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2017-04-30

クラーク『幼年期の終わり』

| 12:18 | クラーク『幼年期の終わり』を含むブックマーク

日曜日。晴。

午前中は統合とその後始末。なかなか大変だ。

モーツァルトピアノソナタ十八番 K.576 で、ピアノマルタ・アルゲリッチアルゲリッチモーツァルトがあるのだな。明らかに若い頃の録音。

ベートーヴェン弦楽四重奏曲第五番 op.18-5 で、演奏は Julliard School の学生たち。

ドヴォルザークピアノ五重奏曲第二番 op.81 で、演奏スヴャトスラフ・リヒテルボロディンQ。1982/12/31 Live. 最強コンビによる演奏。音は悪いがなんとか許容範囲です。

クラーク幼年期の終わり読了池田真紀子訳。アーサー・C・クラークによる著名な SF で、以前から一度読んでみたいと思っていた。SF古典高校生のときにあらかた読んだのだが、たぶん本書は読んでいない。一読して不気味な小説だと思った。非常にオカルト的な背景のある話であり、ユングの「集合的無意識」の発想に影響されているようにも思える。完全にネタバレするが、ある世代以下の子供たちが「人類以上」の存在になり、「旧人類」は滅亡するというお話だ。個体としてのアイデンティティを失い、精神を集合的に共有させて全体としてひとつの生命体となる「新人類」は、ご丁寧にも最後は遊びで地球を粉砕してして自らの栄養分にしてしまう。そこでおもしろいのが、究極的に知性を発達させ、宇宙から来訪して人類一種家畜化すると(最初は)見えた、「オーバーロード」たちの存在である。彼らもまた何者かに支配される存在であったとは! このあたりのところが、本書が不気味な所以だ。思うに、これからの進化の過程で別種の「人(homo)」が誕生することは大いに考えられることであろう。実際、ネアンデルタール人と(我々の直接の祖先である)クロマニョン人共存する期間があったことがわかっている。それがこれから起きない保証はない。ただしそれは、現生人類から直接進化するかどうかはわからない。まあしかし、それを自分が目撃する可能性はまずは0であろうが。なお、ネアンデルタール人は知性の働きは我々より上だったと考えられている。ただし、人類もつイリュージョンを作り出す能力」はもっていなかったらしい。ゆえに、宗教存在しなかったようだ。僕は、現生人類というのはかなりかわった生命体だと思う。精神の「パーツ」の種類としてすべてのものをもっていて、比喩能力をもち、ただしその精神簡単に「病む」ようにできている。そんな風に思われる。人類「詩」を作り出す能力をもっているのだ。これは地球上にかつて存在したどの他の生命体もおそらく成し得なかったことで、それは現生人類以外の homo にも無理なことであった。さて、本書のような意味での「新人類」は生まれるのか。どうも自分には確信できる答えがない。

幼年期の終わり (光文社古典新訳文庫)

幼年期の終わり (光文社古典新訳文庫)

ところで、人類はいつか必ず滅びる。100%間違いない。だって、物理学の予想だと、宇宙が加速膨張している事実からして、遥かに遠い未来においては、宇宙は塵のようなバラバラの原子がきわめて希薄に存在するだけで、あとは無数の巨大ブラックホールによって空間自体が半ば引き裂かれたような状態になることがわかっているから。もちろん物理学だって確実ではないだろうという人もいるだるろうが、確実なレヴェルでいうと、あと何10億年か後に、太陽半径が地球軌道を飲み込むことがわかっている。まあ、そこまでも生き残らないだろうけれどね、人類は。

しかし、そんなことを気にしても仕方がないですよ。我々の苦は、そういうレヴェルの話でなく、もっと卑近なものである。

2017-04-29

こともなし

| 09:14 | こともなしを含むブックマーク

休日(昭和の日)。晴。

モーツァルトピアノソナタ第十三番K.333 で、ピアノアンナ・フェドローヴァ。なかなかよろしいですな。

ベートーヴェン弦楽四重奏曲第四番 op.18-4 で、演奏はインQ。どうもいまひとつよくわからなかったのだが、聴衆の反応はいいな。

ブルックナー交響曲第七番で、指揮はクラウディオ・アバドブルックナー自分ときわめて相性の悪い作曲家であるが、とても修行になるのでもっと聴かないといけない。それにしても下らなくて長い曲だ。確かに「深い」のではあるが。

今日でこのブログを始めてからちょうど 3000日目なのだな。よくも毎日続いているものだ。できればこれからも続けたいものである。

昼から仕事にわか雨

中沢新一を読む。

2017-04-28

C言語のお勉強

| 12:05 | C言語のお勉強を含むブックマーク

晴。

午前中は基本をやる。

昼から米屋肉屋

C言語をもう少し使えるようにしようとちょっと勉強しているが、昨日 C言語言語仕様そのものは問題ないなんて書いたけれど、いやいやかなりむずかしいですね。なかなか全体像が頭に入ってこない。プログラミング大切なことのひとつは「抽象化」だと思うのだが、オブジェクト指向プログラミングOOP)ならシステマティックに抽象化できるところを、OOP の使えない C ではどうやるのか、まだいまひとつイメージがはっきりしてこないのである。僕は基本的に思いついたらその場でコーディングしていく、典型的な「ボトムアップ型」のプログラマだと思うのだが、これを C でやるといわゆる「スパゲティコード」(ぐちゃぐちゃにこんがらがったコード)にすぐなってしまいそう。あと、OOP ではデータ構造クラス表現すればよいわけだが、C ではどうやるのだろうかとか。構造体とか typedef とかなのかなあとも思うが、見てのとおりよくわかっていない。むずかしいですよ。例えば Ruby の方が遥かに簡単ですね。

例えば PC と 5回じゃんけん勝負して、勝ち負け引き分けの結果を判定するという、まあ子供の遊びみたいなプログラムRuby で書いてみると、自分こんな風に OOP で書いたが、C言語だとどう書くとすっきりするか。もちろん何でも実装すればいいというならそれほどむずかしくないのは明らかだが、Ruby でわざわざ OOP を使ったのも意味がないわけではないのだよね。いや、C だったら余計なことは考えずにまず実装してみるか。とにかく「つべこべ言わずにコードを書け」だからね。

書いてみました

2017-04-27

Ubuntu 17.04 のインストールとネット接続の不具合に悩まされることについて

| 13:17 | Ubuntu 17.04 のインストールとネット接続の不具合に悩まされることについてを含むブックマーク

晴。

大垣ミスタードーナツ大垣ショップ青木峰郎さんの『ふつうの Linux プログラミング』を読む。「ふつうの」というのは C言語gcc)を使ったプログラミングということである。C言語Windowsプラットフォームにして使ってもいいが、何となく UNIX系(Linux)という感じが自分にはする。Windows なら C# でも使えばいいのではないか。って C# は C とは名前は似ているけれど、かなりちがった言語だと思った方がいいようだ。そもそも C#オブジェクト指向言語であろう。って僕は C# はよく知らないのだが、ちょっと使ってみたところでは初心者でもかなり使いやすい印象だった。OOP も使いやすいし、Windows プログラミングにとってはよく出来ている感じがする(あくまでも初心者の印象ですよ)。C言語言語仕様そのものはそんなにむずかしくないというか、ポインタ以外は別に問題ないのだけれど、Linux なら Linux で使うとして考えないと意味がないのではないか。システムコールとかも含めて C言語プログラミングなような気がする。ある言語が使えるというのは、リファレンスマニュアルリファレンス本を殆ど見ずにプログラミングできるということだと思うが、自分C言語は全然そのレヴェルでない。この青木さんの本はとてもいい入門書だと思われるが、やはり Cプログラミングはむずかしいし面倒くさいという印象だ。同じことをするのに、例えば RubyUNIX系とは相性がよい言語だ)ならば比較にならないほど簡単に、かつ安全にできる。だから、速さを問題にしなければ Linux で Cプログラミングをするというのは、自分のような素人勝手プログラマにはそれほどメリットはない。いまは PC の性能がいいので、Ruby でも実行速度が問題になることは少ないし。でもそれとは別に、敢て C を使ってみるのもおもしろいじゃないですか。素人の動機としてはそれで充分ですね。それにしても、Ruby って本当にいい言語だと初心者は思うのです。

Linuxマルチブートの記事を書こうと思い、最新の Ubuntu 17.04 をインストールしてみる。インストール自体はたぶんうまくいった。
  Linux のマルチブートについて(Ubuntu 17.04) - Marginalia
以上がその成果(?)である。

けれども、Ubuntu 17.04 のネット接続がおかしい。接続しているという表示が出ているのに、Firefox を立ち上げてもサイトにまったく接続しない。これはおそらく Firefox がおかしいのではなく、ping や host なども働かないので、OS問題なのだろうと思われる。不具合はそれだけに留まらず、放っておくとネット接続しているウチの他の PC の接続までおかしくしてしまうのだ。はっきり言って焦りました。それはルーター再起動で一応回復することがわかったが、ひどいものである。英語サイトを中心に検索しまくり、様々な方法を試してみたが、すべてダメ。結局夜おそくまでやっていて成果は0だった。散々だったが仕方ないので明け方近くになって寝る。

2017-04-26

藤本和子『リチャード・ブローティガン』

| 08:38 | 藤本和子『リチャード・ブローティガン』を含むブックマーク

雨。
よく寝た。11時間くらい寝たのではないか。夢もたくさん見た。

ベートーヴェン弦楽四重奏曲第三番 op.18-3 で、演奏Parker Quartet。うーん、なかなかよいではないか。きっちり作り上げてきたな。演奏者たちは将来を嘱望される若きカルテットらしい。先が楽しみ。

ブラームスクラリネットソナタ第二番 op.120-2 で、クラリネットアランダミアン。

スクリャービンの二十四の前奏曲 op.11 で、ピアノミハイル・プレトニョフスクリャービン自分にとってもっともロマンティックな音楽を書いた作曲家であるが、すこぶる複雑な音楽聴くのは大変である。正直言って自分のような聴き手は、楽譜を見ていると唖然としてしまう。すばらしい音楽ではあるが、ある程度複雑な音楽を聴き慣れている人しかわからないであろうのは残念だ(たぶん、正確に音を聴き取ることすらむずかしいだろう)。特に初期のスクリャービン(この曲もそうである)は、究極的にロマンティックで大好きなのだが。

ショパンスケルツォ第一op.30 で、ピアノユンディ・リ子供演奏。達者ではあるが、聴いていて何の感情も湧き起こってこない。この動画の膨大な再生回数を見てもこのような音楽を好む人が多いことがわかるが、自分にはあまり興味がもてないというのが本当のところである。別に好きにしたらいいのだけれどね。言っておきますけれど、この曲は僕は好きだからね。


https://twitter.com/toikoh9114/status/856619728135110656/photo/1

どうでもいいが、三寒四温は冬の季語であることを御存知ない方が少なくないようだ。しかしあんまり春に使われるようになったので、最近ではその用法を認める向きもある。もともとは中国朝鮮半島の話。検索すればちゃんと出ている筈である。

いまどき建つ家に共通することに、どこもまずは庭がない。たぶん、庭をいじっているヒマなどないのだろうな。まあ土もきらいだし、樹や花に興味もないのだろう。気持ちはわかる。雑草を抜くのが大変だしな。

かつての高度成長期までの日本人は、猫の額のような宅地に庭を作ると笑われたものだが、変ったものだ。あと、驚くのは暖炉。最近、岐阜(注記しておきますが、美濃地方はおおよそ寒冷地ではありません)のような土地に暖炉を備えた家が結構建つ。庭に薪が積んであるが、あれはいったい何なのだろうね。まあいいのだが。

図書館から借りてきた、藤本和子リチャード・ブローティガン読了。本当は昨日のうちに読み終えるつもりだったのだが、気がくさくさして途中で寝てしまった。ブローティガンの名訳者として高名な著者による、ブローティガンの伝記である。やりきれない本だ。ブローティガンは50歳になる前に44口径マグナム自分の頭を吹き飛ばした。導入は、冷静に書かれているが、ブローティガンの血と脳漿の匂いがただよってくる。確かに本書はブローティガンへの深い理解が感じられて、読み応えはある。結局、作家ブローティガンを作ったのは子供の頃の悲惨体験であり、また彼自身を殺したのもその記憶だった。そしてブローティガン自虐。本書は淡々と書かれており、またブローティガンの娘のアイアンシが父親のよき理解者であることは救いである。ただ、本書はブローティガンについての本であるが、同時に藤本和子の本でもある。藤本和子の文章が、抑制は効いているがあまりにも上手いのは、ちょっと気になってしまう。その意味でも、僕はやはり文学というものは苦手なのだなと再確認した。ブローティガンの著書は、再読したい気もするが、『東京モンタナ急行』など、いまだ読んでいない本を読んでみたいように思う。なかなか文庫化はむずかしいのかな。

リチャード・ブローティガン

リチャード・ブローティガン

凡人の思うところでは、やはり早死はかなわないし、つらい生活もないに越したことはない。あんまり思い悩むのもしんどい。ラクに生きられればいちばんですよ。なかなかそうばかりでもないから大変なのだが。

すごい。調べてみたら、市の図書館ブローティガンがかなり入っている。これで結構読めそうだ。

けものフレンズとかおっさんにはマジでわけわからんわ…。「艦これ」も謎だったが。時代は進むのう…。
しかし、わけわかったら何だという気もするな。まあシリアを爆撃するよりマシか(って関係ない)。上はサーバルちゃんだって。はー。

SHADESHADE 2017/04/27 04:53 けものフレンズあまりにもつまらなくて途中で見るの止めようと思いました。が、しかし途中から謎が明らかになると...みたいな深いお話でした...衝撃作(苦笑)

obelisk2obelisk2 2017/04/27 07:02 そうなんですか。見てみようかな(笑)

2017-04-25

こともなし

| 09:24 | こともなしを含むブックマーク

曇。

ラヴェルの「クープランの墓」で、指揮はクラウディオ・アバド。ようやくラヴェルがわかってきたという知的レヴェルである。この曲はピアノ版の方が動画は多いくらいなのだが、いまは管弦楽版が聴きたかった。アバドは一部テンポが速すぎるところもあるが、さすがのコントロール能力であるな。

ストラヴィンスキーの「春の祭典」で、指揮はヤープ・ヴァン・ズヴェーデン。再生回数が190万回を超える動画で、それも宜なるかなというべき見事な演奏現代指揮者はこの曲が振れなければ指揮者になれないのだが、それでもこのレヴェルで演奏するのは簡単なことではあるまい。ストラヴィンスキーを完全に古典として消化し切っている。

バッハフランス組曲第四番 BWV815 で、ピアノは Alexandra Gorlin-Crenshaw。初めて聴くピアニストである。たぶん有名な人ではない。また、これがいい演奏かというと、そうではないのかも知れない。技術的にもあまり高いとはいえない。けれども、昔「もしもピアノが弾けたなら」という歌があったが、自分ピアノが弾けたら、この曲はこういう風に弾けたらと強く思わせるものがある演奏である。どこが気に入ったのか知らない。装飾音もいちいちツボに来る。こういう出会いがあるから You Tubeおもしろい。

Alexandra Gorlin-Crenshaw による、バッハトッカータの全曲演奏(BWV910-916)。このピアニストバッハを得意にしているようだ。これはすばらしい演奏トッカータバッハが若い頃の作品たちで、かなりクセがあるがとてもカッコよくて好きだ。ここで聴かれるのは、フレッシュでじつに聴き応えのある音楽トッカータをこれほど説得的に弾くのは、これまで聴いたことがないと言ってもいいだろう。柔らかく甘めの音も魅力的だ。有名なグールド演奏とはまたまったくちがうので、バッハが好きな方には是非おすすめする。おもしろ演奏があるものだなあ。なお、上に貼り付けた順番は自分がたまたま聴いた順なので、めちゃくちゃです。

図書館と県図書館

川沿いを散歩がてらドラッグストアへ。水と緑がきれいで元気が出る。川の上をツバメたちの舞うこと、あとはいつものスズメセキレイたち。田舎の川なので管理が行き届いてなく、まだ自然が残っている感じをなんとか保っている。できればいつまでもこのままにしてほしいものだが。上の写真(ピントがちょっとアマい)は近所の神社境内にて。たぶん外来種なのだろう、一〇年くらい前から見かけるようになり、いまではたいそう蔓延っている。きれいなのだけれどね。

早寝。

2017-04-24

リチャード・ブローティガン『ブローティガン東京日記』

| 06:19 | リチャード・ブローティガン『ブローティガン東京日記』を含むブックマーク

晴。

音楽聴く。■モーツァルトピアノソナタ第十二番 K.332(クリストフ・エッシェンバッハ参照)。

ちょっと最近の日記を眺めてみたら、何か岩波書店の本ばかり読んでいるな。無意識にやっていた。しかし、腐っても(?)岩波。やはり岩波文庫自分は外せない。過激文庫が少ないのだもの。岩波ちくま学芸くらいか? あとは講談社学術平凡社ライブラリーがちょぼちょぼ。河出は時々スマッシュヒット古典新訳には期待。中公は劣化

久しぶりに朝日新聞を読んでいたら坂本龍一へのインタビューが載っていた。教授、やはり無視できない人であったか。しかし朝日新聞もどうせ権威主義なら、浅田さんとか柄谷行人に書かせればいいのに。東大がいいなら蓮實重彦とか渡邊守章とかでもいいしな。まあ教授を取り上げたのはよかった。

しかし、エラい爺さんたちのあとにカスばかり残るっていうのは、やはりあんまりいいことではないよな…。そうなるのは目に見えているが…。人のことを言っていないで精進しよう。

らーめん Nageyari」にて昼食。つけ麺(300g)850円。ここは食べログで「岐阜 つけ麺」でトップに来る店だが(「岐阜 ラーメン」なら二番目)、じつは自宅のすぐ近くなのである。おいしいですな。開店からものの15分で満席。東京なら長い列なんでしょうね。すごい人気店になってしまったなあ。

県営プール。行く途中運転しながら、大幅に勘違いしていたことに気づく。未熟者。

リチャード・ブローティガンブローティガン東京日記読了福間健二訳。得るところが多かった。これなら藤本和子訳の小説を読み直してみようか。本書は日記詩集あるいは詩集日記であるが、これちゃんと日本語の詩になっているよ。大したものだな。ブローティガン翻訳者に恵まれているな。ブローティガンは50にならずに自殺した。藤本和子さんによる伝記、読んでみないといけないかな。

2017-04-23

ウンベルト・エーコ『バウドリーノ(上)』

| 19:51 | ウンベルト・エーコ『バウドリーノ(上)』を含むブックマーク

日曜日。晴。

午前中に市長選挙投票。現職は若い市長だが自分は気に入らないので、75歳のオジイの候補投票する。現職市長議会で意に染まない質問をされると、回答を拒否するのだそうだ。議会がまた大政翼賛で、住民投票条例もあっさり否決。だから、各務原市には住民投票という制度がない。おわかりのとおり、僕はまぎれもない「アカ」でやんす。対抗馬の候補は、高齢でこわいものがなくなったのか、共産党でもないのに大政翼賛会から反旗を翻した二人のうちのひとりで(参照)、前回の市議選に立候補しないなと思ったら、こういうことだったのかという感じ。いまはどの分野でもオジイやオバアの方が過激なのかも知れない。まあ、どうせ現職の当選だろうが、ちょっと地方自治というのをぼちぼち勉強するつもり。とりあえず、市議県議って何をやっているのか知りたい。たまたま僕の見聞の範囲では、何をやっているのか皆目見当がつかない(これじゃあ「見聞」じゃないけれど)。よく「視察」に出かけることは知っている。海外とかね。あと、結構なお給料と結構な退職金がもらえるのも知っている(追記:調べてみると、少なくとも市議退職金はないようである。県議もそうかも知れない)。長年やるとさらに結構な年金がもらえるのも知っている。議員丸儲け。で、何をやってくれているの?

ちょっと調べてみると、やはり市民において地方政治に対し関心がないというのがいちばんいけないようだな。関心があるとしても、利益誘導だったりではいけないだろうね。僕のような実行力0の面倒がりでも、とりあえずネットで調べたり本を読むくらいは簡単にできそうだ。こんなのは、とりあえずちょっとずつでもやっていけばいいのだ。やらないよりマシ。

昼から仕事

ウンベルト・エーコ『バウドリーノ(上)』読了。堤康徳訳。エーコってエンタメだと思うのだが、ちがいますかね。いずれにせよ、まあまあおもしろい。

SHADESHADE 2017/04/24 08:46 エーコの本出たんですね。チェックお早い!記号論学者等よりも小説家という印象が皆さん強いと思いますね。

obelisk2obelisk2 2017/04/24 09:04 「現代文学の最先端」的な評価はちょっと僕には違和感がないでもないのですけれどね。エーコの小説はとりあえず読んでおもしろいというものではないかと。エーコの記号論は昔一冊くらい読んだことがあるくらいかな(笑)。エーコはあまりよく知らないのです。

2017-04-22

青山弘之『シリア情勢』

| 08:41 | 青山弘之『シリア情勢』を含むブックマーク

晴。

音楽聴く。■モーツァルトピアノソナタ第十一番 K.331(クリストフ・エッシェンバッハ参照)。モーツァルトトルコ行進曲短調なのだな。■ベートーヴェン弦楽四重奏曲第八番 op.59-2 (タカーチQ、参照)。■スカルラッティソナタ K.168、K.169、K.170、K.171、K.172 (スコット・ロス参照)。■ラヴェル:亡き王女のためのパヴァーヌラ・ヴァルス (ダニエル・バレンボイム参照)。ラ・ヴァルスはちょっとかなわん曲だな。ワルツメロディが延々と反復されるのがつらいし、最後はうるさいし。って偏見? ボレロ偏執的でかなわないのだが。■ペンデレツキ:フルート協奏曲、アニュス・デイ (David Aguilar、クシシュトフ・ペンデレツキ、参照)。ペンデレツキはもっと聴こう。

夕方までずっとぼーっとしていた。

土曜日のブラタモリが楽しみ。近江ちゃんかわいくなったな。

青山弘之『シリア情勢』読了。副題「終わらない人道危機」。本書を正確に紹介するのは自分の任ではない。能力的に無理である。一般人の素人くさい感想のみ記す。自分国家邪悪存在であると確信しているが、本書を読むと国家代替物はないことがわかる。シリア内戦の発端は、「アラブの春」によるシリア政府の弱体化にある。アサド大統領は強権的な非人政治を行ってきたが、内戦の勃発と近隣諸国欧米の介入はそれ以上の惨禍をシリアにもたらしてしまった。事実上アサド大統領非人政治の方がマシだったというしかない事態に立ち至ってしまっている。また、本書を読んでいると、ここでも欧米諸国のどうしようもない偽善ぶりがまたしても明らかになっている格好だ。それにしても、本書を読むとオバマアメリカ大統領はどうしようもないバカ無能であったとしか言えない。その迷妄ぶりの害悪は、人権以前の呆れた話である。しかし、こういうすぐれた本を読んでもどうしようもない気がする。日本人は無知ゆえに正義などと叫ばないが(僕も正義は嫌いである)、その方がよほどマシなのは皮肉なのか何なのか、まったく人間の愚かしさには限りがない。

正義は結構だが、何が正義かはすぐにコロコロ変わるのだよね。誰が敵で誰が味方かというのもすぐ変わる。それが人間である。自分たちのことを考えたって、誰でもそうでしょう。そんなものである。また、変わらないなら変わらないでまたコワかったりするしな。徹底して論理的に考えるってのは必要だが。

どうしようもないってばかり言っているな。本当にドウシヨウモナイ。

2017-04-21

九鬼周造『人間と実存』

| 15:33 | 九鬼周造『人間と実存』を含むブックマーク

曇。

午前中は睡眠の後始末でおしまい。統合

うどん恵那」にて昼食。恵那ころ蕎麦

統合の続き。そのあと三時間くらいぼーっとしていた。

シューベルト即興曲op.90 で、ピアノはマレイ・ペライア

マーラー交響曲第九番で、指揮はベルナルトハイティンクコンセルトヘボウ・オーケストラ。1987 Live. あーすごかった。眠そうに指揮しているハイティンクだが、最後、手を開いて指揮棒をパッと落とすのだよね。各楽章間、すべてオケ音程取りから始めるのも変っている。第三楽章が終って直ちに楽章に入るのかと思っていたのだが、ここでも休むのだよなあ。おかげで現実に多少戻ってこられてホッとする。それくらい第三楽章演奏はすごい。まだ先までいくのかとハラハラした。しかし、こういう曲を聴くのがいいことかわからない。あまりにも危険な領域に近すぎると思う。

老母の健康があやしくなってきた。まずまず健康に過ごしてきた家族であるが、ついに闘病者を抱えることになるかも知れない。まあ、いつかは来ることであるが。いますぐ死ぬとかそういうわけではなさそうだけれど、いずれにせよ考えておかねばならないことである。それに、仮に母が先に死ねば家事や炊事など、老父との二人暮らしで、生活が大きく変わることになる。そうなるとなかなかむずかしいことになりそうだ。まあ、繰り返すけれど、ある程度日頃から覚悟はしていたことなので。さみしいことではあるな。こうして家族は老いていくのだ。

過度に思い悩んでも仕方がない。それほどひどいということも、まあいまのところはなさそうな感じだし。なるようにしかならない。でも、人生ってかなわないな。勘弁して欲しい気がする。

九鬼周造人間実存読了

人間と実存 (岩波文庫)

人間と実存 (岩波文庫)

2017-04-20

堀江敏幸『音の糸』

| 15:23 | 堀江敏幸『音の糸』を含むブックマーク

晴。
寝て二時間くらいで息苦しくて目が覚める。対応して寝る。朝起きてからも対応。まだまだ未熟。

昼から県営プール図書館へ予約本を取りに行く。棚に丸谷才一の『別れの挨拶』があったので谷沢永一吉田秀和への追悼文などを立ち読みしてみたが、索然とした気分になって棚に返す。丸谷は高校生の頃に結構読んだのだが。

カルコス。久しぶりなのでわりとたくさん買った。

図書館から借りてきた、堀江敏幸『音の糸』読了。一気に読了。うまい文章だ。それにしても、こんなことを書くのははしたないが、最晩年吉田秀和さんに気に入られるとはじつにうらやましい。やはり本物ということなのだろうな。

音の糸

音の糸

2017-04-19

こともなし

| 08:31 | こともなしを含むブックマーク

晴。
複雑であざやかな夢を見る。

午前中は旅行精神的後始末でおしまい。しんどかったー。

バッハフランス組曲第二番 BWV813 で、ピアノはエレーナ・クシュネローバ。

モーツァルトクラリネット五重奏曲 K.581 で、クラリネットアレッサンドロカルボナーレ、弦楽四重奏はイ・ソリスティアクイラーニ。なかなかいい演奏

チロルチョコ きなこもち まとめ買い落手。

たまたま今日仕事だったので、遅い夕食を摂りながら武田アナウンサーに代ったクローズアップ現代を初めて見た。先日ニューアルバムリリースした坂本龍一へのインタビューだったので、ちょうどよかったわけである。アルバム・コンセプトの「非同期」ということを中心とした構成になっていて、なかなか興味深かった。これを見てみると、先日自分が書いた感想はもしかすると的外れだったのかも知れないなと思った。ただ、教授はこれが自分の最後のアルバムになるのかも知れないと仰っていたので、まるで見当ちがいということもあるまいが。武田アナインタビューはちょっとつっこみが足りなかったきらいはあるけれど(いや、誰でもあれくらいしか無理か)、教授は誠実に答えておられたのが印象的だった。なるたけ長生きしてもらいたいなあと思った。

何に対してか知らないけれど、むかつく感じ。何が頭にきているのだろう。

SHADESHADE 2017/04/20 04:51 きなこもち好きです^q^ 教授は美術手帖やSWITCH等の雑誌でも特集されてますね。自分もチェックしてみます。「Year Book 1980 -1984」というB-2 Unitsのライブ録音など初パッケージ化したCDも出たので聴いてみたいです。

obelisk2obelisk2 2017/04/20 15:17 きなこもちうまいですよね(笑)

坂本龍一の新譜はちゃんと話題になっているのですね。そうでしょう、そうでなくてはいけません。ぼちぼちと過去のアルバムも聴き返してみようと思っています。

2017-04-18

南河内家族旅行(第二日)

| 22:39 | 南河内家族旅行(第二日)を含むブックマーク

何だかすごくハードボイルドドラマティックな夢を見て、何だろうと思う。舞台架空岐阜の街というのも謎。うとうとしながらもっと見ていたかったのだが、今日も日程があるのであって断念。いつものごとく朝湯に入ってから、昨日から一転きれいに晴れた青空の下、最上階からの展望はすばらしかった。

今日はどういうプランにするか最後まで皆んなで迷った上、まずは葛井寺へ行くことにする。これは「くずいでら」ではなく「ふじいでら」で、地名の「藤井寺」はここから来ているのである。ここは今日が月に一度の御開帳の日なのだ。狭い道を地元の人に教えてもらいながら、門の前のコインパーキングに車を駐めて参拝。境内では駄菓子やゴム紐(?)を売る店が出ていて、こんなものが売れるのだろうかと不思議だったが、地元の方たちがたぶん昔から支えてこられたのだろうなと思った。ここも現世利益という感じはそうだったのだが、おばあさんが一生懸命お祈りしておられたり、西国三十三箇所参りの白装束の方々がお経を唱えておられたり、信仰が今も生きているのをはっきりと感じて、とても気持ちがよかった。そして御開帳の国宝千手観音像は実際に手が千本以上あるもので、お顔が若々しく魅力的であり、非常に印象に残った。僕はここは気に入りました。俗な信仰は決して悪いものではない。それから、おもちを一人一個ずつ頂きましたね。

続いて藤井寺市道明寺へ。ここには国宝十一面観音像があり、さほど大きいものではないが、近くまで寄って見せてもらえるのでありがたい。これもとてもよかったです。上品で、腰はわずかにツイストしておられるかな。平安初期のものということだが、状態もとてもよい。これもおすすめですね。境内で売っていた桜餅を買う。知っている人は知っているだろうが、和菓子で使う「道明寺粉」というのは、ここに因んでいるそうだ。後で食べてみたら、きちんと桜の葉を塩漬けにしたものを使っていて、餡も上品な甘さでありおいしかったです。

さて、これで南河内はおしまい。帰りの途中で高槻に寄ることにする。近畿自動車道名神を走って茨木IC で下り、今城塚古代歴史館へ。ここは今城塚古墳に隣接した博物館で、ここの古墳からの出土品を中心に展示解説してあるまだ新しいものである。今城塚古墳は20年くらい前に発掘調査されて、大量の埴輪が見つかったことで、継体天皇の陵であることがほぼ確定したという歴史がある。ただし、宮内庁が(プライドゆえにであろう)認めていないため、継体天皇陵とは呼ばれていないのである。継体天皇は、古代史が好きな人なら知っていることだが、血の繋がりとしては現在の天皇家事実上の初代に当たると見做され、現在の越前地方の出身だと推測されている、極めて重要な天皇である。天皇家は公式には「万世一系」とされているが、ここのところで血統が途絶えているというのが現在オーソドックス理解だ。歴史館でガイドの人から懇切丁寧なレクチャーを受けつつ見学して、有意義でした。ここは常設展撮影可なので、埴輪などをいっぱいカメラに収めてきましたよ。古墳は発掘されたときは状態が非常に悪かったのだが、今は丁寧に原型が復元され、一面にレプリカ埴輪が並んでいるのを見ると、権力の大きさに感慨が催される。古代史というのは不思議な感じがするなあ。

これで観光はすべておしまい。歴史館のとなりのうどん水車」でカツ丼(結構うまかった)を食したあと、再び茨木IC から名神に入って帰宅。自宅到着は16:08、二日間の総走行距離は481.4kmでした!

2017-04-17

南河内家族旅行(第一日)

| 07:24 | 南河内家族旅行(第一日)を含むブックマーク

出発までまだ時間があるので、音楽聴く。外はいまは晴れているのだが。

ベートーヴェン弦楽四重奏曲第二番 op.18-2 で、演奏はアタッカ四重奏団。技術がちょっと気になるところもあるが(気のせい?)、これに限って言えばいい演奏。曲のフレッシュさがよく出ている。

モーツァルトピアノ協奏曲第二十七番 K.595 で、ピアノルドルフ・ゼルキン、指揮はユージン・オーマンディオーマンディの指揮が化粧じみているのはわかるが、ゼルキンもそれにお付き合いしているのは解せない。二人ともこの曲の演奏としては趣味がよくない。

仏像の御開帳に合わせて、南河内へ小観光してきました。ということで日程は代えられないので、天気が悪くなるという予報ながら、朝8:28出発、東海北陸道各務原ICから名神へ入り、ひたすら西へ。まだ天気は悪くない。多賀SAで休憩し、アツアツの豚まんを食す。京滋バイパスに入ってからは土地勘がなく、ひたすらカーナビ頼みでよくわからないうちに近畿自動車道を経由、美原北ICで高速を下りる。目的地は河内長野観心寺で、到着直前に雨がポツポツ来だした。11:51着、自宅から209.6km。何だかかなり山の中という感じのお寺なのだが、今日明日が国宝如意輪観音の年に一度の御開帳ということで、人はかなり出ていた。観音さんは柔和なお顔のよろしきもので、立膝をされているのがめずらしい。解説(?)をされたお坊さんの話だと昔も今もかなり現世利益に傾斜した信仰形態のようである。寺の創建飛鳥時代後期という古いもので(金堂が国宝)、真言宗と関わりが深いらしい。また、南北朝時代楠木正成とも関係が深く、寺域には正成首塚や正成が三重の塔を建立しようとして、一重で頓挫してしまった「建掛塔(たてかけのとう)」がある。それから、霊宝館には飛鳥仏と思われる小さな仏像が何故かあって、これはよろしかった。天気もここでは何とかもってくれました。

昼食は河内長野麺坊蕎麦博にて天ざる蕎麦。ここは前もって調べておいたところだが、天ぷらはベチャベチャだし蕎麦香りもまったくしないくにゃっとしたヒドいもので、店内が満員なのが信じられないくらいだった。食べログ3.2 でここまでヒドいのはめずらしい。やはり関西では蕎麦はレヴェルが低いのだろうかと邪推してしまった。でも前回の奈良県ではすばらしいところがあったしなあ。でもまあ、すべて下調べどおりいくものでもなし、それはそれでよしとする。

少し離れた金剛寺へ。雨が強くなってきたので傘を差しながらの参詣であったが、雨で却って風情が出たようないいところだった。ここには重文の「日月山水図」屏風と大日如来坐像その他を有しているのだが、屏風はレプリカ仏像京都国立博物館にあって、いずれも実物が見られなかったのは残念だった。仏像は金堂の修復が終わってから戻ってくるそうであるが。しかしまあ、雨の寺域は本当に風情があったので悪い印象はないのである。それからどうでもいいが、僕の参拝をガイドの人がホメて(?)下すったのだが、どういうわけだか我々にはまったく意味不明だった。あとで「何だろう」と皆んなで不思議がったことでした。

まだ時間があるので、お茶でも飲もうかと「道の駅かなん」へ行ってみるも、ショボい道の駅で喫茶コーナーなどはなし。しばらく車でぐるぐる廻ってみるも、東海地方でもなしすぐに喫茶店などはなくて、もう宿へ行くことにする。宿は小山の上の「かんぽの宿富田林」で、16:04着、今日走行距離は243.6km。ここは眺望はすばらしい。我々にはさほど廉価なプランでもなかったのだが、夕食ははっきり言ってたいした味ではなかった。見た目を豪華っぽくして、料理長の舌の悪さを誤魔化そうとした感じ。でも、こういうことは観光旅行ではよくあること。宿泊客は結構いましたよ。

2017-04-16

坂本龍一「B-2 Unit」を聴く/小沢信男『俳句世がたり』

| 11:14 | 坂本龍一「B-2 Unit」を聴く/小沢信男『俳句世がたり』を含むブックマーク

日曜日。晴。

ショスタコーヴィチ弦楽四重奏曲第十番 op.118 で、演奏ボロディンSQ普段ロックなどを聴いていてクラシックを聴かない方にも是非聴いてもらいたい曲だ。これはショスタコーヴィチ弦楽四重奏曲の中でももっともアグレッシブな曲であろう。ショスタコーヴィチ弦楽四重奏曲ベートーヴェン以降の弦楽四重奏曲としてもっとも価値の高い作品たちであることは疑いなく、そのシリアスさはベートーヴェンでさえ脱帽せざるを得まい。まさしく戦争全体主義の世紀であった二十世紀にふさわしい作品たちだと思う。人間性に対する深い絶望が至るところに聴き取られる、いや、そんな風に聴いてはいけないのかも知れないが、自分にはそのようにも聴こえてしまう。ボロディンSQショスタコーヴィチ演奏第一人者たち。ここでも凄まじい演奏が聴ける。

Ubuntu Budgie 16.10 を 17.04 にアップグレード。これで Budgie は Ubuntu の公式フレーバーになったようだ。Kubuntu 16.10 のアップグレードはまだのようである。

坂本龍一の「B-2 Unit」を聴く
十年ぶりくらいだろうか。前聴いたときはまだこれがよくわかっていなかったのは明らかである。しかし、今度はとてもおもしろく聴いた。リリカル、というとちょっとちがうかも知れないが、坂本龍一アルバムの中で最良の現代詩にもっとも近いそれだと思う。坂本龍一は若い頃からノイズの感じがとてもいい。このアルバムの中では最後の二曲が音楽超絶技巧的だ。そしてこのもう少し先へ行けそうだし、実際坂本はそこまで行ったのだろうか。もうこれは、坂本龍一を少しづつ聴き返さないといけないな。よくこんな人がいると思います。

B-2 Unit

B-2 Unit

小沢信男俳句世がたり』読了小沢信男さんは初めて読む(追記:いや、そうでなかった。『捨身なひと』を図書館から借りてきて読んだな)。いまの若い人たちは、こういう「リベラル」な物言いをする人を愚民と呼ぶだろう。俳句を読んでも著者は震災のこと、フクシマのことから、世の右傾化、ちっともなくならない戦争、等々に軽くは語っているが腹に据えかねる様子を隠そうとしない。こういう不満ばかり垂れて「対案を出さない」人間を、今日(こんにち)では愚民と呼んで軽蔑の対象にしているのだ。もちろん僕も愚民のひとりであり、著者ほどでなく既に慨嘆すらもしなくなってきたようである。それにしても、これまでの歴史でいい俳句が作られてきたものだと、本書のような小さい本を読んでも素朴に驚かされる。もう少し俳句を読まねばならないと思っているのだが、なかなか実行に移されなくていけない。中沢さんの対談本も出たしな。

俳句世がたり (岩波新書)

俳句世がたり (岩波新書)

芭蕉は当然なのだが、子規って人はホントにすごい人だな。エピソードを聞くだけですごいとわかる。あんまり読んだことがないので、子規ももっと読んでみたい。って無知丸出しですけれど。

近ごろは「パヨク」という蔑称猖獗をきわめているそうですね。僕もたぶんその「パヨク」だと思います。やれやれ

明日から小観光に行ってきます。どうやら雨になるみたいですが。

by obelisk 2009-2017.