「恣意的運用」国際視点から警告 国連報告者、首相に書簡 「共謀罪」採決強行 - 東京新聞(2017年5月20日)

http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/list/201705/CK2017052002000123.html
http://megalodon.jp/2017-0520-0957-34/www.tokyo-np.co.jp/article/national/list/201705/CK2017052002000123.html

プライバシーの権利に関する国連特別報告者ケナタッチ氏が、「共謀罪」法案に対し、プライバシーや表現の自由を制約する恐れがあると強い懸念を示す書簡を安倍晋三首相あてに送付した。法案の「計画」や「準備行為」の文言が抽象的で恣意(しい)的に適用されかねないなどと警告しており、国際的な視点から問題点を明示された形だ。
書簡は十八日付で、法案で対象となる犯罪が幅広くテロリズムや組織犯罪と無関係のものを含んでいると指摘。どんな行為が処罰対象となるか不明確で、刑罰法規の明確性の原則に照らして問題があるとした。
さらに書簡は、プライバシー保護の適切な仕組みが欠けているとして、懸念事項を列挙。「国家安全保障のために行われる監視活動を事前に許可するための独立機関の設置が想定されていない」と問題視した。
政府は、犯罪の計画だけで強制捜査はできないが、令状がいらない任意捜査は必要性などがあれば認められる、としている。これに対し、書簡は「法案では令状主義の強化が予定されていない」と批判する。
その半面、「警察がGPS(衛星利用測位システム)や電子機器を使った捜査で裁判所に令状請求する際、司法の監督の質が憂慮される」とも記述。政府側が歯止めとして強調する裁判所のチェック機能にも疑問を呈した。
ケナタッチ氏は、情報技術(IT)に関する法律の専門家で、マルタ共和国出身。国連の人権理事会が二〇一五年七月、プライバシー権に関する特別報告者に任命した。 (辻渕智之)

「共謀罪」衆院委可決 「廃案まで抗議する」国会周辺、怒りの声やまず - 東京新聞(2017年5月20日)

http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/list/201705/CK2017052002000132.html
http://megalodon.jp/2017-0520-0959-32/www.tokyo-np.co.jp/article/national/list/201705/CK2017052002000132.html

共謀罪」の趣旨を盛り込んだ組織犯罪処罰法改正案が衆院法務委員会で可決された十九日、国会周辺に集まった人たちは、声を上げられる社会を守ろうと法案反対を叫んだ。特定秘密保護法、安保関連法、そして共謀罪法案。安倍政権下で繰り返される採決強行。「取り返しのつかないことになる」。法案に反対する人たちの抗議は深夜になっても続いた。 (石井紀代美、片山夏子、福田真悟)
午後1時すぎ 「ただいま強行採決がされたもようです」。マイクを通して委員会の状況が伝えられると、国会周辺の歩道を埋めた一千人を超える人から、「えー」という怒りと落胆の混じった声が漏れた。
アムネスティ・インターナショナル日本の元副理事長石原秀子さん(78)は「戦後、享受してきた民主主義をそのまま次の世代に渡したい。今後も抗議し続けていく」。採決後も、路上では廃案を求める声が上がり続ける。「憲法違反の法律要らない」
午後1時半 参議院議員会館で、宗派を超えた宗教関係者でつくる「宗教者九条の和」が緊急記者会見を開き、共謀罪の廃案を求める声明を発表。日本キリスト教協議会の小橋孝一議長は「六〇年安保の時は採決後、運動が収まったが、今回は粘り強く反対し続ける」と話した。
衆院法務委員会を傍聴後、国会から出てきた東京都世田谷区の羽立教江(はだちのりえ)さん(76)は「納得できないまま採決されて涙が出てきた」と悔しそう。
午後2時50分 三鷹市の心理カウンセラーの男性(52)が、米軍新基地建設が進む沖縄・辺野古(へのこ)で座り込む人たちと連帯する思いを込めて、沖縄の歌「島人(しまんちゅ)ぬ宝」を熱唱した。採決の強行に「あまりにひどい。国民の人権じゅうりんは既に始まっている」と厳しい表情で語る。
午後3時 東京は二五・六度の夏日に。国会前で座り込みをする人たちは水を飲んだり、日傘を差したり。戦時中、外国帰りの祖父が特別高等警察に目をつけられ、非国民といわれたという茨城県筑西市の農業国府田喜久男さん(70)も座り込み。「政府がやろうと思えば、何でも取り締まれる。取り返しのつかないことになる。共謀罪が通っても、反対し続ける」
午後7時45分 若者グループ「SEALDs(シールズ、自由と民主主義のための学生緊急行動)」の元メンバーらが結成した学生らでつくる新団体「未来のための公共」のメンバーが、国会正門前でマイクを握った。「自由にしゃべれる社会を守れ」「きょう・ぼう・ざい反対!」とリズミカルに連呼した。
午後10時45分 デモが終わった後も若者らがその場に残り、話し込んでいた。東京都江東区の大学生近藤隆太さん(20)は「共謀罪の危険性とこれだけの人が反対しているということを世の中にアピールしたい。世論で審議を延長させられれば、廃案の可能性もある」と話した。

「共謀罪」採決 懸念は残されたままだ - 東京新聞(2017年5月20日)

http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK2017052002000161.html
http://megalodon.jp/2017-0520-1021-49/www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK2017052002000161.html

組織犯罪処罰法改正案の採決が衆院法務委員会で強行された。犯罪を計画段階から処罰する「共謀罪」の趣旨を含む危うい法案だ。議論が尽くされたとは言い難く、懸念は残されたままだ。
今国会中の成立を期す与党の強引さが目立つ審議だった。四月十四日に始まった委員会審議では一般の人は本当に対象にならないのか、法案が処罰対象の主体とする「組織的犯罪集団」の定義や「準備行為」の内容などをめぐり、曖昧さを指摘する意見が相次いだ。
犯罪の共謀、計画段階と準備行為の段階で処罰できるようになるこの法案は、罪を犯した「既遂」後に処罰するという日本の刑事法の原則を根底から覆す。
官憲が内心に踏み込んで処罰して、人権を著しく侵害した戦前、戦中の治安維持法のようなことにならないか、との懸念が国民の側から出てきて当然だ。
しかし、政府側から説得力のある答えが聞かれたとは言い難い。所管する金田勝年法相の不誠実な答弁ばかりが、多くの人の印象に残ったのではないか。
このような一般国民にも影響が出かねない重要な法案を、与党側が委員会での審議時間のめどとした三十時間を経過したからと言って、野党側の反対を振り切り、採決を強行していいわけがない。
政府はかつて、国際組織犯罪防止条約を締結するためには「共謀罪」法案が必要だとし、対象犯罪の削減はできないとしてきたが、この法案では対象を二百七十七に絞り込んだ。過去の答弁との整合性は全く取れていない。
また、安倍晋三首相は二〇二〇年の東京五輪開催に向けたテロ対策のために、この法案が必要だと強弁するが、そもそもこの条約はテロ対策が目的ではない。
日本は、現行法でも十分、条約を締結できるレベルにあり、テロ対策も整えられているのに、なぜ「共謀罪」の趣旨を盛り込んだ法案の成立を強引に進める必要があるのか、理解に苦しむ。
権力に批判的な市民運動を抑え込もうとの意図があるとしたら、見過ごすわけにはいかない。
与党は二十三日の衆院通過、二十四日の参院審議入りを目指し、今国会成立を確実にするため、六月十八日までの国会会期の延長も検討されている、という。
政府・与党に今、必要なことはこの法案を強引に成立させることではなく、内心に踏み込むような法整備を断念することである。

「共謀罪」法案委員会で可決 懸念残しての強行劇だ - 毎日新聞(2017年5月20日)

https://mainichi.jp/articles/20170520/ddm/005/070/029000c
http://archive.is/2017.05.20-012339/https://mainichi.jp/articles/20170520/ddm/005/070/029000c

国会の焦点となっている「共謀罪」法案が、自民、公明両党と日本維新の会の賛成多数により衆院法務委員会で可決された。
多くの懸念を残したまま、与党は質疑終局の動議を出して審議を打ち切った。極めて乱暴な採決だ。
国際組織犯罪防止条約を締結するために必要な法整備だと政府は説明する。条約に加われば、捜査共助や犯罪人の引き渡しなどメリットがある。確かに締結は必要だろう。
ただし、共謀罪法案がなくても条約の締結ができると民進党共産党など野党は主張する。政府・与党との溝は埋まっていない。審議を尽くすのが言論の府の姿のはずだ。
共謀罪」法案は、277もの犯罪について、計画・準備段階での処罰を可能とするものだ。対象は組織的犯罪集団に限定される。とはいえ、一般人が警察の捜査対象となり、監視社会に道を開くことへの懸念は依然残っている。
実行後の犯罪を罰する日本の刑事法制の基本を大きく変える法改正でもある。捜査権の乱用による副作用は見過ごせない。
仮に「共謀罪」法案が必要だとしても、不安を最小化するかたちでの法整備が求められるはずだ。
そのため、対象犯罪を大幅に絞り込むことと捜査権乱用の歯止め策を法案に具体的に書き込むことの二つが必要だと私たちは主張してきた。
中でも対象犯罪のさらなる限定は不可欠だ。政府は、組織的犯罪集団が実行を計画することが現実的に想定される罪を選択したと説明する。だが、組織犯罪との関連性が明らかに薄い犯罪が含まれている。政府が前面に押し出したテロ対策とも無縁と思える犯罪も少なくない。
可決された与党と日本維新の会の修正案は、対象犯罪の絞り込みには手を付けず、微修正にとどまった。まったく不十分な内容だ。
金田勝年法相は、ペーパーを棒読みしたり、担当局長の発言を繰り返したりするなど不安定な答弁ぶりが目立った。不信任決議案は否決されたが、適格性には疑問符がつく。
まだまだ議論は足りない。衆院を通過したとしても、参院ではいったん立ち止まり、法案の問題点を洗い直すべきだ。このまま成立させることには反対する。

「共謀罪」採決 国民置き去りの強行だ - 朝日新聞(2017年5月20日)

http://www.asahi.com/articles/DA3S12946316.html
http://megalodon.jp/2017-0520-1021-17/www.asahi.com/articles/DA3S12946316.html

「法案の内容を知らない」63%、「いまの国会で成立させる必要はない」64%、「政府の説明は十分ではない」78%――。
共謀罪」法案をめぐる朝日新聞の最新の世論調査の結果だ。首相がその厚さを自慢する内閣支持層についてみても、回答状況は順に60%、56%、73%と同じような傾向にある。
法案への理解がまったく進んでいないにもかかわらず、自民、公明両党はきのうの衆院法務委員会で、日本維新の会と共同で提出した修正案の採決を強行した。
国民の声に耳を傾け、施策の必要性を説明し、不安の解消に努める。政治に求められるこうした責務を投げ出し、数の力で主張を押し通す政権の体質が、ここでもあらわになった。
委員会で本格審議が始まったのは先月19日。以来、思わずため息の出る光景が続いた。
金田法相に代わって刑事局長が答弁を引きうける。ようやく法相の出番が来たと思ったら、後ろに控える別の役人が耳打ちする内容を、ただ繰り返す。かみ合わぬやり取りが続き、時間だけが空疎に過ぎる。
これが、与党が一方的に採決のめどに設定した「審議時間30時間」の実態である。
犯罪が行われなくても、計画し準備に乗りだした段階で処罰するのが法案の目的だ。捜査当局が法を恣意(しい)的に運用したり、「計画」「準備」を察知するためにゆきすぎた監視や情報収集に走ったりするのではないか。そんな懸念はぬぐえず、なお多くの疑問が残されたままだ。
277の罪に広く共謀罪を設ける理由も判然としない。かつて同じ趣旨の共謀罪法案が国会に提出された際、自民党議員の立場で修正案づくりに携わった早川忠孝弁護士は、今回、参考人として委員会に呼ばれた。
「一つ一つ検討すれば、さらなる絞り込みができる」と提言したが、そうした地道な作業はついに行われなかった。
維新の意向を受けていくつかの手直しはされた。だが、いずれも問題の本質に迫るものではなく、見るべき点はない。
むしろ維新は、捜査当局の力を高める必要があるとして通信傍受の範囲を広げるよう唱えていた。共謀罪が導入されれば、次は摘発のための手段を与えよということになると心配されたが、それを先取りする話だ。
政府が現時点での傍受拡大を否定する答弁をしてきた手前、与党は同調を見送ったが、この3党連携は極めて危うい。
民意を置き去りにした強引な国会運営に、強く抗議する。

(筆洗)生誕百五十年を迎えた知の巨人・南方熊楠 - 東京新聞(2017年5月20日)

http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/hissen/CK2017052002000124.html
http://megalodon.jp/2017-0520-1002-05/www.tokyo-np.co.jp/article/column/hissen/CK2017052002000124.html

おととい生誕百五十年を迎えた知の巨人・南方熊楠(みなかたくまぐす)は、刑事被告人になったことがある。地元熊野の新聞に寄せた「人魚の話」が、新聞紙法が禁じる風俗壊乱とされたのだ。
超人的な博覧強記の人らしく、人魚伝説を古今東西の文献・伝承を使い躍動的に論じた随筆だが、性的な伝承の紹介が罪にあたると告発された。
裁判で南方は「風俗壊乱などは、こじつければどんなものでも罪になる」と恣意的(しいてき)な法の運用を論難したが、検事は開き直った。「事実が同一でも、見様(みよう)と手心とがある。その職にある者の手心によって罪になるのである」。そして、有罪判決が下された(『南方熊楠百話』)
この事件には裏があった。政府が進める神社統廃合のために聖なる森が伐採された。貴重な生物や村人の暮らしが損なわれる一方で、木材売却で役人らが甘い汁を吸っていた。それを暴露された当局が意趣返しで告発したとされるのだ。
当局の恣意的な運用を許す法律がいかに危険かは、歴史が繰り返し教えるところだが、政府与党は、異論を封じ込めるかのように、「共謀罪」の導入を急ぐ。
鶴見和子さんの名著『南方熊楠』によると、硬骨の人・南方もこんな言葉を漏らしたという。「中国との戦争はよくない…しかし、なにかいうとぶちこまれる。ぶちこまれると時間がおしいから、できるだけ官憲にはたてつかないことにした」

南方熊楠 地球志向の比較学 (講談社学術文庫)

南方熊楠 地球志向の比較学 (講談社学術文庫)

「共謀罪」法案で経済活動萎縮 企業法務弁護士が反対声明 - 共同通信 47NEWS(2017年5月19日)

https://this.kiji.is/238226366315200514
http://archive.is/2017.05.19-102208/https://this.kiji.is/238226366315200514

共謀罪」の趣旨を盛り込んだ組織犯罪処罰法改正案について、企業法務専門の弁護士らが19日、東京都内で記者会見し「経済活動を萎縮させる」などと、反対する声明を発表した。
声明は、税法や金融商品取引法など、ビジネスに関わる法律を広く対象としていることを問題視。「ビジネスの現場ではさまざまなアイデアを話し合う。例えば節税商品を取り扱う場合、結果的に違法でなかったとしても、脱税の可能性がある商品を検討しただけで処罰されることになる」と批判した。

(政界地獄耳)共謀罪成立なら刑事ドラマなくなるかも - 日刊スポーツ(2017年5月19日)

http://www.nikkansports.com/general/column/jigokumimi/news/1825830.html
http://archive.is/2017.05.19-100251/http://www.nikkansports.com/general/column/jigokumimi/news/1825830.html

★国会では野党が提出した法相不信任案が否決され、衆院では野党の手だてはなくなり、共謀罪法案は着々と成立に向けて進んでいる。そんな中、テレビ関係者と軽い宴席を囲む機会があった。そこでも話題は共謀罪成立の可否に広がる。テレビ関係者が言う。「これからは日本の刑事ドラマがなくなるかもしれない」。彼の説明はこうだ。「日本の刑事ドラマは交番のおまわりさんや、実際にはないが、刑事が容疑者にかつ丼を食べさせる温情シーンや、刑事が『真人間になれ』と容疑者を諭すシーンなど、市民と治安警察の信頼関係を基にドラマが作られる」。
★確かに事件は、監視カメラだけで解決することはない。警察官たちの地道な聞き込みや市民の通報、協力がないと、情報や証拠は集まらない。そして起訴、公判と続く。捜査は、市民に親しまれる刑事警察という大きな命題の上に、仕事が成り立つ仕組みが確立されている。テレビ関係者が続ける。「ところが共謀罪が成立すると、刑事警察が作り上げてきた市民との信頼関係は、公安警察が幅を利かせ、共謀罪を運用することで、ものの見事に崩れる」と指摘する。
公安警察は、刑事警察の陰に隠れて市民と交わらない、もうひとつの警察組織を形成してきた。今後も無論、表舞台に出ていくことはない。しかし、法務省が提出している共謀罪の初動を担うのは、全国の公安警察ということになる。永年かけて作り上げた治安警察の市民との信頼は、共謀罪が一般の人という定義を作らないまま運用されれば、迷いなく一般人に襲い掛かる法律になる。
★テレビ関係者は「もう正義の味方である警察官、将来なりたい職業・警察官は、昔の話になるだろう。刑事ドラマはなくなり、公安警察の尾行や挙動不審者を摘発するドラマがはやるか。そこには正義感がない。逆に冤罪(えんざい)と戦う弁護士の『冤罪ドラマ』がはやるかもしれない」。いやな世の中になるが、一番困るのは市民から距離を置かれる警察官だろう。(K)※敬称略

憲法改正「安倍首相の個人的な思い込み」 小田嶋隆さん - 朝日新聞(2017年5月19日)

http://digital.asahi.com/articles/ASK5L5FHTK5LUTIL02X.html
http://megalodon.jp/2017-0520-1022-37/digital.asahi.com/articles/ASK5L5FHTK5LUTIL02X.html

安倍首相が5月3日、改憲派の集会によせた、「2020年新憲法施行を」と訴えるビデオメッセージ。コラムニストの小田嶋隆さん(60)は「この文章は、日本の国語教育の結実です」と言う。そのココロは――。

     ◇

首相のメッセージは、緻密(ちみつ)に読むと意味が分からない文章です。新聞記者さんは職業柄、論理的整合性を気にしますが、私たちが日本の国語教育で求められてきた読解力とは、論理的帰結ではなく、「この人物の気持ちを読み取れ」「作者の真意は何か」といったものです。つまり、このメッセージは、書き手の真意を「忖度(そんたく)」する日本人の日本語の読み方の結実のようなものなんです。
では、この作者(首相)の狙いは何でしょう。論理的に一つ一つつめて、憲法をこう変えましょう、ということではなく、「新しく生まれ変わるんだから、新しくしましょうよ」「せっかく引っ越したんだから新しい冷蔵庫を買いましょうよ」みたいな。論理的にはつながらないけれど、気分的にはよくわかる。雰囲気で、改憲まで持って行こうということだと思います。
これに「五輪」を絡めたのは上手です。様々な立場の人を説得するのに、五輪は有効なフックになる。結婚式場で「一生に一度のことですから」と言われれば、つい料理のランクを上げたり、このオプションも、となったりしてしまう。あの不気味なセールストークと似て、否定しにくい。
これまでの発言と、今回のメッセージを読んで改めてわかったことは、安倍首相にとっての憲法改正は、日本社会の現状や具体的な課題とは関係ない、祖父・岸信介さんから受け継いだ「個人的な思い込み」ということです。だから、メッセージを読んでも、憲法改正が必要な合理的な理由は見えてこない。
岸信介さんの世代の政治家が、米国の占領政策に対していつかこの屈辱を晴らしたいと、憲法改正を党是としたことは当時の心情としては理解できます。戦争に負けたから仕方が無いのですが、海の向こうからやってきて土足で上がり込んできた、ような面がありますから。ただ、頭の切れる、リアリストとしての岸さんは、米国が押しつけてきたものものみこんで、現実の政治を優先した。岸さんならいま、日本国憲法は日本にとって悪い憲法じゃなかった、憲法があったからこそ日本はこれだけの経済大国になれた、ということを認めるでしょう。
でも、孫の安倍さんは、祖父が持っていたリアリズムではなく、何十年も経ったのに怨念だけを相続してしまった。だから、憲法を変える理由は個人的な思いでしかなく、現実と乖離(かいり)しているんです。
安倍さんは、憲法改正の動機として、「少子高齢化」「人口減少」「経済再生」「安全保障環境の悪化」をあげて「我が国が直面する困難な課題に対し、真正面から立ち向かい、未来への責任を果たさなければなりません」と語っています。これは、国会議員が選挙区に帰って駅前で演説するときに、お題目的に唱えるものと同じです。駅前演説なら「危機感を持って国政にあたります」ということでいいのですが、憲法改正の文脈とは関係ない。この国の閉塞(へいそく)感をとにかく全部、憲法のせいにしたい、憲法を悪者にしたいという印象です。
メッセージには「未来」という言葉が10回登場します。「未来への責任」「国の未来」などです。いまの憲法を過去のものとして閉塞感の犯人に仕立て上げ、対照的に「新憲法=未来」という役柄を演出しているようにみえます。
3行でまとめろ!といわれれば、いままでの憲法は過去で、新しい憲法は未来なんだ、ということでしょう。
最後にもう一つ。安倍首相は「憲法は、国の未来、理想の姿を語るものです」と言い、憲法の定義そのものを変えたところから話をしています。そういう部分がないとは言いませんが、これはおかしい。憲法とは、権力に対するくびき、権力の暴走を防ぐために書いておくべきものだから、です。

     ◇

おだじま・たかし 1956年生まれ。政治や社会、インターネット、スポーツなど幅広い分野の問題について、コラムで鋭く批評。サッカーが大好き。近著に「ザ、コラム」「超・反知性主義入門」。(聞き手・木村司)

退位特例法案 後世に残す本格審議を - 朝日新聞(2017年5月20日)

http://www.asahi.com/articles/DA3S12946317.html
https://megalodon.jp/2017-0520-0632-43/www.asahi.com/articles/DA3S12946317.html

天皇陛下の退位を実現するための「皇室典範特例法案」が閣議決定された。内容は既に明らかになっていた要綱に沿うものだが、条文の書きぶり、構成など全体像がはっきりした。
改めて思うのは、典範本体と特例法の「二階建て」になることに伴うわかりにくさだ。
たとえば、典範本体には皇族の範囲をさだめる条文がある。しかし、陛下の退位に伴って新たに設けられる「上皇」「上皇后」はそこには記載されず、特例法だけの規定となる。
逆に、皇位継承順第1位(皇嗣)になる秋篠宮さまの敬称は特例法を見ても不明で、典範を開いてはじめて「殿下」だと確認できる。ほかにも、上皇皇室会議のメンバーになれないなど、両方の法律を突き合わせなければわからない事項があり、不便というほかない。
皇室は主権者である国民の総意の上になり立つ。その国民の理解をあえて妨げるような立法形式がとられたのは、退位をあくまでも例外扱いし、典範本体には手をつけたくない安倍政権の意向が働いたからだ。
今回は、いまの陛下の退位をすみやかに実現させるために、合意づくりを急がねばならないという事情があった。本来の姿ではないとしながらも、多くの識者が政権の姿勢を踏まえ、「特例法やむなし」との立場をとったのは、そのためだ。
しかし皇室をめぐっては、皇族の数と活動をこの先どう維持していくかという難題がある。「女性宮家」創設への理解が広がりつつあるが、それには典範本体の改正が不可欠だ。
名称は旧憲法当時のものを引き継いでいるものの、典範も国会のコントロール下におかれる点で他の法律と変わらない。これからの時代の皇室像を描き、必要に応じて手直しをする。そう発想を改める必要がある。
今国会での成立に向けて特例法案の審議が始まる。これまで各党・会派の間で話し合われた論点についても、改めて国会の場で考えを表明し、政府の見解をただし、それを会議録に残していかなければならない。
昨年来、退位のあり方を検討するにあたって、現行典範、さらには明治典範の制定時の資料が参照され、議論を根底で支えたのを忘れてはならない。
象徴天皇の役割は何か。陛下が大切にし、多くの国民が支持してきた「公的行為」をどう位置づけるか。高齢社会における代替わりはどうあるべきか。
現時点での考えを整理し、将来の主権者国民に届ける。審議にかかわる者すべての務めだ。