スマートフォン用の表示で見る

ガンジー

社会

ガンジー

がんじー

本名モハンダス・カラムチャンド・ガンディー 1869年10月2日生まれ

日本においては「マハトマ・ガンジー」の表記で知られているが、本名ではない。マハトマ(マハートマー)とはヒンズー語で「偉大な魂」という意味で、詩聖として知られるタゴールから贈られた尊称である。

インド独立運動の指導者にして「インド建国の父」。弁護士ヒンズー教徒であり、塩の行進など「非暴力・不服従」の独立運動を提唱したことで知られる。しかし、カースト制度撤廃には消極的だった。大英帝国からの独立に際し、イスラム教徒による分離運動に反対し、イスラム教徒ヒンズー教徒の和解を訴えたが、その政治姿勢が過激なヒンズー教徒から敵視され、1948年1月30日にニューデリーのビルラー邸で暗殺された。

 ガンジーの死後、イスラム教徒インドより分離独立し、パキスタンを建国。以後インドパキスタンは3度にわたって全面戦争に突入した。両国は現在もカシミール紛争などの国境問題で激しく対立している。


名言

「家に悪漢が押し入って妻子が縛り上げられ、今まさに妻が犯されんとしているときに、

『私は平和主義者である』と言って悪漢を殴らないものは平和主義者ではない。ただの臆病者である」