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地下生活者の手遊び このページをアンテナに追加 RSSフィード

2018-04-27 問題は実態があるかどうか

男性差別、日本人差別、そしてオタク差別


差別の定義という話になると泥沼にはまるのは目に見えているとはいえ、一般的に差別が行われているとこういう事象が起きるという目安は確実にある。差別は特定の社会集団に対してなされ、被差別者集団は社会的経済的に不利な状況に置かれる。これは広く見られる差別の判断材料であろう。


集団が不利な状況に置かれるわけだから、統計的調査によって特定集団が社会的経済的に不利な状況にあることは可視化されやすい。まずもっとも統計的にわかりやすいのは経済的指標であろう。財産・所得・賃金などの統計を参照すれば、日本においても世界においても、被差別集団が不利な状況に置かれていることは明白である。


社会的な状況もある程度は統計的な数値に落とし込める。例えば、指導的な地位にある者の性比や出身民族の比率が母集団における比率と大きく異なっている場合などは統計的に可視化されやすいだろう*1。こうした指標においても、被差別集団が不利な状況にあるのは明白なようである。特に、性比がだいたい1対1であることを考慮すれば、社会的な性差別の状況は誰の目にも明らかなはずであろう。


他にもいろいろな指標は考えられるが、もう一点だけ具体的なものをあげておくと、犯罪統計も差別の実態を表す。犯罪は一般に弱者を狙って行われるものであり、被差別者は社会的構造的な弱者であるからだ。暴力や虐待の被害者となりやすいのは誰かという問題である。この観点では、子供・女性・老人・障害者・LGBTなどが被差別集団にあたるだろう。


ここで注意を喚起せねばならないのだが、偏見やステレオタイプと差別をいっしょにしてはならない。例えば社会的なバッシングは必ずしも差別とはいえない。連日マスコミに財務官僚が叩かれているからといって、財務官僚が社会的経済的に不利な地位に追いやられているわけではない。そんなわけない。


マンガ的戯画化されて笑いものにされているからといって差別されているわけではない。ぐりぐり眼鏡のガリ勉くん、脳みそ筋肉スポーツマン、女ったらしイケメン野郎などは典型的に戯画化されているわけだが、学業優秀な者もスポーツが得意な者も容姿端麗な者も、社会的経済的に不利な状況にあるわけではない。そんなわけねえだろ。


ネットやマスコミで叩かれている、あるいは笑い者にされている、それだけでは差別されているとはいえない端的な例を上記に示した。ちょっと叩かれたり笑われたりすると「差別だ」と言い出すお馬鹿さんが少なからずいることにはうんざり。ただし、社会的経済的に不利な状況に置かれているという「実態」がある場合は、社会的に叩かれることや笑い者にされることは非常に深刻であることはもちろんである。


根拠に基づき、実証的に、あるいは科学的に考えることの重要さはいまさらいうまでもない。差別も社会的な事象である以上、それは統計的に現れるはずであるし、現に古典的な差別は統計的な数値に具現化している。ここを押さえない差別論は主観的な印象ではなかろうか?


さてここで質問である。

特に、男性差別、日本人差別、オタク差別を主張する方々に質問である。

男性・日本人・オタクが日本社会において社会的経済的に不利な状況に置かれているという統計的な調査ってあるの?

あったら教えて!

その存在を知らないから否定しているのではない。知らないから教えてと言っている。


先程の質問であるが、男性差別と日本人差別については、質問というより反語である。

社会的経済的に女性が不利な状況に置かれているということはどんな統計を見ても明々白々だ。また、日本国内で圧倒的多数の日本人が不利な状況にあるという統計的根拠もない。このあたりは明確に否定できる。男性差別にも日本人差別にも少なくとも統計的な実態はないどころか統計に見られる実態と逆の主張である。


オタク差別については、根拠重視の観点からは保留である*2。上述した犯罪被害者になりやすさということにおいて、いわゆるオタク狩りというものが先進国でけっこう一般的に見られたという話をどっかで読んだw 犯罪統計にはそんな項目はなさそうだから実証は難しいだろうが、暴行や強盗の裁判記録を丁寧に拾っていけば何か分かるかもしれない。

キモオタという言葉があるが、キモの部分、つまり容姿差別というのは統計調査や社会心理学調査で何度も取り上げられ実証されているようだ。しかしオタの部分、すなわち純然たるオタ趣味が理由で社会的経済的に不利な状況になるというのは、そうした話をきいたことはあるのだが、いわゆる噂の域をでない。実名を出した体験談があっても、個別のケースでしかないものは集団が不利に扱われたという根拠としては弱い。就職などに関わるオタク差別があるのなら、裁判にでもなっていると思うのだがどうなのだろう。左翼活動で就職・配置転換などが不利になったという事例は、統計にこそ現れないとしても裁判沙汰になって記録に残っているものは多く、憲法や労働法の教科書に載っているものまである。左翼が社会的経済的に不利な状況にあったというわけで、客観的に確認できる体験談であるとはいえよう*3


だからそういう統計があったら教えてほしい。オタク差別の存在を確信する社会学系の学生諸君はいっちょ卒論のテーマにでもしてみたらどうだろうか? 不利な状況にあれば必ず統計に現れるはずである。差別の存在を実証するのは被差別者ではなく学問の責務なのだ。


ただし、現時点で否定はしないがオタク差別があるという前提に乗ることはできない。オタクに対する偏見があることも戯画化がなされていることも知っているが、それはすなわち差別を意味しない。差別があるというのなら、社会的経済的に不利な状況にあることの客観的な根拠を知りたい。あるいはせめて複数例の裁判記録を。


昨今のネットにおける「きれいな差別ときたない差別」とか、いわゆるポリコレの話にも関連があると考えて書き飛ばしてみた。

そもそも男性差別や日本人差別というのは、実態のある性差別や民族差別を無化するために小学生が思いついたレベルのでっちあげといえよう。オタク差別は前二者とはだいぶ違うとは思うのだが、オタク差別を主張している者が前二者を主張する者と重なっている事例を観察しているし、また、オタク差別を主張する者が実態のある他の差別を軽視する発言をする例も観察されるので気になっている。もちろんこれは個人的な観察の域をでない。

差別問題に限らず大切なのは「実態のある〇〇と実態のない〇〇」であることは最後に確認しておく。


追記

id:death_yasude

どちらかというと被差別者が犯罪に手を染めることのほうが多いし加害性を強調されやすい。問題のある集団だからを排除の根拠にしやすいから


メリケンの犯罪統計(例えばwww.clair.or.jp/j/forum/pub/docs/380.pdf)を見ればわかるが、殺人・傷害・強姦などの対人犯罪は同人種内で行われることが多い。例えば殺人の動機は「カッとして」がどこの国でもだいたい一番多いわけで、当然ながら被害者は同じ境遇の者となる。

つまり黒人に犯罪被害者が多いということと加害者が多いということは一致することとなる*4


また、ご指摘の点は人種差別・民族差別については確かにあてはまるのだが、性差別についてはあてはまらない。どこの国の犯罪統計でも、女性が加害者となる事例が過半数を占める例はないと思う。日本においてはだいたい20%くらいかな。

そういうわけで、被差別者に犯罪加害者が多いというよりは、被差別者に犯罪被害者が多いというほうが適切であろうと考え、そうした記述になった。

*1:アファーマティブアクションはこうした状況の是正を狙ったものである。うまくいっているかどうかは定かではないが

*2:オタクに対する偏見については、個人的には新規に勃興したメディアへの叩きなのではないかと思っている。昔は小説を読むと馬鹿になるとか嫁に行けないとかいわれて叩かれたようで、それとゲームやアニメ叩きは同型なのではなかろうか

*3:ちなみに大学紛争などで運動を取り締まる側にまわった運動部や応援団などの学生の就職は非常によかったという「体験談」は多いようだw

*4:財産犯については被害者は「持っている者」となるからメリケンでは白人が多くなるわけだが

2018-03-01 人はわかりやすいものを求める

上っ面への誠実で差別主義者が笑う

承前 https://anond.hatelabo.jp/20180225105423

前回エントリの追加エントリをあげる。


1.増田結論部への逐語的応答


「そんなに差別と認めさせたいなんて、増田は何が目的なの?」


同じロジックで不当な差別をさせないため。

「犯罪率が高い集団の成員をまとめて排除するのは差別じゃない」という論理は、たとえば歴史的に差別されてきた結果として犯罪に手を染めることが他の地域の人よりも多くなってしまった地域の人を差別することにつながる。「私企業なんだから別に勝手に『女性専用』を設定していいだろ」という理屈は、私企業が「日本人専用」や「○○人お断り」をすることを許容してしまう。「これは差別ではない、区別だ!」という言い方は、女性が不利益を受けたときに「でもこれは区別だから」で済ませる余地を与えてしまう。

それらは不当な差別だ。でも、不当な差別と現今の環境下では許容せざるを得ない差別は、外形上区別できない。だったら、変な理屈をこねて後者を「差別じゃない!」と言い繕うべきじゃない。それは前者をも免罪してしまう。



引用は増田記事の結論部全文。

逐語的に応答してみる。


「「犯罪率が高い集団の成員をまとめて排除するのは差別じゃない」という論理は、たとえば歴史的に差別されてきた結果として犯罪に手を染めることが他の地域の人よりも多くなってしまった地域の人を差別することにつながる。」

ここは問題ない。

付け加えると、こうした偏見に適正な犯罪統計が根拠とされることすらほとんどなく、ネットの伝聞や広まった捏造データが添えられることがほとんどである。もちろん増田がいっているのは、適切な統計があってもそれは差別だということだ。


「「私企業なんだから別に勝手に『女性専用』を設定していいだろ」という理屈は、私企業が「日本人専用」や「○○人お断り」をすることを許容してしまう。」

問題あり。

この理路では、例えば飲食店が顧客獲得のために「お子様ドリンクバー半額女子会プラン(追記:論旨を明確にするために差し替え)」などを設定して宣伝することも差別になる。経営戦略上、企業が特定顧客を優遇することは原則的に差別になってしまう。


「「これは差別ではない、区別だ!」という言い方は、女性が不利益を受けたときに「でもこれは区別だから」で済ませる余地を与えてしまう。」

問題あり。

この理路では、憲法学における「合理的な区別」も、あらゆる年齢制限も差別になってしまう。


「それらは不当な差別だ。でも、不当な差別と現今の環境下では許容せざるを得ない差別は、外形上区別できない。」

おおいに問題あり。

ここで増田は個別事例を丁寧に検討することをスポイルすると宣言しているのと同様である。外形的に区別できないから同じ基準を適用、というのは、個別の状況はおかまいなしに「人を殺したら死刑」というハムラビ法典の世界である。乱暴この上ない議論だ。

私企業における不適切な特定顧客優遇措置は個別に問題にすればよいと僕は思う。裁判における「合理的な区別」についても、個別例を検討して批判すべきだろう。年齢制限はおおむね正当であろうが、やはりおかしなものがあったら是正すればよい。差別問題において個々の事例を検討せずに生産性のある(つまり、増田が目的とする差別を少しでも減らす)ことに資する議論なり活動なりができるわけがない。



「だったら、変な理屈をこねて後者を「差別じゃない!」と言い繕うべきじゃない。それは前者をも免罪してしまう。」

つづいておおいに問題あり。

個別の状況を検討することが増田においては「変な理屈」になってしまい、外形上の類似性・連続性のみをとりだして一般化し、さらにそれを敷衍して「前者を免罪」との結論をだしているわけで、これは言葉遊びである。


以上、増田の議論の結論部に逐語的に応答した。

増田の議論の動機が善良なものであることを僕は疑っていないが、善良であるがゆえに性急さを求め、個別検討をスポイルして乱暴な一般化に陥っているといえよう。

そしてそれゆえに実にわかりやすく、結果として広く流布したのであろう。


2.増田の言論の効果

では増田のいうように「女性専用車両は差別」であると周知されるとどうなるだろうか?

増田の目的としては「同じロジックで不当な差別をさせないため。」とあるが、これは達成されずにむしろ意図と逆の結果におわるだろう。増田が表面的でわかりやすい論理的整合性に固執して、運動論を考慮していないからである。

差別を漸減させることを目的とするのであれば、その方法論・運動論を考えなければならない。


「女性専用車両は差別」と周知された場合、「女性専用車両をなくすように性犯罪を撲滅しよう」とはならず「女性専用車両そのものが差別だからなくそう」という運動に正当性が与えられることになる。

なぜか?

差別という語は不当性を含意している。否定的意味を内包している。国語辞典に書いてあるから不当を含意しているのではなく、不当を含意しているから辞典の記述もそうなっているのである。そこからいささか飛躍して、「◯◯は差別だ」という言明は「◯◯は直接的に排除すべきものである」というかなり乱暴な含意すらもつ。現にネット上では「差別というのは気に食わないものを排除するマジックワード」のごとき言説にあふれている。これらの言説の多くは誤解に満ちたものであろうが、運動論を考慮した場合は無視してはならない。


「わざわざ乗り込んで反対運動やってる連中は頭おかしいんじゃねーのと思う。周りを威圧するとか、クズすぎでしょ」と女性専用車両にのりこんで反対するものを増田は述べているが、「女性専用車両は差別だ」と周知された場合に笑うのは彼らである。



「自衛隊は暴力装置」発言が炎上したときは、「自衛隊の振るう力とヤクザの振るう力に根源的な違いはなく、また暴力装置であると指摘することは自衛隊員での侮辱ではなく、暴力装置と認めた上でどう統制するかが重要」というのが良識派の意見ってことになってたよね……? その見解を支持するリベラル派としては、何で同じ理屈が認められないのか本当に理解に苦しむ。



僕のブコメに応答した部分であるが、増田が運動論を考慮していないことがここでもわかる。「自衛隊が暴力装置なんてけしからん」とふきあがったのは自民党の国会議員センセイであり、彼らに対しては「あんた政治のプロでしょ? 法学・政治学上は軍隊や警察は暴力装置なんですよ、勉強してくださいね」といえば本来は済むはず(いや、まあ実際は済まなかったんですけどね・・・。政治における反知性主義の蔓延をよくあらわす話だ)。

しかし、自衛隊に関連してなんらかの運動をしようとするならば「暴力装置」などという子どもや自民党のセンセイにはわからない言葉は使わないほうがよい。子どもより馬鹿な大人だらけなのである。


また、逐語的応答で示したとおり、増田の理路では差別とされる対象がいっきに拡大する。形式だけを考慮して個別事例の検討をスポイルするのだから際限なく広がりえる。どこもかしこも差別にあふれる。差別が遍在することによって反差別は蒸発する。

ここでも笑うのは差別主義者となろう。


3.他の難点

増田はある事象が差別かどうか判断するのに形式的な連続性のみを見ていることは述べたとおり。差別は歴史的・文化的・社会的・構造的なものでもある。「「犯罪率が高い集団の成員をまとめて排除するのは差別じゃない」という論理は、たとえば歴史的に差別されてきた結果として犯罪に手を染めることが他の地域の人よりも多くなってしまった地域の人を差別することにつながる」と増田は発言しており、一見すると増田は歴史的な視点を確保しているかにみえるが、実は増田の議論はこの視点が決定的に抜けているどころか忌避すらしていることを示そう。




id:shin2rou

アファーマティブアクションは差別ではないでしょう。どうしてそこのこだわるのかマジ意味不明。


アファーマティヴ・アクションはマイノリティを大学入学や昇進などの審査において「優遇」するという施策なんで、女性専用車両はアファーマティヴ・アクションだから差別じゃないって言ってるひとたちは「女性専用車両は、女性を優遇する車両である」と主張しているってことになるけど、本当にそれでいいんですかね。

ところでもちろんアファーマティヴ・アクションもやりようによっては違法な差別になりえるわけだが。カリフォルニア大学評議会対バッキ事件(Regents of the University of California v. Bakke)では、アファーマティヴ・アクションのせいで入学できなかったと訴えた白人学生が勝訴して入学してる。アファーマティヴ・アクションだから差別ではない、って、お前アファーマティヴ・アクションって言いたいだけやろ。



アファーマティブアクションについて突っ込んだブコメへの増田の対応。

まずアファーマティブアクションの目的は「優遇」ではなく差別の是正。もっといえば実質的平等の確保。詳細は( macska dot org » 世界一単純なアファーマティブアクションの解説 )を参照のこと。つまり差別への対抗的措置であって、女性専用車両とその意味では同型なものだ。形式上の同一性に執着するくせにここではこれかい? おかしいよ、増田。

また、「アファーマティヴ・アクションもやりようによっては違法な差別になりえる」と言っているが、もちろん適正に行えば差別に当たらないということは確定している。で、ここで重大なのは、増田の理路に従えば適正なアファーマティブアクションも差別になってしまうことなのである。

総体として増田はまあまあ誠実に対応しようとしていると思うが、ここの急所の部分に対しては完全にごまかしになっちゃってるね。他の部分が台無しのレベル。


実はここも、個別事例の検討をスポイルするという増田の致命的な欠陥の当然の帰結となる。形式上の同一性だけで差別かどうか判断するというのだから、歴史的・文化的・社会的な要因を考慮することはありえなくなり、アファーマティブアクションをちゃんと評価することができずに逃げちゃうわけだ。

こんな差別論は何の役にもたたんだろ。


4.結論

「女性専用車両を差別と認めるべき」という増田の主張には妥当性がない。

外形上の類似性にのみ固執し、個別事例の検討をスポイルするという致命的な欠陥が議論のすべてに影響している。

理論的には極めて表層的な増田の議論が周知された場合、差別が遍在化して結果的に反差別運動が消滅し、差別や犯罪への対抗措置への反発が正当化されることとなろう。

増田は性急すぎるんだよ。キツイ言い方をすれば、誠実さが上っ面にだけ向けられてしまい、無意味どころか有害な言葉遊びになってしまっている。


つまりは



上記記事も結局のところ、女性専用車両の設置を一般的な用法における差別にあたるとは認識しておらず、女性専用車両を設けることは差別でないとする者との間にさしたる差はないのではないだろうか。見解にさして相違もないのに、一般的でない語用を行いその語用自体をめぐって争うというのは、ばかばかしいことだ。私があまり実りのある話題でもないと思う所以である。


「差別ではあるよね」で合意できない理由 - U.G.R.R.


ということに結局なるのである。


僕からの愚直な対案をもってひとまず批判を終えるとしよう。

「第三者がなんらかの事例を差別と指摘するなら、当該事例を丁寧に検討し、許容できないような不当な人権侵害に対して行うべきである。無論、当事者の訴えを軽視しないこと」

当該事例の丁寧な検討については、差別をどう判断するか - U.G.R.R. などが参考になろう。


5.蛇足でブコメに応答

前エントリの再追記で応答しないとかいったけど、気が変わったので、僕への反論や指摘をしたブコメに応答する。

なお、crowserpent氏およびtick2tack氏からの指摘については前回エントリ再追記で全面降伏応答済みである。

本当に蛇足なのでコールされた人以外読まなくてよい。


id:Caterpoker

別に辞書と違う言葉の定義を使っても、その文章が非論理的というわけではない。(というかそもそも辞書は言葉の意味を定義せんとするものでない)

辞書と違う意味で言葉を使ったら、通じなくても当然です。増田の意図からするとそれはまずいわけで、目的との整合性がとれていませんね。それは非論理的です。

また、僕は語の一般的な用法を確認するために辞書を使っています。


id:sbedit1234

不当な差別がある以上、正当な差別も有ろう。差別という単語に何か妙な〜例えばそれは無条件に悪い事であるとか〜思い込みがあるのだろうか。

差別が否定的意味を内包しているから辞書にそのような記述があるのだということをまず理解してから人前で発言をされたらいかがでしょうか? 率直に申し上げて馬鹿の見本ですが、このような馬鹿の見本に現段階で5つも☆がついていることが眩しいです。



id:junmk2

特定民族への差別が不当で男性への差別が正当と論じる事は不可能だろう。あんた出来るの?

そんなことは誰もいっていません。特定民族への差別はダメな差別で女性専用車両は許容すべき差別だというのは増田がいっています。僕は、差別というのはそもそも不当なものだとは広く含意されていて辞書にもあると例示しました。これに☆が4つついているのにも驚きです。


id:sumomo-kun

増田よりずっと頭悪そうな文しか書けないんだなぁと、思いました。 学問的訓練って大事だよね。 こういうときにお里が知れる。

はい。恥ずかしながら学問的素養が不足しているので、増田の議論に決定的に瑕疵があるのはすぐにわかってもどこがどうおかしいのかを文章化するのに少し時間がかかってしまいました。ところで、学問的に訓練されていると増田のあの乱暴きわまるロジックを擁護できるというのであれば、非学非才の身としては実に勉強になりますので何らかの形で提示していただけませんでしょうか?

自分から煽っておいて、まさかできないってことはないですよね? それともそういう「お里」ですか?


id:fuktommy

ただの言葉遊びじゃないか。現今の環境下では許容せざるを得ないが、本来は不当な扱いだから差別と言ってんだろ。

記事に示したとおり、言葉遊びをはじめたのは増田です。



id:songe

「差別は反対だ。何が差別かは俺が決める」という態度はちょっと…

今回のびっくり大賞がこれですね。

国語辞典に書いてある記述は僕が決めたものではありませんw。何度も何度も書いていますが、一般に含意されている語義を辞典確認しているわけです。それがなぜ「俺が決める」になるのか、どのような理路がそこにあるのか、いくら考えてもわかりません。

しかもこのブクマに現時点で14人が☆をつけていらっしゃいます。このコメントをしたsonge氏、および☆をつけた方々には後学のために説明いただきたいと思います。

ウェブ上で不特定多数に向けて文章を公開する以上、馬鹿なことを言えば馬鹿にされるのは当然のことだともちろん僕は理解しています。しかし根拠のない罵倒や誤読の上での中傷をする、あるいはその尻馬にのっかって説明を求められてもできないというのは、中傷を行った論者の信用を著しく毀損するものであることも承知しています。

☆をつけた方々は中傷にのっかって自分では説明できないような低劣な論者ではないことを期待しています。ああ、メモしてませんから黙ってそっと☆を消してもいいですよ♪


id:fujifavoric

この文章をもって元増田を非論理的だと断じられる自信はすごいなと思いました/ちょっとこの話題自己の無謬性を信じてやまない人たちが多すぎる

そうですね、「自己の無謬性を信じてやまない人たちが」いろいろあぶり出されているのはわかります。


id:dagama

辞書の定義によると差別じゃないぞドヤって言われてもふーんお前の中ではそうなんだねー戦争しかないなってなるよね

これもすごい! あなたがどこの星の住人なのか存じませんが、「お前の中ではそうなんだねー戦争」を回避するために人は辞書をひくものですよ、地球という星では。これにも☆が4つついてやがる・・・


id:otoan52

上の定義の「特に」の意味の取り方を間違っている。下の定義では「特定の人々の不利益・不平等」が合理的な判断として「正当性をもつ」場合を除外できない。

id:mamiske

辞書の「特に」は「狭義には」の意味なので、そこから先がなくても広義では成り立っている。

お二人は同じ指摘をされているのでいっしょにさせていただきました。

僕の「語義矛盾」という言い方も誤解を招くものでしたが、辞書の参照は一般的に流通している語義の確認として使っています。これだけでお二人には十分かと思います。



id:lylyco

「不当な面もあるが現時点で最適解であることは認める。ただし不当性を認めない思考には懸念を覚える」という繊細な話に「語義矛盾だ。不当なものは認められない。(社会/私/あなたが)認める以上不当ではない」と。

増田の議論は繊細どころか乱暴きわまるものであることは本エントリで示しました。


id:altar

増田の主張だと「価値中立な差別的取扱」の概念に「差別」の語が使われているだけで、それを語義矛盾としたところで増田の主張自体に対する反論としては意味がない。

「価値中立的な差別的取扱い」の概念に「差別」という強い否定的ニュアンスを含意する言葉を使うことが、価値中立性を損なってしまう。それが大きな問題だということです。「〜使われてるだけ」で済ませてよい話ではないのです。


id:nt46

増田は女性専用車両の正当性(あるいは不当性)についての合意は求めておらず、差別か否かについての合意を求めているんでね。性別による制限は「不当」だが「合理性」が凌駕するという「主張」からはおかしくない。

つまり「不当性」も「合理性」も併存する状況にあって、増田にとって「合理性」が上回っているから「正当な差別」と言っただけのこと。どこぞのお馬鹿さんは"子供にわかりやすい"から片方をないことにしたが。

今回一番まともな反論。整合性のある論拠を示されれば、馬鹿呼ばわりはまったく問題ないし気にもなりませぬ。うれしいくらいですね。

まず、nt46氏は正当性と合理性の語の使いかたがおかしいがこれは僕のせい。先日エントリの再追記を確認してください。あと、ご指摘の内容についてはnt46のいう「合理性」も増田の議論にはないことは示しました。「子どもにわかりやすい」となぜ書いたかもわかるようになってます。


あと、名前は出さないけど増田の意図や人格に対して何らかの疑義をもった人たちにいいたいけど、ここでも書いたとおり僕は増田の善意を疑っていません。真面目なやつだと思って好意的にみてます、ほんとです。言っていることはダメだと思いますけどね。

2018-02-26 氾濫する語義矛盾

「正当な差別」? なにそれ?(再追記あり)


承前

上記の増田は非論理的であると考えるが、ブコメをみるとやけにもちあげる意見が多く、苦笑いしている。簡単にだが、増田の非論理性を説明しておく。


増田は結論部で以下のように発言している。


「これは差別ではない、区別だ!」という言い方は、女性が不利益を受けたときに「でもこれは区別だから」で済ませる余地を与えてしまう。

それらは不当な差別だ。でも、不当な差別と正当な(というよりも、現今の環境下では許容せざるを得ない)差別は外形上区別できない。



増田は女性専用車両は「正当な(というよりも、現今の環境下では許容せざるを得ない)差別」であると考えているようだ。ところがこの論理が日本語としておかしいのである。

国語辞典を参照してみよう。




差別

[名](スル)1 あるものと別のあるものとの間に認められる違い。また、それに従って区別すること。「両者の差別を明らかにする」

2 取り扱いに差をつけること。特に、他よりも不当に低く取り扱うこと。「性別によって差別しない」「人種差別」

デジタル大辞泉



( 名 ) スル

1 ある基準に基づいて、差をつけて区別すること。扱いに違いをつけること。また、その違い。 「いづれを択ぶとも、さしたる−なし/十和田湖 桂月」

2 偏見や先入観などをもとに、特定の人々に対して不利益・不平等な扱いをすること

大辞林 第三版



いずれもこの文脈では(2)の意味であるが、ここでポイントとなるのは「不当に」「偏見や先入観などをもとに」という意味が「差別」という言葉に内包されていることだ。「偏見や先入観」も不当なものといえるので、(2)の意味で使われる「差別」という言葉はその語義に「不当性」という意味を抱えているということである。

ここで、「差別」という言葉を大辞泉にならって「不当に低く取り扱うこと」と言い換えてみると、「不当な差別と正当な(というよりも、現今の環境下では許容せざるを得ない)差別」という言い方自体がおかしなものになることは明らかであろう。「正当な「不当に低く取り扱うこと」」ってなんだよ? おかしいだろ?


検索すると、この「正当な差別」という語義矛盾まるだしの言い方が結構はびこっているようである。推測であるが、「不当な差別」という「頭痛が痛い・馬から落ちて落馬した」のごとき言い方がまず蔓延し、そこから「正当な差別」という非論理的な言い方ができてきたのではなかろうか?

(追記:英語のdiscriminationには不当性という意味合いが内包されていないようである。例えば、プログレッシブ英和中辞典によると、a man of discrimination で「違いのわかる男」みたいな意味になるようだ。したがって、不当性を明らかにしたいときには、unjustなどの形容詞をつける必要がありそう。unjust discriminationをそのまま訳すと「不当な差別」となる。「不当な差別」というおかしな言い方が日本語に定着したのはこのあたりも一因かもしれぬ)


「差別」という言葉には不当性という意味が内包されているので、憲法や労働法などにおいて差別は禁じられている。女性専用車両は裁判においても違法性を棄却されており、これは単純に言えば「不当じゃないから差別じゃないよ」ということである。

増田の議論はかえって混乱を招くだけではあるまいか?


以下、増田が僕のブコメに応答しているので再応答


tikani_nemuru_M 増田も結論部で「不当な差別」と「許容せざるを得ない差別」を分けている。ならば、前者を「差別」後者を「差別ではない」と言ったほうがシンプルで、子供にも説明しやすいだろう。よって増田の主張は不適当。

でも、それだとその2つが連続的な、同質な行為だということが理解できなくならない? 私は、子供に「男性の痴漢が多いから男性の入れない女性専用車両がある。これは差別ではない」と、「○○人の犯罪者が多いからといって○○人を排斥しようとするのは、不当な差別だ」ってどう違うの? って聞かれたら答えに詰まると思う。だってどっちも、一握りの犯罪者をもとにある集団を推し量る、っていう同じ行為じゃない。だったら、どちらも差別と認めた上で、差別を漸減させていくために何が必要かって話にした方がいいんじゃないの?

それに、2つを別々の言葉で扱うことは、片方を「あって当然で、解消しなくていいものだ」と捉えることにもなる。そうじゃない。痴漢が撲滅され、女性が何の不安も感じずに電車に乗る日が来るなら、女性専用車両なんて必要ない。それはあくまで、日常的な性暴力の脅威に対抗するために、やむを得ず認められている差別にすぎないんだ。それは差別と認識されるべきだ。いつかその存在が正当化されなくなる日が、目標にされるべきだ。私はそう思う。



女性専用車両と特定民族の排斥は形式的には地続きの面はある。しかし、増田もよく理解しているように、両者には正当なものか不当なものかという違いがある。僕たちが目指すべきなのは「不当なことを減らす」ことである。差別という言葉に不当性という意味が内包されているのだから、差別=不当な取り扱いを減らす・なくす、でいいんだよ。

性差別をなくしていくことで女性専用車両という措置・配慮が不要になればよいという増田の方向性には強く賛同する。



(再追記でブコメに応答)


id:crowserpent

女性専用車両の是非自体とは別の問題として、「一定の合理性があれば差別でない」という理路はダメだと思う。「合理性」と「正当性」を区別せずに扱うのはおかしい。/参照:http://macska.org/article/184



これは応答の必要がある。おっしゃるとおりです。

憲法学における「合理的な区別」の議論が頭にあったので、合理性という言葉をつかってしまいました。いちおう、言い訳をしておくと、憲法学における合理性というのは経済的な合理性ではなく、憲法的諸価値を実現するための合目的的な合理性ということになります。しかしそもそも僕は一般的な語法・語感の点から増田を批判しているので、憲法学におけるタームを持ち出すのは不適当でした。



あと、追記の間違いを指摘していただきありがとう>id:tick2tack

正当性と合理性まわりでやらかしてしまいました♪


他は特に応答の必要はなさそう。

増田は許容できるものと許容できないものの2つを措定しているので、それをどう呼ぶかはいわば神学論争あるいは言葉遊びであり、言葉遊びをしかけたのは増田のほう。憲法まわりなどで差別を禁じる条文が周知されている以上、よほどのメリットがなければ増田の語法を採用するのは混乱を招くだけ。

というか、女性専用車両が差別ということになったら、「女性専用車両反対運動」を正当化するという効果がでてきてしまうわけよね。本来の増田の理路であれば、結果的に女性専用車両がいらなくなる状態を目指すべきということになるはずが、性犯罪に対抗するためのやむを得ない措置そのものに反対することを正当化してしまうという大きなデメリットまである。だから、必要悪だろうがなんだろうが、許容できるものであれば差別と呼ぶべきでないという話である。

よって言葉遊びとして対処するのが適当なので国語辞典で語義矛盾を指摘すれば十分だろう。