露帝ニコライ一世は身を慎むこと珍奇なまでの君主であって、例えば彼が内殿で履いた上靴は、生涯一足きりだった。 (Wikipediaより、ニコライ一世) むろん、時間の荒波により生地は痛むし穴も空く。しかしながら空くたびに、針と糸とを携えた皇后さまが駈けつけて、せっせとこれを繕った。 そんなこんなで、東郷さん家(ち)の障子のように滅多矢鱈と継ぎ当てされたその靴は、主人の没後も永く殿中に保持されて、遥か後世に向けてまで彼の徳を投射する触媒として機能した。これぞ王者の亀鑑なり、皆々仰ぎ候(そうら)えと、主にそんなニュアンスで。 「然り、亀鑑(・・)だ、いい手本だよ」 節倹こそは権力者の自衛策、富豪が行…