現役の活動弁士の第一人者。
東京都出身 法政大学文学部哲学科卒業。故松田春翠門下。日本を代表する弁士として国内はもとよりフランス、アメリカ他の海外公演を通じて、“弁士”の存在をアピールし高い評価を得ている。「伝統話芸・活弁」の継承者として“活弁”を現代のエンターティメントとして甦らせ文化庁芸術祭優秀賞他数々の賞を受賞している。適確な作品解釈による多彩な語り口でいままでに500本以上の様々なジャンルの無声映画の活弁を務めている。著書は「活動弁士 世界を駆ける」
東京都出身 法政大学文学部哲学科卒業。故松田春翠門下。日本を代表する弁士として国内はもとよりフランス、アメリカ他の海外公演を通じて、“弁士”の存在をアピールし高い評価を得ている。「伝統話芸・活弁」の継承者として“活弁”を現代のエンターティメントとして甦らせ文化庁芸術祭優秀賞他数々の賞を受賞している。適確な作品解釈による多彩な語り口でいままでに500本以上の様々なジャンルの無声映画の活弁を務めている。
著書は「活動弁士 世界を駆ける」
映画「ベン・ハー」を見てきました。1925年のサイレント映画で、澤登翠氏による活弁と、「カラード・モノトーン・デュオ」による生演奏付きの上映です。今年4月に1959年にリメイクされた「ベン・ハー」を見たとき、映像のリアリティと宗教性の強いストーリーのバランスが悪いなど、私はこのブログで結構酷評しました↓wayfarer.hatenadiary.jpですが、不満はあるにせよ、ベン・ハーを演じたチャールトン・ヘストンや、凄まじい馬車レースのシーンの印象は強烈で、今も私の中では「『ベン・ハー』は凄い。傑作」という思いが残り続けています。そのこともあり、今回オリジナルの1925年版「ベン・ハー」が活弁…
「國民の創生」を見てきました。D・W・グリフィス監督によるサイレント映画です。澤登翠氏と片岡一郎氏が交代で弁士を務めていました。この映画はアメリカの南北戦争を題材としています。冒頭、片岡氏は「日本人が戦争と聞くと第二次大戦を思い浮かべるように、アメリカ人にとっては南北戦争こそが歴史上の大きな悲劇である」と語っていました。映画の公開は1915年ですので、南北戦争(1861〜65年)は約半世紀前、公開当時は南北戦争を経験した人も多かったと思われ、この映画をどのように受け止めたのか気になりました。約3時間、二部制の映画です。第一部は南北戦争の勃発からリンカーンの暗殺までが描かれています。主には、同じ…
紀伊國屋ホールで上演された、澤登翠(さわと みどり)氏の活弁リサイタル「女郎蜘蛛(アトランティード)」を観てきました。1921年に製作され大ヒットしたというフランスのサイレント映画「女郎蜘蛛」を、生の活弁と演奏を聴きながら鑑賞する催しで、「映画」×「ライブ」という感じでした。物語は、アフリカの北部から西部がフランス領だった20世紀初頭。フランスの二人の軍人が、まだ西欧人には未踏の地であったサハラ砂漠奥地の探検に行くものの、行方不明となってしまいます。フランス軍による捜索の末、一人が砂漠で錯乱状態となって発見されます。サハラで二人は何を見たのか、もう一人の軍人はどうしているのか・・?そんな謎が少…
「結婚哲学」(原題:The Marriage Circle、1924)を第18回江東シネマフェスティバルで見る。1924年に公開されたエルンスト・ルビッチ監督によるアメリカのサイレント映画。弁士(澤登翠)・楽団(フルート、ギター奏者)付きの上映。 原作はロタール・シュミットの戯曲「Only a Dream」。脚本はパウル・ベルン。ワーナー・ブラザース作品。二組の夫婦の浮気をめぐる騒動をコミカルに描く。 ■「エルンスト・ルビッチ」監督(1892年1月28日 - 1947年11月30日)は、ドイツ出身の映画監督、映画プロデューサーで、「結婚哲学」以前の作品では「カルメン」(1922)「ファラオの恋…
ちょうど、こうした番組が放映されていたので紹介します。 日本独特の活動弁士と言う職業が、脚光浴びているそうです。 まぁ、どんなものでも、ブームになりだしたときには遅いわけです。 衰退していくとき、あるいは衰退したあとに、 そこでがんばっていた人にかなうことはありません。 「自分流 知の探究者たち 活動弁士 澤登翠」<20世紀はじめ、映画には音がなかった。無声映画(サイレント映画)と呼ばれ、当時、チャールズ・チャップリンなど多くのスターがスクリーンを彩った。 日本には「活動弁士」と呼ばれる存在があった。生の演奏と共に、台本を用いて、作品の内容を語る活動弁士。最盛期には約8000人が活躍したが、ト…
この週末は千葉市の自宅で過ごしています。今日は水戸市から千葉市に帰る途中、池袋の新文芸坐に寄って「イントレランス」を見てきました。私にとって「イントレランス」は、淀川長治氏が大絶賛していた印象がとても強いです。今回、新文芸坐で澤登翠氏と片岡一郎氏による活弁付きで上映されると知り、絶対に見逃せない!と思って見てきました。感想は、「この時代にこんな壮大で見応えのある映画が作られたのか!」という驚きでした。この映画は1916年に製作されました。1916年は大正5年、日本は明治が終わってそれほど経っていません。有名なサイレント映画、例えばチャップリンの「キッド」でも1921年です。文化や芸術という面で…
(小津安二郎展) ★澤登翠 無声映画観賞会『出来ごころ』『突貫小僧』 札幌エルプラザ、2023年7月8日(土)13:30 (WEBサイト→) www.h-bungaku.or.jp 小津安二郎(1903年-1963年)は、日本を代表する映画監督のひとりです。東京・深川に生まれ、三重県で9歳から19歳まで過ごした小津安二郎は、1923年に松竹蒲田撮影所に入所します。そして、『大人の見る絵本 生れてはみたけれど』(32年)『出来ごころ』(33年)『浮草物語』(34年)で3年連続『キネマ旬報』のベストテン第1位を獲得するなど、戦前に映画監督としての地位を築き、そして市民の生活をテーマに自身の表現を確…
一条真也です。27日の13時からリーガロイヤルホテル小倉で開かれた「澤登翠・デビュー50周年記念九州ツアー 活動写真への誘い」に行きました。ブログ「さよなら、小倉昭和館」で紹介したように今年8月10日夜に発生した旦過市場の火事で焼失した老舗映画館・小倉昭和館のイベントです。 チラシの表 会場の前で 小倉昭和館への応援エールの数々 昭和館名物の物販に取材陣が殺到! 挨拶する小倉昭和館の樋口館主 この日は、無声映画を活動弁士&音楽伴奏で楽しむイベントで、「忠次旅日記」と「チャップリンの番頭」の2本が上映されました。無声映画の台本・語りは、活動弁士の澤登翠さんが務めました。法政大学文学部哲学科卒業。…