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2011-11-02

原発輸出・死の商人

野田首相は来日したベトナムのズン首相との間で原発の建設に協力するとの協定を結んだという。この話には勿論3月11日の原発事故より前からの経緯があるのだろう。でもこの大事故で苦しんでいる国民を尻目に日本政府が何の反省も逡巡もなく原発の輸出に踏み出すのにはまったくの違和感を禁じ得ない。次にはインドやトルコにもという話もあるらしい。

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勿論日本の技術を発展途上国に輸出することは相手国を援助し日本の国益に適うことだろう。しかし相手国が如何に評価しようとも日本の原発技術が欠陥だらけの砂上の楼閣であることは身をもって証明したはずである。まさか将来事故が起きても日本でないから構わぬと考えている訳ではあるまい。原発事故の被害は一国にとどまらない。原発の安全や使用済み核燃料処理の問題は早急に解決されなければならない深刻でグローバルな課題である。

原発輸出は道義的にも許されない。利益のために自らの失敗を顧みず危険を承知で売りつけるのは武器輸出にも劣らぬ「死の商人」と言えよう。国際的パートナーシップを築くのは信頼である。本当に信頼をかち得るためには安全な自然エネルギーの活用技術の開発と輸出を目標とするべきではないだろうか。ここで原発輸出を始める事は将来にわたって原発技術の向上開発の継続に口実を与えかねない。

原発事故の収束さえ目途が立たないというのに菅前首相が唱えた脱原発依存はどうやらすでに反古にされたらしい。「なまず」は地震を起すと言うが「どじょう」は一体何を起すのだろうか?脱官僚を放棄したことは彼の国会答弁を見れば明らかである。

原発のウソ (扶桑社新書)

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原発はいらない (幻冬舎ルネッサンス新書 こ-3-?)

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2011-09-13

死のまちという表現

菅さんが孤軍奮闘頑張り過ぎて裸の王様になってしまい、新しく野田内閣が発足した。でも少し落ち着くかと思いきや早々に閣僚の失言問題がとび出してしまった。

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大臣の中でも原発問題で今最も注目される経済産業大臣が就任早々の福島原発被害地視察で「人っ子一人いない死のまち」と表現して非難を浴び辞任に追い込まれた。

色んなメディアが寄ってたかって「被害住民の感情を逆なでするものだ」と非難する。野党は早速「解散総選挙しかない」と内閣の足を引っ張る。その結果としての辞任だった。

どんな文脈の中で使ったか定かでないが「死のまち」という表現自体がそれほど悪い表現だとは私は思わない。現実はその通りだろうと思うからだ。大事なのは当たらず触らずではなくその現実から目をそらすことなく正面から対峙することだ。そしてこの事態をどう収束し復興に繋げるか方法と手段を策定し実行することだ。そのための施策を議論するならよい。単なる不用意な失言での辞任とは虚しい。あっさりと辞任したのはこの人の無責任さと無策と情熱の不足をさらけ出したものとしか思われない。

反省してもらいたいのは失言大臣だけではない。言葉尻を捉えてことさら失言を騒ぎ立て手柄顔にネタ作りをするメディアの取材記者達、その報道に飛びついて権益の拡大と党利党略にうつつを抜かす政治家達、これで日本の復興は出来るのだろうか?

失言報道には取材記者に「放射能をうつしちゃうぞ」と言ったとか訳の分からぬオマケ騒動までついた。子供じゃあるまいしいい加減にしてもらいたい。これがニュースとは恥ずかしい。

内部被曝の真実 (幻冬舎新書)

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報道災害【原発編】事実を伝えないメディアの大罪 (幻冬舎新書)

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2011-08-01

中国vs.日本

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中国の高速鉄道事故には唖然とした。中国鉄道省は事故車両を壊して穴に埋め乗客の救出もそこそこに現場の検証、事故原因の解明も待たず僅か一日半で運転を再開した。そこには国家の威信の前には人命や安全は二の次であり失態の隠蔽が最重要であるとする体質が露わであった。言うまでも無く中国は共産党の一党独裁政権でありこの事件は天安門事件とともにその怖ろしさを実感させるものだった。

ところでこのニュースですぐに思い浮かべたのが日本の原発事故だった。放射能漏れについては枝野官房長官は「ただちに人体に影響を与えるものではない」を繰り返し、東電が原子炉のメルトダウンを認めたのは事故後二ヶ月も経ってからだった。いま5ヶ月近くを経過して曲がりなりにも原子炉の安定冷却に到達したというが今後の見通しについては予断を許さぬ状況が続いている。日々より広範囲での魚介類、農作物、家畜の汚染が明らかになりつつあり直接の被災者のみならず全国的に国民の不安は高まりつつある。

民主国家である日本の政治体制は中国のそれとは大違いと思われるが、政府や官僚の本質を見ると意外な共通点を持つことが分かる。原子力発電について言えばこれは国家的プロジェクトととして進められたがその推進や運営に関しては経済産業省と東電を始めとする全国7つの独占企業である電力会社の利権をバックとする密接な連帯のもとに進められた。

経済産業省の中に原発を推し進める資源エネルギー庁と安全を監督規制すべき原子力安全・保安院が同居していた。別に識者による原子力安全委員会が内閣府に存在したがそれはほとんど開かれることもなく機能していなかった。福島原発事故査察のため来日した国際原子力機関IAEAの査察団はいち早くこの体制の不備を指摘したがいまだに改善の動きは見られない。

それどころか最近もっと忌まわしい報道に耳を疑った。かって中部電力九州電力の原発建設の地元で行われた国による現地説明会で電力会社や関連企業の関係者を動員して原発建設に例文つきで賛成の意見を述べさせたといういわゆるやらせ事件である。このやらせは安全・保安院が計画演出しメールによる根回しを行ったものだという報道を聞いて背筋が寒くなった。その説明会で会の進行を取り仕切っていた当時の保安院の課長が今は保安院報道官として堂々とテレビで解説をしている。これはまさに中国の隠蔽体質と同じではないか!

脱原発(個人的にだそうだが)を標榜する菅さんにはこの経済産業省改革にすぐにも取り組んで頂きたい。菅さんはこの構図は彼が厚生大臣時代に問題となった厚生省と製薬業界の癒着による薬害エイズ事件と同じだと述べている。


原発のウソ (扶桑社新書)

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2011-06-11

原爆と原発

東日本大震災から今日で3ヶ月経つ。福島第一原発の事故は収束のめども立たず日々環境汚染を拡大し続けている。広島、長崎と世界で唯一原爆の惨禍を受けたこの国は66年後今度は自らの作った原発の事故で苦しんでいる。何という皮肉だろう。自分も含めて何という愚かさだろう。

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福島の事故を受けてドイツのメルケル首相は2022年までに国のすべての原発を廃止すると宣言した。当の日本はどうか?菅さんは東海地震の予測される浜岡原発の当面の運転中止を中部電力に要請した。それは英断だったと評価したい。でももう一歩踏み込んで何故ドイツのように思い切った全面廃止の決断が下せないのだろう。メルケル首相の決断は賢明なドイツ国民の強い環境意識がバックにあるのだろう。一方地震国日本では効率と利権を追い求める国の原子力政策のもと根拠のない安全神話が吹き込まれ国民は洗脳された。核兵器廃絶を実践しながら原発も同じ核反応であることをすっかり忘れてしまった。

形あるものは必ず何時かは壊れる。絶対安全はあり得ない。日本に限らないが危険な使用済み核燃料の処理法も見出せないままに原発が稼動している。将来に質の悪い危険物を残す。そんなモラルのない無責任な政治があって良いのだろうか?

為さずんばなんぞ成らん!菅さんもこの原子力政策を180度転換するような明確な中長期ビジョンを打ち出すことが出来たらこの国のリーダ−として尊敬されただろう。震災をだしに政争に踊る与野党の党利党略に圧されて辞任を口にしてはもう首相として出来る事は何もないだろう。やっぱりそれだけの器量しか持たなかったのか。

さて次なる首相は誰か?悲しいことに大方の国民にはその顔が見当たらない。そして無党派層だけが増え続ける。

2011-05-05

脱原発

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東電は今回の原発事故の収束見通しの工程表を6ヶ月乃至9ヶ月と発表した。政府の圧力にそう言わざるを得なかったのだろう。政府としても工程表がなければ復旧計画の策定が出来ないし人心は安定しないのだろう。問題は見通しの根拠である。壊れた4基の原発の冷却系を修復または仮設出来ないかぎり収束はあり得ない。しかし二ヶ月近くを経過した今でも高濃度の放射線のために原発の建屋に人が入ることすら出来ていない。今やっていることは外部から水をかけ続けることだけである。これによって大量の放射能汚染水が溢れ続けその処理に窮している。高レベルの汚染水の量は何十万トンにもなるという。漏れ出した放射能は大気、海水、地表、地下水を汚染し続けるだろう。このままだと原発燃料の大部分がなしくずしに燃え尽きるまで水を掛け続けることになりかねない。最悪の想定は今一度大規模な余震が起こって津波が再び襲ってくることだ。そうなれば原子炉は大爆発を起こし放射能は東日本全体を汚染するだろう。

長い間続いた自民党政権の下で推し進めて来た原子力政策が安全神話を生み人々を洗脳して今日のこの事態を引き起こした。この小さな地震列島日本でそもそも原発が安全に運転出来るのか、あまりに甘い想定で建設が進められて来た結果と言わざるを得ない。事実今回の津波に匹敵する三陸大津波は1896,1933年に発生している。それを想定外に置いたのは理解出来ない。中曽根首相の下で通産大臣として原子力政策を進めて来た与謝野現経済財政政策担当大臣はそれでもこの原子力政策は間違いではなかったと反省の色もない。一体彼等の想定はどんな根拠に基づいて行われたのだろう?恐ろしいことに今や日本全国の海岸線に54基もの原発がある。それらは皆福島と同じ危険を抱えている。でも信じられないことにもうすでに自民党の中の原発推進派は原子力政策維持の強化を画策し始めているという。

最近のメディア世論調査によると現在日本で原発の廃止乃至縮小を望む人は約40%だという。残りの60%は現状維持又は拡大ということになる。如何に空虚な安全神話が深く人々に浸透しているか、如何に一度味わった豊かさに人々が虜にされてしまうかを物語る数字である。石原都知事も風や太陽で間に合うわけはない。原発は必要だと公言して憚らない。原発はコストが安いという人もいる。しかし果たしてそうだろうか?今度の事故による巨額の損失、復旧費用、さらに時間、空間および人の生活の喪失を考えれば答えは明白だろう。

飛行機が発明された時それは危険な乗り物だった。しかしそれを乗り越えていまは誰もがそれに乗る時代になったと言う人がいる。しかしいったんコントロールを失えば原子力は危険の規模が飛行機事故とは比べようがないほど大きい。被害は局地的でなく国境を越えて地球規模で拡がり、しかも影響は何十年も続く。チェルノブイリ、スリーマイルス島、それに今度の福島の事故がそれを教えている。

間違いなく今世界は核兵器廃絶を超えて脱原発の時代を迎えている。それを可能にするのは太陽光、バイオマス、水力、風力、潮汐、地熱など再生可能の自然エネルギーの利用技術の開発である。例えば太陽エネルギーについて考えてみよう。。コストや効率の問題は残されているがすでに実用化の時代に入っている。光合成の名で知られるように植物は太陽光を使って年間2000億トンもの炭水化物を効率的に作っている。そのうちの80%は最も原始的な生物、海洋プランクトンによるものだという。彼らは太陽光のエネルギーを使って水分子から電子を引き抜いているのだ。35億年も前に生まれた単細胞の生物が作った仕掛けが人間に出来ないことがあろうか。地球の生物は太陽のエネルギーに依存して生まれ進化して来た。将来もその道を辿るのが自然である。自然に優しいとはそういうことだと思う。

今野党のみならず与党の中でも政争がらみで大震災への菅政権の対応の遅さ、不手際を非難する声が大きい。単に批判することは易しい。未曾有の災害に迅速適切に対処することは難しい。しかしこの困難を乗り越えて安心安全な国家を根底から作り直すには脱原発が前提とならねばならないだろう。現政権には大災害を転じて大きな改革への好機と捉える気迫を見せてもらいたい。自民党を始めとする各野党には自分達の推し進めてきた原子力政策が間違っていた事をいさぎよく認めそれに代る政策を打ち出して現政権を批判してもらいたい。

2011-03-21

国家的危機と政治家

今週のお題東北地方太平洋沖地震

菅首相から自民党の谷垣総裁に今度の大震災に対処するため入閣の要請がなされた。谷垣さんは「唐突な話だ。政策協定もなく入閣出来るわけがない。責任を取らされるのはごめんだ。」としてこれを断ったという。公明党の山口代表も及び腰だった。

この国家的危機に超党派で対応しようという考えは野党の政治家には無いのだろうか?政策協定というが今この大災害に対する危機対策に優先する政策が他にあるだろうか?こども手当だとかマニフェストだとか言っている場合ではない。菅政権の支持率は低いし国民の評価は必ずしも高いわけではない。でも今すべきことは現首相のもと日本中が心を合わせて総力を結集して未曾有の国難を乗り越えることだろう。こんな時に党利党略しか考えられないとは情けない。

石原都知事の「天罰」発言は論外だが、「日本人のアイデンティティは我欲だ。津波で洗い流せ」の「日本人」は「日本の政治家」に置き換えるべきだろう。

2010-09-03

鳩山さんは政治家を辞めなさい

鳩山さんてこういう人だったのか。首相時代、見境もなく普天間国外県外移転を唱えて問題をこじらせ、自ら決めた期限が来ると「勉強すればするほど抑止力の重要性を知った」という迷言をもって沖縄の人達を失意のどん底に突き落とした。格好のいいことは言うが確信と実行力がなく出来なければ恥ずかしげもなく無責任に謝ってすます。これは幼児性とも言える。この人はこのように育てられたのだろう。なにしろご母堂から毎月何千万円のお小遣いをもらいながらまったく知らなかったと言うのだから仕方がない。これは言い訳ではなく本当だったのだろうと私は思う。

たしか総理を辞する時「今期かぎりでもう政治家をやめる」と言ったと思うのだが、今度の民主党代表選でのみっともない取り持ち騒ぎはなんだろう。この人は理想家だと思っていたがとんでもない食わせ者だった。菅首相を支持するとずっと言っておきながら、小沢さんが立つとみるや小沢支持にころりと変った。その理由が「小沢さんのおかげで総理大臣にまでさせて頂いた。いま恩を返すのは当然」というのだ。軽井沢の別荘で派手な打ち上げ会までやった。そこには国民のための政治という発想は皆無である。あるのは旧態依然自民党と同じ政権たらい回し思想である。

鳩山さんは民主党の分裂を恐れて夢よもう一度一年前の原点に帰るべきだとトロイカ方式をいまさらのように持ち出したがその内容が人事権限の談合だと知ると菅さんはきっぱりと断ったそうだ。この鳩山さんの行動は見苦しい。いまさらトロイカとはよくも言ったものだ。鳩山さんは政治家を辞めるはずではなかったのか?もう三頭目の馬は要らない。持論の友愛は政界でなくて社交界ででも使ったらよかろう。会談が決裂した日の鳩山さんの悲しみに打ちひしがれた表情はさながらピエロのようだった。でもこれも計算上の演出かもしれない。

鳩山さんの支持を得て小沢さんが代表選出馬を決めた。国の経済が危機的なこの時に選挙などと批判する向きもあるがこれは総理大臣を決める選挙である。この選挙の意味は大きい。是非二人のオープンな正々堂々たる政策論争を聞きたい。そして議員や党員の一人ひとりが義理や保身に捉われず日本のリーダーを公正に判断してもらいたい。それでこそクリーンな民主党と言えるだろう。選挙後の挙党一致体制については両者合意しているという。当然のことながら是非そう願いたいものだ。

鳩山さんには静かにしていてもらいたい。小沢さんには先ず懸案の政治とカネの説明をしてもらいたい。検察が不起訴にしたのだから不正はないという形式論でなく、なぜ大金を集めて転がす必要があったのかカネは何処から集め何に使ったのか国民は知りたがっている。現に公設秘書を含む3人が逮捕されている。それに検察審査会もまだクリアしたわけではない。小沢さんに責任はないのか?小沢さんはゴッドファーザーで普段人前で政策を語るといった場面を見ることが少ない。この機会に彼のすべてをオープンにされることは大変良い事である。

すでに一昨日から菅、小沢の厳しい論戦が公開で始まっている。時間も十分残されているので徹底的な討論を期待している。日本の政治にもある変化が起こりつつあることを実感する。