男の魂に火をつけろ! このページをアンテナに追加


  
 

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2017-02-12 2月の告知 このエントリーを含むブックマーク

さて、今月の「せんだい文学塾」と「山形小説家ライター)講座」の告知をここで。


せんだい文学

中村文則(なかむら・ふみのり)氏

 1977年、愛知県東海市出身。2002年、「銃」で第34回新潮新人賞を受賞しデビュー。2004年、『遮光』で第26回野間文芸新人賞、2005年、『土の中の子供』で第133回芥川龍之介賞、2010年、『掏摸<スリ>』で第4回大江健三郎賞を受賞。


 ミステリ的な要素を含みつつ、人間性を見据えた純文学作家として注目されている。英訳された作品も多く、2014年には、ノワール小説への貢献により、アメリカデイビッド・グーディス賞を受賞している。2016年には、『私の消滅』でBunkamuraドゥマゴ文学賞(選者は亀山郁夫氏)を受賞した。

私の消滅

私の消滅


山形小説家ライター)講座

中島京子(なかじま・きょうこ)氏

 東京都出身東京女子大学文理学部史学科卒。

 出版社勤務、フリーライターを経て、2003年『FUTON』で小説家デビュー

 2010年、『小さいおうち』で第143回直木三十五賞受賞。2014年、『妻が椎茸だったころ』で第42回泉鏡花文学賞受賞。2015年には、『かたづの!』で第3回河合隼雄物語賞・第4回歴史時代作家クラブ作品賞・第28回柴田錬三郎賞をそれぞれ受賞、『長いお別れ』で第10回中央公論文芸賞・第5回日本医療小説大賞をそれぞれ受賞。

彼女に関する十二章

彼女に関する十二章


この講座について

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2017-02-07 2017年のUWF このエントリーを含むブックマーク

柳澤健プロレス史探訪シリーズ(オレが勝手にそう呼んでるだけ)最新作『1984年UWF』を読みました。

1984年のUWF

1984年のUWF

1984年のUWF (文春e-book)

1984年のUWF (文春e-book)

電子版もあります)


男子プロレスを扱った過去作の『1976年のアントニオ猪木』『1964年のジャイアント馬場』には、いずれも神話解体という作用がありました。『猪木』では、主としてモハメド・アリ戦における「アリ側から理不尽要求を受けたが果敢に戦った猪木」という神話解体。『馬場』では、「ショーマンスタイルで実力では猪木に劣る」という猪木が作った神話と、「篤実で有能な経営者」という主としてターザン山本が作った、正負両面における神話解体

1964年のジャイアント馬場

1964年のジャイアント馬場



そして『1984年UWF』では、主として第1次UWFの興亡を描いていることもあり、佐山聡が不在となって以降のUWFを、ファンマスコミ文化人が作り上げた「真剣勝負」「クリーンスポーツ」「空前の大ブーム」というイメージに乗っかり、佐山アイディア模倣しただけの空虚ムーブメントと断じることで、「格闘王前田日明」の神話解体する作用を生んでいます。


猪木馬場より時代が新しく、読者として想定されている世代がちょうどリアルタイム体験してきた神話だけに、その解体には反発も少なくありません。「前田妥協なきファイトスタイルを恐れ、猪木陰謀をめぐらせてドン・中矢・ニールセンアンドレ・ザ・ジャイアント刺客として送り込んだが、前田はことごとく勝利し、手に負えないと解雇され、第2次UWF時代の寵児となった」という神話を「ニールセン戦は通常のプロレスだったが、前田勝手疑心暗鬼になっていただけ」「アンドレがセメントを仕掛けてきたのは、前田がアンドレ配下レスラーを負傷させたことへの制裁」と、説得力がありつつミもフタもない神話解体が続くので、あのころの熱にうかされた自分を覚えている身としては「もう勘弁してください」と言いたくなるところもしばしばでしたよ、ええ。



はいえ、この本には一種叙述トリックが仕掛けられている、ということを念頭に置いておいてもいいでしょう。


UWF試合が、真剣勝負スポーツと偽ったショープロレスだったのは事実ですが(プロレスはどれも真剣勝負を模したものではあるが、UWFのそれは度を越していたと言わざるを得ない)、そこでの対比で出てくる格闘技関係者が、ジェラルドゴルドー石井和義堀辺正史といった、相当ナニな人物ばかりなので「イヤそう言うけどアンタらだってそんな立派なスポーツマンじゃないやろ」というツッコミは、いつでも入れられる構造になっています。当時の格闘技にある程度くわしい人なら説明不要メタ構造ですが、そこを踏まえて読む必要はあるといえるでしょう。



そして、UWF真剣勝負格闘技を模したプロレスをやってきたことで、その影響を受けて本物の総合格闘技が花開いた、という結論が導き出されるわけですが、UWFが果たした歴史的使命は、決してそれだけではない。プロレス面白さを広げることに寄与した点も、決して無視はできないでしょう。

地味で見栄えがしない、とされて単なるつなぎに堕していた関節技を、本当に効く、殺しの技として復権させたのは、間違いなくUWFの功績でした。

それがこの試合にも表れています。


http://sports.yahoo.co.jp/column/detail/201702050003-spnavi

オカダがみのるのヒザ攻めを耐えIWGP王座死守

謎の覆面男タイガーマスクWとの夢対決を熱望

 5日の新日本プロレス「THE NEW BEGINNING in SAPPORO〜復活!雪の札幌決戦〜」北海道北海道立総合体育センター 北海きたえーる大会では、4大タイトルマッチなどが行われ、超満員となる5545人を動員した。

 メインイベントのIWGPヘビー級選手権試合では、40分を超える死闘の末、王者オカダ・カズチカ鈴木軍大将鈴木みのるを退け3度目の防衛成功試合後は「戦いたい相手」として、正体不明の謎のマスクマン・タイガーマスクWの名前を挙げ、一騎打ちを熱望した。

この日は、2年余りNOAHに出向していた鈴木軍が、提携解消により新日マットに復帰してきて、本格的抗争を開始する試合でありました。結果としては、NOAHでは瞬く間に全ベルトを奪取した鈴木軍が、新日ではひとつも取れなかったため「NOAHより新日が格上」という序列を見せる効果を狙っていることがわかりましたが、まぁそれはこの業界では常套手段からとやかく言うことではありません。


オカダは、1.4東京ドームではケニー・オメガ相手に40分を超える激闘を演じ、世界的に高い評価を得ました。目まぐるしい攻防がひとときの休みもなく続く、まさに現代プロレスひとつの到達点といえる試合でした。


しかしおとといの試合では、鈴木寝技関節技テクニックが存分に発揮され、1.4とはうってかわった、正反対ともいえる展開となりました。

鈴木は前日のタイトル調印式でオカダを急襲し、ヒザにダメージを与えるという伏線を張り、当日の試合でもひたすらオカダのヒザを攻撃し続けます。

序盤の場外乱闘における、カメラマン三脚まで使った凶器攻撃は、さすがに「世界一性格悪い男ギミックにふさわしいクレイジーさでしたが、場外フェンスを用いたクロスヒールホールドも、悪役としてのアクの強さと、関節技名人というテクニカルさを両立させる、うまい攻撃でした。そしてリングに戻ってからは、ひたすら寝技。ヒザ十字固め、アキレス腱固め、ヒールホールドクロスヒールホールドとU殺法のフルコースです。逃れたオカダがツームストンパイルドライバーを狙うと、鈴木身体を反転させてビクトル投げからまたヒザへの関節技攻撃。この辺のテクニックも、UWFがなければ日の目を見なかったであろう技術です。


気位が高いキャラのオカダに、関節技ギブアップをさせることはないだろう、と予想するようなすれっからしのプオタも、セコンド外道タオルを持ってエプロンサイドに上がってくるのを見て「その手があったか」とうならされました。「オカダのヒザが本当に壊れるかもしれない」という危機感を、観客に持たせる演出と、鈴木テクニックがしっかり結びつき、説得力を生み出しています。フィニッシュに至る流れも、鈴木が何度も出してきたパイルドライバー切り返しを、オカダがさらに切り返すという、それまでの伏線を活かした展開になっていたのが印象的でした。


前田日明高田延彦新日マットに上がっていた時代は、これらのテクニックがまだ新日式のプロレスとうまく結びついておらず、ギクシャクした試合ばかりが続いておりましたが、それから30年を経て、UWFテクニックプロレス本来面白さの中にしっかり組み込まれた、これもひとつの完成形といえる試合になったといえるでしょう。


問題は、オカダの名勝負はいつも相手テクニックに頼る部分が大きすぎることなんだよなぁ……)



鈴木みのるvsオカダ・カズチカ試合は、ある意味1984年UWF』に対するアンサーファイトのようにも見えました。プロレスから生まれた活字があり、そこからまたプロレス生まれる。このサイクルこそがプロレス面白さというものです。だからプロレスはやめられないんだよ!

船越船越 2017/02/10 06:19 ターザン山本が「書きたいことを書くために、誘惑に負けず、団体からの接待を受けなかった清貧の男」として描かれているところも、なんともはや。

プロレス・格闘技界の歴史についてひととおりの知識を持っている人が読む分にはとてもおもしろい本だと思いますが、後追いで興味を持った人が最初に読む本としては、ちょっとおすすめできない感じです。

washburn1975washburn1975 2017/02/10 19:19 そう、ターザン山本の書き方がまさに叙述トリックなんですよね。『1964年のジャイアント馬場』ではターザンの銭ゲバぶりもしっかり書いているけど、今回はその辺をあえて伏せている感じがしました。

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2017-02-05 ワッシュ流カレー2017 このエントリーを含むブックマーク

ネット上には数多くのレシピ記事があり、いかなる料理にも賛否両論うず巻くのが定例でありますもっとシンプル料理であるビーフステーキにも焼き方で数多くの宗派存在し、それぞれのドグマをぶつけあう悲しいマラソンを続けております。あとすき焼きとかも鬼門です。

めしにしましょう(2) (イブニングKC)

めしにしましょう(2) (イブニングKC)

小林銅蟲の『めしにしましょう』でも、すき焼きいかにめんどくさい人々をひきつけるかという不都合な真実から目をそむけずに描かれていました。

小林氏のブログ「パル」への反応を見ても、ああいった肉料理ネットで扱うことにより、いかにめんどくさい人々が集まってくるか如実にわかます。お得意の低温調理はとくに先鋭的な反応を引き起こすことで知られています

(ちなみにワスはこんな高いもの持ってません)



というわけでカレーです。



おそらくカレーぐらい宗教論争を呼び起こす料理もほかにないでありましょう。インド風にするか欧風にするか和風にするか、肉はチキンかビーフか、サラサラかトロトロか、それぞれの教義を信奉する使徒たちがセントラルドグマに集い、ほとばしる熱いパトスで思い出を裏切り続けているのが21世紀の地獄インターネットなのでありますですよ。


最近タモリカレー覇権もすっかり確立していますが、2時間煮込んで各種のスパイスやヨーグルトチーズを駆使するあのレシピですら「簡単」と称されるこの阿修羅地獄。そこに、フライパンひとつで、台所に立ってから食卓まで1時間でできるこのレシピをぶち込むというのは、風車巨人に立ち向かう蟷螂の斧というそしりを免れないでありましょう。でもやるんだよ!


ワッシュ流ポークカレー材料(4人分)

S&B 業務用カレー粉 400g

S&B 業務用カレー粉 400g

ハウス食品カレーパートナーシリーズは、いつだって強い味方である。なお省略してもできることはできる)

  • 砂糖と塩:大さじ1ずつ

作り方

ヨーグルトトマトを加えてもいいけど、今回は玉ねぎ豚肉の旨みを味わうためのカレーしました。前日から肉をスパイスに漬けこんでおく、とか肉と香味野菜を2時間ほど煮込んだスープを濾す、とかそういう手間はかけなくてもいいです。ぜひ一度おためしください。


おまけ:ワッシュ流大根まいたけ混ぜご飯

手順


これだけで立派な一食になるので、最近はよく作っています。この季節なら大根の葉っぱを加えても乙な味です。こちらも超簡単なのでおためしください。

2017-02-03 コマイぬよみ芝居「あの日からのみちのく怪談」 このエントリーを含むブックマーク

2016年7月30日(土)に、東松島市の蔵しっくパークにて初演された、コマイぬよみ芝居「あの日からみちのく怪談」のもようが、劇団コマイぬの芝原弘さんの手によりYouTubeにアップされましたので、こちらでも紹介いたします


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https://image.honto.jp/item/1/265/2798/5537/27985537_1.png

https://honto.jp/netstore/pd-book_27985537.html


東北怪談同盟編『渚にて あの日からの〈みちのく怪談〉』より、11篇を選んで朗読劇に仕立てた演目です。ぼくが原作を書いた「水辺のふたり」は全篇会話体だったので、これだけ朗読劇でなくふたり芝居に仕立てられており、黒木あるじ小田イ輔・根多加良らほかの執筆から「お前だけズルい」「狙っていたんだろう」「だいたいお前の顔が昔から気に食わない」「毎日カップ焼きそばばかり喰ってるからこんな話しか書けねえんだよ」などとつるし上げを食いましたが、まったくの偶然です。動画の32分あたりから、10分ぐらいがぼく原作の話になっております女優陣の好演により、原作者が観てもホロリとくる仕上がりになりました。ぜひご覧ください。


なお、今年の初夏にも東京宮城で上演予定とのことです。どうぞよろしく。

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2017-01-30 必殺・炎上固め このエントリーを含むブックマーク

ぼくはジブリ作品を一度も映画館で観たことがない。ソフトを買ったりレンタルしたりしたこともないので、テレビ放送したときしか観ない。それもちゃんと観ると決めているわけでもない。要はそんなに観てないということだ。

『木根さんの1人でキネマ』でも、主人公の木根さんがジブリを観てないという話があったが、ある種の人間にとって、ジブリ作品というのはどこか肌に合わないものだ。とくに『耳をすませば』は、ぼくは一度も通して観たことがない。女子中学生が、図書館で同じ本を借りている男の子のことを好きになるが、その子イタリアヴァイオリン職人の修業に行くことが決まっていて……という大枠と、オチぐらいは知っているが、何というか、ぼくが観るための映画ではないということだ。なので、テレビ放送されるたびに「死にたくなる」などの反応を起こす層に対しては、だったらテレビ観ないでコマンドーでも実況してればいいのに、という気持ちがあったが、まぁそういう気分を味わうために観る映画なのだろう。ラース・フォン・トリアーとかダーレン・アロノフスキーとかだいたいそんな感じだ。


なのでぼくは知らなかったのだが、劇中にこんな問題があったそうな。『耳をすませばファンサイトより。

●「耳をすませば」FAQ ●「耳をすませば」FAQ

Q:教室杉村が夕子に告白の返事を断わっておくと言った後に、男子生徒が「オイ、ゆうべのサスケたか?すっげ〜んだ!俺 、感動した!」という台詞を言っていますが、この「サスケ」とは一体何ですか?


A:サスケについては、ストーリーの展開には直接関わりの深い内容ではないためとくに取り上げませんでしたが、セリフ的には少し気になりますよね。これがどのような説があるのかについて調べてみました。

白土三平忍者漫画説。アニメ版制作されていたようなので、何らかの形でこれが放映されたという想定です。映画制作スタッフの中に白土三平ファンがいれば、かなり説得力のある説になります。

時代劇ドラマ説。ズバリ「猿飛佐助」の省略形ですね。

○「みちのくプロレス」のグレートサスケ説。これも結構納得させられる説だと思います。ただ、みちのくプロレス東京で見られるのかどうか。(^^;

忍者戦隊カクレンジャー説。忍者戦隊カクレンジャーという、ゴレンジャー系の番組に、サスケという登場人物がいるそうです。世代的には「耳をすませば」の世界に近く、後のクラスメイトの反応から推定すると、これも有力な説かもしれません。

そんな問題があったのか……。なお、若い視聴者には『NARUTO』の登場人物を思い浮かべる人もいるようだが、『耳をすませば』の公開が1995年で『NARUTO』の連載開始は1999年なので、これはありえない。また、TBSアスレチック番組SASUKE』も初回放送は1997年なので、これもありえない。白土三平時代劇ドラマ中学生話題としては不自然だし、『カクレンジャー』にはたしかニンジャレッドことサスケ小川輝晃)という人物が出るものの、これも中学生話題にしては不自然である


ということはグレート・サスケであろう、と結論が導き出されるものの、ジブリアニメプロレスというのも、何とも食い合わせが悪いというか、すわりの悪さを感じるマッチングである


しかし!



はてなプロレスクラスタでも重鎮であり、その情念あふれる文体現代ターザン山本といわれている(嘘です)id:Derus氏(@pencroft)が、10年前にその結論を出していたのであった!


宮崎駿とプロレス - 挑戦者ストロング 宮崎駿とプロレス - 挑戦者ストロング

宮崎駿による絵コンテを紐解いて、そこに

ト書き) となりのA格闘技狂が何かはなしている

台詞) A オイ ゆうべのサスケたか すげえんだ オレは感動した

台詞) B ガハハ

という一節があることを、突き止めていたのであった。そこから結論を導く文章もまた最高である


これでもう間違いあるまい。

耳をすませば」は監督こそ近藤喜文ではあるものの、これはディレクションのみと考えてよかろう。宮崎駿クレジット上で脚本絵コンテ製作プロデューサーとして表記されており、やはりこれはほぼ宮崎駿の支配下で作られた映画と言うべきだ。

つまり世界に名だたるアニメーション監督である宮崎駿1994年4月のある深夜、テレビ朝日放送された「ワールドプロレスリング」を観ていたのだ。そしてサスケライガーウラカン・ラナで勝つのを観て炎上したのだ。決勝でワイルド・ペガサス雪崩式パワーボムを喰らって負けたサスケを観て興奮したのだ。メチャ感動しておったのだ。その記憶が、この男子中学生Aの台詞に結実されたのに間違いないのだ。そうに違いないのだ(ドンッ!)。

より細かく考証するなら、「ワールドプロレスリング」の放送は土曜深夜であり、翌日は日曜日学校休みなのだが、そこまで気にする必要はなかろう。たしかにあのときサスケは神がかっていた(近年のサスケは別の意味で神がかっているが……)。プロレスが変わっていく手応えを、ファンはたしかに感じさせられたのだ、サスケのあの飛翔に。


ところで。


「(宮崎監督が)サスケライガーウラカン・ラナで勝つのを見て炎上したのだ」という一文を読んで、意味のわからない向きも多いであろう。1994年当時、インターネットはまだ一般に普及しておらず、ネット炎上という概念はまだ影も形もなかった。ネット炎上という言葉が生まれるのは21世紀に入ってからだし、そもそも宮崎駿は今も昔もブログSNSをやらないので、「炎上」したことはないはずだ。


現代ネット民にとって「炎上」といえば、ブログツイッター批判殺到して収拾がつかなくなることを指す。それ以外には物理的に燃えることを指す意味しかないであろう。

ウェブ炎上―ネット群集の暴走と可能性 (ちくま新書)

ウェブ炎上―ネット群集の暴走と可能性 (ちくま新書)

炎上―1974年富士・史上最大のレース事故

炎上―1974年富士・史上最大のレース事故

この用法はもう10年以上も使われているが、それ以前、20世紀末には別の「炎上」があったことを、記憶する民は少なかろう。


「金権編集長」ザンゲ録 (宝島SUGOI文庫)

「金権編集長」ザンゲ録 (宝島SUGOI文庫)


1987年から96年にかけ「週刊プロレス」の編集長をつとめ、活字プロレスの隆盛を担ったターザン山本。非常に毀誉褒貶の多い人物であり、その人間性には否定的見解を持つ人も少なくないが、そのラディカルな姿勢センスは、ある時代を大きくリードしていた。ファンが遠方へ観戦旅行に行くことを「密航」と表現するなど、当時まだプロレスファンが持っていた日陰者意識をくすぐる言語感覚は唯一無二のものであった。当時のぼくは「週刊ゴング」派で、ターザンにはむしろ反感を持っていたが、それでもおおいに影響を受けたことは否定できない。



そのターザンが一時期よく使っていた言葉が「炎上」であった。



これは現代ネット用語とは違い、形而上的な、人間内面にはたらくある種の作用を指す言葉である


こう書くと何やらコ難しそうだが、何のことはない。要するに「興奮」である。「萌え」と言ってもいい。激しい戦いを観た結果、そういった感情の昂りが最高潮に達し、抑えきれない状態になるのが「炎上」だ。

プロレスとは人間人間の戦いであり、そこで表現されるのは喜怒哀楽あらゆる種類のパッションである人生のすべてがある、といっても過言ではない。観客はそこに己の人生を重ね合わせる。『耳をすませば』が公開された1995年といえば『新世紀エヴァンゲリオン』が放送された年だが、シンクロ率が限度を超えれば人間というのはおかしくなるものだ。シンジ君がLCLの中に溶けてしまったように、戦うレスラー自分を重ね合わせ過ぎると、観客は自分を完全にレスラーと同一化してしまう。

その結果、宮崎駿ライガーに勝ったサスケ歓喜自分のこととして受け止め、ワイルド・ペガサスことクリス・ベノワ雪崩式パワーボムという荒技により、強烈にマットに叩きつけられた凄まじい衝撃を、己の肉体に感じたのであろう。こうなるともう自他の区別はどこにもない。俺がサスケなんだよ! サスケは俺なんだよオオオオォォォォォ! という状態に陥るのである。こういった、客観的には明らかに間違っている論理を、すべて感情の昂りにまかせて押し通す。それが旧世紀における「炎上」なのであった。

千葉県民千葉県民 2017/01/31 14:52 ベノワの事件から10年経つのですね。WWF(WWE)にベノワ、エディー・ゲレロ、カート・アングルがいた当時の試合は、本当に面白かったなあ。

washburn1975washburn1975 2017/01/31 21:29 あれは本当に悲しい事件でしたねぇ……。エディもすでにこの世の人ではないし、この世界は本当に死屍累々ですわ。

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