動となり、物にぶつかっていった。私はたとえ一瞬でも私の心から彼を落としてはいけないことを経験から学んだが、彼が無思考状態へと逃避していかないように彼をつかまえておくために警戒しておく必要があった。

このような点で、彼のしていることを実況放送しているだけのようなものであっても、話し続けることは極めて重要であったというつまり私の生きた関心、反応は、彼を抱えることと心的に等価のようであり、私の声は彼をまとめあげるバネのようであった。

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