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Friday, 22 January, 2016

[]歴史は作られる

 『スター・ウォーズ/フォースの覚醒』"Star Wars: The Force Awakens" 、ついに4度目の鑑賞。前回同様、109シネマズ二子玉川IMAX 3Dにて鑑賞。さすがにこれで最後かな。(今回もネタバレありです。ご注意ください)

 109シネマズでは、毎月22日は「夫婦の日&カップルデイ」ということで一人当たり700円も安くなるので、仕事を休んで妻と観たのだが、いやあ4回目ですよ。1999年にエピソード1『ファントム・メナス』を観たときと同じ回数に到達したよ。しかも今回は、私だけでなく妻も4回観ているわけで(笑)。

 それにしても「スター・ウォーズ」という、6本の映画作品と関連する大量のメディア作品やスピンオフとして30年以上の歳月に培われたのち、造物主ジョージ・ルーカスの手は離れたけれども正統な続編として作られた今作『フォースの覚醒』。正確には「続編」というよりは「歴史の続き」と呼ぶべきだろう。それほどまでにこの「スター・ウォーズ」の世界には一つの「歴史」が揺るぎなく形づくられており、実に多数かつ多彩な登場人物(キャストの紹介順序を見よ。誰か一人が「主人公」だと特定できようか?)が物語を彩る「群像劇」に膨れ上がっているのだから。すでに「歴史」として刻まれてしまったがゆえに、物語上・歴史上の「制約」として設定されてしまい容易に改変することができない数々の要素や、30年以上の間に積み上がったファン・観客・受け手の期待・予想・「こうあるべき」という思い込みもまた、他のいかなる(原作のない)映画でも考えられないくらいにとてつもない大きさに膨れ上がっている。それだけに『フォースの覚醒』で語られる物語は、その「歴史」を踏まえて2時間15分の画面に実に多種多様な要素が詰め込まれているのは必然である。これまで積み上がった全てを背負い込んで、さらに先へと「歴史の続き」を語らねばならないのだから。

 また、『フォースの覚醒』では、まさに現実に歴史の流れの中で起こっているのと同じく、ある時に起こった「事実」が次の時代・次の世代では神話や伝説の彼方へ埋もれてしまい、そして当の次の時代で起こった「事実」も、さらにその次の時代・世代には「伝説」としてヴェールを纏って語られてゆくということが窺えて、実に興味深い。この「神話・伝説化して曖昧になってゆく過去の事実」こそが、「スター・ウォーズ」を現実味のある「歴史」たらしめていると言っても過言ではないように思う。

 あの若者たちルークがハンが、そしてダース・ヴェイダーまでもが『フォースの覚醒』では「伝説」と化し、エピソード1ではあれほどまでに興隆し確立されたジェダイの技もフォースについての知識も、ここでは変容して(あるいは「劣化」と言ってもいいかもしれない)伝えられている。あたかも古代ギリシャローマの文化がヨーロッパ中世において、あるいは途切れ途切れに、あるいは歪曲化や断片化や形式化して伝わったために、当初の姿から変容して継承され、当初の姿を誰もわからなくなってしまったのと同じように。フォースの存在を知らないフィンがライトセーバーを手にして戦っても、彼はジェダイライトセーバーを持って戦うことの意味や本質を知らないのである。またクライマックスでレイとカイロ・レンがライトセーバーを持って戦うさまも、エピソード1〜3で繰り広げられるジェダイの武芸華やかなりし頃の全盛期のライトセーバー戦に比べれば、技もなく拙いこと甚だしい。しかし、レイはもちろん、訓練を受けた経験のあるカイロ・レンでさえも、かつて全盛だった頃の「正しいジェダイの(あるいはシスの)教え」はもはや得ることができず、歴史の流れの中で歪められ断片化して伝わったやり方でしか身につけられなかったのだから仕方ない。それこそが「歴史」というものの重要な役割である。「いまに伝えられたこと」しか残らないのである。次作で披露されると予想されるルークの「教え」もまた然り、であろう。ルーク自身が体得したものそれ自体が、その本質は同じであっても、方法としては、おそらくエピソード1〜3に出てくる、システムとして確立されたジェダイ組織的教育法とは無縁に教えを受けたのだから。

 だがそれでも、ジェダイやシスの存在が歴史の彼方に完全に埋もれて消えてゆくのかどうかは、「いま」の人々がいかに伝えてゆくかにかかっているのもまた事実である。伝えられる限りは、たとえ歪められ断片化してもなお、「失われる」ことではないのだ。「存在し続ける」のだ。受け継がれた「歴史」は、新たに作られてゆかねばならないのだ。30年以上の長きにわたってひとつの世界の物語が作られ続けるということは、「歴史」を作ることに等しいのだ。

2018年1月11日投稿。2015年12月19日の日記2015年12月27日の日記、そして2016年1月4日の日記同様、エピソード8『スター・ウォーズ/最後のジェダイ』公開に際し、2年前に『フォースの覚醒』を4回観た中で感じ考察して書き留めておいたことをどうしてもブログにも記録しておきたくて、今更ながら書きました。『最後のジェダイ』は既に観ましたが、この文章の中身は当時のメモから変えていません)

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Monday, 04 January, 2016

[]この世界のメタファー

 『スター・ウォーズ/フォースの覚醒』"Star Wars: The Force Awakens" 3度目の鑑賞は、年が明けて正月早々から妻とともに、109シネマズ二子玉川IMAX 3Dにて鑑賞。(今回もネタバレありです。ご注意を)

 IMAXで映画を見るのはこれが初めての体験。3Dはどうでもいいが、IMAXの画面の巨大さやクリアさと響き渡る音響の素晴らしさは想像以上で、いやあIMAXいいなあとすっかり感心。3DじゃないIMAX上映だったらもっといいのにな。2015年という、社会的にも個人的にも悲しく辛いことの続いた一年を綺麗に締めくくらせてくれたのが『フォースの覚醒』であれば、2016年を幸せに幕明けてくれるのも『フォースの覚醒』であるべきだなと思っていたので、このIMAX体験は、3度目の鑑賞を新鮮な気持ちで体験することができて何よりだった。そして観終わってまた、胸がいっぱいになってしまった……。

 サントラをずいぶん聴き込んだので、どの場面でどの曲が使われているかだいたい把握できたし、台詞もけっこう身についてきた感じがする。なんといってもBB−8がカワイイ! あの丸みがイイ! 冒頭からマズ・カナタの酒場の場面までとラストシーンは何回でも観れるな〜。もちろん、ハン・ソロチューバッカのツーショットも。ハンの"C'mon, Chewie!"の台詞が40年近く前のエピソード4『新たなる希望』と全く同じに聞こえて、その全然変わっていなさに本当に胸が熱くなったな。

 そして、12月27日の日記にも少し書いたが、「スター・ウォーズ」に出てくる様々な気候や環境の惑星は、この地球上の様々な土地や地域のメタファーである、ということに気づく。『フォースの覚醒』に登場する砂漠の惑星、森の惑星、氷の惑星などなど、ひとつの星が丸ごとひとつだけの気候というのは、実際にはきっとありえないような気する。まさに地球そのものがそうであるように、科学的に考えたら生物が住めるような惑星はある程度多様な気候や環境を備えているのではないかと。だから「スター・ウォーズ」シリーズの銀河系において、惑星から惑星へと旅することは、地球上の様々な地域を旅することのメタファーとして機能しているのだと思う。星と星との移動もハイパースペースを使ってあっという間だしね。まさに私たちが飛行機に乗って旅するが如し。

 それにしてもカイロ・レン(それともベン・ソロ?)のあの「橋のシーン」は、彼が父ハン・ソロに対して従順なふりの演技をしていたのか、それとも本当に「光の側」へ傾きかけていたのか。それまでの物語の中で、かなり抑制がきかない子供っぽい性格を強調して描かれた、ある意味かなり「現代的」な人物像だっただけに、あの場面での自分の行動に対して、どれだけ自覚的だったのか気になるところだ。ダークサイドに転向したものの、自分の中の“光”の存在によって葛藤していたのは間違いないわけで、祖父アナキン=ダース・ヴェイダーのように完全に「悪」へ振り切れていない自分に苦しんでいたのだろう(実際には『ジェダイの帰還』に描かれているとおりアナキンは「善」の心を取り戻して死んだのだが、そのことが後世に真実のまま伝わっているとは思いがたい)。レイへの惹かれ方も、もしかしたら最後の闘いの場面で地面が割れて離れ離れになっていなければ、その後の彼の行動はどうなっていたか気になるところだ。次作以降でカイロ・レンがライトサイドへ転向するかもしれないという予想もあり得ないことではない。これだけ要素が多いと、いろいろな可能性や選択肢がありうるな。「スター・ウォーズ」シリーズの制作者たちは、これからの物語において「どれ」を選んでいくのか。「思いがけなさ」を狙ってくるとは思うのだが。

2017年12月19日投稿。2015年12月19日の日記2015年12月27日の日記同様、エピソード8『スター・ウォーズ/最後のジェダイ』公開を前にして、2年前に『フォースの覚醒』を4回観た中で感じ考察して書き留めておいたことをどうしてもブログにも記録しておきたくて、今更ながら書きました。『最後のジェダイ』は観たけれども、この文章の中身は当時のメモから変えていません)

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Sunday, 27 December, 2015

[]聖地にて。あるいは予型学としてのスター・ウォーズ

スター・ウォーズ/フォースの覚醒 オリジナル・サウンドトラック(初回スリーブ仕様)

 最初に観て(2015年12月19日の日記参照)から8日後、『スター・ウォーズ/フォースの覚醒』"Star Wars: The Force Awakens" の早くも2度目の鑑賞。2度目は1度目と同じく妻と、さらに今回は両親も連れて4人で、有楽町のTOHOシネマズ日劇で観た。(以後、最初の鑑賞日の日記と同じくネタバレありです)

 「スター・ウォーズ」にとっては“聖地”と呼ばれる「日劇」である。最初に観たTOHOシネマズ渋谷も私にとっては縁の深い映画館だが、この日劇も勿論、思い入れはひとしおだ。何しろこれまでエピソード1〜3は全てこの日劇で、両親と4人で観てきた映画館だ。それでなくても現在こそ“TOHOシネマズ”とシネコンぽい名前がついているが、実際の劇場自体は以前の千人規模の大映画館「日劇」そのままだ。さらに遡れば、現在のマリオンの建物が建つ前は、建物そのものが丸ごと「日劇」であって、日本で最高の映画館のひとつだったのは間違いない。その時その時の最高の話題作・大作は何をおいてもまず最高の映画館「日劇」で観るのが相応しい−−というのは、シネコンが一般的になる以前は当たり前の感情だったように思う。私もその例外ではなく、「スター・ウォーズ」シリーズは勿論、『タイタニック』級の超大作はわざわざ有楽町に出かけて行って「日劇」で観てきたものだ。本当に懐かしい。

 2度目の鑑賞なのでストーリーの流れが頭に入っており、前回気づかなかったものやより深く理解が及んだところなど、より掘り下げて映画に入り込んで観ることができた。前回は大ショックだったハン・ソロが死ぬシーンも、このシーンがあるのはもうわかっているのだから覚悟して見届けられた。とても悲しいしとても切ないのは変わらないが。このハンが死ぬ場面と、スターキラーから放たれた光線が星々を破壊する場面の音楽には、どちらも同じストリングによるとても穏やかな旋律が使われていた。40年近く前のエピソード4『新たなる希望』での、惑星オルデランの破壊のシーンやオビ=ワンの死の場面には、かなりカタストロフィックorエモーショナルな音楽がつけられていたことを考えると、同じジョン・ウィリアムズの音楽でもずいぶんと違う(まあ監督の考え方の違いもあるだろうが)。時代の違い、であろうか。

 40年という年月は実に長い。エピソード4〜6が公開された70〜80年代の単純な勧善懲悪がもう現代に通じなくなっているのは、エピソード1〜3の混沌を通り抜けてしまった我々にも同じだ。『フォースの覚醒』は物語の筋立てを始め様々な要素で『新たなる希望』をくどいくらいになぞりながらも、その実は「全く同じ」ではいられず、あの時の若者は既に老いて次の世代の、実に現代的な新たな人々が取って代わってゆく。前と悪は常に揺らぐ。敵の中心人物(と表面的には捉えられる)カイロ・レンは「光の誘惑」に抗するが、それがエピソード3『シスの復讐』でアナキンが「闇の誘惑」にさらされていったのとは対照的で興味深い。カイロ・レンは観る回数を増やすたびに印象が変わる人物像だ。レイとフィンの人物造形にも実に現代的な側面を感じながら、前の世代との橋渡しとしての役割もきちんと押さえているようで安心だ。

 私自身は、『フォースの覚醒』が実に多くの点で『新たなる希望』をなぞっていることを全く悪いと思わない。むしろ良いことだと思っている。これはオールド・ファンノスタルジックな意見ではなく(少しはそれもあるにはあるが)、むしろ同じシリーズの新作としての「スター・ウォーズアイデンティティとでも呼ぶべきものを高める効果を出すために必要な作業だと思うのだ。

 聖書学の中には、タイポロジー(予型論的解釈)という聖書解釈の学問があり、それは要するに、旧約聖書のすべてのエピソードイエス・キリストの行動つまり新約聖書エピソードを予め告げるもの=「予型」として解釈しようとすることなのだ。それと同じ考え方を「スター・ウォーズ」に当てはめると、各三部作のサイクルは次の世代のサイクルに対する「予型」として、同じ、あるいは類似したエピソードを繰り返してゆくのが正しくなる。むしろ類似したエピソードを各世代の物語の中で繰り返してゆくことによって、物語の骨組みを太くしてゆくとこができると言ってもいい。ジョージ・ルーカスが傾倒して「スター・ウォーズ」の物語の原型にもなっているジョゼフ・キャンベルの物語論神話論の強い影響も当然あろう。神話は繰り返すことが基本といってもいいほどだし。あるいは、それらの論を持ち出すまでもなく、「歴史は繰り返す」という金言を思い出すだけでもいい。前回も言及した「歴史がここにある」と私が感じたことの一因は、こういうところにもあるのだろう。

 それにしてもファースト・オーダーがどうも「帝国軍ファンクラブ」に見えてしまうのと、レイがずいぶんあっさりと短期間でいきなりフォースが使えるようになるのがさすがに苦笑か。レイはスカイウォーカー家系に連なっているのかな。そのルークが登場するラストの場面は、ロケ地が西アイルランド沖合のスケリッグ・マイケル島(スケリグ・ヴィヒール)だとあからさまに分かってしまう。こんな絶海の孤島、しかも世界遺産でロケするとはすごいが、現実の場所とバレバレなロケーションを敢えて使ってしまうのも「スター・ウォーズ」ならではか。確かに、「スター・ウォーズ」に登場する惑星は、この地球上のさまざまな土地のメタファーではあるのだ。

 昨年アイルランドを旅行したときはさすがにスケリッグ島には行ってない(行くのがとても大変なのです)が、モハーの断崖やアラン諸島で目にした荒涼とした風景は、ちょっとあれと類似するものがあったなあ。またアイルランドに行きたい気持ちが掻き立てられてしまうのであった(笑)。

2017年12月14日投稿。2015年12月19日の日記同様、エピソード8『スター・ウォーズ/最後のジェダイ』公開を前にして、2年前に『フォースの覚醒』を4回観た中で感じ考察して書き留めておいたことをどうしてもブログにも記録しておきたくて、今更ながら書きました)

Saturday, 19 December, 2015

[]歴史は続く

スター・ウォーズ/フォースの覚醒 MovieNEX(初回限定版) [ブルーレイ+DVD+デジタルコピー(クラウド対応)+MovieNEXワールド] [Blu-ray]

 待ちに待った『スター・ウォーズ/フォースの覚醒』"Star Wars: The Force Awakens" を、公開2日目に鑑賞。一か月前にわあわあ言いながらゲットした、あの特別上映分2D字幕版での鑑賞だ。(以下、とっくに時効だと思うのでネタバレありです。この記事は2017年に書かれました)

 映画館はTOHOシネマズ渋谷。今から遡ること37年前・1978年の夏に、小学5年生だった私が初めて第1作であるエピソード4『スター・ウォーズ/新たなる希望』を観たのもこの映画館だった。あの頃は「渋谷スカラ座」という名前で、母親と近所の幼馴染と一緒に観たのをよく憶えている。私が映画館で観た、初めての字幕付き洋画がこれだったことを思うと、この奇妙な偶然の一致にも感慨ひとしおである。

 それにしても、エピソード3『シスの復讐』から10年、直接の前編?に当たる『ジェダイの帰還』から実に32年後、新たな3部作の第1章。まさか本当に「スター・ウォーズ」の「正統な続編」が観られるとは思わなかった、というのが本音だった。もうジョージ・ルーカスは「スター・ウォーズ」を新たに作ることはもうできないと思っていたので……。まさかのディズニーによるルーカスフィルム買収、そして「スター・ウォーズ」新作の製作。これまでルーカス個人の壮大なインディーズ映画だった「スター・ウォーズ」が、ルーカスの手を離れてディズニー傘下で集団指導・集団製作体制に移行する中で、果たしてルーカスが大切にしていた「スター・ウォーズ」のスピリットがちゃんと脈打っているか、それが最も心配していたことだった。アップルスティーブ・ジョブズの死によって、ひとつの絶対的なブレーンから多くのブレーンの「文殊の知恵」による集団体制に移行したのと同じ道を辿ったようにも思える。

 それでも、世間的な盛り上がりぶりには「さすがディズニー、上手いな」と感想を抱く程度だが、個人的にも予告編を見て、その「本物ぶり」にものすごく盛り上がってしまったので、とても期待して観た、このエピソード7。観終わって、その「歴史」の積み重ねの重さ・大きさに本当に胸がいっぱいになってしまった。「スター・ウォーズ」はもはや単なる一本の映画ではない。ひとつの作品の出来不出来で語られるレベルを超えているのだ。その大きな「歴史」が新たに踏み出した方向、たくさんある選択肢から選ばれた進むべき道が、この『フォースの覚醒』で描かれている物語なのだ。この物語出ない可能性が星の数ほど存在する中で、ディズニールーカスフィルムが選んだ「この物語」の重大さを想うとき、胸がいっぱいにならずにいられようか。

 オープニングの、おなじみの状況説明で語られる語られる『ジェダイの帰還』から30年後の銀河は、世の中が全く安定しておらず、帝国まがいの組織ファースト・オーダーと「レジスタンス」が戦う時代。『ジェダイの帰還』でルークたちが多くの犠牲とともに勝ち取った共和国はとりあえず再建されているようなのだが、この状況はまるっきり帝国軍と反乱軍のようで「歴史は繰り返す」とも「いつの時代でも人間(or銀河系の知的生命体)ってヤツは……」とも思ってしまう、のっけから「歴史」というものを感じさせるオープニングだった。

 私のような古くからのファンが喜ぶツボはしっかり押さえた上で、その「ツボ」を生かしたまま新しい世代が楽しめるよう、現代的にきちんとアップデートした物語・キャラクター・アクションが実によくできていて「さすがディズニーのやることは抜かりないな、多くの人が楽しめるようマーケティング的にも配慮されているし」などと、ついつい元編集者のクセで思ってしまったりも。

 それでも、ハン・ソロが死んでしまったのはものすごく衝撃だった! しかも実の息子に殺されるなんて……。あまりの職に、残りの物語を物語を呆然と観てしまう始末。まあエピソード4でも1でも前の世代に属する重要なキャラクターが死んでいたし、かつてハリソン・フォードが『ジェダイの帰還』の製作に際しソロを英雄的に死なせたがっていたとも聞いているので、誰か死ぬとしたら……とは思わないではなかったが(観ているうちに、その意味でハラハラしてしまった)、実際にその場面を見るとあまりにショッキングで、その後も何日も引きずってしまったくらいだ。重すぎる……。「世代が移る」を、ここまであからさまにやるとは思いませんでした(笑)。自分を落ち着かせるためにも、もう一度(以上)観ないと!

2017年12月14日投稿。エピソード8『スター・ウォーズ/最後のジェダイ』公開を前にして、2年前に『フォースの覚醒』を4回観た中で感じ考察して書き留めておいたことをどうしてもブログにも記録しておきたくて、今更ながら書きました)

Wednesday, 18 November, 2015

[]May the Force Be with Us!

スター・ウォーズ/フォースの覚醒 オリジナル・サウンドトラック(初回スリーブ仕様)

 12月18日より公開される最新作『スター・ウォーズ/フォースの覚醒』"STAR WARS: The Force Awakens"の、最初の3日間の特別上映分のチケット販売が11月18日より解禁になった。

 もちろん小学生の時よりスター・ウォーズへの愛は誰にも負けないと思っているが、それでも最新作を見るのは年内くらいかなと思っていた。なので完全に野次馬根性で、各シネコンのサイトを日付が変わった途端に覗きに行っては、アクセス集中でサイトを開くのも一苦労の激重っぷりに「さすがスター・ウォーズ、こうでなくちゃね」などと悦に入っていた(109シネマズのサイトなんかはサーバーがダウンしてしまっていた)。

 が、あちこち見ているうちに、「お、二日目の〇〇ならまだいい席が空いてるぞ」などと見つけてしまったものだから、結局二日目、12月19日の座席指定チケットを購入してしまいました(笑)。ファンとしては、やっぱり観るべきかと。別途ムビチケオンラインも購入したので、これで最低でも2回は観ることになります。

 そもそも2012年にディズニーがルーカスフィルムを買収して、ルーカスの手を離れて新たな続編を作ると発表された時には、他のSWファンと同じく私も「ルーカスが作らないスター・ウォーズなんてどうなのよ」と思ってしまい、正直大きく期待はしていなかった。

 それでも、最初の予告編が公開されると、やっぱりSW好きの血は争えないもので(笑)嫌が応にも期待は高まってしまった。さらに、新しい予告編が公開されるたびに期待はますます募ってゆく。2015年は義父が天に昇ったことを始め、悲しく辛く悔しいことが続いてしまった年になってしまったので、せめて年の終わりだけでもスター・ウォーズでハッピーに締めくくりたいものだな。

 その『フォースの覚醒』の予告編、せっかくなのでいつでも見られるようにこの日記に貼っておこう。

 まずは、最初に公開されたティーザー第一弾。

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 見知らぬ人物やドロイドやアイテムが出てきた後に、わーっとお馴染みのミレニアム・ファルコンが大空に飛翔する姿には、心の底から喝采を叫んでしまったな。

 続いて、ティーザー第2弾。

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 なんといっても30年の歳月をそのまま背負ってハン・ソロが登場してきたのは感無量。見事に歳をとったハンの横のチューバッカが、かつての姿そのままでちっとも老けて見えないのがすごく笑える〜。ルークの「語り」が聞こえてくるのも良い。

 上記二つのティーザーは、ジョン・ウィリアムズが音楽を書き下ろしたそうで、お馴染みのテーマの数々が耳に新しく響く。これはサントラが期待できるな〜と嬉しくなってしまう。

 それから、いよいよ本予告編が登場。

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 主要登場人物3人の内面を中心に、ある意味「風格」すら感じさせる予告編で、観ているうちに胸が熱くなる。音楽がいいせいもあるかな。これも音楽はジョン・ウィリアムズの書き下ろしなのかしらん。私は『帝国の逆襲』の音楽がシリーズ中最高だと思っているのだけれど、その時に「ヨーダのテーマ」と「帝国軍のマーチ」とともに初登場した「ハン・ソロとレイアの愛のテーマ」がすごく好きなのだが、そのテーマがこの予告編で聞こえてくるのが嬉しい。今度の新作でも使われるらしい。

 それにしても、反乱軍と帝国との戦いから30年たち、フォースもジェダイも伝説の彼方に消え去ろうとしている世界が新作の舞台設定のようだ。過ぎゆく歳月が全てを、歴史を動かした舞台も人々の喜怒哀楽も押し流してゆく。その時の流れを想うとき(映画の中でもリアルな時間の流れでも)胸に迫るものを感じるな。

 さらに、もう一つ予告編が登場して期待を高めてくれる。

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 最初の予告編のヴァリエーションか。どちらかというとレイに焦点を当てた感じ。新しい映像も多く、早く物語の全貌を知りたくなってくる。

(2015年12月13日投稿。公開が始まるまでには書かないと……と焦りました)

 そうそう、もう一つ、このメイキング映像もあげておかねば。

D

 なぜでしょう。単に一つの映画のメイキング映像なのに、これだけを観ていてもこんなに胸が熱くなってくるとは……。

 あのサイモン・ペッグSimon Peggが、一つの映画の主役を張れる彼がちょい役、それも着ぐるみの役を大喜びで演じていて「だってスター・ウォーズだよ!」とにこやかに言っているのには涙が出そうになります。これぞスター・ウォーズ。

2017年12月14日追記:

 なんか久々に自分のブログを見たら、この記事で挙げた予告編の動画が一つを除いて全部削除されている……。なんとまあ、残念な。ディズニーもシビアだなあ。『フォースの覚醒』の市販ソフトにも収録されていないし。

 消えている動画のリンクを削除しようか迷ったけれど、まああの時の記録ということで、このままにしておきました。悪しからず。

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Saturday, 23 May, 2015

20150523

[][]モモンガ好き

 夕方から、おなじみ「世田谷233」に行き、この日『着物コモノ連』が主催する『キモノで梅酒』イベントに参加してきた。まあ私たち夫婦は着物は着なかったのだが、梅酒は好きなので……。

 実はイベント自体もさることながら、その『着物コモノ連』が同じ世田谷233のギャラリー「room」にて開催していた、着物用の小物展示&販売『キモノコモノ小梅市』がメインのお目当てだったりした。欲しいグッズがあったのです。

 着物ニストかつ造形作家のコヤナギアイコさんが制作した、モモンガのブローチ(写真)。展示の告知写真で見てすごく気になっていたのを、現物を見て即座に購入。さっそくかぶっていたパナマ帽につけてみたが、いい感じに収まってくれた。アクセサリーの類は本当にごく稀にしか買わないのだけれども、これはほとんど即買いだったな〜(笑)。もちろんコヤナギアイコさんが作る動物モチーフのアクセサリーがとてもかわいいというのもあるけれども、小さい頃からモモンガが大好きだった、というのも大きい。

 一角獣は別格として、次に来るのがモモンガとムササビ。どちらも小さい頃から大好きだった。要するに「空を飛ぶかわいいもの」が好きだったんだな(笑)。そういえば、コウモリもけっこう好きだ。これも飛ぶ哺乳類だな。

 それなのにムササビやモモンガのグッズ、というのにはなかなかお目にかからなかったりする。かわいいのに。そのままで樹上に佇む姿も可愛いが、飛膜を広げて飛ぶ姿も実に愛らしい。しかも哺乳類なのに、さらに栗鼠みたいな顔をしているのに、飛ぶんだぜ! 実にイカしているとは思わないか?

 すごく以前に「やまね工房」のモモンガのぬいぐるみを2体もらって狂喜乱舞したことがあった(ホームページを見たら、今でもモモンガのぬいぐるみはあるようだ。懐かしい〜)。コヤナギさんのモモンガブローチはそれ以来かもしれない。数少ないモモンガグッズ、買って即座にお気に入り、です。

 残念なことに、モモンガが出てくる物語、というのも私の知る範囲ではほとんどないのだが、一冊だけ、強烈に大好きだった物語を思い出した。

 いぬいとみこ作・堀内誠一画『山んばと空飛ぶ白い馬』(福音館書店)。

 この物語には、モモッカというモモンガの姿をした森の精霊が出てくる(確か精霊だったような……。それともモモンガそのものだったかも)。小学校の図書室でこの本を見つけたときには、かなり、いや小学生の目にはとても分厚い本だったので、とにかく分厚い小説本、長大な物語の本が大好きな私は、背表紙に描かれているモモッカの絵とともにたちまち釘付けになったものだった。その後何度この本を図書室で借りて読み返したか。小学校時代を通じて、一番好きな本の一つだったのは間違いないな。

 なんて書いているうちに、もう一度この本が読みたくなってきた&欲しくなってきた。もうこの当時のままの厚いハードカバーは新刊では手に入らないだろうから、多少状態が良くなくても(それも味のうち)中古でポチっちゃおうかしらん。やっぱりこの本を私が持っていないのはおかしい(笑)。

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Sunday, 17 May, 2015

[]誕生日に想う

 5月17日は私の誕生日。48歳になりました。お祝いのお言葉やメッセージを下さった方々、どうもありがとうございました。例によって(?)誕生日当日は、昨年同様素晴らしく爽やかな晴天に恵まれて、幸せな気分で過ごすことができた。これも、私の人徳のおかげか(笑)。

 確かに48歳になったはずなのに、どうにも自分の感覚ではせいぜい30台前半という自覚しかない(笑)。この15〜20年ほどでふたつ三つほど歳をとったな、という感じか。あまり自分の中に変化(敢えて「成長」とは言わない)がないだろうからか。

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Saturday, 25 April, 2015

[]ツイートまとめ引越し

 本日以降の、私の「@studio_unicorn」アカウントでのツイートまとめは、自分専用の備忘録的ブログに移行することにした。自分だけ記録として見られればいいので、非公開という形で。

 ですので、今後はこのブログには掲載されません。

 さてさて、このブログをもっとまめに更新してゆかないと(笑)。

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Friday, 24 April, 2015

[]2015年04月24日のツイート

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Thursday, 23 April, 2015

[]2015年04月23日のツイート

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