つぶやきの延長線上 このページをアンテナに追加 RSSフィード Twitter

2016-09-26

ショットと音響による演出 - マイケル・デュドク・ドゥ・ヴィット『レッドタートル ある島の物語』感想

『お坊さんと魚』や『岸辺のふたり』のマイケル・デュドク・ドゥ・ヴィット監督レッドタートル ある島の物語を見てきた。ドゥ・ヴィット監督作品をシネコンの大画面で見れるのは奇跡でしかないように思える。実写でいえばゴダールやスコリモフスキをシネコンでかけているようなものじゃないだろうか。それだけ正気の沙汰ではない(笑)ドゥ・ヴィット作品を贅沢な環境で見せてくれたジブリには感謝せざるを得ない。

f:id:paranoid3333333:20160925220844j:image

レッドタートル ある島の物語』は80分間一切台詞がない。正確にいうと叫び声などの声にならない声のようなものは存在しているが、環境音とストリングスによる劇伴以外は存在しない。固定ショットでアニメーションを見せていく手法なのでこの手の長編アニメにしてはカット数がものすごく少なかった*1。台詞がなくてもキャラクターが行動していくこと、そして力強いショットによって物語を重層的に積み上げていく。

どこから来たのか どこへ行くのか いのちは?

ポスターなどに書かれている谷川俊太郎のコピーですが、正直なところ彼のコピーがこの映画すべてをきわめて端的に表現できているので感想書く意味があるのだろうかとちょっと書くのを悩んだくらいだ。本来もっと長い文章ですが、ポスター用ピックされている。しかし、この文章だけでも十分に伝わる。

オープニング真っ黒な画面にクレジットが映されるが、既にここから映画は始まっているかのように波の音が聞こえてくる。次の瞬間大荒れした波にのまれた男が必死にもがきながら海にあらがっている様子が映し出される。そして気づいたときには島に投げ出され、島中を隈なく探しても誰一人もいない。そう、ここは無人島だったのだ。そしてイカダを作り何度も島から脱出しようとするが、なぜか海に出たところで何かの襲撃に合いイカダは壊されてしまう。そしてその犯人が赤い亀ということがわかり、彼は亀に復讐してしまうが…。

パンフレットで池澤夏樹が語っていますが、物語的にいえば『ロビンソン・クルーソー』などの無人島生活モノになる。主題が変わっても無人島は広い心で漂流者を受け入れていく。ポピュラーな物語をアニメーションで表現するといえば、トム・ムーア『ソング・オブ・ザ・シー 海のうた』、アレ・アブレウ『父を探して』が記憶に新しい。ドゥ・ヴィットのフィルモグラフィーでいえば『岸辺のふたり』に近しい感覚。彼の短編作品は省略表現がとても上手ですが、『レッドタートル』はそういった彼のフィルモグラフィーの良いところを残しながら、アップデートしているといってもいいのかもしれない。

今年公開された映画の中でも、画面と音響の使い方やショットの力強さはベストクラスだった。「どこから来たのか どこへ行くのか いのちは?」のコピーは画面設計からしてもいえる。オープニング早々に海のど真ん中でおぼれそうになる主人公。気がつくと島に打ち上げられている。森の中に入ればオフスクリーンから雨音のようなものが聞こえてきて次の瞬間にはスコールに遭う。「どこからか来たのか」ということは、オフスクリーンから画面の中(オン)に何かが入ってくることを指す。「どこへ行くのか」は、亀が甲羅を海に捨てたり、男が海にイカダを捨てるといった行為が、画面の外(オンからオフ)に向かって何かを捨てることで表現されている。また“海辺⇔森⇔岩場”と、けして広くない島の中を繰り返し反復させたり、カットや音響のリズムを変えたりメリハリをつけることで見ているものを飽きさせない。「島に人がいないか探す→叫ぶ(ロングショット)→島を映す(超ロングショット)」など、絶妙なタイミングで画面を引くことで画面中に音が広がるようなショットを実践したりと、「アニメーション映画でここまでショットについて考えているのか!」と驚いたくらいだ。

f:id:paranoid3333333:20160925223111p:image

  • 『お坊さんと魚』(1994)

f:id:paranoid3333333:20160925223112p:image

  • 『掃除屋トム』(1992)

f:id:paranoid3333333:20160925223113p:image

これまでの短編作品でいえば『岸辺のふたり』のような線がグニャッと繋がっていくようなドローイングや、『お坊さんと魚』『掃除屋トム』でのピョコピョコと跳ねる表現など、アニメーション特有の快楽があった。今回はそういった点だけではなく長編映画を意識した作り、「ショット」と「音響」を徹底的に考えられて作られている。それに短編でも得意としていた省略表現もしっかりと本作に引き継がれている。主題のコピーのように「どこから」つまり「始まり(理由)」は描いていない。あるのは今だけ。それだけにその瞬間だけが儚くて愛おしい。だからSEXシーンも当然のように抜けている*2。その次のショットで画面の外から赤ちゃんがよちよちと歩いてくる。何が起こったか直接的に描かなくてもそれだけで何が起こったか説明してしまう。

f:id:paranoid3333333:20160925223115p:image

反復とカット割りの緩急でいえば、怒号のように響き渡る音とともに島を呑み込む津波のシーン。それまで何度も“海辺⇔森⇔岩場”を行ったり来たりするシーンがあったが、息子が津波の音に気付き、水場から森→海辺へ駆けるシーンでは彼の情動を表現しているかのように、ものすごい速さでカットが変わる。オフから聞こえる音によって、キャラクター共々に私たちも何かを予期し反応するといった感情が行動として見えるように示される。またこういったカット割りの緩急とは逆に、たっぷりと時間をかけて画面を優雅に見せるシーンも多々ある。例えば、彼が島に来て月夜に海辺で寝ていると、海に橋が架かり「島から出られるぞ!」とウキウキしながら走り出す。その幸福感がMAXになったとき彼は空を飛んでいる。月光が画面をモノクロームのように見せ、光と影(白と黒)が画面を立体的に見せる美しいシーンだ。ここでかかるストリングスの気持ちよさも相まって早々に泣いてしまった。また彼がおじいさんになり、おばあさんと一緒に海辺でダンスするシーン。『岸辺のふたり』のラストシーンのような多幸感に満たされる。本当にこの監督はショットにしても緩急のつけ方にしても天才的だ。

  • 最後に

さて、この映画で謎とされる「どこから、どこへ」であるが、謎なんてあるようで無い映画だったと思える。もう少しメタ的に見ていくと島の外は「死の世界(または逆)」のように見えるかもしれない*3。ただこの映画の問いかけはそうではなく、“今(現在)”を見ましょうといったことなんだろう。この謎は外を意識させるための装置やトリックのようなものだ。「画面を見ましょう そして画面の外を意識しましょう」と言われているようにも感じられる。まず、画面に描かれていないことを考えるのは後にして、現在、つまり観客にとっての目の前にある画面を見なさいと。最後までハラハラドキドキして一瞬たりとも目が離せないスリリングな映画であり、優雅かつ愛おしい時間を体験できた。最後にもう一度、ジブリ感謝です。

D

*1:おそらく650カット前後

*2:代わりに感動的なストリングスと2人が浮遊する表現が使われていた

*3:甲羅やイカダを海に捨てるシーンや津波のシーンなどが示唆的なような

2016-09-25

山田尚子と「投げること」 - 映画『聲の形』 演出・感想 (ネタバレあり)

山田尚子聲の形鑑賞してきた。山田尚子映画としては『たまこラブストーリー』(2014)ぶりでしたね。先に結論を言っておくと傑作だと思いました。印象的なことから言えば切れ味抜群のカッティングによる様々なイメージの連鎖エレクトロニカ的な劇伴も素晴らしかった。映像的な作りとしてアヴァンギャルドなことをしていたので、1回目ではイメージを集約するので精一杯でイメージを繋ぎ合わせるのが難しかった。2回見てなんとなく頭の中でまとまったので書いてみることに。作品というよりも作家論風味にまとめています。ネタバレしていますので注意を。

f:id:paranoid3333333:20160925010735j:image

まず『聲の形』の内容から触れる前に山田尚子作品の特徴から書いてみる。山田尚子は「投げること」に置いて職人的なこだわりがある。*1前作の『たまこラブストーリー』に関しても「投げること」で物語が転じていくといった演出を積み重ねていた。『聲の形』に比べればシンプルな演出であり、「ラブストリー」と絡めて傑作でしたね。(下記演出例)

f:id:paranoid3333333:20160924231901p:image
f:id:paranoid3333333:20160924231902p:image
(上)映画の冒頭、もち蔵がたまこに糸電話を投げるシーン。
(下)映画のラストに同じくもち蔵がたまこに糸電話を投げるシーン。

f:id:paranoid3333333:20160924231903p:image
f:id:paranoid3333333:20160924231904p:image
(上)もち蔵の気持ちをどう処理したらいいかわからないときのたまこ。
(下)気持ちを整理した後のたまこ。

『たまこラ』では気持ちを「投げる」/「受けとる」といったことを糸電話やバトンを使って上手く表現している。もともと糸電話やバトンを受け取るのが苦手なたまこ。そしてもち蔵の告白を聞いてから気持ちをどう処理していいかわからなくなってしまうたまこ。気持ちの整理がつけば受けとれるようになるといったシンプルかつ気持ちのいい演出だ。『たまこラ』はこういった反復表現を使い80分程度でまとめているが、テレビシリーズの『たまこまーけっと』でも、1話から「投げること」を実践している。

f:id:paranoid3333333:20160924233907p:image
f:id:paranoid3333333:20160924233909p:image
(上)初めてたまこに投げられるデラちゃん。
(下)女性の脱衣所を覗いてたまこに投げられるデラちゃん。

たまこまーけっと』ではデラがコミュニケーションの障害として機能していく。デラが餅を食べることで見る影もなく太ったことも“飛べなくなる”障害なんですね。またその太ることによって「時間」を意識させる。よく会話をすることを「キャッチボールしなさい」と表現するけど、コミュニケーションは相手に投げかけて帰ってくることで成立する。一方的なアクションはコミュニケーションとは言えない。『君の名は。』がヒットしている新海誠であればそういったコミュニケーションのズレを『ほしのこえ』で携帯電話のメールによって時間の流れ違いを演出していた。演出意図として新海誠山田尚子は違うことをしているので一概に良い/悪いはないけど、山田尚子はコミュニケーションの瞬間が「見えること」に重きを置いているのではないだろうかと感じる。

f:id:paranoid3333333:20160924233910p:image
デラちゃんが糸の上に乗って障害として機能する。

またそれは『たまこまーけっと』から始まったことではなく彼女が参加した作品には様々な「投げる」表現が見られる。

  • CLANNAD AFTER STORY』(2008)- 第10回「始まりの季節」

f:id:paranoid3333333:20160924233911p:image
山田尚子コンテ回のクラナド2期。キャッチボールシーン

  • 氷菓』(2012) - 第14話「ワイルド・ファイア」

f:id:paranoid3333333:20160925000956p:image
山田尚子コンテ回の『氷菓』から14話。料理対決中に食材が切れて途方に暮れているところに天の恵みが(小麦粉をゲットしてかき揚げを作ることに)。

  • Free!』(2013)- 7Fr「決戦のスタイルワン!」

f:id:paranoid3333333:20160925000955p:image
こちらも山田尚子コンテ回。お賽銭を「投げる」シーン。



さて本題の『聲の形』ですが、「聴覚障碍者」と「いじめ」と深層的に語るとデリケートな話になっていますが、やっていることに関してはやはり一貫して「投げること」によるコミュニケーションだと感じた。タイトルの「聲」という旧字の成り立ちから見ていてもハッキリしてくると思う。

f:id:paranoid3333333:20160925000957p:image

何事にも興味津々な将也の通っている小学校に聴覚障碍者の硝子が転校してくる。将也は硝子を人というよりも興味のある対象物として見ていた。声を掛けても聞こえないために砂利を投げてみたり、補聴器を硝子から取り上げて投げ捨ててしまう。硝子はどうしても人よりも遅いスピードでの反応になってしまうので、何も知らない子供からしてみればその遅延*2は理不尽でしかないのだろう。そんな硝子を取り巻く「投げること」はコミュニケーションとしてはロクに機能しなく、ここでは「衝突」に変換される。彼女は周りの人間といつも衝突しながら生きていかければならない。

本作では硝子と将也の関係性がピックアップされているが、コミュニケーションによる「衝突」は彼/彼女らを取り巻く周りのキャラたちも同様である。硝子がいじめられていると知りながら誰も助けようとしない。佐原だけは積極的に交流していくが、彼女も嫌味をいわれ学校を去ってしまう。自分ではいじめていないと主張する川井や、高校生になっても硝子への態度を変えない植野(その他略)といったように、硝子の周りの人たちはとてもギクシャクした関係になっている。そいういったキャラクターの衝突が、硝子の自殺未遂(と同時に将也の入院)と、大きな事件に発展してしまう。

  • 落ちること ‐ 「反復」について

本作は落ちる(飛ぶ)ことで快感を得るポジティブなイメージと、相反するネガティブな死のイメージを繰り返し反復させている(落ちること=身を「投げること」でもある)。それは将也/硝子の自殺未遂(これもまたニコイチ,反復)に還元されていくだろう。犯罪映画で拳銃が出てきたら必ず「撃つ」じゃないけど、何度も「落ちる」イメージを執拗に描くことで、劇的に「落ちる」ことを演出している。将也は硝子を助けるため落ちてしまったが、将也が生きていたことにより、“美しい(ように見える)ドラマ”を形成する。山田尚子は投げると同様に「落ちる」表現も様々手掛けている。

f:id:paranoid3333333:20160925000954p:image
もち蔵に告白されてビックリして鴨川に落ちてしまうたまこ。

f:id:paranoid3333333:20160925004420p:image
山田尚子コンテ回の『ユーフォニアム』から第一回。滝先生がプレーヤーを落とす瞬間。しかもポケットから落ちる→コードをつかむ→イヤホンジャックからコードが抜けるという二段落ち。

  • CLANNAD』(2007) - 第17回「不在の空間」

f:id:paranoid3333333:20160925000958p:image
山田尚子が演出家デビューした『CLANNAD』から17回。蹴り飛ばされてベッドに落ちたように見える。「拒絶」としてのコミュニケーション。

傷つけることでコミュニケーションしていた将也が、今度は逆にいじめられることで自分の殻に閉じこもってしまった。複雑な事情はあったが、前を向き周りの言葉を聞き入れることでひとつ変わったと言えるのかもしれない。映画的にいえば変化することで「時間」の経過を感じさせられたのだと思う。やたらと攻撃的なキャラや自分の認識に無関心なキャラといったように特色あるキャラを登場させることによって、「色々な人がいる」と多様性の価値も見せたかったのだろう。誰かが誰かを傷つけてそれを赦すといった物語ではなく、自分自身の認識を見直すことを描いているように思える。

f:id:paranoid3333333:20160925004419p:image

将也は投げることでコミュニケーションを絶ってしまったわけだが、高校生に成長してパンを投げることでコミュニケーション成立させている。「自分が嫌い」といい何にでも謝ることをしてきた硝子であったが、高校生になった将也も謝ることが普通になってしまっている(反復)。結絃を家まで送る将也の傘や、植野を傘に入れる硝子(反復)。結絃がカメラで捉える硝子と将也の会話シーン。隠し撮りした植野と硝子の観覧車での出来事…と対象人物を変えながらも反復していく。映像的にも繰り返し脚を映すショット、フラッシュバック演出(回想イメージ)の多用と、反復はいたるところに散布されている。山田尚子監督デビュー作である『けいおん!』からして反復が素晴らしい。

f:id:paranoid3333333:20160925005204p:image
f:id:paranoid3333333:20160925005205p:image
山田尚子の監督デビュー作となった『けいおん!』の第一話と最終話。一話では滑って転んでしまうが、最終話ではしっかりと足で踏ん張って転ばないようになっている。同ポジを使った成長(時間)表現。

速いカット割り*3による反復のせいかアニメーション的な快楽よりも、本来のリミテッドアニメの持つ快楽が優先されているように感じられた。上段に書いたがこういった反復によって「時間」を意識させることがこの作品で重要だと思う。キャラクターは小学校から高校生まで時間が経過している。観客からしてみれば2時間程度の上映時間であるが、キャラクターは何年も過ごしているといった時間のギャップが生じている。そういった時間によるギャップをカットを積み重ねること(反復)で縮めているのかもしれない。

  • 最後に

他によかった点について。将也の家から結絃が裸足で帰ってしまったとき、将也は結絃に追いつくが硝子のことを責められて将也の持つ傘が下を向き独り言をいう。ここで結絃が傘を下から持ち上げるところ。言いすぎてしまって彼が落ち込んだのを止めようとしているのだろうけど、心理語りになってしまうので「おい!映画は心理じゃないぜ!」と訴えかけているようなシーンに見えた。何も言わず行動で態度を示すいいシーン。

山田尚子の映画としてこれまでよりも一歩も二歩も先にいってしまったかのようなレベルの映画だと感じた。ただ好みとしては『たまこラブストーリー』や『けいおん!』のほうが好きかなーといった具合。ちょっとデリケートなことが話題になる作品だと思いますが、グチャグチャした人間模様を山田尚子は美しく見えるよう巧みな技を駆使していた。それだけ綺麗な映画に見えましたし、イメージが雪崩のように迫ってくる情報量の多い映画だったと思います。

D
D

映画 けいおん!  (Blu-ray 通常版)

映画 けいおん! (Blu-ray 通常版)

聲の形(1) (週刊少年マガジンコミックス)

聲の形(1) (週刊少年マガジンコミックス)

ニュータイプ 28年10月号

ニュータイプ 28年10月号

*1:本タイトルは「ジョン・フォードと『投げること』」から 講演「ジョン・フォードと『投げること』 完結編」

*2:劇伴でも反響などで意図的に音をズラすことで遅延を作っていた。これは補聴器がアンプの役割なので「ノイズが聞こえる」 映画「聲の形」牛尾憲輔インタビュー 山田尚子監督とのセッションが形づくる音楽 | アニメ!アニメ! といった意味合いのよう。サントラ3,500円と高価なものですが、曲名しか書いていないのでMP3ダウンロードで十分だと思います。(それでも2,400円するのはどうかと思うが)後々に映画の特典としてセットで劇伴の解説(絵コンテ的な)でリリースして欲しい。

*3:OP含め2,100カット以上。『けいおん!』では1,600カット以上。『たまこラブストーリー』は1,200カット以上と記憶している(多分)。

2016-09-23

水樹奈々−2016.9.22『NANA MIZUKI LIVE PARK 2016』<甲子園球場>レポ・感想

水樹奈々の甲子園ライヴに参戦してきましたー。今回近鉄を乗り継いで11時過ぎには現地入りしたのですが、そのころには甲子園を一周するくらいの物販列が出来ており私は物販をあきらめることに。通販あったらタオルくらい買おうかなと。さすがに屋根のない球場ですからリハーサルの音が駄々漏れ(笑)自分はかろうじて100%来るだろうと思ってた『POWER GATE』と『STARTING NOW!』のみのバレで済んで助かりましたが。それでフォロワーさんたちと合流し近くにある銭湯施設に行こうと無料シャトルバスに乗ろうとして別のバスに乗ってしまい、そこから2キロくらい歩く(しかも土砂降り)等の事件が起きましたが、まあいい運動になった(笑)

余談はさておいてライヴレポですが、会場は10分押し程度でしたかね。まさか一曲目にこれが来るとは…。まず以下にてセトリを。

1.アオイイロ
2.POWER GATE
3.It's Only Brave
4.Naked Soldier  
5.SCARLET KNIGHT
6.アンティフォーナ 
7.POP MASTER (ジェット風船飛ばし)
8.76th Star
9.Summer Sweet
10.コイウタ。 
11.The NEW STAR
12.Faith
13.TRANSMIGRATION
14.熱情のマリア
15.STARTING NOW!
16.レイジーシンドローム
17.7COLORS
18.STAND UP (新曲)
19.MASSIVE WONDERS
20.ETERNAL BLAZE
21.アパッショナート
22.BRAVE PHOENIX
〜アンコール〜
23.Fun Fun☆People(奈々さんサックス披露)
  ※六甲おろし
24.You have a dream
25.ミラクル☆フライト
26.恋想花火
〜ダブル・アンコール〜
27.JET PARK 

一曲目に予期していなかった『アオイイロ』。「甲子園=阪神タイガース」のイメージから黄色を考えすぎていたなー。ようはこれ今まで水樹奈々東京ドーム西武ドーム横浜スタジアムQVCマリンフィールドと、様々な球場を制して憧れの甲子園に挑むということ。前回ライバルの東京ドームから敵陣へやってきた意味合いになる。「水樹=青」のイメージから、甲子園への「挑戦」で『アオイイロ』とは恐れ入ったよ!!まさかここまでやってくるとは思ってもみなかった。さすが、全力全快だなあ。。。出だしの衣装は麦わら帽子をかぶった夏スタイルでキュートでした。

オープニングから続いて『Naked Soldier』久々に聞けてよかった。ラストの伸びがすごかったですね。鍛え抜かれている。サーカス(2013)ぶりになるのかな。その後は『SCARLET KNIGHT』の意識からか赤を基調とした露出度高め衣装にチェンジ。『アンティフォーナ』が終わりチェリボコーナー。ここでは甲子園前にみんなで登った富士山の話がフィーチャーされていた。ここで入場時に配られたジェット風船を膨らませるコーナーに。膨らませてから誰も飛ばさなかったのはすごい一体感でした。そして奈々さん再登場からの『POP MASTER』!ここで「1,2,1,2,3,4!ぴゅ〜〜〜〜〜」といった感じでジェット風船をリリース。いやあ素晴らしい演出でした。ここでもイメージからの青ですからね。恐れ入った。

そこからは割としっとりとした感じで久々の『Summer Sweet』と、昨年リリースしたアルバム『SMASHING ANTHEMS』から『コイウタ。』を披露。ここでは夏っぽく浴衣で登場した奈々さん。とても似合っていて綺麗でしたよ〜(“回って”コーナーあり)。そこからガラッとイメージが変わりダンスナンバー。『The NEW STAR』から始まり、ファン投票の結果選ばれた『Faith』と二曲続けて披露。ここでMCが入り、次の曲はギャグじゃないんだけど…「ん?」と言った感じで「虎だけに…『TRANSMIGRATION』」の流れ。むしろ言われなかったら「虎」に気付いてなかったのでは?とか思ったりしたけど(笑)

そして『熱情のマリア』を熱唱して恒例のムービーコーナー。ここでは奈々さん及びチェリボのメンバーがゴミがたくさん落ちている公園でゴミ拾いをして、そのゴミを使い不思議な力で恐竜を作っちゃうというストーリー。そこになぜか「上坂すみれ」がいるという(笑)『この美』といい何かと上坂すみれとの接点がある奈々さんは「不思議な感じといったら”すみぺ”!」ということで大抜擢したらしいです。「裸になる以外ならなんでもやります!」といった返事を頂いたらしい(笑)さすがに一緒に曲歌っているわけでもないのでゲスト登場はしませんでしたが、いいサプライズでしたね。

そして『この美』の『STARTING NOW!』に繋がり、恐竜に乗って登場。その後『レイジーシンドローム』、『7COLORS』と爽やかナンバーで続いた。ここで一つ目のお知らせで今年の12月21日にニューアルバムリリース情報が。『SMASHING ANTHEMS』の発売が2015年11月11日でしたので1年1ヶ月の超短スパンでのリリースになる。実は5月頃からレコーディングをしていたらしい。今年のシングルは『STARTING NOW!』だけでしたので殆どが新曲になるでしょう。これは楽しみですな。そしてその流れから、アルバムに収録される新作の『STAND UP』を披露(曲殆ど覚えていませんので言及せず)。MCの流れを忘れてしまいましたが、『なのは』の新シリーズの発表が近々あるらしく『MASSIVE WONDERS』を披露。結構歓声があがっていましたね。結構ひさびさだった気がする。

ETERNAL BLAZE』から勢いにのって「まだまだいけるのか〜〜」ノリで『アパッショナート』が始まりましたが、ここまで天気が持ってくれたのがウソのような土砂降り(笑)滝のような大雨の中、カッパを来たり途中退場する方もいましたが、ここまで濡れたら退場しても最早無駄だろうと思いそのままグランドに。雨が降りすぎてMCも覚えていませんが、本編ラストは『BRAVE PHOENIX』。

アンコール「奈々〜〜♪」タイムになるわけですが、全くやむ気配のない雨。完全にテンションがおかしくなってしまい過去最高レベルで奈々コールしていた(完全喉ガラガラです)。そして登場して『Fun Fun☆People』をなんとサックスで披露。前回の東京ドーム終了後から練習していたらしいですが、音も出ていましたし短期間でよほど練習したんだろうな〜と奈々さんの努力はすげえなと改めて思いました。その後に『六甲おろし』を演奏し、マイクに持ち替え『You have a dream』、『ミラクル☆フライト』と最高セトリが続く。しかし『ミラクル☆フライト』ではハードコアパンクのライヴばりに拳を突き上げるので筋肉痛になってしまいますね…。

アンコールラストは『恋想花火』。ラストのサビ前に花火演出!まるでLIVE UNIONの『星空と月と花火の下』を再現したかのよう。LIVE UNIONは初参戦した思い出深いツアーだったのでこの演出は幸せだった〜。しかも『恋想花火』のときは雨が小降りになったんですよね。これも奈々さんのパワーなのだろうか。すごいね。そしてダブルアンコール『JET PARK』!素晴らしかったです。とにかくよかった。MCでは2017年1月7日から7年ぶりの冬ツアーを実施とのこと!なかなか冬の曲で聴けていないのが多いし、僕の好きな『奇跡のメロディア』来るのか!といった期待で楽しみ。しかもツアー初日は名古屋日本ガイシホール!名古屋優遇きたぞと。絶対参戦!楽しみだ。

  • 最後に

まとめるとセトリもよかったし雨降ったけど雨パワーなるものでテンションがおかしくなり、すごい奇跡的なライヴが実現したと思う。奈々さんの憧れが実現したのもあるけど、それだけじゃ飽き足らず「甲子園≒黄色」イメージを正面から水樹ブルーで物語をはじめるといった正々堂々の挑戦。言うことなしでした。2012年の名古屋日本ガイシホールから参戦していますが、ベスト3に入りそうなライヴだったかなあ。これからも水樹奈々にかかってこ〜いって感じで行きましょう!シャッス!

水樹奈々、豪雨の阪神甲子園球場でライブを開催! 37,000人を動員 | マイナビニュース

STARTING NOW!

STARTING NOW!

2016-09-20

水樹奈々『NANA MIZUKI LIVE PARK 2016』<甲子園球場>セトリ予想

気づけば奈々さんの甲子園まで残り2日!先日4月に行われた東京ドームライヴのBlu−ray2枚が無事届いたのでボチボチと鑑賞していたのですが、夏ツアーがなかったせいかものすごく昔に感じられる。実際にところはまだ5か月しか経っていないんだけど。そして今回の甲子園ですが、あらかじめダンス曲の投票が行われていましたね。以下からのファン投票でした。

『through the night』
『keep your hands in the air
Faith
PRIDE OF GLORY』
『Gimmick Game』
『HIGH STEPPER』
GUILTY

僕はこの曲や〜〜〜〜と選びたかったんですが、すっかり失念しており投票には間に合いませんでした。まあ今選ぶとしたら『PRIDE OF GLORY』でしょうかね。そして肝心のセトリ予想ですが、「甲子園」ということでテーマ色は「黄色」。そして「PARK」なのでシリアスな曲よりも楽しめる曲が多いんじゃないかと予想するわけですが、そもそも「黄色」がイメージカラーってあまり多くないですよね。フェイトちゃんが黄色ってことはありますので「なのは系」ツッコんで来るのではないか…といった気もしなくもない。ということで以下セトリ予想!

NANA MIZUKI LIVE PARK 2016


<セトリ予想>

  1. STARTING NOW!
  2. JET PARK
  3. Clutch!!
  4. You have a dream
  5. 夏恋模様
  6. コイウタ
  7. Dear Dream
  8. POWER GATE
  9. STAR ROAD
  10. PRIDE OF GLORY
  11. Dancing in the velvet moon
  12. Late Summer Tale
  13. パノラマ-Panorama-
  14. Nocturme-revision-
  15. ヒメムラサキ
  16. BRAVE PHOENIX
  17. ETERNAL BLAZE
  18. アンティフォーナ
  19. 奇跡のメロディア
  20. 熱情のマリア
  21. 想い
  22. Naked Soldier
  23. Brand New Tops
  24. 恋想花火
  25. 六甲おろし

結局のところ1曲目が全く予想がつかなかったので新譜から選出。曲調的にあまり1曲目には合わない気もしますが…。『コイウタ。』のと『Dear Dream』の間にチェリボで、『STAR ROAD』後にヨーダが入りダンスコーナー。夕方は少しムードがある系の曲を。『ヒメムラサキ』は完全に願望ですね。ただ紫の球団ないし来ない確率は少し下がったか…。それでラストスパートが『BRAVE PHOENIX』から始まり『奇跡のメロディア』が聞きたい!だけの予想(笑)まあ『想い』は15周年でもやらなかったし…。『恋想花火』千葉ぶりに花火演出を…。ラストはこれでしょうって。

STARTING NOW!

STARTING NOW!

2016-09-19

アニメ(イメージ)であるということ‐『ちいさなほしのゆめ』と『planetarian 星の人』覚書

2004年のKey原作作品ということで特にKeyファンでもゲームファンでもないので知らなかったんですが、配信版のアニメ『ちいさなほしのゆめ』は全部見ていたので鑑賞してきましたplanetarian 星の人』

f:id:paranoid3333333:20160707162550j:image

物語の構成は『ちいさなほしのゆめ』でほしのゆめみと出会うことで心境に変化があった「元・屑屋」が、何十年後もの未来に「星の人」と呼ばれるようになり、あるとき旅路中に村に訪れる。そこで出会うレビ、ヨブ、ルツという3人の子供たちに出会うことでほしのゆめみとの思い出を振り返る。ようは回想で『ちいさなほしのゆめ』をインサートしていくんだけど、これが大部分を占めている。もちろん『星の人』のオリジナリティある物語形成のためには必要なのだけど、例えばゆめみの語りで屑屋が星を見るあのシーンとかもう少し引き延ばしてほしいな…とか贅沢な文句は出てくる。ただ、『星の人』にとって『ちいさなほしのゆめ』は必要不可欠であり、それは創作物すべてに言えるような基本的な「知識」と「想像」の関係を示しているようである。

『ちいさなほしのゆめ』いちばんの見せ場であるプラネタリウムでのゆめみによる特別上映の語りシーン。このとき電源供給が終わってしまいプラネタリウムは機能しなくなっていた。にもかからず、屑屋は「星のことなら何でもわかるからお前の声だけでいい。」と、ゆめみに特別上映を続けさせる。プラネタリウムが機能していないのに彼女の声が舞台装置となり、屑屋はその星の様子を想像(イメージ)することができ、まるでプラネタリウムで上映されているように夜空いっぱいに広がる星々に感動する。感動的なシーンであるが、フィクション(アニメ)とはいえなぜ屑屋はそこまで精巧なプラネタリウムを見ているかのように想像することができたのだろうか。

屑屋が暮らすこの世界では昔戦争が起き人間から空を奪ってしまった。それ以来、空が見えることはなくなってしまったようである。彼が星々を想像できた理由は、空が奪われる前に少なからず星を見ていたか(「屑屋」らしき子供の回想,ペンダント)、聞かされていた、のではないかと考えられる。もちろん、それだけゆめみの語りが上手かったとでもいっていいかもしれないが、あまりにも夢見がちな推測にしか過ぎない。いずれにせよペンダントを持っていることが想像するに必要不可欠なものだったに違いない。だから屑屋は星を想像することができた(とする)。想像するためには知識が必要であることについてのスタンスは『星の人』にも引き継がれている。

屑屋から星の人と呼ばれるようになった彼は旅路に出会った子供たちの才能に気が付き、星の知識を託そうとする。ただ村人からは反対されてしまう。大人たちはいつも子供たちの将来を考える。ただそれは子供の将来というよりも、もっと大きなモノ「社会(村)」を守り、村を存続させることに目的がある。単純に子供がいなければその村は滅びてしまう。大人はそれを防ぎたかった。「何か」前提となるものがなければ存続できないということは、知識と想像の関係にも言い換えられるのではないだろうか。身を案じるにも知識という名の経験が必要であり、彼/彼女たち(または村)の未来を想像するということだ。本作ではこういった「引き継がれる」ことが重要な意味を持つ。また、あの村での女神様の意味合い。「祈る(願い)」誰かを想うことについてやはり「想像する」ことに還元されるのだろう。

アニメないしアニメーションが実写に対して長けている点があるとすれば、それは本作のように「想像する」ことじゃないだろうか。普段生活するなかで視野に入ってくる情報を脳内に補完する。その脳内(知識)にあるデータを紙やコンピュータに出力する。インプット‐アウトプットの関係が単に見たものの模範ではなく、そこに自由に着色され見たもの以上にモノに昇華することができる(と信じたい)。想像するには知識がいる。そしてそれをより感じさせてくれるアニメでトライした本作は支持していきたい。