会津戦争

会津戦争

(社会)
あいづせんそう

会津戦争(あいづせんそう)

1868年の鳥羽・伏見の戦後,新政府は陸奥会津藩主松平容保を朝敵として会津処分を決定。これに反対する米沢藩,仙台藩を中心とする東北諸藩は,処分強硬派の新政府軍参謀世良修蔵暗殺を機に同盟を結び,同年5月には北越諸藩を入れた奥羽越列藩同盟へと発展させ,新政府軍に対抗。

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